1
さて――冒頭のスキルアウト絡みの事件から一時間ほど経った時刻のこと。
「……
「ひゃいっ!」
「今更ですけれど、
「……承知してます
問い掛けられ、平伏のポーズのままごにょごにょと何かを呻く
そんな彼女を目前に、オフィス用の回転椅子に腰掛け脚を組む『先輩』は深い吐息をこぼした。彼女はウェーブの掛かった豊かな長髪をさらりとかき上げてから、デスクに置かれた数枚の書類を手に取る。
「全く、貴女という方は……」
おもむろに立ち上がった高校生の少女、白井
それは、別動隊の
「……単独でスキルアウトに絡みに行った挙げ句、戦意を無くした相手を八つ当たりで気絶させる
「ごめんなさいミサカです! ってミサカはミサカは全力でおでこを床にぶつけてみる!!」
カッと目を吊り上げて怒鳴りつけてくる白井に、
長い髪を触手のごとく振り乱して、一七歳の先輩
「少しはチームワークというものを覚えなさい! 先日
「うう……だってぇ……」
ごにょごにょ漏らしながら両手の人差し指を合わせて目を逸らす後輩の姿に、眉間の皺をさらに深くしたベテラン
「……良いですの?」
「ひゃい……」
「貴女と『お姉様』とを混同して、良からぬことをしようと企てている輩が居ないとは言い切れないのが現状です。世界最高峰の並列演算機構――ミサカネットワークを私物化しようとする不粋な者とて、巷にはいくらでも溢れていることでしょう。それら全ての問題を一人で解決できるほど、貴女はまだ強くはありません! それを本当に分かっていますの!?」
「……」
きつい物言いながらも、自分のことを本気で心配して叱ってくれている白井の本音。それに気が付かないほど愚かではないので、彼女は今度こそしおらしく頭を下げる。
「ごめんなさい、ってミサカはミサカは素直に謝罪してみる……」
「……次回からは、必ずわたくしの指示を仰いでから行動なさい。分かりましたわね?」
「!! ……はいっ!」
ぱっと笑みを綻ばせて答える
「ふふふ、でもなんだかその言い草も懐かしいですねぇ白井さん」
「……何がおかしいんですの
奥の給湯室から現れた黒髪に花飾りの少女・初春
彼女は趣味で買い揃えた白磁のティーセットをテーブルに並べながら、飴玉を転がすように甘い調子でこう語った。
「そういう時代がかつて白井さんにもあったじゃないですか。それこそアホ毛ちゃんのこと怒れないレベルで猪突猛進してましたっけ。
「ぶふっ!? そっ、そんなものは若気の至りですの! 初春、それ以上余計な口を叩くとそのよく回る舌の上に練りがらしでもプレゼントしますわよ!?」
大声で誤魔化し、赤面の白井が初春を睨み付けたところで、まるでタイミングを見計らっていたように支部の扉のロックが開錠される。
ぴょこりと隙間から覗く金と銀の頭。その正体は言わずもがな、フレメア=セイヴェルンとフロイライン=クロイトゥーネだった。
「お邪魔します」
「にゃあにゃあ、大体お説教は終わったみたいだな」
「あれ、二人とも今来たの? ってミサカはミサカは――」
「いいえ、わたくしの話はまだ終わっていません! 貴女にも言いたいことがたっぷりありますのフレメアさん!」
ぴしゃりと飛ばされた白井の声に『にゃあ!?』と肩を跳ねさせるフレメア。
「あ・な・た・は! 一体これで何度目なんですの!? 前回はスキルアウトの抗争に殴り込んで、前々回は迷子と一緒に迷子になって! 一般市民が
「にゃああああああ!? しっ白井のくせに生意気な……。だ、大体私はヒーローとして、自分が正しいと思ったことをしただけだ! それが
「自ら相手を挑発した挙げ句第三者に助けてもらうことのどこがヒーロー活動なんですの!? せいぜいお荷物ヒロインもいいところです! ご自分のトラブルメイカーっぷりを少しは自覚しろと言っているんですの! つーか年上であるわたくしを白井呼ばわりとは何事ですのこの舶来マセガキ猫娘がああああああ!!」
