みんな沼津駅からバスに乗るということで、揃って沼津駅前まで来た俺ら。しかしそこで、思わぬ人と遭遇してしまった。
「りょー君?」
「あ、いや……」
大量のチラシを持った千歌。沼津駅前にて配っていた最中なようで。まずいですね、ええ。そういえばメール来てたな。
千歌が近付くのと同時にルビィちゃんはマルちゃんの影に隠れる。……何か悪いことでもしてるの、あなた?
「用事は?」
「ちょっと買い物を」
「……ハーレムデート?」
「違うよ!」
「だよね」
うんうん、と千歌が頷く。いや、わかってるなら最初からそう聞くな。俺は梨子のことが好きなんだよ。
「でも……チラシ配りをサボっておいて、何してたの?」
「それは……言えない、かな?」
なんか本を買いに行ってました、なんて言ったら怒られそうな気がする。そんなの今日じゃなくてもいいでしょ、みたいな。なのでここは黙秘権を行使する!
「えっと、梨子ちゃん今どの辺りかなー」
「わ、わかった! 言うから! 言いますから!」
やはり高海千歌は危険である。今絶対に俺が後輩二人とデートをしていたとかなんとか言おうとしてたよな? してたはず。
「それよりほら。この二人にもチラシを配ってあげたら?」
「……はぐらかすの?」
千歌にジトッとした目で見られる。うっ。なんかここだけ異常に湿度が高そうだね。
「まあいいや。はい、今度ライブやるんだ。よろしく」
千歌がマルちゃんに手作りのチラシを渡す。
「ライブやるんですか!」
と、そのチラシに反応してルビィちゃんが飛び出した。よほど好きなようで、スクールアイドル。
「ルビィちゃん?」
「うぃ……」
恥ずかしくなったのか、ルビィちゃんは再びマルちゃんの後ろに隠れてしまう。そんなルビィちゃんのそばに千歌がしゃがみ込み、ライブの勧誘をする。
「良かったら来てね。絶対満員にしたいんだ。じゃないと、りょー君が退学になっちゃうの」
千歌の話を聞いて、マルちゃんが目を丸くして俺に聞いてきた。
「えっ、そうなんですか?」
「そうなんだよね、実は。理事長がさ」
「大変そうずら、あ、ですね」
本当に。梨子と同じ学校に通えるか否かがかかっているのだ。失敗は許されない。
「じゃあ、りょー君。りょー君もチラシ配り手伝ってね?」
「わかってるよ」
千歌からチラシを半数受け取ると、その辺を通りかかる人に配りに行こうとする……が。
「あ、あの!」
「ん?」
千歌と一緒に振り向く。ルビィちゃんがチラシと俺らを交互に見比べながら、
「グループ名は……グループ名は、何て言うんですか?」
「え……グループ名?」
千歌と顔を見合わせる。そういえば、そんなものもあったよね……。
「き、決めてないな」
「そ、そうだね」
手元のチラシを一枚、見てみる。ライブの日程、学校名、三人の可愛いイラスト。特に梨子なんて紙面から魅力が溢(ry。しかしどこをどう見ても、グループ名は書かれていない。当然か、決めてないもんな。
「千歌」
「うん」
「ご指摘どうも!」
千歌と頷き合うと、ルビィちゃんにお礼を述べてからダッシュ。早いうちに梨子や曜と合流して、話し合わなくちゃならない。このままグループ名の書かれてないチラシを配りまくるのもどうかと思うしな。
「あ、曜ちゃん!」
「梨子!」
二人と合流する。と、すぐさまにやけた曜から一言。
「どうして涼君は千歌ちゃんと一緒にいるのかな」
「なっ……そ、それは別に何でだっていいだろ! 曜には関係ない」
「あるよ」
急に真面目な顔をして、曜がそう言った。ある? いや、ないだろ。
「もう、二人とも! それどころじゃないんだよ! ないんだよ!」
ないないない。なんだかゲシュタルト崩壊しそうである。ないか? ないな。あ、またないだ。ないがある。……ちょっと頭が痛くなってきた。
「千歌ちゃん、えっと落ち着いて? 何がないの?」
「グループ名!」
*
夕焼けの浜辺。俺と名無しのスクールアイドルはストレッチをしながら現在会議中。
「今日中に何か決めないと」
「だな」
「でも、どうするの?」
「やっぱり学校名は入れたいからー、浦の星スクールアイドルとか?」
「微妙だね」
「うーん……りょー君、東京出身でしょ? 何かいいネーミングない?」
「え?」
千歌にそんなふうに話をふられる。いや、梨子も東京出身でしょ。なぜ俺なのだ。まあ構わないけど。
「じゃあ……千歌の千、梨子の苗字の桜内から桜、あと曜は本で千本——」
「いや、ないでしょ⁉︎ というか、私の本ってどこから来たのさ⁉︎」
「じゃあ梨子ちゃん、何かない? 東京のファッショナブルな言葉とか!」
「えっと……三人海で出会ったから、スリーマーメイド、とか?」
「うーん、なかなか良い案が思い浮かばないね、曜ちゃん」
「そうだね」
「む、無視……」
俺はショックを受けている梨子のそばに移動すると、ポンと肩に手を置く。
「東京生まれは妬まれてるんだ」
「二人のセンスがないだけでしょ……」
向かいの曜に呆れ顔をされる。なんだ、その顔は。文句あるのか。
「そういう曜はどうなんだよ。いい案あるのか?」
「ふっふっふっ、あるんだなぁ〜、それが!」
「そうなの!」
得意げな曜に注目が集まる。ストレッチを終えた曜は立ち上がり、意気揚々と宣言。
「制服少女隊!」
「……ないかな」
「そうね」
「あ、そこ! 東京ズ! 何その反応!」
曜が恨めしそうな顔でこっちを見てくる。だってねえ? 制服少女隊ってねえ?
