俺の周りには普通じゃない人しかいないっぽい   作:からっぽ

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第10話

「ただいま」

「おっ、帰ったか」

 

 客というより、もはや家族の仲間入りみたいになっている俺は普通に高海家の居間に上がることができる。そこでは犬のしいたけと一緒に美渡さんがテレビを見ていた。

 

「あ、そうだ。涼、千歌が帰ってきたら部屋に来いだとさ」

「千歌が?」

 

 俺に? 何の用だろう。

 

「あれ? 涼、お前今千歌のことを千歌って呼ばなかったか……?」

「え、うん」

「あれあれ〜? もしかしてもしかしなくても〜」

 

 美渡さんがニヤニヤしながら接近してくる。あ、悪寒。これはあかん。

 

「じゃ、さっさと千歌の部屋にでも」

「待て待て!」

「ぐえ、ちょ、美渡さん⁉︎」

 

 後ろからがっちりホールドされ、身動きが取れない。てか苦しい。柔らかい。なんかいい香りがする。や、やめてくれ!

 

「ぎ、ギブ! 離して!」

「えー? 逃げない?」

「逃げませんから、だから!」

 

 パッと解放。ぜえ、ぜえ、助かった。

 

「いきなり何するんですか⁉︎」

「ごめんごめん。それよりさ、どうして千歌のこと名前呼びにしたんだ? 教えて欲しいなぁ」

「別に美渡さんが期待してるようなことはないですよ。曜だって名前で呼ぶようになりましたし」

「ちぇっ、なーんだ。ついに千歌にも春が来たのか⁉︎ って思ったんだけどなぁ」

 

 ふふっ、残念ながら私は根っからの梨子好き。どのくらいのレベルでかというと、全身から梨子スキー粒子を散布できるレベル。全然わかんねえ。

 しいたけと一緒に寝そべる美渡さんはそのまま放置し、千歌の部屋に向かう。

 二階にある千歌の部屋の襖の前に立つと、中に声をかける。

 

「千歌? 入るよ?」

「いいよー」

「失礼します」

 

 千歌の部屋。見渡してみると、机と本棚にベッド。まあ普通。ベッドの上の海の生物のぬいぐるみは結構気になるけど。窓側には障子。振り向くと襖にはμ'sのポスターが張ってあった。

 そして部屋の真ん中に置かれた小さな円形のちゃぶ台には山積みのみかん。千歌は座布団の上に座ってみかんを食べていた。

 

「ほら、座って座って」

「あ、はい」

「食べるー?」

「ども」

 

 皮を剥いたみかんを受け取って食べる。甘い。

 

「おいしいな」

「でしょでしょ! 好きなだけ食べてね」

 

 みかんを頬張りながら千歌がそう言う。机の上に置かれたスマホが流すμ'sの動画を見ているらしい。時折鼻歌なんか歌っちゃったり。

 それにしてもこのみかん、甘いな。どうしたらこんなに甘くなるんだろう。東京に住んでた頃のスーパーのみかんと何が違うのか。

 4分程度経ち、ちらりと千歌を見る。そろそろ動画が終わったかなと思ったのだが、今度は次の動画を探しているらしい。っておい。

 

「千歌さん? 呼び出した理由は?」

「ん? あー、そうだよ! さっきね、梨子ちゃんに会ったんだ!」

 

 梨子? ああ、そういえばバスから降りてすぐ、梨子と話してたな。

 

「って梨子に何してんだ、お前! スカートめくり⁉︎ 変態か⁉︎」

「ふえ? あ、あれはつい……」

「つい? ふざけてんのか! 俺だって小1の頃しかやってねえよ!」

「やってたんだ……」

 

 何を当たり前のことを。小学校において、クラスの可愛い子のスカートをめくるのは男子の義務。そしてそれを原因に先生に怒られるまでセット。これが形式美なのだ。

 ただし、小学校低学年の頃に限る。それ以上歳が上がるともうアウト。冗談ではすまなくなるレベル。はぁ、もっと小さい頃梨子にあんなイタズラやこんなイタズラしておくんだった。触ったりとか撫でたりとかetc。

 

「んんっ、とにかく。そういうのはやめろ。梨子も可哀想だろ。……で、何色でした?」

「って、聞くんかい!」

 

 ぺしっ。

 みかんの皮を投げつけられた。なんだ、教えてくれないのか。

 

「千歌のケチ」

「いやいやいや。これじゃ、りょー君の方こそ変態だよ!」

「俺はただ梨子が好きで好きで、だから梨子の全てを知りたい。それだけだ」

「それ、ただのストーカーと同じだよ……」

 

 なん……だと……⁉︎ 俺はただのストーカーだったのか……?

 でも言われてみれば確かに。だって梨子が転校した場所に俺も転校したんだもんな。……あれ、俺はマジでストーカーなのか?

