1.梨子とのイチャコラではありません。違います。
2.μ'sの人が一部でます。
3.時系列は14話と15話の間です。
次に、お詫びです。次回の更新予定日は未定です。ごめんなさい。詳しく知りたい方は活動報告をご覧ください。
一応、19日までには投稿したいと考えています。
某月のとある休日。俺は東京・秋葉原に舞い戻ってきた。ガラス張りのビルによって反射される太陽の光が眩しい。都会って、こんなに建物が密集してたんだ。
「眠い……」
始発に乗るために何時に起きたんだっけ。もう覚えてない。朝食はみかんだけだったので腹も減った。
それでも俺は戦地に赴かなければならない。腹が減っては戦はできぬ? 知るか。人には戦わねばならぬ時があるのだ。欲しいもの、それがあるから……。
「げ、もうこんなに人がいるのかよ」
目的地のアイドルショップの前にはすでに人だかり。やばいな、これ。果たして俺は勝てるのか?
いや、違う。勝たねばならないのだ。俺は絶対に手に入れなければならない。あの幻幻幻を!
何? 貴様、幻幻幻を知らないだと? ふっ、よろしいならば説明しよう。この凪沙涼様からの説明、ありがたく受け取るがいい! ……グーグル先生、グーグル先生……。
かつて、『伝伝伝』と呼ばれたアイドルのDVDがあった。それは後にBD版が発売されるほどの人気を誇った。そもそもその伝伝伝という名前もその稀少性からつけられたもので、正式名称は『伝説のアイドル伝説 DVD全巻BOX』なのだ。
そしてそれの発売から数年。今年、そのニューバージョンが発売されることが決まったのだ。その名も『幻を見せたアイドルの幻』。ネット予約が瞬殺だったことから、そのあまりのスピードに存在自体が嘘なのでは? 幻なのでは? と疑われたほどの商品。それが『幻幻幻』なのだ。
そしてその幻幻幻を一切予約販売をせずに、全て店頭販売すると謳ったのがこのアイドルショップなのだ。俺も静岡県から始発で参戦。絶賛睡眠不足だ。
なぜ幻幻幻にこだわるのかって? 決まってるだろう。幻幻幻のコンセプトは幻のスクールアイドル。人気絶頂だったにも関わらず、この世界から姿を消したアイドルを中心に取り扱っているのだ。つまり彼女たちも。
買わなきゃならんだろ?
「しかしこの人数……勝てるのか?」
不安になってくる。俺はただのスクールアイドル部(仮)所属の、運動してない系男子。こういうごった返している場所は苦手なのだ。
でも俺は行かなければならない。幻幻幻を持ち帰って、梨子と一緒に見るのだ! 二人っきりの部屋、並んで座って見るんだ。お土産で購入予定の穂むら饅頭を一緒に食べながら。負けるわけにはいかない。最近スクールアイドルに興味を持ち始めたらしい、梨子のためにも!
*
「よし、そろそろ開店の時間だな」
腕時計を見る。開店まであと五分だ。
覚悟は決めた。俺は勝つ。勝って幻幻幻を持って帰るんだ。やるぞ、涼!
「開店したぞ!」
一番先頭にいたと思しき人のその一声で、周囲が一気にざわつく。
「うおおおおおお!」
店に突入。鞄を盾にしながら周囲の様子をコンマ一秒で確認する。
当然だが混んでいる。人の身動きが取れないのでは、と思うほどだ。どうやらこの店の店長は何をトチ狂ったのか、幻幻幻を店中の至る所に配置しているらしい。もっとも空いているところを自分で選び出さなければいけないってわけだ。
とにかくこの集団の前方に行かなければ。在庫がいくつあるのかはわからないが、善は急げ、だ。
俺は男子にしては小さめの身長を生かし、人と人との隙間を華麗に駆け抜けていく。身長170もない俺。梨子とキスしやすい身長差=12センチの差がないことをどれだけ悔いていたことか。だが今はこの身長が誇らしい! いや、どうせこの店から出た途端に、もっと背が欲しいと思うんだろうけども。
ささっ、と移動して人の少ない奥のスペースへ。すると奥の方の陳列棚に紛れこむ3つの幻幻幻が!
