「ルビィちゃーん! 逃げないでよー!」
ハンドカメラで撮影をしている曜が、逃げるルビィちゃんを追いかける。なんかあれだよね、海辺で追いかけっこしているカップルみたいだ。できるものなら梨子とやってみたいけど。
——青々と煌めく海。真っ白な浜辺。波打ち際で靴を脱ぎ、砂と同じように色白な素足を晒した梨子が、こっちに笑いかけながらはしゃいでいる。赤茶の髪と水色のワンピースは風に靡き、おいでおいでとこちらを誘う。いとおかし。
放課後。俺たちスクールアイドル部は現在、「内浦のいいところ」を紹介するPVの撮影を敢行している。今は富士山の見える景勝地にて撮影中である。たしかに雄大な景色である。某日舞をやってる登山好きなら、登りたがるに違いない。
しかし、PV撮影はなかなかうまくいかないようで。常日頃から動画投稿している善子ちゃんはともかく、ほかの1年生2人はまだ慣れないようである。
と、先ほど自身の担当するシーンを撮り終えた梨子が、俺の隣にやってくる。
「まさか統廃合になっちゃうなんてね」
「だな」
統廃合。俺らの通う浦の星女学院は沼津の共学の高校に統合されるらしい。そしてそれを阻止するためにPVを作ろうと提案したのは千歌。千歌曰く、廃校を阻止することで輝くらしい。かのμ'sと同じように。
「まだこの学校に来てちょっとしか経ってないけど、少し淋しいよね」
「まあなぁ」
なんというか、転勤族の子ってこんな気持ちなのだろうかと思う。せっかく馴染んできた校舎、通学路、景色。それらが変わってしまう。……べ、別に共学と統合したら、梨子が美少女すぎて多くの男子が惚れてしまうに違いないとか思ってないし? 仮にそうなるとすると恋敵が増えるじゃん、やだなー、なんて考えてないからな!
「ねー、りょーくん!」
千歌がやってくる。手に持っているのは地図だろうか。
「次はどこで撮ったらいいかな?」
「どこって言われても。正直、まだあまりここのことわかってないし」
「えー? じゃあ、梨子ちゃんは?」
「私? 私もあまり……」
「もー! 2人とも、ちゃんと考えてよね! このままだと廃校になっちゃうんだよ?」
「そういう千歌は何か考えてるのか?」
逆に千歌に聞いてみる。
「とりあえず、みかんの紹介はしないと!」
「……」
似たり寄ったりじゃないのか。もしくは五十歩百歩。
しかし内浦のいいところか。景色がいい、空気が美味しい。あとは……ダメだ、思いつかない。
晴天のもと撮影が行われている。が、その雲行きは相当怪しいようで。
*
結局沼津に行ったり、伊豆長岡まで行ったり、はてにはインパクトを与えるために堕天使ヨハネを登場させたりして、今は松月にて撮影中。
曜がお菓子を食べるマルちゃんとルビィちゃんを撮影している間、ほかのメンバーで今まで撮った動画の編集を行う。といっても、作業しているのは主に善子ちゃんなんだけど。さすがの動画投稿者といったところか。
「なんで十千万じゃなくて、喫茶店なの?」
俺の前の席に座る善子ちゃんが、その隣に座る千歌に聞く。
「もしかして、前お邪魔した時に迷惑だったから……」
俺の後ろの席、別の机に座るルビィちゃんが心配そうに言う。前とは堕天使衣装の試着の時のことだ。
「ううん、全然そういうんじゃなくて。梨子ちゃんが、しいたけがいるならうちはやだって」
言いながら、千歌は目の前に座る梨子をジト目で睨む。
「だって放し飼いじゃない」
「ここら辺じゃ、家の中だと放し飼いしている人が多いかも」
後ろの机の方から、曜が発言する。
「しいたけはいい子だもん」
「そんなことないわ。ね、涼君もそう思うでしょ?」
梨子が隣の俺を見る。
「え? いや別に、痛っ!」
足の甲に痛みが走る。踏まれた。前の席を見ると、怒った様子の善子ちゃん。口が動く、『梨子さんの味方をしなさいよ』?
