vol.1
「すごい……! すごいよ、曜ちゃん!」
「ここが秋葉原……!」
「都会だよ!」
「千歌ちゃん! あれ、見てみて!」
「わぁ……!」
見渡す限り、ビル、ビル、ビル。あちらこちらに張り出された色とりどりの広告や看板。自分の地元とは大違いのカラフルシティ。これが東京なんだ。
そして何と言っても、人の数が違う。あっちを見ても大勢の人。こっちを見てもたくさんの人。どこを見ても無数の人。曜は人に酔う感覚を覚えた、なんちゃって。……らしくないね、千歌ちゃんじゃあるまいし。
「これ、どうぞ」
メイド服を着た女の人が、笑顔でチラシを渡してくれる。すごい、本物(?)のメイドさんだ……! やっぱり東京には何でもあるんだ!
東京に感動した、その時。
「あっ!」
「きゃあっ!」
強い風が吹き、メイドさんの持っていたチラシの束が吹き飛ばされてしまう。ああ、大変だ!
私は千歌ちゃんと一緒にチラシを拾い始める。メイド喫茶、ニューオープン。……行ってみたいな。
「ねえ、千歌ちゃん。ここに行って……あれ?」
しかしそこに幼馴染の姿はなく。ただ慌てているメイドさんと路上に散らばったチラシだけが残っていた。
*
「どうしよう……はぐれちゃった」
さっきから千歌ちゃんのスマホに電話をかけているものの、繋がらない。『おかけになった……』ってやつの繰り返し。
しばらくの間メイドさんのそばで待っていたものの、千歌ちゃんが戻ってくる気配はない。本当、何をしているんだろう。
「あの、それじゃあ私は他の仕事もあるので……」
「あ、お疲れ様です」
メイドさんは一礼をしたあと、去って行ってしまった。長い黒髪の綺麗な女の人だったなぁ。それにメイド服……可愛い。私も着てみたい。
って、それどころじゃなかった。今はどうやって千歌ちゃんと合流するかを考えないと。
「ねえ、君。一人?」
「えっ?」
突然、後ろから声をかけられた。茶色い髪の、ピアスをつけた背の高い男の人。ジャラジャラとしたネックレスをつけて、変な柄のTシャツと穴のあいたジーパン。全身でナンパ男ですと語っているような人だ。今時こんな人、いるものなのか。東京にはいるのだろう、きっと。東京ってすごい。なんでもある。
「どう? これから一緒にお茶でもしねぇ?」
「あ、いえ。けっこ——」
「まあそんなこと言わずにさ」
男が腕を伸ばし、私の肩を掴んだ。
「でも、本当にいいんです」
「まあまあ」
次第に距離を詰めてくる。思ったより力が強い……! これでも筋トレを日課にしてるのに。
少しだけ恐怖感が湧く。多少は護身術をわきまえているものの、もし相手がこちら以上の手練れだったらどうしよう。
まあ、そんな可能性は低いだろう。私は男の手首を掴み、軽く捻った。
「痛い痛い痛い! 君、何すんの!」
「何って、そっちが先に触れて」
「暴力とか、犯罪じゃね? あー、これ折れてるわー。めっちゃ痛いもん」
「えっ? いやっ、あの程度で折れるわけ」
「折れたわ、折れたわ。これ、絶対折れてるっつーの!」
何やら手首を押さえて折れてると騒ぎ立てる男。ああ、なるほど。これがいわゆるオレオレ詐欺……なわけないよね。
「というか、これは警察に訴えるしかないっしょ。ねえ、こっち来いよ、君!」
男はかなり力を込めて、私の肩を掴む。いや、折れてたらそんなことできないし……。
とりあえず、面倒な人に絡まれたということはわかった。どうしよう。こういう時の対処法って、わからない。
背負い投げでもしようかと思ったところ——
「あああああ! どいてどいてぇ!」
「は?」
突然横から聞こえてきた大声。見ると、自転車に乗った同い年くらいの少年が器用に人を避けながらこっちに接近してきている。それも結構なスピードで。しかもうまく機体を操縦して、私とナンパ男の間に割って入るように。
