俺の周りには普通じゃない人しかいないっぽい   作:からっぽ

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第14話

 千歌の部屋に戻るとちょうど梨子が帰るところだった。千歌はまだ作詞を続けるということなので、俺も部屋に残って彼女を見守ることにする。

 部屋の外に落ちていたエビの大きいぬいぐるみを抱え、必死に紙に言葉を並べていく千歌を眺める。やっぱり本気なんだな。

 何か協力してやりたいけど、特にやることもない。海未先輩のノートがあれば参考になったかもしれないけど。

 しかし梨子はよく引き受けたな、作曲。スランプに陥ってはずだけど。海の音を聴けたから、なのだろうか。

 わき目もふらずに書き続ける千歌。ここまで熱心にやっている様子を見ると、昔の梨子を思い出す。小さい頃の梨子は髪をツインテールにしていたな。なんかいつも楽しそうにピアノを弾いてた。俺が遊びに行った時も、居候してた時も。どうでもいいことを付け加えると、俺はそれを梨子は可愛いな、とか思いながら見てたと思う。

 目を閉じてみる。

 

 

 

『涼君』

『梨子? どうしたんだ?』

 

 あれは中学二年生頃だったはず。俺は最近できたというその学校のスクールアイドル部を体験に行こうとしていた。A-RISEやμ'sなどのいくつもの伝説たちが巻き起こしたスクールアイドルブームは中学校にまで影響を及ぼしていたのだ。

 

『涼君って、スクールアイドルのことは詳しい?』

『え?』

 

 教室を出る際、急に梨子がそんな質問をしてきた。今までピアノくらいしか興味を持っていなかった梨子が。

 

『詳しいっていうか、ファンだけど』

 

 俺はμ'sのおかげですっかりスクールアイドルにどハマりし、仲間内でもなかなかに有名なオタクになりつつあった。

 

『涼君はスクールアイドルが好きなの?』

『好きだけど?』

『ふーん……そうなんだ。ありがとね! あっ、今日は一緒に帰れる?』

『あー、ごめん。無理』

『そっか……あ、気にしないで! じゃあまた明日』

『あ、うん。また明日』

 

 何がしたかったんだろうと思いながら、俺はスクールアイドル部の部室に向かった。

 

 

 

「りょー君!」

「ん? 千歌?」

 

 千歌の声で、現実に引き戻される。

 目を開いてみると、千歌が俺の目の前で紙をヒラヒラさせていた。歌詞だ。

 

「書き終わったのか?」

「まだだよ」

「なんだ。早く書きなよ」

「わかってるけど……ここまでで書いたので、どこか変なところがないか見てほしいの!」

 

 そう言って強引に紙が押し付けられるので、俺は仕方なく読んでやることにする。

 

「……ここ、変」

「うえっ⁉︎ どこ⁉︎」

「ここ。温度の度が席になってる」

「わっ! 本当だ!」

 

 千歌が慌てて書き直すそれ、小学生レベルなんだけど。

 しばらく歌詞の続きを書いていた千歌だが、急に顔を上げた。

 

「ねえ、りょー君」

「何?」

「梨子ちゃんって音ノ木坂にいたんだよね?」

「そうだけど?」

「どうしてスクールアイドルについて知らないの?」

 

 ……きた。その質問をしてきたか。

 確かに不自然ではある。音ノ木坂といえばあの伝説のスクールアイドル、μ'sの出身地。廃校の危機を救った彼女たちと同じ学校にいたのに、その存在を名前すら知らないというのは確かに変だと思える。

 

「本人に聞けよ」

「聞いたら教えてくれるの?」

「無理だろ」

「でしょ! だからりょー君に頼んでるんじゃん!」

 

 だからって俺が答えないといけない理由にならないでしょうが。

 

「断る」

「おーねーがーい!」

「いいから早く作詞しろ」

「ぶー」

 

 ふてくされた千歌が失敗した作詞案に溢れる床を見た。そして、何かを閃いたらしい。

 

