ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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非日常編③ 絶望からの手紙

 《対岸》

 

 他の場所を捜査しようとした俺達だったが、ぱっと思いつく場所はなく、ひとまず対岸を捜査していた東雲に話を聞こうという事になった。

 

「東雲さん。何か見つかりましたか?」

「んー、ぼちぼちってところね。事件の概要はつかめないけど、事件に関わりそうなものなら見つけたわ」

「事件に関わりそうなもの? 何があったんだ?」

「なんでアンタ達に教えなきゃいけないのよ」

 

 俺の質問に、東雲はすげない反応を返す。

 

「なんでって、学級裁判でクロを見つけるために……」

「そうやって手柄を横取りするつもりね? そうは行かないわ」

「手柄って……」

「アンタ、自分も【卒業】を企んだ割には前回結構な手柄だったじゃない。何度かミスってたけど、最終的には古池を追い詰めてたし。アタシとしても、ああいうのをやってみたいのよ。ズバッと指を突きつけてね!」

「手柄とか、そういう話じゃないだろ。命がかかってるんだぞ。古池は死んだんだぞ!」

 

 最後に古池を追い詰めたのは、たしかに俺だ。裏切った罪を償うために、俺は必死にクロを突き止めた。けれど、その結果として古池は死んでしまった。そんなもの、手柄という言葉で表していいわけが無い。

 そもそも、クロを暴いたのは俺の功績じゃない。皆で話し合って出した結論だ。

 

「死んで当然……とは思わないけど、古池だって新家を殺したじゃない。そこについてはどう考えてるわけ?」

「それは……」

「その是非は今はおいておきましょう。今は捜査時間なのですから」

 

 答えに詰まったところを、杉野に救われる。

 

「そんなわけだから、アンタ達も証拠が欲しかったら自分で見つけなさい」

「そのことですが……もしも、ボク達が証拠を見つけられなければ、東雲さんはどうなさるおつもりですか?」

「ん?」

 

 妙なことを聞く。

 

「どうって、学級裁判の中で皆が悩んでたら、アタシだけが知ってる証拠をズバーンと叩きつけてやるのよ! これが証拠よってね!」

「……それ、信用されますか?」

「え?」

「学級裁判の中で、もしあなたが何か証拠が残されていると発言したとして、他の皆さんはどう思うでしょうか。あなたがでっち上げたと思うのではないでしょうか」

「でっち上げって、アタシはクロじゃないんだからそんなことする必要ないじゃない。アタシ、結構誠実よ?」

「周りからしたらそうは思えない、ということです。あなたは学級裁判を楽しもうとしているとおっしゃっていますが、学級裁判をかき乱したいという印象を強く受けますので。そもそも、あなたがクロかどうかはまだ判断できませんからね」

「…………」

 

 杉野の言葉を聞いて、東雲はしばし考えた。

 

「……ま、それもそうね。証人はいた方がいいかしら」

「賢明な判断ですね」

「言っておくけど、でっち上げなんかしてないわよ」

「わかりましたよ」

 

 東雲としては、誠実にやってるつもりなんだろうか。まあ、学級裁判を本気で楽しもうとしているのなら、俺達の邪魔はしない……いや、前回は裁判を複雑にするために焼却炉のカードキーを放置していたな。結果的に俺の無実の証明に役に立ったとは言え、何をしでかすかはわからない。警戒は保つべきか。

 

「まずアタシが気になったのは、この道の跡ね」

 

 そう言って、東雲は足元を指差す。川沿いに連なる道の土を、ざっざと足で払ったような跡がずっと続いている。

 

「なんだこれ?」

「何かの痕跡を消そうと足で払ったみたいだけど、消しきれなくて諦めたようね。ほら」

 

 東雲が示すとおり、少し離れたところには何本もの車輪の跡がある。ちょうど、こちら側の岸にある2つの桟橋を往復するような形だ。

 

「車輪のついているものなんてあったか?」

 

 七原たちの報告を思い返すが、思い至るものがない。

 

「車輪……ああ、もしかして」

「杉野はわかったようね。まあ、まともに【体験エリア】を探索してない平並がピンとこないのも無理ないわ」

 

 そう言いながら東雲がアトリエの方へ歩いていくので、慌ててついていく。だだっ広いアトリエの中に入り、東雲はその奥にどんどんと進んでいく。そこにあるのは、キャンバスや彫刻の素材や石膏像などなど。美術創作に使うものが用意されている。そして、その山の端にそれはあった。

 

「これよ」

「これって、台車か」

 

 青い台車が数台並んでいる。アトリエの中には運搬に苦労しそうなもののもいくつかあるから、そのために用意されているのだろう。奥の方にあるから気づきにくいし、気づいたとしてもわざわざ台車があることなど言わなそうだ。

 

「何のためにかはわからないけど、きっとクロはこの台車を使ったはずよ」

「……そのようですね」

 

 杉野が、一番右にある台車の車輪を見ながらそうつぶやいた。よく見ると、みぞのところに土が入っている。軽く拭いた跡はあるが、痕跡は残っている。

 

「それと……気になるのはその石材ね」

 

 続けて東雲が示したのは、まさしく台車のそばにある素材の数々。その中に積まれている、ブロック状の石材だった。

 

「へえ、こんなものもあるのか」

「彫刻用、ですかね。素人に扱えるものとは思えませんが」

「石膏とかそれこそ彫刻材とかもあるし、手広く用意してるんでしょうね」

「どれどれ……重っ」

 

