エントリィィィィィ!!(本文に)
※ 今回の話の一部表現に残酷性がある事から、残酷な模写タグを追加しました
ミスロングビルを学院長室から退室させたオスマンは、もう一人の情報提供者であるシュヴルーズと共にコルベールの話を聞いていた。
ルイズの使い魔、ダークライに刻まれた使い魔のルーン。それは過去に『神の左手』と呼ばれた使い魔のルーンに酷似していた。
資料のルーンは、コルベールがとったスケッチと重ね合わせても相違なかった。
「あの使い魔に刻まれたルーンは『ガンダールヴ』に刻まれたルーンと全く同じです!」
結果を出したコルベールが興奮気味に二人に告げた。
「つまり、あの使い魔が『ガンダールヴ』であると、そう言いたいのかね?」
「まだ可能性の域を出ていませんが、私は『ガンダールヴ』であると確信しています!」
「ふむ……確かに、見たことの無い生物ではあるし、謎が多いと感じてはいたが……ミスシュヴルーズは使い魔の声を聞いたそうじゃの?」
「はい、とても低い声で少し聞こえにくかったのですが、間違いなく聞きました」
「何を言っておった?」
「ええと……ミスヴァリエールを気遣う様な言葉を発していたのは分かりましたが……」
「ふむ……」
彼等が話を進めるには、余りにも情報が少なかった。「声を聞いた」「伝説のルーンと似ている」だけでは、話を展開する事が出来ない。
しかし、一つだけ気になる点があった。
「ミスタコルベール。確か、使い魔のルーンが常時光を発していると言っておったな?」
「はい。気のせいかも知れませんが、魔力も減っている様な……」
「……この老いた脳が正しければ、あのルーンは常時発動していると思うんじゃよ」
「常時発動するルーンですか、なにかヒントになると良いんですが……」
「……何故、継続して発動しているか、気になりはせんかね?」
「そう言う性質なのでは?」
「それでも、なにか理由がある筈じゃ。『ガンダールヴ』のルーンだと言うのなら、尚更な」
通常のルーンならば、使い魔を助ける場面で発動するものである。それも、一時のみだ。
それだけに、常時発動しているルーンに疑問がのこる。なにか理由がある筈なのだ。
常に動いていると言う事は、常に使い魔を助けていると言う事である。魔力の安定だったりとか、身体機能を常に安定させているだとかに、ルーンの効果が継続的に発動する。
しかしダークライにそんな身体的に不自由な様子はない。魔力は最初は持っていなかった。最初こそ意識を失っていたものの、それ以外の異常は見られなかった。
それ"以外"は。
「……まさか……」
そう、どう言う訳かダークライは気絶していた。召喚された時から意識を失っていたと言う事は、召喚される前から意識を失っていたと言う事になる。
つまり、召喚される前に気絶する様な何かがあったか、もしくは……
「ミスタコルベール、最初ミスヴァリエールの使い魔はどれくらいで意識を取り戻した?」
「え? 確か1.2時間程かと。予想よりも早く回復していたので驚いた記憶があります」
「手当をした時、傷はあったか?」
「いえ、気絶する様な傷もありませんでしたし、打撲痕もありませんでした」
「やはり……そう言う事か……」
オスマンの推測が、確信に変わった。
普通のルーンだったら有り得ない推測。だが、それが『ガンダールヴ』のルーンだというのなら話は別。
「ミスシュヴルーズ、直ぐにミスヴァリエールの使い魔を---」
言いかけた時、学院長室の扉からノックの音が響いた。その音に続くように、ミスロングビルの声がオスマンを呼んだ。
「なんじゃ?」
「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようです。大騒ぎになっています。止めに入った教師がいましたが、生徒たちに邪魔されて、止められないみたいです。教師たちは、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております」
