黒森峰の逸見姉妹   作:H&K

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黒森峰の逸見姉妹OVA
人吉ウォー!!! 1


 

 

 

 第61回全国戦車道大会にて見事十連覇を果たし、熊本市でのエキシビションも終えた黒森峰の生徒達は、残された夏休みを謳歌するべくそれぞれが行動を移していた。

 西住姉妹の二人は仲良く実家に帰省し、小梅は友人達と共に九州の小旅行に旅立っていった。

 他の生徒達もそれぞれが実家に向かうか、旅行に向かうか、学園艦でのんびりと過ごすか、思い思いの時間を楽しんでいたのである。

 もちろん逸見姉妹であるエリカとカリエもそれは変わらない。

 彼女達は真っ赤な二両編成の電車に揺られながらのんびりと夏休みを楽しんでいた。

 

「さすがに桜島は迫力あったわね。鳥刺しも食べられたし、かるかんもお爺ちゃんとお婆ちゃんに買ったし、良い感じの小旅行じゃないの」

 

「学園艦が鹿児島に寄ってくれたから助かった。お婆ちゃんちは熊本市からいくよりも、鹿児島から向かう方が近いし」

 

 彼女達二人は、仲良く座席に腰掛けながら一泊ほどの旅行を振り返っていた。

 さらにはこれから向かう祖夫母に対する土産について楽しそうに語り合っている。

 二人の実家は一応熊本市内だったが、母方の実家は南熊本の人吉市にあったのだ。

 最初は特に訪問する予定もなかったのだが、鹿児島に実家がある生徒達のために学園艦が鹿児島に寄港したことから、それならば行ってみようかと、急遽予定を変更していたのだ。

 

「確かに丁度良かったかもね。最近は参加してなかった納涼祭の戦車道にも間に合いそうだし」

 

 言って、エリカが一冊のパンフレットを広げた。

 それは人吉市が発行している町内向けパンフレットだ。先頭のページにはでかでかと納涼戦車道大会の案内が踊っている。

 

「参加申し込みはしたの?」

 

「一週間前に電話でやっといたわ。エキシビションの翌日だから向こうもかなり驚いていたわよ」

 

「……昔はよく参加してたなー。なんか懐かしいかも」

 

 カリエの言うとおり、二人が戦車道を始めて少し立った頃、納涼戦車道大会には祖父母の家に遊びに行くたびに参加していた。

 当時のカリエはそれほど熱心ではなかったが、姉のエリカの助けもあってかそれなりに二人は活躍していたのだ。

 

「役場の人、私たちのこと覚えていたわよ。川上球場で男の子に混じって野球していた子たちですねっ、て」

 

「戦車道じゃないんだ……」

 

「ま、田舎だから目立ってたのかもね。いろいろと」

 

 ぼんやりとエリカは外を眺める。

 先ほどまで広がっていた「えびの駅」周辺の田園地帯が徐々に山麓地帯へと変化していた。

 川内川の列車橋を通り抜け、列車は熊本県との県境に向かっていく。

 ふと、隣に腰掛けていたカリエがうとうとと船を漕いでいることに気がついた。

 

「……眠いの?」

 

 うん、とカリエが頷く。

 エリカは「しょうがないわね」と苦笑を零し、カリエの頭を引き寄せた。

 

「しばらく寝てなさい。人吉駅に着いたら教えてあげるから」

 

「……でも前はそれで寝過ごした」

 

「うっ、今度はちゃんと起きているわよ」

 

 カリエの軽口にエリカは言葉を詰まらせたが、最終的には姉の方に頭を預けた。

 何だかんだいって姉のことは信頼しているカリエなのである。

 

 ガタゴトと、赤い列車が線路を行く。

 陽炎揺らめく八月の終わり。

 黒森峰の逸見姉妹は二人仲良く田舎への帰路を進んでいた。

 

 

/1

 

 

 二人して、少し大きめのスーツケースを引っ張ること十数分。

 彼女達は古風の立派な屋敷の前にいた。

 西住家の屋敷には敵わないが、それでも随分と大きくて立派なものである。

 

「呼び鈴鳴らした方がいいかな?」

 

「昔ならそのまま入ってたけどね。まあ一応鳴らしときましょ」

 

