ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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非日常編⑧ 死んで花実よ咲き誇れ

「おっ。なんだかんだ言って平並クンも投票してくれたね。うんうん、ルールを守るってのは人として大事なことだよね! 立派立派!」

 

 三度目の学級裁判は、ついにその最終解答となるクロへの投票を終えた。

 薄ら寒いモノクマの軽口をよそに、俺は呆然とすぐ右隣に立つ彼女の顔を見た。

 

「お前、今、どうして……?」

 

 投票をためらった俺の指をタイムアップ寸前に動かしたのは、岩国の怒鳴り声だった。そんな彼女は、俺の方を見ようともせず、ただ、中空を見つめていた。

 

「さあ、それでは結果発表と参りましょう! 投票の結果クロとなるのは誰なのか! そして、それは正解なのか不正解なのか~っ!」

 

 俺の困惑を気にもとめず、モノクマはいつもの口上を述べる。サイレンの音が騒々しく鳴り出し、モノクマの頭上に巨大なウィンドウが現れた。視線がそれに吸い寄せられる。

 

 ああ。

 

 投票の、結果が出てしまう。

 

 

 

 

 その姿を見るのもこれで三度目となる派手な三列のスロットは、ぐるぐるぐるぐると回っている。順に並んだ俺達の顔を描いたドット絵が、目まぐるしく移り変わる。俺の心を打ち砕かんと鳴り響くドラムロールに合わせて、その回転は速度を緩めていく。

 やがて、一つ、また一つとスロットは"その顔"を表示して静止する。

 

 やめろ、という声の出ない呟きを押しつぶすように、三番目のスロットもその動きを止めた。

 

 綺麗に並んだ三つの七原菜々香の顔の下で、ジャラジャラとコインが無数に吐き出される。

 俺達がたどり着いた学級裁判の結末を、祝福するかのように。

 

 

 

 

「大! 正!! 解!!! 【超高校級のメイド】である城咲かなたサンを殺害したクロは、【超高校級の幸運】である七原菜々香サンでしたーーッ!!」

 

 分かっていた。それが正解であることなど。自分で突き止めたのだ。彼女の自白もあったのだ。

 それでも、改めて告げられたその言葉が、俺の頭をガツンと揺らす。

 

 七原が、城咲を……人を、殺した。

 

「……おい」

 

 沈黙を破る、怒りの声。

 

「ナナハラ。本当に、コイントスなんかでシロサキを殺したのか」

 

 スコットが、証言台から声を震わせて問いかける。

 

「……コイントスなんか、か」

 

 ストレッチャーに腰掛ける彼女は、反芻するようにそうつぶやいた。

 

「あァ?」

「そうだよ。コインを投げて、表が出たから。だから、城咲さんを殺した」

「…………!」

「……う、嘘だ……!」

 

 絶句するスコットに代わって、根岸が叫ぶ。

 

「ひ、人を殺すんだぞ……! そ、そんな、運なんかを信じて人を殺すなんて事、で、できるわけがない……!」

「できるわけない? どうして?」

「ど、どうして、って……」

 

 焦る様子すら見せない、落ち着き払った七原の様子に彼はたじろいだ。

 

「……普通に考えて、あり得ないでしょう」

 

 杉野が台詞の続きを奪う。

 

「そんな事、あまりにも馬鹿げています。殺人なんかするなと、そう言って殺意に溺れた平並君を止めたのはあなただったのでしょう?」

「……そうだね。確かに、あの夜私は平並君を止めた。殺人なんて、ダメだって」

「だったら、どォして城咲を殺した。表が出るか裏が出るか、高々確率二分の一のコイントスなんかを、どォして信用しちまったんだ」

 

 信じがたい。信じられない。それは、誰でも同じだろう。

 何より俺だってそう思ってる。人殺しなんかしてはいけないと、この日常を壊してはいけないと、そう語った彼女が人を殺めてしまうだなんて、そんな事があっていいはずが無い。

 それでも、彼女はコインを投げたのだ。

 

 だって、彼女は。

 

「だって、私は幸運だから」

 

 他の誰がなんと言おうと、彼女はそれを疑わない。それが、彼女の才能(アイデンティティ)だから。

 

「私の投げたこのコインが、間違えたことなんて一度もない。殺人をするべきなのか、しないべきなのか。私が自分で考えるより、ずっと良い答えをくれる」

「だから、キミは城咲君の物語を終わらせたのか。その硬貨(コイン)を、免罪符と信じて」

「……別に、コインがあるから許されるなんて思ってないよ。人を、殺すんだし」

「……それでも、城咲を殺すことにしたってのか。コインが、示す通りに」

「うん。そうだよ。許される事じゃなくても、それでも、これが最善の道だから」

 

 さもなげに、彼女は告げる。そんな台詞に、皆一様に絶句していた。

 自分が誰より幸運である事に自信を持っている彼女は、コインをその人生の指標にしてきた。今更、それを疑えやしない。

 どうするべきかを迷った彼女を導いてきたのはコイン(幸運)なのだし、俺もその幸運に救われた一人だ。かつて俺が根岸を殺そうとした夜、個室を出ようか出るまいか、その決断をしたのはあのコインだったのだから。

 

「…………ん?」

 

 そんな回想に溺れそうになったその時、疑問がふっと湧き上がる。

 

「いや、おかしい……おかしいぞ!」

「あァ?」

「平並君。その台詞の真意はなんだ? 彼女が迷った時にはコイントスで決める、という台詞は、キミから出てきたものだぞ」

「……分かってる」

 

 明日川にはそう台詞を告げて、壁際の七原の顔を見る。

 

「お前がコイントスをする時って、自分じゃ決断できないような二択を決断する時……だったよな」

「うん。いつもコイントスしてるわけじゃないから。どうしても決められない時だけ、だよ」

「……なら、シロサキを殺すかどうか、悩んだ挙げ句にコインなんかに頼ったというのか?」

 

 コクリとうなずく七原。

 ……だったら。

 

「だったら、そもそも、どうしてそんな事を悩んだんだ。悩む必要なんか、無いだろ」

 

 コイントスの結論よりも、コイントスをした大本の理由が、気になった。

 

「お前は、俺なんかよりもずっと殺人がダメだって分かってたはずだ。人を殺していい理由なんか無いって。だったら、自分で十分決断できたはずじゃないのか! 城咲を殺すべきじゃないなんてことは!」

 

 本来なら、こんな事を俺が言う資格なんて無いのかもしれない。それでも、それを抑えることなど出来なかった。

 

「それでも、悩んだからコインを投げたんだよな。人を殺す事の罪を十分に理解していて、それでも城咲を殺すことを諦めきれなかったから、コインに頼ったんだよな。

 ……なぜだ。どうしても、外に出なきゃいけない理由ができたのか。それとも、お前と城咲の間に、何かがあったのか」

 

 そうして投げかけた疑問を噛み締めて、彼女は答える。

 

「別に、そういう訳じゃないよ。城咲さんと何かがあったわけでもない。城咲さんを殺したかったわけじゃなくて、事件を起こしたかっただけ……ううん、違うか。私は、【学級裁判】を開きたかっただけだから」

 

 そんな、絶望的な答えを告げた。

 

「……何、言ってるんだ、七原」

 

 理解できない。

 分からない。

 

 【学級裁判】を開くことが、目的……?

 

「そんな事をして、何の意味があるんだよ。人を一人殺して、自分も痛い思いをして、そうまでしてやりたかったのが、こんな命がけの【学級裁判】……?」

 

 まだ、外が恋しくなったとか、【言霊遣いの魔女】や愉快犯の存在に怯えたとか、そんな理由なら理解できた。いくら七原でも、そういった感情が湧き出る事は何もおかしなことじゃないから。

 けれど、そうじゃなかった。七原は、【学級裁判】を開きたかった。この地獄に三度舞い戻ることが、目的だった。

 

 なぜ?

 

「……何が言いてェのかさっぱり分かんねェ。分かるように話しやがれ」

 

 そう火ノ宮が催促する。

 それまでつかえる事なく話していた七原は、ここで初めて数度言いよどんだ。何かを口にするのを何度もためらって、そして、声を出した。

 

 

 

 

 

「…………好きな男の子が落ち込んでたら、励ましてあげたくなるでしょ」

 

 

 

 

 

 ……………………?

 

 

 

 ……?

 

 

 

 ………………………………?

 

 

 

 

 

 何度もその言葉を咀嚼しようとして、それでも、それをまったく飲み込めなかった。その、同意を求めるような文字列の、意味が全くわからない。

 七原は、何を言っている?

