幻影のエトランゼ   作:宵月颯

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ふと思い出すのは前世の記憶。

程遠い筈がまるで昨日の様に思い出される。

これは睡蓮が奇跡を目の当たりにする前の記憶。


閑話・参 『過去《カコ》』

突然だが、私の前世での事を話しておきたい。

 

まあ、世話話と思って頂いて構いません。

 

産まれは普通の家庭だった。

 

父と母、歳の離れた兄だ。

 

仲はまあ良かっただろう。

 

そんな中で平穏に育って行った。

 

次第に成長し大人に成り、一人立ちをした。

 

新生活、仕事、趣味。

 

それは静かに過ぎ去っていった。

 

ある事を除いては…

 

 

「お前とは付き合えない。」

 

 

ある日、付き合っていた彼に別れを告げられた。

 

一方的にだ。

 

私は一気に冷めてしまい諦めの様にこう伝えた。

 

 

「そう、元気でね。」

 

 

自分ではあっさりしていた方だ。

 

その後は自宅に戻ると強烈な吐き気と共に台所へ向かった。

 

拒絶、悲しみ、怒り、そんな感情に支配された。

 

吐いて、吐いて、吐き出した末に私は泣きながら笑っていた。

 

何でこんなに無力で情けないんだろう。

 

その後、本調子を取り戻すまで何も口に出来ずにいた。

 

何か口にすると吐き気で戻してしまう。

 

それで一気にやせ細った。

 

数週間程過ぎた頃だっただろうか。

 

同じ職場の同僚が話しかけてきたのだ。

 

 

「ねえ、〇〇〇。」

「どうしたの?」

「彼の事、聞いた?」

「何を?」

「やっぱり知らないか…」

 

 

同僚に詳しく聞いてみると私と付き合っていた彼が新しく配属された新人の子と一緒に居るのを見かけたと話してくれたのだ。

 

それも何人もだ。

 

もちろん私と彼が付き合っている事は同じ部署の仲間なら知っている事だったが…

 

どうやら彼は新人の子に乗り換えたらしい。

 

そう、捨てられたと確信した。

 

そしてまた吐き気だ。

 

同僚の子が付き添ってくれていたが、誰が見ても余りにも惨めで無様な光景だっただろう。

 

 

「彼とヨリを戻したい?」

「全然、多分…見ただけで吐くと思う。」

「そうだよね。」

「うん、もう…誰も愛したくないよ。」

 

 

それが私を現実での恋と切り離す切っ掛けになったのだ。

 

学生の頃に止めてしまった空想に入り浸る様になったのもその頃だ。

 

趣味の一環で仕事の合間に物語を書き綴りフリーの小説サイトに投稿する事で満足感を得ていた。

 

仕事をし空想に耽り外へ出て妄想を膨らます。

 

そんな日々が続いた。

 

 

「〇〇〇、ヨリを戻さないか?」

「は?」

 

 

吐き気が収まり、静かに過ごしていた私の前に現れた元彼。

 

何を思ったのか急に元の関係に戻らないかと迫って来たのだ。

 

 

「実は付き合っていた子がさ、お見合いで決めた相手と結婚するからって言われて別れて来たんだ。」

「それで?」

「お前、まだフリーだろ?だからさ…」

「…」

 

ハッキリ言おう。

 

気持ちが悪い。

 

誰のせいで現実を愛せなくなったと思っているの?

 

お前のせいだろう。

 

 

「気持ち悪い。」

「へっ?」

「二度と近寄らないで…」

「どうしてだよ!」

「貴方の顔を見ると吐き気がするのよ。」

「何でっ?」

「これ以上、付きまとうなら警察呼ぶからね。」

 

 

そうはっきりと伝えて別れた。

 

恋に破れたからって振った相手に戻る調子者などこっちから願い下げだ。

 

だが、職場が一緒なだけに会う確率は多いのだ。

 

朝から晩まで付きまとい。

 

上司に相談して配置換えをしても追ってくる。

 

事情を知る同僚のおかげで彼はその冷たい視線に居たたまれななくなったのだろう。

 

数か月後に辞めて行った。

 

静かになった。

 

筈だった。

 

ある日の事だ。

 

交差点で赤になり、待っていると後ろから押される様な感じが伝わった。

 

 

「えっ?」

 

 

そして。

 

 

キキ―――!!!