「なっ⁉︎ バカか⁉︎」
ナンパ男は慌てて私の肩を放すと、反対側へと飛び退く。ほぼ同時に、自転車は突っ込んできた。
「ブレーキが壊れてるーーーー!」
少年の断末魔とともに——ガシャンッ! 段差に激突し、自転車は乗せた少年もろともひっくり返る。頭から落ちた少年は一応受け身を取っていたものの、数秒間動かない。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
心配になって声をかけてみる。ヘルメットも被ってなかったし、もしかして怪我でもしたんじゃないだろうか。
「イタタタ。あー、頭が痛い。あの、すみません。近くの公園まで行くのを手伝ってもらえません?」
「え?」
少年は自転車を起こして立ち上がる……が、すぐにバランスを崩して倒れかかる。私は慌てて支えてあげる。
「あわわ、大丈夫なんですか⁉︎」
「う、うん。ちょっと静かなところに行きたい、かな」
「公園ですよね? どこにあるんですか?」
「ああ、こっちだよ」
少年はにっこりと笑うと、早歩きで歩き始めた。えっ、頭痛いんじゃ?
「そんなに早く歩いて、大丈夫なの?」
「うーん、まずいかも」
後ろを振り向きながら少年が言う。私も振り向いてみると……あの男が、少し離れたところをこちらに向かって歩いていた。お、追われてる。
東京。都会。そこはおしゃれで人がたくさんいて、キラキラしてるところだと思ってたけど、こういう人もいるんだ——。
背筋に冷たいものが走る。千歌ちゃんは。彼女は今、どうしているのだろう。私は護身術を身に付けているけど、千歌ちゃんは——
「よし、あまり交通ルールは破りたくないけど仕方ないな。乗って!」
「えっ、あ、うわぁ!」
乗って、と言いながら無理やり私を荷台に乗せると、少年はサドルに跨ってペダルを漕ぎ始めた。急発進にバランスを崩しそうになった私は、思わず彼の背中に抱きつく。
こ、これって拉致かな?
都会の迷路みたいな道を、右へ左へ。うまくナンパ男を撒いた後、少し広めの児童公園に到着。相変わらずブレーキは効かなかったらしく、木に衝突して停車。ベンチに私を座らせておいて、少年は自販機に飲み物を買いに行ってしまった。
どうしようか。逃げるなら今のうち。
一応私を助けてくれた少年ではあるけれど、ミイラ取りがミイラになるなんてことはよくあること。ナンパ退治がナンパしてくる可能性だってあるはず。幸いにも、少年は自転車を鍵をさしたまま公園に残している。
これに乗っていけば——
「いや、ダメだよね」
そんな自転車泥棒みたいなことしてたら、バチが当たるかもしれない。少年にも申し訳ない。あと、ブレーキが壊れてる。いざとなれば護身術もあるし、逃げる必要はないか。
しばらくすると少年が戻ってきた。二本のペットボトルを持っている。片方が緑茶で、もう片方が炭酸飲料水。
「炭酸とお茶、どっちがいい?」
「あ、じゃあお茶で」
「海未先輩みたいだな」
少年からもらったペットボトル。冷たくて気持ちよく、一気にほとんど飲み干してしまう。どうやら私は相当に喉が渇いていたらしい。
「見かけない制服だけど」
「え? あ、うん。友達と田舎の方から」
「友達?」
「はぐれちゃって」
「んー……」
顎に手を当てて考え込む少年。改めて顔を見てみると、容姿は良くも悪くも普通。まあ、強いて言うなら良い方に入るだろう程度。背もそこまで高くない。少年には悪いけど、少しがっかりしてしまった。
「じゃあ、探してくるよ。ここで待ってて」
「え?」
少年は自転車に乗ろうとして、やめる。鍵を抜くと私に渡した。ただし、ブレーキの壊れてる自転車の。
「何かあったら使っていいよ、じゃ」
サムズアップをすると、少年は走って公園を出ていった。え、でも容姿とか伝えてないけど大丈夫なの……?