 試しに手にとって見れば、片手でつかめるそのサイズに反して想像以上に重かった。10kgくらいか? 持てないものでもないが、落としそうで怖い。

 怪我をする前に戻そうとしたところで、違和感に気づく。

 

「ん?」

「あ、気づいた? その石材、置き直した跡があるのよ」

 

 積み上げられた数列の石材が、微妙にずれて置かれている。その横に並んだ彫刻材はピシリと揃っているので、確かに一度どけて置き直したのだろう。

 

「で、気になって調べてみたら、下の方の石材が何個か濡れてるのよね。これを隠すために石材を置き直したと思うんだけど」

「平並君、少々よろしいですか?」

 

 そう言って割り入ってきた杉野と共に石材を調べる。すると、確かに東雲の言う通りに妙な石材が見つかった。それらは、一部分に水が染み込んで湿っていた。半分以上が染み込んでいるものもある。

 

「確かに、そのようです。これも……これもそうですね」

「濡れてる石材は全部で5個あったわ。隠されるように置かれてたから、どう考えても事件に関係があるのは間違いないようだけど」

「だな……」

 

 だが、実際何のために使われたのかはわからない。

 

「蒼神が殴り殺されたんだったら凶器を洗った跡ってことになりそうなんだが、蒼神は溺死なんだよな」

「仮にそうだとしても、濡れているのは1つだけのはずですよね」

「そうね。ここで水をぶちまけたんなら他の素材も濡れてるはずだし、昨日までに何かあったんだったらもう少し乾いててもいいと思うわ」

「……確かに妙だな」

 

 石材なんて、使いどころがさっぱりわからない。せいぜいダンベルの代わりになるくらいだ。

 それに、石材の湿り方に気になる点が一つ。どうして、湿っている部分とそうでない部分の境目が斜めに走っているのだろう?

 

「ま、色々考えていることはあるけど、それを言うのは学級裁判までとっておくわ。とりあえず、アトリエで気になったところはこのくらいかしらね」

 

 と、東雲がまとめる。念の為、周りを少し調べてみたが、他におかしなものは見つからなかった。

 

「実験棟の方は見られましたか?」

「一応確認したわ。そっちでも気になる物はあったから、それもアンタたちに見せておこうかしら」

「お願いします、東雲さん」

 

 そんな会話を交わし、俺達は実験等へ移動した。

 東雲が入っていったのは、その一階に位置する物理室だった。

 

「これよ」

「ロッカー、ですか?」

「そう」

 

 東雲が示したのは、物理室に配置されていた掃除用具入れのロッカー。どの部屋にも標準配備されている。

 

「さっきここに入ってきた時に、ロッカーの扉が開いてたのよ。それでなにかと思って見てみたら、ほら、雑巾が濡れてたのよ」

「……まあ、確かに」

 

 扉の裏側に設置されている雑巾掛け。その一番下に干されている雑巾が、湿っていた。結構しっかり濡れている。

 

「でもこれは別に、誰かが使っただけじゃないのか? それこそ、掃除とかにさ。城咲……は食事スペースにいなきゃいけなかったから違うとしても、火ノ宮とか、やってそうじゃないか?」

「……確かに、彼はそういうことをしてくださる人物ではありますが」

 

 俺としては東雲に反論したつもりだったが、答えだしたのは顎に手を当てて考え込む杉野だった。

 

「それって、いつのお話ですか?」

「いつって、昨日とかだろ。今日はそんな時間もなく部屋にこもることになったんだから」

「では、この雑巾がここまで濡れているのはおかしくありませんか? 完全に乾かなくとも、多少は乾いているのでは?」

「……ああ、そうか」

「そういうことよ。今日は誰も使ってないはずなのにこの濡れ方は異常でしょ。それに、見てちょうだい」

 

 そう言いながら、東雲はロッカーの中に置かれていた青いバケツを手に取った。

 

「このバケツは濡れてないけど、こっちは綺麗すぎるわよね。ロッカーの底にはホコリが積もってるのに、このバケツはそうじゃないわ」

「……ってことは」

「使われたってことよ。いつ、誰が使ったのかまではわからないけどね」

 

 バケツが使われた……? 使ったのがクロなら蒼神を殺すために使ったってことなのか? だったら、蒼神の殺し方は……。

 

「…………」

「アタシが見つけたのはこれくらいね」

「ありがとうございました、東雲さん」

「それじゃ、学級裁判の時は証言よろしく頼むわね」

「あ、ちょっと待ってくれ」

 

 そう告げて立ち去ろうとする東雲を呼び止めた。危ない、まだ話を聞けていなかった。

 

「何よ、平並」

「ちょっと話が聞きたくてな。お前は呼び出し状をもらったのか?」

「それよ!」

 

 俺の質問を聞いて、急に叫びだした東雲。

 

「どうしたんだ、いきなり……」

「聞いてくれる? 今日、時間を持て余してずーっと暇だったのよ。持ってきた本は途中で飽きるし、シャワーずっと浴びてても泳げないストレスが逆に高くなるだけだし。外に出たって、どうせ蒼神達に注意されるだけだからどうしようもないしね。そしたら、11時位かしらね、気づいたらこの紙が届いてたのよ!」

 

 バッと紙を開き、俺に見せつけてくる。ルーズリーフの切れ端に、角ばった字だ。

 

