ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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(非)日常編② 軟禁生活のすゝめ

 《個室(アラヤ)》

 

 俺は、ただ茫然と天井を眺めていた。

 別に天井が見たいわけじゃない。体を起こすことすら、煩わしかったからだ。ベッドのスプリングに体を預けて寝転がったまま、俺はこの部屋に来るまでのことを思い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 あの学級裁判という絶望を終えて、俺はこの新家の個室に軟禁されることになった。皆を裏切ったことに対する代償を、自身の軟禁という形で支払うことになったのだ。

 皆との相談で俺の軟禁が決まった後、蒼神や杉野と話して俺の軟禁の詳細が決まった。宿泊棟のこの個室にはベッドもトイレもシャワールームもあるため、消耗品を忘れずに持ち込んでおけば、問題なくここで生活することができる。というわけで、倉庫と自分の個室から、数日分の食料品と衣類を持ち込んで、この部屋にやってきたのだ。

 ちなみに、この軟禁の期限について蒼神はこう言っていた。

 

「わたくしは、皆さんが落ち着くまでの数日間……三日間程度を想定しております。先ほども申し上げましたが、わたくしは平並君の反省を十分に感じておりますので。ただ、今の時点でその期限を皆さんと話し合うことは致しません。今の皆さんに聞いたところで、おそらくは『脱出するまでずっと閉じ込めていろ』とおっしゃることでしょう。折を見て皆さんと相談するつもりですわ」

 

 きっと、蒼神のその推測は正しい。特に、俺に直接狙われた根岸は俺のことを決して許しはしないだろう。

 俺としては、期限は皆の総意に任せるつもりだ。罪を犯したのは俺だ。皆が決める罰を受ける責任があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな経緯で始まった俺の軟禁生活も、始まってからもう丸一日以上が経っている。時計を見れば、もう12時をとっくに回っている。今朝、皆は二日ぶりの朝食会で集まったはずだが、果たして何を話したのだろうか。

 そんな、考えても仕方のないことを頭に浮かべながら、ぼうっと天井を眺める。軟禁生活とは言うものの、この個室は牢屋のように無機質な部屋ではないし、はめ殺しの窓から光も入るので窮屈なものではない。

 けれど、俺がここにいる意味がどうしても頭をよぎり、ひたすらに憂鬱になる。この部屋にやってきてから、ずっと、同じことを考え続けている。

 

 あの惨劇のことが、どうやっても頭から離れないのだ。

 

 古池は、このコロシアイが始まってからずっと殺人の機会を虎視眈々と狙っていた。学級裁判のルールに則って、他の全員をだましてここから脱出するべく、殺人計画を練っていたのだ。

 皆に対して常に飄々とした態度をとっていた古池が、あれだけの狂気を、あれほどの過去を抱えていたなんて思いもしなかった。果たして、古池の狂気に誰が気づけたのだろうか?

 だから、古池の殺人は止めようがなかった。少なくとも、俺は古池の凶行には気づけなかった。

 

 しかし。

 

 古池が新家をターゲットにしたことに関しては、そこに俺の行動が介在している。

 古池が新家を狙ったのは、明日川との口論が利用できると判断したからだ。そして、その口論は、元をたどれば俺が包丁を持ち出したことに起因している。

 だから、古池に新家が狙われたのは、俺のせいということになる。

 

 ちらりと目線を横に向けると、そこには新家の私物と思われるいくつかの大工道具があった。俺の個室に置かれた私物同様、モノクマに用意されたものだろう。

 捜査時間に新家の部屋に入った時は、できるだけ感傷に浸らないようにしていた。けど、今はもう違う。俺のせいで新家を死なせたという事実が、俺の心をえぐっていく。

 

「ごめん……ごめん、新家……!」

 

 もう新家には絶対に届くことのない謝罪が、俺の口からあふれ出す。いくらその言葉を口にしたところで、新家は怒ることも許すこともできない。だから、この行為は自己満足にしかすぎず、ただ自分の罪の意識を少しでも軽くするという意味しか持たない。その事実がさらに自己嫌悪を強めていくだけなのに、それでも俺の口からは謝罪が漏れ出ていく。

 

 右の拳にギュッと力を込めて目をつぶる。目に溜まっていた涙が一気にあふれて頬を伝う。

 

 俺は、どうして、あんなことを決意してしまったのだろう。殺人が決して許されない行為だなんてことは、十分に分かっていたはずなのに。自分が人間でいたいなら、誰かを殺すなんて絶対に決断してはいけないはずなのに。

 それなのに、あの時はあれが最善の選択だと思い込んでいた。本気で方法がそれしかないと思っていた。目の前にぶら下げられた、脱出という見せかけの希望にすがってしまった。

 家族は、何よりも大事だ。家族は何物にも変え難い存在だし、才能も特徴もない俺にとって、平凡な日常の象徴とも言える。その家族の平穏が侵されていると見せつけられて、それを見て見ぬふりをすることなんてできない。

 けれど、だからって、他の命を犠牲にしていいわけはなかった。知り合って数日だとしても、赤の他人だとしても、彼らはそこに確かに存在し、ここで生きていたのだから。

 

 タイムマシンがあるのなら、今すぐあの時の自分をぶん殴ってやりたい。ふざけるな、目を覚ませ、と叫びたい。

 けれど、いくら渇望しても時計の針は決して巻き戻らない。時間は常に前進するしかなく、俺の犯した罪は残り続ける。

 俺は、この後悔から逃げられない。

 

 もう、どうすればいいのかわからない。どうすればこの罪を償えるんだろう。何をしたって新家は生き返らない。古池の処刑は無かったことにはならない。

 俺はこれから、何をしていけばいいのだろう。

 

 分からない。

 

 

 

 分からない。

 

 

 

 

 

 分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ピンポーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に、ドアチャイムが鳴った。

 

「……?」

 

 咄嗟に体を起こして入口の方を向く。俺が何かアクションを起こす前に、ガチャリとカギの開く音がして、続けざまにその扉が開いた。

 

「平並君。具合はいかがでしょうか?」

 

 そんな言葉とともに部屋に入ってきたのは、俺達を引っ張ってくれていた蒼神。そして、その後ろにもう一人訪問者がいた。

 

「平並君、大丈夫?」

 

 俺を絶望から救い上げてくれた、七原だ。

 

「あー……まあ、大丈夫だ」

 

 本当は全く大丈夫じゃないが、二人に心配を掛けさせるわけにもいかない。強がって、そんな嘘をつく。今の今まで考えていたことに一旦フタをして、ぐしぐしと目元をぬぐってから二人に向き直った。

 それよりも、いきなり俺を訪ねてきたことの方が気になる。またモノクマによって何か良からぬことでも起きたんじゃないだろうか。

 

「どうしたんだ、急に。何かあったのか?」

「ええ、何かありましたので、そのご報告を。とはいえ、あなたが思うほど悪いものではありませんわ」

 

