俺の周りには普通じゃない人しかいないっぽい   作:からっぽ

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第37話

 

「あれ、千歌ちゃん。また大きくなったんじゃない?」

「んー、そうかなぁ?」

「そうだよ。ルビィちゃんもそう思うよね?」

「は、はい。羨ましいです……」

「えー? 私は善子ちゃんくらいの体型の方がいいと思うんだけどな」

「くっくっくっ。どうやら、堕天使ヨハネの隠されたる魅力n」

「おらは梨子先輩の方が良いと思う、ずら」

「ええっ、私!?」

「ちょっと! ズラ丸!」

「よ、善子ちゃん。ちゃんと衣装を着ないと破けちゃ……」

「でもあれだよね。結局一番は」

「1番は、ね」

「そうね」

「悔しいけれど、堕天使的にも認めざるを」

「ルビィも、花丸ちゃんが」

「ルビィまで私の言葉を遮らないでよ!」

「ご、ごめんなさい!」

「せ、先輩たち、そんな顔して、ちょっと怖いずら……」

「フッフッフッ。花丸ちゃん? 悪いようにはしないから、だから……」

「ちょっとだけ、ね?」

「ず、ずらぁぁぁぁ!?」

 

 マルちゃんの悲鳴が十千万に響き渡る。廊下にて座禅を組む俺は、背中でその声を受け止める。

 

「しいたけさんや」

「?」

 

 隣に座る犬のしいたけ。俺が話しかけると、しいたけは首を傾ける。

 

「なぜ俺はこんな苦行を行なっているんでしょうか……!」

 

 背後から聞こえてくる、女の子たちの声。きゃっきゃと騒ぐ声を聞いているだけで部屋の様子が浮かび上がってくるのだが、まあそれがいわゆる煩悩なのである。

 というか、彼女らは俺が外にいるというのになんてことをしているんだ。けしからんぞ、もっとやれ。

 ……まあ今のは半分冗談で。つまり何が言いたいかというと年頃の男子には刺激が強すぎるんですよ! 何してるんですか、あなたたたちは!

 

「教えてくれ、しいたけ。俺はあと何回梨子とAqoursの胸を想像すればいい?」

「……」

 

 しいたけはのそのそと立ち上がると、何も言わずに廊下の奥の方へと歩いて行く。ちょ、一人にしないでよ、しいたけさん。

 

「でも、本当に困る」

 

 まるで拷問じゃないか。こっちはみなさんがやっていることを想像しながら、けれどみることはできない。焦らしてるんですか、そうなんですか。だったら効果は覿面だけども。

 

「涼君、今大丈夫?」

 

 襖を開ける音とともに聞こえた、我が幼馴染の声。さっきまでの煩悩はそれだけですべて吹き飛ぶ。

 

「梨子?」

「わああ! 振り向いちゃダメ!」

 

 ぐいっ。相当な力でもってして、振り向こうとした首を無理やり固定される。少し痛かったけど、それ以上に手が柔らかくて温かい。ああ、もうちょっとこのままで……。

 けれども彼女の行動ももっともだろう。今は部屋の中でお着替え中。そこを故意ではないとはいえ、覗くのはなんという幸運もとい無配慮。

 

「ごめんごめん。つい」

「まったく。いくら涼君でも、みんなは許さないだろうから気をつけないと」

 

 そう言いながら梨子が腰を下ろす。先ほどまでしいたけの座っていた位置、つまり俺の隣に。

 なんとなく流れで梨子の方を見る。表情は暗い。けれどちょっと曇った横顔は、それはそれでまた綺麗だ。髪を耳にかける仕草なんかは色っぽく、ただただ見惚れてしまう。

 大きく変わってはいない。見馴れたはずの幼馴染の横顔。けれどいつのまにか、可愛いの言葉だけでは足りなくなってしまっている。

 

「やっぱり変だよね?」

 

 見られているのに気づいた梨子が、肩をすくめながら言った。見つめていた恥ずかしさが残り、気の抜けた返事しかできず。

 

「へ?」

「だから、変だよね?」

「何が?」

「衣装。私にはこんなの、似合わないよね」

「ん? あー」

 

 言われてみれば、梨子は堕天使風の衣装を着ている。この間、曜が作っていたやつだ。これでもかと梨子の綺麗な腕を見せつけるノースリーブの衣装。スカートとニーハイソックスのバランスもなかなか。髪留めもいつものではなく、ピンクのハート型。

 

「変ではないと思うけど」

「そうかなぁ」

 

 体育座りをした梨子は膝を抱える。ひらひらとスカートの裾が揺れる。

 

「私、地味だし」

「そんなことないって。その、可愛い、と思うし」

「ふふっ、涼君は昔っからそう言ってくれてるよね」

「それはだって……」

 

 ――実際可愛いんだし。好きになるくらい。そのクスッと笑う仕草とか。

 言葉が喉でつかえてる間に梨子が言う。

 

「幼馴染だから。何回も聞いてるから、わかるよ」

 

 梨子が立ち上がる。お手洗いに行くとのこと。でもそっちにはしいたけが……まあ、いっか。しいたけが階下に行っていることを祈ろう。

 それよりも。

 結局言えなかった。たしかに雰囲気とかシチュエーションだとか、そういったものは告白に適していなかったかもしれない。それでも、また言えなかったのは事実で。

 

「随分と仲がいいんですね」

「ぬわっ! おどかすなよ!」

 

 突然、さっきまで梨子がいた方とは逆側から声がかかる。善子ちゃんだ。おなじみの堕天使衣装だが、どこかその声はしおらしい。

 