「むにゅっ!? う、うにゅあああああああひゃにふるんだこにょ年増がぁあああァァァァァ!?」
鬼のような形相でフレメアのほっぺたを右に左に引っ張りまくる白井黒子。その傍らで、すっかり馴れた様子の初春はのほほんとした笑顔で「フロイラインさんもお紅茶どうぞー」とティーカップを渡していた。
「フロイラインさんが私たちの所まで通報してくれたおかげで、迅速な対応ができました。すっかりアホ毛ちゃんたちの保護者さんですね」
「自分に出来る範囲であれば、手助けするのは当然。そう思います。私はこの街では
肯定も否定もせずに気楽な調子でそう述べた銀髪の少女の言葉に、トテトテとソファへ近寄ってきた
「むむむ、なんだかお姉ちゃんこそが
「? 私が?」
「そうですわね、少なくとも御坂やフレメアさんの無鉄砲さに比べれば、フロイラインさんの行動指針のほうがシンプルな分遥かに信用に足りますの」
「にゃっ、にゃにおう白井!? 大体わたひは
真横に伸ばされた口でフレメアは抗議するが、白井は「はいはい存じてますの」と適当に宥めながらその柔らかい頬をぐにぐにと堪能する。
一方で、わざわざ『外』から取り寄せたらしい、砂糖で作られた純白のレースを紅茶の水面に浮かべて遊んでいた初春飾利は、紅茶にふうふうと息を吹き掛ける後輩に向かってふとこんなことを尋ねた。
「えっと……アホ毛ちゃんとしては、御坂さん……『お姉さん』と同一視されるのって、やっぱり嫌なことなんですか? 今日だって、お姉さんと間違われたから思わずあんなことしちゃったんですよね?」
「え、……うーん……」
予想外に投げ掛けられたその言葉に、少々困ったような顔でティーカップを覗き込む
「初春……あまりそのようなことは」
「そ、そんな気にしないで大丈夫だよ白井先輩! ってミサカはミサカは慌てて言ってみる」
「……にゃあ。大体コイツは、
「……?」
ポツリと呟かれたフレメアの言葉に、フロイラインがぼんやりとした様子で首をかしげる。
熱いダージリンティーを両手で包み込み、
「……ミサカは
「……
「だけど……いくら似てたって、オリジナルと『同じ』じゃやっぱり駄目だと思うの、ってミサカはミサカは自分の考えを述べてみる。……ミサカはミサカとして、
立ち上る温かな湯気に鼻をうずめ、そっと目を伏せる。
彼女はそんなヒーロー達を尊敬している。それは本当のことだ。けれど、
白井黒子に並ぶ
それでも――
彼らとは違う形で困難に打ち勝ってこそ、様々なハンディを乗り越えて
「……なんて言って、肝心の方法はまだまだ模索中なんだけどね、ってミサカはミサカは……ひゃあっ!? お、お姉ちゃんどうしたの!? ってミサカはミサカはちょっぴり慌ててみる!」
ソファの後ろから現れたフロイラインに突然抱きしめられ、
「にゃあ……」
「……あの悪癖はいまだに治りませんのね」
その光景を白井とフレメアは妙に達観した目で見ていたのだが、初春だけは何故か「あ、あわわ」と頬を染めて指の隙間越しに窺っている。
邪魔っ気な髪に大きな蝶のヘアピンを留めている銀髪の少女は、持ち前の無表情のまま頬同士をすり寄せはじめた。
「はい。元気が無い様子だったので、スキンシップによる励ましが有効かなと判断しました」
「う、嬉しいような恥ずかしいような、ってミサカはミサカはほっぺたをうりうりされながら目線を逸らしてみる。……『コレ』、絶対に男の人相手にやったりしちゃ駄目だよ? ってミサカはミサカはガードの緩いお姉ちゃんに再三忠告してみたり」
「……? よく分からないですけど、あなたがそう言うのなら従います」
困り顔でそんなことを言う
『
お姉ちゃんの抱きつき癖、早く治さなきゃ色々マズイ。
こほんと咳払いした白井は、妙な空気を払拭すべく再び大声を張り上げる。
「と……とにかく! 御坂、貴女には今日中にきっちり始末書と反省文を出してもらいますの! フレメアさんは御坂が仕事を終えるまで床で正座! よろしいですわね!?」
