突然の父親の再婚により、義理の妹が出来た主人公。
 義妹との平和でほのぼのとした生活を期待する主人公。しかし、その義妹は自己中で上から目線で命令をする、女王様気質な妹だった。

 これはいいように使われ色々と苦労する主人公と、女王様気質な義妹の、ほのぼのとした物語である。

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俺の義妹は女王様

 

 

 

 

 

 

 三ヶ月ぐらい前――俺の父親が突然再婚した。

 それは別に構わない。だって何歳になろうが恋愛をするのは自由だ。息子とはいえ、俺に口を出す権利は無いし、当然俺はそれを受け入れた。ただ一つ、再婚をするならプロポーズする前ぐらいに伝えてほしかった。思春期真っ直中の高校生男子としては、新しい母親と接する為の心の準備をする時間ぐらい欲しい。

 しかも、その再婚相手の女性がちょっと特殊なら尚更だ。

 

 父親の再婚相手――その女性は、父と同じく子持ちだった。しかも、俺より年下の女の子。つまり、俺は何も知らない内に妹が出来たのだ。(ちなみに、向こう側は事情を知っていたらしい)

 そんな父の再婚と義理の妹が出来るという二つの衝撃を、夕方のニュースと共に父からサラッと聞かされた時は何が何だか分からなくなり、箸で掴んでいた生姜焼きをだらしなく笑う父の顔に投げつけてやろうかと思った。

 とはいえ、もう指輪まで渡して婚姻届を出したというんだから、俺はその事実を受け入れる事しか出来なかった訳だ。

 

 まあ正直、父の再婚は嫌な事では無かった。男二人暮らしだと色々不便もあるし、コンビニ弁当オンリーの生活にも飽き飽きしていたし、突然とはいえ吉報だった。

 それに、妹が出来るというのも普通に嬉しかった。この十七年間、兄弟も無しで学校でも男友達しか出来ずに、恋人居ない歴が年齢とイコールなのも結構辛かった。

 そんな灰色人生の中で、父が独り身な事もあり、「妹とか出来ないかなー」とか妄想した事は一度ぐらいある。それが現実となるんだから、これで俺の灰色の道に一筋の光が差すんだ――そう、心の底から喜んだ。

 

 

 そして父の衝撃告白の翌日、俺は早速近所の焼き肉屋で俺の母、そして妹になる相手と会う事になった。

 父の再婚相手――つまり俺の母となる女性は、「どうしてこんな人が父に惚れたんだ?」と思うほどの美人だった。

 そしてその娘さん――即ち俺の義理の妹となる女の子も、当然のように美人だった。

 彼女の名前は姫華(ひめか)といい、見事に染められたサラサラの金髪が特徴的な女の子だった。年は俺の一つ下。緊張しているのか、元々なのかは分からないが、口数が少なく大人しそうな印象を抱かせた。

 こんな可愛い女の子俺の妹になるのかと思うと、心の中で歓喜の声を叫ぶ事は不可避だった。

 

 それからは、こんな可愛い子が俺の事を「お兄ちゃん」とか呼んでくれたり、急に出来た兄を溺愛してブラコンになり、最終的には禁断の恋に発展するのでは――と、後々考えると物凄く気持ちの悪い事を考えながら約一ヶ月ぶりの焼き肉を食べ続けていた。

 

 ともかく、これでようやく、俺の人生にも少しは春がやって来る。灰色人生とはおさらばだ!

 

 

 

 ――そう思っていたが、それはすぐにぶち壊された。そう、再婚を気に引っ越した新居で、彼女達との新たな共同生活が始まったあの日に。

 

 

 

 築三十年近いボロボロのアパートから、一年ほど前に出来た真新しいマンションという劇的に変化した自室で迎えた、新居での初日。俺は今まで感じた事の無い緊張を抱きながら、部屋を出てリビングへと向かった。

 俺の父、そして再婚相手の女性も共に働いている身。そしてどちらも朝は早く、既に仕事へ出ている事は分かっていた。つまり、この時にこの家に居るのが、あの義妹だけである事も。

 女子と二人切りというシチュエーションを今まで経験した事が無いのに、その初めての相手が今日から一緒に暮らす義理の妹。俺は一体どんな会話を交わすべきか、寝起きの思考を限界まで回した。