 

=============================

 

 東雲へ

 

  アトリエに変な物が落ちてた。

  見てほしいから、皆が寝た1時に東雲の部屋に持っていく。

 

                     根岸章

 

=============================

 

 

「これ、どう考えたってコロシアイのための『罠』よね? 根岸がこんなもの書く気しないし。だからワクワクして待ってたのよ」

「ワクワクしてたのか……。罠だってわかってたなら、ほとんど殺害予告に近いと思うんだが。お前は、何がしたいんだ?」

「アタシは死にたくない、ってのは前に言ったと思うけど。そうね、加えて言うなら、アタシは当事者でいたいのよ。まっさらな状態で推理に挑むのも面白そうだけど、せっかくなら色々巻き込まれた方が面白そうじゃない? アンタばっかりずるいわよ」

「…………」

 

 呆れた。何かを言う気にもなれない。

 

「それなのに、蓋を開けてみればこの有様よ。誰かが来るより先に、あのアナウンスが流れてもうとっくに殺人が起きてたって知ったわ。まったく、どういうことよ」

「……結局、呼び出し状――じゃないな、手紙のとおりにずっと部屋にいたってことでいいんだよな?」

「手紙をもらってからはそうね。死体発見アナウンスが流れた時はすぐ出ていったけど」

 

 引っかかる言い回しだ。

 

「手紙を貰う前は出てたのか?」

「一回だけね。個室に入ってすぐ、蒼神と城咲が訪ねてきたのよ」

「城咲達って、食事スペースにいたはずだろ?」

「……もしかして、焼却炉のカードキーの話ですか?」

「よくわかったわね、杉野。まさにその話よ」

「焼却炉のカードキー……蒼神のポケットに入っていた件か」

「ああ、なるほどね」

 

 そうだ、その話も聞いておきたいと思ってたんだ。

 

「あのカードキー、結局この前の事件の後もずっとアタシが持ってたのよ。なんだかんだで回収もされなかったしね。一応ちゃんと毎日焼却炉は稼動させてたわよ?」

 

 変なところで律儀ではあるんだよな。

 

「でも、今朝個室に来た蒼神達にカードキーを渡すように言われたのよ。忘れてたけど、念のために預かっておくってね。馬鹿の一つ覚えじゃないんだから今夜はカードキーの放置なんてする気なかったし、素直に預けたわ」

「だから、蒼神がカードキーを持っていたのか」

 

 となると、特にここに謎はなさそうだ。

 

「わかった。ありがとう、東雲」

「それじゃ、また後でね」

 

 そう言って、東雲は物理室を去っていった。

 

「東雲の価値観はともかく、証拠は色々集まったか」

「そうですね。事件の全容はまだ判然としませんが」

 

 けど、証拠さえ集まれば、なんとかなる。そのはずだ。

 物理室を軽く調べ、俺達も外に出る。まだ話せていない人がいる。

 

「あ、そうだ。桟橋も一応見ておくか」

「蒼神さんが乗せられていたボートがあったところですからね」

 

 実験棟を出たその足で、正面にある桟橋へ向かう。

 桟橋に数本立っている杭の中には、製作場前と同様にロープがくくりつけられたものが2つある。ただ、ボートが泊まっているのはそのうちの一つだけで、もう一つのロープの端は川に投げ出されている。ということは、やはり蒼神のボートはここから流されたのだろうか。

 

「うーん、特に気になることはないか?」

「そうですね……ボートが全部で4つというのもわかっていたことですし」

「仕方ない、ここは切り上げて次へ……ん」

 

 なんとなく一つ一つ杭を眺めていって、一つの杭で目が止まる。一番下流側に近い杭だ。

 

「どうしました?」

「いや、多分ただのゴミ……」

 

 しゃがんで、杭にひっついていたそれを見る。

 

「…………毛糸?」

「……の、ようですね」

 

 細い細い、黒い繊維のようなもの……おそらくは、毛糸のゴミのようなものがついていた。

 なんでこんなところに。自然につく訳がないし、こんなものがここに付くってことは……。

 

「……これは、大きな収穫かもしれませんよ」

「……かもな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 《【自然エリア】》

 

 【体験エリア】での捜査を終えて、俺と杉野は宿泊棟を目指した。図書室や他の桟橋も見てみたが特におかしなものは見つけられなかった。他に事件に関係の有りそうな場所はないかと考えて思いついたのが蒼神の個室だった。女子の、それも死んでしまった人の部屋に入るのは申し訳がないが、一度は目を通しておくべきだというのが杉野の談だった。前回、殺された新家の個室に証拠が残っていたことを考えれば、そうすべき、なのだろう。

 ともかく宿泊棟を目指して【自然エリア】の道を歩いているが、改めて思うに、この施設はドームごとに見れば一本道の形になっている。それなりに距離もあるし、なんだか暮らしづらい気もするがそれはそれは今は置いておこう。

 ちらりと展望台へ視線をやる。城咲がもしあそこにいたというのなら、やはり、彼女に気づかれずに【自然エリア】と【体験エリア】を行き来することはできないだろう。

 

「平並君、呼び出し状を受けて製作場へ向かった時、城咲さんはどの程度遅れてきましたか?」

 

 そんな事を考えていると、ふいに杉野にそんな事を尋ねられた。

 

「どの程度って……せいぜい数分くらいだと思う」

 