「全く……暇を持て余した貴族ほど性質の悪い生き物はおらんわい。それで、誰が暴れておるのかね?」
「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」
「あのグラモンとこのバカ息子か。血は争えんのう、息子も親父に似て女好きじゃ、どうせ女関係絡みじゃろう、それで?相手は誰じゃ?」
「それが……、ミス・ヴァリエールの使い魔のようです」
瞬間、室内にいた3人は慌てた様子で『遠見の鏡」と呼ばれる鏡の前に集った。
◆◆
ヴェストリの広場。
そこに食堂にいた生徒達が集まり、これから起こるであろう貴族による圧倒的な制裁に期待していた。
「諸君!決闘だ!」
広場の中心で叫ぶギーシュ。薔薇を掲げた後に巻き起こる歓声が広場を震わした。
手を振ってその歓声に答えている。そんな中で、広場の隅にいるダークライは静かに腕を上下に動かしていた。
(久方ブリノ戦闘、体ガ鈍ッテイルカ心配ダナ)
腕を小さく動かして、自分の運動機能の正常さを確認する。左手を動かしていた時、手の甲で光るルーンが目に入った。
(……邪魔ダナ)
主と使い魔を繋ぐルーン。それだけに大切な物だとわかっていても、やはりこうビカビカと光っていては邪魔だ。戦闘中に気が散る。何よりこれは光なのだ。ダークライ種の天敵の様な存在が自分の左手に住み着いているなんて、いい気はしない。何故か悪い気もしないのだが。
「とりあえず、逃げずに来たことだけは褒めてあげよう」
ダークライが全く自分に意識を向けていないのも知らず、ギーシュはダークライに賞賛の言葉を送る。
ダークライはゆっくりと自分の左手からギーシュに視線を動かし、静かに声を発した。
「前置キハイラナイ、始メテイイカ?」
「気が短いようだね。ルール説明も必要としないか」
「オ前ヲ仕留メレバソレデ終ワリダ。ソウダロウ?」
「勝つ前提か。君が勝つ条件はそれでいいだろう。なら、僕は君に降参と言わせたら勝ちでいいかな?」
「……参ッタト言ッタラ大丈夫ナノカ?」
「……降参に関与する言葉を言わせたら、と訂正しよう」
「イイダロウ、始メロ」
「……ふん、その余裕は何時まで続くかな?」
ヒラリと、ギーシュの薔薇の花弁が落ちた。
瞬間、甲冑を着た女戦士の銅像が生み出された。
「僕の二つ名は青銅。まずは青銅のゴーレム、ワルキューレ達が相手をしよう!」
高らかに宣言し、ダークライにゴーレムを向かわせる。
(……面白イ)
フッと静かに笑ったダークライは片手に射撃型のダークホールを作り出した。
(アノ人形モ倒サネバナラナイノカ、ドチラニシロ、歓迎ハ必要ダナ)
小さく振りかぶり、ダークホールを繰り出す。
通常ならば目標に当たった瞬間にダークホールが対象者の全身を包み、生物ならば強制的に寝かす。しかし、ワルキューレに当たったダークホールは吸い込まれる様にワルキューレの中に消えていっただけだった。
(効果ナシカ。余計ニ興味ガ出タ)
技を切り替え、自分に闇を纏わせる。範囲型のダークホールはダークライから離れ、半径10mの地面に小さな堀を作った。
その行動にギーシュはワルキューレの足を止る。
「ココニ来ルナ」
低い声が庭に響いた。
ここに足を踏み入ればどうなるか分からんぞ。この意味が含まれた言葉は、ダークライが初撃を外した光景を見ていたギーシュからは別の意味に聞こえていた。
ギーシュが受け取った意味、それは命乞いである。
「今頃怖気付いたか!だが、もう遅い!」
ギーシュの声に答える様に、更なる速度でワルキューレは進撃する。
大きく右手を振りかぶり、振り下ろしてダークライを殴れる距離まで走る。
ワルキューレが溝を越えた。
刹那
ダークライの手から黒と紫の光線が放たれた。
「なッ……!?」
一瞬でワルキューレが弾け飛ぶ。青銅で作られ、圧倒的な防御力を誇っていたと思われていたゴーレムはギーシュの目の前で砕かれた。
