俺の周りには普通じゃない人しかいないっぽい   作:からっぽ

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第17話

「どーしよう、はああ……」

 

 放課後、帰りのバスの中。千歌が前の席(俺が座ってる)の背もたれに顎を乗せて溜息をつく。首がくすぐったいんですが、それは。

 朝から千歌はずっとこんなテンション。ちなみにテンションとは……あ、くどい?

 

「えっと。梨子、何があったんだ?」

「あれぇ? 涼君、わからないの〜?」

「曜さん? 俺は梨子に聞いたんですけど」

「あはは……。実はね、涼君が体育館を出て行った後のことなんだけど……」

「梨子ちゃんがね、気付いたんだよ! うちの学校の生徒だけじゃ、体育館を満員にできないって!」

「だから曜。俺は梨子とだな」

「いいじゃん別に〜。冷たいぞ〜?」

「……涼だからな」

「りょー君、それ面白くない〜」

「うっせ」

「あいたっ⁉︎」

 

 とりあえず千歌の頭を軽くはたいておいた。さっきから人の首筋にフーフー息を吹きかけてるからだ、バカ。

 

「まあ、いいや。つまり、このままだと体育館満員は絶望的ってことなんだな? ……は?」

「つまりね、涼君の退学が……」

 

 ……。

 

「短い間だったけど、お世話になったよ!」

「いや、曜⁉︎ 何もう諦めてるの⁉︎」

「涼君……また、違う高校だね」

「梨子まで⁉︎」

 

 梨子、いつからそんな悪ノリする子になったんだ……。涼、悲しいよ。まあ、梨子は可愛いから許す!

 

「はあ……どうしよう」

 

 溜息を吐いたところ、曜がニヤニヤしだした。

 

「おおっ! 涼君、千歌ちゃんと動きがシンクロしてるよ!」

「……曜……」

 

 もうツッコむ気力すらないわ。はぁ。本当、どうしてそれを最初に確認しなかった。

 

「で、でも! 元気出して、涼君! 私、頑張るから!」

「梨子……ありがとう!」

 

 俺の隣の席で微笑む美少女。ああ、俺に絵画のセンスがあったら是非とも絵にしたいくらい。モナリザなんて目じゃない……は、さすがに言い過ぎか。というか全国のダビンチファンに怒られそう。

 まあとにかく、元気が戻った。ならばさっそく……。

 

「一言余計だぞ、曜!」

「時差ツッコミ⁉︎ っていうか、そんなことしてる場合⁉︎」

 

 曜につっこまれた。というかだな。どうして曜は未だに千歌の件でからかってくるのか。誤解、解いたはずなんだけどなぁ……。

 

「まあ、マリーさんの言いたいこともわかる気がするよな。つまり、それくらいできないとこれから先はやっていけないってことだろ?」

「うん」

「大変だな、スクールアイドルも」

 

 練習が大変なのは、μ'sを見ていたから知っていたけれども、こういう所にも神経を使わないといけないとはあまり考えてなかったな。少しスクールアイドルを甘く見ていた。

 

「涼君、何かお客さんを集める良い案はある?」

「うーん……どうだろ。せめて生徒に家族を連れてきてもらうように頼むくらいじゃないのか? まあ、その生徒っていうのがどのくらい来るのかもわからないんだけれど……」

「おや? 涼君、前向きじゃないね」

 

 悪いな、俺はいつでも梨子向きなんで。梨子の気分に合わせて、梨子と同じようなことを考える。それが梨子向きの人だ。

 

「あ、そうだ!」

 

 その時、唐突に千歌が立ち上がった。おい、バスはまだ走ってるんだ。何を思いついたのか知らないけど、座っておかないと——

 

「うわわ⁉︎」

 

 千歌が隣の座席の方へと転がっていった。ほら、言わんこっちゃない……言ってないけど。

 

 

 *

 

 

 トントントン、トントトントトン……

 

「♪〜」

 

 二人きりの部屋に、曜の鼻歌だけと曜の足が刻むリズムだけが響く。

 俺はそれを警戒しながら眺めるだけ。えっ、なぜ警戒しているのかって? それは曜と二人きりだからに決まってるじゃないか。

 ここは千歌の部屋。だというのに、なぜか俺と曜の二人きり。

 数分前。いいことを思い付いたという千歌は、財布を持ってどこかに出かけて行ってしまった。だがあまり期待はしていない。千歌が考えた上での行動は大抵大した効果を持たない。

 数十秒前。梨子がお手洗いに行ってしまった。以上。これだけでいとも簡単にこんなデンジャラスな空間を編み出してしまった。ちなみに曜は衣装を縫っている。

 曜は危険。要注意人物なのだ。あ、今のは曜と要注意のよ、

 

「ねえ、涼君」

「な、何?」

 

 きた。ついに曜が話しかけてきた。さあ、どんな話をしてくるのか。

 

「手、大丈夫だった?」

「ん? ああ。別にこのくらい、平気だよ」

 

