黒森峰の逸見姉妹   作:H&K

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出来上がったので連続更新します。
お疲れ様でした。次回、エピローグです。


逸見カリエの戦車道 19

 業腹ではあるが、カチューシャは自分たちの勝ち筋がみほに有ることを理解していた。西住まほを単独で抑える事が出来るのは彼女のみ。

 カチューシャはその聡明さ故に、単独での戦車戦における技量を冷静に理解している。この場にいる人間で序列を付けるのならば、圧倒的1位は島田愛里寿、そして一つ落ちて西住まほと島田ミカ。ほぼ僅差で西住みほ。二つ落ちて逸見エリカで半落ちで逸見カリエ。そしてそこから二つ三つ離れて自分だ。ちなみに逸見姉妹は二人揃えばみほに能うとも思っている。

 こんな状況なものだから、まだ自分が生き残っているのは様々な運と人に支えられた奇跡であるということも解っている。

 ならばあとはこの奇跡の中でどう動くか。

 

 島田愛里寿を討ち倒すのか。

 島田ミカを打倒しうるのか。

 西住まほを乗り越えるのか。

 逸見エリカを支えきるのか。

 逸見カリエを守り通すのか。

 

 西住みほの身代わりとなるか。

 

「ミホーシャ! これで貸し一つね!」

 

 機会はずっと伺っていた。エリカの了解を得て、島田姉妹の殆どを彼女に押しつけた。

 エリカは1分なら耐えられると豪語した。なら自分はその1分を存分に使い切るのみ。

 

 唯一読みを外したのは、存外エリカが頑張ったお陰で、島田愛里寿が弾き飛ばされてきたこと。タイマンならほぼ勝ち目がないというのに、姉妹愛という一点だけで実力差をひっくり返して見せたことは驚嘆に値する。

 ただその頑張りに巻き込まれたみほが討たれかけたのはご愛敬だ。しかしながら機会を、僅かばかりのチャンスを伺い続けていたカチューシャはその時を見逃さなかった。

 まほが硬直した1秒にも満たないその時。

 エリカと約束した1分を使い切る寸前。カチューシャはT34/85を西住姉妹のティーガーⅠの間に滑り込ませることに成功していた。

 まほのティーガーⅠが討ち出した徹甲弾が車体に突き刺さる。白旗が打ち上がり、行動不能になった。

 だがみほもまた動いていた。

 カチューシャが生み出した刹那のチャンスに食らいつき、まほのティーガーⅠの背後、排気口付近に砲弾を叩き込んでいた。

 2本目の白旗が飛び出す。

 

 一方、弾き飛ばされてきた愛里寿もただ者ではなかった。西住姉が撃破されたことを瞬時に感じ取った彼女は、背後でエリカのティーガーⅡがこちらを狙っていないことを瞬時に理解。

 発砲直後で硬直しているみほのティーガーⅠに肉薄し、砲身を突きつけていた。

 狼藉に気が付いたエリカが何かを叫ぶが間に合わない。

 

 僅か3秒。

 

 その間にプラウダの首領とこれまで黒森峰を率いてきた西住姉妹が立て続けに陥落した。

 美しすぎる千日手に声を忘れていた観客達が怒号にも似た歓声を上げていた。

 

 

01/

 

 

 長く重たい息を吐き出したのは逸見カオリだった。ただ彼女一人だけではない。いつの間にか、七郎の反対側、丁度カオリの右側に腰掛けた西住しほもまた同じ動きを取っていた。

 

「——これはこれは家元。素晴らしい戦車戦でしたね」

 

「勝敗はまだ決していません。この先勝利がなければ、あの子達が積み上げたものは全て無に帰す。総括にはあまりにも早すぎます」

 

 それは正論だ、とカオリはしほへと向けた視線を大型ビジョンへと戻した。たった一人残された逸見エリカが障害物とティーガーⅡの装甲を盾に島田姉妹へと持久戦を挑んでいる。

 

「ただ、」

 

 しほが言葉を切った。何事もきっぱりと切り捨ててくる彼女らしくないと、再びカオリの視線がしほへと向けられる。

 周囲の割れんばかりの歓声の中、凜としたしほの声がはっきりとカオリのもとへと届いた。

 

