俺の周りには普通じゃない人しかいないっぽい   作:からっぽ

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ギリギリセーフ……?



サクラウチリコヲ愛シテル

 ——桜の木——

 

 夕暮れ時の公園。二つのブランコ、二人の子ども。同じ幼稚園の制服を着た彼らは夕日に赤く染まる。

 

「小学校に行ったら、ぜったいにりこちゃんよりテストで満点取るんだ!」

「わ、わたしも負けないもん!」

 

 立ちこぎをする少年のブランコが空高く上がる。目の前に迫る桜の木に、少年は手を伸ばしたいという衝動にかられる。が、その手は決してブランコの鎖を放さず。男の子を乗せたブランコは戻っていく。

 代わりとばかりに、今度は女の子を乗せたブランコが桜の木に近づく。すれ違う瞬間、彼の耳に彼女の声が届く。

 

「小学生になったらね」

「うん」

「だれかと恋人になるの!」

 

 遠ざかる、二つに結んだ赤紫の髪。その背中を見ていると、急に息苦しくなる。

 

「おれだって! りこちゃんより先にかのじょ作るから!」

 

 よくわからないけど、幼馴染には負けたくない。

 

 

 

 ——靴飛ばし——

 

「誰が一番遠くまで靴を飛ばせるか、勝負な!」

 

 誰かが言い出した勝負。四つあるブランコに並んだ男子は皆、懸命にブランコをこぐ。脱ぎかけの靴が落ちないように足首を曲げ続けるのは案外きつい。

 

「涼! いつまでこいでんだよ、早く飛ばせ! あとはお前だけだぞ」

 

 友達の声に、ふと周囲を見渡す。隣でブランコを漕いでいたはずの友達はすでにブランコから降り、片足だけ靴を履いていない。

 

「わ、わかった」

 

 気づかなかった。もうそんなに時間が経っていたのか。

 友人が自分の靴の元へケンケンしていくのを確認し、もう一度だけ、向かい側にある公園のベンチを盗み見る。

 楽しそうにおしゃべりをする女子のグループ。足元に置かれたランドセルたち。そのうちの一つは桜色。持ち主の赤紫色の髪は腰元まで伸びている。

 

「涼はやく!」

「ああ!」

 

 急かされ、何も考えずに振り抜いた右足。汚れた運動靴は空高く舞い、やがてベンチの前に落ちた。

 悲鳴が上がる。

 

「きゃあっ! 何!?」

「ちょっと男子!」

 

 ベンチから立ち上がる、鋭い目をした女子。クラスの中でも気が強いことで有名。加えて空手をやっているとか。黒帯との噂も。

 

「ばか、どこ飛ばしてんだよ!」

「謝ってこい」

「痛っ! やめろ、わかったから叩くなよ」

 

 ブランコから飛び降り……ようとして、やっぱりやめる。ゆっくりとブランコが止まるのを待ってから降り、片足で跳ねながらベンチの元へ向かう。

 

「凪沙じゃん」

「ええと、その、ごめん」

「まったく。もし当たってたらどうしてくれるのよ。梨子も言ってやって!」

「ええっ、私!?」

 

 心臓が飛び跳ねる。体の奥のどこかを締め付けられている気がする。怖い、のだろうか。黒帯の女子よりも?

 お得意の困った顔でしばらく悩んだ後、梨子は俺に笑いかける。心臓が破裂しかける。

 

「つ、次からは……気をつけてくれれば、いいんじゃないかな?」

「はぁ。梨子ってば優しすぎよ」

 

 ブランコの方へ戻った後、男子たちにもみくちゃにされた。

 

 

 

 ——ラストランドセル——

 

 卒業式を終え、生徒たちはグラウンドに出る。卒業生たちはそれぞれが友人、家族、先生、在校生達と写真を撮り合っている。

 

「涼! 一緒に写真撮ろうぜ!」

 

 クラスメイトの男子の一人が、手を振りこちらに駆けてくる。オッケーサインを出そうとした瞬間、ポケットにしまっていた携帯が鳴る。

 

「あ、悪い。電話」

「そっか。じゃあまた後でな」

 

 電話をかけてきた相手を確認すると、誰もいなくなった昇降口に戻る。静まり返ったその空間で、着信音だけが響き渡る。

 