 思い返してみても、工作室に入るのをためらったり大天に襲われたりしていたから正確な時間はわからない。けれど、

 

「はっきりとは覚えてないが、大した時間は経ってないはずだ」

「そうですか……」

「どうして急にそんな事を?」

「大したことではないのですが。あなたと平並君と城咲さん、それぞれにどれだけ自由時間があったのかを考えてみたのです。裁判で必要になるかもしれませんからね」

「そうか……だが、はっきりと時計を見ながら動いていたわけじゃないし、何かの根拠にはなり得ないと思うぞ」

「まあ、そうですよね」

「自由時間か……」

 

 自由時間と言えば、大天はかなり自由に動けたはずだ。蒼神が殺された【体験エリア】でずっとひとりきりだったわけだから。

 逆に、俺や城咲は殆どないと言っていい……と思う。城咲のいた展望台というのは、登るのにも降りるのにも森の中の曲がりくねった道を通る必要があるから、それなりの時間がかかる。城咲は俺から少し遅れて製作場にやってきたわけだが、もし展望台にいたというのならその時間差は結構妥当なラインだと思う。だったら、蒼神を殺せたのは……?

 

 そんな事を考えながら中央広場に到着すると、ちょうど【宿泊エリア】の方から中央広場にやってきた人物がいた。

 

「あ、平並君に杉野君」

「七原か」

「捜査は順調?」

「まあ、ぼちぼちって感じだな。情報は集まってるが……」

「そっか」

「七原さんはどうですか?」

「こっちはイマイチかな。人が多そうだから現場の捜査は後回しにしてたから、それで今から調べに戻るところなんだ。それに、大天さんのことも気になるし」

 

 それで、七原は現場にいなかったのか。

 

「あ、そうだ。七原って、呼び出し状をもらってそれに応えたんだよな? よかったらその事をちょっと聞かせてくれないか?」

「うん、いいよ」

 

 そう応えながら七原はパーカーのポケットをごそごそと探る。そして、一枚の紙を取り出した。メモ帳を切り離したもののようだ。

 

 

=============================

 

 七原さんへ

 

  日中、蒼神さんの様子に気になることがありました。

  話したいので、集会室に0時に待ち合わせしましょう。

 

                     城咲かなたより

 

=============================

 

 

 小さな字で書かれた、そんな呼び出し状。肝心な場所と時刻は集会室と0時になっている。集会室……二階で唯一開放されている部屋、だったか。

 

「11時過ぎくらいだったかな……気づいたらそんな呼び出し状が来てたんだ。まあ、城咲さんがこんな呼び出し状を書く気はあんまりしなかったからなんとなく偽物な気はしたんだけど……」

「でも、七原さんはそれに応えたのですよね?」

「……うん」

「……もしかして、コイントスか?」

「覚えててくれたんだ」

「覚えてるに決まってるだろ」

 

 あの夜、七原が俺の前に現れたのは、そのコイントスによる七原の幸運のおかげだったんだから。

 七原が、コイントスの信頼性を杉野に説明してから話を続ける。

 

「コイントスで表が出たから、行くことにしたんだ。結局、10分位前から集会室にいたのかな。それで、呼び出し状の相手を待ってたんだけど、12時になる少し前かな。一階から、扉が開く音が聞こえたんだ」

「扉が開く音……もしかして、俺か?」

 

 確か、宿泊棟を出る時に勢いよく飛び出たから、音もそれなりにしたはずだ。

 

「……平並くんの話を聞いた後だと、多分そうだと思う。でもその時は、よくわからなかったな。その音を聞いて集会室を出て確認してみたんだけど、入り口の扉はしまってたし」

「個室のドアとは違って、宿泊棟の入り口の扉はしっかりと止めないと勝手に閉まってしまいますからね」

「それで、一瞬気のせいかなって思ったんだけど、ちょっと気になって念のために宿泊棟の外を確認してみることにしたんだ」

「…………」

「その後、倉庫を見たり自然ゲートもちょっと見てみたんだけど、誰もいなくて……【自然エリア】の方もちょっと覗いてみたんだけど、誰も見つからなかったし、ちょっと怖くもなってきたから宿泊棟に戻ったんだ」

「そして、戻ってきた時に遠城君と遭遇したということですか」

「……そういう経緯だったのか」

「うん。その後のことはもうほかの人から聞いてるんじゃないかな」

「ああ、遠城達に教えてもらった」

 

 つまるところ、七原も誰も目撃していないということだ。

 

「七原さん。他になにか、気になったことはありませんか?」

「気になったこと……あ、一個あるかな」

「なんだ?」

「多分、今回のクロとは関係ない気がするんだけどね? 10時半より少し前だったと思うんだけど、何回か、ドアチャイムが鳴ったんだよね」

「10時半にドアチャイム?」

「うん。出たらまずい気がして、しばらく無視してたら止んだんだけど、アレって誰だったんだろう?」

 

 ……これって。

 

「なあ、杉野。もしかして」

「ええ。おそらく……いや、ほぼ間違いなく、露草さんや根岸君を訪ねた人物と同一人物でしょう」

「ん? 露草さん達のところにもきたの?」

「ああ。二人も、大体10時半くらいに誰かが訪ねてきたって言ってたぞ」

「そうなんだ」

 

 七原のところにも、誰かが……。クロとは別に、誰かが何かを企んでいたのか? それとも、クロが? 何のために?