 門の脇に備え付けられた呼び鈴を鳴らす。よくある電子式のものではなく、金具を掴んで、青銅製の板に打ち付けるかなり古いタイプだった。

 応答は直ぐあった。

 下駄特有の、カラコロ甲高い音を立てながら中で誰かが駆けている。

 やや間があって、大きな木製の門が開いた。

 

「お帰りなさいませ。エリカお嬢様、カリエお嬢様」

 

 出てきたのは品のよい和服を着込んだ妙齢の女性だった。白髪交じりの髪を後ろでまとめた彼女は、お手伝いの長山タエといった。エリカとカリエは昔から長山さんと呼んでいる。

 

「ただいまです。長山さん。カリエ共々、お世話になります」

 

「なります」

 

 エリカとカリエが頭を下げたのを見て、長山は目を丸くした。

 

「まあ、まあ! お嬢様方も随分ご立派になられて! 赤ん坊の頃からお世話をさせて頂きましたが、こんなにも嬉しいことはありません!」

 

 長山の大げさな対応に二人は顔を見合わせた。

 昔からこの家では必要以上に持ち上げられてしまうのだ。それがどこかむず痒くて、そして懐かしくてどちらからともなく笑っていた。

 

「ささ、お入り下さい。旦那様も奥様も首を長くしてお待ちですよ」

 

 長山に連れられて二人は大きな門をくぐる。まず純和風の庭園が目に入り、脇の池では金の錦鯉が数匹泳いでいた。

 きょろきょろと視線があちこちに落ち着かないカリエを、エリカは黙々と引っ張った。

「行儀良くするのよ」

 

「わかってる」

 

「ご遠慮なさらずともここはお嬢さま方のお屋敷も同然です。旦那様方に挨拶された後、ゆっくりと散策なさって下さい」

 

 カリエの好奇心を微笑ましく感じているのか、長山の対応はとても大らかだった。

 エリカは恐縮しきり、しきりに申し訳ないですと繰り返していたが、カリエはそのようなこと何処吹く風。

 中々見慣れない純和風の屋敷に興味津々だった。

 

「旦那様、お嬢さま方をお連れしました」

 

 玄関にはすぐに到着した。

 上等な檜で組まれた立派な玄関だった。沈みかけている夕日を浴びて朱色に輝いている。

 その威容には、平然を装っていたエリカですら感心して惚けていた。

 今度はカリエがそんな姉の小脇を小突いていた。見れば長山は先んじて玄関の戸を開けて、二人の事を待っていたのだ。

 長山に促されて、二人は玄関をおそるおそるくぐる。万が一にもスーツケースのキャスターが敷居を傷つけないよう、細腕でしっかりと抱え込みながらだった。

 屋敷の主はそんな二人のすぐ目の前にいた。

 

「おおっ、ようきたようきた! むぞらしか姿にのうて、儂も鼻高々じゃい!」

 

 はっきりとした発声の、馬鹿でかい声だった。

 二人は咄嗟に何も言えなかった。

 あれほど礼儀正しくと口酸っぱくしていたエリカですら、呆然と立ち尽くしている。

 玄関に感心して惚けていたのとはまた別の意味で、呆気にとられていた。

 それもそのはず。

 彼女達の記憶の中ではそれなりに威厳のあった祖父だったのだが、そんな彼は頭に黒森峰の応援はちまきを装備し、黒森峰のタンカースジャケットと同じカラーリングの甚平を着込み、エリカとカリエの顔写真が印刷された応援内輪を手にしていたのだ。

 

「相良コウゾウ 御年78歳」の余りにも、あんまりな立ち姿だった。

 

 

2/

 

 

「ごめんなさいねー。この人ったら、あなたたちの試合のテレビ中継だけじゃ飽き足らず、役場で開催されたぱぶりっくびゅーいんぐ、だっけ? まで観戦しに行ったの。そしたら町内のお爺さま方にあなたたちをアピールするぞっ、て恥ずかしげもなく張り切っちゃって、このありさま。驚いたでしょう?」

 

「ふん、町内の印刷屋に突貫で作らせたのだ。可愛い孫の晴れ姿。これくらいは当然のことだろう」

 

 自分たちの団扇で風を仰ぐ祖父を見て、二人は「あはは」と苦笑を零した。精悍で威厳のある顔つきをした祖父が、さながらアイドルにどはまりした追っ掛けのような姿になっているのを見て、どう反応して良いのかわかりかねたのだ。