「もしもし」

『卒業おめでとう。本当にごめんね、どうしても締め切りが』

「いいよ、別に。梨子のお母さんもいるし」

『そっか……で、それで? 梨子ちゃんとはツーショット撮ったの?』

「は、はあ!? なんで!」

 

 大声を出してしまい、慌てて周囲を見る。大丈夫、誰もいない。

 

『ふっふっふっ、親の目は誤魔化せないのよ』

「別に梨子とは——」

 

 ふと、桜色のランドセルが見えた。

 

『付き合ってないって? でも、好きなんでしょ』

「と、とにかく、母さんには関係ないからな!」

 

 電話を切ると、溜息がもれる。そしてその直後、昇降口にやはり彼女が現れた。

 

「お母さんから?」

「あ、ああ。そんな感じ」

 

 どんな感じだ、と内心思いながらも。

 

「あ、あのさ。ランドセルって今日で最後だろ?」

「そうだね」

「だから、えっと……写真、撮らない?」

 

 その日の夜。写真を見た母さんは、梨子ちゃんのランドセルが三つもあるとか言って笑っていた。意味不明。

 

 

 

 ——薄闇フォークダンス——

 

 キャンプファイヤー。修学旅行の最後の日に行われるそれは、男子も女子も待ちに待ったイベント。

 フォークダンス。うちの学校では組み合わせが一周回るまでオクラ混ぜミキサーみたいな名前の曲を踊り続けるので、好きな異性がいれば必ず踊れる。

 後ろから、彼女の声。

 

「緊張するね……」

「桜内さんなら嫌がる男子なんて絶対いないっすよ、なっ、涼?」

「なって言われても。男子全員に確認を取ったわけじゃないだろ」

「……」

「痛っ!」

 

 かかとを踏まれた。振り向けば、我が友人は笑っている。けれど、目は笑っていない。

 

「なんだよ」

「べーつに? 爆ぜちまえ」

 

 始まったダンスに会話も中断される。一人と踊り終えるごとに、鼓動が早くなっていく。梨子とは最後なのだ。

 もはやちゃんと踊れているのかどうかすら怪しくなってきたころ、ついに赤紫色の髪の彼女のそばに立つ。

 梨子は気恥ずかしそうに笑いながら。

 

「なんだか、変な感じだね」

「そうだな」

 

 繋ぐ手はほんのりと温かい。踊りながら見える横顔は、揺らめく炎に照らされてどことなく色っぽい。

 そんなふうに見つめていたから、彼女の口元がかすかに動くのが見えた。

 

「ずっと続けば、いいのにね……」

「梨子?」

 

 聞こえるかどうかの小さな声。独り言だったのかもしれない。それでも、聞いてしまったものは聞いてしまった。

 超振動を起こしかけた心臓をなんとか押さえつけ、普通の声色でもって梨子に尋ねる。

 

「それって」

「ほ、ほら! 修学旅行が! 続けばいいなって!」

「あ……ああ、そうだよな! うん、そう、だよな……」

 

 梨子がくるりと回る。向かい合い、お辞儀をする。繋いでいた手は離れた。

 

 

 

 ——違うけど違わない——

 

「お、涼! 一緒に写真を」

「わるい! 急いでる!」

 

 筒に入った卒業証書を握りしめ、廊下を走る。音楽室のプレートが見え始めた頃、余裕のできた心にピアノの旋律が流れこむ。

 綺麗な音色だな。リコーダーしか吹けないような音楽センスで言うのもためらわれるが、彼女の奏でるピアノは他の人とはやっぱり違う。

 息を整えてから、扉を開ける。

 

「梨子」

「涼君。来てくれたんだね!」

 

 卒業証書入りの筒を譜面板に立てかけ、制服の胸ポケットにはお祝いの造花。俺と同じく卒業生の彼女から今朝、送られた手紙。下駄箱の中という古風な手法で送られたそれには、式の後に音楽室に来てと書かれていた。

 おかげで式は集中できずじまい。送辞とか答辞とか、来賓の話なんてまったく耳に入ってこなかった。

 卒業する日、手紙で呼び出し、二人きり。この状況から考えられる結論は……。

 

「あのね、涼君のために特別なリサイタルをやりたいなー、なんて……」

「だと思った」

 

 いつも通りの、幼馴染の梨子がそこにいた。

 

 

 

 ——離別——

 

『ごめんね、今日も朝練で』

 