 

「わかった。七原、ありがとう」

「どういたしまして。捜査、頑張ろうね」

 

 その言葉とともに、彼女はにこやかに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《【宿泊エリア】宿泊棟》

 

 七原と別れ、宿泊棟にやってきた。気はあまり進まないが、蒼神の個室を調べよう。女子の個室は右側だよな、と思って足を進めようとして、

 

「はあ?」

 

 という、呆れた声が聞こえてきた。岩国の声だ。

 一体どうしたんだと思ったら、岩国が蒼神の個室の前でモノクマと話しているようだった。

 

「どうしたんだ、岩国」

「……チッ、凡人どもか」

「何があったんですか、岩国さん」

 

 俺に対して敵対心をあらわにする彼女に対して、杉野は穏やかな声色で話しかける。

 

「……生徒会長の個室を調べようとしたら鍵がかかっていたからな。ぬいぐるみに解除してもらうように頼んだんだが、この個室を調べるのは俺が最初だと言われたんだ」

「ボクの方もいつでも鍵を開けられるように待機してたんだけど、仕事がなくて退屈だったよ……」

「被害者の個室なんて、必ず調べるべき重要箇所だ。それを誰も調べていないと聞いて、呆れてあんな声が出たんだ」

 

 頭を抱える素振りをする岩国。

 

「ちょうどよかった。一緒に捜査しても構いませんか?」

「……勝手にしろ」

「ねえ、ボクは何したらいい?」

「とっとと失せろ、ぬいぐるみ」

「岩国サン、ボクに辛辣じゃない?」

 

 泣き真似をしながら消えるモノクマ。岩国は誰にでも辛辣だし、モノクマに対しては誰だって辛辣だろう。

 ともかく、捜査に戻ろう。三人で蒼神の個室に入る。

 綺麗に整頓されたその空間。私物が置かれている場所もきっちりと整理されているし、ベッドだってシワもなくメイキングされている。かと言って生活感が感じられないわけでもなく、ちらほらとピンク色の小物や動物のぬいぐるみが置いてあるのは、やはり女子の部屋らしさが出ていると思う。

 ………………。

 

「…………」

 

 感傷に浸ったまま動けない俺に対し、無言でずんずんと机に近づいていく。その視線の先には、一枚のメモが乗っていた。岩国がそれを取り上げる。

 

「何があったんだ?」

「…………」

 

 岩国は露骨に嫌な顔を俺に見せたが、メモを机に置いて俺にも見せてくれた。三人でそれを覗き込む。

 

 

=============================

 

 蒼神さんへ。

 あなたに渡したいものがありますので、

 十時半にアトリエで待っています。

 

=============================

 

 

 達筆で書かれた、それは。

 

「これ、呼び出し状じゃないか!」

「……そのようですね」

「なんで、こんなところにも呼び出し状があるんだ? 呼び出し状は、蒼神が持ってたよな?」

「…………」

 

 岩国は、何のリアクションも見せず、何かを考え込んでいるようだった。杉野も、俺の疑問には答えない。彼も彼で謎を整理しているのか。

 二枚目の呼び出し状……これは何を示しているんだ?

 

「……他になにか無いか、探しましょう」

「わかった」

 

 杉野の提案に乗って、蒼神の個室を捜索する。岩国も、呼び出し状から目を外し蒼神の個室を捜索しだした。

 

 その後、少しの間蒼神の個室を三人で捜索したが、結局の所、彼女の存外可愛らしい私物がちらほらと見つかるだけで、事件に繋がりそうなものは何も見つからなかった。

 

「徒労だったか」

 

 と呟いて、岩国が蒼神の個室を出ていこうとする。確かに、最初の呼び出し状以外は完全に空振り、と思ったところで、

 

「あ、ちょっといいか、岩国」

 

 まだ岩国から話を聞いていないことを思い出して呼び止めた。

 

「…………なんだ、凡人」

「お前から話を聞いてもいいか?」

「……呼び出し状はもらっていない。ずっと個室にいた。それだけ言えば十分だろ」

 

 岩国は冷たくそう答え、俺の返事も待たずに個室を出ていった。

 

「岩国さん、一応答えてくれましたね」

「……捜査は、フェアにやりたいんだろ」

 

 それか、無駄に疑われるのが嫌だったのかもしれない。

 ともかく、これで一応全員から話は聞けたことになるか。根岸とは話せていないが、露草から間接的に情報は聞けた。

 

「あとは……焼却炉を確認しておくか」

「そうですね。使われたかどうかだけでも確かめておきましょうか」

 

 杉野とそう話して、ダストルームへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 誰もいないダストルームに明かりをつけ、カードリーダーに近づく。確か、履歴を出すには側面にあるボタンをおせばいいんだったか。そう思いながら、ボタンを押すと、履歴が空中に投影された。

 

=============================

 

  ▲

 

 『Day4 21:39』

 『Day5 00:37 21:52』

 『Day6 21:47』

 『Day7 21:44』

 『Day8 09:07』

 

=============================

 

 どうやら履歴が出るのは直近五日間のもののようだ。三角ボタンに触れたら過去のものも見れるようだが。

 

「これを見る限りですと……どうやら、クロは焼却炉を利用していないようですね」

「みたいだな」

 

 というか、結構こまめに稼働されている。ずっと東雲がカードキーを持っていた事を踏まえると、東雲は本当に毎日稼働していたのか。この前の裁判から戻ってきた日の夜や今朝部屋にこもる前にも稼働しているようだし、このあたりは本当にきっちりしている。