「ま、まあでも、しいたけは大型犬だからな。そういう意味では怖いかも」
「あー、梨子ちゃんの味方するんだー」
今度は千歌にジト目で見られる。いや、じゃあ俺はどうしろと。
「しいたけは優しいんだからね。大きさで決めつけないでよ」
「別に私は大きさの問題じゃなくて、そもそも犬自体が」
「それならこの店にもいるけど」
「え」
「わたちゃん!」
千歌のその言葉に誘われたように、店の奥から一匹の小型犬がトコトコとやってくる。黒いふさふさの毛、白いお腹。可愛らしい犬だ。
「ひぃ、い、犬っ!?」
悲鳴をあげたあと、犬から少しでも遠ざかろうと梨子が俺の方へ飛びついてくる。もにゅっとした感触が腕を通して伝わってくる。
「そんな怖がらなくても。可愛いよ?」
「ダメよ、ダメ! その牙! そんなのに噛まれたら……!」
首をブンブン振る梨子。梨子が動くたびにいい香りが鼻をくすぐり、梨子に抱きつかれている腕に柔らかいものが押し付けられたりられなかったり。なんだ、この役得シチュエーション。わたあめとやら、GJ。
しかしあれだ、梨子がわたあめの方を凝視しているのが残念の一言。いや、まあね? 梨子がそっちに気を取られているからこそ、こんなに抱きつかれているわけで。……指摘したら絶対離れちゃうだろうからな……。
「噛んだりしないよー」
千歌がわたあめを抱き上げ、梨子の目の前に持ってくる。わたあめは口を開き、ぺろり。梨子の鼻を舐める。あっ、お前。それは許せないぞ。俺だって梨子にキスしたことないというのに。
「や、やっぱり無理ぃ!」
一瞬ぶるりと震えた梨子は席を飛び出し、トイレへと急行、篭ってしまう。ああ、さらば梨子のぬくもり……。
「可愛いのにな……」
「そういうものでしょ。誰かが好きなものをみんなが好きとは限らない」
カタカタとキーボードを叩きながら、善子ちゃんが呟く。千歌はうーんとうなる。
「でも可愛いは正義って言うよね」
「そうだな」
「でしょ!」
「梨子は可愛い、可愛いは正義。すなわち梨子は正義。だから梨子が犬を苦手とするなら、犬を好きな人は悪だ」
「なにその曲解!?」
「さすがの涼君クオリティだね。色眼鏡がすごいよ」
曜からの冷たいお言葉。だって梨子が可愛すぎるんだもん、しかたない。
「でも、なんとなくわかる気がするかも……」
ルビィちゃんがポツリという。食べかけのどら焼きは彼女の手に収まったままだ。となりのマルちゃんは完食している。
「でもでも、犬だって可愛いよ? 正義じゃない?」
「千歌、犬の可愛さと梨子の可愛さが同列だと本気で思ってんの?」
「どういう意味なの、それ」
「まんまの意味だよ」
はてなを頭上に浮かべる千歌。俺も若干言っている意味がわからなくなってきたところではある。梨子の可愛さは理論を覆す。
「それにしても、涼さんって本当に梨子さんのことがすきなんずらねぇ。幼馴染の恋、はぁ〜キラキラしてるずら」
恋愛小説でも読んでいるかのごとく、目をキラキラさせるマルちゃん。まあ、そう改めて言われるとむずがゆいというかなんというか。
……ん?
ちょっと待って。今、マルちゃん、俺が梨子のことが好きだと言った? 誰が教えたの? 俺は善子ちゃんを除く1年生に話したことはないんだが。
「え、花丸ちゃん。なんでそれ知ってるの」
「ふふっ、この間よし——」
「ああああああ!」
「善子ちゃん?」
「もうこんな時間じゃない、もうすぐ人間界と魔界とを結ぶ扉が閉ざされてしまう……! ダメよ、このままではヨハネはこちらの世界に取り残されて、ああ、我が仮初めの器が消滅してしまうわ!」
芝居がかった善子ちゃんの悲痛の叫び。同時に曜が立ち上がる。
「それは大変だね、善子ちゃん! 私も終バスの時間だから帰らないと」
「いや、完っ全に逃げる口実だろ、それ!」
今マルちゃんの口から善子ちゃんって言葉が出かけたよね? ねえ? ねえ!?
「見苦しいわよ、ルカ。そんなに主たるヨハネに伝えたいことがあるなら、今宵、言の葉を直接脳内へと送り込む秘術・テレフォンを使いなさい」
「というわけで沼津組は帰ります。よーしこー!」
「善子じゃなくてヨハネ!」
嵐のように一通り茶番を終えた後、2人は喫茶店を出て行った。ご丁寧にも去り際に、それぞれの決めポーズまで決めていく。曜が敬礼で、善子ちゃんが右手で顔の一部を隠すようなポーズだ。
善子ちゃんには色々と問い詰めたいことはある。しかし、さすがに終バスを逃せと言うほど俺とて鬼畜ではない。
「……で、花丸ちゃん」
「ひ、ひぃ!」
「さっきのこと、どういうことか説明してもらおうかぁ……?」
だから、矛先がマルちゃんを向くのは当然だよなぁ?