 送られてきたメールを開くと、このような内容。わかってる、彼女は忙しいのだ。

 高校生活が始まってから数ヶ月。俺はまったく梨子に会えていない。音楽活動で有名な音ノ木坂学院に入学した梨子は、ピアノで実績を残すために日々頑張っている。

 高校生が座るには小さめなブランコから腰を上げる。隣のブランコは風にも揺れず。

 駅に向けて歩き出す。

 

 

 

 ——越す彼女——

 

 公園に着くと、音ノ木坂学院の制服に身を包んだ梨子はブランコに座って待っていた。もう日はとっくに暮れ、公園内はだいぶ暗い。久々に会えるのは嬉しいものの、どうしてこんなタイミングなのか。

 

「梨子」

「……涼君」

 

 隣のブランコに座る。上を見上げると桜の木。ニュースによると今年は遅咲きのようで、まだまだ開花は先とのこと。

 

「それで、話って?」

「あのね。私……明日、引っ越すの」

「え?」

 

 何かが止まった気がした。風かもしれないし、虫の鳴き声、あるいは誰かの心臓かもしれない。

 

「ちょ、ちょっと待って。明日?」

「……ごめんなさい」

「なんで」

「ごめんなさい」

 

 梨子は決してこちらを見ることなく、ただ謝る。

 頭の中は真っ白、いや真っ黒だった。なぜ、どうして。その疑問詞だけが頭を埋め尽くしている。

 ブランコに座ったまま固まってしまった俺を見向きもせず、梨子は立ち上がる。

 

「それじゃあ、帰らないといけないから……」

「待てよ!」

 

 咄嗟に彼女の腕を掴む。予想外に、彼女は抵抗もせず立ち止まった。

 なぜ引っ越すのか。どうしてもっと前に伝えてくれなかったのか。疑問は溢れてくるが、それら全てに蓋をする。それよりも伝えなければならない気がした。今まで感じたモヤモヤした気持ちを、その正体を。

 

「俺は、梨子のことが——」

 

 出かけた言葉。それは突然、喉でつかえる。代わりに出た言葉は、自分でもよくわからなかった。

 

「幼馴染で、大切で、だから」

「私は!」

 

 その瞬間、梨子の手が俺の手を払った。振り向いた彼女の目には涙が浮かんでいた。暗くてもよくわかるくらい、はっきりと。

 

「り、梨子……?」

「涼君のことが、幼馴染で、大切で、でも……」

 

 そこで梨子は止まる。何かを言いかけて、やめて。

 

「引っ越すから……」

 

 梨子は走り去る。公園に残されたのは俺と動かないブランコだけで。

 

 

 

 ——××をもう一度——

 

「懐かしいね、この公園」

 

 Aqoursのみんなと音ノ木坂の観光に来た。今は自由行動の時間で、俺は梨子に誘われるがまま付いてきたのだが。

 まさかこの公園が目的地だったなんてね。

 今の俺たちから見れば、小さすぎるブランコ。ボロボロになったベンチ。汚れた電灯に、雑草は伸び放題。……最後に来た時は夜だったから気づかなかったが、この公園の管理、酷すぎやしないだろうか。

 梨子は俺をブランコに座らせると、俺の前に立った。

 

「あのね。私、もう一度したいことがあるの」

「ブランコでも漕ぐのか? さすがに壊れるぞ」

「そ、そうじゃなくて! それにそんなに重くない!」

 

 もう、と言って梨子が人の頬を引っ張る。

 

「ひょ、ひょうだんはって」

 

 梨子はしばらくふくれっ面をした後、手を離す。そして少し顔を赤らめて、けれどもまっすぐに俺を見て言った。

 

「私は涼君のことが、幼馴染で、大切で、でも——好きなの。一人の、異性として」

 

 

 

 ——愛の誓い——

 

「誕生日おめでとう、梨子」

「ありがとう……!」

 

 梨子をエスコートし、店内へ。間接照明で作られた良さげな雰囲気のレストラン。一面ガラス張りの窓の外には海と星空が広がる。

 

「綺麗な星空……」

「だね。まあ梨子の方が綺麗だけど」

「ふふっ。なぁに、そのベタな返し」

 

