ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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(非)日常編② そして静かに夜は更ける

 《宿泊棟》

 

「あ、そうだ。ダストルームを確認しておこう」

「だ、ダストルーム……しょ、焼却炉があるんだっけ……」

 

 宿泊棟へとやってきた俺達は、左手にはめた『システム』を起動して内蔵されている地図のデータを眺めていた。自分の個室の場所を把握するためだったが、それよりもダストルームが目についたのだ。

 

「ボクは一度確認しているから、先に個室に戻らせてもらうよ」

「ああ。大丈夫だろうけど、今日は安静にな」

「ご忠告感謝するよ」

「じゃ、じゃあな……」

 

 といった具合に、明日川と個室の前で別れ、俺と根岸はそのままダストルームへと向かった。ちょっと部屋の中と焼却炉を確認しておこうとだけ思っていたのだが、ダストルームにはすでに先客がいた。東雲だった。

 

「あ、平並と根岸」

「東雲か。カードキー、押し付けちゃって悪かったな」

「あら、じゃあ、代わりにやってくれる?」

「あ、いや、それは……」

「冗談よ。じゃんけんの結果だし、よく考えたらたまに燃やしに来るだけでいいから。それに、誰かがやらなきゃいけないことだしねー」

 

 そう言いながら東雲は軽く笑う。快諾してくれてよかった。

 

「ね、ねえ……そ、その焼却炉だけど、け、結構大きいんだな……」

 

 根岸の言葉を受けて、改めてダストルームの中を見渡す。

 電灯はついているが廊下に比べると多少薄暗い。部屋のサイズはそれなりに大きいが、その半分近くが焼却炉で埋まってしまっている。空いたもう半分のスペースには何も置いてないが、こんなところに物を置きたがる人もいないだろう。

 また、焼却炉の入れ口もなかなかのサイズがある。大きめの段ボールくらいなら難なく入ってしまうだろう。その中を覗き込めば、内部にはススが付き燃えカスがたまっており、新品ではなくそれなりに使われていたことが分かる。倉庫と同じだ。

 

「ちょっと作動させてみる?」

「ああ、東雲頼む」

 

 俺が焼却炉のふたを閉め焼却炉から少し離れると、東雲は傍の壁についていたカードリーダーにカードキーをかざした。すると、ピッという電子音の直後、一瞬で焼却炉の中は炎でいっぱいになったのがふたのガラス越しに見えた。

 

「……火力もすごいな」

「そ、そうだね……」

「これなら、簡単に証拠品が隠滅できちゃうわね」

「カードキーの管理は任せたぞ」

「ええ」

 

 もし仮に事件が起こったときを考えると、この焼却炉を自由に使えないようにしておくのはかなりいい判断だった。それだけ、この焼却炉の隠滅能力は高い。

 

「……なあ、東雲」

「何?」

「この生活、どう思う?」

「どう思うって言われても……正直、かなり厳しいわね。もちろん、モノクマに口先だけであんなことを言われたからって、殺人を犯す人がいるとは考えにくいわ」

「そ、それは、そ、そうだね……」

「ただ、それも時間の問題だと思うのよね。蒼神も言ってたけど、今のところアタシ達は助けが来るのをひたすら待つしかないのよ。一日や二日なら何とかなると思うけど、本当の戦いはそれ以降……極限状態に陥ってこそ人間の真価は問われるのよ」

「……そうか」

 

 この生活が何日続くのかは、誰にもわからない。しかし、それでも俺達は耐え抜かなければならないのだ。

 

「な、なあ……な、なんでそんなこと知ってるんだ?」

「え?」

「だ、だって……ふ、普通に生きてたらそんな事考えないだろ……? ま、マンガとか……?」

「ああ、違う違う。ほら、アタシって【超高校級のダイバー】でしょ? 海の中って、孤独で……死と隣り合わせなのよ」

 

 なるほど、確かに東雲の言う通り、海にはそういう側面がある。海を愛する彼女だからこそ、海の危険性を誰よりもわかるのだろう。

 