「きたこれ!」
走り出すと同時に周りの状況を確認。すでに他の販売場所には人が殺到。ここを逃したらもうあとはないだろう。
だが大丈夫。ここにはまだ3点も残ってる。店側からのお願いにより一人一点までなのだから、よほどのことがない限り俺の勝ちは確定。ふっ、幻幻幻、いただき——
「邪魔だ、どけっ!」
「うわっ⁉︎」
しかし突然、後ろからガタイのいい男に引っ張られる。そのまま俺をポイ捨てした男は幻幻幻を一つ掴むと、ガッツポーズをした。
「うっしゃあ!」
「な、お前! 何すんだ!」
「ああ"ん?」
「な、なんでもないです。よーし、俺も幻幻幻、ゲットしよー」
こ、怖い。都会ってこんな怖いところだったっけ? ガンを飛ばして
きた男の顔がめっちゃ怖い。生徒会長なんて比じゃない。
でも大丈夫。そう、幻幻幻はまだ二つ残っている。俺にはまだチャンスが、
「あ、幻幻幻!」
と、横から突如現れた背の高い青年が一つ取った。黒髪で、テレビで見たことあるような顔をしている。な、このイケメンが! う、嘘だろ……! あと一つしかないじゃないか!
「く、諦めるか!」
店内通路を全力ダッシュ。数十センチ先の幻幻幻に手を伸ばす。
パシッ。
掴んだ。幻幻幻、ついに手に入れたんだ。
「やった……やった……やったぞおおおお!」
「あああああああ⁉︎」
喜ぶのも束の間、隣から悲鳴が聞こえた。大学生くらいのお姉さんだ。大事そうに抱えていたリュックを落とし、女の子座りで床にぺったんこ。
「さ、最後の幻幻幻が……ううっ……」
眼鏡をかけているのだが、それを外して目を拭い始めた。えっ……な、泣いてる?
「ひぐっ……幻幻幻……」
「あ、えと……」
ど、どうしよう。せっかく幻幻幻を手に取ることができたのだが、ここに泣いている女性が一人。なんかこのままこの人を放置してレジに行けない。
「バイトして、お金貯めて……。午前のバイトを休ませてもらったのに……」
泣き崩れる女子大生。そ、そんな。困る。これ、俺が泣かせたみたいになってないか?
「あ、あの。大丈夫ですか?」
「大丈夫です……幻幻幻……うう……」
だ、大丈夫じゃないな。この人、このままでは立ち直れないのではないだろうか。
俺は泣き崩れる女性を見る。次に、自分の持っている幻幻幻を見る。そして再度、女性を見る。
別に一目惚れなんかしていない。確かにさっき一瞬見た感じでは可愛い人だったけど、俺には梨子という心に決めた人がいる。だから断じて一目惚れはしていない。
けど……けど、やっぱり女を泣かせる男ってのはどうかと思うんだ。だから……。
「あの……良かったらこれ、どうぞ」
「ふえ?」
女の人が顔を少し上げた。茶色い髪が揺れる。
「い、いいんですか⁉︎」
「はい。さっき思い出したんですが、どうやら行きの電車賃で財布の中身がこれの値段切っちゃったらしくて」
もちろん嘘。俺はちゃんと電子マネーを利用している。現金とは別に。なんだっけ、ナシ?
「ありがとうございます、ありがとうございます! もう死んでも感謝しきれないです!」
「あ、いえ。お気になさらず」
女性が土下座でペコペコし始めてしまった。いや、それも端から見たら俺が彼女に何かを強いているみたいで良くない風景なんだけど。
「とにかく、顔あげてください。本当に、俺は気にしてないんで」
「いえ! これはぜひ、何か奢らせてください! 私のバイト先のお食事処なんてどうですか⁉︎ ご飯大盛り無料! ぜひ!」
パッと顔を上げた女性。その顔を見て、俺は固まる。そして女性も俺を見て固まった。
「かよ姉⁉︎」
「りょりょ、涼くん⁉︎」
この泣いていた女子大生、なんとあのμ'sの小泉花陽、かよ姉だったのだ!