 この高級レストラン、小原系列ということもあり、コネを利用し割安で貸し切りにこじつけた。

 ベストなタイミングで運ばれてくる料理たちはどれもこれも美味しい……はず。実は緊張のあまり、味が感じられない。

 この日のために用意した一張羅のタキシード。ピシッとついた折り目を汗ばんだ手で握る。

 目の前に座る女性、桜内梨子。髪は結ひ上げ、胸元の大きく開いた暗赤色のドレスを着ている。間接照明に照らされた彼女の放つ雰囲気は妖艶。けれども全然卑しくなく、むしろ上品な一挙手一投足から育ちの良さが感じられる。

 食事も終わり、最後に梨子は赤ワインを飲み干す。コクコクと小刻みに動く白く細い喉。

 

「美味しかった」

「それは良かった」

「今日はありがとね、涼君。でもどうして? 誕生日だから?」

「実はね」

「えっ、もしかして」

 

 右手を上げて店員を呼ぶ。あらかじめ話をしており、店員は黒い立方体に近い箱を持ってくる。

 

「梨子……桜内梨子さん」

 

 箱を受け取り、梨子の前に差し出す。真面目な、けれども目を少し見開いて驚いたような表情の梨子。顔が赤いのはワインのせいか、はたまた違う理由か。

 彼女に中身——指輪が見えるように箱を開け、俺はプロポーズをする。

 

「俺と結婚してください」

 

 梨子はしばらく、箱の中身を真剣な眼差しで見つめ続ける。そして、

 

「ぷっ! ふふふ、あははは……!」

 

 ふきだし、腹を抱えて笑いだした。

 

「り、梨子!? な、なんか変だった!?」

 

 梨子は涙を流しながら笑い続ける。ツボにはまったらしいが、本当になんなのだ。もしかして、冗談か何かだと思ってる?

 

「梨子? 俺は本気で」

「あの、お客様」

「はい?」

 

 指輪を持ってきた店員に話しかけられる。その店員さんもニヤニヤしながら、箱を指さした。

 

「余計なお世話かもしれませんが、箱の上下が逆でございます」

「ええっ!?」

 

 慌てて確認する。指輪は、上から吊り革のようにぶら下がっていた。

 ……。

 

「い、今のなし! やり直すぞ!」

 

 急いで箱を持ち替え、もう一度梨子の前に差し出す。彼女はひいひい言いながら、時間をかけて息を整える。指輪はずれたし、服はシワ付き。後ろで店員はクスクス笑っている始末。なんかもう、色々と台無しだ。

 

「俺と、結婚してください」

 

 梨子は目に浮かんだ涙を拭きながら、すぐに答えた。

 

「はい……! 喜んで」

 

 涙の訳は一生聞くまい。そう心に固く誓う。

 

 

 

 ——新婚さんの定番——

 

「ただいま」

 

 仕事を終え、帰宅をする。するとすぐに居間の方から一人の女性——梨子がやってくる。スリッパを履く足は素足。身につけたエプロンからはみ出すむっちりとした太腿や健康的な鎖骨や肩。シュシュで簡素にまとめた髪がゆらりと揺れる。

 梨子は顔を真っ赤にしてエプロンの裾をぎゅっと握りしめながら定番のアレを言う。

 

「お帰りなさい、あなた。ご飯にする? お風呂にする? それとも……わ・た・s」

「お風呂で」

「ええっ!?」

 

 驚きのあまり、梨子が半歩後ろに下がる。が、すぐに詰め寄ってくる。ち、近い。ここまで近いとエプロンを張る胸元の双丘がよくわかる。

 

「ど、どうして!」

「いや、明日は朝早いし……」

「こ、この格好するの、すっごい恥ずかしかったんだよ!」

 

 いや、こちらも随分と恥ずかしかったのだが。玄関が閉まるまでの間に、もし近所の誰かに見られたらと思うと……。

 

「涼君はこういうの、嫌い……?」

「き、嫌いじゃないけど。でもほら、水着エプロンとかなら曜とか鞠莉さんによくやらされただろ」

「そうだけど……って、あれ? どうして涼君がそのことを知ってるの? あれは涼君がいない時だったような……」

「い、いやー。それは……」

 

 そりゃ梨子が現在水着エプロンだ、なんて言われたら盗み見ないわけにはいかないわけでして。

 事情を察したのか、梨子は俺から離れると人の理性を狂わせるほどには十分魅惑的な肢体を腕で隠す。

 

「……涼君のえっち」

「ご、ごめん」

「許さないもん」

 