「じゃあこうしようよ! 私と曜ちゃんのチームと、りょー君と梨子ちゃんのチーム。どっちが良い案を出せるか!」
「面白そうだな」
千歌の意見に同意すると、パチリとウィンクをされた。……ああ、梨子と組ませるための。いつもいつもどうもですね。
と、隣から視線を感じた。梨子だ。
「どうかした?」
「……何にも」
梨子はツンとそっぽを向くと、木の枝を拾いに行ってしまう。何だったんだ?
「負けないよ」
後ろから曜が声をかけてきた。
「俺だって負けないからな。絶対良い名前を考えてやる」
言い返してやると、曜はキョトンとする。
「その勝負に対して言ったわけじゃないよ」
「え?」
「さあ勝負勝負〜」
曜は伸びをしながら、千歌の所へと向かった。何の勝負だよ……は⁉︎ まさか例の三角関係⁉︎
「って、それは勝負になってない気が……」
俺が好きなのは梨子。梨子は可愛いからな。それに品があるし。千歌ではないのだ。
「涼君、木の棒拾ってきたよ」
「あ、梨子。危な……」
「きゃあっ⁉︎」
長めの木の棒を拾ってきた梨子。しかしその棒が服に引っかかってすっ転んだ。……品がある、よね?
*
「ねえ、涼君」
梨子が砂浜にスリーマーメイドとまた書き込んで。何回目だ、それ。
梨子は木の棒をそっと砂浜に置くと、その場に体育座りする。俺もその隣に腰を下ろす。俺らの目の前には十数個くらいのアイディア。そのうちのおよそ四分の一がスリーマーメイド。
なんとなく千歌・曜ペアを見てみると、砂浜にすごく長い文字列が。へえ、そんなに思い付いたのか。……でもよく見ると大したことが書かれていない。みかんとか、海鮮とか。
「涼君って、曜ちゃんと仲良いの?」
「曜と? 何で?」
梨子は木の棒を拾うと、砂浜にひらがなで"よう"と書いた。
「詩を作る時、すごく楽しそうだったの。それに、この間の罰ゲームのストレッチも一緒にやってたし……。何だか羨ましいって言うのかな。涼君は私の幼馴染なのにって」
幼馴染、か。そうだよな。俺は梨子にとって幼馴染。昔馴染み。古くからの友達。
「それほど曜とは仲良くない気もするけどね。だって、なんか曜は変に俺に突っかかってくるし」
「変に?」
「ああ。なんか俺の好きな人はあーだこーだとか、ちょっかい出したりとか」
「……それって……」
「なあ、梨子。なんでだかわかる?」
「……」
砂浜の"よう"という文字をじっと見つめる梨子。何を考えているんだろう。というより、無視しないで……。
「梨子?」
「……えっ? あ、ごめん。わからない、かな」
「そっかぁ。梨子でもわからないのか。なら、俺もわからないかな」
俺は指で"よう"の文字の隣に"りこ"と書き加える。
「結局のところ、たぶん一番仲のいい相手は梨子だろ。幼馴染だからな」
「幼馴染……うん」
頷く梨子。今度は梨子が、木の棒で"ちか"と書いた。
「じゃあ聞くね。仲が良い悪いじゃなくて、涼君は……涼君は」
震える木の棒で、梨子がその今さっき書いた文字を指し示した。
「好き……なの?」
「いや」
「え、嫌いなの?」
「あ、いや。そうじゃないけどさ」
何だ、その小学生がよく使うような二択は。たしかに好きの裏は嫌いだけどさ。
「でもよく千歌ちゃんのこと見てるよね」
「なんでそんなこと言い切れるんだよ。もしかして梨子、俺のことずっと見てたり」
「み、見てなんかない!」
顔を真っ赤にして梨子が怒った。ですよね……。知ってたんですよ、ええ。冗談なのに、そんなムキにならなくても。
「も、もう!」
「ごめん、梨子」
「……許さないもん」
「ええっ⁉︎ 何で⁉︎」
梨子はそっぽを向いたまま。お、怒らせた? まずいな、怒った梨子は怖いのだ。
「はーじーめーるーわーよー?」
「ふ、ふざけないで!」
顔を真っ赤にした梨子がぽこぽこと木の棒で叩いてくる。でもそこまで強くない。怒ってはないみたいだ。
「……教えて」
「え?」
「りょ、涼君の好きな人を教えて!」
「……へ?」
梨子は木の棒で、"ようりこちか"の文字の下に線を引き、その線の下に人名を次々に書いていく。"こうさか"、"みなみ"、"そのだ"などなど。これは……μ'sのメンバー?
