「じゃあ、階段ダッシュで競走! よぉ〜い、ドンッ!」
「あ! 待ってよ、千歌ちゃん!」
言うが早いか駆け出した千歌を梨子と曜が追いかける。淡島の神社への階段を全力で駆け上がるAqoursに、一年生ズは少し驚いたようで。
「すごい……」
「いつもこんな感じで?」
「うーん。まあ、いつもよりかは張り切ってるかな」
普段は神社の階段が長いから、もう少しゆっくり行くのだが。おそらく、一年生の二人にいいところを見せようとしているのだろう。
でも悪いことではない。後輩が入って、身が引き締まる。ひいき目かもしれないが、なかなか良い部活動になってきているのではないだろうか。
「なんだかすごいですね」
「そうかな」
「そうですよ。マルはそんなに体力ないですし」
マルちゃんは感心したように階段の上の方を見上げる。
「俺も行くけど、二人は自分たちのペースでいいから」
「あ、はい」
ルビィちゃんとマルちゃんに軽く手を振ると、俺も階段を駆け上がる。早いところ梨子たちに追いつこう。一応男子なのでね、それなりの矜持はあるのだ。
一段飛ばしで登っていくと、途中で踊り場のような場所に出くわす。梨子たちがダイビングをした日に、昼飯を食べた場所だ。
少し立ち止まり、そこを覗いてみる。人はいない。あの人はまだ来ていないようだ。
スマホを取り出して時間を確認してみると、待ち合わせ時間よりまだ少し早い。
「まあ、後で来ればいいか」
スマホをしまい、再び上目指して階段を上る。
実は今日、生徒会長——黒澤ダイヤさん、ルビィちゃんの姉とあそこで待ち合わせている。正確に言うとマルちゃんが待ち合わせているのだけれど。
実はこの間、図書室で、一緒に生徒会長と話をしてほしいと頼まれたのだ。スクールアイドル部の代表として、俺にも話を聞いてほしいとのこと。それは好都合だ。俺も話したい相手がいたからな。
以前生徒会室で会長と話した感じでは、ルビィちゃんは入部を認められるだろう。俺が話したいのは——
*
「あ、りょー君! やっときた!」
一番上まで登りきると、千歌が駆け寄ってくる。後ろでは梨子と曜が地べたに座り込み、休憩をしている。
「これ、飲む?」
千歌に差し出されたスポーツドリンク。中身は減っている。……飲みかけか。
「いや、いいよ」
「いいの?」
「ああ」
梨子のもとへ行こうと千歌の真横を通る時、千歌が小さく呟いた。
「梨子ちゃんの飲みかけでも?」
ピタリ。足が止まる。
「なんですと?」
「なーんてね。冗談だよ」
クスクス笑いながら、千歌はスポーツドリンクの蓋を開け、喉を鳴らしながらそれを飲む。そんなに美味しそうに飲まないでくれ。喉が渇いてきた。
「元気だよね、千歌ちゃん」
「だな」
梨子の隣に腰を下ろす。千歌は曜に確認してもらいながら、ダンスの練習を始めている。
しかしそんなこと、今の俺にとってはどうでもいい。
「私も頑張らないと」
梨子が軽く伸びをする。すると、良い匂いが鼻を刺激してくる。花の香りのような、シャンプーのような、これとは特定しがたい柔らかい香り。
なぜだ。なぜなのだ。梨子は汗をかいている。それは彼女の美麗な横顔を眺めていればわかる。ほら、今も首筋を垂れた汗が鎖骨に落ち、鎖骨の傾きにそって谷へと下り、そのまま肌と服の隙間に吸い込まれるように……ごくり。
「涼君? どうかした?」
「あ、いや。別に」
梨子が振り向いたので、慌てて視線をそらす。どこ見てたんだ、俺は。
と、ちょうど階段を赤毛の子が駆け上がってくるのを目撃。ルビィちゃんだ。千歌と曜もそれに気づいたようで。
「ルビィちゃん、早かったね!」
「すごいよ! 初めてなのに!」
「あ、それは、いつかスクールアイドルになろうって思ってて、それで」
体力作りしていたみたいだ。ルビィちゃんはよほどスクールアイドルに憧れていたんだな。この間のダンス練習でも、千歌よりも早く振り付けを覚えていたし。何かに一途、ねぇ。
「それでもすごいよ! ね、梨子ちゃんやりょー君もそう思うよね?」
「ああ」
「ほんとに。ところで、国木田さんは?」
「花丸ちゃんは……」
ルビィちゃんが階段の下を見る。後から来る、いや、違うな。
「じゃあ俺が少し様子を見てくるよ」
「あ、それなら私も」
「いや、いいよ。一人で」
ついてこようとする梨子に制止をかけ、俺は一人で階段を下る。例の場所まで来ると、そこにはやはりというべきか、生徒会長とマルちゃんの姿が。
俺を視認すると、生徒会長は意外そうな顔をした。
「あなたも来たんですの?」