「みほもまほも目はまだ死んでいない。彼女達は己がすべきことを成したという自負がある」

 

 

02/

 

 

 5分、耐えきった。

 

 それが撃破されたみほの正直な感想だった。

 

 全国大会で自分たちを栄光からたたき落とした怨敵のエンジン音が聞こえる。

 親友を受け入れてくれた恩人の足音が聞こえる。

 この試合で背中を預け合った仲間の声が聞こえる。

 

「秋山さん。約束は果たしましたよ」

 

 広場の中央、築山に備え付けられたトンネルから轟音が響く。

 

「カリエさん、あとは頼みます」

 

 暗闇から飛び出してきたのは大洗のあんこうマークを背負ったⅣ号戦車。そしてその後ろから、帰りを待ち焦がれていた親友の駆るパンターが続いている。

 

「秋山優花里、ただいま到着しました!」

 

「逸見カリエ、なんとか間に合ったよ」

 

 ついに全ての生き残り車輌が中央広場に集うこととなった。

 

 

03/

 

 

 工事用の地下通用路。それがカリエの選んだルートだった。エリカのティーガーⅡでは通ることの出来ない、中型戦車でぎりぎりの地下通路。途中合流したⅣ号を駆る麻子と、ナナでなければこの短時間で辿り着くことは不可能だっただろう。

 地下通路の終点は築山トンネルの中。

 できれば奇襲を仕掛けたかったが、エリカの状況が芳しくない。ならば数的優位で押すのみ、と優花里とカリエはエリカのカバーに回った。

 

「カリエとそこのもじゃもじゃ。あんた達は妹の方を叩きなさい。姉の方は私が叩きつぶすわ」

 

 満身創痍のティーガーⅡが闘志を剥き出しにする。カリエも優花里も異論を挟まなかった。島田愛里寿。おそらく二人がかりで挑んでも、向こうの方が戦力的には上だろう。

 

「——わかった。もう後ろは見ないから、あとはお願い。お姉ちゃん」

 

 カリエがエリカから離れていく。優花里もまた、センチュリオンに向かって足を進めた。エリカは静かに息を吐き出し、キューポラから身を乗り出してBT-42を睨み付けた。

 

「人の妹を散々傷物にして、無事に帰ることが出来るとは思わない事ね」

 

「おお、怖い怖い。怒りは人の目を曇らせるよ。でもまあ、決着を付けたいのは同感だ。妹たちが頑張っているんだ。ここは踏ん張りどころかな?」

 

 BT-42が機動力を活かしてティーガーⅡの周囲を動き回る。エリカは車体を最小限傾けて、相手からの砲撃を受け止めてみせる。機動力では絶対に敵わない。ならば、と彼女は自分の戦い方を全うすることにした。

 

「まだよ。まだ。焦るなエリカ、しっかりしなさい。お姉ちゃんでしょ」

 

 

04/

 

 

 姉とはなんと難儀な生き物なのだろう。

 

 カンテレのリズムが鳴り響く中、ミカは苦笑を漏らしていた。

 眼前の逸見エリカしかり、自分しかり。

 

 愛里寿は選ばれた子どもだ。

 

 才能と将来に恵まれ、逃げ出した自分とは対になる存在だ。決して庇護するべき対象ではなく、本来ならば交わることすら許されない。

 血のつながりはあれど、世界で一番遠い存在だった。

 

 なのに今、自分らしからぬ負けたくない、という闘志がミカを突き動かしている。

 

 飄々と全てを煙に巻いて生きてきたのに、今はその煙を突き破って愛里寿のことを抱きしめてあげたい。

 本当によく頑張ったね、と心の底から祝福してあげたい。

 

 その為にはこんなところで負けるわけにはいかない。

 早いところ、眼前のもう一人の姉を打ち破って、援軍に駆けつけたい。

 

 愛里寿はカリエと優花里に挟まれても負けることはないだろう。自分とは違って全てを持っている人間だ。易々と破れることはあり得ない。けれども姉としての本能なのか、万難を排してやりたいという愛が、情動がミカを昂ぶらせていく。