「そうだ、じゃあ勝負しよう!」

 

 ……勝負? なんだかロクでもないものになりそうだな……。

 

 

 *

 

 

「なるほど。落ちている紙を丸めて、この千歌のベッドの上から机の上にあるゴミ箱に投げ入れると」

「そう! 投げ方とか、そういう細かいことは特に縛りなし。場所さえ良ければオッケーだよ!」

「それで? 俺が負けたら梨子のことについて語れと?」

「そう!」

「俺が勝ったら?」

「そしたら……何でもしてあげる!」

 

 ……何でも、だと? それってあんなことやこんなことをしてもいいってことなのか? その梨子より豊満な身体をだな……。

 

「だが断る!」

「ええっ⁉︎ だって勝てたら、千歌の今あるお金を全部入手できるんだよ?」

 

 ……え、そっち? お金かい。君は思春期の女の子だよね? 小学校低学年の女の子ではないよね? 少しは男子の危険性について知るべきではないだろうか。

 

「じゃあ……そうだ! そういえばこの間、体育の授業の後に梨子ちゃんの着替えを動画に収めたような、収めなかったような」

 

 千歌がスマホを取り出して俺の前で操作し始める。り、梨子の着替え……? 梨子の生着替え映像だと?

 ……はっ! だ、ダメだ。ダメだ、そんなものに釣られるな!

 

「そんなんで俺が引っかかると……」

「あ、これこの間のダイビングの時の写真だ! ウエットスーツを着た梨子ちゃんの写真だよ!」

「よし、その勝負受けて立つ!」

「……りょー君って単純だなぁ……」

 

 何とでも言え。それくらい俺は梨子が好きなんだ。もはやストーカー。どうも、犯罪者予備軍です。

 

「さっさとやろうぜ。先攻はもらうぞ」

「いいけど」

 

 俺は床に落ちていた紙を一枚拾い、クシャクシャに丸める。そしてフリースローの構え。左手は添えるだけ。

 

「よっ」

 

 軽く紙玉をトス。ポーンと浮かび上がった玉は放物線を描き——

 ポトッ。机の上に置かれたゴミ箱の少し右に落ちた。

 

「ああ、惜しいな」

「まだまだだね。見てなよ、私は一発で決めるから!」

 

 千歌は一旦ベッドの上から下りると、机に向かう。すると、ゴミ箱の向きを変えた。横倒しにし、口がベッドの方に向くように。

 

「何するつもりだ?」

「まあまあ。見てなって」

 

 千歌はベッドの上に立つと、紙玉を持った右手を左手で覆う。そしてそれを腰の位置まで引きつける。あれ、これって……。

 

「やあ!」

 

 ガコン!

 ソフトボールのように腕を一回転させてから下投げした紙玉は、吸い込まれるようにゴミ箱の中へ。う、嘘だろ……。梨子の生着替え動画……。

 

「はい、私の勝ち! じゃあ教えて?」

「……わかったよ」

 

 俺はベッドに腰を下ろす。千歌も同じように隣に座った。

 

「梨子は昔からピアノが上手でさ、中学に入ってから作曲もやり始めたらしいんだ。それである日さ、同じクラスのスクールアイドルをやってた女子に楽曲を提供したいって言ったんだって」

「梨子ちゃんが?」

「そう、自分から。それで数週間かけて作ったんだ、梨子は」

「ほへ〜、やっぱり梨子ちゃんってすごいんだね。でも、なんで?」

「それは俺も知らない。今までなんの興味も示さなかったのに、急にスクールアイドルの曲を作るんだーって。でも、完成した曲はゆったりした曲調でさ。どうやらスクールアイドルをやってた子たちはあまりそれが気に入らなかったらしくて。それで……」

 

 それ以来、スクールアイドルを避け続けていたわけだ。結局梨子がどうして急にスクールアイドルの曲を作ろうと思ったのかは今もわからずじまいだが。

 

