——カラン——カラン——カラン——
清らかな音を奏でる教会の鐘。まっさらな砂浜、セルリアンブルーの海が見えるこの教会で、俺は立っていた。
目の前には白い祭服を着た高海千歌がいる。もじゃもじゃの白いつけ髭をつけて、どこかサンタクロースのコスプレ感が漂う。うーん、雰囲気台無し。
かくいう俺も真っ黒なタキシード姿。自分ではあまり似合わないと思うのだが、彼女は素敵だと言っていた。
さて、状況から見てわかると思うが、今日はチャペルウェディング。誰と誰のかって? そんな野暮なこと、聞くんじゃない。
その時、背後のドアが開いた。現れたのは純白のドレスを着た俺の嫁(仮)。彼女は父親と思しき人物ともに祭壇に向かってゆっくりと歩いてくる。
どこまでも続く長い裾。眩しいくらいに白い生地。胸元に持ったブーケ。肩から腕にかけては全開で、彼女の艶やかな肌をアピールしている。
バージンロードを歩み、俺の元まで辿り着いた花嫁。神父(高海さん)がゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「難しいことはわからないから、セーショ朗読はパスするね。凪沙く、じゃなくて汝——凪沙涼——はこの女、桜内梨子を妻とし、風邪をひいちゃったの時も元気な時も愛を持ってずっと支え合うことを誓いますか?」
「……誓います」
なんだ、この神父。もう少し荘厳な言葉を使ってくれないだろうか。風邪をひいちゃった時、元気な時って。
「梨子ちゃん。梨子ちゃんはこの男、凪沙涼を夫とし、えっと……あー……誓いますか」
「誓います」
っておい。梨子、君は何を誓ったんですか。神父、何も尋ねてないじゃないですか。
「では、誓いのキスを。……きゃっ、キスだよキス!」
興奮気味に俺の背中をバンバン叩いてくる似非神父。いや、似てすらいないが。どちらかというと近所のおばさん。
まあいいや。どのみちこの人は脇役に過ぎんのだ。主役は俺の花嫁——
「梨子……綺麗だよ」
「そんな、綺麗だなんて……ふふっ、ありがと」
ベールアップによってあらわになる顔。赤紫色の髪、柔らかそうな唇。少しつり目気味の瞳は、琥珀色。ああ、本当に綺麗だ。一緒に十千万の露天風呂に入りたいくらい綺麗。そしてそのままマチガイを犯してしまい、ゴールインしたいくらい。まあそのゴールに今いるのだけれど。
ずっと昔から憧れていた、恋い焦がれていたこの瞬間。いよいよ俺は梨子と結ばれるのだ。まるで夢なんじゃないかってくらい、幸せを感じている。
梨子は昔から自分のことが地味だとか全然スクールアイドルに向いてないとか、そういうことばかり言っていたな。
でも、そんなことない。今までずっと一緒に過ごしてきた幼馴染であるこの俺が保証する。俺なんかに保証されても嬉しくなんかないだろうけどさ。
梨子。ああ、綺麗だ。陶器のように滑らかな肌にはほんの少し朱がさしている。俺を見上げるその上目遣いは本当に可愛らしい。
微笑んだ後、梨子が目を閉じた。唇を差し出して、待っている。まさか梨子から求められる日が来るなんて昔は思いもしなかった。俺は幸せだ。
「じゃ、お望み通り……」
俺はゆっくりと、梨子の顔に自分の顔を近づける。
——カラン——カラン——カラン——
教会の鐘が鳴り響く。さあ、誓いのキスを……。
「ほら、早く! 早くして!」
「……なあ、高海さん。もう少し静かにしてくれないか?」
しかし興奮気味の高海さんに妨害される。俺の背中をバンバン叩いてくるのだ。さっきから騒がしいな、この人。
——カン、カン、カン、カン、カン——
心なしか、鐘の音すら騒がしくなってきている気もする。ええい、なぜみんな揃って俺の邪魔を!
「梨子……梨子?」
気付けば隣に梨子はいない。誰か見知らぬ女子たちによって連れ去られていく。振り向いた梨子は小悪魔のような笑みを浮かべた。
「ごめんね、涼君。私——」
「待って、もう少し!」
梨子を追いかけないと。このまま行かせたらダメなんだ。
「ダーメ! これ以上はダメだよ!」
しかし高海さんに襟を掴まれて止められる。なぜだ。
「もう朝なんだってばー!」
カンカンカンカンカンカンカンカン……
……カンカンカンカンカンカンカンカン!!