 ここで俺と彼女の関係性や距離感が決まる。もし失敗して最悪の結果になれば、彼女との間に気まずい空気が流れ続ける事になる。そうなれば、父が再び離婚する以外に解放される手段が無くなってしまう。

 

 絶対に失敗する訳にはいかない。ここで「あ、この人なら良いお兄ちゃんになってくれるかも!」ぐらいの好感度は得なければ――そう意気込み、俺はリビングへ続く扉を開いた。

 リビングには予想通り彼女が先に居た。セーラー服に着替え、先に朝食を食べていた。

 その何だか不思議な気持ちになる光景をぼーっと見ていると、彼女もこちらに気付き、トーストをくわえながらこちらへ目を向けた。

 綺麗な青色に輝く、少しキツめな鋭い目に見つめられ、情け無いが言葉が詰まってしまった。

 

 このままではイカン、早く話し掛けて場の空気を和ませなければ――そうは思ったのだが、女子との会話経験がほぼ無い事が原因なのか、言葉が見つからなかった。

 仕方無いのでひとまず喉を潤ませようとキッチンへ向かおうとしたその時――

 

「――ねぇ」

 

 運命の一言が、彼女の口から放たれた――そう、彼女の性格を俺に理解させた、衝撃的な一言が。

 

「お茶」

「…………へ?」

 

 冷ややかな視線を送りながら、冷ややかな言葉を言い放った彼女を、俺は頭を真っ白にして見つめた。

 い、いきなり何を言っているんだ? この子は。

 

「……分かんないの? お茶持ってきてって言ってるの。冷蔵庫に入ってるでしょ?」

「えっ、あ、おう……」

 

 突然の事に驚きを隠せずにいたが、とりあえず彼女の言葉の意味を理解出来たので、言われた通りキッチンに向かい冷蔵庫からお茶が入ったペットボトルを取る。

 しかし、会って最初の発言がお茶ってどうなんだ? 長年暮らしてきた家族ならまだしも、ろくに会話を交わしていない年上にいきなりそんな事言うか普通。

 色々衝撃的過ぎて、頭が混乱しながらも俺はそれを彼女の元に持って行く。

 

「んっ」

 

 すると、彼女は何も言わずそれを受け取り、コップに注いでペットボトルを再び俺に渡し、何事も無かったかのように食事に戻った。

 お礼ぐらい言えよ! つーか目を合わせろよ! 生意気すぎるだろうその態度!

 次々と湧き上がった怒号をなんとか心の内に抑え、俺はとりあえずペットボトルを冷蔵庫に戻して彼女の正面の席に座る――

 

「――ねぇ」

 

 寸前、再び彼女は俺をその一言で呼び掛ける。今度は目すら向けず、スマホを見てる。

 

「テレビ点けてきて」

 

 そして当たり前のように唐突なお願い――というより、命令を出す。それには流石に先のような不抜けた声も出ず、俺は中腰状態のまま彼女を見つめた。

 

「……ここからじゃテレビ見えねーだろ」

「音は聞けるじゃん。早くしてよ、占いコーナー終わるじゃん」

「……お前な、それぐらい自分でやれよ。それに口の聞き方――」

「はぁ?」

 

 俺は正論を言ったはず。言ったはずなのに、彼女は「何言ってんだコイツ」と言わんばかりな顔で俺を見るのみ。

 

「…………」

 

 それに俺はもうどう言い返していいか分からず、ため息をグッと堪えながらテレビを点けに行った。

 なんなんだよ……どうして俺は知り合ったばかりの義理の妹に命令されてるの? なんか分かんないけど心折れそう。

 

『――ざーんねん! 今日最も運が悪いのはおひつじ座! 最悪な出会いが待ってるかも! 強い意志を持って、行動しようね!』

 

 そして点けたテレビから突然告げられる俺の星座である、おひつじ座最下位のお知らせ。

 ……俺が何をしたっていうの。

 

「……はぁ」

 

 よく分からない精神ダメージの連続に、とうとう押さえ込んでいた憂鬱な気分がため息として漏れ出る。

 

「あーあ、占い終わっちゃったじゃん。モタモタしてるから……」

 

 が、そこにも容赦無く襲い掛かる彼女の冷酷な言葉。

 これには流石に俺の堪忍袋の緒が切れた。先の占い通り、強い意志を持って俺は彼女を睨み、思い切り叫んだ。

 