「にぎゃああああああああ!? きょ、今日中ってもう夜の九時だよ!? ってミサカはミサカは絶叫してみる!」
「だっ大体、藪をつついてもないのに蛇が出てきた、だと……!?」
「さあさあ! わたくしたちに遊んでいる暇はありませんのよ!? 分かったら自分の尻くらいさっさと自分でお拭きなさい!」
みゃァァァああああああああああああああ!! と、二人分もの阿鼻叫喚が第一七七支部の室内を覆い尽くす。
『今日も平和ですねぇ』と悠長に紅茶を啜る初春とフロイラインに見守られ、次世代ヒーローたちの受難は結局深夜にまで及んだのであった。
2
「――全く、つくづく頼りになる後輩たちですこと……」
日付もすっかり変わってしまった夜更けの薄闇を、第一七七支部の派遣リーダーこと白井黒子は一人カツカツと踵を鳴らして歩く。
ありふれた中学校の廊下を進む彼女が手の中で弄ぶ物は、これまた何の変哲もない、簡単な造りの鍵だった。入室の際には指紋や静脈・指先の微振動パターンを漏れなくチェックされるような堅牢なセキュリティを誇る
(……仮にも学園都市の一機関で、未だにこんな脆弱な鍵を使っているというのは、余所の方たちにはあまり知られたくない真実ですわね。まぁ、最終的な戸締まりにこのようなアナログを用いるのはあくまで『学校に従属する機関だ』というポーズを示すためであって、実際にはありとあらゆる最新鋭の情報保護警備システムが室内外の各部に仕掛けられているのですけど)
部活を終えた後に部室の鍵を返すのと同じ理屈で、
とはいえ、こんな深夜の中学校に教師など、まず居ないだろう。警備の当直にでも連絡して預けておくべきか、などと考えながら職員室を横切ろうとした白井だったが、
(……あら? 明かりが……)
ドアの隙間から洩れる蛍光灯の光を見て、ひとまず中の様子を覗いてみることにした。万一にでも不良生徒や金庫荒らしの泥棒だったりしたら、それこそ彼女の出番である。
「失礼しますの、どなたかいらっしゃって――」
ガラリと乾いた音を立て、開いた扉の間から垣間見た
「……あら、あらあらまぁまぁ。夜遅くまで身辺整理ご苦労様ですの。そういえば明日からでしたのね、『実習』とやらは」
「……、白井黒子か」
振り返った眼前の人物は『嫌なヤツに会った』とばかりに眉間を険しくするが、彼女は何ら意に介さない。むしろわたくしがそんなことを気遣うには値しない人間なんですのコイツは、と白井黒子は密かに寸評する。
貞淑な
「詰め所の鍵を返しに来たのですけど……警備の方はどちらにいらっしゃるのでしょう」
「貸せ。預かってやる」
「あらお優しい。わたくしも貴方の
白井のからかいに柄悪く舌打ちをしたスーツ姿の青年は、鼻の先に
「あの子には、まだ『
「オマエに何の関係がある? つーかあいつがそンなキャラかよ、せいぜい一人で勝手にキレて逃げ出すだけだろ。最近じゃろくに話を聞こうともしねェぞ」
「それが思春期の女心というヤツですのよ。可愛らしいものじゃありませんの」
「扱いにくいだけだ。虫酸が走る」
そう吐き捨てて鍵をポケットにしまい込む彼を、白井はくだらなそうに横目で眺めていた。
(……
「あン?」
「いえいえ。相変わらずの親御さんっぷりに、あの子の先輩としてひと安心していただけですの」
「
「まさか。お姉様のために捧げたこの命、無駄遣いするつもりは毛頭ありませんもの」
口端に笑みを残しつつ、彼女は歌うような足取りで踵を返した。
「それでは、わたくしはこれにて失礼させていただきますけれど。――『先生役』というのは存外大変な重労働ですわよ? せいぜい明日から頑張ってくださいまし、
「さっさと帰れクソ女」
しっしと手で自分を追い払おうとする学園都市最強の
――やれやれ、あの後輩が居ると、呆れるほどに毎日退屈しない。
明日、いずれかの授業中に教室で彼に出くわすであろう