「アタシが直接見たことはないんだけど、海の中でパニックになっちゃって死んじゃうってこともあるらしいし、努めて冷静でいることはいつも意識しているわ」

「慌てても、どうにもならないってことか」

「ええ、そういう事ね。……ああ、それにしても、泳ぎたいわ」

「きゅ、急にどうしたんだ……」

「アタシ、【超高校級のダイバー】なんて肩書をもらう前から、暇さえあれば泳いでたのよ。だから、泳げない生活がこんなに辛いだとは思いもしなかったわ。なんであの湖は遊泳禁止なのかしら」

「さあな」

 

 東雲は、どうも俺達と認識がずれている節がある。彼女にとって、コロシアイを強要されることよりも泳ぐことを禁止されていることの方がよっぽど堪えるらしい。

 

「……どうにかモノクマと交渉して、あの湖で泳げるようにならないかしら」

「無理はするなよ」

「分かってるわよ。死んじゃったらそこでおしまいだもの」

 

 ただ、東雲は、ここにいる誰よりも、人が死ぬという事を理解していると、俺は思う。

 死……か。

 

 

 

 

 

 

 

 《個室前(ヒラナミ)》

 

 あの後、東雲達とともにダストルームを後にすると、今日はもう寝ようという事で解散してそれぞれの個室へと向かった。ドアにドットイラスト付きのネームプレートがかかっているからわかりやすいが、俺の個室は階段に近い廊下の真ん中あたりにあった。個室の名前を見る限り、男女で左右に分かれているようだ。

 

「ここか」

 

 とりあえず何もせずにドアノブに手をかけて開けようとしてみたが、ガチャガチャと音を立てるだけで開きそうにない。さっき明日川達が調べていた通り、きちんとカギがかかっているようだ。

 よく見ると、ドアノブの上に小さな丸い鉄の板がついている。

 

「……これか?」

 

 左手に着けておいた『システム』をその板にかざすと、ガチャリと音がした。ドアノブをひねれば、すっとドアが開いた。中に入って後ろ手にドアを閉めるが、内鍵はなくまた同じような板があるだけ。そこにまた『システム』をかざすと、再びガチャリと音を立ててカギがかかった。

 

「内側からカギを閉めるのにも『システム』がいるのか……」

 

 ますますもって、ここでの生活において『システム』は欠かせないものになっているという事が分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 《個室(ヒラナミ)》

 

 個室の中は、思っていたより広かった。一目見て分厚いとわかる窓ははめ殺しで開かないようにこそなっているが、ちゃんとカーテンはついていた。窓際のベッドはシングルには十分な大きさだし、トイレやシャワールームも併設されている。

 ただ、それらよりも壁際の棚にある物の方が俺の目を引いた。

 

「これ……俺がよく読んでたマンガじゃないか」

 

 そこにあったのは、俺が普段の生活でよく使っていたものだ。マンガや目覚まし、小説に雑誌、その他もろもろのおもちゃなど……。多少汚れてはいるが、明らかに俺の私物だ。なじみの品があるのはありがたいが、はっきり言っておかしい。これらの品々は俺の部屋にあるはずで、引っ越しの手続きなんてのも頼んだ覚えがない。仮に頼んだとしても今日一日で運び入れたと言うのか?

 

「というか、これがここにあるという事は……」

 

 モノクマは、俺の家に来た、のか?

 ……考えるのを放棄した俺は、ひとまず机の方に目を向けることにした。机の上には、一枚の紙が置いてあった。おそらくモノクマが用意したものだろうが、汚い字で、しかも言葉遣いが無駄に丁寧に書かれているのがますます腹立たしい。

 

 


 

【施設長からのお知らせ】

 

 皆様、いかがお過ごしでしょうか。このコロシアイ強化合宿で初めての夜を迎える皆様は大きな不安にさいなまれていることかと申し上げございます。そこで、ささやかながらわたくしからプレゼントをご用意させていただきました。この机の二段目の引き出しの中をご覧になってくださいませ。

 


 

 

