暗黒召喚
ゼロの悪夢
彼は休んでいた。この美しくも活気のある池の淵に。
彼は微笑んでいた。何者にも荒らされることの無くなった、この庭で。
池の周りには水ポケモン達が遊び回り、木々の上では草ポケモン達と鳥達が歌を歌う。
既に彼の体は動かず、既に彼の身は老いている。約100年、この庭を守り続けた者の魂は、彼が愛したこの庭で、天に登ろうとしていた。
死が近づいている。それは確かで、避けようのない事。にも関わらず、彼の心は穏やかさで満ち満ちていた。
もう、この庭に私は必要ない。この庭は、私無くとも生き生きと過ごせる。
何度も守り続けた。災害から、心無い人間から、新参者のポケモンから。この庭をこの身が枯れるまで。
ようやく安息の時が来た。
大きな大木に背を預ける黒い彼に口は見えない。だが、彼の青い瞳からは微笑みが見える。
彼の体は、蒸発する様に小さくなって行く。大木の影に沈んで行っているのだ。
最後までこの"皆の庭"を守り続けた彼は、この瞬間、息絶える。彼が愛した『オラシオン』の草笛の音を幻聴しながら。彼は、ゆっくりと、全身を影に沈めて行った。
しかし
ゴオオオオォォォォォ!!
急に、彼の上から光が降り注いだかと思いきや、影に沈む彼をダイ〇ンの掃除機も顔負けの吸引力で何かが吸い上げる。
何が!?
そう思った時には遅かった。
死を表すかの様に影に沈んでいた彼を無理やり引きずり出し、彼を上空へと持ち上げる。
光に弱い彼は、眩いばかりの光に目を細める。
そこで見た、自分を吸い込む物を。
(鏡……?)
彼を吸収していたのは、光によって真っ白に覆われた、巨大な鏡のような物体だった。
瞬間、抵抗する力も残されていない彼は鏡の中へと吸い込まれる。
暗黒の姿の者が吸い込まれる。暗黒ポケモン、『ダークライ』が初めて視界を暗転させた。
◇◆
私、『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』は混乱していた。
散々失敗したサモン・サーヴァント。最後の一回と決め込んで渾身の一撃と言わんばかりにに魔法陣に魔法を叩き込んだ。失敗したら大爆発。成功したら何かが起きて魔法陣の中心に使い魔がいる。私は勿論、後者を願って杖を振るった。
結果は爆発無し。周りから『ゼロのルイズ』とまで呼ばれた私が、遂に魔法を成功させ、使い魔を召喚した事を確信させる現象だった。
やったー!今までの苦労がようやく報われる!もう誰もゼロのルイズ何て呼ばせないわよ!!
そう思い歓喜したのが、何時間も前に感じられた。
「……おい、何もいないぞ?」
「なんだ?遂に爆発もしなくなったのか?ゼロのルイズの本領発揮した訳か!」
周りの生徒達から爆笑が巻き起こる。
奴らの言っている通り、私の目の前には何もいなかった。
爆発が無くても使い魔も無い。精も根も尽き果ててもう一回魔法を振る気力もない。
ペタン、と私はその場にへたり込んでしまった。完全に腰の力が抜けたわ……。
「ミス・ヴァリエール!」
そんな私を心配したのか、ミスタ・コルベールが駆け寄ってきた。ああ、ミスタ、心配は無用ですよ。声が出ないほど疲れ果てただけですから。
まあ、ミスタ・コルベールは今は放っておく事にしよう。それよりも考えるべきは私の将来。サモン・サーヴァントが出来なかったらこのトリステイン魔法学校から中退しなくてはならない。そうなれば、私の家族はどう思うだろう?貴族の誇りを持って送り出した私の家族に、「サモン・サーヴァントに失敗しました!テヘペロ♪」何て言った時には恐らく私は死ぬ。いや、物理的にではなく、精神的に。
正直考えるのも嫌になる。ああ、このまま溶けてしまいたい。出来ることなら穴に入って埋まりたい。家族の所に行くのだけは嫌だ。
あの私のサモン・サーヴァントの様子を見ていた野次馬達からも更なる罵声が届く事だろう。いや、もう他の生徒の事なんて……ん?なんか静かになってない?