 

「……全然、分かるように、話せてないじゃないか。何を、言ってるんだよ……」

 

 一言ずつ、絞り出すように声を吐く。

 それを聞いて、七原は更に言葉を続けた。

 

 

 

 

 

「……その人はね、自分のことを、何も出来ない人だって思い込んでたんだ。そんな事無いのに。その人に救われた人だって、たくさんいるはずなのに」

 

 

 彼女の声は、とても穏やかなものだった。本当に人を殺した後だとは、思えないほどに。

 

 

「生きる価値なんてものを自分で勝手に決めて自分を貶めて、それは、本当は自分を認めたいからで。それでも、周りの皆にあこがれて無理やり頑張ってるのに、なかなか成果が出なくて落ち込んで……」

 

 

 どこかで聞いた話だ、と思った。

 けれども、七原の話す()()の正体にとんと思い至らない。

 

 

「本当は、その人にも立派な【才能】があるのに。それにまだ気づいてないだけなのに。自分に自信が持てないから、そうやって、自分の可能性を、自分で信じられなくて。せっかくの、皆を救えるすごい【才能】のはずなのに」

 

 

 誰、なのだろう。

 そんな、素晴らしい、【才能】を持っているのは。

 

 

「私が言ってもダメだった。きっと、誰が言ってもダメなんだと思う。きっと、自分で実感しないと、自分の【才能】を信じてあげられないと思うんだ」

 

 

 自分の【才能】を信じてあげられない人。

 自分の【才能】を、信じることが、出来ない人。

 

 

「それさえ出来れば。自分の【才能】を信じる事さえ出来れば。きっと、元気を出せる。きっと、胸を張れる。きっと、自分に誇りを持てる。そう、思ったの」

 

 

 ……分かっているはずだ。

 それが誰のことかなんて。

 

 

「そのためには、【学級裁判】が必要だった。その人が、その【才能】を一番に発揮してたのは、【学級裁判】でクロの正体を暴く時だったから。だから、この私が事件を起こせば、何もかもがうまくいくんじゃないかと思ったんだ」

 

 

 これが、この事件の本当の真相。

 七原が殺意を抱いた、一番最初の動機。

 

 

「そして、今回も事件の謎は全て暴かれた。私の思った通り、色んな人がついた嘘を全部見抜いて、私がクロだって、私が城咲さんを殺したって、見事に証明できた。……もう、分かるよね。もう、信じてあげられるよね」

 

 

 故に、彼女は、俺を見る。

 

 

 

 

 

「平並君。誰かの嘘を暴いて、皆を救える事。それが、きっと、君の【才能】なんだよ」

 

 

 その瞳は、一点の曇りもなく。ただ、俺を撃ち抜いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 唖然と、口を開けることしか出来なかった。

 

 あの時だ。

 

 

 

──《「平並君……」》

──《「七原には感謝してる。大天のケアは俺には出来ないし、こうやって話を聞いてくれるだけで十分救われる。だから、もうそっとしておいてくれ」》

──《「でも!」》

──《「もうほっといてくれよ!」》

──《「っ!」》

 

 

 

 昨日の夜、俺を励まそうとしてくれた七原を、怒鳴り声で拒絶した、あの時。

 その優しさを突っぱねた俺を、それでも見捨てなかった彼女の想いが、彼女の心に殺意を生んでしまったのだ。

 

 どうすれば俺に自分の【才能】を信じさせることができるのか。

 それを考えて、彼女は学級裁判を開くという選択肢を思いついてしまった。それが、殺人という禁忌を犯す行為が必要だったとしても、それでも俺を救いたい彼女の想いが、彼女を迷わせ、コイントスへと繋がってしまった……。

 

「……そんな事を、俺に、教えるために……こんな、こんな事件を起こしたって言うのか……?」

「…………」

 

 コクリと、彼女はうなずく。

 

「…………!」

 

 七原の言葉を、もう、疑えない。

 それほどの決意の元に行われた【学級裁判】で、俺は謎を解いた。火ノ宮の嘘を暴き、大天の偽証を暴き、そして、七原の罪を暴いた。それができた、俺の【才能】を、否定することなんかできやしない。

 

 酷い自作自演(マッチポンプ)だ、と思った。事件が起きたきっかけも、その事件の謎を解いたのも、どちらも他ならぬ俺だったのだから。

 

「……つまり、今章の事件は、平並君に解いてもらうための事件だった……そういう話だったのか」

 

 ならば、最初から、そう、最初から彼女は覚悟していたことになる。

 俺の手で処刑台へと送られる、この時を。

 

「じゃ、じゃあ、お、おまえ……そ、【卒業】する気なんか無かったってことかよ……!」

「……何言ってるのよ。ありえないでしょ、そんなの。自殺同然ってことじゃない」

「そんな事無いよ、東雲さん」

 

 東雲の、どこか焦るような言葉を七原が即座に否定する。

 

「私の一番の目的は、事件を起こすことだけだったから。皆を殺して外に出ようだなんて、そんな怖い事、考えたこともなかった。そうじゃなかったら、きっと私はクロだなんてバレなかったはずだし」

 

 【超高校級の幸運】たる彼女の犯行が明るみになったこと。それすらも、幸運によってもたらされたのだと、彼女は確信しているようだった。

 

「……そもそもアンタの幸運をアタシはあまり信用してないけど、仮に信用したならしたで、アンタは死ぬ気なんか無いでしょって言いたいのよ」

 

 それでも、東雲は食い下がる。なぜ、七原の死を東雲が否定しようとするのか、その理由はよく分からなかった。

 

「アンタ、自分が幸運だから、オシオキされてもなんとかなるって思ってるんじゃないの?」

「……っ」

「なるほど」

 

 それに杉野が同意する。

 

「七原さんは【超高校級の幸運】です。あの凄惨なオシオキが行われても、彼女ならば、生き延びることが出来る……少なくとも、彼女自身がそう信じていてもおかしくありません」

「……それは違うよ」

 

 その言葉すら、彼女は否定した。

 

「無理だよ、きっと。どうやっても生きて帰る才能を持ってるっていう、【超高校級の帰宅部】の古池君も死んじゃったんだよ? ……きっと、私も死んじゃうよ。それに、城咲さんを殺しておいて私は生き残るだなんて、そんな自分勝手なこと、出来ないよ」

「……し、城咲を殺すことの方が、よ、よっぽど自分勝手だろ……」

「あはは、それもそうかもね」

 

 …………。

 

 彼女は、それすら覚悟していたのだ。自らの命を失うことすら、自分の幸運を信じて。

 その信念は、もはや疑いようもなく理解できた。

 

 それでも尚、俺には分からない事があった。

 

「……どうしてなんだよ」

「どうして、って?」

「どうして、俺を好きになったんだよ。俺に自信を持ってもらうために人を殺そうとまで思うほどに、どうして、こんな俺なんかを好きになってくれたんだよ」

「…………また、『俺なんか』って言った……」

 

 そう小さくつぶやいて、彼女は軽く、諭すように微笑む。

 

「好きになったのに、そんなわかりやすい理由なんて無いよ。いつの間にか、平並君を気にかけてて、いつの間にか、平並君を目で追いかけてて、それでいつの間にか、平並君がかけがえのない人になってたってだけでさ」

 

 それは、ある意味で、俺と似たような話だった。

 

「でもね、平並君。こんな俺なんか、じゃないよ。そんな平並君だから、好きになったんだよ」

 

 その頬にわずかに恥じらいと、少しの哀しみを乗せて、彼女は語る。

 

「……実はね。これでも、本当に私が【超高校級の幸運】なのかなって、悩んだことだってあるの。蒼神さんが殺された時に、二回も事件が起きたのに本当に私は幸せになれるのかなって。あの時遠城君の偽装のせいで平並君がとても怪しく思えて、信じても良いのか分からなくなって。私の勘は平並君は無実だって言ってるのに、それを信じきれなくって」

 

 蒼神殺しの捜査中、【言霊遣いの魔女】のカードを見つけた彼女は、それを俺に相談するべきか……俺を信じるべきかを悩んでいた。否、それは、自分の才能を信じるべきかを迷っていた。

 

「その時にさ、平並君が言ってくれたでしょ。『俺のことを信じられないなら、自分の幸運を信じてくれ』って。『【超高校級の幸運】の、そのお前の幸運を俺は信じてる』って。それが、嬉しかったの。私は私を信じて良いんだって、思えたから」

「………………」

 

 ……認めるべきだ。くだらない自己嫌悪など捨てて、七原が、俺のことを好いてくれていると。そうしなければ、彼女の心を踏みにじってしまう。

 

「ふざけるな……ふざけるなよ……」

 

 ふいに、怒りに震える声が聞こえた。

 

「そんなくだらない色恋沙汰のためにシロサキを殺したっていうのか! ヒラナミに自信をつけさせる、ただそれだけのために!」

 

 何度目だ。この学級裁判が始まってから、スコットが激情をさらけ出すのは。意味不明だと言わんばかりに、涙すら流している。

 

「……別に、平並君のためだけじゃないよ。今言ったのは、あくまでも最初のきっかけだけだから。他の皆がどうでも良いなんて思ってない。皆が……ここにいる皆で幸せになりたいって、ずっと前から思ってる」

「シロサキだって、その"皆"の一員なんじゃないのか!?」

「一員だよ。当たり前でしょ?」

「っ……だったら、どういうことだ……シロサキにとって、殺されることが幸せだったとでも言うつもりか?」

「うん。きっと、そうなんじゃないかな」

「…………!」

 

 何を躊躇うこともなく、彼女はただ、そう告げた。

 

「何言ってやがる、てめー……城咲は、自殺志願者なんかじゃ!」

「わかってるよ。私が言いたいのは、そういう事じゃなくて」

 

 興奮する火ノ宮を抑えつつ、彼女は語る。

 

「……きっと、城咲さんは、今、私に殺されるのが一番良かったんだよ」

「……なんだと……」

 

 またも叫びそうになるスコットを、杉野がすっと手を伸ばして制した。

 

「……聞かせてもらえますか。あなたの、考えを」

「…………」

 

 今更、それを聞いたところで何が変わるものでもない。けれども、俺達にはそれを知る必要があると思った。

 

「……別に、博愛主義ってわけじゃないんだけどさ。でも、私の周りにいる人くらいは、幸せになって欲しいなって、ずっと思ってた。そうやって思いながら過ごしてると、私の行動によって皆、幸せになってくれてるように見えた。……ううん。ほんとにそうだったんだと思う。だって、私は幸運だから。私の選んだ道が、間違ってるはずなんて無いから」

 

 きっと、それは彼女の人生の話だ。自分が並外れた【幸運】であると自覚して生きてきたその人生で、彼女は、自分の選んだ選択肢を後悔したことなど無いのだろう。後悔する必要も意味も、無いのだから。