*
「ご、ごめんね。私のせいで……」
「いや、いいって。かよ姉だったらもう、全然オッケーだよ」
それでも何かお礼をしたいということで、俺はかよ姉にお昼をおごってもらうことに。ありがたい。朝はみかんだけだったのだ、たらふく食べれるぞ。
「でも涼くん……大っきくなったんだね〜」
「そうかな? 高校に入ってから全然背が伸びてないんだよね……」
「あれ……? そうなの?」
そうなんですよ、ええ。おかげでこの身長。梨子と理想のカップルどころか、キスしやすい身長差でもないという現実。はっ! だから俺は梨子と付き合えないのか⁉︎(違う)
「ここだよ」
かよ姉に連れてきてもらったのは『ごはんや』というお店。黄金米というのぼりがある。実はかよ姉、ここでバイトしているらしい。
店内に入ったあと、空いている窓際のテーブル席に俺は座らされた。ちょっと待っててと言い残してかよ姉は店の奥の方へと行ってしまう。
暇になったので、窓の外を眺めてみる。
忙しそうに歩くスーツ姿の人たち。大勢で群れをなして歩く学生。小さい子を連れた母親たち。
やっぱり都会は人の数が違うな、と思ってしまう。つい最近まで住んでいたんだけれども。
「隣、座るわよ」
「え?」
なんか、俺の隣に女が座ってきた。茶色いダッフルコート、でかいマスク、黒い大きめのサングラス。え……不審者?
ちょ、店員に知らせようか? 他にも空いている席があるのにわざわざここに座るとか、何か悪いことを企んでいるのでは? カツアゲとか? 逆ナン……はないな。俺みたいなフツーを逆ナンしてどうする。
俺が反応に困っていると、女は俺を見てきた。
「なぁにしけた顔してんのよ。世話になった人に挨拶もできないわけ、あんたは。そんなふうに育てた覚えはないわよ」
「え」
この上からな物言い。無理やり醸しだそうとする姉御感。ああ、もしかして。
「にこ姉?」
「ったく、気づくのが遅いのよ、涼」
女がサングラスを外した。瞳の色は赤。
女がマスクを外した。彼女の童顔が露わになる。
女がコートを脱ぎ、立ち上がった。ふふん、と得意げに仁王立ちしたその姿には見覚えが。
μ'sの元メンバーの一人、矢澤にこである。
「背、少し伸びましたね」
「そうなのよ。気付いた?」
「はい。でも胸は相変わらず
「……はぁ?」
「うぇっ、いえ。ジョークですよジョーク」
「……ふんっ」
にこ姉の睨みは本当に怖い。身が竦むのだ。しかし胸も成長していたらしい。見た目、全然気づかなかったが。
「三センチも大きくなったのよ。どう?」
得意げに、相変わらずない胸を張るにこ姉。まあ、にこ姉にとって三センチは大きかったんだろう。だって昔はサバを読んでたし。まさかその成長した胸もサバ読み……?
まあどちらにせよ、相変わらず胸が
「涼、今失礼なこと考えてたでしょ」
「い、いえ? そんなことありませんよ?」
なぜばれた。
「というより、どうしてそんな格好を?」
「決まってるでしょ。私を誰だと思ってるのよ、矢澤よ矢澤。矢澤にこ。宇宙ナンバーワンアイドルよ」
そう、にこ姉はアイドルをやっているのだ。スクールアイドルではなく、普通(?)の。μ's人気ではなく自らの人気でトップを目指したい、という本人の意向もあって、芸名を使用したうえで某人気スクールアイドルとは何の関係もありませんというスタンスでやっている。まあ、明らかにバレバレなのだが。それでも一応、そこには触れないことが暗黙の了解となっているのだ。だからにこ姉が人気になってもμ'sの話は出てこない。
「まあいいわ。それよりも、今日はもちろんアレを買いに東京に来たのよね?」
「そうですよ。買えませんでしたけど」
「はあ? 何やってんのよ、このにこの弟子のくせに」
なった覚えはないんですが。勝手に弟子にしてるだけでしょ。
「ちょっとワケありで買えなかったんですよ。そういうにこ姉は?」
見た感じ、紙袋も何もない。買えなかったんじゃないの?
にこ姉は腕時計を見ると呟く。
「もうそろそろ来る時間ね」
「来る? 誰が?」
俺がにこ姉に聞いた時、店の入り口の方から自動ドアの開閉音がした。振り向いてみると、入り口に立ってキョロキョロしている背の高い好青年が一人。にこ姉に似ている。あれ、どこかで見たことあるような……。
「虎太郎! こっちよ、こっち!」
「あ、いた。姉さん!」
にこ姉がそののっぽ男子を呼んだ。えっ? 虎太郎って、まさかあのコタ?