 

「はぁ、どうしよう。やっぱり誘わない方がいいのかなぁ。うーん……まあいっか。ねえ、今度の日曜日って暇?」

「暇っていうか。まあ予定はないけど。でも誘うって? 誰を? 何に?」

「りょー君を、デートに!」

 

 ああ、デートか。あれだよな、男女が二人で仲良くお出かけするやつ。

 

「はっ⁉︎ ええ⁉︎ で、で、で、デート⁉︎」

 

 

 *

 

 

「うーん、いい天気! 絶好のデート日和だね!」

「いや、曇ってるじゃん……」

 

 来る日曜日。天気は曇り。残念ながら晴れませんでした。

 

「ねえねえ、りょー君。デートって楽しみ?」

「デートっていうか……ただ会うだけじゃん」

「わかってないなぁ。大丈夫、私と曜ちゃんは二人でテキトーに泳いでるから、りょー君は梨子ちゃんと仲良く過ごせばいいでしょ!」

 

 千歌が自信ありげに胸を張る。確かに梨子より大きいし、その自信にも納得。……って、違うか。

 というかそもそもだ。

 

「梨子は海の音を聴きたいから潜るんだろ? それを邪魔したらまずいじゃん」

 

 日曜日。何やら千歌と梨子とで約束をしていたらしく、海の音を聴きたい梨子にダイビングをさせるらしい。そしてそれに俺も誘ったと。しかしいいのか、それ。

 

「それに俺、ダイビングなんてやったことないぞ?」

「大丈夫! すぐ潜れるようになるから! ……あっ、果南ちゃんだ! おーい!」

 

 俺らは今、フェリーに乗っている。淡島に向かっているのだが、その沿岸部にウエットスーツを着た女の人が立っていた。果南というらしい。

 髪をポニーテールに結んでいる。ぴっちりなウエットスーツに現れるボディラインはぼんきゅっぽん。やばい、直視できない。

 上陸した後、千歌は俺をその果南さんに紹介した。

 

「凪沙涼君! 浦の星に転校してきた、男子生徒なんだよ! なんか理事長と知り合いなんだって!」

「理事長?」

「うん! りょー君、この人は果南ちゃん! 私の幼馴染で、浦の星の三年生だよ!」

「凪沙涼です、よろしくお願いします、先輩!」

 

 勢い良く頭を下げ、そのまま硬直。え、なんで顔を上げないのかって? この果南さんの格好、刺激が強すぎるんだよ……! 目に毒。

 

「よろしく。まあ、今は休学中だけどね」

「休学?」

 

 一度顔を上げる。でもすぐ目線を果南さんの後ろの木造建築に移す。やっぱり見れない。田舎の子ってみんな大きいんですか、そうなんですか。

 

「家の人が骨折しちゃってね。店の手伝いをしないといけないんだ」

「大変なんですね……」

「あれ、果南ちゃん。曜ちゃんたちは?」

「曜と桜内さんなら、ほら」

 

 果南さんが海の方を指差した。ああ、いた。もう二人ともウエットスーツを着てるよ。その後ろ姿が見える。

 梨子はダイビングの邪魔にならないようにするためか、いつもと違って髪をアップにしていた。新鮮。スラッとした上半身にくびれた腰、柔らかそうな下半身。

 ぼーっと眺めてたら、隣から小声で囁かれた。

 

「りょー君! よだれが出てるよ!」

「え⁉︎ 嘘⁉︎」

 

 慌てて口元を拭うが……あれ、何も手につかない。

 

「嘘だよ〜。もう、そういうの"しかん"って言うんだよ?」

「いや、俺はただ海を見てただけだから!」

「またまた〜」

 

 千歌に肘で突かれる。くっ、あながち間違ってないから強く言い返せない。やっぱり俺って犯罪者予備軍だったのか……?

 

「視姦する人は叱んないと!」

「え……」

 

 オヤジギャク? 千歌って、そういうのを言うタイプだったのか? 反応に困る……。

 

「あ、千歌ちゃんだ! おーい!」

 

 と、向こうがこっちに気付いたらしい。曜が大きく手を振ってくる。ただ、その隣の梨子は手を振ろうとして、下ろした。えっ……?

 

「梨子……?」

 

 もしかして、昨日のことを怒っているのだろうか? それとも何か、別のことが?

 

「さありょー君! 私たちも着替えよ!」

「あ、ああ」

 

 千歌に手を引っ張られるまま、俺はダイビングショップへと向かう。ただ、梨子の表情が目に焼きついた。無理やり笑っているような、そんな顔が。

 ダイビングデート(仮)。雲行きは怪しい。

 

 

 *

 

 

 海上に浮かびながら、俺は曇っている空を見上げる。はぁ。悪い予感は的中した。

 

「くっ……世界がみんなして俺をいじめるんだ……!」

「ほら、変なこと言わないで!」

「離せ、千歌! どうせ、どうせ俺なんか……!」

「ああ、もう! 梨子ちゃん、何か言ってよ!」

「ええっ⁉︎ 私⁉︎ え、えっと……。じゃあ、涼君が潜れるようになるまで、私も潜らないで待ってるね?」

「梨子? 戻ってきてたのか」

 

 俺はうまく潜れませんでしたー。だって仕方ないじゃん! 初めてなんだもん! え、梨子は潜れてるだろって? う、うるさい!

