今後はブリジットをメインとしつつ、月一くらいで短編集を投稿できたらな、と考えています。
ここまで読んで下さった読者の方、本当にありがとうございました。
最後に謝辞を。
この物語はハーメルンに投稿されているエリカが主人公のとあるSSに感銘を受けて執筆したものです。この素晴らしいSSがなければ自身がガールズ&パンツァーのSSを執筆するようなことはなかったでしょう。
ハーメルンの全ての作家様、素敵な物語をいつも投稿して下さっていることに感謝します。これからも、どうかよろしお願いします。
こんなにも沢山のフラッシュに囲まれるのは初めてだと思った。
前世では恐らく一生縁がなかったであろう経験。
煌く光に目を細めながらも、精一杯彼女は笑っていた。
それは、前世のエースに向けた満点の笑顔だった。
1/
全国戦車道大会の表彰式。
真紅の優勝旗を隊長であるまほが受け取った後、カリエは一人壇上に呼び出されていた。
最優秀選手賞――すなわちMVPに選ばれたのである。
なぜ自分が、とカリエは困惑した。
撃破数ならダントツでエリカが一位だったし、試合を終始指揮し続けたのはまほとみほ、西住姉妹だ。
自分なんかよりももっと相応しい選手は沢山いる。
フラッグ車を仕留めたのも、たまたまそういう役割だっただけでカリエがいなければ、エリカかまほ、そしてみほ辺りがいずれ止めを刺していただろう。
そんなことをつらつらとカリエは口走っていたが、エリカに頭を小突かれ、まほに肩を叩かれ、みほに背中を押されて、ようやく彼女は壇上に登った。
その瞬間、カメラを手にした人々が一斉にシャッターを切った。全国放送のカメラとマイクもいくつか回っていた。
今までにない初めての経験だったカリエは、思わず身を竦め「ひゃいっ」と情けない声を上げていた。
「逸見カリエさん。おめでとう。これは最優秀選手賞を受賞した子にだけ渡されるトロフィーよ。あなたを含めて、まだ62人しか授けられていない、栄誉の証だから大切にしてね」
「蝶野」という名札をつけた、大会の運営委員であろう女性がカリエに歩み寄った。彼女の手には戦車をモチーフにした金色のトロフィーが握られている。
「あなたが選ばれた理由はね、常に前へ進み続けるあなたの戦車道を体現して見せたからよ。さまざまな障害を乗り越えて、時には挫折しながらも最後まで戦った。運営委員会はそんなあなただからこそ、このトロフィーを授与することを決めたの」
じわり、とカリエの視界が滲んだ。
自分がやってきたことは間違いじゃない。
この道で良かったんだ、と理解したとき彼女は嗚咽を溢していた。
カリエはカメラの波の向こう側にいるエリカを見た。
最初は彼女に無理矢理連れてこられた道。
けれども途中からは自分で歩いてみようかな、と思った。そこには情熱も、気概もまだまだ足りていなかった。でも色々な人々に支えられて、いつの間にかもっと先に行きたいと願っていた。
「お姉ちゃん!」
カリエは叫んだ。こちらを優しく見つめ、手を叩くエリカを見た。
彼女はカリエの言葉に目を丸くしていた。
「ありがとう! お姉ちゃんがここまで連れてきてくれた! 本当にありがとう! お姉ちゃん大好き!」
全国のカメラの前で放たれたまさかの宣言にエリカは顔を真っ赤にした。
両脇をまほとみほに固められて、何かからかわれたのか彼女はその場で地団駄を踏んでいた。
でも直ぐにカリエの方に向き直ると、彼女に負けず劣らずの声色でこう返した。
「私もよ! カリエ!」
カメラのフラッシュが最高潮になる。
蝶野はぼろぼろと泣きはらすカリエの肩をそっと叩くと、柔らかな声色でこう言った。
「さあ明日の一面の写真よ。あなたが出来る一番の笑顔をみんなに見せて頂戴」
2/
こうして、第62回全国戦車道大会は無事終わりを告げた。
大会は黒森峰女学園が偉業となる十連覇を達成し、全国の戦車道関係者を湧かせた。
西住姉妹の卓越した指揮能力と、逸見姉妹の華やかな連携の話題が瞬く間に全国へと広がり、戦車道興隆の大きな礎となったのだ。
さらには全国放送で中継された「黒森峰女学園対プラウダ高校」の試合が伝説になり、試合を分析した関連書籍やDVDまで発刊される始末だった。