 

「このコロシアイの生活だって、最初はびっくりしたけど、でも、これだって、幸せな未来に繋がってるはずなんだよ」

『幸せな未来……本気でそう思ってんのか? こんなに、バタバタ人が死んでいってるのに』

「この先に、翡翠達の()()()()()があるって、菜々香ちゃんは言いたいの?」

「もちろん。そうじゃなかったら、私がこんな事に巻き込まれるはずなんて無いし」

 

 故に彼女は断言する。彼女の人生に、不幸なんて降りかかりはしない。そう、彼女は信じているから。

 

「古池君の事件も、遠城君の事件も、止めようと思えばきっと止められた。事件を起こしたその時に部屋を出れば、きっと二人を説得できた。けど、そうはならなかった。だから、四人も死んじゃった」

 

 最初の事件の夜、七原が俺を引き止めたのは既に事件の起きた後だった。次の事件では、彼女はアリバイ工作の最中の遠城と顔を合わせた。結果的に、彼女の行動は事件を防ぐことにはならなかった。

 けれども。

 

「でも、きっと、それで良かったんだよ。新家君と蒼神さんが殺されたことも、古池君と遠城君に私達が投票したことも、全部全部、皆にとって一番良い結果に決まってるんだよ。だって、私は【超高校級の幸運】なんだから」

 

 もしも彼らが今日まで生きていたとしたら、あの時の死よりもっと悲惨な現状()になっていたはずだと、七原はそう告げている。

 彼らが死んでいるから、この、()()()()()が俺達のもとに訪れているのだと。

 

「……てめーが、オレ達が古池達を殺したことを『間違ってない』っつってたのは、そんな選択を強要したモノクマが悪いからってだけじゃなかったってことかよ」

「うん。勿論、誰も彼もが死んだ方が良いなんて思ってない。でも、本当に皆が生き残った方が良いんだったら、私は誰も死なせてない。私達が古池君と遠城君を殺して生き延びたことにも、きっと意味がある」

「…………」

「だから、城咲さんが今殺されたことも、私が今から死ぬことも、きっと、一番良い未来に繋がってるんだよ。城咲さんにとっても、ね」

「何が良い未来だ! そのシロサキの未来を奪ったのは、オマエだろうが!」

「違うよ。きっと、城咲さんは、今死ぬべきだったの。今死なないと、もっと苦しい未来が城咲さんを待ってたんだよ。だからきっと、城咲さんのクジを引いたんだしさ」

 

 ……え?

 彼女の口からこぼれた単語に耳を疑う。

 

「クジ……クジだって?」

 

 ずっと疑問だった。七原の目的が【学級裁判】で俺に謎を解かせることだったのなら、殺す相手は城咲でなくても良いはずだ。それどころか、むしろ殺すべきとも言える人間が、そこに一人いることを七原は知っていたはずなのに。

 それでも、城咲を殺した、その理由は。

 

「そうだよ。メモ帳を破いて皆の名前を書いて、そこから一枚引いたの。それで引いたのが城咲さんの名前だったから、城咲さんを殺すことにした。それが、正しい選択になるはずだから」

「…………!」

 

 絶句が裁判場を支配する。殺しやすさでも、その性格の善悪でも、個人的な感情ですら無く、ただ、クジを引いて誰を殺すかを決めたなんて。

 けれど、そうと知ってしまえば、あまりにも彼女にとって合理的な理由だった。運。ただそれだけが、大切だったのだ。

 

「そんな……そんな、理不尽が、あるか……なんのために、シロサキは……シロサキは……」

 

 スコットが、虚ろに声を漏らす。そして、呆然と口をつぐんだ。

 

「……本気で、そう思ってるのかよ」

 

 そんな彼を横目に捉えながら、俺はまた七原に問いかけた。答えなど疾うに分かっていたから、返事は待たなかった。

 

「本当に、お前が城咲を殺すことが正しい選択だって、そう思ってるのか」

「……当たり前でしょ。だって、コインが」

「コインなんか関係ない」

 

 一瞬瞳の揺らいだ彼女の言葉を、途中で断ち切って断言する。

 

「お前が幸運を、あのコインを信じてるのはもう分かってる。そうじゃなくて、お前自身に聞きたいんだ」

「私、自身に?」

 

 この質問の答えが、YESでないことを確信しながら、俺はそれを彼女に告げる。

 

「こんな結末で、お前は幸せになれてるのかよ。お前は、心の奥底で誰かを殺すことを望んでたのか。それとも、実は破滅願望があったと、そんな事を言い出すつもりなのか」

「そんな訳ないよ!」

 

 果たして、その返答は俺の予想通りだった。

 

「誰も、殺したくなんてなかった! 誰かの命を奪うなんて、そんな事考えるだけで怖かったし、人を殺しちゃいけない事も十分分かってる! それに、よりによって皆がバラバラになってるこんな時に事件を起こしたら、今度こそ何もかも終わっちゃうかもって思ってた!」

 

 ああ、分かってる。七原が殺人を望むことなんて、無意識下ですらあり得るはずがない。

 

「……それに、私、本当はまだ死にたくなんかないよ……まだ、平並君と、手だって繋いでないのに……!」

「七原……」

 

 そう悔しそうに呟く彼女は、潤んだ瞳で力なく開いた手のひらを見つめていた。

 

「でも! でもね!」

 

 その手を、ぐっと握りしめた。

 

「私は殺さなきゃいけなかったの! 皆に軽蔑されても! 平並君に嫌われても! それでも、私はやらなきゃいけなかったんだよ!」

 

 

 

「それは違うぞ!」

 

 

 

 胸の奥から、熱いものがこみ上げてくる。頭で考えるより先に、言葉が飛び出してしまう。

 

「え……?」

「城咲と、そして何よりお前が死んで、それで得られる幸せなんかあってたまるか! お前達に、俺達がどれだけ助けられてきたと思ってるんだ!」

 

 その詳細を今更説明する必要など無い。皆に対しては言うに及ばす、俺に限れば、二度の事件で心と命をそれぞれに救われた。

 

「でも、でも……!」

「お前が事件を起こそうとした切っ掛けは、俺を励まそうと思ったことだったよな。俺に【才能】を認めさせたかったからなんだよな……だったら、その【学級裁判】を起こせばというその考え自体が間違ってるんだよ」

 

 俺を救うためにこの事件が始まったのなら、その否定を彼女に突きつけられるのも、俺しかいない。

 

「確かに俺は、ずっと【才能】に憧れてきた。それさえあれば、幸せになれるって、自分を誇れるってずっとずっと思ってた。……けど、たとえ【才能】に気づけたって、そばにお前がいてくれなきゃ何の意味もないんだよ!」

「……!」

「俺は、誰よりお前とずっと一緒にいたかったのに! これから先も、ずっと……!」

 

 これは、何一つ彼女の主張を論破など出来ていない。ただ、俺のエゴを並べ立てただけだ。

 

「……ダメだよ、平並君。人を殺した女の子に、そんな優しい(ひどい)事言っちゃ……!」

 

 小さく、震えた声が俺の耳に届く。

 

「君の事、もっと好きになっちゃうから……!」

 

 彼女の頬を、涙が優しく撫でていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっだらないラブコメは終わった?」

 

 沈黙に耐えきれず声を発したのは、退屈そうにあくびをするモノクマだった。

 

「投票も終わったってのに意味のない話をぐだぐだと……それに至った経緯とかもしもの話とか、そんなもんはいくら話したって意味なんかないの。大事なのは、今ココにある結果だけ! そうでしょ?」

「……お前は黙ってろよ」

「黙ってたでしょ、さっきまで。でも、もう十分でしょ? 投票の後の一大イベントを始めないとさ!」

 

 一大イベント。

 それが何を指してるかなんて、嫌でもわかる。七原のオシオキ。それしかない。

 

「十分なもんか、まだ、まだ……!」

「こっちはちゃんと時間をあげたでしょ! いくらあがいたってオシオキがなくなるわけじゃないんだから、いい加減覚悟を決めろよ! もう三回目でしょ!」

 

 覚悟なんか決まるはずもない。過去二回のオシオキを見てるからこそ、受け入れられないのだ。

 

「あ、もしかして、さっきから散々どうでも良い話をしてたのって、オシオキを遅らせるためなの? オマエの気持ちも分からなくもないけど、だからって誰も興味のない話するのは良くないと思うよ、ボクは」

「そんなんじゃ……とにかく、オシオキは、まだ……!」

「……良いんだよ。平並君」

 

 策もなくモノクマに反論する俺の言葉を遮ったのは、病院着の袖で涙を拭った七原だった。

 

「何、言ってる……何が良いって言うんだ! 死ぬんだぞ、お前が!」

「覚悟は出来てるよ。城咲さんを殺した罪は、償わないと」

「っ……」

 

 たとえお前に覚悟ができていても、俺に覚悟ができていない。

 

「だめだ、諦めるな! お前が生きるのを諦めたら、本当に、そうなっちゃうだろ……! お前は、幸運なんだから……!」

「……何が幸運だ」

 

 そこに突き刺さる、鋭い言葉。

 

「オマエは【超高校級の幸運】なんかじゃない! オマエはただオレ達に……シロサキに絶望をもたらしただけの、悪魔だ!」

「…………」

 

 それを聞いて、七原は。

 

「……違う。私は――」

「もうそういう話はいいから! 何回言う気だ、ソレ!」

 

 モノクマが、強制的に彼女の台詞に割って入る。

 

「ハイ! じゃあ行っちゃうからね!」

 

 そして取り出したのは、見覚えのある木槌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあそれでは参りましょう!」

 

 気がつけば、モノクマの前に赤いスイッチが出現していた。

 