「いい加減にしろ! さっきからなんだ偉そうに命令ばっかしやがって! 何様のつもりだ!」

「はぁ? 何いきなりキレてんのよ」

「キレるだろこんなの! 家族になったとはいえ、遠慮ってもんがあんだろ! ほぼ初対面なのに失礼な事ばっか言いやがって! 大体、お前は俺より年下、一応妹なんだ! 少しは兄を敬え!」

「あんたこそ妹相手に本気で怒鳴ってんじゃないわよ、引くわ。大体ね、私はあんたを兄とは思ってないから。調子乗んないでよ。もしかして、お兄ちゃんとか言って甘えてくれるとかそんな事思ってた?」

「んぐっ……! だ、だとしてもあの言い様はねーだろ! お前は俺をなんだと思ってんだ!」

「なんだと思って? そんなの決まってるじゃん」

 

 そう呟くと彼女は小さく笑い、頬杖をつき、足を組んで、偉そうにしながら答えた。

 

「――下僕」

「…………はぁ?」

 

 彼女は何を言っているんだ? 頭でもおかしいのか?

 突飛過ぎる発言に冗談かとを疑ったが、どうやら彼女は本気らしく、嬉々とした様子で言葉を続けた。

 

「私、ずっと欲しかったのよねー。私の命令を聞いて手足のように動いてくれる、従順な下僕が。でも、学校とかそういうところでは私良い子キャラで通ってるから、そう簡単に行かなかったのよね。でも、ママが再婚して、さらにその相手には息子が居る。この時、私は決めたの。その息子を私の下僕にして、家の中では楽して暮らそう――って」

「な、何言ってんだお前……? つまりあれか? 俺はお前の命令に従う従順な下僕って事か?」

「うん」

 

 と、恐ろしいぐらい真顔で答える。

 

「うんじゃねぇよ! 勝手に決めんなよ! 大体、なんで俺がお前の為にそんな事しなきゃならんのだ!」

「だって、妹の可愛いわがままを聞いてくれるのがお兄ちゃんでしょ? こんな可愛い妹のお願いを受け入れないの? 器が小さいというか、酷いお兄ちゃんね」

「うぐっ……! だからって……」

「うるさいわねぇ……とにかく、あんたは私の下僕なの。これは決定事項。私の命令に従う運命に決まったの。という訳でこの食器洗ってきて」

 

 そう言って、彼女は綺麗に平らげられた食器を俺に差し出す。

 

「ふ、ふざけんな! どうしてこんな……」

「早く。学校始まるわよ?」

「ぐっ……!」

 

 いくらでも言い返せたはず。ここで男としての威厳でも見せれば、何かが変わったかもしれない。

 ――しかし、情け無い事に俺は言い返す言葉が見つからず、その食器を受け取ってしまった。それに彼女は、満足そうに微笑んだ。

 自分がこんなにも情け無い男だとは思わなかった……この十七年間をやり直して、威厳というものを身に付けたい――そう、俺は初めて心の底から自分の不甲斐なさを恨んだ。

 

「フフッ……ありがとうね」

「心の籠もってないありがとうなんていらない」

 

 きっと……彼女は女王様気質というやつなのだろう。自己中で、上から目線で人に命令をする――そんな女王様のような歪んだ性格。

 

「これからもよろしくね、私の下僕(お兄ちゃん)

「…………はぁ」

 

 こうして俺の新たな生活――義妹(女王様)にいいように使われる、最悪の日々が始まったのだった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 そんな最悪な生活の始まりから呆気なく時は流れ――夏休みを迎えた。去年は夏休みは宿題を除けば何もかも最高な期間だったのに、今は違う。

 

 

 

 朝、スッカリ慣れた廊下を進んでリビングに入ると、そこには我が義妹(いもうと)――姫華がソファーに寝そべりながらゲームをしている姿があった。父達は仕事に行ったようで不在。

 

「……おはよう」

「エアコンつけてー」

 

 第一声がそれか――もはやそんなツッコミをするのも馬鹿らしくなり、寝そべる彼女の近くのテーブルからエアコンのリモコンを取り、エアコンを起動させる。

 それにも当然姫華は礼を言わず、ゲームに没頭し続ける。当然だ、彼女にとっては俺が彼女の命令に従うのは当たり前なのだから。

 