それらに触れた少女達が、戦車道に憧れ、その道に入っていくにはそう時間は掛からなかった。
そしてここにも多分に漏れず、決勝戦の熱気に取り付かれた少女がいた。
3/
「いやー、熊本は大洗に比べると暑いであります」
夏休みまっただ中の炎天下の中、熊本駅の改札で彼女は戦車道雑誌を片手にきょろきょろと周囲を見回していた。
「ええと、エキシビションの会場までは熊本駅からバスが出ているはずなのですが……」
戦車道雑誌の巻末ページを凝視していた彼女は、目当てのバスターミナルを見つけると軽やかな足取りでそこに駆けていった。
だが、駅前のバスターミナルは既にそのエキシビション目当ての人々で溢れかえっていた。
「あちゃー、もう一本早い新幹線でくれば良かったですかねえ」
満員のバスに押し込められながら少女はそう呟いた。
どうせ交通費は学園持ちなのだから、値段が少々高くても朝方の空いている新幹線を頼めば良かったと後悔しているのだ。
「しかし、うちの生徒会も何考えているかよくわかりませんね。後期から戦車道を復活させるから、強豪校の試合を偵察してこい、なんて。いや、戦車道復活は嬉しいんですけれども、果たして私にそれがつとまるでしょうか……」
ぼんやりとこれからのことを考えながら、バスに揺られること十数分。
辿り着いたのは熊本城の威容が覚めやらぬエキシビションの会場だった。
「うわー、大きいですね。ここがその会場ですか」
足下に敷かれた白砂の照り返しに汗を流しながらも、彼女は表情を輝かせて周囲を見回した。
ふとその時、前を歩いていた少女のリュックからキーホルダーが外れて、地面に落ちていくのを見た。
慌てて駆け寄ってみれば、包帯を体中に巻いた、正直言って悪趣味なクマのキーホルダーだった。
でもそれが、落とし主に届けぬ理由にはならないと、彼女は前を歩いていた少女に走り寄った。
「すいません、これ落としましたよ!」
「え?」
振り返ったのは彼女より幾分か年下の少女だった。銀色の髪をサイドテールにし、腕にはキーホルダーと同じクマを抱えている。
「わわっ、ありがとう! 大事なボコをなくしちゃうところだった。ありがとう、お姉さん」
「いえいえ、お安いご用ですよ。今度からは気をつけて下さいね」
目的は果たしたと、彼女は再び歩みを進めようとする。だが袖をいきなり掴まれてそれは適わない。
何事か、と先ほどの少女を見れば、少しばかり照れながらこんなことを言った。
「私、島田愛里寿っていいます。お姉さんは?」
「え? 名前ですか? 秋山優花里ですけど」
優花里は若干困惑の色を滲ませてそう返した。自慢ではないが、彼女にとってこれまでの人生、それほど人と関わって生きてきたわけではないのだ。
少女――愛里寿はそんな優花里に向かって笑いかけた。
「秋山さんも試合を見に来たんでしょう? なら一緒に見にいきませんか」
「島田殿もエキシビションを観戦しに来たのですか!? いやー、その年で戦車道に興味がおありとは、将来有望ですね!」
戦車道、と言われて愛里寿は若干表情を曇らせた。
「……実はお母様から見に行きなさい、って言われたの。でもちょっとばかり心細くて。だから一緒に来てくれると嬉しい」
元来、人付き合いが苦手な優花里だったが、年下の少女にそう言われて断れるほど腐ってもいなかった。
すぐに優花里は笑顔になると、愛里寿の手を引っ張った。
「そんなことならお安いご用ですよ! これでも私、戦車には詳しいんですよ? わかんないことがあったら何でも聞いて下さいね!」
4/
アイドリングしたティーガーⅡの上で、エリカは試合前の最終確認を行っていた。
黒森峰謹製のチェックリストに整備項目を書き込んでいくのだ。
そんなエリカの様子を、紅茶を傾けながら優雅に眺める人影があった。グロリアーナのダージリンだ。
「随分と真面目なのね。それが強さの秘訣かしら」
「……うるさいわね。私、まだあんたたちのこと許していないから」
「あら、妹さんにはお許しを得たのだけれど」
「それとこれとは話が別なのよ!」
何故違う高校の二人がこうして轡を並べているのか。
理由はエキシビションの形式にあった。
