例の事件が起こる少し前のお話。
と或る雨の日。お嬢様のティータイムにて。
咲夜「お嬢様?何を読まれているのですか?」
レミリア『ん?あぁ…ちょっとね、最近花言葉にハマってるのよ。』
意外だなあ、と思った。お嬢様は確かにお花は好きだけれど、
紅魔館の庭には紅い薔薇しかないため、単に紅い薔薇が好きなだけ、
という認識で皆いたのだ。
咲夜「そうなのですね、お嬢様はどのお花がお好きなのですか?」
レミリア『ん~…“ヒマラヤユキノシタ”?かな。』
咲夜「ヒマラヤユキノシタ、ですか…意味はなんでございますか?」
レミリア『知らないわ。』
咲夜「えっ?」
レミリア『えっ、なに?』
咲夜「あっ、え?えっと…そちらの本は花言葉が書いてあるのでは?」
レミリア『あぁ…ははっ、違うわよ、これに載ってるのは花の写真だけ。』
咲夜「…では、花言葉、というのは…?」
レミリア『見た目でね。当てずっぽうよ。』
そんな事して楽しいのか?と疑問に思ったが、
お嬢様の能力を持ってすれば当てずっぽうでも案外あっていそうだなと思い直す。
ちらりと見たお嬢様は、じーっと本を眺めていた。
その姿に少し子供らしさを感じつつ、私は再び口を開いた。
咲夜「そうなのですね……では、当ててみて下さいませんか?」
レミリア『良いけれど…咲夜、貴女、知ってるの?』
咲夜「?…はい。」
レミリア『そうなの……ふぅん。』
咲夜「…なにか、問題がございましたか?」
レミリア『あぁっ、え、ないわよ。そっか~と思っただけ。』
咲夜「…そうでございましたか。……それで、あの…。」
レミリア『…ふふんっ、やるわよ、絶対当ててやる。』
咲夜「…左様でございますか。」
レミリア『ふむ。』
小首をかしげ、本を眺めるお嬢様。その紅い眼は鋭く細められ、
薄いピンクの唇は、右側が少し上がっている。
問題などを出された時、お嬢様はいつもこの表情だ。
真剣に考えているものの、お嬢様の頭ではもう既に結果が出ているのだろう。
無意識のうちに余裕の笑みを見せている、というわけだ。
私達の周りでは、サー、と、雨たちだけが音を奏でていた。
それから数分も経たないうちに、お嬢様は顔をあげた。
レミリア『…“秘めた感情”…かしら?』
咲夜「えっ……。」
レミリア『?どうしたの、間違っていたのかしら?』
咲夜「いっ、いえ…その通りでございます。」
まさか、ここまで的確に当ててくるとは。
お嬢様はあまり自分の能力について語る事はないのだが、
これくらいは完璧にみえているのだろうか。
お嬢様は「そうなのね」と笑顔で蝙蝠の羽を上下に動かしていた。
そんなお嬢様の顔を見て、私はなお、気になっていることがあった。
咲夜「お嬢様…なぜ、“その花”が好きなのですか?」
レミリア『ん…?どういうこと?』
咲夜「あっ…いえ。お嬢様は、紅い薔薇を好まれていると思っていました。」
レミリア『う~ん?…まあ、そうだけど、私の中では今、この花がブームなのよ。』
咲夜「はあ。そういうものなんですかね。」
レミリア『そういうものじゃない?』
違う、そういうことを聞きたかったんじゃない。
いや確かにそれに近い意味ではあったのだが。
そういえば、今日は雨だったな。また今度晴れの日、お嬢様の気分が良い時に
散歩にでも誘って話している流れで自然に聞…けたら良いけれど。
まあ、今はもう聞けそうにないし、今日は諦めるか。
「はあ」と軽くため息をつく。お嬢様はそんな私を見て、訝しげな表情を見せた。
レミリア『なあに?何か変なことでも言ったかしら、私。』
咲夜「え?いえ、…特には。」
レミリア『ならそんなため息つかないで頂戴。…心配するでしょ。』
咲夜「お嬢様が私に嫌われてないか、って意味でですか?」
レミリア『?…それ以外に何があるの?』
咲夜「はあ、私が…その、疲れてないかなー、みたいなのじゃないんですか?」
レミリア『なんでそんな当然のことを今更改まって心配するのかしら。』
咲夜「え?」
意味が分からない。お嬢様は私の心配をしていないということ?
