俺の周りには普通じゃない人しかいないっぽい   作:からっぽ

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第33話

「ねえ、ルビィちゃん。アイスでも食べる?」

「えっと、でも」

 

 ルビィちゃんは買い物かごに入っているペットボトルを見る。お茶とスポーツドリンク。

 

「遠慮しないで。……せめてもの償いだから」

「償い……。あの、あまり気にしないでください。スパッツですし……」

「いやぁ、でもね?」

 

 世の中にはむしろそれがいいとかなんとか言う人だっているからなぁ。俺? 俺は別に……わ、悪くないこともなくない、みたいな?

 ルビィちゃんのミニスカートからのぞいた黒いスパッツを見てしまった俺、凪沙涼。あれは偶然の事故といえど、なんだか申し訳なかったのでアイスを奢ることにした。

 もともと、彼女は飲み物を買いに行くところだったらしい。だからそれも奢ろうと思っている。

 

「えっと、それじゃあ」

 

 ルビィちゃんは遠慮がちに、かごの中に国民的アイスキャンデーである"バリバリ君"を入れる。……一番安いやつか。まあ、彼女なりに好意に甘えているのだろう。

 

「なんなら昼ごはんも奢ろうか?」

「い、いえ! 大丈夫ですから! お弁当は、ありますし」

「そっか。じゃあ、会計してくるから外で待ってて」

「は、はい!」

 

 

 *

 

 

 さすがに六月も末となれば、暑いのなんの。日に当たれば暑いし、アスファルトの道路からの照り返しも熱い。真昼ということもあり日陰はほとんどなく、とにかく暑い。少し先のカーブミラーなんか陽炎で柳の葉みたいに揺らいでいる。どうでもいいけど、陽炎とういろうって似てない?

 とにかく、それほど暑いのだからアイスは溶ける。ルビィちゃんはさっきから溶けたアイスが垂れないように懸命に食べている。なんだか見ていて面白い。

 見られているのに気づいたのか、ルビィちゃんはこちらを見る。

 

「先輩も食べますか?」

「いや、いいよ」

 

 気にしないでと手を振る。というより間接キスですよ、それ。

 俺とルビィちゃんの間は車一台の駐車スペース分だけ空いている。彼女はまだ人見知り、というか男性恐怖症を克服できていないっぽい。メールのやり取りだけはスクールアイドルという共通の趣味があるからできているわけで。

 最近、思うことがある。俺って何かの役に立てているのだろうか、ということ。ルビィちゃんの男性恐怖症克服はできていないし、マルちゃんをスクールアイドルに加入する気にさせたのも俺ではない。そして今日、善子ちゃんの件はマルちゃんに委任する形だ。

 梨子、曜、千歌。三人は俺とは違い、それぞれ作曲、衣装作り、作詞を担当している。というより、そもそもスクールアイドル部の中でAqoursのメンバーでないのは俺だけ。

 考えてみれば、俺がスクールアイドル部に入ったのはたしか、梨子の勧誘に協力させるため、かつ創部に必要な五人の一人とするため。そして今、それらはすでに果たされていて、それならば俺がスクールアイドル部に所属する意味とは、いったい……。

 頭を振る。これ以上考えるのはやめよう。何か一つくらいあるはずだ。俺がスクールアイドル部に必要な理由。

 気づけばカラカラになっていた喉を潤すため、先程買ったお茶を口に含む。

 

「あの、先輩」

「ん?」

「先輩って……千歌さんと付き合っているんですよね?」

「んぶぐっ!?」

「せ、先輩?」

 

 思わずお茶を吹き出しそうになる。むせ始めた俺を見て、ルビィちゃんは心配そうに駆け寄ってくる。聞き間違いじゃなかろうか。

 

「大丈夫ですか……?」

「けほっ、けほっ、大丈夫。それより、今なんて?」

「えっと、先輩って千歌さんと付き合っているんですよね……?」

「はい?」

 

 うん、聞き間違いではなかった。蝉が鳴いていても、聞き間違えないのが俺の耳。

 一方、聞き返した俺の態度に臆したのか、ルビィちゃんは少し身を縮まらせる。

 

