不登校児、津島善子の部屋。その中央に俺は正座している。正面にはゴシックロリータ風の格好をした善子ちゃん(自称堕天使ヨハネ)。本来なら、俺が不法侵入の咎で責められるはずのシチュなんだが。
「こ、これは違うの! 私は別に、ヨハネであることを辞めようとしているわけではないの! ただ、えっと……たまにはこの堕天使ヨハネの器、津島善子にも幸福を与えようと」
「そ、そうなのか」
なぜかはわからないが、必死に善子ちゃんが俺に弁明をしている。逆じゃないの、普通。しかも何を弁解しているのか、俺はよくわかってないよ。
しばらく必死に語った後、ただ話の展開についていけずに呆然としていた俺を見た善子ちゃんはシュンとしてしまった。
「もうダメなのよ……ヨハネとルカの最後の契約は解かれた……」
見捨てられたと思ったらしい。コスプレをした女の子ががっくりと項垂れる様子はどこか笑える。というより、俺をルカと呼ぶその設定、まだ続いてたの。
まあ、たぶん、訳すと、『こんな醜態を晒してしまったからには絶交されてしまう』といった感じだろうか。さすがにそんなことはしないけどなぁ。世の中には『にゃ』と語尾につけたり、関西人でもないのに変な方言で話したりする人もいるんだから。
「で、リア充になりたいってどういうこと? 好きな人でもいるの?」
「違うわよ! 私はただとも……リトルデーモンが欲しいの!」
立ち上がった善子ちゃんは腕をブンブン振り回して否定する。その度に背中の羽根が揺れて少しだけシュール。思わずクスリと笑いそうになり、自分の太腿をつねった。笑ってはいけない。
「なるほど、友達が欲しいと?」
要約してみたところ、善子ちゃんはクックックッ、と不気味な笑い声をあげる。
「これだから下等な人間は。私は堕天使ヨハネ。神にすら妬かれた、孤高の存在。盟友など必要な——」
「じゃあ帰るから」
「ま、待って! 冗談だから!」
立ち上がって帰ろうとしたら、引き留められる。内心溜息を吐きながら、またその場に腰を下ろす。それを見た善子ちゃんはホッとしたようで胸をなでおろす。シンクロするかのように背中の羽根も上下動。
「なあ、俺は君のリトルデーモンなのか?」
「何、当たり前のことを聞いているのかしら、ルカ。これは私たちの前世からの
ギラン、と自分で効果音を付けながら、善子ちゃんは変なポーズをする。片手で自分の片目を隠すようなポーズ。楽しそうでなによりです。
しかし、このまま彼女に誤解を与え続けるわけにもいかない。俺は中二病を患ってもいなければ、ましてや君と契約する気もない。契るのなら梨子とがいい。もちろん、古典的な意味の方で。
仲間がいると信じている彼女には悪いが、誤解は早く解いた方がいい。どこかの渡辺さんからの経験則から、俺は実行に移る。
「言っておくけどな、俺は中二病じゃないんだぞ?」
一瞬、堕天使の動きが止まる。気のせいか、羽根が少し垂れたような気もする。しかしそれでも、善子ちゃんはポーズを決めたまま謎の言葉を紡ぐ。
「ふっ、戯れ言を。ヨハネとルカの心は不可視の鎖で結ばれているの。これは契約の……」
「いや、本当に。ルカじゃないし」
ピタリ。石にでもされたかのように、善子ちゃんが停止する。しばらくした後、ゆっくりとこちらに顔を向ける。
「……嘘よね?」
それまでの自信たっぷりな、儀式めいた声とは違い、か弱く、消え入りそうな声。かなり心が痛んだが、やむを得ない。俺は彼女に精神的な死刑判決を下す。
「残念ながら」
「……」
目を見開く善子ちゃん。驚きに満ちた赤紫の瞳は綺麗で、鼻筋も通っている。不謹慎ながらも、彼女もまた美少女なようだ。そういえば、ちゃんと彼女の顔を見たのは初めてだな。今までサングラスをかけてたりしてたし。何だか予想していたより綺麗な顔立ちだ。ま、そうはいってもやはり、個人的には梨子の方が(ry
「えっと……大丈夫?」
が、あまりにも長い時間善子ちゃんが身動き一つしないので、さすがに心配になってくる。恐る恐る話しかけてみたところ、彼女は上ずった声で答えた。
「へ、へーきよ、ヘーキ。ヨハネはそんなことでへこたれたりしないもの!」
胸を張ったかと思うと、彼女は身をかがめた。顔を寄せて、小声で囁く。
「ほ、本当にそういうの興味なかったの……?」
「まあ」
「……」
そろりそろり、と後ろに数歩下がった後——
「うわああああああん! もう学校行けないぃぃぃぃ!」
「ちょっ、何してんの⁉︎」
善子ちゃんが突然、床を転げ回り始める。ソファに激突し、ランタンに衝突。随分と忙しない子だな。大人しめの梨子に慣れているから、なんだか新鮮である。でも目が疲れる。
「な、少し落ち着こう? な?」
「無理よぉー! だって同じ学校の……」
ピタリ。そこで善子ちゃんの動きが止まる。恐る恐る俺を見て、人を指差した。おい、失礼な。
「男⁉︎ え、男なの⁉︎」
発言も失礼だな、おい。
「いや、そうだろ。どこからどう見ても男だろ」
俺は男の娘じゃない。いきなり何を言いだすんだ、彼女は。
「そうじゃなくって! 私の通ってる学校って、浦の星女学院……はっ⁉︎ まさか不審者⁉︎」
「違うから! というか気づくの遅くない⁉︎」
「怪しいわね。そもそも人の家に勝手に上がってるし!」
「うっ。そ、それは……」
それはまあ、言い逃れはできないな。いくら奇声が聞こえた、不登校の彼女の身を案じた、玄関の鍵が開いていた、とはいえ……あれ、結構真っ当な判断じゃないですか? ダメですか?