 祖母であり、瀟洒な藍色の着物を着込んだ「相良トヨ」は孫娘達の微妙な表情を見て、コウゾウの頭を小突いた。

 

「もう、二人ともびっくりしてるじゃない。折角学園艦を降りてここまで着てくれたんだから、もっと普通にお出迎えしてあげればよかったのよ」

 

「とは言ってもだな、儂のうちに溢れる孫への想いをどーしても二人には伝えたかったのだ。なんせ数年来の再会だからな。怖くて取っつきにくいお爺ちゃんは嫌だった」

 

「……その気遣いを俊彦さんにもしてあげたら、毎年のようにこの子達と、この子らのお姉さんを連れて家族で帰ってきてくれるんですよ」

 

 俊彦とはエリカとカリエの父親である。

 

「何を言う。儂はまだカナエとの結婚を認めとらんからな。いつだって、カナエが愛想尽かして帰ってきても言いように準備しておる」

 

 カナエは二人の母親だった。もしも両親の結婚が認められていないのならば、ここにいる自分たちは何なのだと、エリカとカリエは内心突っ込んでいた。

 

「全く……。あなたは思ってもいないことを直ぐ言っちゃうんだから。この子たちにバラしても良いんですよ? 結婚式では男泣きに泣いて泣いて、俊彦さんには『娘を頼む』と縋り付いていたことを」

 

 もうバラしてるとカリエが呟いたので、エリカが慌ててその口を押さえていた。

 

「ばっ、馬鹿もん。あれは言葉の綾でな……。本心ではないわい」

 

 相良夫婦の会話が夫婦漫才の様相を呈していたので、エリカとカリエはさてどうしたものか、と顔を見合わせた。すると丁度その時、襖が静かに開けられた。

 そこにはお盆を手にした長山が立っていた。

 

「旦那様、奥様。お嬢さま方が鹿児島で買われたお菓子になります。どうぞお召し上がり下さい」

 

 見れば鹿児島市内で購入してきた「かるかん」と緑茶が小ぎれいな豆皿に載せられていた。

 丁度良いと言わんばかりに、コウゾウは姉妹の土産に舌鼓を打った。

 

「うむ。やはり孫の土産というものはこう旨いものなのだな。……ところで話は変わるが、明後日の納涼祭。二人は参加するのか?」

 

 答えたのはエリカだった。カリエはかるかんを頬張って、姉に丸投げだった。

 

「はい。先日に電話で参加申し込みは済ませておきました。もちろん戦車道大会にも参加します」

 

「おお、そうかそうか。なら追加の応援旗も用意せんとなあ」

 

 威厳も何もあったものではない緩みきった表情でコウゾウは笑った。トヨはそんな夫を見て、隠すつもりなど微塵もないまま溜息を零す。

 

「もう本当にごめんなさいね。あんまりやかましいようだと、当日私が屋敷に閉じ込めておくから」

 

「い、いえ。おじいさまに観戦して頂けるのなら、私もカリエも喜びます。ねえ、カリエ?」

 

「うん。お爺ちゃんのために頑張るよ」

 

 普段はそれほど空気を読まないくせに、こういった場面では妙に勘の鋭いカリエである。どういうリアクションを取ればコウゾウが大喜びするのか手に取るようにわかっているのだ。

 

「おおっ! エリカ! カリエ! お爺ちゃんは嬉しいぞぉ!」

 

 機嫌が青天井並になったコウゾウは、直ぐさま夕食の準備を長山に申しつけた。

 懐から取り出した何やら分厚い封筒を彼女に押しつけて、「できる限り豪勢に支度してくれ」と注文まで付けている。

 長山も慣れたもので、直ぐさま「買い物に行って参ります」と屋敷を後にした。

 結果から言ってしまえば、エリカとカリエはこれまでの人生でも中々食べたことのないいたく豪華な夕食にありつくことができたのである。

 

 

3/

 

 

 翌日午前。

 お揃いの水色のワンピースに麦わら帽子という出で立ちの二人は「人吉駅」の駐車場に立っていた。

 カリエは手持ちのデジタルカメラで周囲をくまなく撮影し、エリカは手にしたノートに私見を書き込んでいる。

 

「この線路の向こう側まで発砲許可区域よ。どうカリエ? ここは防衛拠点に向いてそう?」」

 

