俺の周りには普通じゃない人しかいないっぽい   作:からっぽ

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第31話

 沼津駅前。以前ライブのチラシを配った場所に行くと、こちらに気づいた女の子が駆けてくる。

 

「やー、ごめん。待ったよね?」

「ごめん、じゃないでしょっ!」

 

 とん、と女の子——千歌に軽く頭を叩かれる。千歌はチークでほんのりとピンク色に染まっている頰を膨らませ、俺を半ば睨むように見上げる。

 

「もしこれが本番だったらどーするの! 梨子ちゃんに嫌われるよ?」

「以後気をつけます、って、千歌。私服なんだな」

 

 てっきり制服かと思っていたが、千歌は私服を着ていた。胸元に大きなリボンがついた白いブラウス。オーバーオールのような、空色の吊りスカート。あっ、これは以前母さんの職場の資料で見たことあるぞ。たしか、サロペットスカートとは胸当ての有無で区別したような。

 

「私だってね、一応女の子なんだから」

「だから?」

「オシャレくらいするの!」

 

 みなまで言わすな、と言いたげな顔で千歌はそっぽを向いた、と思ったら、すぐにこちらに振り向く。俺を上から下までじっくり観察した後、やはり不機嫌そうな顔で、

 

「逆にね、どうしてりょー君は制服なの」

「え、だって別にこれは本番じゃないし」

「ダメー!」

 

 千歌が腕を斜めに交差させてバツ印を作り、口を尖らせる。今にもどこかの生徒会長のように、『ぶっぶーですわ!』とか言い出しそうな勢いだ。

 

「そういう普段からの心構えが大切なんだよ」

「わかってるよ、それくらい」

「じゃあ実行に移さないと、だよ。ほら!」

 

 そう言って彼女は、両腕を広げてジャーンと言わんばかりに自分の格好を俺に見せつけてくる。

 

「……何?」

「何って、褒めないの?」

「褒める?何を?」

「……はぁ、ダメだこりゃ」

 

 千歌が溜息を吐く。何がダメなのだ。俺だって、ちゃんと褒めるぞ。

 梨子とのデート(本番)では。

 

「だからね、普段からの心構えが」

「はいはい、わかったわかった。それより、早く行こうよ。デートの時間、なくなるよ?」

「何そのテキトーさは……って、デート? えっ、デートなの?」

 

 ぽかんとした表情を浮かべる千歌。徐々に頬が赤くなっているが、勘違いするな。

 

「千歌が普段からの心構えが大切っていうから、言ってみただけ」

「……あ、そう」

 

 

 *

 

 

「なぁんにもないよ、ここには」

「そういうものか?」

 

 俺と千歌は沼津にあるショッピングモールにやってきた。目的は、デートの下調べである。そう、俺は今度デートに誘うつもりなのだ——梨子を。

 以前、千歌にデートをしたいと告げたところ、千歌は自分としたいのかと勘違いしたらしい。もちろん、俺の望む相手は梨子。常日頃の俺の言動から考えて、そんなわけないだろうに。

 俺はほんの二、三ヶ月前にここに引っ越してきたばかりであり、どういう場所がデートスポットなのかはよくわからない。そこで、千歌に案内を頼んだのだ。

 勘違いしたことを恥じる千歌に協力を依頼するのは骨が折れた。りょー君って鈍感、そんなだから梨子ちゃんと付き合えないんだ、とか色々言われたが、なんとか今日のこの約束にこじつけたのだ。

 

「ところで、どうしてデートにショッピングモール?」

「特に理由はないけど」

「ふうん」

 

 まあ、強いて言うなら東京に住んでいた頃もよく行っていたからだろうか。欲しいものがあるから付き合ってと言えば、俺も梨子も大抵二つ返事でついていったものだ。自然に誘いやすい場所なのである。

 

「でも、せっかくこっちに引っ越してきたんだから、内浦っぽいところに行こうよ」

「例えば?」

「んー……カエル館とか。今から行き先をカエル館に変えるのだ!」

「……えっと?」

 