「待て、待て!」

「待たね―よ!」

「待ってくれって!」

「ワックワクでドッキドキのオシオキターイム!!!!」

 

 懇願する俺の声を叩き潰すように、モノクマは木槌をそのボタンへと打ち付けた。

 不快な電子音がピロピロピロと耳を引っ掻くその先で、ジャラリと鎖の金属音が聞こえた。

 

 モノクマから目を切って、七原の方を向く。

 ストレッチャーが寄り添っていたはずの壁は消え失せ、闇から伸びた首輪が既に彼女の細い首筋を捕らえていた。

 

「七原っ!」

 

 証言台から駆け下りて、彼女のもとへ向かう。

 

「痛っ…………」

 

 首輪の鎖がピンと張り、七原の首が闇へと引きずり込まれだす。

 その痛みに、彼女は顔を歪めた。

 

「手を伸ばせ!」

 

 到底手が届く距離ではないと、そう分かっていても俺は掌を開いて彼女にまっすぐ差し伸べる。

 その手を、彼女は掴み返そうともしなかった。

 

 その数メートルが無限のように遠い。

 ついに鎖は彼女をストレッチャーの上から引きずり出し、宙に彼女の体が浮く。

 俺の目に映ったのは、寂しそうに俺を見つめる不安げな彼女の顔だった。

 

「ッ……!」

 

 自分のしたことが本当は間違っていたんじゃないかと、後悔するような様子を彼女は初めて見せた。

 

 

 

 言わなければ。

 

 言いたい事は山のようにある。言わなきゃいけない事も数え切れないほどにある。だから、今ここで言うべきなのは、こんな事では無いかもしれない。

 

 それでも、今、彼女が闇に消えてしまう前に、どうしてもこの言葉を伝えなくちゃいけない気がした。

 

 

 

 

「好きだ! 七原!」

 

 

 

 

 彼女が、パッと目を見開いた。

 

「……ほら! やっぱり私、幸運だ!」

 

 その嬉しそうな声が、幸せそうな満面の笑みと共に暗闇へと吸い込まれていった。

 

「…………っ」

 

 姿の見えなくなった彼女を追いかけようと、必死で走る。

 道を塞ぐように鎮座するストレッチャーを飛び越えようとジャンプした所で、

 

「だぁッ!」

 

 右足がストレッチャーの縁に引っかかり、空中で体勢を崩した俺はそのまま床に顔面をぶつけた。

 

「ぶっひゃっひゃっひゃっひゃ! だっせーの!」

 

 耳障りな笑い声が聞こえてくる。

 

「追いつけるわけねーじゃん! あんだけ距離開いてたんだからさ!」

 

 玉座に寝そべるモノクマが腹を抱えながら、どたどたと足をばたつかせてゲラゲラと笑っている。

 神経を逆撫でするその言葉を切り捨てるように、モノクマを睨みつける。

 

「……止めろ。オシオキを、止めろ!」

「あー、笑った笑った。全く、まーだ言ってんのかよ。しつこい男は嫌われるよ?」

 

 やれやれと肩をすくめるジェスチャー。

 

「クロが覚悟決めちゃってるし、リアクションとしては平並クンみたいな人がいてくれると助かるんだけどさ、なんでそんなこだわってんの? あんな自己中で何するか読めないヤツ、このさき生きてたってろくなことしでかさないでしょ! 自分でも言ってたけどさ、とっとと死んだ方がオマエラのためだったりしてね! だっはっはっは!」

「笑うなっ!」

 

 そのふざけた言葉に、視界がほのかに赤く染まる。

 

「ふざけるな、冒涜するな、お前が七原を笑うな!」

 

 邪魔なストレッチャーを蹴飛ばして、玉座の上のモノクマに歩み寄る。怒りに任せて踏みしめる足は勇ましくスピードを上げていく。

 

「お前がいなければ何も始まらなかったんだ! お前が……お前が! お前さえ、いなければ!」

「止まれ、平並ィ!」

 

 突如、横からタックルを食らう。突っ込んで来た火ノ宮とともに、床に倒れ込む。

 

「何をするんだ! 火ノ宮!」

「てめー今何するつもりだった! モノクマへの暴力は規則違反だろォが!」

 

 その言葉を聞いて、ようやく自分の右手が硬く握りしめられている事に気づいた。掌に、爪の跡が深く残っている。

 

「っ……!」

「おー、怖……最近の若者は血の気多すぎでしょ。ボクのプリチーフェイスに傷がついたらどう責任とってくれるんだよ! 替えのボディがあることがボクが傷ついてもいい理由にはならないんだぞ!」

 

 そんなだみ声を聞きながら、火ノ宮の焦った表情を見る。

 

「……てめーがコイツをぶん殴りたくなる気持ちはわかる。けど、んなことして何になる。七原のオシオキは止まらねェ。てめーがただ死ぬだけだ。……んな事を、七原が望むかよ。色々理由はあったけどよ、結局の所、七原はてめーのために事件を起こしたんだぞ」

「…………分かってるよ。言われなくても。だったら、俺はどうすればいいんだよ。……アイツのために! 俺は何ができるんだよ!」

 

 視界が滲む。暗く、絶望が襲う。

 

「読むんだ」

 

 そこに、短い台詞が差し込まれた。

 

見る(読む)べきだ、キミは。七原君の最後の物語を、一文字も逃さずに。キミが出来るのはそれしか無いし、彼女のためにキミはそうすべきだ。この事件(物語)は、キミのために執筆されたのだから」

「…………」

 

 その台詞に俺は何も言葉を返せなかった。そこに、異論は何一つ無かったから。

 

 そして、宙に、巨大なウィンドウが浮かび上がる。真っ暗だったその画面に、映像が映し出される。

 そこに、七原の姿があった。

 

 目をそらしたくなるのをぐっとこらえて、俺はそのウィンドウを見開いた両目でとらえた。

 

 

 ――オシオキが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【超高校級の幸運 七原菜々香 処刑執行】

 

《1/6の幸運少女》

 

七原さんのオシオキが始まった。

 

 ルーレットがあった。

 裁判場を超える大きさのそのルーレットの皿の部分に、七原は大の字に寝かされていた。

 手首と足首を金具で固定され、七原はその時を待っていた。

 

結局、私の思った通りに学級裁判は進まなかった。

 

 ふいに、唸るモーター音と共にルーレットがゆっくりと動き出す。

 やがてルーレットはその機能を果たすほどに加速し、七原は重い遠心力によって皿に押し付けられていた。

迷宮で死体とダイイングメッセージ、そしてあのカードを見つけた私は、あの悪魔がこの中に潜んでる事に気づいた。

 ぐるぐるぐるぐると回るルーレットの遠心力に耐える七原。

だから、私は自分がクロだと嘘を吐くために迷宮の中に残る事にした。

 トスン、と、その手に白い何かが当たった。

 飴ほどの大きさの、精密な立方体。

そうすれば、唆された七原さんの代わりに、私もろとも【言霊遣いの魔女】を殺せるから。

 サイコロだった。

だけど、失敗した。

 その正体に気づいてすぐに、七原の体にトスントスンとサイコロが転がってくる。そのスパンは徐々に短くなり、やがて、ゼロになった。

私と七原さんの嘘は、暴かれた。

 ザラザラとルーレットに追加される波のような数多のサイコロが七原に襲いかかる。

 その鬱陶しさに七原が顔をしかめたその時。

 

……まあ、七原さんが魔女に騙されたのは私の勘違いだったみたいだけど。

 

 ――ドスン

 

でも、むしろこの状況の方が、私にとっては良い展開だった。

 

 ゲホ、と七原がむせた。七原の腹部に、拳ほどに大きくなったサイコロがぶち当たった。

 続けざまに、それと同じ、あるいはそれを超える大きさのサイコロが七原を襲う。

だって、平並君が【言霊遣いの魔女】の正体を教えてくれたから。

 頭を、足を、腕を、無骨に無数のサイコロが殴りつけていく。

おかげで、私はこの手で、あの悪魔を葬れる。

 いつしか、脇腹の傷が開き、そこから血がどくどくとルーレットへとこぼれだす。

 それでも、サイコロの雨による殴打は止まらない。サイコロの大きさは頭蓋を越え、中には人の半身に及ぶものすらあった。

 

鋭くとがる殺意が、私を包み込んでくれるような気がした。

 

 運が良いとか、悪いとか、そういうものをすべてなぎ倒すサイコロの波に、七原は呑まれていた。

皆、息を呑んで巨大なウィンドウを見つめている。

 立方体に、殴られ、殴られ、殴られ、殴られ。

 

だから、一番後ろにいた私が証言台を降りても、誰もそれに気づきはしない。

 

 やがて、そのサイコロの波が弱くなる。推進力を失ってルーレットの中央にサイコロがずり落ち、七原の姿がはっきりと映る。

 全身を立方体に殴られ続けた七原は、無数の痣に包まれ、虚ろに空中を見つめていた。

 七原の四肢をルーレットに留めていた金具は、サイコロの打撃によって破損したのか今や右手首のものだけになっている。

 

七原さんのオシオキは、いつの間にか佳境に入っていた。

 

 その、半死半生の七原を乗せて回り続けるルーレットに、一際大きなサイコロが投げ込まれた。

 

 人の身長を遥かに超えるサイコロが、七原をめがけてルーレットの上を転がっていく。

 

 ゴロゴロと、地鳴りを響かせて七原に立方体が迫った。

 

こっそりと、私はさっきとは逆の左の靴に仕込んだ引き出しを開けた。

 

 ガン!