「うーん、この駐車場は開けていて防衛陣地の構築が楽そうだけれども、目の前の商店街は死角が多くていらない一撃をもらいそう。それなら目の前の川を挟んで向こう側のお城跡の方が高所も取れて防衛むきかもね」

 

 そう、二人が行っていたのはフィールドの事前偵察だ。いくら地元はいえ、数年離れていた土地。できる限り地形図を頭に叩き込んで本番に臨もうという魂胆だった。

 

「なら城跡も偵察しておかないと。ちょっと歩くけれど、徒歩で向かうわよ」

 

「えー、なら商店街でアイス買ってよ。エリカ……じゃなかったお姉ちゃん」

 

「……あんたいい加減頼み事するときだけお姉ちゃんよばわりしてんじゃないわよ。……たく、お腹壊さない程度にしときなさいよ」

 

「わーい、大好きお姉ちゃん……って、あいたっ」

 

「んな棒読みで言われても嬉しくないわよ!」

 

 コウゾウとトヨが夫婦漫才なら、この二人は双子漫才だった。同じ顔に同じ声。そして同じ服装で巫山戯あう姿は良くも悪くも目立っていた。

 だからだろうか。商店街を歩いているときも、昔からの知り合いによく声を掛けられた。

 相良ヨシヒという少女も声を掛けてきた知り合いのうちの一人である。

 

「あら、エリカちゃんにカリエちゃんやないの。こっちに帰ってきとったんやね」

 

 言葉自体は関西弁だったが、イントネーションはテレビでよく見るそれと違って、ややゆっくりの言葉だった。

 アイスを手にした逸見姉妹二人が振り返ってみれば、半袖短パンの活発そうな少女が立っていた。

 

「あらヨシヒじゃないの。あんたもこっちに帰ってきてたの?」

 

「グレゴール高校の学園艦が八代に寄港したからね。ついでに帰省したんやわ」

 

 相良ヨシヒはエリカとカリエの従姉妹である。実家は人吉市で、今現在は奈良県にあるグレゴール高校に進学していた。

 

「すっかり関西弁ね。ついこの間までは球磨弁でなまってたのに」

 

「それはこっちの台詞やわ。なんなん? 黒森峰行くと東京言葉にでもなってしまうん?」

 

「大きな世話たいっ」

 

 思わず球磨弁で反論してしまったエリカが慌てて口元を抑える。カリエは滅多に見ない姉の失態を見て、くすくす笑っていた。

 

「あんたも笑ってんじゃないわよ」

 

「あれだけ人に方言で話すなって言ってたのに……。ぷー、くすくす」

 

「わざとらしいのよ!」

 

 相も変わらずに続く双子漫才にヨシヒはお腹を押さえて笑った。

 

「あはは、そっちはいつまでたってもかわらへんね。仲良しでええことやわ。……ところでお二人さん、あんたらは明日の納涼祭に出場するん?」

 

 目尻の笑い涙を拭いながらの、けれども鋭い眼光の問い。

 それに臆するようなら、黒森峰で二人はやっていけなかっただろう。

 返答は一瞬だった。

 

「もちろんよ。あんたと別チームになっても容赦しないからね」

 

「もちろん参加する。今日もそのための下見に来てるんだし」

 

 似たような答えの姉妹に、ヨシヒは不敵な笑みを零した。

 黒森峰には及ばないとはいえ、グレゴール高校で戦車道に打ち込む少女の笑みだ。

 

「それは結構なことや。でも残念。うちとあんたらは仲良く轡を並べて戦うことがもうきまっとるんよ」

 

 どういうこと? とエリカが疑問の声をあげた。

 ヨシヒは後頭部をぽりぽりと掻きながら答える。

 

「あー、それがな? あんたらが参戦することが決まったときに役場が悪ノリしてもうて、対戦相手を県外から呼んでしもたんよ。だからあんたらとうちは同じチームちゅうこっちゃ」

 

「県外の対戦相手ってどこ?」

 

 カリエの言葉にヨシヒは眉根を顰め、言いにくそうに口を開いた。

 

「佐世保のサンダースや。長崎の高校やな。これに関してはあんたらの方が詳しいやろ?」

 

 

4/

 

 

