籠の中で子をあやす様に。
子を護る為に踊り続ける。
伊豆基地から飛び立った翌日。
トルコ地区のインジリスク基地へ出向したカーウァイとテンペストそしてカイの三名。
旧戦技教導隊の隊長と部下二名と言う取り合わせである。
三名の出向理由は同基地の新人兵士達への操縦技術の向上と覚悟を付けさせる為である。
L5戦役に空白事件と度重なる戦いで数多くの兵士が死亡した。
その兵士達の生存能力を上げる為に行われている。
******
元上官の手前、カイとテンペストは手を抜かずに旧戦技教導隊流で新人士官達を文字通りのスパルタ訓練を行っていた。
そのせいか、参加していた新人士官達の多くが悲鳴を上げている。
これが初日だけならまだしも既に三日目に突入、シミュレーターでも体力強化の訓練でも手を抜かない二人に絶望すら覚える新人士官達であった。
ちなみに機体は量産型ゲシュペンストmk―Ⅱ、ガーリオン・カスタムのカイ、テンペストのペアに対し新人士官達達は量産型ヒュッケバインmk―Ⅱの配置である。
『ハルーフ1、見境の無い近接は極力避けろ!』
『りょ、了解!』
『ハルーフ3、味方が混戦している…援護するなら敵だけではなく味方の動きも観察する事だ。』
『了解です。」
『ハルーフ4、被弾したぞ…後で基地周囲を4周だ!』
『ひ!?了解です!!』
『ハルーフ2、前にも話したが…むやみやたらに撃ってもこちらには当たらんぞ!』
「了解しました!」
その様子を初日から観察していた基地司令のムスタファとカーウァイの二名。
「中佐、ウチの士官達は使い物になるかね?」
「及第点はあげられませんが、徐々に成長しています…もう少し様子を見ない事には。」
「そうか…」
「先の戦いでも十分戦い抜いた者達ですが、これから先…何が起こっても可笑しくないのが現状です。」
「では、彼らは今度も生き残れる可能性は?」
「その為に我々が訓練に参ったのです、出来得る限りの事はする所存です。」
「後は己自身と言う訳か…」
「私もL5戦役では元部下達と義娘に辛い思いをさせました。」
「…中佐。」
「だからこそ悔いのない道を進む事を選んだのです。」
己の犯した所業。
それが今だカーウァイの中で傷跡として残っている。
何時かは決着を付けねばと囁く様に。
♱ ♱ ♱ ♱ ♱ ♱
その夜、トルコ地区のバーにて。
「ふう。」
「いらっしゃいませ。」
「ショーチュー、出来るかい?」
「私はウイスキーを。」
カイとテンペストは酒の注文をバーテンダーに伝えるといつもの端のボックス席に案内された。
その後、世話話なのかバーテンダーが注文の酒を持ってきた後に話しかけた。
「ここの所、毎晩お二人でいらっしゃいますね。」
「俺と連れは仕事の同僚でな、新人教育でこちらに出張している。」
「そうですか、それならあちらの女性が毎晩一人で飲みに来て居る様なのでご紹介しましょうか?」
「いや、結構だ…追加で何か腹に入れる物を頼む。」
「はい、承りました。」
バーテンダーは注文の酒を置いていくと二人の席を後にした。
「レポートの方はどうだ?」
「まだまだだかアラドに比べれは丁寧な方だ。」
「候補生に選ばれただけはある…か。」
「所でカーウァイ中佐は?」
「中佐は今晩も司令の付き合い酒をされているよ。」
「恐らく、俺達が言いにくい事を司令と酒の席で話している…と?」
「そうかもしれん。」
しばらくしてバーテンダーから追加の注文を受け取ると二人は酒を飲みつつ明日の訓練の相談を交えた。
「テンペスト、彼らはラミア達の技量に追いついていると思うか?」
「ここ数日の訓練で思ったが……無理があるだろう。」
「そうか…」
「きつく言う様で悪いが、何が起こっても可笑しくない状況は続いている…ここで諦める様な輩であるなら軍を去った方が良い。」
「…お前も言う様になったな。」
「義娘の無茶振りよりはマシだ。」
「ハスミか…空白事件で色々と巻き込まれていた様だが?」
「ハスミの厄介事引き寄せ体質が変わる訳でもあるまい、それに自分でそれを受け入れている以上は俺もとやかく言うつもりもない。」
「まあ…その厄介事引き寄せ体質の御蔭か色々と役だった事もあるし、大目に見てるのだな?」
「時折、不安になる事もある……レイラとアンナの様にあの子も失ってしまうのかと思う時が。」
「テンペスト…」
「空白事件の時は運良く助かっただけだ、それが長く続くとは思えない。」
軍人としていつ戦死しても可笑しくない状況。
無事に帰って来たとは言え、それが長く続くとは思えない。
そしてあの義娘が軍を去ったとしても狙われる運命にある。
光龍が話していた例の組織やバラルの行動も気になる。
ハスミがアシュラヤーのマシアフである以上、その力を狙うモノ達が居る事を。