イケメンはにこ姉に持ってきた紙袋を手渡す。
「姉さん、これ。持ってきたよ……って、え! 涼兄さん!」
「よ、よお。コタ。ずいぶん大きくなったんだな」
目を丸くするコタ。彼はにこ姉のかなり歳の離れた弟、矢澤虎太郎。いや、待て。こいつ、まだ小学生じゃなかったか?
「なあ、コタ。お前、身長いくつだ?」
「170センチだよ」
「……」
ま、負けてる……。嘘だろ? 最近の小学生って、背が高すぎないか?
「姉さん。俺、この後友達と会う約束してるから」
「そう。日が暮れるまでには帰るのよ」
「うん! じゃあ涼兄さん、またね!」
「あ、ああ」
好青年へと成長したコタは爽やかに笑うと、店を出て行った。
「なあ、にこ姉。コタってモテる?」
「ふっ、当たり前じゃない。このにこの弟よ? 今日もこの後、デートなのよ」
……デートっすか。俺より経験値高いじゃないですか。これからはコタニキと呼ぶしかないのか。タヌキみたいだな、やめとこう。
それにしても背が高かったな。にこ姉の弟とは思えない。どこで遺伝子を間違えたんだか。
「ところでにこ姉。その紙袋は?」
俺はコタが持ってきた紙袋を指差す。結構大きめだぞ。何が入っているんだろう。……まあ、幻幻幻だろう。得意げなにこ姉には悪いけど、それくらい予想はつく。
「ふっふっふっ、見て驚きなさい。ジャジャーン!」
にこ姉が紙袋から取り出したもの。それは幻幻幻を三セット。……は? 三つ⁉︎
「え? こ、これはどういう……?」
「ネット予約で一つ、店頭予約で一つ。そして今日、虎太郎があそこの店で買ってきたのよ」
「にこ姉……すごい! さすがにこ姉! 宇宙ナンバーワンアイドル! オタクの鑑!」
「ふふっ、もっと褒めてもいいのよ?」
「本当、神のご加護があるんだね、にこ姉には。さっすが師匠。……というわけで、一つ譲ってください、お願いします」
「却下」
「ええっ⁉︎」
これだけ褒めたのに⁉︎
「折角手に入れたものをなんであんたなんかに譲るのよ!」
「金は払いますって!」
「そういう問題じゃないわよ!」
「お願いしますよ、ししょー」
「こういう時だけ師弟関係を取り出すんじゃないわよ……。というか、涼。どうして買えなかったのよ」
「そ、それは……」
「答えられないわけ? まったく。どうせあれでしょ、フラれたショックで鈍ってるんでしょ?」
「違いますよ! フラれてませんし!」
「でも引越しして別れたじゃない」
あれ、そういえばまだ言ってなかったっけ?
「実は梨子も同じところに引っ越していてですね」
にこ姉が目を丸くした。
「……本当?」
「はい」
俺が頷いた瞬間、スマホを取り出したにこ姉はパパパッ! と何かを入力。
「何したんですか?」
「μ'sのみんなに知らせたのよ」
にこ姉がスマホを見せてくれる。なになに?
「『涼が引越し先で奇跡的な再会。なお、まだ付き合ってない』って、何勝手に変な情報を加えてるんですか⁉︎」
「え、告白したわけ?」
「……いえ」
「やっぱりねー。どうせあんたのことだから、ヘタってると思ってたわよ」
そうですよ、どうせ俺はヘタレですよ。
ついでにμ'sメンバーからの返信を見てみる。『ハラショー! 素敵な運命だわ』とか、『告白しないの? ファイトだよ!』など。中でも一番恐ろしくてスピリチュアルなのは、『やっぱりね。カードがウチにそう告げてたんよ』。これ、にこ姉の送信前に送られてきてるんですが……。
ぶるっ。少し背筋がゾクゾクする。この店、冷房が強すぎるんだな、きっと。……怖っ。
と、そこへエプロンを身につけたかよ姉が両腕に大量の食器を乗せて現れた。
「あ、にこちゃん。来てたんだ」
「花陽。そういえばここで働いてたわね」
食器をテーブルに置きながら、かよ姉が幻幻幻三セットに気付いた。
「にこちゃん、これって……」
「どう? 全部私のよ」
「さ、さすがにこちゃん……!」
かよ姉がにこ姉を尊敬の眼差しで見る。本当、師弟ってこっちの方があってるよな。
「そうだ、花陽。聞いた? 涼、買えなかったらしいわよ。情けない話よね」
「あ……それは……」
*
「花陽……」
「に、にこちゃん……」
かよ姉から真相を聞いたにこ姉。俯いたままプルプルと震えている。あ、怒るのか——
「さすがだわ! 泣き落としなんて、ついにあんたも女を武器にするようになったのね!」
ええ……。怒らないのか……。
「しかも相手はこの涼よ? バカが付くほどの一途男」
しかも俺をけなしてませんか……?