 あれ以降も、結局俺は彼女のお願いを聞き続けた。反抗する機会はいくらでもあったと思うが、彼女は俺が言う事を聞かないと滅茶苦茶不機嫌になる。それにより場の空気が悪くなる上、彼女の舌打ちが四六時中家に響き渡る事になる。

 そんなストレスが溜まりそうな空間に居るのが嫌なので、俺は仕方無く彼女のお願いを聞き入れているのだ。……結局ストレスが溜まってるので、何だか無意味な気がするが、それを気にしたらキリが無いので考えないようにしている。

 まあ、彼女のお願いは大抵くだらないちっぽけな事で、無理難題を押し付けてくる事は殆ど無いので、少しはマシなのかもしれない。

 

「あー……腰痛い……ちょっと、背中マッサージしてくんない?」

「……ハイハイ」

 

 だが、こう何度も上から目線で命令されると、流石に色々シンドイ。

 しかし断るとろくな事にならないので、黙って寝そべる彼女の横に膝を突き、彼女の背中を軽くほぐす。

 

「力よっわ……全然気持ち良くないんだけど。真面目にやってよね?」

「…………」

 

 わがままばっか言いやがって……尻揉むぞコラ。

 が、そんな事をしたら110番直行ルートなのは目に見えているので、色々抑えてマッサージを続ける。

 

「あー……もういいや。喉乾いたからお茶取ってきて」

「…………」

 

 何も言わずにスッと立ち上がり、お茶を取りにキッチンに向かう。

 どうしてこうなったんだろうか……本当は「お兄ちゃんだーいすき!」とか言われたり、平和な義妹との生活を望んでいたのに、現実は「さっさと動きなさいよこの下僕」とか言われる過酷な生活……俺が何をしたっていうんだ!

 別に苦行な訳では無いが、このままの生活は何だかいけない気がする。俺とあいつにとっても。でも、どうすればあいつの性格が変わるかも分からない。……はぁ、本当に情け無い。

 

「……ほら、お茶」

 

 コップに注いだお茶をテーブルに置くと、姫華はバッと起き上がりそれを一気に飲み干す。

 

「ふぅ……氷入れてるなんて、気が利くじゃん」

「……どうせ入れなかったら文句言うだろうと思ってな」

「流石。私の下僕としてだんだんとレベルアップしてるじゃん」

 

 こんなに嬉しくないレベルアップがあるだろうか……早く下僕から立派なお兄ちゃんにジョブチェンジしたいよ俺は。

 

「そんな下僕として成長したお兄ちゃんに、新たなミッションを与えてあげる」

「あげるって……何様だよ……」

 

 俺の小さなツッコミを無視して、姫華はサッサとスマホを操作したかと思うと、突然それを俺に渡す。

 

「なんだよいきなり……」

 

 とりあえずそれを受け取り画面を見ると、そこには何かのサイトが映っていた。

 

「何だよこれ?」

「それ、隣町にあるケーキ屋のサイト。そこの夏限定のスペシャルショートケーキが美味しいって評判なの」

「ふーん……で?」

「そこまで言えば理解しなさいよ。買ってきて、三つ」

「はぁ!? なんで俺が!」

「いいじゃん。お買い物出来ない年じゃ無いでしょ? お金は出すから」

「そうだけど……隣町だぞ!? コンビニ程度ならまだしも……しかも今日外猛暑日だぞ!? なんで今日なんだよ!」

 

 しかも今俺は小遣い日前で、金欠状態だ。電車代があるかどうかも怪しい。つまり、移動するならチャリになる。 この店までは軽く一時間半は掛かりそうだ……それを炎天下の中自転車で往復とか軽く死ねる。

 

「私は今日食べたいんだもん。ほら、さっさと行ってきて。買ってきたらご褒美あげるから。余ったお金でお菓子買っていいよ?」

「子供か! ……はぁ、どうせ断ったら不機嫌になるんだろ?」

「そうね。最近リズミカルな舌打ちがマイブームだから、飽きずに何時間でもやれそうよ」

「……ああ、もう! 分かったよ! 買ってくればいいんだろ!」

「流石私の下僕(お兄ちゃん)。じゃあ、お願いね」

 