「ま、待ってよ!」
私は借りた鍵を使って早速自転車に——と思ったけど、手で押していくことにする。ブレーキが壊れてる。
私はかっこいいのだか悪いのだかわからない少年を追う。
「おーい!」
「ん?」
少し走ると、少年に追いついた。少年が私の友達のことを何も知らないことを伝えると、少年はなるほどと頷いた。……もしかして天然?
「ごめん、全然考えてなかった」
「なんであんなに急いでたの?」
「え? あー、特に理由はない、かな」
頭をかき、若干目をそらしながら彼はそう言う。それ、理由のある人の言葉と態度だと思うんだけど。何か、私といるとまずい都合でもあったりするのだろうか。
「それはどうでもいいとして。で、その友達の特徴は?」
「蜜柑色の髪で、アホ毛があるんだ。あと、私と同じ制服を着てる」
「わかった、じゃあ探して——」
「待ってよ!」
思わず引きとめてしまった。不思議そうに首を傾げる彼。
「一緒に探して」
「え、なんで」
一瞬、露骨に嫌そうな顔をされた。それで私のプライドが少しだけ傷つく。これでも一応、近所の人たちからは可愛いと言われて育ってきたのだ——それはお世辞とか、過疎気味の町でみんなの子どもみたいな扱いだったのは重々承知してるが——、さすがにそんな顔されるのは気に食わない。
「嫌なの?」
「嫌……ではないけど」
なんだかその間が気になる。
「ねえ、いいでしょ? またさっきみたいな人に絡まれると嫌だしさ」
「俺に絡むのはいいわけ?」
「うん! 悪い人には見えないし」
これは本当にそう思ったことだ。むしろ隙あれば少年の方が逃げ出しそう。
「……今日は秋葉原にいるって聞いたからあまり女子といたくないんだけどな……」
何やらブツブツと呟きながら、少年は右往左往。私はなんだか、オーディションを受けているような気分で彼の次の言葉を待つ。
再び少年は周囲をキョロキョロと見る。なんか、変な人。一歩間違えれば怪しい人だ。
「わかった。じゃあ一緒に探そう」
*
「で、なぜこうなった」
「いいでしょ、少しくらい。歩き疲れたの」
私は少年を無理やりメイド喫茶の中に連れ込んでみた。少年は相も変わらず周囲ばかりを気にしていた。
「お帰りなさいませ」
可愛いメイド服を着た女の子が出迎えてくれる。ロングスカート、うーん、いいね。帰ったら今度、メイド服も作ってみようかな……。
二人掛けの席に案内される。少年は一向に私の方を見ずに他の客を見ていたので、私も店内を見回してみる。
席と席を仕切るかのようにあちこちに植物が配置されていて、なんだか落ち着いている。ピンクやハートマークで溢れたものを想像していたのだが、そうでもないらしい。客も多く、ほぼ満席に近い。人気店なのだろうか。
と、一つのコルクボードに目が止まる。そこには何枚かの写真とともに広告が張り出されている。えっと、『本日限定! 伝説のメイド復活!』?
「ねえ、伝説のメイドって誰だかわかる?」
「はい?」
少年に聞いてみた。すると、少年の顔がみるみる真っ青に。あれ、なんか言っちゃいけないことでも言ったかな?