 と、そこまで読んで顔を上げる。敬語が明らかに間違っていることはさて置き、指示の通りに引き出しを開けてみる。その中に入っていたのは、直方体のプラスチックケース。ビニールで封はされているが、その中身は見ることができた。

 

「ナイフ、スパナ……拳銃」

 

 なんだ、これは。

 再び紙に目を落とす。

 

 


 

 そちらは、凶器セットになっておりございます。日常生活のすべての物が使いようによっては凶器になりますとはいえ、まだまだ未熟な皆様ではなかなかそれも難しい話でございますです。そこで、わたくしは誰でも簡単に殺人ができるものを準備いたしました。

 いつ襲ってくるかもわからない殺人者への反撃に用いるも良し。周りの皆さまが動きを見せる前に先に行動するために用いるも良し。先手必勝、一撃必殺、八面六臂でございます。刺殺撲殺銃殺……使い方は皆様次第でございますので、存分に活用なさってくださいませ申し上げます。

 


 

 

「誰が活用なんかするか」

 

 内容だけでもろくでもないのに、めちゃくちゃな文章のせいで頭が痛くなってくる。封もあけずに凶器セットをゴミ箱に放り投げようとして……俺の手は止まった。

 万一……万一、これがあると役に立つかもしれない。そう思ってしまった俺は、引き出しの中に入れて引き出しを乱暴に閉める。……大丈夫だ。別に、捨てなくても使わなければ何の問題もない。

 

 


 

 また、夜時間の間は、宿泊棟は完全に断水となります。お手洗いやシャワーなどは夜時間になる前に済ましておくことをお勧めいたしますです。

 それでは、よきコロシアイ強化合宿ライフをお楽しみくださいませでございます。

 


 

 

 文章はここで終わっていた。

 

「断水、ねえ……」

 

 どうして断水なんてするのだろうか。モノクマは、俺達に生活面において不自由はさせないと言っていた。断水はこのことに反すると思うのだが……『システム』を用意したことや新鮮な食料があれほど用意されているところから見ても、資金面は全く問題ないはずだ。じゃあ、どうして?

 

「考えても仕方ないな……」

 

 きっと、何か思惑や意図があるんだろう。脱出のための、黒幕を出し抜くためのヒントにはなりそうだが、今はどうにも判断ができない。

 紙を丸めてゴミ箱に捨てようかと思ったその時、

 

「ん?」

 

 裏面にも何やら文章が書いてあることに気が付いた。

 

 


 

 また、個室は完全防音となっており、外の音は中に聞こえず、中の音は外に聞こえずとなっていらっしゃいます。殺るなら個室がオススメポイントであられますよ。

 


 

 

「余計なお世話だ」

 

 紙をくしゃくしゃに丸めて、ごみ箱めがけて投げた。

 が、入らなかった。

 

「幸先悪いな……」

 

 わざわざ捨て直す気にもなれず、紙クズを放置してベッドに腰かける。さっき冷蔵庫からとってきたバナナを食べながら、今日のこととこれからのことを考える。

 俺達十六人は、全員、希望ヶ空学園に20期生として入学する予定だった。しかし、身体測定の為に希望ヶ空に行ったところで、誘拐されてしまった。そして、犯人はこの複合ドーム施設……【少年少女ゼツボウの家】に俺達を閉じ込めた。犯人は、絶望の象徴であるモノクマを操り、直接手を下そうとこそしなかったものの、ココから出るためには誰かを殺し、そして全員を騙し抜く必要があると告げた。つまり、俺達に殺し合いをさせたがっているのだ。

 明日川が言うには、犯人は過去の事件を模倣しているらしい。……過去にあったコロシアイ生活のことについて何かが分かれば、犯人の思惑もわかるのだろうか。

 

 そして、これからのことだ。俺達は、初対面同士でそこに信頼も何もないが、犯人に対抗するためには一致団結しなくてはならない。仮にそれができなくても、少なくとも、絶対に犯人の思惑に乗って殺人なんて犯してはいけない。どんな理由があっても、それは、人を殺していい理由には決してなりえないのだから。