「にこちゃん……」
「ああ、花陽。私も何か食べたいから、適当におすすめ持ってきてくれる?」
「あ……うん」
かよ姉がまた店の奥に戻っていくのを確認すると、にこ姉は俺に向き直り、頭を下げた。
「涼、悪かったわよ。ちゃんと確認もせずに憶測で発言するべきではなかったわね」
「え? あ、うん。あまり気にしてないし、大丈夫」
にこ姉は結構潔く謝ったりもする。こういうところは、尊敬できるんだよな。
「でもあれよ? あまりお人好しすぎるのも問題。少しは抑えなさい」
「でも……」
「はぁ。あんたねぇ。反省してないでしょ。この間の春休み」
春休み……? ああ、そういえば。
「そうでした……」
「そうよ。迷子になった女子高生に秋葉案内して、あんたの好きな桜内梨子にデートだと勘違いされたんでしょ? もう少し気を付けなさい」
「はい、気を付けます」
そういえばそんなこともあった。友達と来ていたのだがはぐれてしまったという女の子と会ったのだ。変なナンパ男に絡まれてたからさ、ちょっと助けたくなったというか。
まあ、俺にとってはその後の梨子対応が大変だったんだが。デートしてたデートしてたと、梨子が口うるさく言うんだ。
「って、あれはにこ姉が面白半分に写真を撮ってお嬢経由で梨子に知らせたからじゃないですか!」
「な、何のことにこ〜?」
「……」
無性に肉を食いたくなった俺は、テーブルに置かれていたフォークで、さっきかよ姉が持ってきたステーキを突き刺す。
「まあ、それは置いておいて」
にこ姉が幻幻幻を一つ、俺の方へと押した。えっ、もしかして……。
「今回だけ、特別よ」
「にこ姉……」
この人も大概だな。お人好しスキル、極めてるじゃないか。
「人のこと、言えないね」
「う、うるさいわね!」
照れているのか、にこ姉は俺の大盛りご飯を勝手に食べ始める。
「はへはははひははひほ」
「え?」
「金は払いなさいよって言ってるの!」
まあ、お金にはうるさいけど。
*
「ああ、美味しかったぁ」
「花陽、ごちそうさま」
「えっ、にこちゃんの分も……?」
「冗談よ」
たっぷりと食べた俺たち。腹一杯になり、もう動きたくない。
と思ってたのは俺だけらしい。
「ほら! せっかく涼が東京に遊びに来たのよ。穂むら行くわよ!」
「え⁉︎ にこ姉、それはさすがに」
「わぁ、いいね!」
「かよ姉⁉︎」
「さ、行くわよ」
「ちょ、明日早いのに」
「あ、穂乃果? 今から涼連れて穂むら行くから。……そ、なるべく多く人を集めなさい」
いつのまにかにこ姉はすでに電話中。ああ、まずい。これはまずい。俺はこの間の正月を思い出す。酔いに酔いまくった彼女たちは……。
「か、帰ります!」
「ダメよ!」
無理やりにこ姉に引っ張られる。いや、本当に! 明日早いのに!
……はっ! そういえば、その正月にはかよ姉だけお酒を飲んでなかったはず。かよ姉なら、もしかしたら……!
「か、かよ姉! 助けて!」
「ちょっと待ってて、エプロン片してこないと」
「かよねえええええ⁉︎」
とある休日、昼過ぎ。凪沙涼は都内の某食事処で拉致されました。
しなとり
どっちがとは明記してないし……(小声)。