 俺は自分の手を見る。指先に巻かれた絆創膏には血が滲んでいる。実は衣装作りを手伝おうとして怪我した。使えないね、俺。

 

「涼君って意外と不器用?」

「悪かったな、不器用で」

 

 逆に曜は器用だよな。スイスイと布を縫っていく。

 と、ふと曜が顔を上げた。

 

「あ、そうだ。じゃあ今度、教えてあげよっか?」

「いや、いいよ」

「なんで?」

「梨子に教えてもらうから」

 

 梨子は手芸もできる。中学入ってすぐだっただろうか。試しに作ってみたの、と言って小さいハートの形をした綿入りのストラップをくれたのだ。

 

「梨子ちゃん? 裁縫得意なの?」

「手芸が得意なんだよ。ぬいぐるみとか作ってたりしてたぞ」

 

 手の平サイズのな。学校の家庭科の授業で作ったのを、梨子と交換したりした。しかし今思うと、俺のあのボロ雑巾のようなやつと梨子の商品化されてそうなやつ。交換するには価値が等しくなかったような。梨子、それで良かったのかな……。

 

「でも、裁縫と手芸って少し違うよ?」

「知ってるよ、それくらい」

「どうかな……本当にわかってる?」

 

 曜が布を一旦置き、俺の顔を覗き込んでくる。な、なんだ。なんだかんだ。神田明神。

 

「わかってる?」

 

 その言葉が、もう一度繰り返される。曜の目はいつもみたいに笑っておらず、じっと俺を射抜いていた。

 

「それくらい、わかってるって」

「……ふうん、そっか」

 

 曜は笑うと、また視線を布に落として作業を続行する。何だったんだ……。その辺に強いこだわりでもあったのか。

 

「ねえ、涼君」

「何?」

 

 また曜が声をかけてきた。今度は何だろう、と身構えてみるが、よくよく考えてみると一人で黙々と衣装作りの作業をし続けるのは結構精神的に疲れるのかもしれない。もしかしたら、話し相手が欲しいだけなのかも。

 

「涼君、勉強は得意な方?」

「勉強? まあ、そこそこには」

「へえー。意外」

 

 意外って。俺はできないタイプだと見られてたのか。心外だな。

 

「文理は?」

「まだあまり深く考えてないけど」

 

 強いて言うなら、とあるお嬢の影響で医学部に行こうかな、なんて軽く思ってる程度。医学部なんて、そんな軽い気持ちで行けるところじゃないだろうけど。

 

「そういう曜はどうなんだ? 勉強、できるのか?」

「んー、普通かな」

「何の話〜?」

 

 そこへ千歌が戻ってきた。千歌か。千歌は勉強できなさそうだな……って。

 

「それ、どうしたの」

 

 千歌の額。黒いマジックペンで何かを書き込まれている。マッキーだろうか。まっきー。

 

「聞いてよ、りょー君! 美渡ねぇ、ひどいんだよ!」

「美渡さん?」

「そう! こんなこと書かれたんだよ、ほら!」

 

 千歌が前髪をかきあげておでこを見せてくれる。バカチカと記入されていた。なんとなくわかるような。

 

「ひどいと思わない?」

「何をしたんだよ、いったい」

「ちょっと会社の従業員二百人くらいをライブに連れてきてほしいって頼んだのに。わざわざプリンだって用意したんだよ? 一番高かったやつ!」

 

 千歌がポケットからコンビニのレシートを取り出して見せてくれる。なるほど、たしかに高い。そしてそれをここに持ってきていないということは、モノは取られたのか。

 

「おかしい。完璧な作戦のはずだったのに」

 

 俺は頭の中に天秤を用意して、片方の皿に大きめのプリンをのせる。もう片方に梨子を二百人のせてみる。絶対に釣り合わない気がする。

 

「どこが完璧なんだ……」

「ええ⁉︎ 完璧だったよ!」

 

 千歌は椅子に座ると、慣れた手つきでウエットティッシュを取り出し、額を拭き始める。……もしかして初めてじゃない?

 

「まあお姉さんの気持ちもわからなくはないけどね」

「曜ちゃんも美渡ねぇの味方⁉︎」

「味方っていうか……ねえ?」

「だな」

 

 曜と目が合う。うん、初めて曜と意見が一致したような。

 

「何さ、二人でそうやって……。りょー君、曜ちゃんのことでも好きになっちゃったの?」

 

 千歌が口を尖らせ、そんなことを言い始めた。何言ってんの。

 

「そんなわけないだろ」

「そうだよ、だって涼君の好きな人は」

 

 そこで曜が一旦言葉を切った。一瞬だけ俺の方へと視線をよこし、ウィンク。

 

「千歌ちゃんだもんね」

「ふぇ?」

 

 曜の投じた言葉に、部屋が静かになる。彼女、今なんて?

