幻影のエトランゼ   作:宵月颯

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一つの金貨が落とされた。

異界の乱入者と共に。

それは新たな旅路。




第七十七話 『金貨《ワンダラー》』

封印戦争と呼ばれた戦いから更に一か月後。

 

季節は初夏を迎えた。

 

地球を旅立つ者、去り行く者、新たな試みを求める者と別れた。

 

宇宙へと飛び立ったオルファンは新天地を求めて果て無き銀河の旅路へ。

 

繰り返される戦いに対しオービタルリングの防衛設備再改装の決議案が可決。

 

封印戦争時における連合政府内の戦犯への処罰。

 

新たな政府体勢と異星国家同盟とのやり取り。

 

それらの話題が世間を賑わせていた。

 

しかし、目処前に迫る危機を知らないまま…

 

時は静かに刻んでいた。

 

 

******

 

 

程良い初夏の風と日差し。

 

勉学を励むには良い日和の天気だった。

 

 

「どうやら無事に元の立ち位置に戻れたみたいですね。」

 

 

アミューズメントパークを含む大型商業施設にて。

 

施設内の展望テラスタイプのカフェにて無料ニュースを配信するモニターにタッチして話題となっている項目を閲覧するハスミ。

 

話題の項目は大きな字で見出しをアップさせ、主なおススメとして強調していた。

 

ピックアップされた動画にはムルタ・アズラエルの国防総省への復帰の件がキャスターによって説明。

 

一方で戦犯としてロード・ジブリールや暴利を振るっていた軍幹部らの軍事裁判の初公判が行われると報道された。

 

但しこれもトカゲの尻尾切りである事は明白。

 

 

「あの財団、やっぱりトカゲ尻尾切りを…」

「ビスト財団か?」

「はい、正確にはマーサ・ビスト・カーバインが裏で手を引いていたと思われます。」

 

 

現にニナ・パープルトンが所属していた時のアナハイムの社長さん(カッパヘアの)が数日前に暗殺された。

 

今は就任した新社長の下で新たな方針に従って製造行っているって聞いてたけど、向こうも早いですねー

 

 

「あの女性も『男性社会』と言う闇に蝕まれた人ですけどね…」

「己よりも有能な人間ほど妬みの要因となる…か。」

「…アウストラリス。」

「いずれ対峙するだろう、覚悟は決めて置け。」

「判ってます。」

 

 

アウストラリスの言葉に私は呑んでいたコーヒーが酷い位に苦く感じた。

 

私もいい加減、甘さは捨てるべきだろう。

 

 

「ガドライトらとアサキムは如何している?」

「二組はそれぞれ別行動中です。」

「そうか。」

「理由は…聞かないのですか?」

「俺が直接指示した訳でもない。」

「…」

「お前が語った戦いの前だ、戻るまでの間は自由にさせて置け。」

「判りました。」

 

 

ガドライトさん達とアサキムにはこちら側の世界に待機と私達の帰還までの間の自由行動を許している。

 

勿論、諸々やりそうな事を禁止した上であるが…

 

自身らの身に何かあれば独自で動いても構わないと付け加えて置いた。

 

何事も無ければ記憶保持者達が彼らを追う事はないだろう。

 

無限力の監視の力が戻るまでの間に出来得る事をしよう。

 

 

「しかし、ハスミ…俺達の監視が甘すぎではないか?」

「その事ですが…下手にこちらと事を構えるよりマシと思ったのでしょう、ちなみに使用中の偽装IDは小父様の伝手で正式なコードを使ってますのでバレません。」

「小心者…と言いたいが妥当な判断をしたのだな?」

「規模が判らない敵であり、宣言のみで行動を開始していない敵を相手にするよりは目の前の問題を解決する事を選んだ結果ですよ。」

 

 

そもそも監視が厳しいエリアの民間施設で普通に行動していたら間違いなく拘束されます。

 

恐らくはあの狸爺も一枚噛んでいるだろう。

 

あの狸爺め、あわよくば…また漁夫の利でもやらかす気ですかね?