 そう、それだけは、ダメなんだ……。

 

 食べ終わったバナナをゴミ箱へ放り投げる。今度はうまく入ってくれたので、ベッドに仰向けになる。当然、見知らぬ天井が視界に入る。

 急にこんなことになって、世間はどうなっているだろうか。希望ヶ空学園に入学するはずだった16人が突如として誘拐されたのだ。希望ヶ空学園がこの事態を把握しているとは限らないが、少なくとも家族は家に帰ってこない俺達を心配して警察に届けるだろうからニュースにはなる……はず……。

 そこまで考えて、ようやく俺はある事実に気づいた。

 

「あ、あれ……?」

 

 

 

 思い出せない。

 家族の顔が、思い出せないのだ。

 

 

 

「な、なんでだ……」

 

 体を跳ね起こして必死に記憶をたどる。

 小学生の時、家族でキャンプに行った。組み立てたテントの中で眠りについたが、弟の平次(ヘイジ)は虫が大嫌いで、入ってきた蛾を見てずっと泣きわめいていた。

 中学生になったら、家族で山登りに行った。山頂で父さんが作ってくれたインスタントラーメンは、格別の味がした。

 高校時代は、家族でテーマパークへ行った。絶叫系が好きな母さんに連れられて、ジェットコースターをハシゴした。

 希望ヶ空への入学を決めた日は、家族で豪華なレストランに行った。食べたこともないような料理が次々と出てきて、家族みんなでその雰囲気にのまれてしまったけど、皆笑いあっていた。

 

 思い出は確かにある。俺は完璧な記憶力を保持しているわけではないが、それでも家族構成や誰が何をしたかというのは俺の心の中に残されている。

 それなのに。

 

「なんで、顔が思い出せないんだ!」

 

 俺の思い出の中に映っている顔には、どれもこれもぼんやりともやがかかっていて、はっきりと思い出すことができない。

 その原因を追究しようとして、すぐにある事に思い至った。明日川の記憶消去だ。

 完全記憶能力を持った明日川ですら、あの一瞬でピンポイントに本の内容だけを記憶から消し去ることができたのだ。俺の記憶の中から家族の顔を奪い去ることだって、できないなんてことは言いきれない。

 

「どうして……こんなことをするんだよ……」

 

 気が付けば、俺は涙を流していた。いつだって俺の記憶にあったものが、わすれるはずのないものがなくなってしまったという事実を俺は受け止めきれないでいた。明日川の気持ちを、こんな形で体感することになるなんて、思いもしなかった。

 

「……くそっ!」

 

 恐怖を覆い隠すように掛け布団をかぶり、小さく丸まりガタガタと震える。それを抑えるために安心しようと家族の顔を思い出そうとする……が、その度にまた思い出せない恐怖に涙を流す。

 小さな暗闇の中で、俺はひどい悪循環に陥っていた。

 

 

 

 

 どのくらい時間が経っただろうか。

 泣きわめいて、少しだけ落ち着いてきた。少しだけ眠ってしまったかもしれない。喉が渇いた俺は、のそのそとベッドから出て個室を後にした。確か、ロビーにドリンクボックスがあったはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 《ロビー》

 

 ロビーに出ると、目的のドリンクボックスの前に二人の人影があった。火ノ宮と新家だ。

 

「よう」

「あァ、平並か。どうしたんだァ?」

「喉が渇いたからな。飲み物を取りに来たんだけど……これか?」

「そうみたいだよ」

 

 ドリンクボックス。

 身長ほどの高さがある直方体の箱の中に、飲み物がずらりと並んでいる。コンビニのドリンク売り場のように透明のガラス戸がついている。

 中にある飲み物は様々な種類のお茶やジュース、スポーツドリンクやミネラルウォーターなどであった。

 

「ほら、ここに説明がついてるぞ」

「説明?」

 

 新家が指さしたのは、ドリンクボックスの向こう側の側面。そちら側に回ってみると、確かに何か紙が貼ってあった。

 

