俺の周りには普通じゃない人しかいないっぽい   作:からっぽ

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第27話

「ちょっとからかいすぎたかな、って思って戻ってみたら……」

 

 曜が引き攣った笑みを浮かべながら、そう言う。その後ろでは梨子が眉を八の字にして困り顔。あれ、いつも通り?

 

「やっぱり付き合ってる?」

「いやいや、曜。さっきの状況見たよね? 明らかに俺が千歌に攻撃されていたというか」

 

 というより、からかいすぎたって自覚あったのか。いっそのことすべてやめてもらいたいんですが。

 

「あの、どうして千歌ちゃんが頬を抓ってたの?」

「聞いてよ、梨子ちゃん! りょー君がね、私のことをバカって言ったんだよ? ひどくない?」

「えっ、そうなの?」

「言ってないから!」

 

 おい、千歌。梨子にいわれのないことを吹き込むんじゃない。

 

「でもね、可愛いと言われたくらいで好きだと勘違いするなー、って言ったんだよ? これ、絶対遠回しにバカって言ってる!」

 

 千歌の訴えに、梨子は一瞬だけ驚いた表情を見せた。

 

「可愛いと……」

「ちょっと待って。千歌ちゃん、涼君に可愛いって言われたの?」

「「あ」」

「……」

 

 淡島の階段の踊り場。そこにはしばらくの間、沈黙が流れる。波の音がかすかに聞こえた。

 

「ち、違うんだよ? ほら、私って曜ちゃんや梨子ちゃんに比べて普通でしょ? りょー君はスクールアイドルとしての私を励まそうとしただけで。あ、やっぱりそれで勘違いするのはバカみたいだね。あはは……」

 

 千歌の乾いた笑い声が、虚しく響き渡る。次第にその声すら薄れていき、踊り場は再び沈黙に包まれる。

 しかしそこまで卑下しなくても。千歌だって可愛い子ではあるのだし。まあ、口が裂けても言えないが。

 

「えっ、と……あ、もうこんな時間だ! 定期船乗らないと、学校に遅刻だよ!」

 

 あくせくと千歌が曜や梨子の背中を押す。それでやっと全員が動き出し、階段を下りていった。

 初夏。日差しが強くなってきたせいか、首筋がジリジリと暑い。

 

 

 *

 

 

 その日の四限、英語の授業。ペアワークなるものがあり、教師が適当にペアを組ませていった。俺の相手は曜。……梨子じゃなかった。

 教室の反対方向に座している梨子を眺める。梨子はイツキさんと組んでいた。楽しそうに話している。いいなぁ。俺も梨子と組みたかった。

 小学生の頃なんかは、桜内と凪沙だから結構出席番号順の席になると隣になることが多かったんだけどな。わかるだろうか。

 まあとにかく。このクラスは人が少なくてダメだった。

 

「ねえ、これってどういう文構造……って、聞いてる?」

「聞いてない」

「聞いてるじゃん……」

 

 えいっ、とノートか何かで軽く背中を叩かれる。止むを得ず、俺は曜の方を振り向いた。当たり前だが、曜がいた。

 

「何でしょう」

「またそうやって梨子ちゃんばっかり見て」

 

 曜がぷくりと頬を膨らませた。柔らかそうだな、ほっぺた。

 

「すみませんでした」

「ペアワークだよ? 一緒に勉強しようよ」

 

 曜は教科書を開くと、それを俺の机と曜の机にまたがるように置く。

 

「自分のがあるんだけど」

「いいじゃん。こっちの方がペアワークって感じがするよ!」

「まあ、いっか」

 

 曜って、結構サバサバした性格なのかな。今現在普通に会話しているあたり。今朝のギクシャクした雰囲気はもう感じられない。良かった良かった。梨子もそこまで気にしてないらしいし。

 教科書を見ようと教科書を覗き込むと、曜も同じように覗き込んできた。必然的に顔が近付くわけで、曜の息が耳にかかる。ち、近い。

 下敷きを取り出してパタパタと扇いでいると、曜に肩をつつかれた。

 

「ねえねえ、本当に千歌ちゃんに可愛いって言ったの?」

 

 気にしてたー。全然サバサバじゃないじゃん。むしろ心の中がトロトロ、じゃなくてドロドロしてそう。根に持つタイプ?