 念の為焼却炉の中も漁ってみたが、めぼしいものは見つからなかった。

 

「とにかく、これで調べられそうなところは調べられたか」

 

 履歴の表示を消して、ダストルームを出る。

 

「そうですね。捜査時間がまだあるのなら、一度情報をまとめてみても――」

 

 

 

 

「露草っ!!」

 

 

 

 

 急に、根岸の悲痛な叫び声が聞こえた。

 

「なんだ、今の!」

「つ、露草! だ、大丈夫か!」

 

 続けて根岸の声が聞こえてくる。

 

「こっちです!」

 

 ダストルームから見て右手側。走れば、すぐに俺が軟禁されていた新家の個室が見える。扉が開いている。

 

「お、おい! だ、大丈夫か!」

「どうしたんだ!」

 

 中に駆け込むと、床に崩れ落ちる露草の姿と、それを必死に揺する根岸の姿が見えた。その根岸が、駆け込んできた俺にきづく。

 

「ひ、平並ぃ! こ、これはどういうことだよ!」

 

 怒りを灯した表情で、俺に詰め寄って何かを突き出してくる。

 指紋をつけないためなのか白衣の袖越しに持たれたそれは、見覚えのない白いハンカチだった。

 

「知らないぞ、こんなの!」

「し、知らないわけないだろ! こ、ここのゴミ箱の中に入ってたんだぞ!」

「はあ!?」

 

 こんなハンカチ、見たこと無い。何かが染みているようなそのハンカチが本当にゴミ箱の中に入っていたというのか。

 

「根岸君、何があったんですか?」

「な、何があったって……つ、露草とここを捜査してて、ご、ゴミ箱から、あ、新家の『システム』と一緒にこのハンカチを見つけたんだけど、つ、露草がその匂いを嗅いだら、きゅ、急に意識を失って……つ、露草が…………」

 

 涙を目に溜めながら、状況を杉野に説明する根岸。

 

「これ、倉庫にあったハンカチですね」

「そうなのか?」

「ええ。落ち着いてください、根岸君。露草さんは多分大丈夫ですから」

「う、うぅ……」

 

 そうだ。死体発見アナウンスも流れてないしハンカチに染みているもの……というか薬品には、心当たりがある。

 

「モノクマ! 見てるんだろ!」

 

 

 俺がそう叫ぶと、すぐにモノクマが現れる。

 

「はいはーい! 呼ばれて飛び出てモノクマだよー!」

「モノクマ」

「なになに? 食い気味に」

「あれは」

「つ、露草が吸い込んだの、も、『モノモノスイミンヤク』だよな……!」

 

 俺が質問しようとしたが、それより先に根岸が叫ぶ。

 

「んー、それってボクが答える必要ある? 捜査時間中にそういう事を答えるのはフェアじゃないとボクは考えるわけですよ」

「吸って即気を失って、揺すっても起きない。それでも死んでるわけじゃない……こんな都合の良い薬、お前特製の『モノモノスイミンヤク』以外にないだろ」

 

 と、俺が根岸の追及を補足すると、

 

「でへへ、そこまで褒められちゃうと答えるしかないなあ~!」

 

 モノクマはいつものように気味の悪い笑い声ではなく純粋に気持ちの悪い笑い声を出した。褒めてない。

 

「オマエラの思ってるとおりだよ。アレは『モノモノスイミンヤク』だね」

「……やっぱりそうだよな」

 

 それなら、まあ安心だ。アレが命に関わるものでないことは身をもって証明している。

 

「ためらいなく吸い込んだからねえ。まあ数時間は起きないんじゃないかな。学級裁判は終わっちゃうね! 基本的に『モノモノスイミンヤク』を摂取したら、薬の効果が切れるまでは何をしても起きないし!」

「な、何をしても……? お、おかしくないか……す、睡眠薬って、が、外部から刺激を与えれば、い、一応覚醒させることはできるはずだけど……」

「そうなのですか?」

「う、うん……も、もちろん起きてからだるさとかは残るけど……」

「そこが他の睡眠薬と一線を画するところなんだよ! スイミンヤクって名乗っておいて途中で目を覚ますなんて名前負けもいいところでしょ? だから、薬の効果が効いてる間は絶対に起きないようにしたってわけ! 具体的には、神経の伝達とか筋肉繊維そのものに働きかけて、必要最低限の生命維持だけするようにしたって感じだね。脳を止めちゃうと死んじゃうから普通に夢とかは見るんだけどさ」

 

 絶対に起きないって……神経とか、色々ヤバそうな感じもするし……。

 

「……平並君。あの薬はもう使わないほうがいいですよ」

「……そうする」

 

 やっぱり、腐ってもモノクマ特製だ。確かに一人の夜を不安に覚える必要はなくなっていたが、今更そんな話を聞いて恐ろしくなった。いくら命に危険は無いと言われてもな。

 

「じゃ、じゃあ、つ、露草はしばらく寝たままってことか……?」

「そういうことになるね。まあ、普通にしてれば死ぬことはないから安心しなよ」

「…………」

 

 安心なんかできるか。

 

「モノクマ、どうにかして彼女を起こす事はできませんか? この後学級裁判も控えていますし」

 

 杉野が慎重な声色でモノクマに尋ねる。

 