「で、でも、昨日デートしてました……です、よね?」

「あー、あれかぁ」

「ご、ごめんなさい! 昨日はマルちゃんと沼津に遊びに……」

 

 そうか。やはり昨日の『未来ずら』も気のせいではなかったのか。

 しかしこれをこのまま放置しておくわけにはいかないな。曜の(わざとの)勘違いのせいで俺がどれだけ被害を被ったか。……どれくらいなんだろ。別に梨子との仲が悪くなったりしたとかはないような気もする。

 まあとにかく。否定するに限る。

 

「別に付き合ってないよ」

「ええっ、そうなんですか!」

「そうだよ」

 

 これで話は終わり。そういう意味を込めて立ち上がると、学校に向けて歩き出す。しかしその行動の意味は伝わらなかったようで、ルビィちゃんは俺を追いかけながらしつこく聞いてくる。

 

「本当に、ですか?」

「ああ」

「でも千歌さん、今日、嬉しそうでした、けど……」

「えっ?」

「褒められた時、恥ずかしそうに笑ってたような……」

「本当に?」

「うぇ、えっと、本当です」

 

 なんだよ、千歌のやつ。紛らわしいことして。避けられてるのかと思って心配して損した。変化球か。チェンジアップと同じくらい紛らわしいよ。あれ、球がホップするのかと思ってたんですが。

 

「付き合ってない……。それなら先輩はそのぉ、誰が好き、なんでしょうか……」

 

 ストレートを投げ込まれた。……意外と、人見知りは克服できているのかもしれない、彼女。とりあえず、自分の指をツンツンしながら目だけこちらを見上げるのをやめなさい。可愛いから。俺は例えるなら、カーブを狙っているのについつい他の球種が来てもバットを振ってしまいそうになるタイプだから。それで振られて三振するんですね。……告白したことすらない奴が何を言っているんだ。

 

「誰って言われても、教える? 普通」

「そうですよね」

「わかっているなら最初から聞かない。ところでさ、マルちゃんも誤解してるの?」

 

 どうせしてるんだろうな。以前、俺が恋しているとかしていないとかの話になった時にすごい食いついてきたし。

 

「それが、花丸ちゃんは違うって」

「だろうね……え?」

「花丸ちゃんは、先輩は違う人のことが好きだからそれはないって……当たってたんだぁ」

 

 何やら感心しているルビィちゃんだが、いや、問題はそこじゃないでしょ。マルちゃんが俺が好きな人を知っている? なぜ?

 考えられる理由の一つが、曜か千歌が教えたというもの。しかし、これだとマルちゃんに教えてルビィちゃんに教えていないというのは不自然である。

 次に、マルちゃんの憶測に過ぎないというもの。これが一番考えられる理由か。ただ、これだとマルちゃんが誤認している可能性もなくはない。

 

「ねえ、ルビィちゃん。マルちゃんは俺が誰のことを好きだと思っているのか知ってる?」

 

 ルビィちゃんは首を振る。うーん、ルビィちゃんが知らないとなると、謎は深まるばかりだな。俺はどこかの小さい探偵さんと違って推理力はないし、本人に直接聞くしかないのか。

 

「それで先輩、どうなんですか……?」

「むっ」

 

 どうやら話題をそらしきれなかったようだ。俺のスライダーはまだまだ甘いってことか。それとも、ルビィちゃんのボールへの食らいつき精神がすごかったのか。

 

「俺の好きな人は……」

「好きな人は……?」

 

 ここで言葉が途切れる。どうしよう。言うべきか否か。

 ともかくも、これはフルカウントからファウルで粘られたような状況だ。次に投げるのはストレートか変化球。しかしどちらにせよ、甘く入ったらホームランにもなり得るだろう。ここは念入りに戦術を立たなくては。

 

 

 