 

 

「おい、轢かれたぞ!」

「早く119番、救急車!!」

「俺見たぞ、こいつが押していたのを!!」

「人殺しっ!!」

「警察にも連絡だ!」

 

 

騒がしい音が周囲を満たした。

 

空は青いのに何でこんなに朱いんだろう。

 

ああ、私死ぬのかな?

 

 

「だ…っ…………さ…」

 

 

そこで私は目を閉じた。

 

私は死んだのだ。

 

原因は元彼の不用意な行動だった。

 

車に轢かれそうな私を救ってもう一度ヨリを戻そうとしたが失敗したらしい。

 

ハッキリ言っていい迷惑だ。

 

元彼は周囲の人々の情報と同僚達の証拠で塀の中へ入って行った。

 

歳の離れた兄夫婦も元彼を許せずに殴るの罵倒を加えたらしい。

 

うん、ありがとう。

 

所で?

 

何でそこまで知っているかと言うと…

 

目処前に居る幼女に教えて貰いました。

 

 

******

 

 

昼下がりだろうか桜の大木の下でお絵描きをする幼女がいた。

 

だが、顔は見えない。

 

長い髪の毛で隠してしまっていてどういう顔付なのかハッキリと見えないのだ。

 

 

「わたしはおしえたからつぎにいってね。」

 

 

幼女にそう言われると再び景色が変わった。

 

 

次は夏の海だ、夜明けを迎える空に足元には海の水が漂っている。

 

すぐ下は砂浜の様だったので満潮で海水が入った様に思える。

 

目処前にはガーデンチェアに座ってスマホを弄る少女だ。

 

その子も髪の毛で顔を隠している。

 

 

「貴方は何をしたい?」

「具代的には?」

「そうだね、生まれ変わる場所とか?」

 

 

私はすかさずやりたい事を伝えた。

 

 

「うん、判ったよ。」

「それと生まれ変わる場所にあの元彼が未来永劫惹き合わない様にして。」

「解ってるよ。」

「ありがとう。」

「じゃ、次に行ってね。」

 

 

次は秋を思わせる場所だ、夕方になるかならないかの空模様。

 

落ち葉が散る森の中でベンチに座ってノートパソコンを打つ女性。

 

 

「来たね。」

「次は何を答えればいいの?」

「そうだね、さっきのやりたい事の理由かな?」

「理不尽な思いをしたくない、私自身を見つめ直したい。」

「分かった、最後に彼女に会ってね。」

 

 

最後は月夜に照らされる冬景色だ。

 

切れ雲から見せる月の光とふわふわと散る雪が幻想的で綺麗だ。

 

月明かりに照らされながら手元にあるランプで明かりを灯しており、小さなテーブルに置かれた日記を書く老女が木製のチェアに座っていた。

 

 

「よく来たね。」

「はい、先ほどの女性に言われて…」

「それじゃあ最後の質問だよ。」

「はい。」

「前の世界で生きられないけど後悔はないね?」

「ありません。」

「判ったわ、だけど…これだけは忘れないでね。」

「?」

「貴方の選んだ道は険しくそして理不尽な世界かもしれない、それでも(エニシ)がある事を忘れないでね?」

「はい。」

 

 

そこで私の意識は途切れた。

 

次に目を覚ますと清潔そうな白い部屋だった。

 

そう。

 

新たな生命として生まれたのだ。

 

この世界の住人『九浄蓮美』として。

 

そして来るべき災厄からこの世界を守る為に目覚めた。

 

 

『”     “の巫女(マシヤフ)』として…

 

 

=続=


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