「おい、あそこにあるのなんだ?あの黒い影みたいなやつ」
「あぁ?どうせゼロのルイズが爆発させて空いた穴だろ?」
「いや、俺もそう思ったんだけどさ、揺れてるんだよ、あの影……」
「へ?」
間の抜けた私の声が、草原に静かに響いた。恐らく絶望を全面に表しているであろう顔を、サモン・サーヴァントの魔法陣に向ける。
するとそこの中心には、人型のような影がゆらゆらと揺れていた。
「成功……している?」
更なる私の声が草原に響いた。今度はしっかりと生気を持った声で。
瞬間、私の声に答えた様に、影の正体が姿を現した。
「おい!影から何か出てきたぞ!」
「なんだあれ……人間?」
ゆっくりと寝転がる形で姿を現したもの。それは全体的に黒く、不思議な者だった。
肩から伸びた触手の様な黒いもの。腕らしき物とは別方向に伸びたそれは、風も吹いていないのにゆらゆらと揺れている。頭の様な部分には白い髪みたいな物があり、これも揺れていた。足のないスカートの様な黒い下半身に、更に黒い上半身。一目見ただけでも異質な者と分かるその姿。しかし、これは間違い無く私のサモン・サーヴァントによって召喚された使い魔。
「や、やったぁぁぁぁ!!」
心の内に溜めていた物を吐き出さんばかりに叫ぶ!やった!遂にやったのよ私はッ!
「口?口は何処!?」
仰向けに寝っ転がっているであろう体勢のこれに高速で私は近付く。「野獣……」とか言う言葉が何処からか聴こえたが、そんな事どうでもいい!いやもうほんと、周りの声なんてどうでもいい!!
目らしき所は確認したが、肝心の口が見つからない。髪の様な物は口元まで覆っているようで、少しどかしても口らしき箇所は見えなかった。でも息はしているようで、胸は微かだが上下に動いている。と言うことは、何処かに口があると言う事だろう。
ならば構うものか!このまま、この髪の上からサモン・サーヴァントの契約をしてしまえ!
瞬時に詠唱を唱え、私は適当にこの下に口があると決めつけた。そして、その髪の上に口づけをした。
『ウグァァァァ!?』
突然くぐもった声が聴こえたと思ったら私の使い魔(確定)が呻き出す。体が仰け反り、右手を空に向ける。サモン・サーヴァントには焼ける様な痛みが伴うと言う。恐らく、その苦しみに悶えているのだろう。
少し心苦しい気持ちになるが仕方ない。通らなければならない道だ。耐えてもらうしかない。
『グゥ……』
落ち着いたのか、私の使い魔は静かになり、また横になる。どうやらまた眠ってしまった様だ。
「やった……成功した……やったわよ!」
野次馬に紛れて見ている旧友、『キュルケ』にビシッと指を指した。私の勝利宣言、受け取るがいい!サラマンダーだか何だか知らないけど、私の方が強そうでしょう!なんか悪役っぽい感じだけどッ!
肝心のキュルケは苦笑いで私に応えた。どういう意味かしら?
彼女の隣にいる青い髪の小柄な少女、確か、タバサだっけ?そのタバサは何故か私の使い魔を見て震えているけど、気にしない事にした。
これから始まる私と私の使い魔の王道にとっては、些細な事だ。
後書きポケモン図鑑
『ダークライ』 あんこくポケモン。
タイプ : あく
分類 : あんこく
とくせい:ナイトメア
高さ:1.5m
重さ:50.5kg
『図鑑説明』
人々を深い眠りに誘い、夢を見せる能力を持つ。新月の夜に活動する。しかし、ゴウディの庭で過ごしていたダークライは朝も昼も夜も案外活発に動く。街の人々に攻撃され、身を守る為と彼らを守る為にダークホールで眠らせていたが、それが更に誤解を生み、更に攻撃される。最終的に誤解は解かれたが、それでも世間一般には災害を呼ぶポケモンとして恨まれている様だ。