 

正直、こちらが色々と動けば結果的に向こう側に旨い状況になるのは必須だし…

 

逆に言えばこちらへの追跡を少し加減(泳がせるの略)してくれるかもしれませんがね。

 

この状況に関しては有難く使わせて貰いますけど。

 

マジな話でイラっとしました。

 

 

「さてと、予定より少し早いですけど目的の場所に向かいましょう。」

「…何かあったのか?」

「得にはありませんが、念の為です。」

「念の為?」

「予言とは時として早期に若しくは後期に訪れるものです。」

「無限力の介入であれば、動く必要があるのは確実か。」

「はい。」

 

 

私達は一時の暇を満喫した後、目的の場所へと向かった。

 

奴らが現れる場所、カモメ第二小学校へ。

 

 

 

=一時間後=

 

 

イルイ・エデン。

 

現在、本人の希望もありカモメ第二小学校で勉学中。

 

同じクラスの護らと溶け込んで早、三週間が経過した。

 

今日は学校の都合で午前授業のみ。

 

生徒の殆どが下校した頃。

 

掃除当番で残っていたイルイと護、戒道、華の四人が戸締まりされる学校を後に校門前に出た所だった。

 

 

「待って。」

「イルイちゃん、どうしたの?」

「何か来る。」

「えっ?」

 

 

校門前に現れた猿の様な風貌と蛇の様な風貌の怪人。

 

それぞれが『我が主の為。』と答えるとイルイ達を襲い始めたのだ。

 

護と戒道が浄解モードでサイコキネシスを発動させ、逃げ仰せた。

 

騒動に気付き、校外で待機していたボルフォックらと合流。

 

だが、先のサイコキネシスをものともしない怪人達。

 

怪人達の追撃が始まるかと思いきや…

 

 

「…やらせはしない。」

 

怪人の一体を切り伏せるハスミと拳で貫くアウストラリスが姿を現したのだ。

 

 

「お姉ちゃん!」

「ボルフォック、イルイ達を連れて逃げて!」

「しかし!」

「ハスミ、あれは一体!」

「ロサ、キーワードは九十九事件とワンダラー。」

「!?」

「判ったわね?」

「う、うん!」

 

 

ロサはハスミの言葉を察しボルフォックらに撤退を促す。

 

ボルフォックのビークルモードであるパトカーにイルイらを乗せるとその場を撤退した。

 

 

「くそっ、逃がしちまったか。」

「人の妹に何か用かしら?」

「妹?ならオメェでもいいぜ!」

「ハスミ、来るぞ。」

「はい。」

 

熊かトドの様な風貌の怪人が更なる部下を引き連れて現れた。

 

「オレはオロス・プロクスのベラノス兄弟…ドライ・ベラノスってんだ。」

「ご丁寧に自己紹介どうもです。」

「ワリィがオレらと来て貰おうか?」

「嫌だと言ったら?」

「そんなら無理やりだな?」

「ほう、俺からハスミを奪うとな?」

「だったら止めてみるんだな?」

「その言葉、忘れん事だ。」

 

 

戦闘開始から五分後。

 

オロス・プロクスの怪人らで屍の山を築くアウストラリス。

 

その頂点にはフルボッコされたドライ・ベラノスが「膝がぁ…」と唸っていた。

 

 

「口程にもない。」

「…」

「高見の見物を決め込もうとしている様だが、隠れても無駄だぞ?」

 

 

アウストラリスの言葉に反応し校舎内の樹木から姿を表す風船の様なピエロと鬼の仮面を付けた剣士の集団。

 

 

「おや、バレてましたか?」

「お前はジョーカー?」

「ワタクシ、貴殿方に名を名乗りましたかね?」

「?」

「これでも初対面の筈のですが?」

「では、貴方の主ゾウナに心当たりは?」

「知りませんね、ワタクシの主はガディウス様ただお一人だけですが?」

「…(まさか?」

 

 

全くの別人?

 

一体、何が?

 

 

「ハスミ!」

「!?」

 

 

アウストラリスの言葉に反応し接近した一人の鬼の仮面を付けた剣士の剣戟を切り払いするハスミ。

 

 

「えっ?」

 

 

ハスミが剣士の一人と剣を交えた時に見えたもの。

 

それは走馬灯の様に映写機のフィルムに転写された映像の様に脳裏を駆け巡った。

 

それはお日様の温もり。

 

 

「まさか…貴方達なの?」

「おや?お知り合いですか?」

「…」

「それなら好都合です、貴方に悪夢を見せられたのですから!」

「!?」

「どうですか?鬼退治をされていたと言う剣士達と戦えるなんて、悪夢の様でしょ?」

「黙れ…」

 

 