 

「どうなの?」

「それは言ったっちゃあ、言ったけど」

「そっかぁ。さては涼君、千歌ちゃんまで落とすつもりだな〜?」

 

 図星でしょー、と曜がシャーペンで人の頬を突っつく。いや、違うから。

 

「俺はスクールアイドルとして励ますために言っただけというか」

 

 そりゃ可愛くないとは言わないけど。でも、やっぱり梨子と比べるとね。俺にとっては梨子の方が可愛い。まあ、世界三大美少女の一人である梨子に勝負を挑むなど、100年早いな。

 

「そっかぁ。まあ、でも。たしかに二人とも可愛いもんね」

「スクールアイドルをやるくらいだしな。あっ、曜も可愛いと思うよ?」

「何かな、その取って付けたようなお世辞は」

 

 ……バレましたか。いやしかし、曜が客観的に見て可愛い子であるというのは事実だ。ただ、好きという感情が湧くかどうかは別として。

 思えば、以前千歌にもお世辞はいいよとか言われた気がする。もしかして、梨子も『可愛い』とか『似合ってる』とかいう言葉を全てお世辞として受け取っているのだろうか。

 

「俺の言葉ってそんなにお世辞っぽい?」

「お世辞っぽいというか、普段から四六時中梨子ちゃんのことばっかり見たりしているからね。説得力がない」

「そうか、それなら仕方ない」

 

 つまり梨子はお世辞として受け取っていない可能性がある。良かった良かった……ん?

 

「曜って、俺のことを四六時中観察してるの?」

「え」

 

 まずっ、という声が聞こえてきそうなくらい、曜の顔がひきつる。あれ、図星?

 

 ちょっと待て。ま、まさかとは思うが、曜ってもしかして俺に……

 

「べ、別にそういうわけじゃないよ! たまたま私が涼君を見た時は、いつも梨子ちゃんを見ているだけ!」

「なんだ、そんなことか」

 

 やっぱり、俺って人に好意を寄せられるような人間ではないのだな……。まあ、そうだよな。思い返せば、中学時代なんて女子からはいつも避けられていた気がする。

 例えば、所属する委員会をクラスで決める時。たまたまやりたい委員会のところで挙手したところ、一人の女子と一緒になった。ちなみに定員は二人。

 

『あ、凪沙君はこれをやるの? ……じゃ、じゃあ私は別のやります!』

『え? あ、うん』

 

 まあ、代わりに梨子がやることになったから文句はないけど。でも、俺のことを避けてるよな。

 他には修学旅行のバスの座席。クジで決めることになったのだが。

 

『へー、涼はA3か。俺の後ろだな!』

『A3? もしかして、B3の私の隣……?』

 

 ここで反応した一人の女子。彼女は自分の引いたクジを持って、梨子の元へ。何やら会話を始める。

『……ね? 交……ようよ!』

『えっ、でも……勝手に……まずいんじゃ……』

『大……だって!』

 

 梨子とクジを交換していた。なんだ、そこまで俺の隣が嫌だったのか。まあ、おかげで梨子の隣にはなれたんだけども。

 こんな感じで、俺は女子から避けられていたわけだ。うーん、いったい俺のどこが嫌だったんだろう。今でもいまいちわからないのだが。

 

「あのさ、涼君」

「曜?」

 

 ここで、曜から声をかけられて現実に立ち返る。このクラスの女子(例えば今目の前にいる曜とか)は、梨子に俺を押し付けたりはしないらしい。嫌われてなさそうなのを喜ぶべきなのか、梨子と活動できないのを嘆くべきなのか。後者だな。

 

「そんなことって言ってたけど、じゃあどんなことだと思ってたの?」

「え? それは……」

 

 何てことを聞いてくるんだ。正直に答えたら絶対に嫌われるパターンだぞ、これは。

 

「もしかして、少し期待しちゃった?」

「そ、そんなわけ」

 