 サンダース大学付属高校――長崎県佐世保市を母校とした超金持ち高校である。戦車道履修者だけで500人近い生徒数を有し、それに見合った車両も保有している。戦車以外の装備も充実しており、全国大会ではフード車・シャワー車・ヘアサロン車といった特殊車両を連れてきていた。

 黒森峰が装備と人員の質で他校の優位に立とうとする高校ならば、こちらは質より量。それも圧倒的な物量で正面から叩きつぶそうとしてくるマンモス強豪校なのである。

 

「で、なんでそのサンダースがこんな片田舎の納涼祭まで出張ってきてるのよ」

 

 エリカとカリエ、そしてヨシヒの三人は人吉城跡の公園敷地内のカフェでテーブルを囲んでいた。

 ちょっと遅めの昼食を取っていたのである。

 エリカが「和風ハンバーグセット」。カリエが「オムライスセット」。ヨシヒが「カルボナーラのパスタ」に舌鼓を打っていた。

 

「さっきも言った通りや。折角全国優勝の立役者が参加してくれるんやから、これを機に町興しでもして当てたろっ、ちゅうことで近場の強豪校に出場を頼みこんだんや。そしたら思いの外あっさりと承諾されたんやて。実際、全国ネットのテレビ局も当日は取材に来るらしいで。なんたって『黒森峰の逸見姉妹』VS『新体制下のサンダース付属高校』やからな-」

 

「新体制って?」

 

 口元に付けたトマトケチャップをエリカに拭われながら、カリエは問う。

 

「新しい隊長が就任したんよ。確か隊員たちの間ではケイって呼ばれてる子やな。今年の春先に練習試合をしたとき、一緒に撮った写真があるけれど見てみるか?」

 

 そう言って、ヨシヒはスマートフォンを姉妹に差し出した。

 エリカとカリエで覗き込んでみれば、肩を組み合った少女が二人並んで映っている。やや茶色味掛かったヘアスタイルの少女がヨシヒで、その隣の金髪の少女がケイなのだろう。

 

「カリエ知ってる?」

 

 他校の分析に長けている妹にエリカは問いかけた。

 カリエはしばらくスマートフォンと睨めっこした後、こう答えた。

 

「……思い出した。私が平地に追い詰められたとき、シャーマンを指揮していた子だ。エリカにエンジンルームを撃ち抜かれてリタイアしている。確か肩書きは隊の小隊長だった筈」

 

「あら、あの時いたファイアフライの車長が小隊長じゃないの?」

 

「あれは出しゃばりの上級生だよ。本当はこの子ともう一両のファイアフライだけで私を追い立ててたんだけれど、無理矢理ファイアフライが後から合流したんだ」

 

「なるほど。もしあそこでファイアフライが無理せず、サンダース本隊の護衛につとめていたら多少なりとも展開は変わっていたかもね」

 

 結果が変わっていたと言わないあたり、エリカはエリカらしいとカリエは思った。ヨシヒも同じ事を考えているのか、あははと苦笑を零している。

 

「ま、誰が来ようと黒森峰の名に泥を塗らないよう、相手を叩きつぶすだけよ。カリエ、作戦の立案は任せたわよ」

 

「え? でも隊の編成も、チームメイトも知らない」

 

 カリエの言葉にヨシヒは「心配いらへんで」と答えた。

 

「参加車両は7両。ルールは殲滅戦や。役場も今回ばかりはえろう奮発してな。あんたらのためにパンターとティーガーⅡを一両ずつ用意してくれとる。残りはⅣ号が2両。Ⅲ号が3両やな。人員は基本的にあんたらより年下や。地元の戦車道チームの中学生が主やから、基本的に私ら三人がチームを引っ張っていくことになるで。私はあんたらが隊長と副隊長をするべきやと思ってるけどな」

 

 言われて、カリエはお手製のノートを広げ、ヨシヒの告げた編成を書き込んでいく。

 

「サンダースの編成は?」

 

「これに関しては当日までわからへん。でも基本的にシャーマンとシャーマンファイアフライやと思う。あっちも7両なことだけは確かやな」

 

 ノートに書き込まれた戦力図を見て、エリカが口を開いた。

 

「正面火力と装甲防御力ではこちらが若干有利くらい。でも乗員の練度を考えるとトータルではやや不利かもね」

 

「副隊長が得意な待ち伏せでもしてみる?」

 