「ご利用はご自由に、だってよ。モノクマのヤツが夜時間のうちに補充するみてェだぜ」

「ふうん……」

「モノクマは、ここで生活する上で不自由はさせない、って言ってたよな。多分、そのうちの一つだと思うんだ」

 

 新家がそんな考察を述べる。まあ、確かにそれは間違いないだろう。

 

「ということはさ、欲しいものをモノクマに言えば用意してくれるのかな?」

「欲しいもの……例えばなんだ?」

「ほら、ボクって【宮大工】だろ? だから、気を紛らわせようと大工仕事でもしようかと思ったんだよ。でも、(かんな)とかのこぎりとかは部屋にあったけど、肝心の材料がなかったんだ」

「へえ」

「だから、なにもできないなって諦めてたんだけど……よく考えたら、頼めば用意してくれそうだなって思ったんだ」

「それは……そうかもしれないな」

 

 俺がそう相槌を返した瞬間、

 

「なに? 新家クンは木材が欲しいの?」

 

 と、例の悪趣味な声が聞こえてきた。モノクマだ。

 

「うわっ! ……びっくりした」

「おどかすんじゃねェよ!」

「何驚いてるのさ! ボクは施設長だぞ! この施設のことなら何でもわかるし、どこにだって現れるよ!」

 

 そう言ってモノクマは胸を張る。

 

「で、新家クンの要望だけどさ、そういう事なら材料は後で個室に用意してあげるよ。道具ってなると倉庫から調達してもらうことになるけど、新家クンならもともと自分で持ってるしね!」

「……そう」

「あれあれ? そっけないね、新家クン。せっかくオマエの要望に応えてやったって言うのにさ!」

「応えてやったって、そもそもお前がこんなところに監禁したんだろ」

「何を言うのさ! ボクはオマエラのためを思ってやってやったんだぞ!」

 

 俺がモノクマに文句を言うと、モノクマはすぐさま言い返してくる。この分だと、何を言っても無駄なようだ。

 

「まあいいよ、オマエラも欲しいものがあったらボクに言いなよ! この【少年少女ゼツボウの家】にいる限り、オマエラの自由は保障するし、殺人の相談だって承ってるんだから!」

 

 少なくとも、殺人の相談なんかしてやらない。する必要がない。

 

「あ、でも、凶器は自分で調達してね! カタナをもって来いなんて言われてもそれは自分でしろって話!」

「……なんでだ? たとえ凶器だって『俺達の欲しいもの』には違いないだろ?」

「ん? 平並クンは凶器が欲しいの?」

「そんなわけないだろ!」

「……学級裁判で公平を期すためだろォ?」

 

 声を荒げる俺の傍で、ポツリと火ノ宮がそんなことをつぶやく。

 

「カタナにしろナイフにしろハンマーにしろ、モノクマが勝手に用意してたんじゃ推理が成り立たなくなっちまうだろォが」

「ま、そういうことだね。殺しをやるなら、こっそり正々堂々とやらなきゃね!」

「……人を殺すのに正々堂々も何も、あるもんか」

「それじゃ、いいコロシアイライフを! アディオス!」

 

 新家のつぶやきも何のその、そんなことを言い残したモノクマは去っていった。あのフレーズ、気に入ってるのか?

 ……凶器の話はともかくとして、今の一連の話からすると、最低限の生活はおろか趣味の面においてまでモノクマは俺達をサポートするようだ。その目的は計り知れないが……考えても、分かりっこない。

 ドリンクボックスのガラス戸を開けて、適当にジュースを取り出す。キャップを開けて一口飲んでから、二人に聞かなければならないことを思い出した。

 

「なあ、二人とも」

「あァ?」

「どうしたんだ?」

「一つ聞いておきたいんだけど、お前達、自分の家族の顔は思い出せるか?」

 

 すると、二人ともすっと目線を下にずらした。その反応を見れば、答えは一択だ。二人が口を開く。

 

「……さっきてめーが来る前に、一度その話になった」

「火ノ宮もボクも、家族や親戚の顔を忘れてた……ボクに至っては、親友の顔も忘れているんだ」

 

