「というわけで、私が新理事長の小原鞠莉よ。気軽にマリーって呼んでね!」
俺らはその後、学校の理事長室に連れていかれた。なぜ呼び出されたのかはまだ不明だが、とりあえずマリーさん(理事長)が自己紹介をする。
「紅茶飲みたい?」
紅茶? 飲みたい飲みたい。HTT! まだ放課後どころか授業前だけど!
「飲みt」
「新理事長!」
千歌に遮られた。ええ……。紅茶、飲まないの?
「ノンノン。マリーだよ!」
「でも」
「マリーって、呼んでほしいなぁ」
「ま……マリー。その、制服は?」
さすが千歌ちゃん、ナイスだ千歌ちゃん。たぶんこの場にいたみんなが疑問に思っていたことを代弁してくれた。
この小原鞠莉さんが理事長だということは知っていた。この人の権力で俺は今、ここにいるし。……あれ、ということは俺はこの人の意思一つで退学?
ま、まあ。それは一旦おいといて。問題はこの理事長が浦の星女学院の制服を着ていることである。それってつまり……。
「この学校の生徒、ってことですか?」
「Yes! 私、三年生なの。リボンの色、合ってるかしら……?」
マリーさんが着ている制服のリボンの色は緑。たしか生徒会長も同じ色だったから、合っているんだろう。
「生徒兼理事長って……。そんなのあり?」
「まあ、カレー牛丼みたいなものね!」
「例えがよく分からない……」
梨子の言う通りだ。もっといい例えを用意してほしい。例えば、ビーチ・スケッチ! みたいな。ほら、誰のことだかすぐにわかるだろう?
「分からないの〜?」
理事長が梨子に詰め寄る。あ、ずるい。俺も梨子とそれくらい接近したい!
「わからないに決まってます!」
ぐいっとマリーさんが反対側に引き寄せられる。そう、実はこの理事長室には俺らの他にもう一人。この浦の星女学院の生徒会長、黒澤ダイヤである。
黒髪ロング、前髪パッツン。口元のほくろが目立つ。梨子と同じで綺麗な長い髪を垂らした彼女は、目尻をつり上げて立っている。
「どういうことなのか、説明を」
「おー! ダイヤ久しぶりー!」
自分で部屋に呼んでおきながら、理事長はそんなことを言うと生徒会長に抱きついた。そのままあっちを撫でたりこっちを撫でたり。うわぁ、やはり過激なスキンシップ。そういうことを平気でできる度胸が羨ましい。何が必要なんだろう。慣れ? よし、じゃあ俺も明日から梨子に実践だ!(口だけ)
「随分大きくなってー」
「触らないでいただけけます?」
「まあまあ。そんなつれないこと言わないでよ、ダイヤ。私とダイヤの仲じゃない」
嫌がられても理事長は生徒会長の体を触り続ける。この二人、昔からの知り合いらしい。幼馴染だろうか。いいなー。俺も幼馴染とそんなスキンシップをとってみたい。
「相変わらず、その性格は変わってないようですわね……」
生徒会長の言葉に理事長が顔をしかめる。が、すぐにニタッと笑う。あ、これは何か企んで……
もにゅっ。
「ダイヤも、胸は相変わらずみたいね」
も、揉んだ……。
「ッ! やかましいっ! ……ですわ」
一瞬だけ生徒会長がひるむ。が、すぐに理事長に噛みつく。
ところで生徒会長の胸のサイズ。ぱっと見、梨子と同じくらいだと思うんだ。これはとあるμ'sの衣装担当によって鍛えられた俺の目測だから、おそらく間違いはない。
その梨子と同程度の胸を、相変わらずって。それ、相変わらず普通って意味だよな。そうなんですよね? たしかに鞠莉さんは相応に大きいけど。いや、本当にすごいな。
まあ、でも? 何事も適度が一番なんですよ。そう、だから梨子が一番。
「一年生の時にいなくなったと思ったら……どうしてこんな時に戻ってきたんですの」
「シャイニー☆」
は、話聞いてない……。まあ、この人らしいっちゃらしいんだけど。まだ知り合って間もないのに、マリーさんの性格がよくわかる気がする。
「人の話を聞かないのも、相変わらずなようですわね……!」
「あはは……イッツァジョーク」
「ならばどうして戻ってきたのか、聞かせてくださいな」
「実は……」
ふと、マリーさんが俺を見た。え、なんだろう。俺が理由? はっ⁉︎ まさか俺がこの学校でやらかさないか監視をするために⁉︎ 俺が女子に手を出した瞬間、この人によって退学させられるとか⁉︎
「ある話を聞いたの。それは、恋するボーイの話……」
……ん?