 

「どうだった? 海の音は聴こえた?」

 

 果南さんが船の操舵室から出てくる。この人の特技は操船らしい。高三だよ? JKだよ? すごすぎる。常人じゃないでしょ、あなた。

 その果南さんに問いかけられた梨子は首を振る。何もつかめなかったらしい。

 少し前。俺が潜れないことが発覚した時のこと。千歌が俺の面倒を見て、曜と梨子が潜ることになった。因みに曜さんの案。……だから違うんだけどなぁ……。

 でも海の音を聴けなかった、ということらしい。

 

「じゃああれだ。俺なんかに構ってる場合じゃないよ。海の音、聴いてきなよ」

「そうだね。よし、じゃあ次は千歌も一緒に潜るよ!」

 

 千歌が曜と泳ぎだすのを見送った後、俺は船に上がる。ふう、疲れた。

 と、甲板に座ったところ、まだ潜らずに浮いている梨子と目が合った。梨子は千歌たちを見ては、また俺を見て。それを繰り返している。

 

「行きなよ。こんな体験、東京じゃめったにできなかっただろ?」

「それは涼君も同じでしょ?」

「そうだけどさ。まあ行ってこいよ。俺は待ってるから」

「……そう」

 

 梨子は船から離れると海の中へと消えていった。俺は梨子の消えた跡をただじっと見つめる。

 

「君は潜らないくていいの?」

「果南さん……。はい。またいつか、別の機会でいいですよ」

 

 東京じゃめったにできないとか言ったけど、結局俺らが今住んでいるのはここ、内浦。やりたくなったらまたいつでもできるだろう。

 

「凪沙君、だったっけ?」

「はい?」

 

 果南さんが俺の隣に腰を下ろした。横目で見ると……うわぁ、揺れてる。自己主張が激しい。

 

「どうして潜らないの?」

「それは潜れないからですよ。水中で呼吸とか、どうやったらできるんだか。それに耳抜きってなんですか。意味わかりませんよ」

「そっかぁ。ダイビング、楽しんだけどな」

「俺にとっては全然楽しくないですよ」

 

 正直、梨子がいなかったら即刻帰るレベル。いや、帰ろうとしてもここからじゃ自力で帰れないんだけれども。

 てか、肺の空気を吐き出すとかどうしろっていうんだよ。肺の中を空っぽにするとか、呼吸を止めろというのか。

 

「まあ確かに慣れないうちは難しいよね」

「はい」

 

 海の底には未知の世界が広がっているとか、自然の神秘を体感しようとか。そういう文句をよく聞くけど、実際そんなの話を聞いてる時が一番キラキラしてるんじゃないのか? さっき潜って体が勝手に浮くまでに少し見た感じだと、底は暗くてほとんど何も見えなかった。結局夢見てる時が一番だってこと。現実はそう綺麗じゃない。なんだってそうだ。現実が理想に届くことなんて、そうそうない。

 

「怖いんでしょ」

「えっ?」

「水。怖いんでしょ。だから潜れない」

「そ、そんなこと……」

「ふふっ、動揺してる? 図星かな」

 

 気まずくなった俺は顔を背ける。べ、別に意識なんてしないんだからねっ!

 

「まあ、わからなくもないよ。水中は空気中とは違うからね。普通の呼吸はできないし、体にかかる圧力も違ってくる」

 

 果南さんはここで、船上から海の中へと飛び込んだ。えっ、梯子で降りていかなくていいの⁉︎ あ、慣れてる人はいいのか(適当)。

 果南さんはすぐに浮上してきた。うん、慣れてる。

 

「でも、怖くても踏み出さないと。違う?」

「それは……」

 

 わかってる。怖くても、勇気を出してやらないと何も変わらないって。そんなこと、とうの昔からわかってる。

 ゆっくりと手を梯子に伸ばす。果南さんはおいでおいでと手招きをしている。

 が、俺は手を引っ込めた。

 

「すみません。やっぱり遠慮しておきます」

 

 逃げた。避けた。俺は、また……。

 

「ん……大丈夫。また潜りたくなったら、いつでも声かけてね」

 

 そう笑いかけたあと、果南さんは船の上に戻ってきた。そしてそのまま、操舵室の中へと消えていってしまう。

 

「何もしないと……変わらない……」

 

 そんなことはわかってる。だって……だって、ずっと昔から痛感してきたことだから。

 俺はまだ濡れていた足で乾いた甲板に文字を書いてみる。I love……。

 

「って、無理だよなぁ」

 

 慌ててそれを消す。無理無理。勇気を出すなんて俺にはやはりできそうにない。

 ふと、遠くから笑い声が聞こえてきた。少し離れた海面で、梨子たち三人が笑いあってる。聴こえたのかな、海の音。

 雲の切れ間から射し込んだ光が海面を照らす。俺には少し、眩しかった。





diver's festa vol.1
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