 

 早く、速く、もっと疾く、エリカを打ち倒せ。

 

 もう何度目か解らない砲弾を叩き込む。ティーガーⅡが硬直した。いくら王虎といえども限界は必ずある。一撃を食らえばこちらがお陀仏だが、その前に削りきってしまえば勝ちは為る。

 

 焦るな、せるな、落ち着け。

 

 カンテレのリズムで自分を律する。叫びたい衝動を抑え込み、狂いそうになる理性をなんとか保ち続ける。

 ティーガーⅡが鈍い動きで砲塔を回している。どうやら駆動系に深刻なダメージを負っているらしい。

 あと一歩、と前へ突っ込む。

 破れかぶれのティーガーⅡの砲弾が右側面の装甲を抉っていった。

 

 だが撃破には至らない。

 

 BT-42の主砲がティーガーⅡの砲塔と車体の隙間に差し込まれた。

 

「Tulta!!」

 

 

05/

 

 

 エリカとミカが違っていたのは、その先をどう見ていたかだった。

 

 エリカはもう、自分はここまでだと割り切っていた。

 それと同時、カリエはもう大丈夫だと安堵していた。

 

 ここから先、自分が脱落しても彼女は一人で立っていられる。その先を進んでいけることはわかり切っていた。

 

 彼女は穏やかに、落ち着いた声で最後の指令を下す。

 

「遊具のV2ロケット。点火、今よ」

 

 ティーガーⅡの主砲弾が遊園地に備え付けられていたV2ロケットに叩き込まれる。このロケットは、遊園地に籠城した当初、ティーガーⅡに積み込まれていた榴弾を、少しでも車体を軽くするために詰め込んだ即席のトラップだった。

 優花里の発案で用意したもので、動き回る戦車には使えないから、目眩ましくらいに使いましょうと放置していたもの。

 

 V2ロケットのブースター部に詰め込まれていた榴弾が炸裂し、ロケットを打ち出す。

 

 BT-42の背後、こちらに地を這うように突撃してくるロケット。

 エリカはキューポラの蓋をしっかりと閉め、静かに天井を仰ぎ見る。

 

「やってやりなさい。あんたならきっと成し遂げてみせるわ」

 

 特大の爆発がティーガーⅡとBT-42を包む。

 エリカはほくそ笑んだ。

 

「見たか。これが姉の愛よ」

 

 

06/

 

 

 さて、とカリエは息を吸った。爆炎の余波がここまで届いている。どうやらあの無鉄砲で馬鹿な最愛の姉は見事使命を遂げて見せたようだ。

 

「大丈夫。私なら、俺ならやれる。もう変化球はいらない。ストレートで、それでいい」

 

 あの日打たれてしまったエースのことを思い出す。

 あの日、袂を分けてしまった相棒のことを思う。

 

 単純な話だ。(俺は、)逸見カリエは人を最後まで信じることが出来なかったから、あの時負けたのだ。

 臆病風に吹かれたからと思っていたがそれは大きな間違い。

 結局の所、斜に構えて疑心を捨てきれない己に負けていたのだ。

 

 カリエから優花里へハンドサインを送る。ちょこまかと動き回るセンチュリオンを追い詰めるために、二人で作戦は詰め切ってある。あとはそれをどこまで信じ切れるか。疑心に囚われず、いらぬ下心を捨てきることができるか。

 

 不思議と音が聞こえない。

 あの日キャッチャーミットを構えていた夏の時のように、世界が静寂に包まれている。

 

 Ⅳ号戦車がセンチュリオンに張り付いた。細かな位置取りが調整されていく。

 カリエはパンターの足を止めて、広場の中央に腰を下ろした。

 

「優花里さん、ど真ん中ストレート」

 

 短い交信が終わる。Ⅳ号とセンチュリオンがもつれあいながら近づいてくる。

 だが流石と言うべきか、センチュリオンは決してパンターの射線に入らない。

 

 それでいいと、カリエはもう一度息を吸い込んだ。

 