「あれは私たちの練度があって初めて成り立つものよ。付け焼き刃のチームワークでは必ずどこかで破綻するわ。それにあんたはともかく、私にはみほのような戦略眼はないわよ」

 

「そんなことないと思うけれど。……でも待ち伏せが使えないのなら正面火力を活かして少しずつ削っていくいつもの作戦かな?」

 

 目の色を変えて戦術について議論を交わす逸見姉妹を見て、ヨシヒは懐かしい思いに胸を満たされていた。

 昔からこの二人はこと戦車道になると恐ろしいまでのチームワークを発揮してくるのだ。

 さすがは黒森峰のリーサルウェポン、と彼女たちの戦車道が頼もしいと感じた。

 

「フィールドワークの結果も交えて、私とカリエで作戦を練ってくるわ。明日はよろしく頼むわよ」

 

 ランチの代金を残して、エリカが立った。

 じゅるじゅると溶けた氷を啜っていたカリエを引っ張って、ヨシヒを見る。

 

「例え公式戦でなくとも私たちは手を抜かないから。『黒森峰のウロボロス』をサンダースの奴らに知らしめてやるわ」

 

 その自信に満ちた表情は、ここ十数年来、ずっと変わっていないモノだった。

 

 

5/

 

 

 八代港に寄港した学園艦から八代駅を経由し、人吉駅まで専用の輸送列車を使って、サンダースの生徒たちは人吉市入りを果たしていた。

 

「うーん、The middle of nowhere!(ど田舎!) 同じ九州だけれども、長崎とはまた違った町並みね!」

 

「随分内陸まで来ましたからね。久しぶりの列車移動でしたけれど、お尻が痛いのなんの」

 

「アリサは列車じゃなくて積み込まれた戦車の方に見張り番として乗っていたからね。それについては感謝しているわ」

 

「ありがとうございます。マム」

 

 エリカとカリエが駅前を後にして丁度一時間後。サンダースの彼女たちは駅で戦車の積み卸しを行っていた。寡黙なナオミが先頭に立ち、市から借り受けた重機を操作している。

 

「ところで『黒森峰のウロボロス』が参加しているのは確かなんでしょうね。ここでやっぱり参加していませんでした、じゃ That's so lame(つまらないわ) よ!」

 

 ケイの冗談交じりの言葉を受けて、アリサは手にしていた資料をぺらぺらとめくった。

 

「さっき役所で問い合わせましたけれど、参加するのは確実なようです。しかもそれぞれが黒森峰で乗車しているのと同じ車種の戦車を用意したんだとか」

 

「だとすれば虎と豹か……。シャーマンで抜くのは厳しいかもね。ナオミのファイアフライをどう活かすのかが、間違いなくキーポイントになるわ」

 

「相手にはあの逸見カリエもいます。我々がそのような作戦を立案していることは読まれているでしょう」

 

 こちらの行動は筒抜けだ、というアリサの言葉にケイは不適に笑った。

 

「あら、それを優勢火力ドクトリンで押しつぶしていくのが、私たちのやり方よ。明日は期待しているわね。アリサ」

 

 それは黒森峰のウロボロスを微塵も恐れない、絶対の自信からくる笑みだった。

 

 

6/

 

 

「ねえ、お爺さま。カリエをご存じないですか」

 

 その日の夕食後、荷物の整理を行っていたエリカはカリエの姿が見えないことに気がついた。

 屋敷の中を一回りしても、何処にも妹の姿は見えず、居間で応援グッズ製作に精を出していたコウゾウに問いかけたのだ。

 エリカとカリエの名前が刻まれたハッピに身を包み、二人の顔写真を団扇に貼り付けていたコウゾウは、「はて?」と首を傾げた。

 

「長山さんや。カリエを知らんか?」

 

 コウゾウの言葉に、長山は答えた。

 

「カリエお嬢さまなら、野球道具をもって川上球場に向かわれましたよ」

 

「え? 一人でですか?」

 

「ええ、ご友人と行かれるとは仰ってませんでしたが」

 

 長山の答えに、エリカも首を傾げた。なんで今更と思いながらも、そういった突飛もないことをするのが我が妹だとも理解しているので、「そうですか」と手短に二人へ礼を述べた。

 

「すいません。お風呂の前に連れ戻してきます」

 

 出掛ける旨を伝えて、屋敷を後にする。

 徒歩で十五分ほどの距離にある球場へ、エリカは小走りで駆けていった。

 そしてカリエは、長山の告げたとおり川上球場にいた。

 