第62回全国戦車道大会十連覇の偉業を讃えて、熊本県が戦車道連盟にオールスター方式の試合開催を企画したのが全ての始まりである。大会に参加したそれぞれの高校の代表者が集い、二つのチームに分かれてフラッグルールで試合を行う。それがこのエキシビションの形式だった。
つまりは黒森峰のエリカとグロリアーナのダージリンが同じチームに配属されたのである。
「ならこれはご存じかしら?」
言われてエリカはダージリンの方を見た。
彼女はいつのまにかティーカップの代わりに、銀色に光るネックレスを持っていた。
小さなベルのような物がこしらえられた上等なネックレスだ。
そしてエリカはそれに身に覚えがあった。
「あっ、それカリエがいつの間にか身につけていた奴じゃない!」
そう。ダージリンが手にしていたのは、カリエがここ数週間のうちに肌身離さず持ち歩くようになったネックレスと同じ物だった。
もともとそういった装飾品に興味がなかったカリエが急に身に付けだしたので、エリカも疑問に思っていたのだが、出所を聞くに聞けないでいたのだ。
「ええ。決勝戦が始まる前に、カリエさんに渡した物よ。正式に謝罪をした折りに『幸運と貴女の勇気を讃えて』と贈らせて貰ったの。幸運のラッキーベル。ふふっ、あなたの妹さんとおそろいね」
「……あんたやっぱむかつくわね!!」
噛みつかんばかりに吠えるエリカを見て、ダージリンはくすくすと笑った。
案外、相性が良いとも言える二人だった。
そんな二人のやり取りが一段落した頃、エリカと同じようなチェックシートを手にしたまほが近づいてきた。
「二人とも準備はいいか? こちらの青チームは我々の他にサンダースの隊長と副隊長、それに随伴する隊員達の車両が5両。継続高校の隊長と車両が2両だ。対して赤チームはみほにカリエ、それにプラウダの隊長と副隊長、随伴が5両。グロリアーナの車両が2両だ」
チームの編成を聞いたエリカが表情を引き締める。
ダージリンはあくまでも紅茶を傾け、その余裕を崩さなかった。
「みほとカリエが敵に回ったが、やることは変わらない。指揮は私が執るが、エリカやダージリンも気が付いたことがあったら何でも言ってくれ」
5/
ところ変わって、赤チーム。
カリエとみほ、そしてカチューシャとノンナは臨時につくられた天幕で作戦会議を行っていた。
「で、カリーシャ! 何か作戦はあるの?」
カリーシャと呼ばれたカリエは、うーんと首を捻った。
やがて数秒も経つと、妙に神妙な顔つきでこう言った。
「特にない」
「特にない、って何よ! やる気あるの?」
「まあまあ、カチューシャさん落ち着いて」
興奮するカチューシャをみほが宥めるが、結局は焼け石に水。カチューシャはカリエに詰め寄った。
「いくらエキシビションといっても私は本気なんだから」
けれどもカリエは特に焦った様子もなく、のんびりと答えた。
「知ってる。だから敢えて小細工はやらない。正面からエリカ達を叩きつぶす。みほとカチューシャの戦略眼なら決して不可能ではない」
そこまで言われると満更でもないのか、カチューシャは仕方ないわねと笑いながら座った。
隣に腰掛けていたノンナもそっと微笑みながら二人の様子を見守っている。
何だかんだいってカチューシャの扱いが上達してきているカリエである。
彼女はエキシビションのフィールドが描かれた地図を見下ろしながら、続けた。
「エリカは私の手を知り尽くしている。それを逆手に取られるようなことはしたくない。けれどもみほとカチューシャはそれぞれ隊長とダージリンに手の内を知られていない。三人寄れば文殊の知恵。私たちは私たちのチームワークで戦う方が良い」
カリエの言葉にカチューシャが不敵に笑った。
みほも力強く肯く。
「例えお祭りでも勝ちに行くのが私の戦車道。みほ、カチューシャ。力を貸して」
「ふん、仕方ないわね。このカチューシャ様が手を貸してあげるんだから負けは許さないわよ!」
「ええ、頑張りましょう!」
固く手を握り合った三人が天幕を出た。
カリエはぐっぐ、と伸びを一つし、みほは被っていた帽子の位置をきっちり整えた。
ノンナはぴったりとカチューシャの側に付き、天幕を出た途端に彼女を肩車した。
それを見て呆気にとられたカリエとみほに、カチューシャは声を上げた。
「どう!? カチューシャとノンナは一心同体! あんた達の姉との絆にだって負けないんだから!」