さらに梨子は生徒会長と理事長、ダイバーも書き加える。ダイバーって果南さんのこと?
「涼君が親しい女の子ってこれくらいだよね?」
「えっと……まあ」
実を言うと今通っている学校のとある一年生のリトルデーモンにされていて、別の子とはメアドも交換したんだけど。まあ別に言う必要もないと思うけれど。
梨子が木の棒を渡してきた。
ドクン。心臓が脈を打つ。真剣な目で梨子が俺を見ている。これは……はぐらかせる雰囲気ではない、よな?
ドクン。そっと後ろを見てみる。千歌と曜は名前を考えるのに夢中。気付いてない、よな?
ドクン。木の棒を持ち上げた腕が、今にも震えそうだ。
これはチャンスか。これでなら自然な流れで梨子に告白できる。でも……大丈夫なのか? ふられたりしないのか?
梨子を見てみる。彼女は目を閉じて待っていた。色白の綺麗な肌にささる鮮やかな夕陽。わからないな。いけるのか、否か。
俺はゆっくりと木の棒を動かし、一番上の列に——
「おーい! りーこちゃーん! りょーくーん! そろそろ勝負だよ!」
千歌からの呼びかけ。俺はすぐさま棒を放棄し、立ち上がる。助かったのか、それともチャンスを失ったのか。
梨子も諦めたのか、立ち上がって砂を払う。
「じゃあ梨子。候補はスリーマーメイドで」
「そ、それはなし!」
「なんで? あんなに書いてたじゃん。推しなんだろ」
「違うってば! それより私は、涼君の書いたウミガメがいいと思う」
「いっ、いや! あれはダメだ! 絶対馬鹿にされる、東京っぽくないって!」
梨子とどれを候補にするか言い合っていると、曜が近づいてきた。
「そこのお二人さん? イチャイチャしてないで早く来てくれない?」
「「いい、イチャイチャなんてしてないっ!」」
変なことを言ってくれた曜に向かって噛み付く。本人はまったく意に介していないみたいだが。少しは反省しろよ、曜。
「あれ? 曜、今……」
梨子とのことでからかった? 千歌じゃなくて?
不思議に思って曜を見ると、彼女ははにかみながら目を逸らし、帽子をかぶりなおした。
梨子が千歌の元へと行き、曜と二人きりになったのを見計らって話しかける。
「気付いてたのか? いつから」
「えへへ……実は最初から。でも、負けないよ」
曜はもう一度帽子をかぶりなおすと千歌、そして梨子のいる場所へと走っていった。気付いてたって、じゃあなぜ千歌の件で?
待てよ。もしかして俺は最初から誤解してたのか? 曜は千歌のことが好きなのではという疑い。実はそれが違ってて、梨子に一目惚れしていたのだとしたら? やっぱり梨子はすごいな、女の子すら落としちゃうなんて。さすりこ。……って、違うだろ! そうじゃなくて、つまり俺が千歌のことが好きだと強引に決めつけてたのは、俺を梨子から遠ざけるためで……。
「さ、三角ってそっち……?」
本気で? というより、やばいよね? だって梨子にはあの噂があるんだよ? ただでさえ曜の方が俺よりスペック高いのに、どうしろと?
「りょー君! 早く!」
ま、まあこの事はあとで考え直そう。今はグループ名だ、うん。
「それで、候補は決まった?」
「ううん」
梨子が首を振る。それを見て、千歌はガッツポーズ。
「やった! それじゃあ私たちの案で決まりだね!」
千歌がタンッ、と木の棒で砂浜をさした。そこに書かれていたグループ名はAqours。
「これ、なんて読むの? アキュア?」
「アクア、だと思うよ」
「思う……? 千歌たちが考えたんじゃないのか?」
「ふっふっふっ、実はたまたまここに書いてあったのを見つけたんだ」
千歌が得意げに言う。いや、それ別に君たちのセンスじゃないよね? 自慢できることなの?
「そんな誰が書いたかわからないので良いの?」
「だからこそだよ! 名前を決めようとしている時に、これに出会った。これって大切なことなんじゃないかな」
「そうそう。偶然の出会いってやつだよね」
なぜか曜は俺と目を合わせると、笑いかけてきた。その不意打ちに、少しドキッとさせられる。……って、やばい。可愛いと思ってしまった。この曜が恋のライバル?
俺に勝ち目、あるのかな……。
……スキしてる?