それは突然起きた。
曲のサビ前。歌っているAqoursのみんなも、数少ない観客たちも、ボルテージがマックスになる直前。そんな時に、それが起きた。
雷鳴が轟くと共に、体育館内のすべての照明が消える。そして、流れていた梨子の作った曲も聞こえなくなる。
「停電……!」
外からかすかに入ってくる光だけが頼りの世界。ステージ上のAqoursの三人は、姿がぼんやりと見えるだけ。
遠ざかっていた雨の音が次第に大きくなる。誰も動かない体育館で、その音はノイズのように響く。
どうして。なぜ。なんで。同じ疑問詞が頭の中をぐるぐるとめぐる。
曲を作った。衣装も作った。練習だって、朝・昼・放課後とやっていた。神社で神頼みだってしてみた。μ'sと同じように。
「涼」
「理事長……?」
マリーさんが俺の肩に手をかけていた。
「落ち着く。まずはそこから。はい、しんこきゅー。ワン、ツー、吸って〜」
マリーさんだけが大きく息を吸う。俺? いや、むしろ息が止まりそう。
「ワッツ⁉︎ なんでやらないの⁉︎」
「すみません、ふざけてる場合じゃないんで」
むにっ。
「ふががががが⁉︎」
「マリーはいたって本気よ!」
マリーさんに頬を抓られる。つまんでクイッ。痛い。
「まったく。年上に対するリスペクトが足りないわ」
そりゃ、常識的に考えてこんな人をそう簡単に尊敬なんてできないでしょうに。まだ生徒会長の方が尊敬できるよ。
「それと、人の話はちゃんと聞く! さっきも言ったけど、もっとワイドに周りを見なさい」
「はあ。ワイドに」
「……例えば、ほら」
マリーさんが体育館の入り口を指さす。そこに立っているのはルビィちゃんとマルちゃん。
「一年生がどうかしたんですか?」
「その奥よ」
「奥……?」
じっと目を凝らしてみる。二人の奥。あっ、誰かがいる。艶のある長い黒髪。あれは……生徒会長?
生徒会長は傘を持ち、どうやら外へ出ようとしているっぽい。
何をするつもりなのかはわからないけれど。それでも、俺のやるべきことが見えたような気がした。
「ゴーよ」
「はい!」
体育館の入り口に向かって走る。ステージの方からは千歌の歌声が聞こえてきた。この状況でも、彼女たちはやめない。なら、俺だって……!
「凪沙先輩? 何が……」
「ごめん、今急いでるから!」
入り口を通る際、マルちゃんに声をかけられる。けど、今は相手にしている場合ではないのだ。
傘も持たずに外へと飛び出す。左右を見回せば、赤い傘が倉庫の方へと向かっていた。あれだ。
「会長!」
水たまりの水を跳ね飛ばしながら、倉庫へと走る。倉庫の前、屋根のあるところで立ち止まった生徒会長はこちらを振り向いた。
「あなたは」
「俺にも手伝わせてください」
「……ご勝手に」
生徒会長が倉庫のシャッターを開け、中に入る。俺もあとに続く。
倉庫の中には色々な物が置かれていたが、基本的に壁際に整理されて置かれている。しかし、二つだけ倉庫の真ん中にドンと置かれているものが。
「発電機ですわ。非常用の」
「勝手に使っていいんですか?」
「私が用意したものです」
「生徒会長が?」
「備えあれば憂いなし、知りませんの?」
知ってるけど。でも、スクールアイドルは認めないと言っておきながら、こんなサポートをしてくれていたなんて。
「会長、もしかしてツンデレ?」
「なっ⁉︎ 違いますわ、私はただ彼女たちがスクールアイドル活動をするからには、学校の汚点にならないよう」
「はいはい、わかりました」
「何ですか、その態度は! 信じてませんわね!」
だってそういうのをツンデレっていうんでしょ。
「それより早く運びましょう」
「……そうですわね」
俺は発電機を持とうとして手が血で汚れているのに気付いた。この発電機は生徒会長の私物らしいし、汚すわけにはいかない。
「あ、そうだ」
ポケットの中に手を突っ込むと……あった。白い軍手、緑色のクラブのアップリケ付きの軍手。昨日、曜に貰ったやつ。
俺は軍手をはめると、発電機を持ち上げて、
「お、重っ⁉︎」
「何をしてますの、台車に乗せなさいな」
どこから取り出したのか、生徒会長は台車にもう一個の発電機を乗せていた。
「いえ、大丈夫ですよ。それにこっちも乗せたら、台車を引くのにも時間がかかりそうですし」
両腕でしっかり発電機を抱える。
「まったく。あまり無理はしない方が身のためですわよ?」
「まあまあ」
*
「良かった、復旧したんだ」
配電室に発電機を持ち運んで、配線につないだところで、体育館の方を見る。見事に明かりが灯っており、電気が一時的にも復旧したんだということがわかる。
それにしても腕が疲れた。パンパンである。明日は筋肉痛かな。
「ご苦労様ですわ」
「いえ、会長こそ。発電機を準備していたなんて。ありがとうごさいます」
俺は深々と頭を下げさせてもらう。
「でも満員にはならなかった……」
「安心なさいな。東京はどうなのかは知りませんが、ここは温かいですから」
「でも沖縄ほどじゃないんですよね?」
「……? 何の話ですの?」
「気候の話です」
「……はぁ」
生徒会長は頭を抱える。え、違うの?