「できるできないで言えばできるよ? モノクマ特製『モノモノキツケグスリ』を使えば一発で起こせるし」

「なんだよそれ」

「もしものためにこっちで用意してる薬だよ。でもねえ……基本的にオマエラには干渉したくないんだよね。正直今回のは事件とは関係ない事故みたいなもんだし、なんなら寝てるだけだから緊張感も無いんだけどさ」

「じゃ、じゃあ……」

「ケド! やっぱりオマエラの自主性を尊重してそのままにしておきます! 起きたら裁判が全部終わってて、自分が負けててハイオシオキー! っていうのも絶望的でいいんじゃない? ていうか、オマエラの失態の尻拭いをボクがするのもおかしな話だしね。なんでもかんでも匂いを嗅ぐのが危ないのは根岸クンなら知ってるでしょ?」

「ふ、ふざけるなよ……!」

「あ、一応ルール的なことを言っておくと、露草サンは普通に学級裁判には参加してもらうよ。生きてるからね。でも、故意の睡眠じゃないしそのへんの罰則はないよ。安心してね!」

 

 根岸の抗議を意に介すこともなく、淡々と述べていくモノクマ。それを根岸はにらみつける。

 

「……つまり、露草さんは完全に裁判場にいるだけ、ということになりますか」

「そうだね。まあ、1人くらいそういう人がいてもいいんじゃない? 16人もいるんだから。あ、3人死んだから13人か。でもまだ多いもんね!」

「…………」

「車椅子は用意しておいたから、それ使ってね。それじゃ!」

 

 そんな言葉を言い残して、モノクマは消え去った。その言葉通り、いつの間にか個室の中に電動車椅子が置かれていた。俺の記憶の中にある最新型よりも更に新しい型のようだ。

 

「…………」

 

 無言のまま、車椅子の方へと歩いていく根岸。露草を車椅子に乗せるのだろう。それを手伝おうと動き出した時。

 

「つ、露草に近づくなよ!」

 

 根岸に叫ばれた。

 

「ぼ、ぼくがやる……!」

 

 その気迫に飲まれ、動きが止まる。

 根岸は車椅子を露草のそばまで運ぶ。露草の体をゆっくりと持ち上げて車椅子に乗せると、車椅子を押しながら個室の出口に向かう。

 そして、その途中で俺を睨みつけて、

 

「が、学級裁判なんか、す、すぐに終わらせてやるからな……!」

 

 と、宣言した。

 そのまま、露草と共に根岸は個室を出ていった。

 

「………………」

 

 例のハンカチは見当たらない。根岸が証拠として持っていったんだろう。

 ……冤罪だ。きっと、クロの偽装に違いない。けれど、根岸がそれを信じてしまったのは、俺の裏切りが根底にある。やり場のない苛立ちを、いや、俺の罪への苛立ちを、右手の握りこぶしに込めて震わせる。

 

「平並君。僕はあなたを信じています」

 

 そんな俺に、杉野が声がかけた。

 

「あの日、あなたは僕に【卒業】の意志はないと言ってくれました」

 

 いつだったか、たしかに俺はそう言った。そして、それは今でも変わらない。

 

「まだ事件の全容がつかめているわけではありませんが、それでも、あなたのその言葉を信じたいと思います」

「杉野……」

「あなたがクロでないのなら。必ず、その事を証明できるはずです」

「…………」

 

 そうだ。諦めるにはまだ早い。

 俺には、信じてくれる仲間がいるのだから。

 

「ありがとな、杉野」

「がんばりましょう、平並君」

 

 

 

 ぴんぽんぱんぽーん!

 

 

 

 そして突如鳴り響いたのは、絶望を告げる例のチャイム。

 

『えー、ちょっとトラブルも発生しましたけど、捜査終了のお時間ですよ! オマエラ、準備は出来てるかな?』

 

 そして続けざまに、モノクマからのアナウンス。

 

「時間か」

『準備が出来てても出来てなくても! 時計の針は止まりません! 始まりますよ~、待ちに待った【学級裁判】がっ!!』

 

 始まる。始まってしまう。

 

『それでは、オマエラ! 【宿泊エリア】の赤いシャッターの前にお集まりください! 前と一緒だから、とっとと集まれよ!』

 

 ブツッ!

 

 …………。

 

「行くぞ、杉野」

「ええ」

 

 一つ自分に気合を入れて、歩き出した。

 

 

 

 

 未だに、クロはわからない。

 違和感はいくつもあった。犯行の証拠も随所にあった。

 それでも、謎はいくらでも湧いて来る。

 

 それを全て暴いて、たどり着くのだ。

 

 

 蒼神の死の、真相へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《裁判場ゲート前(赤)》

 

 前回とは違い、俺と杉野が赤いゲートの前に来ても皆は殆ど揃っていなかった。殆どが事件現場のある【体験エリア】にいるからだろう。俺より先にいたのは岩国と根岸達。気まずいし、居心地が悪い。

 とりあえずまだ時間はあるようなので、手に入れた情報の整理をしていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 各人に出された呼び出し状の文面を整理するとこうなる。クロは、どうしてこんなに沢山の呼び出し状を出したんだ? いや、筆跡も紙もバラバラだった。まさか、クロ以外にも、誰かが……。

 

 思考を重ね真相を探っていたその時、現場にいたらしい皆がやってきた。いくつもの足音が聞こえてくる。皆捜査の具合はどうだったろうか、と顔を伺おうとして、ゾッとした。

 