「何してんのよ」

 

 ホームベースのやや後ろ。本来ならキャッチャーが座している場所にぼんやりと立ち尽くすカリエに、エリカは声を掛けた。

 カリエはこちらに歩いてくるエリカを見定めると、手にしたグラブを手渡した。

 

「お爺ちゃんちの納屋で見つけた。エリカ。これ持ってボール投げて」

 

 やや古びたグラブとボールを受け取ったエリカは何が何やらわからなかったが、別段断る理由も見つからなかったので、言われたとおりにボールをカリエに投げようとした。

 だがその動作をカリエに途中で止められる。

 

「違う違う。マウンドから投げて。割と全力で」

 

「はあ?」

 

 いよいよ意味不明な妹の言動にエリカは声を上げた。けれどもそこは妹に甘いエリカ。渋々ながらもマウンドに登りボールを握った。

 

「私、それなりに肩は強いから、怪我しないでよ」

 

「大丈夫」

 

 防具も着けないまま、キャッチャーミット一つだけでカリエは中腰になった。

 その姿がやけにこなれていて、エリカはますます意味がわからないと疑問を抱いた。

 でもそれで満足するのなら、とエリカはほぼ全力で白球を投じる。

 彼女が自薦したとおり、女性としてはかなりの速球がカリエに向かった。

 普通の女の子ならば恐怖心を感じてその場から逃げ出すか、体が硬直して怪我をしてしまうような、そんな球だった。

 しかしながら、カリエは普通ではなかった。

 落ち着いた様子で、それこそ体に衝突する寸前にミットを割り込ませ、何でもないような動作でボールを捕球していた。しかもその感慨にふけることなく、中腰のままエリカへとボールを返した。

 受け取ったエリカが思わず顔をしかめてしまうくらいには、重たいボールだった。

 

「黒森峰でも時折草野球しているのは知ってたけれど、あんたそんなに運動が出来たのね」

 

 それから数度、エリカをピッチャーに、カリエをキャッチャーに見立てたやり取りが繰り返された。

 普段からボールを投げ慣れていないエリカの方が先に根を上げるまでだ。

 

「野球だけだけれど。ボクササイズとかは無理」

 

 それからしばらく。

 球場のベンチに腰掛けて、二人して沈みゆく夏の夕暮れを見ていた。

 

「やる気がないだけでしょう。あんたなら直ぐに慣れて私くらいには出来るようになるわ」

 

「やだ。しんどいのはいや」

 

「野球では絶対にそんなこと言わないくせに。でも不思議よね。野球の何がそんなにあんたを惹きつけるのか。両親はどちらも嗜んでなかったし、プロの試合だって連れて行って貰ったことはないでしょう?」

 

 エリカの疑問に、カリエは答えなかった。

 ただエリカもその答えにはあまり興味がないのか、それ以上詮索することはなかった。

 

「ねえ、エリカ」

 

「エリカって言うな。で、なに?」

 

「明日のことなんだけどさ。明日は囮をやらせて貰っていい?」

 

 妹の提案にエリカは少しだけ驚いた。

 

「あんたがそんなこと言うの始めてね」

 

「かもしれない。でも、それが上手くいけばサンダースをまとめて釣り上げられる」

 

 カリエの雰囲気が変わったと、エリカは直感でそう思った。これまでの長い付き合い、この妹の頭脳がフル回転したときの雰囲気は姉であるエリカが一番熟知している。

 だからこそ、根掘り葉掘り問いただすようなそんな野暮な真似はしない。

 

「でもあんたが指揮する黒森峰とは違うわ。言っちゃ悪いけれど、練度も何もかも足りていない急造チーム。チームワークもへったくれもないわよ」

 

 エリカの皮肉も最早儀式のようなものだ。

 妹の自信を引き摺り出すための、彼女なりの小芝居。

 それを理解しているからこそ、カリエも眉根一つ動かすことなく答えてみせる。

 

「大丈夫。アメリカ人はベースボールが大好きだと相場は決まっている。なら、必ず今回の作戦に乗ってくる。それに、サンダースのケイって人は私たちが思っている以上に勝負の醍醐味を知っている人だよ」

 

 




すいません。取りあえず仮復旧です。
誤字や脱字等は後日訂正します。
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