「この学校に、ある男子高校生がいました。その子を仮に少年Aとしましょう。うん、そうね。これでプライバシーは守れるわ!」
「いや、ちょっと待って。この学校の男子ってもう限られて」
「しーっ! りょー君、静かに!」
何やら興味津々でマリーさんの話に耳を傾ける千歌に注意される。いや、千歌だけじゃない。曜も、梨子も、真剣に話を聞いている。……いや、あのさ。梨子や曜はまだしも、千歌。あなたは知ってるでしょうが。
「そのボーイには好きな子がいる。とってもとってもラブなの。でも、そうね。ラブラブ、かどうかはわからないわ。少なくとも、本人はそうは思ってないみたい」
「へえ。この学校に通う男子生徒が、ねえ?」
曜がニヤニヤしながら見てくる。くっ、なんだ、その笑みは。むかつくぞ。というかマリーさん。それ、プライバシーの保護になってない……。
「もう、私、彼の話を聞くたびに笑……エキサイティング! な気持ちになっちゃって」
ちょっと? 今笑えるって言いかけませんでした? 言いかけましたよね?
「それで、応援してあげようって思ったの」
「え、それってつまり……」
俺の恋を応援してくれるのか? 理事長が? おお、強力な味方がつい、
「イッツァジョークッ!」
「……」
ジョーク……。俺はまだ、この人のことがよくわかってなかったみたいだ。
「そろそろ本当の理由を聞かせてもらえます?」
「この学校にスクールアイドルができたって聞いたから。ダイヤに邪魔されて困ってるんじゃないかなぁって思って」
「え! それじゃあもしかして」
「イエス! このマリーが来たからには心配は要りません!」
マリーさんが小型のノートパソコンを見せてくれる。あ、この画像。これってアキバドームじゃないか?
「デビューライブはアキバドゥームを用意してみたわ!」
「き、奇跡だよ……!」
ま、まじか。アキバドームって、あのμ'sがライブをやった場所だよな? そういえばμ'sのみんなは海外に行ってたよな。羨ましい。俺は行ったことない。まあ、初めては梨子のためにとっておくからな。初めての海外は新婚旅行、これ絶対。……一生行けなかったらどうしよう。魔法使いにでもなっているのかも。
しかしマリーさんのことだ。これもどうせ……。
「イッツァジョーク!」
「ジョークのためにわざわざこんなものを用意しないでください……」
「まあ、実際は——」
*
「体育館……?」
「ええ、そうよ」
マリーさんが使用許可した場所。それは体育館だった。
「使っていいんですか?」
「イエス。ただし、条件があります」
条件か。そりゃ、ただってわけにはいかないよな。
「この体育館を満員にすること。満員にできれば、スクォーアイドー部を正式な部として認めます」
「満員にできなかったら?」
「その時は、あなたたちは解散。そして……」
ビシッ。マリーさんが俺を指さした。ん? 俺?
「凪沙涼。あなたにはこの浦の星女学院を退学になってもらいます」
……はい? 冗談でしょ? もしくは俺の耳が聞き間違えたのか。いや、それはないな。俺の耳は有能だから。俺は難聴系じゃないんで。
しばらくの間、広々とした体育館に沈黙が流れる。みんな待っているのだ、マリーさんがまたイッツジョークって言うのを。
しかしマリーさんは何も言わない。ただニコニコしているだけ。……本気なのか?
そして俺らの黙り込む理由に気付いたのか、マリーさんが付け加えた。
「冗談ではないのよ?」
「どうして涼君が退学なんですか!」
真っ先にマリーさんに詰め寄ったのは梨子だった。
「どうしてって……んー、なんとなく?」
なんとなくって、まあ深い理由なんてないんだろうけど。というか、俺を退学ってそれ梨子との恋を応援してないじゃないですか。むしろ邪魔してない? ……あっ、ジョークだったんだっけ。
「でもノープロブレム! ちゃんと退学した場合には沼津の高校に通えるように」
「そういう問題じゃありません!」
いつになく強気に出る梨子。なんかスクールアイドルを始めてから元気が良くなったよな。水を得た魚みたい。梨子は何を得たんだろ。
「えー、そうかなぁ? わたし的にはガールズスクールに一人だけボーイがいる方がプロブレムかな、なんて」
「そ、それは……」
って、あなたが編入したんでしょうが。なんでそんな、俺がやらかしたみたいになっているのさ。責任転嫁ですか? いや、俺に嫁ぐのは梨子だけで十分なんで結構です、そういうの。
「で、どうするのかしら?」
マリーさんの問いかけに、三人の視線が俺に集まる。まあ、俺の答えは決まってるけど。
「俺は構わないですよ」
「えっ、いいの?」
「ああ」
「良くないよ!」
「りょー君が退学になっちゃうかもしれないんだよ?」
退学になっちゃうかもって。そりゃ満員にならなかったら退学らしいけどさ。
「お前ら、満員にならないことを前提にでもしてるのか?」
そんなネガティブな。このスクールアイドルには梨子がいるんだぞ? 満員くらい、余裕だべ。まあ、ポジティブに考えろなんてどの口が言うんだって話だけど。俺ももっと前向きに考えないとダメなのかなぁ……。
「前向きに……か。そうだよね、うん! ありがとね、涼君!」
納得顔の曜が頷きながら俺の手を握った。あ、うん。どういたしまして?