 そうなのか。それなら安心……ではあるが、『あなたが思うほど』ということは、両手を上げて喜べるものではないのだろう。

 

「【自然エリア】の先に、もう一つゲートがあったよね? その先の【体験エリア】っていうもう一つのドームが解放されたんだ。モノクマは学級裁判を乗り越えたご褒美って言ってたけど……それで、午前中は皆でそこを探索してたんだ」

「ふうん。【体験エリア】か……」

 

 そんな新たなドームの話を聞いて、ふと『システム』にこの施設の地図が内蔵されていることを思い出した。もしかして更新されているかもしれない、と思って『システム』を起動させると、思った通り【体験エリア】の地図が追加されていた。

 

「それで、一応その新しく解放された【体験エリア】のことを平並君にも教えておこうと思って」

「そんな、わざわざいいのに」

「いいんだよ。一人だけ軟禁されてて新しいエリアのことを知らないなんて、不公平すぎるし」

 

 不公平、と七原は言うが、それこそこの軟禁のもたらす罰だと思う。けれど、ここまでしてくれる七原たちの事をむげにできず、特にそれ以上は言い返さなかった。

 

「では、【体験エリア】の……図書館から説明していきますわ」

「ああ、よろしく頼む」

 

 そして、蒼神と七原は探索の成果を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 二人の話を聞くと、どうやら【体験エリア】はかなり充実した空間のようだ。読書も手芸も実験もアートもできる。コロシアイを強要される鬱屈な生活と、凄惨な学級裁判を終えた俺達の心を癒すには十分な施設だろう。事実、報告会を終えて、昼食もそこそこに再び【体験エリア】へ向かっていった人が何人かいるらしい。

 けれど、そうして喜んでばかりもいられない。【体験エリア】の中央を流れる川は下手に落ちれば溺れてしまうリスクがあるし、何より化学室の薬品類が問題だ。俺達の目の前に、死という恐怖をまざまざと見せつける存在である。

 と、【体験エリア】の話は一通り聞き終えたのだが、もう少し話は続くらしい。

 

「【体験エリア】の話はこんな感じなんだけど、他にも開放されたところがあったんだよね」

「ああ、さっきの話の中でモノクマがそんなこと言ってたな」

「うん。この宿泊棟の二階の事だったんだ」

「二階?」

 

 宿泊棟の二階と言えば、施錠された部屋がいくつか並んでいた場所だ。

 

「ええ。二階にある部屋の中で、『集会室』という部屋が解放されていましたわ」

 

 再び『システム』を操作すると、確かに部屋の名前がひとつ公開されているのが確認できた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「集会室の中は、まさしく名前の通りだったよ。細長い机とパイプ椅子がたくさん。40脚ぐらいあったけど、あんなに用意しなくてもいいのに」

「パイプ椅子はどこかに持っていくことを考慮したのでしょう。メインプラザなどにそういった腰かけるものはありませんでしたから」

 

 なるほど、そういう視点があるのか。

 

「古いものですがプロジェクターなどもあったので、話し合いや会議などの場にはもってこい……ですが、わたくしたちはおそらく使うことは無いでしょう。ここ数日で朝食会が日課になっていますし、今更わたくしたちの話し合いの集合場所を変えるのは面倒ですわ」

 

 確かに、今更話し合いの場を与えられてもどうしようもない。

 

「二階に関してはハズレって感じなんだよね。まあ、余計なものがあるよりいいけど」

「ですわね。あと伝えておかなければならないこととして、野外吹さん場が原則立ち入り禁止になりましたわ」

「立ち入り禁止? 新しく規則でも増えたのか?」

 

 そう思って『システム』をいじろうとしたが、蒼神に制された。

 

「いえ、モノクマからの規則ではなく、わたくしたちで決めたルールですわ。というのも、化学室にああいう形で劇薬が置かれていた以上、わたくしたちは毒薬へ対抗策を練る必要があるのです」

 

 確かに、蒼神の言う通りだ。ここにきてから二日目の朝の時点で、根岸が食事に毒を盛ることを警戒していた。あの時は毒こそなかったが、洗剤などが毒になりうるという話になっていた。そうなると、毒が分かりやすい形で与えられた今はますます警戒が必要だろう。

 

「ということで、野外吹さん場には城咲さんのみ立ち入れるように致しました。元より朝食の担当は彼女でしたし、あの空間を見張る人物として彼女以上の適役はいないでしょう。ほしい食料があれば城咲さんに頼んで取ってきてもらうことになりますわね」

「……それなら確かに毒殺のリスクは減るかもしれないけど、あまりに城咲の負担が大きすぎるんじゃないのか? それって、城咲はほぼずっと野外吹さん場に常駐するってことだろ?」

「ええ、そのようになりますね」

 

 今蒼神が言った通り、朝食はほとんどすべて城咲の担当だ。ほとんど、というのは岩国のように自分で用意する人がたまに現れるからであり、実質的にすべてと言っていい。いくら城咲が【超高校級のメイド】だからって、四六時中気を張ることになっては精神的にも参ってしまうだろう。

 城咲が野外吹さん場を離れる時は代わりに見張りを立てるのだろうが、中に入れるのが城咲だけなら、結局城咲はあまり長い時間離れていられない。まるで、城咲まで軟禁されているようだ。

 

「平並さんがおっしゃりたいことはわかりますわ。ですから、【体験エリア】から色々持ち寄って一日の大半を食事スペースで過ごそうという方が何名かいらっしゃいました。もちろんわたくしもそのつもりです。責任を押し付けた城咲さんを一人きりにするのはあまりにも不誠実ですから」

「そうか。なら大丈夫かな」

 

 他でもない蒼神がこう言うのだ。きっと、彼女に任せていればそのあたりは問題ないだろう。

 

「それでは、わたくしたちはこれで失礼いたします。最後に一言伝えておきますが、平並君、あまり思いつめすぎないようにしてくださいね」

「……分かってる」

 

 それができるかどうかはまた別の話だが。

 俺に忠告を言い残して立ち上がる蒼神に対して、七原は座ったまま口を開いた。

 

「あ、蒼神さん。先に外に出てもらってもいい? すぐ終わるからさ」

「別に構いませんが……」

 

 蒼神は俺を一瞥する。

 

「まあ、貴方達でしたら、二人きりで話したいこともありますわね」

「うん。ごめんね、蒼神さん」

「いえ。では、廊下で待っておりますわ」

 

 そう言い残して、蒼神は個室を後にした。

 そして、七原と俺が残される形になる。女の子と二人きりなんて夢のあるシチュエーションだが、あいにくそんな気分じゃない。

 そんな状況で、七原が口を開いた。

 

「ねえ、本当に大丈夫なの?」

「……大丈夫って言っただろ。別にお前が心配するようなことにはなってないぞ」

 

 目をそらしながら、また嘘をついた。すると、

 

「それは違うよ。きっと」

「……っ」

 

 七原のそんな声がした。

 視線をもとに戻せば、彼女はまっすぐな目でこちらを見つめていた。

 