不安すぎると言いたい所だが…
白兵戦においてはあの九大天王や十傑集のお墨付きを貰っている以上は安心でもっと不安だ。
ましてやL5戦役時からの並行世界での旅や異世界セフィーロで得た魔法や念神と言う機動兵装による敵地への単独奇襲攻撃も可能としている。
その件に関してギリアムの諜報部隊へ転属になっているが…
軍内部で噂されている連合政府大統領直轄の特殊部隊の候補の一人に挙がっていると情報もある。
現在の特次副大統領のアルテウル・シュタインベックがL5戦役で戦ったエアロゲイターのユーゼス・ゴッツォである以上は油断出来ない。
「テンペスト、どうした?」
「…少し酔いがな。」
「ゼンガーなら兎も角、お前らしくもないぞ。」
「ああ、疲れでも出たかもしれん。」
「空白事件から碌に休む暇もなかったからな。」
「そんな格好でバーに来て、仕事するなんて……ジャパニーズがワーカーホリックって本当なのね。」
二人で話し合っていた所、一人で飲んでいた美女が彼らに話しかけた。
ちなみにカイ達の服装は軍服ではなく普通のスーツ、海外出張中のサラリーマンと勘違いされている様だ。
「…」
「お邪魔だったかしら?」
「いえ、そう言う訳では…」
「そう…良かったわ、ほら…ここの地区の人って信教の都合でお酒飲めない人って多いじゃない?」
一人で飲むのも飽きたと彼女は話を続けた。
「…失礼ですか、貴方は?」
「私はドナ…ドナ・ギャラガーよ。」
「私はテンペスト・ホーカー、連れはカイ・キタムラだ。」
「そちらはご旅行か何かで?」
「そうよ、ここへ来て一週間位かしら…そちらは出張か何か?」
「ええ、日本から…」
「ここで遇ったのも何かの縁だし、よろしくね。」
「よろしく…」
ドナとカイのやり取りにテンペストは静かに告げた。
「カイ、浮気はいかんぞ?」
「な!?」
「あら?もしかして妻子持ち?」
「ああ、カイと俺も妻子と子持ちだ…そう言う訳でカイを余り揶揄わんでくれ。」
「て、テンペスト…お前!」
「そうなの、私もよ…だから安心して頂戴?」
家族の話に入り、ドナは子供は病院に入院中と世話話をして来た。
そして三人は何かの縁と言う事でその晩だけ飲み明かした。
だが、テンペストだけは静かに状況を見守っていた。
理由は彼女が後日起こす騒動を義娘より伝えられていたからだ。
******
翌日、飲み過ぎたのか軽い二日酔いで軍務に入る事になったカイ。
ホテルに戻った後にテンペストからグレープフルーツ水と二日酔い用のウコン飲料を手渡されていたのでまだ軽い方である。
ちなみにこの取り合わせはよく飲み過ぎて干物になっているエクセレン用にハスミが調べた二日酔い用の対処法だ。
ムスタファ司令から軽く突っ込まれていたが、事前の対処で本日の軍務は難なくこなせていた。
その夜、再びバーに飲みに来ていたカイ。
しかし、先日出遭ったドナと言う女性に銃を突きつけられてしまい…そのまま姿を消してしまった。
更に翌々日、インジリスク地区にてテロ行動が発生した。
カイは廃工場跡地でテロリストと行動していたドナに話した。
「何故、この様な事を!」
「そうね…しいて言うなら神様なんていないって思ったからかしら?」
ドナはL5戦役時に軍の研究施設でマン・マシーン・インターフェイスの研究を行っていた。
だが、その時…エアロゲイターの襲撃に遭い息子は首から下の自由を失ったそうだ。
息子に再び自由を与える為に今の研究機関で成果を上げようとしたが、クビ同然の扱いを受けた。
そして新たなパトロンに鞍替えする為に成果を見せる必要があった。
ここ最近テンペストが調べていた機材強奪事件はドナ達が行ったと証言を得た。
そしてその成果がインジリスク基地へと迫っていた。
「奴の動き、まるで猿の様だ…このままでは。」
「…(やはりTC-OSに頼り切っている彼らでは分が悪いか。」
「カーウァイ中佐、テンペスト少佐、申し訳ないが…」
「我々も迎撃に当たりましょう。」
「…カイ少佐は?」
「奴は別件で不在です、もうすぐこちらへ到着する予定です。」
「分かった。」
インジリスク基地へ潜入した白い特機。
その動きは動物的でまるで霊長類の猿の様な動きで味方を翻弄していた。
このままでは基地の防衛部隊が全滅するのは時間の問題。
ムスタファ司令はカーウァイとテンペストに出撃要請をし迎撃に向かわせた。
出撃準備を終えてカーウァイのアルブレード、テンペストのガーバインが出撃。
その後に続けてカイの量産型ゲシュペンストmkーⅡが出撃した。
「カイ、間に合ったのか!」
「ああ、遅れてすまん。」
「カイが戻ったのなら我々で奴を迎撃する。」
「ブラボー並びにハルーフ各機へ、所属不明機はこちらで相手をする。」