笑い返したのはカリエとみほ、二人同時だった。
「「こちらこそ!」」
昨日の敵は今日の味方。
共に戦車道を歩む同士なれば友になれる。
そんな道なき道を突き進んでいく、少女達の姿がそこにあった。
6/ Epilog
「カリエ、カリエ!」
誰かが名前を呼んでいた。声色は自分と全く同じ。でも調子だけが決定的に違う。
そんな人物はこの世に一人しか居ないとカリエはのそのそと起き上がった。
「いつまで寝てるの! もう直ぐ試合が始まるわよ!」
身体を捻ってみれば妙に背中が痛んだ。ふと自分が寝ていた場所を見下ろせば、それは戦車の天蓋だった。
もう何年も乗り続けているパンターの天蓋だ。
ポリポリと頭を掻いたカリエは寝ぼけ眼でエリカを見た。
「懐かしい夢を見てた」
「はあ、いつのよ?」
「高校三年生と一年生の夏の夢。片方は負けて、片方は勝った。どれも私の宝物」
「馬鹿ね。負けたのは二年生で三年生は勝ったわよ」
エリカの呆れたような声に、カリエはううん、と首を振った。
「負けたんだ。前の三年生の時は。でも今思えば、それがとても愛おしく思える」
よっこいしょ、とカリエは立ち上がる。
この日のために新調したタイトスカートが皺になっていたが、そんなことを気にするような彼女ではなかった。ついでに、胸元へぶら下げていたラッキーベルをシャツの中にしまい込むと、軽やかな足取りでパンターの車長席に収まった。
姉のエリカもそんな妹を見届けて、ティーガーⅡの車長席に戻る。
「いよいよ決勝なんだから気合い入れなさいよ」
「……これが終われば世界一かと思えば、なんか妙な気分」
ドゥルンッ、と豹と王虎の動力が唸りを上げた。
車体を揺らす微細な振動は、彼女たちが暴れ出す直前の合図。
「まほ隊長とみほ副隊長は後方で本隊の指揮を執るわ。私たちは二人で敵の偵察及び、攪乱。余裕があれば強襲ってとこかしら」
「まあ、あのドイツ代表が相手だからそこまで上手くいかないと思うけどね」
試合開始の空砲が鳴り響いた。エリカとカリエ、二人の操る鋼鉄の獣は地響きを奏でながら、ゆっくりと前進する。
「あら、そうかしら。カリエと一緒ならそれくらい朝飯前だと思うけれども」
「もう昼時だけどね。でも、余裕なのは確か」
パンターとティーガーⅡの砲塔側面には煌びやかなエンブレムが刻まれていた。
それは円を描く二匹の蛇。二人で一つの無限の蛇は、逸見姉妹の象徴だった。
「さて、いい加減 大洗シーデビルズのウロボロスを、世界のウロボロスにしよっか」
カリエの軽口にエリカは微笑んだ。
「あんた、そう言って一年の時もMVPをかっ攫って行ったからね。今回も有言実行しなさいよ」
2両の戦車は徐々に速度を上げていく。けれどもその動きに乱れはなく、互いが互いの鏡のように表裏一体となって動いていた。
「ねえ、お姉ちゃん」
心地の良い風がカリエの銀髪を揺らしていた。
エリカが何? と答える。
「戦車道って、楽しいね」
「馬鹿ね、二人一緒だから楽しいのよ」
カリエの夢の続きは、まだまだ終わらなかった。
ここまで来るのに随分と時間が掛かってしまったが、だからといってここが終着点ではない。
彼女は彼女の道を、これからもひたすら歩いて行く。
そこにどんな困難が待ち受けていても、もう逃げたり、心が折れたりしないだろう。
何故ならカリエは理解しているから。
いつも隣に佇んでいる、たった一人の分身がいつまでもその手をとってくれるということを。
黒森峰の逸見姉妹 了
「……どうしよう。こっそり姉のウォークマンをパクっ……じゃなかった。借りてみたら、全国放送で流れた『お姉ちゃん大好き!!』が無限リピートで入ってた」
「……言いたいことはそれだけかしら?」
「ふるふる。暴力は止めよう。エリカのボクササイズで鍛えたパンチは本当に危ない」
「大丈夫よ、一撃で終わらせてあげるから」
「私たちは一心同体。二人で一つの蛇。だから片方が傷つくの良くない」
「私のプライドは何もかもズタボロよ!」
「……でも、エリカも人が悪い。録音なんか聞かなくても、私がいつでも言ってあげるのに」
「それ本当なんでしょうね!? 嘘だったら承知しないわよ!」
「……ごめん、やっぱそこまで必死になられるとちょっと引く」
「ふざけんじゃないわよ!」