 えっと。俺はどこからツッコミを入れれば? さすがのツッコミマスター(自称)の俺も困るぞよ。

 

「あ、わからなかった? 今のはカエル館のカエルと……」

「いや、わかってるから。わかっているうえで、言葉が出ないだけだから」

「えっ、もしかしてそんなに面白かったの!」

「違う、逆だ」

「ええっ!」

 

 千歌が驚きおののく。いや、なんでよ。どこをどう考えたらさっきのオヤジギャグが爆笑モノになるのさ。

 それにしても、カエル。梨子はそういうの、大丈夫なのだろうか。あまり無難な選択肢ではないような気がする。

 

「他には?」

「じゃあねぇ、水族館!」

「却下」

「どうして?!」

「水族館を初デートにすると別れやすいらしいから」

 

 なんでも、水族館のあの青い照明が顔色を悪く見せてしまうらしい。行ったことないから真偽は定かではないが。

 

「そういうものかなあ……?」

「とにかくな、もう今日はここに来たんだから。それしかないだろ」

 

 千歌を置いて、先にショッピングモールの中に入る。

 

「あっ、待ってよ!」

 

 ショッピングモールの中は、思っていたより人が多い。あちこちで初夏のセールらしきものが行われており、大きめの声が飛び交い、店員たちも気合が入っているように思われる。

 と、入ってすぐの広い空間、特設コーナー。そこでは夏前特有の、あれのセールが行われていた。——そう、水着だ。

 一般的なものから、それもう紐じゃないかという際どいもの、さらにはスクール水着まで、多種多様な水着がまるでジャングルのようにこれでもかと置かれている。

 多いのは種類だけではない。色も様々だ。トロピカルフルーツの盛り合わせのような鮮やかさ。

 

「わぁ、カラフルだね」

 

 俺に追いついた千歌が感想を述べる。くっ、なぜ千歌なのだ。もしこれが梨子とのデートだったら、着せ替えリコちゃんが楽しめたのに。なぜ千歌……いや、待て。

 隣の千歌を見る。すると、かの有名な()()()()によって、俺の目線は必然的に千歌の胸元へ。

 ゆったりとしたブラウス。しかし、その服の上からでも相当な大きさのモノを持っているのがわかるくらい張っている。これは強い。

 

「なあ、千歌。今年は水着買ったの?」

「え? まだだけど?」

「よし、じゃあちょうどいいから買おう」

「ふえ?」

「ほら、スクールアイドルになったからさ、今後はきっと忙しいよ、うん。今のうちに買っといた方が良いって」

「ああ、なるほど。そうだね!」

 

 納得したのか一つ手を打つと、千歌は水着を適当に選んで試着室へと入っていく。……あの子、将来変な壺を買わされたりしないか? お兄さん不安だよ。

 試着室の前でしばらく待っていると、やがてカーテンが開いた。

 

「どう? 似合う?」

「ああ、似合って……」

 

 健康的な肌色。太陽のように眩しいオレンジのセパレート型女性用水着、つまりビキニ。チューブトップのそのビキニに包まれたアレが、これでは収まらないのかぷるんと揺れる。

 千歌は照れくさそうにはにかんでいる。その表情が相まって、凪沙涼にクリティカルヒット! やばい、目がチカチカする。千歌だけに。

 俺はカーテンを閉めた。

 

「ちょっと!?」

「それはダメだ、いろいろ!」

 

 なんて恐ろしい兵器なのだ。さっきから鼻の奥が変な感じ。何かが流れてきそうだ。

 とにかく、ダメと言った以上は何か別の水着を着させないと。俺はその場にあった黄色いモノキニを取り、カーテンの隙間から放り込む。

 

「えっ、何?」

「それなんかどうだ?」

「ふーん」

 