「平並君のことだから、また一人で考えこんでたんでしょ? ずっとこの部屋に一人でいたわけだから、仕方ないけどさ」

「……そんなこと」

「無いって言える?」

「…………」

 

 ……本当に、敵わないな。

 

「自分を追い詰めちゃ、ダメだよ。あの事件に平並君が関わってなかった、なんてことは言わない。けど、平並君だけの責任じゃないよ」

「でも、新家が狙われたのは」

「それも、きっと違う」

 

 強い口調で、七原は俺の絶望を否定する。

 

「古池君の事件を防げなかったってことは、どんな形であれ、古池君は誰かを狙うことになるってことだから。結果的に起こってしまった事件の被害者が新家君で、そこに平並君が関わってたってだけなんだと思う」

「……」

「それでも納得できないなら、前に進むべきなんじゃないかな」

「……前に?」

「うん。立ち止まっていても、後ろを向いていても、何も変わらないよ。新家君の死に責任を感じてるなら、尚更前に進まなきゃいけないと思う。新家君の想いを、無かったことにしないために」

「新家の、想いを……」

 

 俺の脳裏に、新家の声が蘇る。

 

 

──《「だって、ボク達は……仲間なんだろ?」》

 

 

 ……そうだ。

 

 新家の想いを踏みにじった俺ができることなんて、一つしかないじゃないか。

 

 

 あの想いを抱えて、生きることだ。

 

 

「……そうか。そうだよな」

 

 それは、感じ方一つの問題かもしれない。けれども、確かに今、心が軽くなった。

 

「七原。ありがとう」

 

 七原への何度目かの感謝の言葉を告げる。

 

「今の事だけじゃない。あの夜、俺を絶望から救い上げてくれて、本当にありがとう」

 

 あの夜、俺は七原に声を掛けられて、救われた。

 もしもあの時七原と出会わなかったとしても、既に倉庫では殺人事件が起こっていた。だから、結果論ではあるが、どちらにしても俺が殺人を犯すことは無かったと思う。

 けれど、もしもあの時七原に救われなかったら、きっと学級裁判に臨む気持ちは違ったものになっていたのではないか。今俺がこうしていられるのは、七原のおかげだ。

 だから、改めてこの言葉を伝えておきたかったのだ。

 

「どういたしまして、平並君」

 

 七原はそう言ってニコリと笑った。

 

「七原。お前には感謝してもしきれない……俺にできることがあったら、何でも言ってくれ」

 

 ……まあ、俺にできることなんて何もないと思うけどな。

 ともかく、俺がそう伝えると、

 

「じゃあ、相談に乗ってくれるかな?」

 

 七原はそんな言葉を返した。

 

「元々、この話をするつもりだったんだけどね」

 

 七原がそんな言葉とともにパーカーのポケットから取り出したのは、四つ折りにされた幾枚かの紙束だった。開いてみると、A4サイズのそれは左上がホチキスで留められている。何かのレポート……報告書のようだった。

 そこに書かれていたタイトルは、『希望ヶ空20期生スカウト台帳(裏)』であった。

 

「これは?」

「図書館で見つけたんだ。本に挟まってたのをたまたま見つけたんだよ」

 

 話を聞くに、図書館には膨大な量の本があったはずだが、【超高校級の幸運】である七原のことだ。本当に偶然見つけたんだろう。

 とにかく、そのスカウト台帳の中身に目を通すことにした。

 

「どうやら、希望ヶ空のスカウト候補生の報告書みたいなんだ」

「……みたいだな」

 

 スカウト台帳、と名付けられたそれには、俺達と同年代の超高校級の生徒たちが何名か載せられていた。七原の言う通り、希望ヶ空20期生としてスカウトする候補だったのだろう。

 しかし、『(裏)』と書かれている通り、そこに並ぶ才能はどれもこれも輝かしいものではなかった。

 

「【超高校級の放火犯】、【超高校級の怪盗】……ああ、確かに『(裏)』の才能だ」

 

 希望ヶ空にとっては、こんな才能までスカウト対象らしい。そもそも俺を【超高校級の普通】としてスカウトした時点で不思議ではあったが、超高校級でさえあればその才能の善悪は関係無いのか。

 そんなことを考えていると、表紙の裏に何やら文言が書かれているのが目に入った。

 

 


 

 希望ヶ空学園の理念は、世界を絶望から守り、希望をより輝かしくゆるぎない希望へと成長させることである。

 世界では、未来ある超高校級の少年少女たちがすでに希望として活躍しており、我々は理念に従い彼らを希望ヶ空学園へとスカウトしている。

 しかし、世界で名を馳せる超高校級には、世界に悪影響を及ぼす者たちも少なからず存在する。彼らは世界を絶望に落としいれる可能性があり、彼ら自身が絶望へと変貌する未来を秘めている。

 そこで、我々は世界からの隔離及び彼らの更生のため、彼らも希望ヶ空へスカウトすると決定した。

 以下は、その候補生の詳細である。

 


 

 

 というのが、どうやら()の才能を持つ彼らがスカウト候補に選ばれた理由のようだ。その文章に納得しながら、ぺらぺらと報告書をめくっていく。そこには才能とその詳細が記されていたが、名前や顔写真は黒塗りになっていた。おそらくモノクマがやったんだろう。何か都合が悪いことでもあったんだろうか。

 ともかく、一人ずつ確認していく。

 目の前で自殺を眺めるために自殺サイトを運営し、事実何度も集団自殺を主催した【超高校級の自殺愛好家】。意識的か無意識的かは不明だが、その行動で周囲の人間を不幸にする【超高校級の失望】。収監されるためにわざと適当な軽犯罪を犯し、その度に幾度となく脱獄を繰り返す【超高校級の脱獄王】。

 そういえば、このリストの中の何人かの話は耳にしたことがある。【脱獄王】に関しては、自分からSNSで写真を公開するほど自己顕示欲が高かったはずだ。実際に俺も写真を目にしたことがある。

 

「それで、七原はどうしてこれを?」

 

 スカウト台帳から目を離して七原に問いかける。

 すると、七原はスカウト台帳に手を伸ばし、あるページを開いた。

 

「……この説明を読んでほしいんだ」

 

 そこに書かれていたのは、【超高校級の心理学者】の肩書だった。

 

 


 

 【超高校級の心理学者】

 

 自身を【言霊遣いの魔女】と名乗る連続殺人鬼である。

 犯行の特徴として、自身は一切手を下さないことがあげられる。言葉巧みに他人を扇動して殺人を犯させ、自身はそれを周囲から眺め観察する。

 実際に殺人を犯す実行犯は、ほとんどの場合それが【言霊遣いの魔女】により操られたものだと自覚しておらず、殺人の手段や事件そのものに関連性及び共通点は無い。しかし、【言霊遣いの魔女】は事件現場に毎回自身のサインを書いたカードを残すという行動のために、一連の事件が同一人物により引き起こされているものであると判明している。