「ほら! 起きて!」
「んん……うるさいなぁ……」
誰だ、こんな朝っぱらからけたたましい音を鳴らしているのは。
うっすらと目を開けてみる。ぼんやりと浮かんできたのは、制服姿の女子。なぜかフライパンとおたまを持っている。何に使っていたんでしょうかね。
「どう? 目、覚めた?」
「……ああ、ばっちり」
おかげさまで、夢が遮られたわけだが。あんなにいい夢だったのに。できればもう一度見たい。てかラスト。どうなってんの。これはやり直し、もう一度
「よし、もう一回寝よう」
「ダメー!!」
布団に潜り込もうとしたら、剥ぎ取られてしまった。ああん、えっち! 脱がさないで!
「いつまで寝てるの、凪沙君! もう6時だよ?」
まだ6時じゃないか。そんな早く起きる必要なんて一切ないだろうに。ましてや、フライパンを叩いて起こす必要皆無。
「どうせなら梨子に起こしてもらいたかった」
というより、朝の目覚まし権は幼馴染にあるのが世の常ではないのか? なぜ昨日知り合ったばかりの女の子に起こしてもらわなければならない。
「もういいからとっとと起きて! 紹介したい人がいるの」
「紹介……?」
お見合いならお断りだぞ。言っておくが俺は梨子一筋。他の女や男に目をくれてやることなんて……
「おはヨーソロー!」
部屋に飛び込んできた威勢の良い女の子。ビシッ、と敬礼を決めると、俺にウインクしてきた。素直に可愛いと思ってしまったのはここだけの秘密である。
「ども! 渡辺曜です!」
「え、あ、はい」
何この超ハイテンションっ子。ちなみに英語におけるハイテンションとは極度の緊張状態のことを指すらしい。例えば戦争前とか。よろしい、ならば戦争だ。
「えっとね、彼は凪沙涼君。昨日引越してきたというか、十千万に泊まってるというか」
「ふうん。千歌ちゃんの彼氏?」
「違う違う。全然そんなんじゃないよ」
「だよねー。千歌ちゃん、恋愛したことないもんね」
「そうそう、曜ちゃん。昨日すっごく可愛い子にあったんだ」
「そうなの? だれだれ?」
……えっと。俺への紹介はこれで終わりなのかな。よろしくすら言ってない。まあいっか。俺は梨子に会えさえすればいいのだ。そういえば、梨子はどこに住んでるんだろう。会えたらいいな。
昨日高海さんによって整理整頓された荷物の中から着替えを取り出して部屋から出ようとすると、高海さんに呼び止められた。
「朝ごはんは志満姉が用意してくれてるよ」
「ん。ありがと」
この宿泊、どうも朝夕の食事付きらしい。料理できないダメ男子としては助かる仕様である。
「あ、あとね。はい」
ポン、と高海さんが俺に手渡したもの。みかん。
「私からのプレゼントだよ」
「あ……どうも」
昨日大量にもらったばかり……。
*
朝食には美味しい定食をいただいた。一応俺は客という扱いらしく、丁寧な応対を受けている。ラッキー。幸せです。
さて。昨日もらった母親からのメールの指示通り、俺は淡島ホテルに向かおうとした。したんだが……。
「これ、どうやって渡ればいいんだろう」
目の前の砂浜。海の向こうに淡島が見える。けれど、俺には渡る手段がわからない。フェリー? でもタダで乗れるのか。乗れない。
暇つぶしに貝殻を拾ってみた。桜貝。今度梨子にプレゼントしてみようかしらん。
「……ん? 何の音だ?」
微かながら、何かモーター音のようなものを聞いた。しかし左右を見回してみても、何も見当たらない。空耳か?
いや、音はだんだん大きくなってきている。確実に何者かは近づいてきているのだ。くっ、どこから! 姿を見せないなんて卑怯な!
風も強くなってきた。こ、これはまさか、海の底から魔界の王が降臨してくるとかしてこないとか⁉︎ してこないな!
……バラバラバラバラバラ……
「チャオー!」
上から聞こえた声。空を仰ぎ見れば、趣味の悪いピンク色のヘリコプターが飛んでいた。あ、ヘリっすか。てか本当に趣味悪。赤紫色にしろ。←
顔を覗かせているのは金髪の人。金髪か。金髪といえばポンコツというのが音ノ木坂の常識なわけだが、彼女はどうか。というか、その妹に似てる気がする。そうか、大のμ'sファンだ、そうなんだろ!