「残りは奴への牽制に回ってくれ。」
「「「「了解。」」」」
「中佐、テンペスト、あの機体のパイロットは…!」
カイは今回のテロ実行者のメンバーであるドナの息子トニーが生体ユニットとして組み込まれていると話した。
何としてでも機体を沈黙させパイロットを救出したいと説明。
「判った、カイと私は奴の動きをテンペストは援護を頼む。」
「了解。」
旧連邦軍では伝説となった旧戦技教導隊の隊長と部下の戦い。
一度は相手を翻弄させるが、徐々に相手の動きも素早くなっており攻撃が当たりずらくなっていた。
「…(やはり、ハスミの言う通り…ウェンディゴに今までのモーションパターンは通用せんか。」
「カイ、お得意の旧戦技教導隊流の近接戦闘術を奴に打ち込め。」
「まさか…アレをやれと?」
「了解しました。」
カイは機体のOSをマニュアルに切り替えた。
「モーション・セレクト、マニュアル。トリガー用設定、ディレイ有り。パターンJM4、リアルタイムアレンジ。」
機体の動きが変わり、カイは機体で構えを取る。
「PTは伊達に人の形をしている訳ではない、その有用性と可能性を教えてやる!」
所属不明機の突進を柔道の構えで捕らえ、そのまま背負い投げを披露。
所属不明機は自らの重みと先程の攻撃によって機体が破損し沈黙した。
「凄い…」
牽制に入っていたパイロットの一人が声を漏らした。
その様子を見ていたパイロット達にテンペストとカーウァイは答えた。
「OSが無かった時代はマニュアルが基本だった、我々は最初からOSに頼っていた訳ではない。」
「今回の戦闘でそれが良く分かったと思う、その経験を忘れない事だ。」
「了解しました。」
戦闘終了後、テロリストとドナは基地の保安課に拘束された。
勿論、彼女の息子も無事である。
事情を知ったカーウァイはカイに『知り合いの伝手だが、再生治療のモニターを息子さんに受けさせないか?』とドナに伝えてくれと話した。
ドナは再生治療の説明を受け、その有用性を知ると一縷の望みがあるのならとその事を了承し保安課に連行されていった。
その後、ドナの息子トニーは極東のJUDA系列の病院に入院する事が決定。
時間は掛かるだろうが、何時か自らの意思で動ける様になった息子とドナが再会するのはそう遠くないだろう。
♱ ♱ ♱ ♱ ♱ ♱
一方その頃。
極東エリア某所にて。
再び念話で会話を続けるハスミと孫光龍。
「お義父さん達の方も終わった様です。」
『それにしても良いのかい、連中を泳がせて置いて?』
「奴らがボロを出すまでは監視を付けて置きます、その後は…」
『煮るなり焼くなり好きにしろと?相変わらずの悪辣だね。』
「お父さんこそ…ほったらかして怨念塗れになった例の旧西暦時代の遺物をどうにかして頂きたいのですが?ま、暴走した元部下の部下がやった事ですし?その躾がなってなかったのは一部お父さんの責任ではないですし?これは目を瞑りましょう。」
売り言葉に買い言葉をした光龍は娘より三倍ほどキツイ毒舌を受けた。
その状況に『痛い所を突くね。』と内心ぼやきつつも静かに流していた。
『……それで次は?』
「頃合いを見て…奴らの『機珠』を奪取して貰えないでしょうか?」
『機珠を?』
「次の戦いで必要となる物です。」
『君の方の技術なら再現は可能じゃないのかい?』
「一から作るよりは奪って浄化した方が早いので。」
『ま、いいよ…後で捕ってきてあげよう。』
「済みません、お手数を掛けます。」
これも布石だ。
大切な人達を護る為の力を生み出す為の布石。
そして私の罪として刻まれる。
=続=
踊る傀儡。
その踊りは死の踊り。
ダンスマカブル。
人の死を糧に傀儡は動く。
次回、幻影のエトランゼ・第四十一話 『傀儡《ミロンガ》』。
これも始まりの予兆に過ぎない。
>>>>>>>
=もう一つの事件=
トルコ地区某所。
とある男性が街中ですれ違った壮年の男性とぶつかった。
声を掛ける間もなく、すれ違った男性はそのまま消えてしまった。
その直後、男性はスーツのポケットに入ったモノに気付いた。
「これは?」
その後、勤務を終えた男性は借り住まいのアパートに帰宅。
ポケットに入っていたメモリーファイルを備え付けのPCで開けた。
そこには一通のメールが添付されており、こう書かれていた。
*****
月の騎士へ。
文月の満月の夜。
悍ましき管蟲の群れによって紫の子の命が奪われる。
阻止したくば文月の弦月の夜までに極東の北の地に帰られたし。
蒼き睡蓮より。
*****
「ブルーロータスからの警告文だと…まさかトーヤの命が!?」
とある男性ことセルドア・シウン。
彼はブルーロータスからの警告文に不信感を持ちつつも息子の命の危機を知らせたメールの指示に従う事にした。
=続=