 これならさっきのと比べて露出度は低いから、なんとか耐えられるはず。

 しばらくたち、カーテンが開く。中から現れた千歌は少し膨れっ面をしていた。

 

「なんだか子供っぽいような気がするけど、どう?」

 

 俺が渡した黄色いモノキニは、千歌の髪色によく映えていた。しかし問題は別にある。このモノキニ、見ようによってはスク水に見えなくもない。そのせいか、千歌の顔がもともと幼いこともあり、なんだか小学生か中学生を見ている気分。その割には胸元の自己主張が激しく、そこはかとない背徳感が——

 

「ぶはっ」

「りょー君!?」

 

 

 *

 

 

「うーん、どうしよう。りょー君はどれがいい?」

「どれでもいいんじゃないか?」

 

 正直、何も着てもかなりの破壊力でした。なんというか、梨子とでは決して見れなかったであろう光景。

 

「どれでもって、テキトーだなぁ」

「いや、どれも似合ってて、その……可愛かったし」

「ふぇ? か、可愛い……?」

 

 ちらりと彼女の方を見てみれば、慌てた様子で水着を見比べている。少し空気が暑くなったような気がする。

 

「ふっ、ふーんだ! べべ、別にそれくらいで惚れたりしないからね?」

「いいよ、別に。俺は梨子が好きだし。それより早く選んでくれ」

「……」

 

 なんだか背中に冷たい何かを感じる。気のせいか? 気のせいであってほしい。

 

「じゃあこれとこれとこれかな」

 

 千歌が選んだのはビキニが二種類と、あの黄色いモノキニ。えっ、それ?

 

「いいのか? 千歌、子供っぽいって言ってただろ」

「いいの。だって、りょー君が私に似合うって思って選んでくれたんだもん」

「え? あー……うん」

 

 無垢な笑顔を見せてくれる千歌。言えない。適当にその辺から取ったなんて、言えない。ま、まあ、似合ってたし? 結果良ければ全て良し、だよな。

 千歌はスキップをするようにレジに向かい、会計をする。が、少しして泣き出しそうな顔をしながらこちらを振り向いた。

 

「りょー君。お金が足りないよ……!」

「……はぁ。しょうがないな」

「ありがとう! 今度、ちゃんと返すね」

「いや、いいよ。なんというか、お礼?」

 

 まあ、あれだ。今日は千歌に付き合ってもらっているし、これは俺が半ば無理やりな感じで買わせたようなものだし、千歌の水着姿で楽しんでたのも事実。俺からのプレゼントということにするのも悪くはないだろう。別に千歌の涙目に負けたわけではない。……俺、将来誰かに貢がされるんじゃないか? お兄さん不安だよ。

 

「りょー君……! ありがとう!」

 

 目を潤ませた千歌が、感極まって抱きついてくる。や、ちょっと? 当たってます当たってます、何これ柔らかい。

 ふと、店員がニヤニヤ笑っているのに気づく。

 

「仲睦じいですねぇ」

「は、ははは……」

 

 そうだよな。休日、男女二人でお出かけ。はたから見ればカップル、なんだよな。

 

「あ、そうだ! ねえねえ、良いところ、教えてあげる!」

 

 千歌は俺の手を掴み、こっちこっちと引っ張っていく。連れていかれた場所はクレープ屋。

 

「あのね、ここのクレープ、すっごく美味しいんだ!」

「そうなの?」

「うん! ちょっと待っててね!」

 

 千歌は俺をベンチに座らせると、お店の方へ走っていく。奢ってくれるらしい。

 千歌を待っている間、ショッピングモール内を見渡してみる。規模自体はそこまで大きくはないものの、色々な店があって退屈はしなさそうだ。

 背もたれに寄りかかり、伸びをしたその時。

 

「——ずら! 未来ずらよ!」

「なっ、なんだ?」

 

 今、聞き覚えのある声がしたような。というか、『ずら』などと言う人は一人しか知らない。

 されど、いくら周りを探してもその姿は見当たらない。気のせいだったのか?