 

そこから折りたたみナイフを取り出して、刃を開いて柄を強く握りしめる。

 

 金属音が響く。

 誰かの幸運によるものか、猛進するサイコロの角が七原をルーレットに縫い付けていた最後の金具にぶち当たる。それがひしゃげて機能を失うと主に、七原の体が遠心力に沿ってルーレットの外へと投げ出された。

 

 どさりと、真っ白な床に転げ落ちた七原は、最終的に空を視界に捉えて停止した。

 

 弱くなった呼吸で、腫れ上がった顔で、傷だらけの体で、仰向けになっていた。

 

息を殺しながら、少し手を伸ばせば魔女に手が届く距離まで辿り着く。

 

 まだ、息は、ある。

 

魔女も食い入るようにしてウィンドウを見ていたから、その後ろに回り込むことは思ったよりも簡単だった。

 

 そう気づいた直後、ルーレットから白い何かが飛び出した。

 

 言わずもがな、サイコロだった。教室すら飲み込んでしまうほどのその巨大なサイコロが、ぐるぐると回転しながら宙を舞う。

 不幸にも、あるいは、幸運にも。それは運命に導かれるように、まっすぐに飛んでくる。

 

 

 それを見て、七原は満足げに微笑んだ。

 

その無防備な姿に、私の口が大きく歪んだ。

 

 

 

ぐさり。
 ぐちゅり。

 

 

 床に横たわる七原を、その暴力的な速度のサイコロが轢き潰した。

 

重い重い恨みを込めて、ナイフを魔女の首筋へと突き立てた。

 

 

 

 

 

 悪夢と見紛うサイコロはどこかへ転がっていき、七原が、七原だった肉塊だけが、白い床の上に静かに残されていた。

 

 

手のひらに伝わる肉の感触が、この上なく気持ちいい。

 

 

 真っ赤な血が、まるく、まるく、広がっていく。

 

 

 それはまるで、サイコロの一の目のようだった。

 

 

〘──《『私と大天さんって、なんか仲良くやれそうな気がするんだよね』》

 

昨日七原さんに言われたそんな言葉がフラッシュバックした。

 

ホント、いいコンビじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アハッ☆」

 

 

 笑い声が、聞こえた。

 

 

 モノクマ……ではない。アイツはこんな可愛げのある声を出さない。

 だったら東雲……でもない。アイツの笑い声は、これほどの狂気を孕んではいない。

 

 そんな段階を踏んで、思考が巡った。

 

 

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()と気づくと同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……え?」

 

 

 ギギギと、錆びついたブリキの人形のように、ゆっくりと首をひねる。

 

 

 その視界に、恍惚な表情で返り血を浴びる大天と、糸の切れた人形のように床に倒れ込む杉野の姿が映った。

 顔を伏せる杉野の首の後ろから、脈打つ血液が溢れ出ていた。

 

 

「ひっ……!」

 

 誰ともなく、悲鳴が上がる。

 

「何、やってんだ……?」

 

 呆然と、火ノ宮が問いかける。目の前の光景の異様さに、誰の理解も追いついていない。モノクマすら、ポカンと口を開けている。

 そんな俺達を無視して、大天は両手に握りしめたナイフ――小型の折りたたみ(フォールディング)ナイフを振りかぶり、そして、おぞましいうめき声をあげ続ける杉野へ突き立てる。

 

「が……はっ……」

 

 首へ。背中へ。腕へ。

 

 大天は目に映る杉野の……否、【言霊遣いの魔女】の全てを破壊するべく、ナイフを振るい続ける。

 

 抜いて、刺して、抜いて、刺して、抜いて、刺して。

 

「…………ぐ、あ……」

 

 ついに、漏れ出す声が【魔女】のものに変わる。

 大天を睨みつけようとする【魔女】だったが、もはやそれが出来る余力も残ってはいない。

 

 そして、

 

「……あは」

 

 切り裂かれた【魔女】のジャケットから、大量のカードがこぼれた。悪魔のサインが描かれた、大量のジョーカー。おそらくは内側に仕込んだポケットにでも隠しておいたのだろう。

 その一枚を拾い上げた彼女はそれを冷たい目で一瞥し、そして(あざけ)り笑って投げ捨てた。

 

「やっぱり。やっぱりそうだったんだ! やっぱり、間違ってなかったんだ!」

 

 そして、ガンと【魔女】の頭を踏みにじる。何度も、恨みを込めて強く踏みつける。

 いつしか、【魔女】の声も聞こえなくなっていた。

 

「なん、なんだ……なぜ、笑っているんだ、オオゾラ?」

 

 そんな声、彼女には届いていない。

 

「自分は殺されないとでも思ってた? だったら最高に笑えるよね! 魔女を殺そうとして返り討ちにあってるだなんて話も散々聞いてるからさぁ! こっちも色々警戒したに決まってるじゃん! だから狙ったんだよ、あんたが気を抜くこの一瞬を! オシオキなんて残虐な映像、あんたが見逃すわけ無いもんね!」

 

 殺意に満ちた足をぐりぐりと杉野の頭に押しつけて、ゲラゲラと笑いながら叫ぶ大天。

 

 止めなくては。

 そう思っても、足は動かない。動かせないのだ。狂喜に満ちた彼女の表情に、気圧(けお)されてしまっているから。

 

 尤も、今更止めたところで杉野の命が助かる訳でもないのだけれど。

 

「……何やってんだオマエーッ!」

 

 ようやく、モノクマが心底慌てた様子で玉座の上から叫びを飛ばす。

 

「今はそういう時間じゃねーだろ!? 空気の一つも読めねーのかよ! 七原のオシオキの余韻を楽しむ時間を邪魔すんなよ!」

 

 そんな怒号も無視して、大天は右足をフリーキックが如く大きく振りかぶる。恐ろしいほどにゆっくりと時が流れた。

 

 やめてくれ。

 

 

 ――ゴキン

 

 

 強く振られた大天の右足は、彼の頭を的確にとらえた。その、首の骨が折れる音を最後に、杉野悠輔の命は鳴動を止めた。

 

 

 

 ぴんぽんぱんぽーん!

 

『死体が発見されました! 一定時間の捜査の後、学級裁判を行います!』

 

 

 

 悪夢を知らせるチャイムが裁判場に鳴り響いた。

 無意味に、ただただ無機質に、杉野の死が告げられた。

 

「あは、あはは! やった! ヤった! ついに()った!」

 

 そのイカれた笑い声で、ようやく俺達の金縛りも解けた。

 

「翔ちゃん……?」

 

 危険物に触れるがごとく、恐る恐るその名を呼ぶ露草。

 

「てめー、自分が何やったか分かってんのかァ!?」

 

 それに対して火ノ宮は困惑と怒りを顕にして彼女に歩み寄ろうとしたが、すっと向けられたナイフにその足を止めた。

 

「分かってるに決まってるじゃん! やっと! やっと! やっと、魔女をこの手で、殺せたんだから!」

 

 そして彼女は、快感に貫かれたように自分の体を抱きしめて身をねじる。

 

 ……大天が杉野を殺したのなら、その動機はそれしか無い。姉の人生を狂わせた【言霊遣いの魔女】への、復讐。

 

 最初から、大天は気づいていたのか。杉野こそが、憎むべき悪魔であると。だから、その命を奪うその時を、息を潜めて待っていた……。

 いや、だとすれば七原をかばってまでクロを演じていた理由が分からない。あれは、何らかの経緯で俺達の中に【言霊遣いの魔女】が潜んでいる事に気づいた大天が、【学級裁判】の誤投票による全滅を利用して【魔女】を殺すことが目的だった……はずだ。それ以外に彼女が自殺同然の嘘をつく必要なんか無いのだから。逆に言えば、それは【魔女】が誰であるかの特定は出来なかったからこその方法だった。

 それなのに、今、大天は杉野を襲った。彼女は『やっぱり』と、杉野が【魔女】であると予想していた。それは、なぜ……。

 

 と、考え始めればすぐに答えに思い至った。それと同じタイミングで、全身を血に染めた大天がぐりんと首を捻って俺の方を見た。

 

「ありがとね、平並君。私に教えてくれて」

 

 歪んだ笑みが、俺の瞳を射抜く。

 

 バカか……バカか俺は! さっきから隠そうともせず何度も杉野を疑った! カードの事まで話したんだ! 【魔女】がこの中に潜んでいると確信している人間なら、それで何もかも推察がついてしまうというのに!