 既に用意していた財布から千円札を二枚、小銭をいくつか取り出して俺に渡す。俺はそれを雑に受け取り、歩き出す。

 

「あ、もしもちゃんと買ってこれなかったら罰として今日の夕飯白米オンリーにするからー」

「なんだその地味な罰……買い物ぐらい出来るわ!」

 

 そう大声で叫んで早くも体力を消耗させながら、俺は買い物へ出向いたのだった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「はぁ……はぁ……! し、死ぬ……」

 

 家を飛び出して自転車で爆走する事数時間――俺はなんとか生きて隣町のケーキ屋に到着し、自転車を停めてその場に息を荒らしながらしゃがみ込んだ。

 あ、暑過ぎる……おかしいんじゃないかこの気温! ……俺がこんな辛い思いしてる間も、あいつはクーラーがガンガンに効いた部屋でゲームやってんだろうな……チクショウ! どうして俺がこんな目に!

 ――と、愚痴を吐いても何だか辛くなるだけで意味が無いので、疲れた体に鞭を打ち店内に足を踏み入れる。

 

「いらっしゃいませー」

 

 その店員さんの声と共に、店内に吹く冷房の風が俺の全身を包み込む。

 おお……癒やしの風だ……こんなに心が安らぐ空間は久しぶりかもしれん……とっても静かで、落ち着いた――

 

「――ギャー! 生クリームが盛大に落っこちたー!」

「なぁにしてんだ真昼! 久しぶりに手伝いするとか言って来たのに、邪魔しに来たのか!」

「ヒィィィィィィ! ごめんなさいお父さぁん!」

 

 ……前言撤回。スッゴく騒がしくて落ち着かない。厨房で何が起こっているんだオイ。

 何が起こってるのか知りたい衝動を抑えつつ、早くこのやかましい空間から立ち去る為、なんとなく恥ずかしそうな顔をする店員さんに声を掛け、例のケーキを三つ注文する。

 

 ケーキを無事購入出来た俺は、冷房の風に名残惜しい気持ちを抱きながら、灼熱地獄の地へ戻る。

 姫華のお使いを終えた以上、もうやる事は無い。さっさと帰ってしまおう――と思ったが、流石に体力が限界なので、近くにあった自販機でジュースを買って少し休憩する事に。

 その際、ジュース代はケーキ代のお釣りを使った。余った金でお菓子買っていいと言われたし、文句は言われまい。

 

 ケーキを自転車の籠に置き、ジュースを一気に飲み干す。疲れ切った体に炭酸が染み渡る。

 

「ぷはぁ……! 生き返る…………はぁ……」

 

 何だか最近癖になってきたため息を吐き、ジュースを再び喉に流し込む。

 あいつの性格……どうにかならんもんか。抵抗しないこっちも悪いが、今のままじゃ駄目だよな……どうしたもんか。

 

「……ゲッ、もう無いし……」

 

 早くもジュースが空になる。しかしまだ喉は渇いている。仕方無いのでもう一本買おうかと小銭を取り出した瞬間――百円玉が一枚自販機の下に落ちる。

 

「あっ……はぁ、ツイてないなぁ……」

 

 身を屈め、自販機の下を覗き込みながら手を伸ばす。

 しばらくその状態のまま格闘を続けていると、不意にガシャン! という音が響き、顔を上げる。その直後、俺の背後を何かか通り抜ける。

 

「何……って、あれって……俺のチャリ!?」

 

 通り抜けた何かを視界捉えた瞬間、それが俺がここまで乗ってきた自転車に酷似している事に気が付き、慌てて自転車を停めていた方に顔を向ける。そこには、俺の自転車の姿は無かった。

 まさか……盗まれた!? 嘘だろこんな真っ昼間に、しかも持ち主がこんな近くに居るのに!?

 衝撃的過ぎる事に動揺を隠せなかったが、何とか我に返り慌てて自転車泥棒の後を追う。

 

 クッソ……気ぃ抜き過ぎだろ俺! ちょっと離れたとこに自転車停めたけど、盗まれるか普通! というか、あれ盗まれたら色々マズい! もうジュース一本買うぐらいの金しか持ってきてねーし、帰る足がなくなる! しかもケーキ籠に入れっぱなしだし! 買えなかったら俺夕飯白米オンリーだぞ!