法廷のような空間。証言台に立つ俺の前には、もじゃもじゃの白髭を生やした千歌。灰色っぽい服で、先端がぐるりと丸まった杖を持っている。
俺の右手には純白の衣を纏った梨子。手には書物、頭にはエンジェルハイロゥ、背中には柔らかそうな翼。俺と目が合うとふわりと笑いかけてくれる。結婚したい。
一方、逆サイドにはどこかの堕天使のような、真っ黒のコスチュームの曜。赤いフォークのような何かを持ち、お尻からは尻尾が生えている。頭にちょこんと角。なんだかイタズラしてきそう感。
そして後方、傍聴席。ルビィちゃんとマルちゃん。浦女の制服姿だし、特筆すべきことはない。
コンコン、という杖を叩く音。前を向くと、千歌が仰々しく喋り出した。
「うおっほん。これより……ひ、ひこ……うーん、まあいいや! りょー君をおろします!」
軽い⁉︎ というか、いや、裁くでしょ。俺は料理されちゃうんですか、まあ梨子にされるなら吝かではない。
「はい、裁判長! 涼君は有罪だと思います!」
唐突に手を挙げた曜がそう宣言するが、いったい何を根拠に。というより、流れは全無視? ……まあ、裁判長が千歌の時点でそうなるか。
でも、さすがにこれで決定なんてことは……。
「うーん、そうだねー。じゃあ有罪!」
「いや、なんで⁉︎」
さいばんちょー? 証拠はぁ?
「待ってください!」
と、ここで頭の中に染み込んでいくような、清らかな声が。
「梨子ちゃん?」
「涼君はその女の子のことを思ってやっただけなんです! 無罪にしてください、お願いします!」
「梨子……!」
梨子が裁判長に向かって誠心誠意、頭を下げる。梨子、ありがとう。梨子が俺のためにそこまでしてくれるなんて……。
「ねえ、梨子ちゃん?」
しかし裁判長による判決の前に、曜が梨子に話しかける。何だろう、嫌な予感がする。
「涼君は女の子の部屋に入ったんだよ? 無許可でね?」
「女の子の……部屋……?」
少しずつ天使梨子ちゃんの顔が曇り始める。えっ、待って。この流れ、ちょっとやばそうですよ。
「涼君はその子をどうするつもりだったのかな?」
「どうって、それは……」
ポフッ、と音を立てて梨子が真っ赤になる。いや、そんなつもりないから! 俺は梨子一筋ですよ⁉︎ 伝えたことないけども。ダメじゃん、ただのヘタレじゃん。
「ねえ、どうする? 有罪にするの、やめる?」
曜の質問。梨子は一瞬答えるのをためらい、俺を見た後——
「許せない、かな?」
「梨子⁉︎」
「はい、りょー君はギルティ! 曜ちゃん、りょー君を縛って!」
「了解であります!」
いつのまに着替えたのか、婦警さんにジョブチェンジをした曜が縄を手に接近してくる。え、有罪? 決定なの? というより縄って? 手錠じゃないんですか?