「そう、なんだ……」

 

 話は千歌が思っていたよりは重かったようである。少し俯いて考え込んでしまっている。

 

「私、作曲を頼まない方が良かったのかな……」

「そんなことはないだろ。だって最初は断ってたけど、梨子が自分でやるって言ったんだから」

 

 そう。どういうわけかわからないけど、梨子は再びスクールアイドルの曲を作る気になったらしい。

 

「まあ、だから。千歌が気にすることはないって」

「そうなのかな……」

 

 元気のない千歌。らしくないな。もっとはっちゃけてないと、千歌らしくない。

 

「そうだよ。さてと。そろそろ部屋に戻るよ。千歌も作詞に詰まったんなら、一度風呂にでも入ってサッパリしたら?」

「うん。ありがと。そうする」

 

 俺は部屋を出ようとして、あることを思い出す。

 

「ところでさ、梨子のウエットスーツの写真だけでもくれたりしないかな?」

「え? あ……あれ、実は撮ってない」

「……じゃあ、ど」

「あ、動画もだよ」

 ……。

 

 

 *

 

 

「ちくしょー、詐欺師。嘘つき。千歌のバカ」

 

 部屋に戻った俺は数十分間以上にも及んで床をゴロゴロ。人の恋心を悪用する奴は馬に蹴られちまえ。

 

「まあ、これで千歌と俺は仲間だな」

 

 ペテン師紛いとストーカー紛い。ほら、仲間っぽくね?

 

「ごめんよぉ、梨子」

 

 俺はどこに住んでるのかわからない梨子に向けて謝る。勝手に過去の話を喋ってしまったからな。これは煩悩にまみれた俺の責任だ。どうしよう、出家でもしようかな。この辺に良い寺はないだろうか。

 

「……ん?」

 

 気のせいだろうか? どこからかピアノの音と誰かの歌声が聞こえてくる気がする。もう夜だぞ? 近所迷惑だな。

 

「これは……ユメノトビラ?」

 

 さすが、俺の耳。この歌がユメノトビラだということも判明した。あとこの歌声。よく聞いたことがあるな。そうそう、小さい頃から音楽の授業とかで聞いてた歌声に似てる……って。

 

「梨子⁉︎」

 

 俺は慌てて障子を開け、部屋のテラスに飛び出す。音源は隣の建物からだ。しかし悲しいかな、この部屋からだと何もわからない。

 

「そうだ、千歌の部屋なら……」

 

 俺は部屋を飛び出すと急いで二階へ。そして、千歌の部屋の襖を断りなく開ける。

 中には風呂上がりなのか、頭にタオルを巻いたままの千歌がいた。千歌はちょうどベランダへと出ようとしているところだった。

 

「涼君?」

「千歌! 聞いたか?」

「「ユメノトビラ!」」

 

 俺らは揃ってベランダへ。そして見つけた。窓の開いた暗い部屋でピアノに向かう女の子を。

 

「梨子」

「梨子ちゃん!」

「えっ? ええっ⁉︎」

 

 千歌の家のすぐ隣。そこは梨子の家だったらしい。そして偶然にも、千歌の部屋と梨子の部屋のベランダは向かい合っている。

 

「今の、ユメノトビラだよね!」

「そうだけど……ちょ、ちょっと待って。どうして⁉︎」

「どうして? ああ、ここ私の家なんだ。隣だったんだね、驚いたよ」

「そうじゃなくて!」

 

 梨子がビシッと俺を指差した。

 

「どうして涼君が、そこに?」

「どうしてって。ここに住んで——」

「言わなくていいっ!」

 

 梨子が耳を押さえてしゃがみ込んだ。その姿が見えなくなる。

 

「同棲だ……同棲だ……同棲だ……」

「い、いや。梨子。俺はただの旅館の客というかなんというか。とにかく、千歌とはそういう関係じゃない!」

 

 とりあえず弁解してみたものの、梨子からは何の反応もない。不安になってきた頃、声が届いた。

 