ハスミは最後の一言でプツリと理性の糸が切れたのが理解出来た。

 

その際に周囲に強念の思念が周囲を包んだ。

 

同時に展開していた鬼の仮面を付けた集団は倒れ伏し、ジョーカーもまた焦りの声を上げた。

 

 

「あの…顔が笑ってませ、あべッつ!?」

「黙れ、口を開くな、言って良いのは叫び声と謝罪のみよ。」

「アベベ…へブゥ!?」

「お前達は妹達に危害を加えただけでは飽きたらず、彼らを侮辱した…」

「ブベホッ!」 

 

 

私は捕まえたジョーカーを地面に叩き付け袋叩きの末、モザイク加工な位に連続顔パンをお見舞いした。

 

自分の手が切れようが腫れ上ろうが関係ない。

 

奴が起こした事は私の逆鱗に触れるには十分だった。

 

 

「ハスミ、止めておけ。」

「…アウストラリス?」

「これ以上はお前の手が汚れる。」

 

 

無言でジョーカーの顔を殴り続けていたハスミの手を掴み制止させるアウストラリス。

 

気が付いた時にはハスミの手はボロボロで自分のかジョーカーのか判別出来ない位に赤く染まっていた。

 

ジョーカー自身もヒューヒューと呼吸するだけの虫の息である。

 

 

「折角。」

「?」

「静かに生きられたのに蒸し返されなきゃならないの…」

 

 

やっと掴んだ筈の幸せを壊されなきゃならないの?

 

それを脅かす権利は誰にもない。

 

それなのに…!

 

 

「…(い、いべのぼちに。」

「!?」

「こぼかべはぜっばいに…!」

「待てっ、ジョーカー!!」

 

 

顔面がめり込み呂律の回らないジョーカーは鬼の仮面を付けた集団を回収、一瞬の隙の内に撤退。

 

ハスミの叫びも虚しく悪夢は続く。

 

同時に空間が揺らいだ。

 

更なる転位者達である。

 

先程、アウストラリスが相手をし文字通り袋叩きにしたドライが同じ勢力のメンバーに答えた。

 

 

「アイン…すまねぇ。」

「ア、アニキ!?」

「おや、お仲間でしたか?」

「テメェらか?アニキらをやりやがったのは?」

「何処の馬の骨とも判らない組織にこちらの世界を蹂躙させる訳にはいかないだけよ。」

「おんやぁ?オレらが組織を動かしているって何で分かった?」

「部隊の統率力と各兵員の配備配分に部下の潔さ、そして効率良く動けている。」

「成程、こっちの動きを読んで推測したって訳か?」

「まあ、貴方達が『逢魔』と繋がっている事は判りましたので…」

「っ!?」

「かく言う私も九十九事件の関係者でしたので、まさかと思いましたけど。」

「あんまり知りすぎると痛い目を見るぜ…お嬢さん?」

「…どうでしょう?」

 

 

何だ、あの女。

 

この状況で動じていないだと?

 

こっちの状況を全部把握しきったと思ってるのか?

 

…いや、そういう感じじゃねえな。

 

寧ろこれは『最初から全部知ってます』って顔だ。

 

 

「お前達は戦いを続けるのか?」

「…」

「こちらとしては完膚無きまでに潰す事にしてますので。」

「わりぃがオレも歳なんでな…ここは引かせて貰うぜ。」 

 

 

アイン・ベラノスは分が悪いと悟り負傷したドライを支えて残存する部下と共に姿を消した。

 

その後、オロス・プロクスと名乗った集団が撤退した後の事。

 

今回起こった戦いで転移してきたかつての九十九事件の仲間と新入りメンバーと状況を確認を行った。

 

そんな中で春鈴へ問うハスミ。

 

 

「今度は何が原因ですか?またソウルエッジや黄金の種とか?」

「残念だけど、私達もよく判っていないの。」

「…そうですね、さっき話したアーティファクトの気配は感じられなかったので。」

「ハスミ、今回の転移騒動について何か知っているの?」

「あくまで推測…ここで話すのは不味い事なので私の持つ拠点に来て貰えますか?」

「拠点?」

「天鳥船島…私が管理している拠点です。」

 

 

=一時間後=

 

 

拠点へと転移後。

 

事の経緯を説明する前に春鈴達から今までどうしていたかと尋ねられた。

 

なので包み隠さず、必要最低限の経緯を説明した。

 

