図書室に入ると中には五人の人物がいた。Aqoursの三人に加えて、予想通りルビィちゃんとマルちゃん。カウンター越しに梨子たちと一年生二人が向かい合っていた。
「あっ、涼君」
「遅れてごめん」
俺が入室した途端、梨子が小さく手を振ってくれた。俺も軽く手を挙げて返す。しかしその至福のコミュニケーションを邪魔する者が一人。
「りょー君、どこ行ってたの! ルビィちゃんの連絡先を知ってるんだから、それで場所聞けばよかったのにー」
「いや、それは」
ほら、一応ルビィちゃんと連絡先を交換した理由は男性恐怖症及び人見知り克服のためでして。それをそんなふうに私的利用するのは信用を損いそうというか、企業的にどうなのというか。俺は企業じゃないんだけども。
「ま、いいや。それよりほら、りょー君からも何か言ってあげてよ! 二人ともすっごく可愛いって!」
「え?」
何言ってるの。すっごく可愛いのは梨子だろ。
そういう視線を千歌に送ってやったら、ジト目で返された。あ、はい。そこは合わせろよ、ということですね。
「可愛いよね?」
「えっと……まあ。そうだな。二人とも可愛い」
「そ、そうですか?」
適当な相槌にマルちゃんたちは苦笑い。明らかにお世辞で言われてるな、と思ってる顔だ。いや、お世辞ではないよ? あくまで梨子と比較しなければ……
「へえ〜」
と。いつのまにか後ろに迫っていた渡辺の曜さんが何やら企み顔。
「涼君って、年下がタイプなんだ」
「いや、別にそういうわけじゃ」
「えっ、そうなの……?」
したり顔の曜と、ひどく驚いた様子の梨子。『涼君ってロリコンだったの……?』みたいな驚きが読み取れる。いや、俺はロリコンじゃない。強いて言うならロがいらない。ロが。
「違うんだ梨子。俺は別に年下好きじゃない」
「じゃあ、年上?」
梨子に弁解しようとすると、曜がそう聞いてきた。くっ、此奴、知っててそういうことを言うのか。
「いや、年上でもないし」
「じゃあ同い年が好きなんだ。誰に恋してるんだろうね〜?」
ニヤニヤしながら、曜は梨子と千歌とを順に見る。知ってるくせに。
最後の審判でも受けているかのような深刻な面持ちの梨子と、興味がないのか大きな欠伸をしている千歌。しかし、一番衝撃を受けたのは、Aqoursのメンバーではなかった。
「こ、恋⁉︎ 誰ずら、じゃなくて、誰が好きなんですか⁉︎」
「え、マルちゃん?」
栗色の髪がフサフサと揺れる。ついでに柔らかそうな双丘も。国木田花丸。俺らより一つ年下の一年生。身長も低いのだが、そのボディは梨子よりも起伏に富んでいる。くっ、俺の心を惑わすつもりか! 惑わされないけど!
「しかも相手は同じ部活なんですよね? 青春、キラキラしてるずら……!」
なんか、目をすごいキラキラと輝かせながらマルちゃんが迫ってくる。あ、はい。そういう話が好きなのね。乙女ですね、マルちゃん。
というより近い。俺はマルちゃんの身体に触れないようにできる限り背中を曲げる。
「ルビィちゃんは何か知ってる? 先輩とメールしてるんだよね⁉︎」
「えっ、る、ルビィ? ルビィは特にそういう話は」
「ねえ」
千歌が割って入る。彼女が浮かべる表情は悪代官のような含み笑い。あの表情は見たことがあるな。そうそう、転校生を捕まえる秘策がどうたらの時だったと思う。
「知りたいの? スクールアイドルをやってくれるなら、教えてあげてもいいけど〜?」
いや、よくないから。それ、俺のプライバシー的にアウトなやつ。
「そ、それは……。究極の選択ずら……」
「いや、マルちゃん。迷わなくていいから。俺の好きな人なんて、そんなこと知ったって何の価値もないって」
せいぜい千歌や曜のように俺のピュアハートを弄ぶのが関の山だろう。あれ、それって結構価値あるの?
「それに千歌。そういう勧誘はあまり良くないと思うけど」
千歌に注意する。俺にしたのと同じような勧誘じゃないか? 俺の場合、脅しだったけど。あ、これは千歌の信用というか、そういうもののために言っているんだよ? 決して好きな人を知られたくないからじゃないよ?
「そうだよ、千歌ちゃん。強引な勧誘は良くないよ?」
ほら、曜も同意してくれる。珍しいな、曜が俺の意見に同意なんて。実は曜、まともな人だったり……?
「そっか。そうだよね。可愛いからつい」
「まあたしかに可愛いけどね、二人とも」
「おやおや? 涼君、やっぱり年下が好みなのかな?」
「なっ、曜! だから違うって!」
「さ、練習練習」
全然違った。やっぱりつかみどころのないやつだった。取り扱い注意。
曜と千歌が図書室から出て行く。俺もそれに続こうとして、梨子がさっきからずっと固まったままなのに気付いた。あれ、いつから?