 しかし、俺の耳に届いたのは俺の予想していたよりも少し上の回答だった。

 

「親友の顔、だって?」

「ああ。ボクの家の近くに住んでいたハルカって名前の奴なんだけど……ああ、もちろん男だよ。それで、小さいころから一緒になって遊んでたんだ。ボクと一緒によく工作をしたこともあるんだ。今はあいつも宮大工として頑張ってるって聞いているよ。……それなのに」

「思い出せない……のか」

 

 俺の言葉に、新家は無言でうなずいた。

 

「忘れるわけないんだ。家族と同じくらい、いや、それ以上に一緒に過ごした親友なのに!」

「……平並、てめーも似たような感じなんじゃねェのか?」

「ああ。俺は家族だけだったけど……そうだ。忘れるわけがない」

「だろォな。なら、なぜ忘れてるかだが……」

 

 そんなもの、一つしかない。

 

「モノクマが、奪ったんだろ」

「それしかねェな」

 

 さっき俺が個室で考察した通りだ。モノクマは、それをできるだけの技術を持っている。動機は……俺達の不安を煽る事だろうか。親しい人の顔を奪い、外への渇望を増幅させ俺達が殺人を起こすのを狙っているのかもしれない。もしそうなら、その企みは十分成功しつつあるといっていいかもしれない。

 

「この分だと、ボク達以外のヤツらも皆同じように記憶を消されてるんじゃないか?」

「そうだろうな、新家。俺達三人だけなんて、そっちの方が違和感がある」

「だったら、それについては明日の朝食会できいてみるかァ。どうせ皆今夜中に記憶が消されてることに気づくだろうしなァ」

「ああ、それがいい」

 

 モノクマに記憶を消されたという事実は依然として残っているが、それでもこれが自分だけの身に起こったことではないという事に、安堵を覚えた。恐怖は共有し、分け合うことができる。

 

「とにかく、もう今日は寝ようよ。あと数十分もすれば夜時間になるしさ」

「……そうだな」

「だな」

 

 新家のそんな提案に俺達は同意し、解散となった。もともと二人も偶然会って話し込み始めたようだったし。

 

 

 

 

 

 

 

 《個室(ヒラナミ)》

 

 個室へと戻った俺は、汗を流すためにすぐにシャワールームへと向かった。夜時間になってしまうと断水になってしまうからだ。

 いろいろな思いを洗い流すようにシャワーを浴びて出てくると、

 

 

 ぴんぽんぱんぽーん!

 

 

 と、例の奇天烈な音が鳴り響いた。

 ビクリと反応して、怯えながら放送を待っていると、壁にかかったモニターにモノクマが映った。

 

 

『間もなく、午後10時、夜時間になります! 夜時間は一部立ち入り禁止区域となります! 健やかな成長のため、どうか安らかにお眠りください!』

 

 ブツッ!

 

 

 あのひたすらに不愉快な声が流れ、そしてすぐに終わった。

 壁の時計を見れば、なるほど確かに、9時55分だった。

 

「誰のせいでこうなったと思ってるんだ……」

 

 とにかく、今日はもう寝るか。これから夜時間になり宿泊棟の水も止まる。誰も凶行に走ろうなんて考えているとは思わないが、もし仮にそんな人がいるとしても、このカギのかかった個室にいる限り俺の安全は保障されている。

 

 またベッドの中へと入る。

 

 

 

 

 

 

 俺は、ずっと、平凡な人生が大嫌いだった。周りの皆のように、輝けるような才能が欲しいと、劇的な日々が欲しいと、いつだって思い続けてきた。

 しかし、こんな絶望的な状況下になって初めて、俺は気づいた。月並みな日々というものが、どれだけ素晴らしいものだったのかを。

 

 もしも、神様がいるのなら、どうか、俺の平凡な日常を返してくれ。縋るようにそう願いながら、俺は眠りについた。

 

 

 

 




これでようやく一日目終了です。
当面の間は皆のことを知る時間になります。
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