同時に物質界で起こった経緯の説明を聞くことも兼ねている。

 

 

「それじゃあ貴方が…!」

「はい、私もガンエデンの巫女の一人でクロスゲート呼ばれる次元転移門を動かせる者です。」

「なら、私達は元の世界に戻れるのね?」

「ええ、物質界の座標は知っているのでそれは可能ですが……何者かの思惑となると話は別です。」

「それは一体どういう事?」

「恐らく貴方達は何者かの手によって意図的にこちら側の世界に転移したと見ています。」

「はっきりとした原因は判らないのね?」

「原因の一つとして、近年…こちら側で発生した次元震と呼ばれる現象によって隣接する並行世界同士の次元の壁が脆くなってしまいました。」

「次元震?」

「文字通り、空間を揺るがす現象で時折その現象に巻き込まれてしまうケースがあります。」

「それじゃあ私達もその現象に巻き込まれたって事?」

「現時点では、そう解釈するしかないですね。」

 

 

クリスの発言から美依と小吾朗も愚痴めいた感想を告げた。

 

 

「話が大きくなりすぎて頭が混乱してきた。」

「確かに、詳しい経緯とすればそちら側の九十九事件も事の発端なので起こるべくして起こったとしか…」

「もう、逢魔もそうだけどオロス・プロクスもいい迷惑ってね。」

「お嬢、いない連中に悪態ついても無駄と思うが?」

「…それもそうねー。」

 

 

小牟との会話と共にハスミはある事を聞き出した。

 

 

「暫く会わない内に主も主でややこしい立場になっとるのう。」

「…小牟、少し聞きたい事があります。」

「何じゃ?」

「物質界や他の世界で眠り病事件が再発した事はありませんか?」

「!?」

「やはり、再発したんですね?」

「主、何で知っておるんじゃ?」

 

 

ハスミは小牟達と他のオロス・プロクスが転移してくる前、ドライ率いるオロス・プロクスの他にジョーカーと鬼を模した仮面を付けた集団に鉢合わせた事を説明した。

 

 

「実は皆さんと再会する前、ドライ・ベラノスが率いるオロス・プロクスの他にジョーカーと遭遇しました。」

「あの風船ピエロ、生きとったんかい!?」

「はい、確認は取れています。」

 

 

同時にジョーカーの様子がおかしい事を説明した。

 

九十九事件の事や対峙した自分達の事を覚えていない事。

 

己の主を『ガディウス』と呼ばれる人物であると語った事。

 

夢を悪夢へに導く為にと最後に語っていた事を話した。

 

 

「それにしてもジョーカーが生きていたなんて…」

「ああ、奴は俺達が九十九事件で倒した筈だぞ?」

「それについてなのだけど…」

 

 

混乱するクロノアとガンツの二人にハスミは推測を説明。

 

 

「あのジョーカーは恐らく並行世界の別人だと思うわ。」

「どういう事?」

「九十九事件で出会ったジョーカーとは異なる別のジョーカーって事よ。」

「あんなのが何人もいるのかよ!?」

「並行世界にはそう言う法則もあるの、存在したりしなかったり思想が逆転していたりと千差万別。」

「あれ?そういえばガディウスって名前…何処かで聞いた事があるような?」

「…本当か?」

「でも、僕もよく思い出せないし…勘違いかも。」

「…(いいえ、勘違いじゃないのよ…クロノア。」

 

 

これは貴方の夢が関係している事。

 

夢の旅人が持つとされる『異の夢』。

 

恐らく、それがジョーカー達が狙っているモノ。

 

どうやら負念の災いはかなり広範囲で広がっているらしい。

 

 

「このまま、奴等を放置する訳にはいかない。」

 

 

零児の言葉に賛同の意思を示すハスミとアウストラリス。

 

 

「私達も出来得る限りの協力をします。」

「いいのか?」

「乗り掛かった船だ、彼奴らを捨て置く訳にもいかんのだろう?」

「私も個人的に調べたい事があるので…」

「判った、宜しく頼む。」

 

 

早い内に解決しないととんでもない事になってしまう。

 

往くべきは揺らぎの国。

 

そして私達の戦いも並行する。

 

 

=続=

 




戦いは変異する。

形を変えて乱入者と共に。

巨獣の王は嘆く。

誰の為に?


次回、幻影のエトランゼ・第七十八話 『聖島《インファント》』


切なる願いを聞き届けよ。

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