 その人心掌握能力を我々は才能と見出し、この人物を【超高校級の心理学者】としてスカウトすべきだと結論付けた。

 


 

 

 【言霊遣いの魔女】……もしここに書かれていることが本当なのだとしたら、それはどんなに恐ろしい人物なのだろうか。誰かを操ることに楽しみを見出すどころか、その相手に殺人を犯させるなんて。

 稀代の殺人鬼のその神経に恐れを抱いていると、七原が続けて口を開いた。

 

「私、その人が黒幕だと思ってるんだ」

「……なんだって?」

 

 その口から放たれたのは、そんな爆弾発言だった。

 スカウト台帳に落としていた視線を上げて七原の顔に向ける。

 

「黒幕って、つまりこいつがモノクマを操っているって言いたいのか?」

「……うん」

 

 こくりとうなずく七原。

 

「だって、考えてもみてよ。コロシアイをしないと外へは出さないっていう手段が強引だとしても、実際に殺人事件が一回起きちゃったんだよ? これって、黒幕が人の心を操るのに長けてる証拠じゃない?」

「…………」

 

 その点に関しては、七原の発言は間違っていない。モノクマは──黒幕は、俺達を絶望に陥れるためのすべを熟知している。

 

「けど、いくらなんでもこいつが黒幕ってことは無いだろ。だって、【超高校級】ってことは、まだこいつは高校生のはずだし」

 

 と、そんな反論をしてみたが、

 

「高校生だから黒幕じゃないなんて、言えないんじゃないかな? 【超高校級の絶望】っていう、前例があるんだから」

 

 容易にねじ伏せられた。

 そんな高校生が何人もいてたまるかとは思ったが、【超高校級】がどこまでやれるかなんて、勝手に想像して決めつけるのは危険ではある。【超高校級】とは、それだけ次元の違う存在なのだ。

 とはいえ。

 

「いや、それはそうだけど……でも、俺はやっぱりこいつが黒幕とは言えないと思う。この文章からすると、この【言霊遣いの魔女】は自分は手を下さないことが信条なんだよな? だとしたら、あんな残虐なオシオキをするモノクマとはあまりに違いすぎるだろ」

「確かにそれは思うけど……うーん、私の思い違いだったのかな」

「まあ、俺達が忘れたっていう二年の間に思想が変わったかもしれないから可能性はゼロじゃないし、こいつが怪しいのも分かるけど……少なくとも、こいつに固執するのは危険だろ。そもそも、この資料自体がその黒幕が用意したものなんだから」

 

 このスカウト台帳が本物である確証すらない以上、いるかどうかも分からない殺人鬼のことを考えても仕方がない。黒幕の正体にしたって、現時点じゃ候補が多すぎる。考えたところで答えが出るとは思えないし、仮に答えにたどり着いたとしてもその裏付けは見つからないだろう。

 だから、今はそれよりも目の前のことに集中すべきだ。……俺ができることは、ひたすら自分を責めることしかないが。

 

「そっか。……私、ちょっと焦ってたのかもしれない」

「焦ってた?」

「……うん。一日でも早く、このコロシアイを終わらせなきゃと思って」

 

 うつむきがちになって、そう呟く七原。

 ……焦る気持ちは分かる。あんなことがあったんだから。今はまだおとなしくしているようだが、あと数日もすればモノクマはまた何かを仕掛けてくるだろう。その前に黒幕の正体を暴けるのなら、それに越したことは無い。

 けれど、焦って答えを見誤れば、もっと恐ろしい事態になる可能性がある。

 

「コロシアイを終わらせたいのは皆同じはずだ。だから、焦る必要はないだろ」

「……そうだね」

 

 一度事件が起きてしまったからこそ、その想いはより一層強くなった。その想いさえあれば、きっと、コロシアイは止められるはずだ。

 七原も同じことを思ったようで、顔を上げて口を開いた。

 

「ごめんね、なんか変なこと話しちゃって」

「気にしないでくれ」

 

 俺の方が、よっぽど迷惑をかけてる。

 

「あ、そうだ。今の黒幕の話なんだけど、皆には内緒にしておいてほしいんだ」

「……ん?」

 

 そういえば、もともと蒼神を先に一人で行かせたのはこの話をするため、みたいなことを言っていた。てっきり報告会で話した話題かと思ったけど、そうじゃないのか。

 

「内緒って……」

「もともとあまり確証がある話じゃなかったから。それに、下手に話して不安にさせたら、せっかくよくなった雰囲気がまた悪くなっちゃう気がして」

「……なら、どうして俺には話してくれたんだ? 蒼神にも言ってない話なんだろ?」

 

 余りにも不思議に思い、七原にそう問いかけた。

 すると七原は。

 

「うーん……特に理由は無いんだ」

「理由は無いって……」

「一人だと色々悩んじゃいそうだから誰かに相談しようと思って……それで、誰に相談するのが一番いいのかなって考えた時に、思いついたのが平並君だったんだ」

「……そうか」

 

 どんな形であれ、七原の力になれるのなら、良かった。

 

「それに、平並君なら何かわかるかもって思ったんだ。平並君、学級裁判でも色々考えて、事件の真相にたどり着いてたから」

「……それは、別に俺がやったことじゃない」

 

 確かに、最後に古池に引導を渡したのは俺だ。けれど、あの真相にたどり着いたのは俺のおかげじゃない。皆で話し合ったからこそたどり着いた真実だ。

 

「俺にできることなら何でも言ってくれってさっきは言ったが、正直そういう期待を俺にされても困る。俺は【超高校級の凡人】なんだから」

 

 だというのに、七原は、

 

「私はそうは思わないよ」

 

 そう告げた。

 

「平並君には、きっと、才能があると思う。それがどんな才能かはまだわからないけど、そんな風に卑下するのは間違ってるよ」

「………………」

 

 七原はそう言ってくれた。

 ……けれど、それに関しては絶対に間違いだと断言できる。

 俺に才能なんかないのは、俺が一番よく知ってることだから。

 

「……じゃあ、私はもう行くね。蒼神さんを待たせちゃってるし」

 

 微妙な空気になった個室で、七原がそう言って席を立つ。

 

「ああ」

「最後にもう一度言うけど、思いつめすぎないでね?」

 

 強く釘を刺された。よっぽど心配をかけたらしい。

 

「……大丈夫だ。俺はもう、間違えない」

 

 もう二度と、皆を裏切らない。このかけがえのない『仲間』と一緒に、ここから脱出してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 七原が個室を後にして数時間、再びドアチャイムが鳴った。開いたドアの先に立っていたのは、カギである『システム』を持つ蒼神と、火ノ宮と杉野だった。

 

「お二方が、それぞれ平並君に話があるそうですわ」

 