 と、千歌がクレープ屋の方から小走りしてくる。両手にクレープを持っているのだが、なんだか危なっかしい。転ぶなよ。

 

「お待たせ……どうかした?」

「いや、なんでも」

「そっか。はい、どうぞ」

「ありがと」

 

 千歌はクレープの片方を俺に渡すと、俺のすぐ隣に腰を下ろす。ついでとばかりににこにこと俺を見てくる。ちょ、近すぎやしませんか。

 

「いつも部活でお世話になってるからね、そのお礼ってことで」

「そ、そうでありますか。それではありがたく頂戴いたします」

「ふふっ、変なの」

 

 甘い匂いが鼻を刺激してくる。たぶん、クレープに包まれた果物の香りだけじゃないんだろうな——。

 

「いただきます」

 

 クレープを齧る。中にはアイスが入っていたらしく、口の中に冷たい感触が広がる。火照り始めたところにはちょうどいい。

 

「美味しいな」

「ねっ」

 

 隣を見ると、千歌はすでに食べ終わっていた。というより、そんな今にも涎を垂らしそうな顔で人のクレープを見ないでくれ。

 

「……食べる?」

「いいの!」

 

 いいも何も、そんな顔で見られてたら食べづらいんだよ。

 口から出かかった言葉を呑み込む。口元にクリームを付けながら食べる千歌を見ていると、なんだか無粋な気がした。

 

 

 *

 

 

「楽しかったね」

「そうだな」

 

 帰りのバス。やはりガラガラのバスの一番奥の席で、俺と千歌は並んで座っていた。

 

「でもまさか、りょー君があんなにクレーンゲームが下手だったなんて思わなかったよ」

「悪かったな」

「梨子ちゃんとのデートまでに、なんとかした方がいいよ、絶対」

「そんなの、昔から思ってるよ」

 

 そうそう、ここに引っ越してくる前から思ってたんだよ。以前秋葉原で何回やっても人形一つ取れなかったからな。

 

「また行きたいな……」

「今度はあれだな、みんなと行こうか」

「おっ、梨子ちゃんと二人きりじゃなくていいのかなー?」

「いや、そっちの方が良いけどさ」

「やっぱりね」

 

 クスリと千歌が笑う。

 

「この前の打ち上げの帰りも、ずっと梨子ちゃんのこと話してたもんね」

 

 打ち上げ……ああ、曜に騙されたやつか。そういえば、あの日の帰りも千歌と二人でバスだったっけ? ああ、あの日は千歌をおんぶして……すごい恥ずかしかった。

 赤面ものの記憶を思い出していると、バスが止まった。いつものバス停だ。

 

「お客さん、早く降りてくださいよ」

 

 前方から棘のある声。あっ、またあの運転手か。

 千歌を先に運賃を払う。その時、運転手がニヤリと笑いながら言った。

 

「今日は彼女さん、起きてるんですねー」

「えっ、か、カノジョ?! わ、私たちは別に」

「ええ、まあそうなんですよ。ほら、早く降りろ、千歌」

 

 立ち止まった千歌を後ろから押して無理やり降車させる。俺も運賃を払って降り、バスの扉が閉まる。その瞬間、小さな呟きを聞いた。

 

「ちっ、リア充め」

 

 ……あなた、独身ですか。

 

「りょりょりょー君! か、彼女って!」

 

 あせあせと、千歌が頬を上気させて俺に迫る。

 

「いや、いちいち否定してたら面倒だから」

「……だ、だよね! ははっ、びっくりしちゃったよ、もう」

 

 これはあれだ、打ち上げの日に曜に教えられたテクニックだ。即否定は面白くないらしい。

 

「それよりほら、早く中に入ろう。明日も朝から練習だろ?」

「わ、わかってるよ!」

 

 千歌が先に旅館の中に入っていくのを見ながら、俺は沼津の方を眺める。明日か。あいつ、来てくれるよな?




あれ、梨子が出てない……。
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