俺の周りには普通じゃない人しかいないっぽい   作:からっぽ

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第24話

「りょ、りょうくん! そんなことしたら危ないってば!」

「へいき、へいき。りこちゃんも登りなよ」

「そんなのむりだよぉ」

 

 家の近くの公園の、大きな木。それによじ登り、太めの枝に立つと足元を見下ろす。赤い髪をツインテールに結んだ可愛い女の子、俺の幼馴染である梨子が不安そうにこちらを見上げている。幼稚園の頃からの友達だ。

 

「落ちちゃうよ」

「だいじょうぶだって」

 

 下りるわけにはいかない。だって、近所に住む穂乃果姉ちゃんたちは見たというのだ。この木から、夕日を。音ノ木坂の街全体を赤く染めるという夕日を。

 俺だって見てみたい。あの海未姉ちゃんですら、危険な目に遭ってまで見た甲斐があったと言っているのだ。絶対に絶景。間違いない。

 彼女たちが見た景色を見てみたい。だから——

 

「うわあ……! すごい、すごいよりこちゃん! 街が、音ノ木坂が真っ赤だ!」

「そうなの?」

「うん! りこちゃんも見てみたら、おわっ⁉︎」

「りょうくん⁉︎」

 

 木の上でバランスを崩し、足が宙を彷徨う。それでも、なんとか手を伸ばして近くの小枝を掴んだ。ふぅ。

 

「ははは、へいきへい、」

 

 ミシッ。小さい音だったけれど、そんな音がした。この頃から俺の耳は有能だったっぽい。

 あ、やばい。落ちる。

 そう思った瞬間には、俺は背中から地上へと真っ逆さま。同時に梨子の悲鳴も聞こえてきた。

 

「きゃああああ!」

 

 

 

「ぁぁああ! いつまで寝てるの!」

「ぐふっ⁉︎」

 

 と、腹に重み。え、なんで。背中から落ちたはず。というか、痛みじゃなくて重みって?

 

「なんか重い」

「あー、女の子に重いとか言っていいのかな?」

 

 うっすらと目を開ける。俺の腹にまたがっている、浦の星女学院の制服を着た女子生徒。灰色の髪は少し毛先が跳ねていて、側頭部にはビシッと決めた右手が添えられている。いわゆる敬礼ポーズ。こんなことをする知人はたった一人しかいない。

 

「曜」

「おはヨーソロー!」

 

 梨子と同じスクールアイドルに所属するくらいには顔立ちの整っていらっしゃる曜が、片目を閉じてウィンク。まあ、絵にはなるわな。ただし、梨子が描けば。俺の画力では無理。

 って、そんなことはどうでもいい。今、俺が思うのはただ一つ。

 

「どうして梨子ちゃんじゃないんだー、って思ってるでしょ?」

「……さてはお主、エスパーか?」

「誰だってわかるよ、それくらい」

 

 曜が溜息を吐くと、俺の腹の上から下りた。そうですか、誰でもわかりますか。しかしそれを認知していない人も世の中にはいるんだよ。梨子とか梨子とか梨子とか梨子とか。あと、梨子。

 でも、よくよく考えてみると疑問が浮かぶ。曜がここにいる理由とはなんだ?

 千歌ならわかる。彼女はこの俺が住んでいる施設——すなわち十千万を経営している高海家の娘だから。起こしにくる理由はある。梨子もわからなくもない。梨子は俺の幼馴染だし、目覚ましは幼馴染の特権である。というか来てほしかった。

 じゃあ曜は? いったい何の権利があって、ここにいるのだ。不法侵入じゃない? というか十千万、セキュリティは大丈夫なんですか。

 

「涼君がいつまでもはぐらかすから、直接聞きに来たんだ」

「はぐらかす? 何を?」

「例の連絡先の話」

 

 ……ああ、あれか。あの打ち上げの時に曜にばれたやつ。そういえばここ最近、しつこく曜に尋ねられていたな。全部適当にごまかそうとしてたけど。

 

「曜の気のせいだったんだよ、きっと」

「ふぅん、それが涼君の答え?」

 

 曜がすぐさま動いた。寝転がったままだった俺は全く反応できず、再び腹の上に曜がまたがる。そのまま前後動。

 

「出航であります!」

「ば、か! 人で遊ぶなよ!」

 

 起きたばかりで揺すられ、気持ち悪い。しかも今は寝起き。つまりアブナイのだ。腹なんかまたがるなよ、もし触れてしまったらどうなると思ってる。俺が訴えられるんだよ。困るから、本当に。