 ぷいっ、とそっぽを向く梨子。まずい。結婚早々離婚危機か。

 

「本当にごめんなさい! なんでもしますんで!」

 

 土下座するような勢いで頭を下げると、梨子は小悪魔的な何かを企んだ笑みを見せる。

 

「じゃあ……一緒にお風呂に入って?」

 

 

 

 ——テル・ユア・ネーム——

 

「"りずむ"なんてどうかな?」

 

 キッチンで食器を洗っていると、ダイニングの方から梨子の声が聞こえてくる。

 

「りずむ?」

「うん。可愛い、と思うんだけど……」

「いいんじゃないか?」

 

 二、三十年前だと変かもしれないが、今の時代なら普通にありそうだ。

 食器洗いを終えると、梨子の隣に座る。

 

「漢字は?」

「瑠璃の璃に、水が澄むの澄。綺麗で、清らかな子に育って欲しいなぁ、なんて。あ、あと私たち二人とも"り"から始まるでしょ? だからこの子も」

「いいけど、男の子だったらどうするんだ?」

「ふふっ、この子は女の子よ」

 

 そう言いながら、梨子は自分のお腹をさする。

 

「あなたのお名前はなんですか——」

 

 

 

 ——留守番夫婦——

 

 見ていたテレビを消す。あの時代のアイドル特集と聞いて見てみたら、やっぱりμ'sやAqoursも紹介されていた。

 

「若かったのね、私たち……」

 

 寝間着姿の梨子が、ソファでくつろぎながら呟く。服ははだけ、結構色々と見えそうになっている。

 

「今も十分、綺麗だよ」

「お世辞はいりませーん」

「はは、そっか」

 

 お世辞じゃないんだけどな、と心の中で呟く。現に一児の母となった梨子は今も若々しい。当時の衣装を着せても問題なさそうなほど。

 それでもやはり年は経った。なんというか、子持ちの女性特有の包容力みたいなものが新たに備わった気がする。それでいて風呂上がりの彼女は艶めかしく妖美。

 

「あのさ、梨子」

「お母さんでしょ……って、今日はいないのね」

 

 今日、娘は幼稚園でお泊まり会。家にはいない。

 

「懐かしいわね、お泊まり会って」

「梨子は怖くて眠れないって泣いてたもんな」

「そ、そんなことないよ!」

 

 変なこと言わないでよ、と梨子が頰を膨らませているが、よく覚えている。幼稚園の先生の目を盗んで、梨子が人の布団に潜り込んできたのだ。怖いから一緒に寝よう、と。……翌朝、先生にこっぴどく叱られたが。

 

「それでさ、梨子」

「……なに?」

「あの子もさ、弟か妹が欲しいんじゃないかなー、って思って」

「そうね。私は一人っ子だったけど、兄弟が欲しいなってよく思ってた」

「俺も」

「でもね、家族みたいな幼馴染がいたから、毎日が楽しかったの」

「ああ。俺にもいた。可愛くて、優しい幼馴染」

「ふふっ、その人はそんなじゃないよ。でも私の幼馴染はかっこよくて、頼れる人なの」

「どうかな。ただのヘタレじゃないか?」

「ふふっ、そうだったね。今もヘタれてるもん」

 

 梨子は寝間着のボタンに手をかけながら、いたずらっ子のような目でこちらを見る。

 

「お泊まり会だから今日は二人きり、だね」

「怖くて眠れない?」

「あら。大丈夫だから、一人で寝ようかな」

 

 梨子は立ち上がると、一人で先に寝室へと入ってしまう。

 

「ちょ!? 冗談だから!」

 

 慌てて彼女を追いかけて部屋のドアを開けた、その瞬間。

 

「——っ!」

 

 塞がる唇。甘い味と、柔らかい感触。足が絡み合い、二人は一つのベッドへと倒れこむ。

 暗い部屋の中で、サプライズだよとでも言いたげに梨子がウィンクする。

 ならば仕返しにと、耳元で囁く。

 

「愛してるよ、梨子」

「わっ——!」

 

 暗くても分かるほど、顔を真っ赤にさせた梨子。けれどもすぐに笑い、俺の耳に口を寄せる。

 

「私も、愛してる。今夜は眠れないね」

 

 部屋のドアがゆっくりと閉まる。

 

 

 

 

 

 







梨子ちゃん、お誕生日おめでとう!
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