 

「おかげで、やっと殺せた! 私自身の、この手で! この、悪魔を!」

 

 そんな言葉とともに、彼女は文字通り何度も足蹴にする。もはや何の声も発する事もできなくなった、杉野の死体を。

 

「違う、俺は、そんなつもりじゃ……!」

 

 俺はむしろ、彼女の復讐を止めたかったのだ。そんなものに囚われて人生を棒に振るだなんて、あってはならないはずだから。

 

 俺は止められたはずだ。彼女の想いを知っていたから。

 俺にしか止められなかったはずだ。彼女の想いを知っていたのは、今や俺だけだったのだから。

 

「……キミ達、一体何の物語を語っているんだ? キミの殺戮に、何か背景(裏設定)が秘められているのか?」

「悪魔っつーのはなんだ。さっき平並が杉野を疑った事と関係あんのかァ?」

 

 大天はその質問に答えることもなく、恍惚に頬を染めている。そうなれば当然、その矛先は俺へと向かう。……どう話せと言うのだ、こんな事を。

 

「あのさあ!」

 

 困惑に満ちた火ノ宮が俺に詰め寄らんとしたその時、苛立ちをあけすけにするモノクマの声が聞こえてきた。

 

「誰を殺すもどう殺すも自由だし、殺せって言ったのはこっちだけどさあ! 殺すんだったら秘密裏に殺せよ! 学級裁判が成立しなくなるだろ! ふざけんじゃねえぞオマエ!」

 

 珍しく怒りを顕にするモノクマだったが、大天はそれすら意に介さずナイフを強く握りしめた。

 

「……何なのよ。アンタ、何がしたいのよ」

 

 震える声で、東雲が問いかける。

 

「アンタと杉野の間に何があったか知らないけど、全員の目の前で殺すなんて……言い逃れのしようが無いじゃない。アンタ、死ぬのよ……? なんでそんな、平然としてられるわけ……?」

 

 いつもの、他人の死を自らの生の興奮に変える彼女らしくないその声は、やはり大天に届くはずもない。

 しかし、直後の大天の行動が、その答えになっていた。

 

「ごめんね」

 

 なぜか、彼女はそんな謝罪をした。それは、この場にいる誰かに向けられたものではない。そう気づいたのは、彼女が空中に誰かを幻視していたからだった。

 

「ずっと一人で寂しかったよね。でも、もう、大丈夫だから」

 

 そして、握りしめたナイフの切っ先を自らに向けた。

 

「あっ!」

 

 誰もが、その行動の意図を悟る。彼女が何を企んでいるのかに思い至る。

 

「オイオイオイ、マジかオマエ! クロはクロとして、オシオキで死ななきゃいけないんだよ!」

 

 天井から、そして玉座から数本のマジックハンドが現れる。高速で近づいてくるそれが辿り着くより早く、どこか憑き物が落ちたような大天は、刃を鋭く動かした。

 

 

「やっと会えるね、お姉ちゃん」

 

 

 それが、彼女の最期の言葉になった。

 

 大天翔は、ためらいもせず自らの首筋をナイフで切り裂いた。

 真紅の血液を撒き散らしながら、彼女は床に倒れ込む。

 

 晴れやかな笑顔のまま、彼女は血を垂れ流す。それが既に死体となっている事など、誰の目にも明らかだった。

 

 

 

 

 ぴんぽんぱんぽーん! 

 

『死体が発見されました! 一定時間の捜査の後、学級裁判を行います!』

 

 

 

 

 

 そして、再びシステマチックに鳴らされたアナウンス。

 

「…………」

 

 そのアナウンスが、嫌に脳内にこだまする。

 耳の痛くなるような静寂によって、二度続けて鳴らされたアナウンスがより強烈に刻み込まれる。

 

 裁判場の床に転がっているまだ体温の残る二つの死体を目の前にして、俺達はただ立ち尽くしていた。

 七原の最期の姿すらまだ受け止めきれていないのに、更に追い打ちをかけるような二人の死を前に動き出せるわけがなかった。

 

 この悪夢のような惨劇を、果たして何人が現実と捉えることが出来ているのだろうか。

 

「あーあーあー……マジで最悪だ……」

 

 そんな中聞こえてくるのは、どこかしょげた様子のモノクマの声。その残念そうな声は、皿の一つでも割ってしまったかのような軽いものだった。

 

「ふざけんなよ、もう……せっかく今回はここまで順調に来てたのに、結局こうなるのかよ……ああ、クソ、うまく行かないなあ……」

 

 ……え?

 

「……オイ、モノクマ。今の言葉は何だァ? 『今回』って、どォいう意味だ」

「え? あ。なんでもないよ。それよりやることやんないと」

 

 俺と同じ疑問を抱いた火ノ宮に対して、無意味な言葉を返すモノクマ。その言葉の真意は分からないが、今のは純粋な失言だったのだろうか。

 

「オイ!」

「ほらほら、皆自分の席に戻ってよ」

『戻ってどうするんだよ』

「学級裁判に決まってるだろ! 殺人が起きたら学級裁判! さっきのアナウンス聞いてなかったのかよ!」

 

 ……聞いていないわけがない。あんな絶望のチャイムを。そうでなくとも、殺人の発生が学級裁判へ繋がることは痛いほどに知っている。

 けれど。

 

「が、学級裁判もなにも、く、クロなんて丸わかりじゃ……」

「それでもやるんだよ! 形式だけになっちゃうけどね。ほら、早くしろ! キビキビ歩け!」

 

 そう急かされて、席を離れていた俺達は戸惑いと衝撃を頭に残したまま、証言台に戻る。この僅かな間に死んでしまった七原達の証言台には、ドカドカと遺影が降ってきた。

 

「はい、それでは、第四回学級裁判の開廷をここに宣言いたしますよ。はあ、面倒だけどルールの説明をするからね」

 

 やる気など微塵も感じられないその声で、モノクマは告げる。

 

「そんなもんもういらねェっつってんだろ」

「ボクだって時間無駄に使うだけなんだからそうしたいよ! ……いいから黙って聞いてろって。えー、学級裁判は、オマエラの中に潜んだクロをオマエラ自身の手で見つけ出してもらうためのものです。議論の後、オマエラの投票による多数決の結果をオマエラの導き出したクロとします。正しいクロを導き出せたなら、クロだけがオシオキ。逆に、その結論が間違っていたなら、皆を欺いたクロ以外の全員がオシオキとなり、クロは【成長完了】とみなされ、晴れて【卒業】となります。

 はい、それじゃ議論開始。そんで終了! 閉廷閉廷!」

 

 そんな、もはや話す意味もないその定型句を聞き流していると、いつの間にか議論が始まり、そして終わった。

 

「……議論はしないのか?」

「必要無いでしょ」

 

 スコットの疑問には、そう即答するモノクマ。確かに、議論の余地など無い。杉野を殺したのが誰であるかなど、最初(はな)から一人に決まっている。

 

「はい、じゃあ投票に移るから。さっさと投票してね」

 

 そんなつまらなそうな声を合図に、ウィンドウが浮かび上がる。『杉野悠輔を殺したのは誰?』という文字列の下に並ぶ、見慣れた十六の名前。今やその半分が、灰色に変わっていた。

 

「ほら、ぼけっとすんなって! 投票しろ!」

 

 未だ、どこか現実離れした衝撃の連続に呆然としている俺達に、モノクマはそう叫んで活を入れる。言われるがまま、俺達は『大天 翔』の名を押した。

 

「ん、皆投票できたね。じゃあ次ね」

 

 次? と誰かが声を上げると、一度閉じたウィンドウが再び開いて現れる。表示されたのは先程と同じような画面だったが、上に書かれた文章が『大天翔を殺したのは誰?』というものに変わっていた。

 

「……あァ? 大天は自殺だろォが。殺人じゃねェ」

 

 そんな、誰もが抱いた疑問を火ノ宮が口にする。

 

「自殺も『自分自身を殺した』っていう立派な殺人だろ!」

「……チッ」

「確かに、そんな解釈(言葉遊び)も出来なくはないが……それはもはや暴論だろう」

「あのねえ、明日川サン。経緯はどうあれ、死んだのがオシオキでも規則違反でもないのなら、それは殺人扱いになるの。事故死は勿論、自然死や病死であっても突き詰めれば本人か周りの誰かの責任だからね。どのケースも、少なくともコロシアイ中は殺人として扱われるんだよ」

「…………」

「……多分、この学級裁判だなんだのゲーム的な所が関係してるんでしょ。今回みたいに分かりやすい自殺じゃなかったら、自殺でも学級裁判として処理した方が面白そうってのが本音なんじゃないかしら」

 

 沈黙する明日川に代わって、惨劇に顔を青くした東雲が私見を述べた。反論は特に上がらない。

 

「とにかく、自殺だって思うなら大天サンにとっとと投票してよ。こんな何の意味もない裁判なんだから……まったく、どうせ死ぬなら投票の前に死んでくれれば、同じ三回目の学級裁判で処理できたのに……」

 

 ぶつぶつと、よく意味の分からない……いや、意図の分からない事をモノクマはつぶやいていた。それをどう解釈すれば良いのかなんて、今の泥のように鈍った俺の頭では分からなかった。

 ともあれ、モノクマにどやされる前に、俺は再び『大天 翔』の名を押した。

 

「皆投票できた? 出来たみたいだね。はい、じゃあ投票結果だよー……一応、ちゃんとやるかな」

 

 はーあ、と苛立ちを含ませたため息をついて、モノクマは玉座にまっすぐ座り直した。

 

「ハイ、それでは結果発表と参りましょー。投票の結果クロとなるのは誰なのかー、それは正解なのか不正解なのかー」

 

 ちゃんとやる、といった割にはテキトーな棒読みで定型句を読み上げ、それに伴い耳をつんざくサイレンに合わせてウィンドウが現れる。

 

 例の結果発表ムービーには、いつもの見た目のうるさいスロットが二台並んでいた。そのスロットが大天の顔で止まり、合わせて六つの顔がそこに並ぶ。結果、ユニゾンする吐き出し音とともに大量のコインが二台のスロットから溢れ出す。

 その映像を、俺達は冷めた目で見ていた。

 

「はいはい、正解正解。クロは大天サンだよ。前もって準備しておいてよかったよ、まったく……」

 

 俺達の投票が正解だったなんて、こんな映像で示されるまでも無い。あの狂喜が、俺達の心に深く刻み込まれているのだから。

 

「んじゃ、とっととやることやって解散しようか。もう夜だしね。ボクも眠いし」

 

 そんな事を、モノクマは告げる。つまらない事務仕事が残っているかのようなだるさで。

 

「……何言ってるんだ? もうやることなら済んだだろ。学級裁判を終わらせるための投票と、その結果発表が済んだんだから、もうこれ以上することなんか……」

「は? 何言ってんのはこっちの台詞なんだけど、平並クン。やっぱルール説明して正解じゃん。『正しいクロを指摘できたらクロだけがオシオキ』って、ちゃんと言ったでしょ?」

 

 どうしてこんな事も理解できないのか、と見下すような声色で告げるモノクマ。

 