 

「わかったわかった。話すから、だから下りて」

「本当に?」

「ああ」

「じゃあ、下りようかな」

 

 疑いの眼差しを俺に向けながらも、曜はようやく俺の腹の上から下船し、敷布団の隣に正座をする。俺も布団を剥がして起き上がり、何となく正座。俺が居座り直したのを確認し、曜が口を開く。

 

「どういうことなの? 幼馴染なんだよね、涼君と梨子ちゃんは。それなのに、連絡先を知らないの?」

 

 そう。実は俺、梨子の今の連絡先を知らない。

 

「……ああ」

「どうして?」

 

 どうして、か。それはいろいろあったとしか言えないな。本当に、いろいろあったんだ。

 黙ったままの俺を見て、曜はまた溜息。さっきの人を小馬鹿にしたような溜息ではなく、どこかアンニュイな雰囲気を含んでいた。

 

「結局話してくれないんだ」

「ごめん」

「いいよ。涼君と梨子ちゃんだから起きたことだと思うし、二人の問題なんでしょ。私が首を突っ込むことじゃないんだよね、きっと」

「いや、話すよ。少し。前は持ってたんだ。でもある日突然、梨子が連絡先を変更してさ。向こうにいた時は何度か聞いたんだけど、結局教えてくれなくて」

「こっちに来てからは?」

「……一度も」

 

 ふむふむと頷いた後、曜は立ち上がった。見上げると、少しニヤけていた。背筋を冷や汗が流れる。

 

「じゃあ、私から梨子ちゃんに頼んでみるよ。その代わり、貸し一つね」

「え」

 

 曜に貸し? ……大丈夫なのだろうか。そこはかとなく危ない香りがする。

 しかし梨子の連絡先が入手できるかもしれない。それはそれで魅力的である。

 両者を天秤にかけてみる。すぐに傾いた。

 

「わかった。頼むよ」

 

 曜はその顔をさらにニヤけさせて、敬礼。

 

「ヨーソロー!」

 

 ……やっぱり、悪魔に魂を売ってしまったのだろうか。それ、どこかの堕天使っぽいね。

 

 

 *

 

 

「これが、私たちの部室……!」

 

 千歌が体育館に設置されていた小部屋の前で、嬉しそうに扉を見つめている。その扉の上方の壁には、スクールアイドル陪……じゃなくて、スクールアイドル部と書き直された紙。それ、なんで間違えたの。

 スクールアイドル、ばい。

 ふと、脳内に自然豊かな景色をバックにした梨子が浮かんだ。普段はしないようなラフな格好をした梨子が緑一色の山を後ろに。

 

『うち、スクールアイドルばい! ラブライブ優勝したるけんね!』

 

 ……方言ってこんな感じ? ほら、俺って都会生まれだからわからない。

 

「えっと、涼君?」

 

 気づけば目の前で、梨子が手を振っている。背景は古い体育館。服装は普通の浦の星の制服。つまり見慣れた光景。

 

「どうしたの、ぼーっとして。千歌ちゃんたちはもう中に入っちゃったけど?」

「いや、あれ。あれでいいのかなって」

「スクールアイドル陪……良くはないよね」

 

 苦笑いする梨子。しまった。録音し忘れた。いやしかし映像も欲しい。よし、動画の撮影だ。

 梨子をじっと見る。俺の熱い視線は物理的に熱を与えるのか、少し梨子の頬が赤くなる。

 

「もう一回言ってみて」

「別にいいけど……スクールアイドル陪」

 

 脳内のビデオカメラにしっかりと保存。……ばい、か。いい響きだな、うん。少しシチュエーションは違うけど、やっぱり梨子は何をやっても可愛いね。

 

「涼君? ニヤニヤしてるけど、そんなに面白い?」

「あ、いや。なんだか方言みたいだな、なんて」

「方言? 好きなの?」

「そうじゃないけど」

「ふうん……まあ、私たちも行こ?」

「ああ」

 

 梨子に随ってスクールアイドル部の部室に入る。

 と。入った瞬間、むせたくなるような煙たい空気が肺に送り込まれる。な、なんだこの部屋。埃っぽい。

 部屋の中を見渡してみる。何かが書きっぱなしのホワイトボード、汚れた窓、散らかった本。うむ、汚い。

 山積みの本やら書類やらを避けながら進むと、腕まくりをした曜が振り向いた。

 

「まずは部屋を片さないと、だね」

「そうだな」

「えー⁉︎ やっぱりやらないとダメなの?」

 