 蒼神はそう告げて二人を個室へと入れさせると、自分は廊下に残ったままドアを閉めた。どうやら話が終わるまで廊下で待っていてくれるらしい。

 個室に入った火ノ宮は、壁際に並んでいる新家の私物を見つめている。……そういえば、火ノ宮は新家の個室には入らなかったようだし、これを見るのは初めてになるのか。

 黙り込む火ノ宮から目をそらすと、杉野が口を開いた。

 

「早速ですが、本題に入ります。本題と言っても、たいしたことではありませんがね」

 

 ベッドや椅子に各々腰かける。

 

「学級裁判を終え、丸一日以上が経過した今、率直にお聞きします。平並君は、これから先、誰かを殺して『卒業』をする気はありますか?」

 

 ズバリと、杉野は俺の心に切り込んできた。

 その問いかけに、俺ははっきりと答える。

 

「ない」

「……ずいぶん力強いお答えですね」

「ああ。あれから、散々後悔したんだ。だから、俺はもう決めてる。皆と一緒に、ここから脱出するってな」

 

 それが、新家の想いを裏切った、俺がなすべきことだ。

 

「それを聞いて安心しました。自暴自棄になっているかとも心配しましたが、そういうわけでもなさそうですからね」

「まあ、似たような感じにはなったけど……もう大丈夫だ」

「ならよかったです」

 

 そう言って杉野は微笑む。

 

「確かに一度事件は起こってしまいました。悲しむべきことに、それは決して覆りませんし、平並君の行動が事件にかかわっていたことも事実です」

「…………」

「しかし……僕達はまだ、やり直せるはずです。そうですよね?」

 

 そう言って俺に問いかける杉野。答えは決まっている。

 しかし、俺がその答えを告げる前に火ノ宮が口を挟んだ。

 

「やり直せる? ふざけてんじゃねェよ」

「……火ノ宮君?」

「今すぐ撤回しやがれ!」

 

 その言葉とともに火ノ宮は勢いよく立ち上がり、杉野に詰め寄った。

 

「やり直せるわけねェだろ! 新家と古池は死んだんだ、もう生き返らねェんだぞ!」

「火ノ宮君、落ち着いてください。僕もそのことは重々承知しています」

「いや、分かってねェ! 本当に分かってんなら『やり直す』なんて言葉は出てこねェだろ!」

 

 いつも見る不機嫌な話し方とは違う、明確な怒りを纏った言葉を火ノ宮はぶつけていた。

 

「仮に分かってて言ってるんだとしたら、『やり直す』って言葉はアイツらの命をなかったことにするのと変わんねェんじゃねェのか!?」

 

 手こそ出さないものの、今にも噛みつかんばかりの剣幕で叫ぶ火ノ宮。

 慌てて仲裁に入る。

 

「お、おい、ちょっと落ち着けって火ノ宮」

「あァ? てめーだって同じようなこと言ってたじゃねェか! 『皆と一緒に脱出する』? てめーも新家と古池を見捨てる気かァ!?」

「っ!」

 

 その物言いに、頭にかっと血が上る。

 

「見捨てるわけないだろ! あいつらが生き返らないなんて百も承知だ! だからこそ、これ以上犠牲を出さずにここから脱出しなくちゃいけないんだろ!」

「だったら、『皆』なんて言葉を使うんじゃねェ!」

「いや、『皆』だ! 死んだ二人の想いも抱えて、生きていかなきゃいけないんじゃないのかよ!」

「お二人とも」

 

 杉野が冷静に口を開く。

 

「それぞれが強い意志を持っているのは伝わりました。ですから、もう少し静かにそれを話しませんか?」

「あ、悪い……」

「……チッ」

 

 火ノ宮の言葉に俺のヒートアップは止まらず、結局杉野に仲介されてしまった。

 

「……揚げ足を取って悪かったなァ。少しイラついてたかもしんねェ」

「いや、僕の方こそ少々言葉選びが軽率でした」

「俺も、悪かった……」

 

 それぞれに謝罪をすると、バツが悪そうに目をそらしていた火ノ宮が口を開いた。

 

「……オレは【クレーマー】なんかやってっからよォ。別に間違えることが悪ィとは言わねェんだ。もしもなんかやらかしたとしても、クレームや批判を素直に受け入れてその後改善すりゃァそれでいい。

 けどなァ、『人の命』だけは、失っちゃダメなんだ。ケガも病気も紛失も偽装も、全部取り返しがつく。けど、命だけはどうやったって取り戻せねェんだ。代わりになるもんが何もねェからな。科学技術が発達したこの現代でさえ、それは覆らねェ」

 

 いつになく神妙な顔でそんな感情を吐露する火ノ宮。

 

「古池が新家を殺したってことが、オレは今でも信じられねェ。頭の中では分かってるつもりだけどよ、どこかでそれを否定するオレがいるんだ。別に世の中に悪人がいねェと思ってるわけじゃねェが、自分が外に出るためだけに十数人も殺そうとするなんて、バカげてるだろ」

 

 ああ、バカげてる。

 数日前の俺を思い返して、そう思う。

 

「平並、この際だから言わせてもらう。オレは裏切りが許せねェ」

 

 その言葉とともに、火ノ宮は俺を強くにらんだ。

 

「裏切りってのは、誠実に、真っ当に生きてる人間をコケにする行為だからだ。誠意を無視した独りよがりな行動だ」

「…………」

「だから、オレはてめーを許せねェ」

 

 そう強く言い切った火ノ宮。しかし、火ノ宮はさらに言葉を続けた。

 

「……けど、それでもてめーは『未遂』だ。オレ達を裏切ったことは事実でも、直接手を下したわけじゃねェ。

 オレはてめーの事を信じていいのか、分からねェ。だからそれを、てめーの行動で教えてくれ」

「……ああ、分かった」

 

 俺を許さないと言い切った火ノ宮だったが、それでも、俺への信頼をゼロにすることは無かった。

 このわずかな信頼を、二度と手放してはならない。

 

「それでは僕からも少々よろしいでしょうか」

 

 火ノ宮に続いて、杉野が口を開く。

 

「平並さん。正直なところ、僕はあなたが殺人を決意したことをあまり責めたくありません」

「オイ……」

 

 口を挟もうとする火ノ宮を手で制して、杉野は話を続ける。

 

「殺人は決して許されないことです。そんなのは誰だってわかることです。……壮絶な過去を持っていた古池君を除いてはね。ですが、モノクマはあまりにも狡猾でした。モノクマがどこまで企んで【動機】を僕たちに与えたかはわかりませんが、その【動機】そのものがとてつもない脅威でしたし、そうでなくても殺人が起こるかもしれないという空気が僕たちを苦しめていました

 そして先日、遂に一つの殺人事件が起こってしまいました。しかし、あの夜このドームに渦巻いていた殺意は一体いくつあったのでしょう? ……その答えを僕達が知ることはできません」

 

 少なくとも、古池以外にもここに一つ、あの夜に殺意は確かに存在した。

 

「……杉野、てめーは何が言いてェんだ? 殺人を計画するのは普通なことだとでも言いてェのか?」

「いえ、そんなことはありません。殺意を抱くことが異常事態であることは間違いありませんから」

 