「いやだから、そのクロである大天はもう死んでるだろ」

「……あー、そういう事? 関係ないって、そんなの」

 

 関係ない、というのは。

 

「……ま、まさか、お、大天の死体にオシオキするってことか……!?」

 

 誰より早く、根岸がその答えにたどり着いた。

 

「うん、そうなるね」

「意味ねェだろ! そんな事して何になるっつーんだ! 確かにアイツは杉野を殺しやがったけどよォ、そんな、そんな、最後の尊厳すら踏みにじるような事……!」

「ボクだってねえ、死体にオシオキなんてただボクが楽しくなるだけの事なんかしたくないの! オシオキってのは、クロの心をへし折って絶望させてこそな訳だし……。でも、クロ以外にオシオキするわけにもいかないでしょ? だからどうしてもそうなっちゃうんだよね」

 

 死体へのオシオキは、モノクマにとっても本意ではないらしい。だったら、しなければいいのに。

 

「……あんなイカれたヤツの死体がどうなったって、別に良いじゃない」

『瑞希。そういう話じゃねえんだよ』

「どうしてあんな事をしたのかわからなくても、もう死んじゃったとしても……でも、その体をどうこうしようなんて、そんなの絶対おかしいよ」

「…………分からないわね。死んだら、ただの人形でしょ」

「……瑞希ちゃん!」

 

 これから起こるおぞましい光景を想像して、パニックが静かに起こり始める。その様子を見て、モノクマはニヤリと口元を歪めた。

 

「まあでも、オマエラがそんな反応してくれるならやる価値はあるかもね! これは収穫だなあ……やっぱりやってみないと分からない事も多いんだね。勉強になったよ」

「……ッ」

「それじゃ、張り切っていこうか!」

 

 そうして、モノクマは元気を取り戻すと、玉座の上にスタと立ち上がった。

 

「それでは参りましょう! ワックワクでドッキドキ……はしないけど、楽しい楽しいオシオキターイム!」

 

 いつものように口上を述べたモノクマが、これまたいつものように赤いスイッチを木槌で叩く。ほんの少し前に七原を闇に連れ去った鎖が、今度は大天の傷ついた首をひっつかむ。

 もう動かない、抜け殻になった大天の死体が、暗闇に溶けていった。

 

 

 ――オシオキが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【超高校級の運び屋 大天翔 処刑執行】

 

《お代は六文銭

 

 

 

 大きな川が流れていた。

 あらゆる希望を飲み込むような激流に沿うようにして、ゴロゴロと丸石の転がる河原が広がっている。

 小さな塔のように積まれた丸石の山が点在している事が、そこが賽の河原である事を示唆している。

 

 

 すなわち、それは三途の川であった。

 

 

 

 

 そこに、足音がやってくる。

 簀巻きにされた大天が……否、大天の死体が、三体のモノクマに頭上に担がれて運ばれてくる。

 ジャリジャリと石を踏み鳴らして、それらは川辺に留まる渡し船に辿り着く。船頭に扮したモノクマが、船の上で暇そうに揺れていた。

 

 その渡し船に、モノクマたちは簀巻きの大天をドサリと下ろすと、六枚の銅銭をゴミを捨てるように投げ入れる。

 それを見て、船頭のモノクマがだるそうに船の留め具を外した。

 モノクマは六文銭を回収すると古ぼけた長い木の棹で川底を突き押す。渡し船は大天を乗せて激流へと漕ぎ出した。

 

 

 荒れ狂う波の中を、渡し船が突き進む。

 船頭のモノクマは慣れた棹捌きで渡し船を操るが、ふいに大きく船が揺れる。上流から流れてきた丸太が、渡し船を横殴りにした。

 その強大な力に逆らえず、船の天地がひっくり返り転覆する――

 

 その数瞬前に、モノクマの背中からジェットパックが飛び出した。

 およそその地獄的雰囲気にそぐわない近未来的なアイテムから吹き出す噴射によって、モノクマは宙へ逃げ延び波を回避する。

 胸をなでおろすモノクマのその下で、船に残された大天の体は波に飲み込まれた。

 

 

 激流の中に沈みながら、大天は三途の川を流されていく。

 

 横柄に鎮座する岩石に何度も頭をぶつける。

 無秩序に広がる川底に幾度も両脚を打ち付ける。

 もはや空気など必要としない大天の体は、荒ぶる水流の思うがままにその全身を傷つけられていく。

 

 その濁流に、いつしか刃物や鈍器が混ざり大天を襲い始めた。

 向こう岸へなど到底たどり着けない大天は、その水圧と奔流の暴力を受け入れる他になく。

 

 大天の皮膚が、肉が、骨が。

 破かれ、斬り裂かれ、砕かれていった。

 

 ふいに、一際鋭く光る刀が、勢いよく大天に近づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、三途の川の激流が穏やかになり、浅く広い川になった頃。

 

 緩やかに川を流れるその物体を、ジェットパックで浮遊する船頭のモノクマがひっつかむ。

 そして、身を捻って勢いをつけ、モノクマはそれを対岸へと放り投げた。

 

 仕事を果たしたと言わんばかりのモノクマは自らの定位置へとホバリングしながら戻っていく。

 

 

 

 

 三途の川の対岸には、原形のない上半身だけの大天の屍体が、ただ無意味に転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 オシオキが終わった。

 既に息絶えた大天の死体が、ただひたすらに破壊されていくのを、俺達は見送った。

 

 ……皆にとって、大天翔という人間がどう映っていたのかはわからない。けれども、俺は彼女の過去を知っている。【魔女】への復讐だけを考え続けるような人生を歩んできた彼女は、ついにその悲願を果たし、そして自らも息絶えた。そしてその体は、オシオキの名のもとに破壊され尽くした。尊厳すら残らぬ形で、下半身は行方すら知れない状況となって。

 

 何のために、彼女は生きたのだろう。復讐に脳を焦がして生きて、その末路がこんな無残な姿だなんて。こんな……こんな人生、絶対に間違っている。

 間違って、いるけれど。

 

 ならば、どうすれば良かったのだろう。少なくとも、彼女が笑顔でこの世を去れた事には違いなかったのに。

 

「えっくすっとりーーむ、ってね。はあ、やっぱり死体相手じゃこんなもんだよね」

 

 ……大天の死体を弄んでおいて、出る感想がそれか。安らかに彼女を眠らせることすらしなかったくせに、何を残念がっているんだ。

 

「はい、んじゃもう解散ね。ボクはそれ掃除しないといけないから、とっととエレベーターで上に帰れよな」

 

 その前にジュースでも飲んでこよ、とモノクマはどこかへ消える。裁判場には、不快な血の匂いと沈黙が残された。

 

「……平並」

 

 突如、火ノ宮に名を呼ばれる。重い、感情の読めない声だった。

 

「てめー。何か知ってんだよな」

 

 その声に覇気はない。けれど、俺はそれにただ首肯を返した。

 

「凡一ちゃん。教えてくれる?」

 

 露草にそう問われ、俺は口を開いた。

 

 分かりやすい、順序立てた説明ではない。一体どうすれば良かったのかと、ぐるぐるとそんな後悔が駆け巡る頭では、思いついた順にぽつぽつと言葉を並べるだけで精一杯だった。

 

「【言霊遣いの魔女】。……明日川なら知ってるよな」

「……ああ。存在(エピソード)知っている(読んだことがある)。……そういえば、数ページ前の大天君の台詞にも、魔女という単語が出てきたな」

 

 まず、そう反応してから、彼女は語った。【言霊遣いの魔女】という悪魔の、悪辣さ、邪悪さ、凶悪さを。

 意味不明だと、そんな人間が要るわけ無いと、誰かが否定する声が聞こえる。けれども、それは覆しようのない事実であると、明日川の台詞と杉野の死体から溢れる大量のジョーカーが証明した。それと同時に、杉野が魔女であることもまた、証明される。

 

「そう言えば。アンタ、妙に杉野に突っかかってたわね。あれは杉野の正体を知ってたからって事なの?」

「……ああ」

『じゃあ、凡一が悠輔と一緒に行動してたのも……』

「……アイツを見張って、【魔女】としての犯行を止めるため、だったんだ」

『…………』

 

 その悪魔の正体が杉野である事に全員の納得がいったのを見て、俺は話を続ける。

 

 かつて大天の姉が【魔女】のターゲットになった事。その結果、彼女が【魔女】に強い恨みを持った事。前回大天が俺を殺そうとした動機もそれが一因であった事。

 それと、遠城の殺人は杉野が唆したものである事。それを自分の功績と語った事。七原と一緒に正体を突き止めて、それから【魔女】の犯行を止めるために動き始めた事。

 

 そんな事を、赤い血の這いずる床を視界に捉えながら一つずつ語った。小さく、情けない声で。

 

 一通り、語り終えて。まず飛んできたのは。

 

「てめー! なんでんな大事な事を黙ってやがった!」

 

 そんな火ノ宮の怒号だった。

 

「他人に人殺しをさせる殺人鬼だァ!? んなヤツがいるって、どうして教えてくれなかったんだよ!」

「……そんな事を言えば、パニックになるだろ。俺が正体を突き止める前でさえ、皆……特に根岸が限界だったじゃないか」

「……!」

 

 俺に名を告げられ、ビクリと体を震わせる根岸。杉野の正体を聞いて、一番怯えていたのは彼だった。根岸は杉野の事も疑ってはいたが、まさかここまでとは思わなかっただろう。

 

「……確かに、今でさえ杉野君が殺人鬼であったなど、容易に認められた設定では無いが」

「……さっきも少し言ったが、一応、七原も知っていたんだ。というかそもそも、蒼神の事件の時に【言霊遣いの魔女】のカードを拾って相談してくれたのはアイツだったし、アイツの事は、その才能も含めて、信用していたから」