「私が言っているのは町の人の話でしてよ」
「町の……? それってどういう」
ワァァァッ!
その時、体育館の方面から歓声が聞こえてきた。それも轟くような。さっき体育館にいた十数人の声ではない。明らかにそれ以上の人数がいる。
「戻りますわよ」
生徒会長が赤い傘をさして配電室の外に出る。俺もその後を追う。というか、できれば傘に入れてほしいな、なんて……。いや、無理だろうけど。それ、相合傘じゃん。梨子としたい。
「やはり」
一足先に体育館に到着した生徒会長がそう呟いた。俺も外から覗いてみると——
「すごい……人がこんなに!」
ガラガラだったさっきまでとは異なり、今は満員、いや超満員。
これって、つまり。
「満員にできた……。ライブは成功したんだ……!」
曲は終わってしまったらしく、今はステージで千歌が何かを喋っている。でも哀しいかな、ここからだとあまりよくは聞こえない。次のライブからはマイクの用意が必要かも。
「すごいですね」
俺は隣にいる会長に話しかけた。けれど、彼女は何も返してこない。ただ前を見つめているだけ。
と突然、生徒会長は前のステージの方へと歩き出した。俺も追いかけようとするが、
「あなた、濡れてるでしょう? 中には入らない方が」
「……ですね」
生徒会長に制止させられる。仕方ないので、この場から様子をうかがう。
ずんずんと前に進む会長に、観客たちも道を開ける。浦の星の制服を着ているし、あまりにも堂々としているからスタッフか何かだと思っているのだろう。
生徒会長がステージの目の前で立ち止まり、仁王立ち。千歌が口を閉じ、観客が静かになる。
「これは今までのスクールアイドルの努力と町の人たちの善意あっての成功ですわ。勘違いしないように!」
生徒会長のその言葉に、たしかにと思わされる。スクールアイドルにある程度の知名度がなければ、わざわざ友人でも親族でもない人がこんなライブを見に来ようとも思わないだろう。俺みたいに好きな人がやっていれば別かもしれないが。
それに、周りの人たちの協力があったからこそ成功したというのももっともだ。現に俺は、生徒会長の活躍を目にしているのだから。
「わかってます」
千歌が答えた。
*
あのまま体育館の入り口にいては帰る人の邪魔になると思われるので、俺は裏口の方に移動した。もちろん、外を通って。おかげでさらに濡れた。風が冷たく、非常に寒い。
屋根のある場所を追い求めて行くと、そこには。
「果南さん?」
半開きになったドアの影に隠れるようにして、果南さんが傘をさしながら立っていた。
「えっと……凪沙君、だったっけ?」
「はい」
「久しぶり。私はもう帰るから、雨宿りならここでどうぞ」
「待ってください!」
屋根の下から出てくる果南さんを俺は止める。彼女、中にはいなかった。ずっと外にいたわけだ。
「千歌たちには会わないんですか? 幼馴染なんですよね?」
「いいんだよ。君から伝えておいて、ライブ良かったって」
果南さんはそれだけ言うと、立ち去っていく。俺はただそれを見送っていた。なんか、淡白だな。幼馴染なのに。幼馴染ってもっと交流があるもんじゃないのか? それこそ、恋に落ちてしまうくらい。
幼馴染って……。
しばらくそこに立っていると、後ろで体育館のドアが開く音がした。振り向けば梨子。あの衣装姿のままだ。
「涼君! 探したんだよ!」
「梨子?」
「理事長が退学はなしだって……涼君⁉︎」
慌てた様子の梨子が屋根の下から飛び出してきて、俺の腕を掴んで屋根の下へと引っ張っていく。
「なんでこんな……風邪ひいちゃうよ!」
「……あ」
「もう、心配かけさせないでよ」
「ごめん」
梨子は俺のポケットからハンカチを取り出すとそれで俺の体を拭き始める。
「ハンカチじゃ全然」
「そんなこと言ってる場合? 大人しくしてて」
んもう、と言いながら梨子は口を尖らせる。そうだよな、幼馴染ってこんな感じなんだ。世話焼きで、距離が近くて。
「梨子ちゃん、涼君いた?」
「って、りょー君! なんでそんなにびしょびしょ?」
少しして、曜と千歌がドアの向こうから現れた。二人とも衣装のまま。
「だいじょうぶ?」
「……くしゅん! ああ、大丈夫」
「そんなわけないでしょ⁉︎ 私、部室からバスタオル取ってくる!」
曜がダッシュで去る。千歌は心配そうにこっちを見て、一生懸命ハンカチで俺を拭いている梨子を見てニヤニヤしだす。なんだか恥ずかしくなってきた。
「り、梨子。自分で拭くから」
「ううん、私がやるよ」
梨子がなぜか積極的。どうしたの。ライブが成功して気分でもいいのか。
と、梨子の後ろの千歌が嫌でも目に入る。さらにニヤニヤを強めて、声を出さずに『ヒューヒュー』なんて言っている。こ、こいつ……!