 センチュリオンの主砲がこちらを向く。やっぱり島田愛里寿は怪物だと、カリエは舌を巻いた。優花里のマークを外したセンチュリオンが大きく左へ旋回して必殺の体制に入る。足を止めてこちらを狙っていたパンターにカウンターを叩き込む機会をずっと伺っていたのだろう。

 

 カリエが咽頭マイクに手を伸ばす。

 彼女は仲間に、チームメイトに最後の交信を送った。

 

「今です。撃って下さい」

 

 主砲弾が鉄の装甲を大きく穿った。

 

 

07/

 

 

 最後の白旗がはためいたのを見て、カオリは席を立った。

 彼女の足取りを止めるものは誰もいない。揺れに揺れている観客席を背に、薄暗いスタンドの階段を降りていく。

 

「もし、エリカさんとカリエさんのおばさま、少しお時間を頂けるかしら」

 

 足が止まる。眼前に立つグロリアーナの女王、確かダージリンというコードネームを有している少女だったか、とカオリはそちらを見た。

 

「——出来れば簡潔に。たった今、私は忙しくなったので」

 

「ではその通りに。このたびはこんな小娘の流言に乗って下さって本当に有り難うございました。あなたのご協力なければ、机上の空論は夢物語に終わっていたでしょう」

 

 深々と下げられた頭を見て、やめなさいとカオリは首を横に振った。

 

「大人が大人の義務を果たしただけです。それにあなたに頼まれたから動いたのではありません。私は官僚として、役人としての責務を果たしただけ。教育と成長の場を提供しただけです」

 

 カオリが歩みを再開する。ダージリンの横を、足早に通り過ぎていく。ダージリンは前を向いたまま、カオリに声を投げかけた。

 

「——会っていかないのですか? カリエさんもエリカさんも喜びますよ」

 

 カオリの足は止まらない。もう互いの声が届くギリギリの距離まで開いている。カオリは一切振り向くことなく、最後にこう言った。

 

「莫迦ね。こんな情けない顔、可愛い姪っ子達に見せるわけにはいかないでしょう?」

 

 

08/

 

 

 跳弾だ。

 

 愛里寿は信じられないものを見たと、射線を無理矢理ずらされてしまった自身のセンチュリオンを撫でた。

 自分の背後ではⅣ号が砲煙を吐き出している。だが、こちらを狙えるようなタイミングではなかった。やっと掴み取った隙だったからこそ、愛里寿はカウンターをパンターに叩き込んでいたのだ。

 そこに読み違いはない。

 

 Ⅳ号戦車はあろうことか、パンターの正面装甲に向かって砲弾を叩き込んでいた。

 まるで野球のキャッチャーのようにそれを受け止めたパンターは衝撃を殺しきれなかったのだろう。愛里寿に遅れて撃破——自走不可能の判定を受けている。

 しかしながらパンターの装甲に弾かれたⅣ号の主砲弾はセンチュリオンに向かって飛び、その主砲を弾き動かしていた。

 パンターを仕留めるはずだった砲弾は明後日の方向へと飛んでいき、撃破判定を受ける直前のパンターが撃ちだした砲弾がセンチュリオンに突き刺さっていた。

 その証拠に、愛里寿の眼前では敗北を表す白旗がはためいている。

 

「実はランナーを刺すのは昔から得意なんだ。今思えば、歩かしてから刺しても良かったのかな。あいつ、クイックめちゃくちゃ上手かったし」

 

 よいしょ、と動かなくなったパンターから這い出てきたカリエがセンチュリオンに登ってくる。彼女はどさりと愛里寿の横に座り込むと、そのまま寝転がるように天を見上げた。

 

「あり得ない。不可能。跳弾なんかコントロールできるわけない。こんなのあってはならない」

 

 振るえる声音で愛里寿が絞り出す。横に寝転がりながら空を見上げていたカリエは「あり得るよ」と視線を愛里寿へ向けた。

 

「真っ直ぐストレートなら受け止める自信があった。向こうは華さんが乗ってる。彼女の砲撃能力は神懸かり的だ。こちらが絶対に動かなければ、跳弾くらいコントロールしてくれるという信頼もあった。あとはキャッチングと同じ。来ると思うコースにミットを構えるだけだよ」