「まままマルも、聖歌隊の練習が!」
マルちゃんはルビィちゃんの手を掴み、立ち上がる。
「えっ、まだどら焼き……」
「お疲れさまでした!」
「あ、ぅ……お先に失礼します…!」
2人は半ば強引に、マルちゃんがルビィちゃんを連れて店を出て行く。その際、ルビィちゃんは一瞬立ち止まりかけたが、結局食べかけのどら焼きを手に店を出て行った。
「くっ、逃げられたか」
「あほんだら」
ぱしっ!
「ぁいたっ!」
軽く、千歌に頭を叩かれる。
「まったく。調子に乗るんじゃあ、ありません」
ぶー、と千歌に両腕でばつ印を作られる。頬を膨らませてるところとか、口をとんがらせてるところとか。アホ毛は元気にはねているところとか。子供っぽく、両腕を使ってばつ印を表現しているところとか。ムカつく。
……ムカつくけど、可愛いんだよな、やっぱり。そして可愛いは正義なのである。
「……すみませんでした」
「わかればよろしい。というより、りょーくんってわかりやすいからね。たぶん言わなくてもそのうちバレるよ」
「そういうもの?」
「そういうもの」
千歌は俺に背を向けて店内をゆっくりと、壁沿いに歩く。壁には内浦に関する広告ポスターとかがはってあり、そのうちの一つの前で千歌は立ち止まる。花火大会のポスターだ。
「でも。そういうまっすぐなところが、りょーくんの良いところなんじゃないかなぁ、なんて」
「え? あ、うん。ありがとう?」
唐突に褒められて、若干挙動不審になる。褒めても何も出ないぞ。
「ううん、りょーくんだけじゃない。みんな、まっすぐなんだ。だってこんな私が突然PVを作りたいって言って、それで放課後こんなふうに取り組んでくれるんだよ?」
「まあ、部活だしね。それに楽しいし」
スクールアイドル部と。Aqoursと。俺が梨子が好きだから、そう理由付けてしまえば簡単かもしれないが、そうではない何かがある気がするのだ。
「そう、楽しいんだよ! そしてね、私はそんな楽しい日常をなくしたくない。続けたい。学校を、廃校にはさせない」
振り向いた千歌は笑顔で俺に手を差し出す。
「だから、りょーくん。私に力を貸してください!」
自分には貸すほどの力がないとか。普通の人間である自分に廃校を阻止するなんて無理だとか。そんなことを言うのは無粋ってものなのだろう。普通だからなんて言い訳はいらない。
「もちろん」
差し出された手に自分の手を重ねる。そして俺も、
「じゃあ早速相談なんだけど、PVに花火大会の様子を入れるってどう思う?」
「うーん、それだとPVの出来上がりが遅くなるんじゃないか? やるとしても、別のにした方がいいと思うけど」
「なるほどねー」
千歌はウンウンと頷く。
「じゃあ、別にするとして、りょーくんがカメラを持って誰かとデートしてる風の動画を撮るってのはどうかな!」
「いいんじゃないか?」
それってつまり合法的に梨子とデートできるということでしょう?ありよりのあり。
あ、でも曜と約束してたっけ……?
「本当!? じゃあそれでね、もし——」
「あれ、みんなはもう帰ったの?」
「あ、梨子。うん、帰ったよ」
と、梨子が戻ってくる。心なしか顔が赤い。そんなに犬が怖かったのか。でも顔を赤く染めている梨子って可愛さ当社比1.5倍だから。
「あ、で、千歌。話の続きを」
「いや、これはまた今度でいいや。すぐにって話でもないしね」
「そう?」
まあ、千歌がそれでいいのならそれでいいのだが。でも『もし』に続く質問だろう? あれか、もしやるとしたら相手役は誰がいいか、とかか。いや、梨子一択なんですが(困惑)。あ、でも梨子の目の前でそれ言ったら遠回しの告白か……!
これは良い判断だ、千歌。
「グッジョブだ、千歌」
「え? どしたの、急に?」
「それはだな……あ、電話」
ポケットに入れていたスマホがバイブレーション。どうでもいいけど、足に変な感じがするよね、これ。
「はい、凪沙涼です。……あ、編集さん?
……え、母さんが!?」
やめて! 締め切りの特殊能力で原稿をボツにしたら、闇の執筆で原稿と繋がっている母さんの精神までボツになっちゃう!
お願い、死なないで母さん!
あなたが今ここで倒れたら、編集さんやその他お偉いさんとの契約はどうなっちゃうの?
時間はまだ残ってる。これを書ききれば、締め切りに間に合うんだから!
次回、「凪沙母 死す」 デュエルスタンバイ!
※大嘘です。
前回の次回予告が本当に嘘になってしまった件について。
いや、もう少し勘違いをぐるぐるさせるつもりだったんだけどな……。気づいたら梨子ちゃんがフェードアウトしてたんだよな……。