「高校に入ってから……何もうまくいかなくて。全然楽しくなくて。ここに引っ越すことになった時は、もうダメなのかなって思った。でもね、希望が見えたの。変われるんじゃないか。もしかしたらって。でも……そう思ったのに、結局苦しいままなの」

「梨子……」

 

 梨子の気持ち。やっぱりずっと苦しかったんだ、梨子は。()()()()()()()()()()()

 

「ねえ……私はどうしたらいいの?」

 

 梨子が顔を上げ、こちらに問いかける。それに千歌が答える。

 

「やってみない? スクールアイドル」

「無理だよ。私には……」

「大丈夫。やってみて変われるかもしれない。そしたらまた弾けばいい。諦めることなんてないよ」

「失礼だよ。本気でやろうとしてる、千歌ちゃんに。だって私の理由なんて……」

「梨子ちゃんの力になれるなら、私は嬉しい。みんなを笑顔にするのがスクールアイドルだもん!」

 

 千歌が手すりに足をかけ、梨子へと手を伸ばす。

 

「やっぱり、ダメだよ。私はスクールアイドルに向いてないの。地味だから。私も、私の作る曲も。私にはあんなすごい曲を作れる自信はない」

 

 再びしゃがみかける梨子。その姿が、再び隠れて——

 

「そんなことない!」

 

 俺は叫んでいた。意識したわけではない。気付けば声が出ていた。

 

「りょう……くん……?」

「そんなことない。梨子がスクールアイドルに向いてないわけない。梨子。俺が曜に衣装を見せてもらった時、最初に思い浮かべたのは何だと思う? それを着た梨子なんだよ。俺は梨子を最初に思い浮かべたんだよ! それに曲だって。梨子の作る曲、俺は好きだ。大好きだ! μ'sと同じ曲を作る必要なんて、ないんだよ!」

「涼君……」

「俺は見たい! スクールアイドルとして輝く梨子を!」

 

 言った。言い切った。これが俺の気持ちなんだ。やっと、伝えられた。さすがに告白はまだできないけど、でも。

 梨子が立ち上がった。

 

「私もやってみたい。スクールアイドル。涼君は……見ててくれる?」

「当たり前だろ。俺は梨子の幼馴染なんだから。昔も今も、これからも、梨子のそばに居続ける!」

「幼馴染……そうだね」

「りょー君、このまま告白しちゃう? ひゅーひゅー」

「べ、別にそういうつもりじゃ!」

 

 千歌が梨子に聞こえないくらいなら小声でからかってくる。落とすぞ。

 一方、向こう側では梨子が手を伸ばす。しかし、千歌の手には届かない。

 

「やっぱり届かないね」

「待って! ダメー!」

 

 千歌がさらに身を乗り出す。お、おい! 落ちるぞ!

 

「千歌、さすがにそれはまずいって!」

「大丈夫だよ」

 

 千歌を止めるために腕をつかもうとした俺の手を、千歌が逆に握りしめてきた。

 

「千歌?」

「信じてるもん。りょー君が支えてくれるって。私たちを!」

「千歌……ったく、どうなっても知らないからな!」

 

 俺は空いているもう片方の手で千歌の足を掴み、落ちないように支える。結構腕がきついぞ、これ。

 

「あと、少し……!」

 

 千歌と梨子がさらに身を乗り出し、そして——

 

「届いた……!」

 

 千歌の指と梨子の指。それが宙で触れた。——届いた。

 満面の笑みを浮かべる梨子。月明かりに照らされるその顔は綺麗で。

 

「届いたよ! 届いたよ、りょー君!」

 

 千歌が嬉しそうにこちらを振り向き、笑った。その無邪気な笑顔に、一瞬だけドキッとさせられる。悔しいことに。

 千歌、曜、そして何と言っても梨子。

 どうやら俺の周りには魅力のある人しかいないっぽい。







キモチノユクエ
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