 

「——何それ、意味がわかんない」

 

「だと思う。でも、だから戦車道は面白いんじゃない?」

 

 カリエの言葉に、愛里寿が「はっ」と息を呑んだ。面白い、果たして自分は戦車道にそれを感じることが出来ていたのだろうか。

 

「ま、私も暫く忘れていたから偉そうなことは言えないけどね。みんなが教えてくれたんだ。身体を張って、全てを私に託してくれて」

 

 カリエが瞳を閉じる。身体が酷く疲れて、もう動ける気がしなかった。もしかしたら緊張の糸というものが切れて、筋肉が言うことを聞かなくなっているのかもしれない。

 

「ふたりでのんびり回収車を待とう。ありがとう、愛里寿。本当に楽しい試合だった」

 

 愛里寿は姉と自分のこと、そして戦車道と自分の事を考える。だが今はあたまの中がぐちゃぐちゃになって、何も考えることができなかった。けれども、今、この目の前で寝転がる女が不倶戴天の敵であるということ、そして自分にはない何かを持っていることだけは理解して早速身体を動かした。

 

 それはすなわち——

 

「ぐえっ、え、なに、どうしたの」

 

 小さな体躯でカリエに馬乗りになって襟首を掴み取った。そして顔と顔が触れあわんばかりに近づけ合って、言葉を吐き出していく。

 

「決めた、あなたは私の天敵よ。ライバルよ、目標よ。ボコみたいにボコボコにされてもこんなところまで這い上がってくるなんて、信じられない。あなたに勝つまで私は諦めないから」

 

 それから先、喚き続けるように愛里寿はカリエに言葉を投げつけ続けた。しかしながらその意味は殆どわからなくて、困惑したカリエは恐る恐る愛里寿を抱き寄せてその頭を撫でた。

 すると今度は堰を切ったように泣き出してしまい、もう何が何だかわからなくなったカリエは「なんか妹が出来たみたい」と小さく溜息を漏らす。

 

「ふーん、君は人の妹にまで手を出すんだ。これは心穏やかじゃいられないな」

 

 げっ、とカリエが野太い声を漏らす。見ればセンチュリオンの天蓋に肘をつきながらミカがニコニコとこちらを間近で見ていた。

 普段ならば絶対に感じ得ないミカの怒気を浴びて、愛里寿を抱き留めていた腕をおろおろと彷徨わせる。

 

「あんたね、人の妹を脅してんじゃないわよ。まあいいわ。一人ぐらい妹が増えても面倒見てあげるから」

 

「おっと、それを言ったらもう戦争だね。さっきの続きをここで始めるかい?」

 

 反対側に現れたエリカを見て、いよいよカリエは悲鳴をあげた。自分を挟んで舌戦を繰り広げる悪癖は本当に何とかして欲しい、とカリエは情けない声を漏らす。

 

「あらあら、まあまあ、カリエさんたら、ほんとにあらあら」

 

 ひぃっ、と情けない悲鳴が漏れた。とどめに現れたのは戦車回収車。その荷台には赤いタンカースジャケットを身に纏ったダージリンの姿があった。

 

「本当に、本当におモテになるのね。ねえ、カリエさん。野暮用を済ませて、慌てて回収車に飛び乗ってきた私の気持ちがわかるかしら。恋人のねぎらいにきた私が、別の女を抱きしめる貴方を見たときの気持ちは? ねえ、どう感じたと思う? ねえ、答えて下さらない?」

 

 カリエは逃げ出した。自分にへばりつく愛里寿をそのままに、脱兎の如く逃げ出した。

 パンターの天蓋に腰掛けていたナナが「一度は痛い目にあってください」と吐き捨てたのを見て、少しだけ泣いた。

 

 遊園地の廃墟の中、もう一度空を見上げる。

 

 すると先ほどまでそこにあった、いつかの夏に見ていた入道雲はすっかりと消え失せて、世界は夕陽に包まれ始めていた。

 1日が、終わろうとしていた。

 


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