 かぶりを振って否定する杉野。

 

「僕が言いたいのは、敵はモノクマただ一人であるということです。僕達の感情を弄ぶ、このコロシアイの黒幕こそが、僕達が打ち倒すべき敵なのです」

「そんなことかよ。当たり前じゃねェか」

「ええ、当然のことです。しかし、この当然の事こそが、僕達がこのコロシアイに立ち向かう大事な鍵であると思いますよ」

「……そうだな」

 

 杉野の言う、そんな至極当然のことが、胸に強く響いた。

 

「だからこそ、僕は言いたいのです。モノクマは、きっとまた僕達に殺人を犯すよう何らかのアクションを取ってくるでしょう。おそらくそこで、誰かは殺意を抱いてしまうと思います」

「てめー、オレたちを信用してねェってのか!?」

「まさか。それほどまでに、モノクマは僕達の一枚も二枚も上手だということです。火ノ宮君、その事実を受け止めてこそ僕達はモノクマに立ち向かえるはずです」

「…………チッ」

 

 杉野の言葉に、火ノ宮は俺を一瞥してから強く舌打ちした。

 古池のように才能に呪われたわけじゃない俺が殺意を抱いたことが、何よりも杉野の言葉の証明になる。

 

「ですから、平並君。あなたはもう殺人を決意することは無いと僕は信じています。しかし、全員がそうとは決して思いこまないでください。僕達がこのドームを立ち去るその時まで、警戒を怠ってはいけません。全員が警戒してこそ、誰かの殺意を止めることができるのですから」

「……ああ、分かったよ」

 

 警戒を怠らない。

 それはつまり、ともに戦うべき『仲間』を疑う行為に他ならないように思える。しかし、きっとそれは違うのだ。仲間を疑わなくて済むように、仲間に真正面から向き合うのだ。

 とはいえ。

 

「けど、俺ができることは無いか。俺はこの個室から出られないわけだし」

 

 そう思ったのだが、杉野は首を振った。

 

「いいえ。平並君にもできることはありますよ」

「え?」

「僕達は確かに平並君を軟禁しましたが、あなたを孤立させたわけではありません。こうして僕達が訪れたように、あなたと話を交わしたい人は他にもいるはずです」

「……そうか?」

「ええ。もちろん、その話の内容は問いませんがね。あなたを慰めたいと思うかもしれないし、恨み節をぶつけるかもしれません」

「…………そう、か」

「とにかく、あなたは誰かと会話をする機会があるかもしれない、ということです。であるならば、その相手にあなたの想いを伝えることで何かを変えることができるかもしれません。言葉というものは、強い力がありますから」

 

 杉野は、いい声でそんな言葉をつづる。

 何かを変えることができる、か。

 

「あなたが本当に殺意を抱いたことを反省し悔いているのならば、そのことを伝えることで、誰かの殺意を止められるかもしれません。もちろん何の効果がないこともありますが……それでも、何もしないよりはずっとマシだとは思いませんか?」

「確かに、そうだな」

 

 あんなことをしでかした俺と話をしてくれる相手に対して、その俺が心を閉ざすのはお門違いだ。この想いを素直に伝えよう。それがコロシアイを止めることにつながるかもしれないのなら、尚更だ。

 

「と、僕が伝えたいのはおおむねこんなところです。火ノ宮君ももうよろしいですか?」

「あァ。言いたいことはもう言った」

「そうですか。では、これで」

「ああ」

 

 そして、杉野と火ノ宮は個室を後にした。

 

 一人残された個室で、考える。

 杉野と火ノ宮から、それぞれの言葉を聞いて、彼らの心の一端に触れることができたような気がした。こんな境遇で言うことではないかもしれないが、それが少し嬉しかった。

 けれど、そもそも俺はまだ皆のことをほとんど知らない。せいぜい才能と簡単な性格くらいだ。まだその内面にまで踏み込めていない。新家と古池は、詳しく彼らのことを知る前にいなくなってしまった。

 

 皆と話がしたい。心の底からそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 杉野たちの訪問からさらに数時間後。外がドームの夕焼けの映像で赤くなっている。夕飯代わりのサバの缶詰を口に運び終えて、そのゴミを処理する。ふうと一息をついてベッドに腰掛けたそのタイミングで、ドアチャイムが鳴った。

 今度の訪問者は明日川だった。『システム』を持つ蒼神がまた廊下で待とうとしたので流石に悪いと引き留めたが、明日川の話を邪魔したくないとのことで廊下に残ってしまった。

 ともかく、明日川と向かい合う。

 

「明日川、すまなかった」

 

 明日川が口を開く前に、俺はそう言って頭を下げた。

 彼女がどんな話をしたくて俺を訪ねたかはわからないが、明日川には、何より先に伝えなければならないことがある。

 

「お前が誰かを殺すなんて、思えなかったのに、思っちゃいけなかったのに、お前のことを新家を殺したクロだって思い込んでしまった。お前のことを、信じきれなかった」

 

 明日川は、結局のところ無実だった。

 調理場から包丁を持ち出しこそしたものの、それを誰かに向けるようなことは無かったし、皆を裏切る気も無かった。

 そんな明日川に向かって、俺はお前こそがクロだと告げようとしてしまった。いや、あれはもはや告げてしまっていた。結果的に杉野のおかげで最後まで言い切ることは無かったが、俺が何を言おうとしていたのかが分からなかった人は、あの空間にはいなかっただろう。

 

「俺にできることならなんだってする。本当に、すまなかった」

 

 罪滅ぼしを、しないと。

 

「……なら、ボクの(物語)を聞いてもらえるかな」

 

 ためらいがちに、そんな明日川の声が聞こえた。

 

「ボクは、悲しかった」

 

 恐る恐る顔を上げる。

 

「キミから間違った推理(虚構の物語)を聞かされている時、ボクの物語はここで終章を迎えてしまうのかと思った。こんな不本意な形でエンディングを迎えるのか、とね。けれども、ボクには何もできなかった。キミの論理(ロジック)を打ち崩す反論がないわけではなかったけれど、それで皆を納得させられるかは自信がなかったし、そもそも、ボクはあの時口が動かなかった(物語を紡ぐことができなかった)

 

 明日川はその絶望の物語を語っていく。

 

「誰にも信じられていないことがあれほど辛いことだというのを、ボクはあの時初めて知った。あんなに数多くの敵意の瞳を受けることがあれほど苦しいことだというのを、ボクはあの時痛感した。あんな経験、初めてだった。

 そして、あの学級裁判の中で、ボクという人間(登場人物)が殺人を犯すような人物だと思われたことが、何よりも悲しかったんだ」

 

 あの時、俺は明日川を最後まで信じることができなかった。見せかけの証拠に飛びついて、無実の仲間を糾弾してしまった。

 そのことが、明日川をこれほどまでに悲しませていたのだ。

 俺はまた、頭を下げる。

 