 少し目が泳いでしまった俺の反応を見た曜は目敏く気付いたらしい。クスリと笑い、俺の方へと顔を寄せてきた。近い。蒼い瞳が目の前に迫る。顔が火を吹きそうなくらい熱く感じる。

 

「あー、期待してたんだ」

「いや、してないって」

「でも、顔真っ赤だよ?」

「そ、それは! 曜が近すぎるんだってば」

「これくらい普通じゃない?」

「普通じゃない!」

 

 その時、ちょうど授業終了のチャイムが鳴った。そうかなぁ、などと言いながら曜が離れる。

 熱くなった顔を下敷きで扇ぐ。夏だな。……違うか。

 

 

 *

 

 

「梨子ちゃんは、今朝のこともう気にしてないのー?」

「うん。慣れてるし……」

「ああ、何となくわかる気がする」

「どーいうこと?」

 

 放課後、部室。授業中にできなかった英語の勉強をしている俺の前で、梨子と千歌、曜が会話をしている。俺をからかったりしていた曜は実は終わらせていたらしい。要領の良いやつだな、曜だけに。

 

「安心しろ、千歌。俺もわからない」

「罪な男だね、涼君は」

「どこが。俺的には、人をからかう曜の方が、」

 

 コンコン。

 

 と、ドアをノックする音。ガラス張りの向こうには、赤い髪の女の子と栗色の髪の女の子。あれはルビィちゃんとマルちゃんだ。

 

「ルビィちゃんと花丸ちゃん?」

 

 千歌がドアを開け、二人を中に入れる。俺は勉強道具の類を束ね、鞄の中に放り込む。

 スクールアイドル部への来客二人と向かい合うように、俺たちは一列に並ぶ。代表して、千歌が二人に話しかける。

 

「どうしたの?」

「私たち、スクールアイドル部に一週間、体験入部したいんです」

「えっ……本当!」

「はい」

「やった……やったよ! これでラブライブ!優勝だよ! レジェンドだよ!」

「千歌ちゃん、はしゃぎすぎ」

 

 曜の言う通りだぞ。たしかにルビィちゃんとマルちゃんは可愛いけどさ、だからってラブライブ!優勝はどうなの。というより、梨子が入った時はそんなこと言ってなかったじゃないか。それはつまり梨子がこの二人より可愛くないと言いたいのか、よぉしちょっと表に……嘘です、冗談です。

 

「でも、どうして体験入部なの?」

 

 梨子が質問する。

 

「えっと、それは……」

「もしかして、生徒会長か?」

「は、はい。あの、ここに来たことはお姉ちゃんには内密に……」

 

 する必要、あるのだろうか。生徒会長はこの間、俺に感謝の言葉を述べていた。会長はルビィちゃんに、スクールアイドルを好きでいてほしいのではないのか。

 ……まあ、それを伝えられていないんだろうなぁ。俺と同じか。

 

「できた!」

 

 唐突に、長机の方から声がした。見れば、千歌がスクールアイドル部のビラに何かを書き加えている。えっと、『新入生二名参加』?

 

「千歌ちゃん、人の話は聞こうよ……。体験入部だから」

「ふぇ?」

 

 曜が千歌の肩にポンと手を置く。しかし曜よ、その言葉はブーメランとなっていることに気づいているか。俺の好きな人は梨子だから。人の話聞こうよ。

 

「とりあえず、練習してみましょ?」

 

 しっかりしていないリーダーの代わりに、梨子が提案する。ホワイトボードの横に立てかけておいた模造紙を広げると、それをホワイトボードに張った。

 練習のメニューらしい。円グラフに基礎体力づくりとか、ダンス練習などといった練習内容の比率がまとめられている。

 

「私なりに、他のスクールアイドルのブログとかを見て練習スケジュールを考えてみたの。どうかな……?」

「いいんじゃないか」

「すごい、本物のスクールアイドルの練習……!」

「曲作りはどうするの?」

「それは練習とは別に時間を見つけてやるしかないかな」

「あ、そうだ。二人は、何時までなら練習できるんだ? 予定としては日が暮れるまでやるつもりなんだけど」

「あっ、ごめんなさい。今日はちょっと、沼津まで行く用事が……」

「沼津?」

 