「梨子? 練習やるらしいけど?」
「えっ? あ、うん。そうだね、ずら」
あれ? 今、梨子が『ずら』と言ったような。
「……梨子?」
「な、何でもない! 今のなし!」
少しだけ早口にそう言うと、梨子は先に図書室から出て行ってしまった。どうして方言を?
まあいいや。これでAqoursのメンバーはいなくなった。実は少し、ルビィちゃんに聞きたいことがあるのだ。
「ねえ、ルビィちゃん」
「は、はいっ!」
名前を呼ばれた途端、ルビィちゃんがぴょんと飛び跳ねる。そしてコソコソとマルちゃんの背後に。……俺、そんなに危ない人なのかなぁ。
「スクールアイドル。やってみたいと思わない?」
「えっ」
驚きの表情。それはそうだろう。さっき千歌に強引な勧誘は良くないと言ったばかりなのだから。
「興味あるんじゃないの?」
「だけど……ルビィは……」
マルちゃんの影でルビィちゃんの顔が曇る。彼女がスクールアイドルが好きなのは事実。それは生徒会長も認めている。
では、なぜ。なぜルビィちゃんはスクールアイドルをやりたがらないのか。それはもしかしなくても、生徒会長に起因するのでは?
「生徒会長と何か関係があるんだよね?」
「ダイヤさんに?」
「それは……」
ルビィちゃんの次の言葉を聞くべく、俺とマルちゃんは注意深く待つ。しばらく時間が経ったあと、ルビィちゃんはゆっくりと口を開いた。
「昔はお姉ちゃんも、スクールアイドルが好きだったんです。一緒にμ'sのマネをしたりして遊んでました。でも、高校生になった夏休みくらいから、お姉ちゃんは……」
スクールアイドルが嫌いになったのか。生徒会長の話と同じだ。
「それで、ルビィちゃんはその理由は知ってる?」
ルビィちゃんはゆっくりと首を横に振った。……そっか。
「まあ、とりあえず。スクールアイドルにはならないってことでいいのかな?」
「……はい」
「……ルビィちゃん……」
しばらく間を置いてから、ルビィちゃんは頷いた。なんか、しんみりとした空気になってしまったな。申し訳ないです。
「えー、それじゃ」
「あっ」
「どうかした?」
立ち去ろうとすると、マルちゃんに呼び止められた。えっ、何だろう。まさか好きな人は誰なのかとまた聞かれるのか⁉︎ よせやい。
「……やっぱり、何でもないです」
「えっと、そう」
……? 何だったんだろう。
*
翌朝。俺とAqoursの三人は淡島に来ていた。例の神社へと向かう階段、そこを駆け上がることで足腰を鍛えようという話。そう、これはあのμ'sが神社の階段をダッシュしていたのを真似してみようということだ。
しかし。
「ゼェ、ゼェ、つ、疲れた……」
「もう無理〜」
あえなく四人とも途中でバテる。そりゃそうだろ。ここの階段、あそこのとは比べものにならないくらい長いんだぞ。
「本当にこれを毎日やるの?」
「もちろん……」
ぐったりとした様子で、梨子の問いに千歌が答える。
「あんまり無理するなよ?」
「だいじょぶ……」
プルプルと震える腕を上げ、千歌がグーサイン。いや、大丈夫じゃなさそうなんですが、それは。
「これって、結構疲れるんだね」
四人の中では、おそらく一番余裕そうな曜。一応水泳部だしな。けれど、それでもキツそうではある。
「おっかしいなぁ。この間来た時はこんなに疲れなかったのに」
「この間?」
「そ。りょー君と二人で、あっ!」
「えっ⁉︎」
ばっ、と梨子と曜が俺の方を振り向く。千歌……。何で言うのさ。
「涼君、それって本当⁉︎」
「ま、まさかデ、デートとか……?」
「い、いや! そんなんじゃないって!」
「えっと、あれはただ、ライブの成功を祈るために神頼みを……」
「でも、それならわざわざこっちまで来る必要はないよね? 淡島まで渡らなくても、神社ならあるし」
曜からの鋭い指摘。それはそうだけども。
「ねえ、それっていつの話?」
梨子からの質問。本能的に、これに正直に答えたらまずいと感じた。それってほら、梨子を誘わなかったということに繋がってしまうから。
「いつだっけ? 俺は覚えてな」
「ライブの前日だよ」
「ふぅん。私や梨子ちゃんは誘わなかったんだ」
……千歌さんや……。
「ねえ、やっぱり涼君と千歌ちゃんって付き合ってる?」
曜が続けて直球を放り投げてくる。そんなわけないとわかってるはずなのに、ああもう。意地悪だな、曜は。
「違うって。全然そんなこと」
「そうだよ、曜ちゃん。梨子ちゃんや曜ちゃんみたいな可愛い子ならともかく、普通で地味な私なんかが——」