「おわっ⁉︎」
ヘリコプターは俺をかすめるように飛ぶと、少し離れた砂地に着陸した。はいはい、そっちの操縦技術が素晴らしいのはわかったんで、そういうのやめてもらいませんかね? 砂が口の中に入ってじゃりじゃりする。
どこからどう見ても俺に用があるらしいヘリコプターに向かって歩く。すぐにドアが開くと中から金髪が飛び出してきた。
「ハァイ! あなたがリョウね! 噂には聞いてるわよ! 淡島にウェルカム!」
金髪はこちらへと走ってくると、俺にハグしてきた。えっ、ちょっ⁉︎ マジでテンションがアレな感じですか⁉︎ いきなりハグとかごちそうさまです(殴
「私は小原毱莉。イタリア系アメリカ人のパパと日本人のママのハーフなの。気軽にマリーって呼んでもらって構わないわ」
言いながら小原さん(マリーとはちょっと呼べない)はウインク。なんですか、最近は自己紹介の時にウインクするのが流行ってるんですか。なら俺もやろうかな……気持ち悪いな、やめておこう。
それはともかく、なるほどハーフか。それならこの過激なスキンシップも頷けないことはない。クォーターよりも血が濃いもんな。あのクォーターの人はそこまで過激ではなかった。
「それで、小原さんが俺に何か用でも?」
「マリーよ」
「ご用件は」
「マ・リ・ーって呼んで?」
……面倒な人だな、この人も。
「……マリーさん」
「実はお迎えに上がったんでぇす」
だろうな。そうだとは思ってたよ。母さん絡みだろうとは思ってたさ。
マリーさんに促されるまま、ヘリコプターに乗り込む。俺が乗り込む間、終始マリーさんはニコニコしていた。あれ、騙されてたりしないよね、俺?
俺が乗り込んだ後にマリーさんも乗り込み、ヘリコプターが離陸する。空から見下ろす内浦の景色はなかなかによかった。ヘリも悪くないな。
「リョウはどこに泊まっているのかしら?」
「地元の旅館です」
「そう。あなたもうちの淡島ホテルに泊まればいいのに」
やだよ。こんなハイテンションな人といるんでしょ? いつ戦争が起こるかわからないね。あ、でも高海さんと渡辺さんも結構テンション高かったような。……もしかして大差ない?
「まあ、うちのホテルはエクスペンシブですが」
高級なんだよな。まったく、我が母親は贅沢して。経費なんだろうけど。
俺の母親は売れっ子作家(自称)。まあ、確かに売れているのだとは思う。だって常に締め切りに追われているし。その文才、俺には全く受け継がれなかったのだが。父親とは早いうちに死に別れている。
そんな母だが数年前、俺を梨子の家に預けて1人逃亡した。そのせいで出版社の指定するホテルに缶詰にされるらしい。俺もその被害を被ったってわけ。無茶苦茶だな。
ヘリはあっという間に淡島ホテルのヘリポートに到着し、無事着陸する。ヘリから降りると、メガネをかけた女性が出迎えてくれた。ああ、母さんの担当編集者の人だ。いつもいつも俺の母親のせいですごい苦労に見舞われている不幸な人。今日も目の下のクマがすごい。髪もボサボサ。スーツもヨレヨレ。これは昨晩、何かあったな。
「涼君……おはよ……」
「編集さん、大丈夫ですか?」
なんか口から魂が抜け出しているんじゃないだろうか。御愁傷様ですとしか言いようはないな。
「先生……飲んでも飲んでも止まらなくて……う⁉︎」
編集さんは足元に置いてあったバケツを掴むと、うむ。見なかったことにしておこう。
「昨日、何かあったんですか?」
「昨晩は引っ越しパーティー! それはもうエキサイティング! でしたわ」
話せる状態じゃない編集さんの代わりにマリーさんに尋ねると、どうもそういうことらしい。何してんだ、母さん。そんなんで仕事になるのか。
「それで俺を呼んだ理由って、マリーさんわかります?」
「Yes! それはリョウの転校先に関するリーズンよ」
きた。この転校先の学校を当日の朝に知らせる適当さ。さすが我が母親、普通じゃない人間ランキングトップテン入り(俺調べ)なだけはある。
「Ms.ナギサは今回、年単位でスイートルームをリザーブされました。というわけで、そのチャイルド・リョウには学費をフリーでハイスクールに通わせるサービスを提供することにしたのです」
「えっ、学費無料⁉︎」
す、すごいぞ。学費無料だって⁉︎ これはすごい。内浦にきて良かった!
「えっと、ちなみにその学校っていうのはどこなんでしょう?」
「それは——」
一旦言葉を切るマリーさん。風に靡く髪を押さえつけながら、不気味な笑みを見せてくれた。
「浦の星女学院よ」
rough "alarm bells
というわけで、今後とも読んでもらえると嬉しいです