 満員御礼のスタジアム。九回の裏、ツーアウト満塁。マウンドに立つ俺と、バッターボックスに立つルビィちゃん。ミットを構えているのは千歌。

 とりあえず、俺はベンチにいる監督・梨子を見る。学校指定のジャージを着て、赤いキャップを被った梨子。身体にちょうど合うサイズのジャージは、彼女の女性的な身体のラインをしっかりと見せつける。胸・腰部の膨らみはそれはそれはとても魅力的でいつまで見ていても見飽きない。

 そんな梨子は俺と目が合うと、一つ大きく頷く。任せるということだ。

 今度はキャッチャーの千歌を見る。彼女はミットを力強く叩くと、ど真ん中に構えた。マスクに隠れていながらも、彼女の表情は読み取れた。

 

『いつだって全力! 直球で勝負だよっ!』

 

 

 よし、ここは変化球だ。

 

「なんでそんなに気になるの?」

「えっ、それは」

 

 たじたじ。ルビィちゃんは一、二歩下がる。ふっ、効いてるね。言外に『えっ、もしかして俺のこと好きなの? まさかね』というニュアンスを込めることで相手の羞恥を誘い、この話題を強制終了させる必殺技。その名も『まさかーシンカー』。……今考えたけど、めちゃくちゃかっこ悪いね。

 しかしこの変化球の切れ味は素晴らしいもので、中学生の頃はよく同級生の女子に使ったものだ。あの子たち、しつこいんだよね。『梨子ちゃんのこと好き?』『告白しないの?』とかね。あれは、それで俺が振られるのを楽しみにしてたね、絶対。

 

「や、やっぱり遠慮しておきます……」

「それでよし。早く戻ろう」

「うぅ……わかりました」

 

 

 *

 

 

「ぬわー! 疲れたー!」

 

 そう言いながら、千歌が屋上に寝そべる。スマホで時間を確認すれば、もう五時になる。なかなか濃い練習内容だったと思う。

 練習が終わって数分。俺らスクールアイドル部は現在屋上でぐうたらしている。……といっても、やはり千歌は梨子や一年生を盾に俺から隠れている。

 と、曜が近寄ってくる。俺の隣に座ると、肩にかけたタオルで汗を拭う彼女。運動をして汗をかいているはずなのに、なぜだか良い匂いがする。

 

「ねえねえ涼君。ダンスの出来具合、どんな感じだった?」

「え? あー、うん。良かったんじゃないか」

「ははっ、それじゃアドバイスにならないよ」

「悪かったね。人に教えるほどダンスができるわけじゃないんで」

「知ってる」

 

 じゃあ聞くなよ。クスクス笑う曜にジト目を向けてやると、彼女はさらに爽やかな笑みで返してくる。む。調子が狂う。

 

「ねえ、花丸ちゃんに聞いたんだけどさ」

「……うん」

 

 花丸ちゃんから聞いた。嫌な予感しかしないね。

 話の続きをする前に、曜は周囲を見回す。俺もつられてそうすると、少し離れた場所で千歌と話している梨子の姿が目に入った。彼女も汗をかいており、脱いだパーカーを抱えている。……汗でシャツが張り付いている。もう少し、もう少し近づけば——

 

「千歌ちゃんとデートしたんだって?」

「あっ、もう。もう少しだったのに」

「何が?」

「なんでもないよ」

「……えっちだなぁ、涼君」

 

 なぜわかったし。いや、まだ推測のはず。だからここは面と向かってノーと……あれ、もしかして、曜の服も汗で張り付いているのでは? つまり透けて……。

 俺は顔を梨子の方に固定したまま。曜の方なんて振り向けない。

 

「なな、なんのことかさっぱい」

「図星なんだ」

「……」

 

 現在、曜の方は見ていないが、彼女のニヤニヤとした笑いが目に浮かぶ。まあいいさ。そっちに食いついてくれれば、それはそれで。まさに俺の狙い通り——

 

「で、千歌ちゃんとデートしたんだって?」

 

 ……やっぱり甘いのか、俺の変化球。というか、話題逸らし。

 

「別にデートじゃないよ」

「デートの予行、でしょ?」

「知ってるならわざわざ聞くな」

「千歌ちゃんが電話で話してたからね。随分と楽しかったみたいだよ」

「それは良かったよ」

 