「ええ、まあ。呼ばれたので」
「あなたからルビィに伝えても良かったはずでは?」
「でも、本人たちの問題ですし」
「……そう」
そう呟くと生徒会長はベンチに座る。今度はマルちゃんが不思議そうな目で俺を見てくる。
「何の話ですか?」
「いや、気にしないで」
「そうですか」
軽く頷くと、マルちゃんは生徒会長の方に向き直り、
「ルビィちゃんの話を、聞いて上げてください」
ベンチに座ったままの彼女に、そう言った。そして、頭を下げる。
「ルビィちゃんの友達……いえ、親友として。お願いします」
「私はいつだってそうしていますわ」
「そうでしょうか?」
「……凪沙涼?」
「さっきの俺への言葉だって、自分でルビィちゃんの声を聞こうとしていないからじゃないんですか?」
「そんなわけ……!」
生徒会長が立ち上がり、俺を見据える。少し怖いが、臆することはない。
「あるでしょう? あなたはルビィちゃんのやりたいことは受け入れると言っておきながら、それを聞き入れる姿勢は見せていない。そんなつっけんどんな態度で、誰がやりたいことを言えるんですか」
「それは……。でも、ルビィがわざわざ私に言う必要はないはずですわ!」
「そうかもしれない。けれど、世の中には自分の力だけじゃ踏み出せない人だっているんです」
違う。
「そういう人たちは、背中を押してほしいんですよ。どうして押してあげないんですか!」
違う。そうじゃない。
「それならば、言ってくれれば——」
「だから言いたくても! 言えないんですよ!」
俺がつい怒鳴ってしまったためか、沈黙が訪れる。生徒会長が、マルちゃんが、驚いたように俺を見ている。俺も驚いていた。何を熱くなっているんだ。
違うんだ。そうじゃない。結局は、言えない俺の責任じゃないか——
「……あの、すみませんでした。つい」
とりあえず、頭を下げる。場の空気を乱してしまったことには変わりない。
「コホン。……とにかく、ルビィの話は聞きます。あなたたちに言われなくても」
「そうですか。今日は来ていただき、ありがとうございました」
マルちゃんはそう述べ、階段の方へと踵を返す。俺も軽く一礼し、それについていく。
「驚きました。まさか先輩が、あんなに熱くなるなんて」
「そうかな」
「あ、いえ。マルが先輩のことをまだあまり知らないというのも、あると思いますけど。とにかく、今日はありがとうございました」
マルちゃんは俺に頭を下げると、階段を下へと進む。上ではなく、下へ。……えっ?
「マルちゃん?」
呼んでも彼女は振り向かない。そのままさっさと、階段を下っていってしまう。なぜだ?
「ちょ、待ってよ!」
スマホを取り出しながら、俺は彼女を追いかける。
『もしもし?』
「あ、梨子か? マルちゃん、体力的にキツイらしいから、下で休んでる。俺も付き添うから、みんなは十分に休憩してから来てくれ」
『わかった。みんなに伝えるから、切るね?』
通話が終了したのを確認してから、一段飛ばしで階段を駆け下り、なんとかマルちゃんに追いつく。
「なんで? どうして、帰るのさ?」
「マルはもう、いいんです。ルビィちゃん、すっごく楽しそうで。これでルビィちゃんもスクールアイドルになれます」
「それは、そうだけど、君は?」
「えっ?」
マルちゃんが立ち止まる。俺も止まり、少し息を整える。
「君はどうする? ルビィちゃんと一緒にやりたくはないの?」
「それはやりたいです。ルビィちゃんと、何かをやりたい。そう思ってる」
「だったら」
「でも、マルには向いてないですし。スクールアイドル」
「え?」
「運動は苦手。アイドルに詳しくもない。そんなマルが、ルビィちゃんや先輩方に釣り合うようなスクールアイドルになれるはずないですし」
「そんなこと……」
関係ない。果たして、俺にそう言えるのだろうか。向かない。釣り合わない。それは。
「今までお世話になりました。今日で、マルは仮入部やめます。勝手ですみませんが、千歌さんたちにも」
「あっ……」
ぺこりと頭を下げ、マルちゃんは再び階段を下り始める。俺はそれを追いかけることができなかった。
*
翌日、朝のホームルームの前。俺らはスクールアイドル部の部室に来ていた。
俺や梨子といった二年生が見ている中で、ルビィちゃんは一枚の紙に署名をする。入部届だ。
「できました!」
名前が書き終わり、ルビィちゃんは入部届けを千歌に差し出す。
「黒澤ルビィです。よろしくお願いします!」
入部届けを受け取った千歌。その顔は……にやけている。えっと、まあ、見てて気持ち悪いくらいに。