 

「い、いや。曜。だからそれは違うって言っただろ」

「そうなの?」

「そうだよ。そう言っただろ?」

「じゃあ、誰が好きなの?」

「え」

 

 瞬時に頭に浮かび上がってきた女の子。小さい頃からの知り合いで、引越し先にて奇跡とも思えるような再会を果たした同級生。桜内梨子。彼女を思い浮かべるだけで、頬が火照っていくのを感じる。

 

「言えないの?」

 

 じゃあそれを言うのか? ここで? いやいや、自分の口から梨子が好きです、なんて言えてたらμ'sからヘタレ認定されてないから。

 要するに俺は言えないわけで。

 

「それは……」

「言えないんでしょ? じゃあやっぱり千歌ちゃんのことが」

「……ぷっ」

 

 突然、千歌が吹いた。椅子の上に座っていた彼女は肩を震わせている。

 

「ふっ、ふふ……ふふっ! あははは! りょー君が? 私の? ことが? 好き? ははっ、ははは! ないないない!」

 

 全身を震わせて笑い始めた千歌が、椅子から転げ落ちて床をのたうちまわる。そ、そんなにつぼること?

 でもまあ、たしかに俺が梨子のことが好きなのを知っている千歌からしたら、笑える話だったのかもしれない。

 

「曜ちゃん、それはないよ〜」

「そうかな?」

「曜、前も言ったけど違うからな」

「そうだっけ?」

「忘れたのか……ひどくない?」

「……それ、涼君だけには言われたくないね」

 

 どういう意味だよ、それ。というか、なんか似たような会話をつい最近したような気もする。

 しばらく千歌が笑い終えるまで待ち、彼女が落ち着いてから話し合いを開始する。

 

「じゃあどうやって体育館を満員にするんだ?」

「うーん……」

「チラシ配りとか!」

 

 チラシ配りか。なるほど、確かにそれは効果があるかもしれないな。

 

「なら、なるべく人の多い場所、多い時間帯にやらないとな。この辺だとどこになるんだ?」

「沼津駅前とかかな。部活の終わる時間に行けば、結構たくさんの人がいるよ」

「よーし、じゃあチラシが完成したら連絡するよ! そしたら、みんなで配りに行こう!」

 

 千歌が同意を求めるように俺らを見て——首を傾げた。

 

「梨子ちゃんは?」

「お手洗いに行ったけど……」

「そういえば、帰ってくるのが遅いな」

 

 何をしているんだろう。わざわざ旅館の方にまで行っていたりするのだろうか?

 

「ちょっと様子見てくるね」

 

 千歌が立ち上がり、障子を開けて部屋の外の廊下へと出た。

 

「あれ? 何やってるの?」

 

 すぐに聞こえてきた千歌の言葉。梨子がすぐそこにいる?

 慌てて立ち上がると、千歌が開けた障子のすぐ横の障子を開け——

 

「ひゃあっ⁉︎」

 

 悲鳴が一つ。俺の眼の前を、なぜか床に寝そべっているしいたけへと梨子がダイブした。

 頭をいくつものことが駆け巡る。そこで一体何をしていたんだとか、今一瞬だけ白か薄いピンクかそんな感じの色のものが見えたような気がしたとか、梨子の下敷きになっているしいたけが羨ましいとか。

 でも、そんなことよりも。

 

「梨子……いつからそこにいたんだ?」

「……涼君」

 

 しいたけからそろそろと離れ、部屋の中へと入ってきた梨子。彼女は俯いたまましばらくの間動かない。

 梨子はいつからそこにいたのか。俺らの話をどこまで聞いていたのか。

 梨子が何も喋らないので少しだけ他の人の様子を確認してみる。俺の後ろから梨子を見ている千歌。一方、衣装作りに専念している曜。しかし針はさっきから同じところをずっと動いている。……聞いてるのか。

 すると、梨子が顔を上げた。

 

「えっと、完璧な作戦あたりから……」

 

 はぁ……。心の中で深い溜息。これは千歌のことが好きかどうか騒動も聞いていたわけだ。梨子はどう思ってるんだろうな。

 

「じゃあ梨子ちゃん。話は聞いてたみたいだけど、今度チラシ配りに行くよ」

 

 梨子は頷いた。それを見た曜は荷物をまとめ出す。

 

「それじゃあ私、今日はもう帰るよ。お疲れ」

「じゃあ私も帰るね」

「梨子も? 近いんだからまだいても……」

 

 立ち上がった梨子は俺を見て。千歌を見て。あっ、これは……。

 

「ほら、うちの人にも迷惑かけちゃうだろうし」

「そ、そっか」

「うん。また明日」

「じゃあね〜」

 

 千歌がのんきに手を振って見送る。俺は梨子の姿が見えなくなった後、一気に体の力が抜けてしまう。どうすんだ、これ。完全に誤解されてるじゃないか。

 

「チラシ配り、楽しみだね!」

「千歌、気付いてないのか……」

「ふぇ? 何に?」

 

 体育館満員の目標、誤解する梨子、なぜか俺の困ることをしてくる曜、梨子の誤解に気付かない千歌。

 トラブルが山積みだな、こりゃ。






Trouble Masters
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