その姿はギーシュにとって有り得ない出来事だった。寧ろ、現実的で無いと言ってもいい。目の前の出来事を容認するには、少々時間がかかった。
(脆イ……些カ拍子抜ケダナ)
期待していた抵抗を受けず、ただ吹き飛んだだけのワルキューレに対し、ダークライはただ呆れるだけだった。
「な、何が……」
「おい、今あいつ何をした?」
「魔法か?あんな魔法見たことないぞ……」
そんなダークライを、見物客らは信じられないと言う目で見る。
ダークライが繰り出した技、『あくのはどう』はダークライの主力の特殊系攻撃である。神と呼ばれたポケモン2体を同時に吹き飛ばしたこの技を喰らえば、幾ら青銅であろうと粉々になる事を回避できない。
太さ約2mのそれは人々を魅了するに充分な攻撃であった。敵対しているギーシュや、ダークライの後方で見守っていたルイズ達も同様である。
「ど……どんな魔法か知らないが、僕のワルキューレはまだ終わってない!」
自らを鼓舞する様に叫び、ギーシュが薔薇を振った。散った花弁は七枚。それが地に落ち、更なるゴーレムを生み出した。
7体のワルキューレが生成される。先程とは違い、手には槍や剣が装備されている。
(……クダラン。同ジ事ノ繰リ返シカ)
7体揃って突撃してくるその様を見て、早々に決着を付けようとダークライは戦闘態勢をとった。
開いた両手に闇を集め、それを体の前で合わせると、紫と黒の波動が大きく膨れ上がる。高威力あくのはどうの出来上がりだ。
範囲なんて気にしてない。距離なんて気にしない。この広場の端に居てもダークライの攻撃は届く。
どこに行こうが、敵対する者に逃げ場はない。
「ハアァッ!!」
ギンッ、とルーンが光った。
同時に、溜められた闇の力が解き放たれる。押し出されたあくのはどうの道を遮る物は全て吹き飛び、ワルキューレは一瞬で7体とも跡形も無く消え去った。
驚く事も無い、ポケモンの世界から見れば青銅が消し飛ぶなんて当たり前だ。だからダークライは高揚もしなければ声も出さない。
だが、それはあの常識はずれな世界の話。この世界では青銅のゴーレムを7つ同時に、しかも一撃で消し飛ばす事なんて考えられない。例えトライアングルと呼ばれる上位種のメイジでも、簡単にはいかない。それをダークライは大衆の面前でやってのけた。
「うわああぁぁぁぁぁぁ!?」
現実味の無い光景によって生まれた静寂の世界をギーシュの叫び声が破壊した。
その叫びは他の生徒達のざわめきを呼び起こし、辺りを混乱に突き落とす。
「どうなったんだ!?」 「何の魔法なんだよアレ!」 「7体全て吹き飛ばしたぞ!?」 「何か手品でも使ったんじゃないのか!」
巻き起こる疑問の嵐は広場を包み、更に混乱の声を大きくさせた。
破壊されたワルキューレの破片が雨のようにダークライの周辺に落ちた事によって、ダークライの姿は舞い上がった土埃で見えない。しかし、間違いなくダークライはあの中にいると、ギーシュは確信していた。
(何故だ……!?何故この僕が…!?)
鼓膜から入った生徒達の情報は、ギーシュの思考の渦によってシャットダウンされている。
土煙は今も舞っている。通常の思考だったのなら、あの土煙の中に魔法の一つでも飛ばしてやるところだ。
だが今のギーシュは、そんな考えは片隅にも置いてなかった。ワルキューレと言う最高の攻撃手段が呆気なく絶たれたからだ。
(こ……殺される……!)
自分よりも硬く、強いワルキューレ達を屠ったあの一撃。アレを喰らえば自分はどうなる?
バラバラに吹き飛ぶ自分の体。手足は無惨にも引きちぎれ、絶望を表した表情のまま頭が宙を舞い、最後には塵と化す。そう、ワルキューレの様に。
そんな自分の姿が容易に想像出来てしまい、体が強ばった。腰が抜け、地に上半身を任せた。
逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ!