『でも、見てるだけじゃ始まらないって』
その時、突然それが頭の中に聞こえてきた。これはあれだ、千歌がライブの後、生徒会長に返した言葉。
『上手く言えないけど、今しかない瞬間だから!』
見てるだけじゃ、始まらない。今しかない。……ふぅ。
顔を上げる。雨はいつのまにか止み、雲の隙間から光が差し込んでいた。
「なあ、梨子」
「涼君?」
「約束」
「えっ?」
「写真、撮ろうよ」
「え、でも。涼君濡れたままだし……」
「曜がバスタオル持ってきてくれるって言うしさ、大丈夫だよ」
それに曜がいると何を言われるかわかったもんじゃないしな。千歌は行動が読める分、まだオーケー。
「はいはい! じゃあ私が写真撮るね!」
「ああ、頼むよ千歌」
俺はスマホに6桁のパスコードを入力する。8、2、5、8、8、0っと。
「それ、何の数字?」
「……梨子、どうして見てるの」
「んー、なんとなくかな」
やめてよね。だってこの数字……んんっ、特に意味はありません。別に曜が衣装関係の作業をパソコンでやってる時に、たまたま見つけた数字じゃないからな? 梨子のスリーサイズとは全く関係ないからな? 万が一見られても気付かれないように、下からの順にしているわけではないからな?
「変な数列。涼君の誕生日でもないしね」
これが梨子の感想。ふっ、作戦どお……んんっ、だって意味はない。
「とりあえず千歌、はい」
「どうも、はい並んでー」
千歌が数本後ろに下がり、体育館の中へと入る。左右を確認したあと、スマホを構える。俺と梨子は寄り添うように並ぶ。どうしよう、ピースくらいしたほうがいいのかな。
「えっとねー、涼君の制服の第3ボタンくらいまで写るよ」
「え? あ、うん。どうも?」
意味のよくわからない情報をいただいた。あ、ポーズはそれよりも上でお願いしますってこと? 了解しました。
「いくよー。さーん、にー」
随分とゆっくりとしたカウントダウンだな。普通にはい、チーズでいいのに……
「いーち」
にっこりと笑おうとしたその時。体育館の扉の影から、誰かが飛び出してきた。その何者かは俺の目の前でくるりと方向転換し、
「ヨーソロー!」
パシャッ!
俺を隠すようにジャンプしてきた。
「っておい! 曜!」
「どう、千歌ちゃん? 撮れた?」
「撮れたよー」
「人の話をだな……」
てか、千歌と曜の共犯だったんですか。なるほど、写る範囲やゆっくりカウントダウンはそのために。いや、しかし俺は梨子と写真を撮りたくてだな。
曜が見ている千歌の撮った写真を俺も覗く。右側に引き攣った笑みを浮かべる梨子。左側に俺、を隠すように下から生えている曜。……はぁ。
と、スマホを覗き込んでいた曜が振り向いた。少しかがんで、俺を見上げるように——
「どう? 少しは元気出た?」
「あ、ああ。おかげさまで」
少しドギマギし、目をそらしてしまう。上目でとか……梨子にやってもらいたかった。
それにしても俺、そんなに落ち込んでいるように見えてたのかな……。傘も持たずに雨の降る中突っ立ってるっていうのは、たしかにそう見えるのかもしれない。反省。
「はい、バスタオルだよ」
「ちょ、何も見えな⁉︎」
いきなり視界が真っ暗に。そして頭をゴシゴシされる。痛い。
「涼君」
バスタオル越しに、耳元に聞こえてきた囁き声。
「軍手、使ってくれたんだ。嬉しいな」
バスタオルを一気にはがされる。突然目の前に出現した曜は、少し頬を赤らめてはにかんでいて——一瞬、本当に一瞬だけど、目を奪われる。
「じゃあ、梨子ちゃん、あとは頼んだよ。私は着替えてくる!」
「えっ、曜?」
梨子にバスタオルを渡して体育館に入っていった。同時に、俺はまた頭からバスタオルをかぶせられる。
「任せられたから」
ぶっきらぼうにそう言うと、梨子はさっきの曜と同じように、いやさっきよりもだいぶ手荒くゴシゴシしてくる。
「いた、いた⁉︎ 梨子、怒ってる?」
「怒ってなんかないもん」
「怒ってるよね⁉︎ なぜ⁉︎」
「りょー君も大変だね〜」
「千歌⁉︎ なぜ傍観者を気取ってるのさ⁉︎ てか、さっきの写真! どうしてくれんだ!」
「知らなーい。あ、私も着替えよ」
千歌……無慈悲な。
結論。梨子は怒ると怖い。
「だから怒ってない!」
怒ってるじゃん……。
RAINY DAY SONG