「あー、私先に登ろうかな。邪魔したら悪いしね」
ペロッ、と悪戯っぽく舌を出したあと、曜は階段を駆け上っていった。その後に続いて梨子も立ち上がる。梨子は立ち上がると同時に俺たちに背を向けた。
「そ、それじゃあ私も……」
「り、梨子、だからちが——」
止めようとしたが梨子は一度も振り返らず。階段をゆっくりと登っていってしまった。
残ったのは俺と千歌。急に体が重く感じられ、俺はその場で仰向けになる。階段を登った時とは比較にならないほどの疲労感。また誤解か……。
「えっと……りょー君、ごめんね」
空を見上げていると、視界に千歌が映った。日が遮られ、視界が薄暗くなる。よほど申し訳なく思っているのか、その表情はかなり暗い。
「私みたいな地味な子といても、面白くないのにね」
「そんなことないだろ」
「でも」
「いや、気にするなって。それに誤解なんて、慣れてるし」
ここに越してきてからも、何度梨子に誤解を与えたことか。いや、引っ越す前だって。その度にかなりの労力をかけて誤解を解いてきたからな。……これ、慣れていいものなのだろうか……。
「あ、千歌」
と、階段の上の方から声がした。これはたしか、千歌の幼馴染の果南さん。
「果南ちゃん?」
「さっき他の二人が登って行ってたけど……何かあったの?」
階段を駆け下りてきたらしい果南さんは、息一つ切らさずに聞いてきた。体力、すごいな。やっぱりダイビングをやっていると違うのだろうか。
「実は、二人が勘違いしちゃってて。私とりょー君が付き合ってるって」
「あはは……大変だね」
果南さんは苦笑い。
「どうしたって、私なんてたいして可愛くないのに」
「そうかな。そんなことないと思うけど。ね、凪沙君」
「え」
そこで俺にふってきますか、果南さん。
「どうなの、凪沙君」
「そうですね。可愛いと思います」
「えっ、本当⁉︎」
「まあ。だってスクールアイドルやるくらいだしな」
なんか面と向かって言うのは恥ずかしかったので、千歌から少し目をそらす。というかこの流れ、可愛くないとか言えないでしょ。
「そ、そうなんだ。へぇ。可愛い……」
「千歌、顔がにやけてるよ」
「はっ⁉︎」
果南さんの指摘に、千歌が慌てて顔を隠す。そっちの方を見てみると、少しだけ千歌の頬は火照っていた。
「し、仕方ないんだよ、これは! 可愛いって言われたんだもん!」
「……これじゃ誤解されるわけだね」
「ううっ。やっぱり私が悪いのか……」
やれやれと呟いた後、果南さんはその場で駆け足をし始める。
「じゃあ、私はもう行くから。店を開けないとね。凪沙君、よかったらまたダイビングに挑戦しにおいでよ」
「考えておきます」
軽く手を振り、果南さんは階段を駆け下りていった。その姿に疲れはまったく見えない。……すごいな、この人。
「りょー君」
果南さんの体力に感心していると、千歌から話しかけられた。
「何か?」
「さっきはありがとね。お世辞だろうけど、でも嬉しかった」
千歌がえへへ、と笑う。しかしその笑いはどこか哀しそうで——似ている気がした。
「いや、お世辞じゃないって。本気で可愛いと思ったんだからな?」
「えっ、えっ? それって……」
「まあ、梨子の方が好きだけどね。梨子の方が」
「……だよね、ははは。まったく、心臓に悪いよ」
心臓に悪いって。まさか俺が千歌に告白するとでも思ったのだろうか。
「千歌、言っておくけど俺の好きな人は梨子だからな?」
「わかってるよ、何回も聞いた。どうしてそれを本人に言わないのかなぁ」
「いや、だって振られるかも……」
「ヘタレー」
「うぐっ」
何だろう。千歌に言われると、あの人たちに言われるのとはまた違った屈辱感というか悔しさというか、そういうものがある。
なんとなく、言い返してやりたくなった。
「可愛いと言われただけで好きだと勘違いするような奴に言われたくないな!」
「な……! 何をー!」
千歌が人の頬を抓ってきた。痛い痛い痛い痛い⁉︎
「ほーりょふはんはひ!」
「きーこーえーなーいー!」
必死で抗議してみるも、千歌はやめてくれない。いや、本当に痛いんですが⁉︎
「……何してるの?」
と、階段の上から冷めた声。ようやく千歌の手が離れたので、頬を摩りながら上を見上げてみると……曜と梨子。呆れた曜の視線と、思考が追いついていないのかぼーっと突っ立っている梨子の視線が痛い。
……誤解されるのもしょうがない、のか?