 この炎天下の中徒歩で帰って夕飯が白米オンリーなんて、あまりに悲惨過ぎる。それだけはなんとしても避ける為、全力で泥棒を追い掛ける。

 が、自転車の速度に追い付ける訳も無く、どんどん距離が開く。そろそろ見えなくなりそうだ。

 

「はぁ……はぁ……誰かぁ! その自転車止めてぇ! 泥棒ですー!」

 

 藁にも縋る思いで大声でそう叫びながら、俺はその場に膝から崩れ落ちる。

 終わった――もう無理だと完全に諦めた、その時。

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 突然、前方の方から男の叫び声、そしてガシャァン! と何かが倒れるような音が響く。それに肩で息をしながら顔を上げると、数十メートル離れた先に、ぼんやりと俺の自転車を盗んだ男が地面に倒れる姿が見えた。そしてその男の正面には、一つの人影が立っていた。

 もしかして、あの人が止めてくれたのか……?

 俺は慌てて立ち上がり、そこまでクタクタになった足で走る。そこにはやはり自転車泥棒の男が倒れていて、その目の前には少し怖い顔付きの茶髪の女性が立ち、男を見下ろしていた。

 

「たくっ、こんな真っ昼間から泥棒とはなぁ……馬鹿はどこにでも居るもんだ。オイ、この自転車お前のか?」

「えっ、あ、その、そうです!」

「この町はこういう悪党気取ってる馬鹿が多いんだ。気を付けろよな?」

 

 女性は荒々しい口調ながらも、優しく忠告してくれる。

 なんか知らないけど、優しい人みたいでよかった……しかし、どうやって止めたんだ? あの音から察するにかなり派手に転んだっぽいけど……

 そんな事を考えていると、女性は地面にへたり込む男の胸ぐらを掴み、無理矢理起こして男を睨み付ける。

 

「オイお前、これに懲りたら二度とこんな真似すんじゃねーぞ? アタシがまた見掛けたら、今度は背負い投げすんぞ?」

「は、はいぃ! すみませんでしたー!」

 

 そう鬼に出会したような悲鳴を上げながら、男はその場から逃げ去った。

 

「はぁ……根性ねー野郎だなオイ」

「そ、その……ありがとうございました!」

「出会して見過ごす訳にはいかねーからな。ま、今後気を付けろよ。じゃ、アタシはバイトの面接があるんで!」

 

 そう言って、女性は走り去っていった。

 

「…………あっ! そういえばケーキ……!」

 

 バッと視線を倒れた自転車に移し、籠に入ったケーキを取り出して中身を確認する。そこには、予想通りの光景が広がっていた。

 

「こ、これは……」

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「ただいまー……」

 

 何とか家に帰ってきた俺は、ケーキの入った箱を片手にリビングへと直行する。そこには当然、ケーキの到着を待っていた姫華の姿が。

 

「ちょっと遅くない?」

「……ちょっと、色々あって」

「ふーん……ま、ちゃんと買ってこれたみたいだからいいけど。さ、早く頂戴」

「…………」

「……? 何よ。早くしてよ」

 

 姫華は少し機嫌が悪そうに目を据わらせる。それに俺はたまらず目を逸らす。それに姫華は、小さく舌打ちをする。

 ここで躊躇ってても仕方無いか……どうせバレる。堂々と真実を告げて……謝ろう。

 意を決し、ケーキの箱をテーブルに置いて、箱を開く。

 

「なっ……何これ……!?」

 

 箱が開かれ、ケーキの姿が露わになった瞬間、姫華は目を丸くして声を上げる。当然だ、何故なら彼女が頼んだ夏限定のスペシャルショートケーキは――三つがぐちゃぐちゃになり、混ざり合った無惨な形になっていたのだから。

 

「……どうしたの、これ?」

「いや、その……トラブルがあって……こうなっちゃったんだよな……スマン! ちゃんと金は返すから、許してくれない……かな?」

「…………」

 