「伝説のメイドが、どうかしたのか?」
「本日限定で復活って。ほら」
広告を指し示す。少年の口が動いた。『まじか』だって。
「それで、伝説のメイドって」
「あ、ちょっとここで待ってろ!」
少年は早口でそう言うと、私たちのテーブルに近づいて来た私と同じような色の髪をしたメイドさんの手を掴み、店の隅の方まで連れて行ってしまう。植物が邪魔でうまく見えないけど、何か話している。知り合いなのかな。それなら、この店で落ち着かなかったのも納得できるかも。
しばらく何か話したあと、少年がテーブルに戻ってきた。気のせいか、どこかやつれている。
少年はテーブルに突っ伏す。魂が抜けたのかと思うほどぐったり。
「……子に言うとか……はぁ……また……」
よくわからないけど、この店に連れてきたのは良くなかったみたいだ。
その後、注文したものが届いた。私は美味しく食べていたのだが、パフェをスプーンでつつきながら、少年はずっと窓の外を見ている。うーん……。
「どうしてそんなに外が気になるの?」
少年は窓の外を見たまま答えた。
「え? お前の友達を探してるんだろ」
「あ、そっか」
そういえば私は千歌ちゃんとここに来てたんだっけ。メイドに夢中ですっかり忘れてた……。心の中で謝っておく。ごめん、千歌ちゃん。
今頃何をしているんだろう。電話はかけても出なかったし、向こうからもかかってこない。変な目にあってなければいいんだけど。
「ところで、どうして壊れた自転車になんか乗ってたの?」
「え? ああ、それはあの自転車を使えばり……素敵な出来事が起きるって、占いの得意な人に言われたからだよ」
「占い? へー、そういうの信じるんだ」
「いや、あの人の占いだけは特別というか。でも結局、素敵なことなんてなかったなぁ」
はぁ、と溜息を吐く少年。……どうやら、彼にとって女の子を助けてその後その子とメイド喫茶に行くというのは素敵な出会いではないらしい。フィクションだと、こういうボーイミーツガールな展開はよくあると思うんだけどなぁ。彼はリアリストなのかも。それともこれが東京の感覚なのか。
「あ、そういえば。まだ名乗ってなかったよね! 私はわ——」
「何言ってんの。見ず知らずの男に名前なんて教えるなよ」
非難された。ひどい。
「えー? でも、ほら。私たち、一緒に食事をしてるんだよ?」
「関係ない。たまたま相席しただけみたいなものだ」
「本当、つまんない人だね」
「つまらなくて結構」
少年は立ち上がると、諭吉さんをテーブルに置いた。
「ここは奢りでいいよ。お釣りはちゃんともらってくれよ?」
「え? あ、うん。ありがとう」
そう言い残し、少年は店の外へ。す、すごい……。財布から簡単にこれを出すなんて、さすが東京。
さっきまで彼がしていたように、窓の外を見てみる。店のすぐ外で、あの少年はキョロキョロと行き交う人を見回している。真面目な人。
「……あれ?」
しばらくボーッと外を眺めていると、あることに気付いた。
——そういえば私、彼ばっかり見てるような。
一気に頬が火照るのを感じる。
「いやいや、それはないでしょ。さすがに、一目惚れなんか」
しない、よね?
梨子が主人公だと思った?
ざーんねん、違いましたー……ちょ、やめて! 石投げないで!
調子に乗りました。反省してます。
えー、本編遅いですね、申し訳ないです。頑張って書き進めますんで、気長に待ってもらえると嬉しいです。
では、少々世間話を。最近気付いたのが、もうこの小説を投稿してから一年が経つということです。まじか。この小説も一歳になったんですね。一切プレゼントはありませんが。……今の、笑うところですよ。
相変わらず忙しいです。次話がいつになるのかは不明です。ごめんなさい。でも9月19日まであと2ヶ月かぁ。そっちもそろそろ考えないとなぁ。どんなシチュがいいんですかね。二人を恋人関係にするのか、今まで通り両片思いで通すのか。悩みどころ。
でもそれより前にレポートを書かないといけないという現実……。いくつあるんだ、あれ。
とりあえずラブノベルスですねー。
何はともあれ、今後ともうちの拙作(一歳児)をよろしくお願いします。