 その全員が、俺を見ている。その顔は様々で、何かを危惧するような者がいれば、敵意を示す者さえいる。

 

「…………え?」

 

 俺が出した、そんな間抜けな声を聞いて、皆はぽつぽつと顔をそらした。なんなんだ。何が起きているんだ。

 

「……ねえ、平並君」

 

 そんな中、【体験エリア】から戻ってきたうちの一人である七原が声をかけてきた。

 不安そうな、声色だった。

 

「なんだ、七原」

「ちょっと話したいことがあって……杉野君、ちょっと二人で話してきても大丈夫かな?」

「ええまあ、大丈夫だと思いますよ。今更現場を荒らすことも出来ませんし。モノクマが出てくる前にすばやく切り上げたほうが良いと思いますが」

「うん。ありがとう、杉野君」

 

 そんな会話の後、七原に連れられ、人の輪から外れゲート前スペースの端に寄る。内緒話をするように皆に背を向けた。

 

「話したいことって?」

「…………」

 

 自然と小声になって訪ねたが、七原は声を出すのをためらうように、なにか大きな不安材料があるように、口をぱくぱくと動かしている。

 本当に、どうしたんだ。

 

「……平並君」

 

 そしてようやく、その言葉が振り絞られた。

 

「君のこと。信じて、いいんだよね」

「ああ、もちろん」

 

 間髪を入れず、そう強く答える。

 かつて、岩国に嘘をついた時とは違う。あれほど後悔したんだ。少なくとも、あの事件以来、俺はやましいことなんかしていない。

 けれど、そんなことは他人からはわからない。七原が何を思ってそう言ったのかはわからないが、俺を盲目的に信じるこなどは出来なくて当然かもしれない。

 だったら。

 

「もしそれでも信じられないなら……七原は、自分の幸運を信じてくれ」

「私の……幸運を?」

「ああ。お前は【超高校級の幸運】だろ。そのお前の幸運を、俺は信じてる」

 

 あの夜、俺を救ってくれたのは、彼女の幸運と優しさだ。それは絶対に揺らがない。

 きっと、これからも。

 

「……ありがとう、平並君」

 

 何か、吹っ切れたのか。七原は微かに微笑んだ。

 

「それで、話ってこのことか?」

「違うの。この話をするかどうか、不安になっちゃって。けど、話すよ。平並君のこと、信じてるから」

「……ありがとう」

「……それで、さ。さっき、現場を調べてたんだけど……」

 

 そう言って、また不安げな表情に戻った七原はポケットから何かを取り出した。

 

「こんなのを、見つけたんだ」

 

 

 

 それは。

 何者かのサインが書かれた、トランプのジョーカーだった。

 そのサインは筆記体で書かれていたが、その文字は十分に読み取ることができた。

 俺が、いまだ夢でも見ていない限りは。

 

 そのカードには、『Witch Of Word-Soul Handler』――そう、書かれていた。

 

 

 

「これ……!」

「これって、アレ、だよね。単語を一つ一つ訳していけば、出来上がるのって……」

 

 このフレーズを、俺は知っている。

 

 

「「【言霊遣いの】、【魔女】……!」」

 

 

 小声で揃う、俺と七原の声。

 なんで……どうして、こんなものが、落ちてるんだよ!

 

「これ、どこにっ!?」

「ボートに入ってた水の中に、参考書が沈んでたよね」

「ああ。二冊な」

「うん、その参考書のところに何かはみ出てて、それで気になって手にとってみたら、それだったんだ」

 

 参考書? でも、俺が見た時はそんなもの……。

 

「しっかり沈んで水中になっちゃってたから、平並君は見落としちゃったのかも……」

 

 見落とした……? いや、この問題の本質はそこじゃない。このカードが、現場に落ちていたというその事実だ。

 それが、指し示しているものは。

 

 

 

「いるっていうのか……この中に、【言霊遣いの魔女】が!」

 

 

 

「オマエラ! 何やってんだよ!」

 

 思考をたたっ斬るように、モノクマの声が届く。即座に、七原はカードをポケットに隠した。

 

「集合したんだから早くエレベーターに乗れ! 【学級裁判】の時間なんだよ!」

「わかった、すぐ行くから!」

 

 気づけば、俺達以外の全員はいつの間にか開いていたエレベーターの中に乗り込んでいる。慌てて、二人でエレベーターへ駆け込んだが、皆俺を見ている。流石に今のは妙に思われても仕方ないが。

 

「それじゃ! 13人で下降しまーす! やっとかよ!」

 

 心底待ちくたびれていたかのように、俺達が乗り込んだ直後にガラガラガラという音と共に入り口がしまる。そのままエレベーターは下降を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ゴウンゴウンと、重い機械音が体に響き渡る。

 俺の胸中で、感情がぐちゃぐちゃに絡み合っている。

 

 無念。

 苦痛。

 悲傷。

 混乱。

 絶望。

 

 皆が、それぞれの感情を抱えたまま、それを心の中に閉じ込めながら、ただひたすらに時が来るのを待っている。

 13人の想いと沈黙を乗せたエレベーターは、地中へとどこまでも沈んでいく。

 

 

 

 

 さながら、泥舟が沈没するように、俺達は下へ下へと墜ちていった。

 

 

 

 




色々あった捜査編もこれでおしまいです。
次回、二度目の学級裁判!

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