 

 ……だが、その七原は。

 

「……翡翠達は、信用できなかったかな」

 

 悔恨をする隙すらなく、そんな悲しげな声が聞こえた。

 

「……そういう、わけじゃない。だが、いたずらにそんな情報を広めるくらいなら、いっそ、黙るべきだと思ったんだ。なにかの切っ掛けでその事を大天が知れば、何をしでかすか、わからないとも、思ったし……」

 

 言いながら、声がどんどん小さくなる。

 

「……その結果がこれか」

 

 スコットに、そんな言葉を突き立てられる。

 

「オマエの発言から、オオゾラはスギノが魔女だと気づいた。そして、オレ達がナナハラのオシオキに気を取られている隙をついて復讐を遂げた……結局、オマエじゃ、何も出来なかったじゃないか!」

 

 ズガン。

 

 と、頭を殴られたような衝撃を受けた。

 スコットの、言うとおりだ。

 

 俺は、何も、出来なかった。

 

「……」

「……スコットちゃん。そんな言い方……」

 

 露草がなだめようとして、それでもスコットは言葉を続けた。

 

「どうして、どいつもこいつも一人で解決しようとするんだ……!」

 

 その微妙に的はずれなその言葉に、別に一人でやろうとしたわけじゃないと思ったが、それを口にはしなかった。その言葉が、既に俺に向けられたものではなくなっていた事に気づいたから。

 

「もっと頼ってくれれば良かっただろ……! 何でもかんでも一人でやろうとするから、だから、そうやって失敗したり死んだりするんだろ……!」

 

 その声は、身長の低い遺影へとぶつかって、かき消えた。

 

「……スコット君も、一度落ち着くべきだ。キミも……端的に言えばパニックになっている。キミのそれは、もはや八つ当たりだ」

「…………」

 

 そう指摘され、バツが悪そうに、キュっと口をつぐむ。

 

「な、なんで、お、おまえはそんなに落ち着いてられるんだよ……! お、おまえは、な、なんとも思ってないのかよ……!」

「ボクだって何もモノローグをしていないわけではないよ。けれど、ボクのような語り部(ストーリーテラー)が誰もいなくなってしまえば、物語は停滞してしまう」

「……そ、そうやって冷静に考えられる事自体がおかしいって言ってるんだよ……! お、お前も、な、何か企んでるんじゃ……!」

「一つだけ、いいか」

 

 そんな、静かな混沌(カオス)が渦巻く中で、冷たい声が差し込まれる。

 

「な、なんだよ、い、岩国……い、言っとくけど、お、お前だって最初からずっと怪しいんだからな……!」

「そんな話は俺のいない所で勝手にやっていろ。俺が言いたいのは、運び屋が持っていたあのナイフの事だ」

 

 目線で、床に転がった折りたたみ(フォールディング)ナイフを示す岩国。

 

「お前達、アレを見て何も思わないのか?」

『何もって言われてもな』

 

 困った様子の黒峰の声につられて、視線がそのナイフへと集まる。たためば八センチほどになりそうな折りたたみ(フォールディング)ナイフが、静かに床に転がっている。

 

「……あァ?」

 

 火ノ宮がなにかに気づいた。それに、他の皆も続く。

 

「気づいたか。このドームの中の凶器は全て把握しているはずだ。三番目の【動機】として配られた凶器も十六人分すべて判明しただろう。ならば、なぜ運び屋はナイフを手にできている?」

「……ありえねェ。あんな形状のナイフ、このドームのどこにもなかった。私物の危険物だって出処が特定できなきゃ没収するっつー話も、モノクマから言質が取れてる」

「じゃ、じゃあ、あ、あのナイフは何なんだよ!」

「オレが知るわけねェだろ!」

 

 ただでさえ、立て続けの衝撃に精神が疲弊しているのだ。そんな状況で突如降って湧いた謎に、到底答えなど出るわけがない。

 

 その正解を知る彼女も、今や無残な屍体となっているのだから。

 

「あー美味しかった……あ!? なんでまだオマエラこんな所にいるんだよ! 早く帰れよ!」

 

 困惑が喧騒へと変わり始めたところで、モップとバケツを持ったモノクマが戻ってきた。

 これ以上話し合うことも出来ない。ガミガミと叫ぶモノクマに顔をしかめながら、皆エレベーターへと向かう。床に転がったナイフは、恐怖心に駆られた根岸が拾っていた。

 

「…………」

 

 そんな裁判場で、俺は無言のまま立ち尽くしていた。五寸釘を打ち込まれたかのように、俺の両足は床に貼り付いたままだった。

 

 俺の脳内にこびりついて離れないのは、目の前で起きた二つの惨劇だった。

 俺に未来を託した七原がサイコロに押しつぶされる姿と、狂喜に身を震わせた大天がナイフを何度も振るう姿。

 

 それが彼女たちの望みだったとしても、それは悲劇に変わりはなくて。

 結果それによって俺達にもたらされたのは、確かな混乱(パニック)だけだった。

 

「……ん」

 

 ふと、眼下に見下ろした足元から光を反射する何かがあることに気がついた。ゆっくりとそれを拾い上げる。

 それは、七原が握りしめていた、七原を死へ導いたコインだった。首輪に連れ去られる時に、その手からこぼれ落ちたのだろう。

 

「…………」

「……平並君。戻るぞ」

 

 遠くから、台詞が聞こえる。

 

「誰しも、特にキミにはモノローグが必要だとは思うが、ともあれいい加減舞台()を変えなければ、次なる物語も始められないだろう」

「……ああ」

 

 まるで意味の分からない台詞に生返事を返して、一人裁判場に取り残された俺はそこでようやく歩き出す。俺がエレベーターに乗り込むと、待ちわびていたかのように扉が閉まり上昇が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 地上へと駆け昇る白い箱。その重い駆動音と窒息しそうな沈黙の中で、俺は手にしたコインを見つめていた。

 

 自然、七原の顔が脳裏に浮かび上がる。

 俺には【才能】があると、そう七原は教えてくれた。

 

 ……もしも、それが本当だとしても。俺に皆を救えるだなんて、到底思えなかった。

 

 

「…………はは」

 

 

 空虚な笑いが漏れる。

 

 いつも通り。結局、いつも通りだ。

 数日前夢に見た、昏い記憶と何も変わりがない。

 

 自分が描いた理想を追い求めて、必死にあがいて、あがいたつもりになって、そしていつも同じ末路に帰結する。

 今もまた、俺の手に残されたのは惨めな夢の欠片だけ。それが、まざまざと俺の無力さを突きつける。

 

 

 スコットの言うとおりだった。

 俺がこの数日で……いや、今までのうのうと生きてきて成せたことなど何一つ無い。それどころか、今回の惨劇は俺の愚鈍で浅慮な行動がもたらしたものですらあった。

 

 俺が七原の懇情を素直に受け止めていれば、彼女は俺を元気づけようと悪魔的な方法を画策することなど無かった。そうすれば、当然城咲が殺されてしまうこともなかった。

 いや、それ以前の話として。そもそも俺という人間がここにいなければ、七原が事件を起こそうとすることはおろか、そう悩むことすら無かったんだ。

 

 それに、【魔女】の正体に気づいたのが俺でなければ、大天が復讐を遂げるのを阻止できたのかもしれない。彼女に人生の尊さを説ける人間であれば、あるいは、彼女に【魔女】の正体を悟らせないような思慮深い人間であれば、大天にその凶刃を振るわせてしまうことも無かったはずだ。

 

 考えれば考えるほどに、その思考は研ぎ澄まされていく。

 すなわち、ここに立っているのが俺でなく、俺以外の誰かであれば、こんな惨劇は最初から止められたんじゃないのか。大天の過去を知り、七原とともに【言霊遣いの魔女】の存在に立ち向かう人物が、俺なんかではないもっと優れた人間だったのなら、もっと良い未来(現在)になっていたんじゃないのか。

 

 

 そうやって、至極論理的な思考を無限に繰り返した俺は。

 

 エレベーターが静止する頃には、一つの真理にたどり着いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰より早く、俺が死ぬべきだったのだ。

 

 

 

 そうすれば、誰もこんな絶望になど、始めから出会わずに済んだのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CHAPTER3:【絶望に立ち向かう100の方法】

 

非日常編 END

 

 

 

 

 

【生き残りメンバー】 12人→ 8人

【普通】平並 凡一 

     【手芸部】スコット・ブラウニング 

【化学者】根岸 章   

【クレーマー】火ノ宮 範太   

【図書委員】明日川 棗   

【ダイバー】東雲 瑞希   

【弁論部】岩国 琴刃  

【腹話術師】露草 翡翠   

 

 

《DEAD》

【運び屋】大天 翔   

【声優】杉野 悠輔 

 【幸運】七原 菜々香 

【メイド】城咲 かなた 

【発明家】遠城 冬真  

【生徒会長】蒼神 紫苑   

【帰宅部】古池 河彦  

【宮大工】新家 柱   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     GET!!  【幸運のコイン】

 

 『絶望に立ち向かった証。このコインに従えば、きっと幸せになれるはずだ』

 

 

 

 

 

 

 




幕間を出す予定ではありますが、これでようやく三章完結です。

ここまでの全ては三章のラスト五話のためにある……とまでいくと過言ですが、それでもこのために色々積み重ねてきたのは事実なので、実を結んでたら嬉しいですね。





P.S. 七原さんのオシオキシーンをガッと範囲選択するとちょっとだけ良い事があります。
意味がわからない人はそのシーンをまるごとメモ帳か何かにコピペしてみてください。


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