「やったね、千歌ちゃん!」
「やった、やったよ! 美少女ゲットだよ!」
近くに電気ネズミがいたら一緒に喜びそうなセリフを言いながら、千歌は大ジャンプ。ネズミのかわりに曜がともにバンザイ。一方、梨子はルビィちゃんに質問をした。
「国木田さんは?」
「花丸ちゃんは、えっと」
「仮入部、やめるそうだ」
「えっ?」
梨子とルビィちゃんだけではない。さっきまで大喜びだった千歌と曜も、同じく困惑した表情を見せる。
「で、でも。花丸ちゃん、あんなに楽しそうに」
「自分には向いてないんだって。だから——」
「そんな!」
ルビィちゃんが突然、椅子から弾け飛ぶ。一目散にドアから出て、どこかへと走っていった。おそらくは図書室。マルちゃんのいる場所へ。
「涼君。それ、本当なの?」
「ああ。昨日、二人でいた時にそういう話になって」
「私たちも行こう!」
千歌と梨子が部室を飛び出した。俺も二人を追いかけようとして、立ち止まる。一人、まだ残っている。
「曜? 行かないのか?」
「涼君はさ、その時に説得しようとしたの?」
「それはしたけど」
「説得できなかったんだ」
「……ああ」
そう。俺にはできなかった。向かない、似合わない、不釣り合い。こういった言葉は、俺の常套句だったのだから。梨子への気持ちを隠すための。だから、それは違うとは言えなかった。
曜はドアに寄りかかると、俺に笑いかける。
「わかるけどね。言いたいことを言えない気持ちは」
「曜……」
「まっ、それでも言わなくちゃいけないんだろうけどね」
「わかってるよ、それくらい」
「別に涼君に言ったわけじゃないよ」
えっ、それって、曜にもそういうことがあるということ? 結構普段から、俺に対してストレートを投げ込んでいる気がしていたのだが。……はっ! もしかしてスクールアイドル部に男子はいらないと⁉︎
「曜⁉︎ 曜の言いたいことって⁉︎」
「あ、私たちも行かないとねー」
「曜さん⁉︎」
*
「ひやー、へもよはっはよ。はははふひゃんもはひっへふへへ」
「千歌、せめてみかんを食べ終えてから喋ってくれ。何を言っているのかさっぱりわからない」
「いやー、でもよかったよ。花丸ちゃんが入ってくれて、って言ったんだよ。わかるでしょ?」
「わかるか」
その日の夜。俺の泊まっている部屋に、大量のみかんを持って千歌がやってきている。
結局あの後、主にルビィちゃんの説得によりマルちゃんもスクールアイドル部、すなわちAqoursに入ることになった。これで五人目。明日にはラブライブ!の予選にエントリーする予定だ。
ルビィちゃんも、マルちゃんも、二人とも自分のやりたいことへと一歩踏み出した。俺も、そろそろ覚悟すべきか。
「見て見て」
みかんの皮をむいていると、千歌に肩を叩かれる。
「何?」
顔を上げると、千歌はみかんを親指にさして、一発芸らしきことをしている。……くだらないなぁ。
「ハンドパワー、なんちゃって」
「……食べ物で遊ぶなよ」
「ええっ! 反応それだけ、うわわっ⁉︎」
ごろん、とみかんが千歌の指先から落ち、床へと転がる。みかんは床の上を転がってちゃぶ台の下に。それを拾うため、千歌もちゃぶ台の下に潜り込む。
「あれー? みかんがみっかんないなぁ」
「あ、もしかしてこの部屋に冷房を設置した?」
がこんっ! 突然、ちゃぶ台が少し浮いた。同時にイタッ、という千歌の声も聞こえてくる。
しばらくして、背中をさすりながら千歌が顔を出した。モグラ叩きみたいで、一瞬反射的に頭を叩きそうになる。
「違うよ!」
「わかってるよ」
「むぅ」
千歌が頬を膨らませる。ついでに、俺がむいたみかんをかっさらう。おい。
まあ、こいつもやりたいことをやりたいようにやってるな。いろんな意味で。スクールアイドルを始めたのも、やりたいから。やはりそういう気持ちは大切なんだろうな。
うん。やっぱりそうしよう。
「なあ、千歌」
「なぁに?」
「そういえば、千歌に貸しを作っておいたよな?」
「そうだけど?」
そう。津島さん宅にノートを届けに行くことで、俺は千歌に貸しを作ってある。今こそ、それを有効活用すべき時だろう。
「あのさ——
——デートしたいんだ」
「ふぅん、デート。……え?」
ぽろり。千歌の手からみかんが一房、ちゃぶ台の上に転げ落ちる。俺はそれを拾い、勝手にいただく。あ、うまい。
「で、で、で、でぇとぉ⁉︎」
イケナイこと、してみない?
↓
イケナイこと(ry
↓
イケ(ry
↓
回復は任せて!
出たけども……確率とはなんぞや。