頭の中で警告の鐘が鳴る。だが体が動かない。足から下が言う事を聞かない。降参の声が出ない。抜かした腰が、ギーシュの貴族としてのプライドが、負けを認める事を許さなかった。
目を瞑り、あのまま土煙の中にいて欲しいと、あのまま動かないで欲しいと、何度も願った。
だが、無情にも一陣の風が吹く。それは舞い上がっていた土煙の大半を攫い、ギーシュへと向かって吹き抜ける。
生暖かい筈の風が妙に冷たく感じ、風が吹いて来た方向を見た。見てしまった。
「あ……あぁ……」
黒い悪夢の、青く揺れる瞳を。
その瞳は、今も尚しっかりとギーシュを捉えている。心臓を掴まれていると言う錯覚さえ覚えてしまうほど真っ直ぐに。
最早、逃げられる希望など無かった。
それは影の中に入り、一瞬でギーシュの眼前へと姿を現す。
「わあぁぁ!?」
目の前の存在を振り払おうと、ギーシュは花弁の無くなり裸になった薔薇を我武者羅に振り回す。
冷静さを欠いた咄嗟の行動がダークライに通じる筈もなく、振り回していた右手をダークライの黒い手が掴んだ。
ひんやりと、冷たい体温がギーシュに伝わる。それが更に恐ろしくて、涙を流しながらも必死に抵抗を続けた。
「……ダークホール」
無情にも下された審判の声は、幸か不幸かギーシュの耳に届く事無く、ギーシュの思考は悪夢に飲まれて行った。
◇◆
「勝った……?」
ダークライの後ろで観戦していたルイズがボソリと確かめる様に呟いた。
ダークライの背中で見えないが、ダークライが近寄ってからギーシュに動きが無かった。
歓声一つ上がらず、ただ観戦者はダークライとギーシュの方向を見ている。
「なんなの……あなたの使い魔、強いじゃない」
隣からキュルケが興奮気味に声を上げた。
「当然じゃない、と言いたいけれど、まさかここまで強いとは思わなかったわ……」
「何なのよあの魔法、あなたアレのメイジなら分かるんじゃないの?」
「知らないわよ。あんまり自分の事を話してくれないし……あんな魔法、見たことないわよ」
「使い魔なのに把握してないの?じゃあ、タバサはあの魔法の事知ってる?」
キュルケは視線をルイズから隣の少女に向ける。
青い髪と瞳のタバサと呼ばれた少女は、ダークライから視線を外さずに答えた。
「……分からない」
「あなたでも分からないの?」
「……寧ろ、あの存在自体分からない」
静かにそう答えた少女の目は、変わらずダークライを見続けていた。
そのダークライはルイズに向かって進んでいる。
「……本当に、分からないのよね」
そう呟くと、ルイズは使い魔が帰って来るまで見守もろうとする。
そんな時だった。
「ミスヴァリエール、話があります」
急に背後からルイズに声がかかった。女性の声の正体は、ミスシュヴルーズだ。
説教に来たか、と覚悟した。元から分かっていたが、いざ相手が来るとなるとやっぱり緊張するものだ。
なんとか平然を装い、シュヴルーズに答えた。
「説教ですか?ミスシュヴルーズ」
「それは後で考えます。今は、もっと大切な話をしましょう」
「大切な話?」
帰ってきた答えはルイズの予想と全く違うものだった。
大切な話について深く聞こうとした時、ルイズの隣にダークライが現れる。
そのダークライとルイズに視線を動かしたシュヴルーズは、二人に聞こえる様に答えを言った。
「その使い魔について、重要な話です」と。
△▼△
シュヴルーズを広場に向かわせ、コルベールとオスマンの2人だけになった学院長室。
そこで、立ったまま鏡を見ていたシュヴルーズは、静かに床に腰をつけた。
「全く、とんでもない奴じゃ……」
決闘の全てを見ていたオスマンも、溜め息混じりにソファに体重を預ける。
見たことの無い魔法、見たことの無い移動方法、見たことの無い催眠術。余りにも未知の情報が多すぎて、些か疲れている様だ。
「オールドオスマン、やはりアレは『ガンダールヴ』です!王宮に報告をして指示を---」
「ならぬ」
それ以上の言葉に意味は無いと、ピシャリとコルベールの話を遮る。
「もし王宮に伝説の、未知なる強力な力を持った使い魔が居ると伝えれば戦いに利用されかねん」
「た、確かに……」
古来より、人間と言う種は他者より優れている物を基礎に戦いをしていた。もし国にダークライの身が知れれば、戦いに使われる事は予想をしなくても分かる。
「にしてもあの戦い方……ルーンが影響している様に見えなかったんじゃが」
「私もそう思います。一瞬だけ一層光った様にも思いましたが、それもさして影響はないようでしたし……」
「だとしたら、あの戦闘っぷりは素の力と言う事になるの」
最初から最後まで同じ動きで戦っていたダークライの戦闘は、勿論ルーンの補助無しであった。知識をつけている者でないと分からないかも知れないが、明らかに何かの補助を受けている動きではなく、とても慣れているかの様な動きだった。
それが分かったオスマンとコルベールは、感嘆の溜め息を大きく吐いた。
今回は登場したアイテムについて説明します。図鑑は次回ですね。さて、何が乗るでしょうねぇ。
『遠見の鏡』
遠くの物を見る事が出来る鏡です。今回は決闘の様子を観察する為に使ってました。追尾機能を完備しており、ロックオンした目標をストーカーして回る効果を持っています。広場上方から全面を見る事が出来るので、サッカーの試合を見る感覚で決闘の様子を見る事も出来ます。