「じゃあ曜ちゃんは体育館ライブに賛成?」
「うん。千歌ちゃんは?」
「やりたいけど……でも……」
「構うなって。俺は信じてるからな」
梨子がいれば満員になる。間違いない。
「じゃあ、スクールアイドルやめる?」
挑発的な曜の言葉に、千歌はムッとする。
「やめない! そこまで言うんだったらやるよ。他に方法もないし」
「だよね。梨子ちゃんは?」
残るは一人。ビーチ、スケッチ、さくらうち。
「私は……」
梨子が目を伏せる。ふっ、幼馴染の梨子の考えていることなんてのは手に取るようにわかる。ライブはやりたいけど、俺に迷惑はかけたくない。まあ、それ以外にないよな、うん。誰でもわかることでした。
「梨子。ライブ、やりたくないのか?」
「やりたいけど……」
「じゃあ、やろうよ! 理事長が体育館の使用許可をくれて、涼君もいいって言ってるんだよ?」
「でも」
梨子と目が合った。
「涼君は、本当にそれでいいの? 退学になっちゃうかもしれないんだよ?」
「梨子……」
本当、優しい子だよな。改めて自分の好きになった子の良さを感じる。本当、俺にはもったいないくらい(付き合ってない人がこのセリフ言うなよ)。その梨子と違う学校に通うことになる、かもしれないわけだ。確かにそれは嫌だ。
でも。でも、これはあくまで俺一人の気持ちなわけで。彼女たちはスクールアイドルとして輝きたいと思ってるわけで。そのためには機会が必要で。
「別に俺はいいよ。どこの高校に行ったって、そこまで変わることなんてないだろうし。それに沼津ってこの辺では比較的都会なんだろ? 大丈夫、楽しい高校生活を送れるよ」
「そう……なんだ。じゃあ、私も……賛成で」
「それじゃあ行うってことでいいのね?」
「はい!」
マリーさんが体育館を去っていく。それを眺めていたら、後ろから肩を叩かれた。
「りょー君、本当ありがとう! 私たち、絶対にりょー君を退学にはさせないよ!」
「まあ、そう気負うな。普通に頑張ればいいよ、普通に」
「涼君……ごめんね」
「気にするなって」
「りょ——」
「あー、悪い。ちょっと先に教室行ってる」
「あ……」
俺は急ぎ足で体育館を出ると、教室棟へは向かわずに体育館の角の方へ。階段の影に腰を下ろすと、溜息が漏れる。
信じるって、言ったのに。信じきれてないじゃないか。沼津の学校に行く話をしてしまった。
それに嘘までついた。この学校を退学になっても平気? そんなわけあるか。梨子と同じ学校じゃなくなるとか、それだけで青春の価値がダイヤモンドからその辺の石ころに変わるんじゃないか?
「どうしたもんかなぁ……」
「今ならまだ、なかったことにもできると思いますわよ」
「そうですかね? ……って、生徒会長⁉︎」
いつの間にか階段に生徒会長が立っていた。き、気付かなかった……。
「本当によろしいんですの? あなた、この学校の生徒に恋してるんでしょう?」
「あれはマリーさんの戯言ですよ」
なんて。たぶん俺の母親から聞いたんだろうな。余計なことをしてくれるよ、まったく。
「それと。俺は発言を取り消してもらったりはしませんよ。男に二言はありませんから」
自信を持ってそう言うと、生徒会長は吹き出した。
「この間、勝負で負けた途端に勝利条件改変を求めたくせに?」
「あ、あれは! 会長が」
「言い訳は見苦しいですわよ、男なのでしょう?」
「うぐっ」
返す言葉もないです、本当。
「でも、次は負けませんからね!」
「その次があるのかどうか」
「ありますよ。彼女たちなら、やってくれます」
「……なぜそう言い切れるのです?」
「それは、えっと」
「ふふっ、そうでしたの」
なんか一人でクスクス笑ってる生徒会長。な、なんだ? ポンコツ?
「まあ、頑張りなさいな……恋」
「こ、恋⁉︎ いやいや、別に梨子のことなんて好きじゃ、ゔぇえっ!」
「ふふふ、面白いですわね、あなた」
し、しまったぁ……。やらかしたぁ……。
北の生徒会長さん。こっちの生徒会長はポンコツじゃないみたいです。
Dancing stars on her hands!