「……ごめん」

 

 何か、贖罪になるようなことをしないといけないと思ったのに、俺の口からはそんな短い一言が飛び出すだけだった。

 これ以上何を言えばいいのかわからずに無言を貫いていると、

 

「頭を上げてくれ、平並君」

 

 明日川の、そんな優しい声が届いた。

 

「こんな(物語)を聞かせておいて言うことではないけれどね、ボクはキミからの謝罪が欲しいわけじゃないんだ」

「……え?」

「もちろん、謝罪がもらえるに越したことはないと思っていたけれど、それが目的じゃない。ああ、キミが謝らない人間(キャラクター)だなんて思っていないから安心してくれ。第一、キミからの謝罪はこの部屋に来てすぐに受け取っているだろう?」

「あ、ああ……けど、あんなことで許されるべきじゃないだろ」

「平並君、それは間違い(落丁)だ」

「…………」

 

 その台詞の真意を俺は無言で促した。

 

「なぜなら、そもそもキミの行動は責められるべきことじゃないからだ」

「……そんなことないだろ」

「いや、それは違う。あの裁判場という空間(舞台)で何よりも優先されることは、殺人を犯した犯人(クロ)を突き止めることだ。キミは、ただそれを遂行したに過ぎない。そして、それこそがキミの思う贖罪だったのだろう?」

「…………」

「だとすれば、キミがボクを糾弾したことは、結果的に(結末が)ミスであったとしてもその行動までもが責められる(赤ペンを入れられる)ことではないとボクは考えるけれどね」

 

 そう語る明日川の目は、まっすぐ俺をとらえていた。

 

「いいかい、平並君」

 

 一度話を区切って、間を入れる明日川。

 

「ボクがボクの心情(この物語)をキミに聞かせたのは、キミとわだかまりを残したまま物語を進めたくなかったからだ」

「明日川……」

「キミとは、良き友人でいたいと思っている。キミの方は、どうだい?」

 

 その表情に笑みを湛えて、そんな台詞を口にする明日川。

 そんなの、答えは決まってる。

 

「俺も、お前と友達でいたい」

「……いい台詞だよ、平並君」

 

 たっぷりと間を取って明日川はそう答えた。

 ……良かった。俺は、これからも明日川の友達でいられるらしい。

 そのことに安堵していると、

 

「それはそうと」

 

 明日川が何かを呟いた。

 ん? なんだ?

 

「謝罪はもう受け取っているが、キミが何かをしてくれるというなら、その話を受けようか」

「ん?」

「ボクが話をする直前、キミは言っただろう? 『俺にできることならなんだってする』、とね」

 

 ……あ。

 

「先ほど、学級裁判という(シーン)においてキミがボクを糾弾したことは責めるべきでない、と話したけれど、それはあくまでも客観的、理性的な話に過ぎない。主観的なボクの感情としては、何か埋め合わせになるものが欲しいと思わざるを得ないんだ。自分勝手な話だけれどね」

「……いや、そう思って当然だろ」

「そうかい?」

 

 一方的に殺人者の汚名を押し付けられたんだ。むしろ、客観的に俺の言動を赦すような言葉を言えたことが立派という他にない。俺に何かしらの償いを求めるのは当たり前のことであるし、俺としても望むところだ。

 

「それで、何をすればいい?」

「決まっているだろう。三日前の話の続きさ」

 

 三日前?

 ええと……何があったかすら覚えていない。けど、明日川と話をしたというのなら、それは確か……。

 

「さて、キミの想い人(未来のパートナー)は誰か、教えてもらおうか」

 

 不敵な笑みとともに、明日川はそんな台詞を口にした。

 

「……お前、諦めてなかったのか」

 

 明日川とした話と言えば、好きな人の話である。と言っても、あの時は一方的に明日川が話してきただけな気もするが。

 

「諦めるも何も、ボクはただ話を中断しただけさ。雰囲気(ムード)さえ良ければ話してくれるんだろう?」

「確かにそんなこと言ったような……ん? 言ったか?」

 

 よく覚えていない。

 

「まあ、そんな些細な物語の断片はどうだっていい。問題(主題)は、キミが果たして誰を想っているかというただ一点だけだ」

 

 うまいことはぐらかされた気もするが、ここは明日川に従っておこう。そもそも、明日川への償いなわけだし。

 とは言っても。

 

「前も言ったけど、好きな人なんていないって。俺達が出会ってからまだ一週間もたってないんだぞ? そんな短期間で──」

「本当にそう言えるのかい?」

 

 俺の台詞を明日川が遮る。

 

「物語の長さなんて、備考欄にでも書いておけばいい程度の些末な情報に過ぎない。重要なのは、その物語の内容さ。いるだろう? キミの物語に深く名を刻む人物(キャラクター)が」

「……」

 

 正直に言えば、明日川の言葉を聞いて、俺の脳裏に浮かぶ人物が一人いる。

 いるけれど。

 

「これは多分、恋愛感情とは違うぞ」

 

 その笑顔に浮かれたとか、彼女の優しさに惚れたとか、そういうことではないと思う。そう言った側面が無いとは言わないが、俺の中に渦巻いているのは、おそらく恋心とは違う感情だ。

 

「それでも構わないさ。ボクはただ、キミの物語を読みたいだけなのだから」

「……そうか」

「それに、今はまだ形が違えども、いずれ物語が進んでゆけばキミ達はきっとラブストーリーを展開するはずさ! どんな関係性であろうとも、こんな極限状態で男女の距離が縮まれば、やがて唯一無二の熱いロマンスを紡ぐことはもはや確定事項と言えるだろう! そうは思わないか、平並君!」

「い、いや、そんなに……」

 

 親しくなったからって誰もがそういう関係になるわけじゃないと思うんだけど……。

 

「そうか。まあいい」

 

 俺の意見にめげることもなく、明日川は俺に向き直る。

 

「それで、キミが想いを寄せる相手(キャラクター)は誰かな?」

「…………」

 

 気恥ずかしいが、言うしかないだろう。

 

「………………七原だよ」

 

 そして俺は、幸運な少女の名を告げた。

 すると明日川は、

 

「やはり彼女か」

 

 と、特に驚きもせずそう呟いた。

 

「……バレてたのか?」

「バレるも何も、恋愛感情じゃないということは何か相手の核心に触れるような出来事があったということだろう? とすれば、あの夜キミの凶行を止めた七原君以外にいるはずもない」

「……」

 

 図星だった。

 さっき明日川にも言ったが、俺が七原に抱いている感情は決して恋心とは言えないものだ。確かにあの夜七原の優しさに触れたが、俺はそれで七原に惚れたわけじゃない。多分。

 

「……七原には、感謝してもしきれないんだ」

 

 その感情を言葉にして、ぽつりと口から漏らす。

 

「俺を絶望から救い上げてくれて、その後の学級裁判でもアイツに助けられた」

 

 あの時以来、七原にはずっと助けられっぱなしだ。

 