 何やら文字の書かれているホワイトボードの前、千歌が驚いた顔をしてこっちを見た。いやいや。

 

「何言ってんだ、千歌。当然だろ」

 

 部屋には本とか椅子とかその他いろいろなものが埃まみれの状態で置かれている。こんな状況のままで部室として使おうなんて馬鹿げてる。

 

「うう……。大変だなぁ……」

「それでもやるしかないんだから。さ、始めよう」

 

 まずは窓か何かを開けないとな。こんな空気の悪い環境、何かの病気にかかるかもしれない。すでに恋の病にかかっているのに、他の病にかかるわけにはいかんでしょ。

 

「あれ?」

 

 ガラス戸に近づいたところ、赤い何かが動いたような気がした。気のせいか?

 

「どうかしたの?」

「赤い何かが見えたんだけどさ」

 

 すぐに梨子が駆け寄ってくる。俺の開けたガラス戸から身を出し、左右を見る。

 

「何もないけど……」

「どうかした?」

 

 今度は曜が近づいてくる。梨子と同じようにガラス戸から身を乗り出し、左右をキョロキョロ。

 

「誰もいないけど?」

「でも赤いのが見えたんだけどな」

「赤? もしかしてルビィちゃん?」

 

 赤。真っ先に思いつくのは……やはり黒澤ルビィであろう。

 

「かな、と思ったんだけど」

「あーー!」

 

 その時、突然千歌が大声をあげた。俺ら三人は驚き、飛び跳ねる。

 

「な、何? どうかしたの?」

「そうだよ、ルビィちゃんだよ!」

 

 雑巾を放り投げ、千歌がこちらへと突進してくる。なんだろう、嫌な予感しかしない。これは逃げたほうが、

 ガシッ。

 

「逃げちゃダメだよ、涼君」

「曜⁉︎」

 

 しかし曜に阻まれる。俺を後ろからホールドした曜は、千歌に俺を献上。そんな、俺が君に何をしたというんだ!

 

「りょー君!」

 

 千歌が俺の手を取る。その目はキラキラと希望に満ち、とてもじゃないが断れない雰囲気。

 

「ルビィちゃんとメル友だったよね?」

 

 ほら、どうせそういうことだろうとは思ってたさ。

 

 

 *

 

 

 二年生のクラスがある階の一つ下の階。そこには一年生のクラスが一つある。

 その扉の前に立ち、俺は深呼吸。

 さて、これからこの扉を開けなければならないわけだが。もし開けたとして、中の一年生はどんな反応を示すのだろうか。

 まず問題となるのは、彼女たちが俺のことを知っているのかどうか。知らないとすると、不審者と間違えられる可能性もゼロではなくなる。それは困る。通報されたら勧誘どころではない。

 知っている場合。俺って、どんな噂になっているのだろう。特に特技も何もない、普通の男子高校生。しかしこの女学院の唯一の男子生徒でもある。妬まれていたりしていないだろうか。

 

「って、ごちゃごちゃ考えててもしょうがないな」

 

 俺は意を決し、ドアを開いた。

 

「失礼します」

 

 ドアを開け、真っ先に飛び込んできたのは過疎状態の教室。十人もいないと思われる。しかしそれでも、開けた瞬間はまだ各々がおしゃべりをしていた……が。

 俺が一言発した途端、全員が黙り、俺を見た。や、何でこんなに注目を集めてるんだ。少し怖い。十人ほどでこれだけ緊張するということは、ライブ時のAqoursってどれだけすごかったんだ。やっぱり彼女たちは普通じゃないんじゃないか?

 

「えっと。黒澤ルビィさんっています?」

 

 聞いてから後悔。どこからどう見たって、教室内には赤い髪の女の子はいない。

 

「えっと、いません」

「そっか。ありがとね」

 

 俺はすぐに教室を出て、扉を閉める。これ、後輩に変な印象を与えていないだろうか。ルビィちゃんを呼び出したって、なんか変な噂が立ちそう。

 まあ、今回は梨子も事情を知っているわけだから、そこまで問題にならないよな。

 それよりも、どこに行けばルビィちゃんに会えるんだ? 部活に入ってたりするのか? それとも、今日はたまたま風邪で休んでいたとか?

 

「あ、待てよ。そういえば親族らしき人がいたな、この学校に」

 

 同じ黒澤という名字の、あの人が。となると行き先は一つ。







活動報告に『加法定理って』の没シーンを書きました。興味のある方は読んでみてください。
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