「梨子⁉︎ 弁護してくれないの⁉︎」
「あー、涼君には反省してもらいたいから……」
「梨子ぉ⁉︎」
法廷から去って行く梨子。追いかけようとする俺を押さえるかのように、後ろから縄がかけられる。振り向いたところ、曜と目が合った。
「つーかまーえた」
敬礼しながら曜がウィンク。星が飛んだのは気のせいか。帽子が少しズレているところがお茶目というか、何というか。
ふと、曜と自己紹介しあった日を思い出す。そういえば、不覚にも可愛いと思ってしまったんだよな……はっ⁉︎ 危うく心まで捕まるところだった⁉︎
これはギルティ。
残念ながら、脳内裁判でも有罪判決は覆らなかった。まあ、あれだ、俺の良心は健全だということだ。……どうせなら、梨子に縛られたかったなぁ……。
「ねえ、話聞いてる?」
唐突に善子ちゃんにそう聞かれた。あっ、そういえば俺は今、彼女と話をしていたんでした。
「いや、まったく」
「……素直ね」
正直に答えてみたところ、呆れたとでも言いたげな顔をされる。
「じゃあもう一回言うわよ? ル……凪沙先輩が私の部屋に不法侵入したこと、男なのに女子校に通っていることを口外しない代わりに、私の頼みも聞いてもらう、って話よ」
完璧ね、と自分のアイディアを自分で賛美しながら善子ちゃんは胸を張る。うむ、梨子よりはない。……こういうことを反射的に判断してしまう俺は変態なのだろうか。
まあ、それはおいておこう。善子さんや、それ脅しだよね? 脅迫ってやつじゃないの?
しかも内容。俺が女子校に通っているのは別に言われたら困る事ではないのだが。ちゃんと理事長の許可も出ているし。
それに。
「善子ちゃんって、友達いないんだろう? 誰に口外するのさ」
「なっ⁉︎ いるわよ、友達くらい!」
顔を真っ赤にしながら否定する善子ちゃん。それ、明らかにいない人の反応じゃない?
「とにかく! この秘密をバラされたくなかったら、私のお願いを聞いてちょうだい」
まあ、仕方ない。勝手に上がったのは俺だし。自業自得ってやつか。それで、お願いとは何なのだろうか。
「まず一つ目。ヨハネのこの真の姿のことは誰にも言わないこと。ルカが今宵見たことは全て幻、ファントムなの」
「別にいいけど」
というより、誰に話すのだ。梨子に話す? いやいや、そんなことするわけ。さっきの脳内でもあったように、梨子は俺が誰か女子の家に行くとなると怒るからな。きっと破廉恥だとか何だとか思っているのだろう。きゃっ、梨子ちゃんピュアピュア! そんなところも大好(ry
「二つ目。ヨハネのリア化のためその身を捧げなさい」
「……えっ、付き合えと?」
リア化ってリア充になることだよな? それに身を捧げろって、え? お断りしたいんですが。
「ち、違うわよ! ヨハネはとも……新たなるリトルデーモンを探すために、魔を探求する集いに赴かなければならないの! それを手伝えってこと!」
ああ、そういうこと。
「ぼっちライフを過ごしたくないから、うまく友達ができるように計らって、ってことだ」
「す、少ぉーし違うけど、だいたいそんな感じよ。下等な人間的に言ったら、そういうことね」
紛らわしい。
「というより、そもそもその話し方をやめた方がいいんじゃないのか?」
「や、やめ、って……そんなことくらい、わかってるわよ……」
さっきまでの威勢は何処へやら、目に見えて気を落とす善子ちゃん。
そして俺の耳がぐすん、という鼻をすする声を拾う。え、な、泣かせた……?
「あ、えっと、ごめん。別にそんな傷つけるつもりで言ったわけじゃ」
「……じゃあ、協力してくれるの……?」
俯きながら、弱々しい声でそう言われる。そんなふうに言われたら、断れるものも断れない。
「わかったよ。協力する」
「本当……?」
「ああ。本当」
「クッ、ククッ」
「ん? どうした?」
唐突に善子ちゃんが笑い声をもらす。心配して声をかけると、彼女はしたり顔を見せつけてきた。
「ヨハネって、なんて罪な女なのかしら! 男を一人、泣き落とししちゃうなんて!」
「泣いてるフリかよ⁉︎」
返してくれ。俺の良心の呵責を返してくれ。そもそも俺は落ちてない。
俺のツッコミをスルーして、善子ちゃんは鏡の前に立ち、楽しそうに堕天のポージングをしている。時折『召喚』とか『降臨』とかいう言葉が聞こえてくるのは気のせいだろう。気のせいだ。気のせいということにしておこう。もう疲れたよ、
「ふっふっふっ、堕天の時は近いっ!!」
はしゃぐ彼女を見て、思ったのはただ一つ。
……まだ堕天してなかったのかい。
ちわーっす。
あ、いえ。お久しぶりです。
りんごを
この間食べたんですが、
ほんとうにおいしかったです。
しょうがくせい並みの感想ですね。
いじょう、どうでもいい報告でした。