「好きなんですよね、梨子さんのこと」

「まあね」

「そうですよね……」

 

 それっきり善子ちゃんは黙ってしまう。こちらも非常に気まずく、何を話したらよいものか見当もつかない。

 告白をした後、すぐに良い返事がもらえないとこんなに気まずいものなのか。

 

「この後撮影だっけ? がんばってね」

「ありがとうございます」

 

 なんだか上から目線だったかと思うも、善子ちゃんは素直に頭を下げる。

 

「善子ちゃんにとっては十八番かな? 動画撮影なんて」

「そんなことはないと思いますけど」

「そう? あの動画、面白かったけどね」

 

 実際に生放送の現場に居合わせてみての感想。あんな小難しい言葉や普通は思いつかないような言葉をすらすらと紡ぐ善子ちゃんはすごいなと素直に思った。それに何を言っているのかは正直わからなかったけど、でも彼女が楽しんでいるというは伝わってきた。

 

「そ、そうですか?」

 

 言葉では疑問形。けれども、口元はわかりやすくニヤついている。

 しかし、彼女はすぐにその表情を崩した。

 

「でも、先輩はやっぱり梨子先輩が一番なんですよね」

 

 体育座りをした善子ちゃんは伏し目がちにつぶやく。

 彼女は。今の彼女は、堕天使でも何でもない。普通の子だ。自分にそこまでの自信があるわけでもなく、恋に不安を抱えて。どこにでも、彼女のすぐ近くにもいそうな人間。

 でも。普段の彼女はどこにでもいるような女の子だったか。否。普通の女の子だったか。否。堕天使動画の撮影の時、町で偶然出くわした時。ヨハネと名乗る彼女はたしかに普通の女の子ではなかったはずだ。自分のやりたいこと、好きなこと。そういったことをしていた彼女は明らかに楽しそうだったじゃないか。

 ふと、あの日のマルちゃんの背中が思い出される。あの日彼女を動かせなかった俺だけど。かける言葉の出なかった俺だけれども。

 傲慢かもしれない。けれども――

 

「善子ちゃん」

「は、はい!」

「あの件なんだけど、今回の動画でAqoursの人気が上がったら俺と付き――」

「ひゃあああああああっ!?」

 

 その時、廊下の奥の方からが誰かの悲鳴が。いや、誰の悲鳴かなんてそんなことは百も承知なんだけど。声を聞けばわかる。

 

「犬はだめえええ!」

 

 廊下の奥の方から走ってくる梨子。そしてその後ろから追いかけてくるしいたけ。なぜだかしいたけは梨子に懐いているようで。ストーカーみたいだ。あれ、もしかして俺もあんな感じだったのだろうか。

 変な汗が流れるが、ここはひとまず幼馴染として梨子に助けを……。

 

「梨子。とりあえず落ち着k、ぐはっ!?」

「きゃあっ!」

 

 前も確認せず突っ走ってきた梨子に弾き飛ばされ、後方に善子ちゃんを巻き込みながら倒れこむ。その後、梨子としいたけはAqoursが着替えている部屋の中へと飛び込む。

 

「痛たた……あーあ、派手にやってるなあ」

 

 部屋の中から悲鳴と激しい物音が聞こえてくる。犬嫌いもここまでくると困りものである。

 しかしいつまでも床で寝ているわけにもいかない。そう思い、立ち上がろうとしたその時。

 もにゅっ。

 

「ひゃんっ!」

 

 手に柔らかい感触と、耳に色っぽい声。いや、まさか。

 おそるおそる顔を上げる。まず目に入ったのは顔を真っ赤にした善子ちゃん。少しだけうるんだ瞳が妙に艶めかしい。そしてわが左手はしっかりがっちり彼女の胸をつかむ、というか揉んでいるような。なるほど、柔らかい中にもしっかり弾力はある……じゃなくて!

 

「へ、へ、へ……」

「違うんだ善子ちゃん、これは何かのまちが」

「変態ルカぁ!」

 

 十千万に快音が響き渡る。嫌われてしまっただろうか……。

 

「先輩」

 

 起き上がった善子ちゃんは、痛む頰をおさえる俺を見る。

 

「ちょっと堕天してきますね」

 

 部屋に戻る善子ちゃん。その衣装の羽は弾んでいた。

 

 

 *

 

 

「ほんと、梨子のせいでひどい目にあった」

 

 学校の屋上での撮影の後。俺は全員にペットボトルとタオルを渡し終え、日陰で休む梨子の隣に座る。

 

「私のせいで……? なんのこと?」

 

 梨子が首を傾げる。俺は自分の赤くなっている左頬を示し、

 

「ほら、腫れてるだろ」

「どうして?」

「え」

 

 それは善子ちゃんの胸を揉んでしまったからです……なんて言えない。って、なんで俺はこんな話を振ってしまったんだ。

 

「……梨子のせいで」

 

 梨子は頬を膨らませる。

 

「意味がわかりませんっ!」

 

 ですよねー。

 まあ、本題はこれではなく。

 

「あのさ」

「うん」

「俺、今回の動画でAqoursの順位が上がったら——」

 

 不意に梨子のペットボトルを持つ手が動いた。

 ぴたっ。

 

「冷たっ!?」

 

 左頬に冷たい刺激。驚いて梨子を見ると、いたずらっぽく笑っていた。

 

「腫れてるところは冷やさないと、ね?」

 

 ぺろっ、と舌を出した後、梨子は千歌や曜の元へと去っていく。残された俺は右頬に触れてみる。熱い。おそらく赤くなっていることだろう。

 

 ——ああ、もう。やっぱり梨子のせいだ。







待ってて春休み……。
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