 なんか、前も聞いたことあるような話だな。

 

「はい。実は不登校の子に数学のノートを届けに」

 

 そうそう、前もそんな理由だったな。それで、なぜか俺が付いていくことになったんだっけ。

 

「それなら問題ないよ!」

「千歌ちゃん?」

 

 千歌はマルちゃんたちにサムズアップした後、俺の方を見てニッコリと笑った。……何この既視感。

 千歌は腰を90度曲げて頭を下げ、両の手を合わせて頭の上に。

 

「りょー君、お願いっ!」

 

 梨子、曜、ルビィちゃん、マルちゃんの視線が一斉に俺に集まる。……これ、断れないよね?

 

 

 *

 

 

「さて。またここに来るとは思わなかったぞ」

 

 沼津にあるマンション、その一室の津島さん宅。来訪するのは二回目である。千歌め、面倒なことを押し付けやがって。貸し1にしてくれるらしいが、覚悟しとけよ。

 今日もまた、キーチェーンだろうかと思いながら、とりあえずインターホンを押してみる。

 それにしても、不登校児って日中は何をしているのだろう。不登校になったことのない俺にはわからないな。勉強だろうか。それともゲーム? ただ寝てるだけだったりして。

 いや、しかし。不登校になるということはそれなりの悩みを抱えているということだろう? そんな気楽な生活、送ってないのかもしれん。

 

「……出ないな」

 

 不登校児について考えながら待っていたわけだが、いくら待っても応答の気配はない。外出中なのだろうか。

 とりあえず、もう一回押そうとした、その時。

 

「————!!」

「な、なんだ⁉︎」

 

 叫び声のようなものが聞こえた。部屋の中から聞こえてきたようにも思えるし、外からのような気もする。しかし、女の子の声だった。間違いない、津島善子だろう。

 ふと、最悪の展開が頭をよぎる。不登校児は悩みを抱えていることもある。そして悩んだ挙句——

 

「ば、バカ! 洒落にならないだろ、それ!」

 

 とっさにドアノブに手をかけた。()()()()()()()、鍵はかかっていなかった。何の躊躇もなく、俺はドアを開けて中に突入。

 家の中は真っ暗だった。しかし、ある一室からだけ光が漏れている。あの部屋か!

 

「いつまで……いい加減……リアル……」

 

 あの不登校児は部屋で何か独り言を言っているらしく、所々断片的に言葉を識別できた。焦っている状況ながら、言葉の結びつきを想像して彼女のセリフを予測してみる。

 

『いつまでこんな苦しい思いをしなくちゃいけないの。いい加減、もう、現実(リアル)なんて……』

 

「や、やばいだろ!」

 

 絶対にそうだとは言い切れないが、もしそうなら手遅れになる前に止めなければならない。俺は無我夢中で光の漏れている部屋の扉を開け放った。

 

「おい、何をして——」

 

 部屋の中は、灯りはついていなかった。半開きのカーテンのために外の光が中に差し込んでいて、それにより部屋の全貌がわかった。

 黒や紫を中心とした色合いの装飾を施された壁や床。ベッドにはお化けたちの可愛らしい人形。怪しげな本が並べられた机。禍々しいデザインの化粧台、謎のマネキン、キャンドルスタンド、ビデオカメラ。そして部屋の中央では、魔女のような服装をした不登校児が高々と拳を突き上げていた。

 その手に例えばロープなんかが握られていたら、俺の予測は当たっていたんだろう。

 けれど、その手には何も握られておらず。さらにいえば、彼女の一言が俺の推測を木っ端微塵にしてくれた。同時に現実が返ってきた。俺、不法侵入をしているのではないだろうか。

 

「リア充に——私はなるっ!」

「……」

 

 そっと、開けた扉を閉めた。俺は何も見なかった、俺は何も見なかった、俺は何も見なか——

 

「ちょっと待ちなさいよっ⁉︎」

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