「今日、昼に七原がここに来て少し話したんだ。その時、改めて思った。七原だけは、死なせたくないって」

 

 明日川が息をのんだ。

 

「もちろん、他の誰であれ、死人が出るのなんか嫌だ。それはお前も同じだろ?」

「ああ、殆どの参加者(登場人物)はそう思っているだろう」

「だよな。けど、特に七原に限っては、何があっても死んでほしくないんだ。あんないい奴が死ぬのなんか間違ってるし、アイツが死ぬのなんか想像すらしたくない」

 

 目の前で新家と古池の死を目にしたからこそ、強くそう思う。

 

「七原には、生きていて欲しいんだ」

 

 彼女にはあの幸運がある。死がすぐそばに転がっているこのコロシアイ生活の中にあっても、七原は多分生きていけると思う。それでも、万が一七原が死ぬようなことがあれば、きっと俺は耐えられない。

 

「……平並君、ありがとう。キミの熱い想い(物語)を聞けて良かったよ」

 

 明日川がその言葉とともに立ち上がる。

 

「明日川、くれぐれもこの話は……」

「ああ、分かっている。誰にも話したりしないさ。元々ボクは語り手ではなく読み手専門だからね」

「……そういうもんか?」

「そういうものだよ」

 

 ガチャリと明日川はドアを開けた。

 

「話は終わりましたか?」

「ああ、貴重な物語を聞かせてもらったよ」

 

 廊下で待機していた蒼神と、満足そうにそんな言葉を交わす明日川。

 それを見て、蒼神は『システム』を取り出す。

 

「それは良かったですわ。では、平並君、申し訳ありませんが引き続きこの個室に──」

「ちょっと待て、生徒会長」

 

 蒼神の声を、誰かが遮った。

 

「岩国さん、どうされましたか?」

 

 蒼神が振り返った廊下の先に、岩国が立っていた。どうやらたまたまやってきた所らしい。

 

「俺も凡人に話がある」

「岩国さんも、ですか?」

「ああ。一言話すだけだ。時間はそうかからない」

 

 岩国はそう答えると、蒼神や俺の返事を待たずに個室に押し入ってきた。別に断る気も無かったが。拒否する権利があるとも思わないし。

 後ろ手に扉を閉める岩国。

 

「岩国、話って?」

「たいした話じゃない。ただの、憂さ晴らしだ」

 

 俺をにらみつけながら、岩国は口を開く。

 

「お前、俺に嘘をついただろ」

 

 低い冷たい声色の岩国の言葉が、俺に突き刺さる。

 

「嘘、って」

「事件の起きたあの晩のことだ。お前、言ったよな。俺達を裏切らないって」

 

 

──《「信じたって、どうせ裏切られるだけだろ。……それでも、信じてくれとお前は言うのか?」》

──《「当たり前だろ。俺はお前を……皆を裏切らない」》

 

 

「けど、結局お前は俺を裏切った。いや、あの時点で既に裏切っていた」

「……あの時は悪かっ――」

「黙れ」

 

 しゃべりかけた俺を、岩国が強い口調で遮る。思わず口が止まる。

 

「俺は謝罪を求めに来たわけじゃない。弁明を聞きたいわけでもないし、お前の後悔なんかどうでもいい。俺はただ文句を言いに来ただけだ。嘘つきのお前にな」

 

 岩国は、俺の眼前に人差し指を突き付けてなおも言葉を続ける。

 

「俺はもう、お前を信じない」

 

 岩国はそう告げると、翻して個室のドアを開けた。

 

「あら、もうよろしいのですか?」

「ああ」

 

 そのまま、岩国は廊下を歩きだす。

 

「待ってくれ、岩国!」

 

 その背中に声を掛けるが、岩国は立ち止まることはおろか振り返ることもせず、廊下の角に消えていった。

 

「…………」

「平並君。もしよろしければ彼女を呼び戻してきましょうか?」

 

 呆然と岩国が消えていった先を見つめる俺に、蒼神がそんな提案をする。

 

「……いや、大丈夫だ」

 

 きっとあの調子では蒼神が呼んでも戻ってはこないだろう。それほど岩国を怒らせてしまったのだ。

 

「そうですか……では、他に人もいないようですのでカギを掛けたいと思いますが、平並君は何かございますか?」

「いや、特にない。……悪いな、何度も」

「気にすることはありませんわ。大した労ではありませんから。それでは、また明日お会いしましょう」

「ああ」

 

 そんな会話を交わした後、蒼神は個室のカギを掛けた。

 個室に、静寂が戻る。そんな空間でたった今聞いたばかりの岩国の言葉を思い返す。

 

 

──《「俺はもう、お前を信じない」》

 

 

 ……どうして、岩国はあんな言い方をしたのだろう。

 あんな、まるで、

 

「あの夜、俺のことを信じていた、みたいな……」

 

 岩国は、信頼など意味が無いと常に周囲の人間と距離を取っていた。事件が起こる前から俺達に敵意を振りまいていたし、誰かが殺人を犯すことを予見すらしていた。さらに、岩国は俺に面と向かって俺のことを信用していない、とまで宣言した。

 けれども、岩国は、心の奥底で俺のことを信じてくれていた。全幅の信頼ではなかったかもしれないけれど、それでも、俺は殺人なんかしないと思ってくれていたようだ。

 

「………………」

 

 そんな、岩国の稀有な信用を、俺は踏みにじってしまった。俺が裁判場で罪の告白をした時、果たして岩国は何を思ったのだろうか。

 

「……クソッ」

 

 ドン、と握りこぶしで苛立ちを込めて壁を叩く。

 さっきの宣言の通り、岩国はもう俺のことを信じなどしないだろう。あの夜は、岩国と絆を紡ぐ、最初で最後のチャンスだったのだ。それを、俺はふいにしてしまった。

 岩国には、謝罪すらできなかった。それが、取り返しのつかない、決定的な決別を示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 岩国が個室を去ってから、俺はまたベッドの上で考え事をしていた。どうしても、色んなことを考えざるを得ない。

 

 ぴんぽんぱんぽーん!

 

 そうしているうちに、チャイムが鳴り響いた。その後に聞こえてきたのは、例の夜時間を知らせる放送だった。

 思うところは数多くあるが、今日はもう寝ることにしよう。

 

「………………」

 

 今日一日、個室に閉じ込められていたというのに、何人もの人が尋ねてくれた。あんなことをしでかしたというのに、だ。おかげで、色んなことを話すことができた。

 俺は、取り返しのつかないことをしてしまった。こんな俺をまだ見捨てないでくれる人はいるが、それ以上にいくつもの信用と信頼を失った。

 それでも、俺はここで、生きていきたい。皆と一緒に、絶望と戦う『仲間』としてここから脱出したい。

 

 だから、俺は必死に前を向く。

 願わくば、失った信頼を取り戻せるように。

 




ひたすら話す。
言葉を交わす。
それは、思いを伝える行為である。
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