 姫華は何も言わずに、ぐちゃぐちゃになったケーキを見つめるのみ。そしてしばらくすると不意に動き出し、キッチンの方へ姿を消す。

 やっぱり、怒ってるよな……無理矢理命令された事とはいえ、ちゃんと成し遂げられなかった俺が悪いし。それに多分楽しみにしてたんだろうしな、ケーキ。

 悪い事をしてしまったかと、少し申し訳なく思っていると、姿を消した姫華が何事も無かったようにサラッと戻ってくる。

 そして、彼女はそのままテーブルの前に立ち、キッチンから持ってきたであろうフォークでぐちゃぐちゃになったケーキを刺し、一欠片を口に運んだ。

 

「……うん、結構美味しいね。流石限定メニュー」

「お前……怒ってないのかよ?」

「なんで? 買ってきてくれたのに、怒る理由無いじゃん。お願い聞いてもらったのに怒るほど私は鬼じゃ無いし」

「で、でも……そんなぐちゃぐちゃになってるし、普通……」

「どうせ口の中に入れたらぐちゃぐちゃになるんだし、気にしないよ」

「姫華……で、でも……」

「もう、うっさいなぁ……」

 

 そう言うと姫華は左手に持った何かを俺の頬に当てる。その瞬間、頬にひんやりとした冷気が一気に襲い掛かる。その突然の感覚に、慌ててそれを頬から離す。

 

「冷たっ……! これって……スポーツドリンク?」

「それ、例のご褒美ね。暑い中自転車漕いで疲れてるだろうと思って、コンビニで買ってキンキンに冷やしといたから。ご苦労様」

「姫華、お前……」

「何? 私がご褒美なんかあげる訳ないとか思ってたの? 私、そんな酷い女じゃないわよ。それなりのお願いを聞いてくれたなら、それなりのご褒美はちゃんとあげるわよ」

 

 パクリと、再びケーキを一口食べ、姫華はフォークをくわえながらこちらを向き、ニッコリと笑顔を見せた。

 

「ありがとうね――お兄ちゃん」

「姫華……お前ってやつは……!」

「ちょっ、何で泣いてんのよ……」

「いや、なんていうか……俺、ようやくお前と兄妹になれた気がして……嬉しくって……!」

「うわっ、鼻水まで垂らして汚いなぁ……さっさと拭いてよ。それからケーキ、一緒に食べてよね。こんなに多く食べれないし。夕飯白米だけなんだから、しっかり食べときな」

「おうっ……!」

 

 これまで散々上から目線で命令されてきたけど……ようやく、彼女の良いところが見れた気がする。これが変われるキッカケに――

 

「……うん? 今、何て言った? 白米だけ……?」

「私言ったじゃん。ちゃんと買ってこれなかったら罰ゲームって」

「そ、そうだけどお前これで許してくれたじゃん! ご褒美だってくれたし!」

「それはそれ、これはこれ。少なくともこれは()()()()買えたとは言えないでしょ? だから罰ゲームも受けてもらうから」

「なっ……!? 屁理屈だろそんなの!」

「元々こんなぐちゃぐちゃな状態にしたあなたが悪いんだよ? だからしっかりと罰を受けてもらうから……ね?」

 

 と、姫華は悪い笑顔を浮かべる。

 こいつ……やっぱり変わらん。相変わらずの自己中な女王様気質なまんまだ。……まあ、そう簡単には変わらんよな。

 これからも、続いていくんだろうな……俺と、女王様気質な義妹との生活が。

 

「はぁ……分かったよ」

 

 こうなったら言い返しても無駄だと分かっている俺は、少しでも胃に物を詰めようと、ケーキを食べる為フォークを取りにキッチンへ向かう事に。

 

「――ねぇ」

 

 そんな俺を呼び止める、いつもの声。それに俺は立ち止まり、彼女へ目を向ける。

 そして彼女は、いつも通りに口にする。上から目線な命令を――楽しそうな微笑みを見せながら。

 

「お茶、よろしくね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 色々情け無い兄と、女王様気質な妹のほのぼのとしたお話。
 正直この作品で何を伝えたかったかよく分からないが、思い付いたアイデアを好き勝手に書けたので満足。
 この作品を読んで、少しでも楽しんでくれた人が居たなら嬉しいです。

 ちなみに、主人公の名前は決めてません。自由に決めて楽しむのも、名無しのまま楽しむのも自由です。
 ただの思い付きから書いたからネタが無いので、続きません。(まあ、意外に評判が良かったらサラッと続くかもだけど)

 ここまで読んでくれて、ありがとうございました。







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