 そっか。ルビィちゃんも言ってたけど、楽しかったんだな。良かった。今日は避けられてばかりだから、何か俺が嫌なことでもしたのかと思ってた。けど、杞憂だったようだ。

 

「それで、曜の用件は以上?」

 

 ちなみに今のは曜と用件の用をかけてるのだ、はっはっはっ。……寒いな、うん。

 

「あのね、今度は私と練習してみない?」

「……なんだって?」

 

 冗談でしょう? そう思って曜を見るが、彼女は意外にも至極真面目な顔つきでいた。真剣な眼差しで、俺を見つめている。……どうやら本気なようで。

 

「どうしたんだよ、急に。今まではむしろ邪魔しようとしてなかった?」

「うーん、邪魔かぁ……まあ、それは今は置いといて。ほら、別にこれは涼君のためだけってわけじゃないんだよ」

「どういうこと?」

「私も将来、誰かと付き合うかもしれないでしょ。だから練習」

「……ふーん、そう」

「ねっ、どう?」

 

 もにゅ、っと音がしたのは気のせいだろうか。いや、気のせいではない。汗で湿っている曜の服、そしてそれに覆われた柔らかい感触。曜さんや、その、腕に当たってるんですが。

 

「ま、まあ。構わないけど」

「ありがとう! じゃあさじゃあさ、来月の花火大会を一緒に観に行こうね!」

 

 曜は満面の笑みでそう言うと、千歌や梨子の元へと走っていく。

 ……あれ。花火大会って、練習で使っていいのだろうか。

 

 

 *

 

 

 Aqoursの皆さんは部室で着替えるということで、俺は一人で先に昇降口に来ている。外を見れば、綺麗な夕焼け。こういう背景が告白にぴったりなんだろうな。

 しかし、あの曜との約束は本当に良かったのだろうか。花火大会は地区では年に一度しかない行事。それを曜は俺なんかと。いや、それだけじゃない。俺は梨子を誘わなくて良かったのか。やばい、後悔だらけだ。

 これからは簡単に約束するのはよそう。デートの練習、ルビィちゃんの人見知り克服。どれもうまくいってないっぽい。ああ、あと善子ちゃんのリア充化。

 あ。結局、善子ちゃんはあの後どうなって——

 

「ルカ、ちょっとこっち」

「えっ?」

 

 ぐいっ。思いもかけない方向から誰かに腕を引っ張られる。いや、俺のことをルカなんて呼ぶ人は一人しかいない。

 

「善子ちゃん」

「ヨハネよ!」

 

 早足で移動しながら、いちいち振り向いた彼女に訂正される。はいはい、そうでしたね。

 しかしその顔は、さっきの曜と同じくらい真剣で。なんだか本気を出せば抵抗できそうなのだが、ここはあえて連れていかれることにする。

 

「ここまで来ればいいかしら」

 

 そう言って善子ちゃんが俺を解放したのが、体育館裏。ちょうど夕日が差し込んで壁が緋色の光を放つ、どこか神秘的にも思える場所だった。

 

「あのね、私、明日から登校することにしたの。ズラ丸が、みんな私の自己紹介のこと覚えてないって。むしろ心配してるって」

「そっか」

 

 マルちゃんか。結局、役に立てたのは俺ではなかったわけだ。

 

「それは良かったじゃん。じゃあ俺もお役御免ってことで」

「ま、待って!」

 

 昇降口に戻ろうとすると、止められる。夕日のせいか、はたまた別の理由か。俺の腕を掴む善子ちゃんの頬は真っ赤に染まる。

 

「どうしたの」

「話はまだ終わってないの! む、むしろここからが本題なのよ」

 

 善子ちゃんは一歩下がり、一度深呼吸をする。

 

「私、ヨハネ、ううん、津島善子は——ル、じゃなくて、凪沙さんが好きです!」

 

 ——えっ?

 

「付き合ってください!」

 

 ……ど真ん中に豪速球を投げ込まれたみたいです。

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