お嬢様の気持ちが分からなくて、必死でお嬢様の気持ちを視ようとするけど、
私の目には相変わらずお嬢様しか映っていなかった。
お嬢様はしばらく私からの視線に眉をひそめていたが、やがてゆっくり目を閉じ、
それからゆっくり目を開けて、私に微笑みかけ、こう言った。
レミリア『ねぇ、咲夜…散歩に出掛けない?』
咲夜「え?…勿論、お嬢様が望むなら私もお供させて頂きますが…。」
レミリア『…ふふっ、ありがとう。…雨については、よろしくね。』
咲夜「畏まりました。お嬢様に忌々しい流水を一滴たりとも触れさせはしませんわ。」
レミリア『はははっ!言うわねぇ、咲夜。』
お嬢様は珍しく満面の笑みを見せた。
その表情に慣れない感情を抱きつつ、私はお嬢様に言った。
咲夜「では、参りましょうか、お嬢様。」
◇
レミリア『ん~♪流石、美鈴が管理しているだけあるわね。この庭は。』
咲夜「はあ」
場所を移り紅魔館庭園。見渡す限りの、紅、紅、紅。
その全てが薔薇であり、お嬢様のお気に入りだ。
そしてそのお気に入りを管理する役目を担っているのが美鈴。
彼女は毎日まともに仕事もせず寝てばかりだが、
この庭の剪定だけは、たとえ彼女がどんな傷を負ったとしても彼女がやる。
美鈴曰く、「大切なものは守る」だそうだ。…そう思うのなら、
普段の門番の仕事もしっかりやってもらいたいものだが…。
レミリア『ねぇ、咲夜。これはなにかしら?』
咲夜「?…薔薇、ではないですか?」
レミリア『違うわよ、そんなこと聞くはずがないでしょう?これよっ、これ。』
咲夜「あぁ…これは…ソリダスター、ですね。」
レミリア『お花、なのね?雑草みたいだけど…。』
ソリダスター、か。確か花言葉は…ああ、そうか。この花は、私と似てる…
そして、私が得られないものを持ってるのね。
そんな事を思いながら、お嬢様にそれを説明しようとお嬢様を見ると…。
咲夜「っ?!お、お嬢様…?!」
レミリア『黄色はねぇ…ん?どうしたの、咲夜。』
咲夜「あっ、えぇと、何でもございません…。」
レミリア『そんなわけないでしょ、貴女らしからぬ反応だったじゃない。』
咲夜「…申し訳ございません。」
根元へ続く道を切り裂かれ、生気を無くした花。
つい先ほどまで生きていたそれは、あっけなくその一生を終えた。
お嬢様は自分が殺めたその花を見て、
レミリア『この子は一体どんな意味を持ってるのかしら。』
と一言、呟いた。その意味を、すべて否定した後で。
「この花の意味は?」と、無邪気な子供のような笑顔で、お嬢様はそう聞いた。
いつか、私は彼女に一生を終わらせられるのだろうか。
もし、寿命というもので死なないとしたら、と考えて出て来た、一つの可能性。
私はこの花のように、あっけなく殺されて。
そして、お嬢様はそれを気付かないくらい軽いことと感じられるのだろうか。
まあ、それも定め、というか。運命なのだろう。でも…もしかしたら…。
…無駄は考えは捨てよう。今は目の前のことを考えなければ。
咲夜「その花の花言葉は…“永遠”、“私に振り向いて”。」
レミリア『永遠…ふぅん、それは良いわね。素敵な花じゃない。』
咲夜「そう…ですか?」
レミリア『えぇ。』
お嬢様は満足そうだ。“永遠”という自分の持つことを、
この花が意味していると分かって。
咲夜「…もう冷えてきましたし、帰りませんか?」
レミリア『?どうしたの、今日はやけにつれないじゃない。』
咲夜「そういう気分ではなくて。」
レミリア『ふうん。じゃあ、帰ろうかしら。』
あっさりと歩き出したお嬢様。私はあわてて傘を差しだした。
お嬢様は無言で歩く。そして、館に入ると急にその場に立ち止まった。
「どうしたのですか?」と聞いてみる。するとお嬢様はそのまま、顔を動かさず、
レミリア『ねえ、咲夜。ソリダスターの意味、“私に振り向いて”って…。』
咲夜「!…はい、なんでしょう?」
レミリア『…私のこと、言ってるのかな。』
咲夜「…おじょう、様…?」
相変わらずこちらに顔を向けないので、顔は見えないが。
その肩は、震えていて。お嬢様の事だから泣いてはいないんだろうけど、
でも、なんだか…いつものお嬢様からは感じられない、弱さを、
あの日以来しっかりと見ていないお嬢様の、背中の大きさを感じた気がした。
レミリア『…気付いてくれなくても良いんだ、だけど…っ。』
咲夜「お嬢様…!」
レミリア『“Est-ce que tu m'aimes? ”』
咲夜「!」
レミリア『ごめんね、私、咲夜に嘘ついてたの、…ソリダスター、知ってたのよ。』
咲夜「…そ、そんなっ、こと…。」
どうしよう、自分でも驚くくらい驚いている。焦っている。
この状況に。お嬢様の、“本当の姿”に。
お嬢様が言いたいことは分かってる。でも、分かりたくない。
それを理解してしまったら、このままでいられなくなる気がしたから。
このままで、…人間の、ままで___
レミリア『…咲夜っ、』
お嬢様がこちらを見て笑っていた。いつものように。
でも、いつもよりも、もっとずっと温かい笑顔で。
レミリア『ずぅっと、一緒だよ!』
…あぁ、良いかもしれない。このままじゃなくても。
彼女が、私を愛してくれるのなら。
伝わらない。伝わらなかったはずのこの気持ちを、
お嬢様が受け入てくれるのなら。
嗚呼、お嬢様、貴女のことを___
愛しています。
咲夜さんは、この後どうするつもりだったのでしょうか。
個人的に、結構大事な話として書いたつもりなので、
上手く描けているか心配です。