3
――それは、彼女が中学校に入学する少し前にネットワークへと刻まれた、古い記憶(メモリー)。
『……これ、何? ってミサカはミサカは……』
『見りゃ分かンだろ』
つまらなそうに呟く少年が肘を突くテーブルには、近所のとある中学校のセーラー服と、何枚もの書類が適当に積まれていた。
つるりとした滑らかな質感の紙をおっかなびっくり手に取った
『……戸、籍……なの?』
『学校に通いたいンなら必要だろォが。何かと小汚い手は使ったが、上の連中に話を付けて、直々に作らせた。こいつは正真正銘、オマエの「人権」だ。好きに使え』
『……!』
バッと顔を上げる
『良かったわね
『制服は私たちからのプレゼントじゃん。中学校に入ったらしっかり勉強して、たくさん友達を作るじゃんよ?』
『……、うん! ありがとう! ってミサカはミサカは心から感謝の意を述べてみる!』
ちょいちょいと手招きしてきた
制服と書類を胸に抱き締めて小躍りする
『まぁ他の連中も全員、どこぞのお優しいヒーローたちの働きでめでたく戸籍ってやつを貰えることになったんだけどさー。
『え? 名前? ってミサカはミサカは聞き返してみたり』
『流石に中学高校でも
言われるがままにミサカネットワークへと接続してみると、なるほど各地の下位個体が自らの名前について大はしゃぎで相談しあっている真っ最中だった。年月を経て個性が育ちつつある
どうやら――
手に握りしめる書類もよく見れば、本来真っ先に名前が入るのであろう欄だけが依然空白だった。他の箇所は全て『あの人』の、几帳面な文字で埋め尽くされているというのに。
『名前かぁ……、うーん』
いきなり自分に名前を付けろと言われても……、と困惑する
『(……将来お嫁に行っても困らないように、下の名前はあの子の苗字に合うものを考えた方がいいわよ?)』
『(にゃ、にゃるほど……って、こんな所でそんなこと言っちゃ駄目! あの人に聞こえちゃう! ってミサカはミサカは真っ赤になって文句を言ってみる!)』
『……親御さーん、何やらお宅の色ボケ娘がヒソヒソとハシャいでて滑稽なんですけどぉ。挙げ句に全部丸聞こえってのが辛いトコね。どーするよ第一位、将来の旦那様は責任重大みたいだぜ?』
『オマエも大概はしゃいでンな』
ソファから立ち上がってきて第一位の肩に肘を引っ掛けようとする
『……あ、そうだ。あなた、ミサカね、もう一つ欲しいものがあるの! ってミサカはミサカはあなたの顔を仰いでみる!』
『……あン?』
『名前!』
怪訝な顔をする
『ミサカの名前……
「……、ふぁ……?」
目を開けた先に広がる白い天井に、
(……夢、かぁ。随分懐かしい記憶かも、ってミサカはミサカはぼんやり回想してみる)
力のこもらない手でぎこちなく目を擦りながら、緩い吐息を漏らす。カーテンの隙間から覗く空は灰色に濁っていた。今日はきっと雨が降るのだろう。
今はもう一緒には住んでいない、『家族』の最後の思い出。
制服と戸籍、それから名前をプレゼントしてもらって、彼女は中学生になると同時に
寮暮らしが板についてきた今だって、週末や放課後にはしばしば黄泉川のマンションに遊びに行く。血の繋がりがなくとも、絆は強く繋がっている。彼女はそう確信していた。
……まぁ、ただ一人の『例外』とは、もう随分と疎遠になってしまったのだが――。
『……御坂、――……』
紫煙が匂い立つように低い、掠れたあの声が、不意に少女の脳裏に再生される。
『クソガキにゃその程度の名前が妥当だろ。……何だよその顔、不満なら忘れろ。ああクソ、名付け親なンて柄じゃねェ』
「う、うにゃあああああああああああああああああああああああああああァァァァァァ!? ってミサカはミサカは嫌なヤツの記憶が甦ってえええええええ!? やだやだそんな声でミサカの名前呼ばないでーっ! ぎゃあああああああああああああってミサカは、ミサカはー!!」
瞬時に真っ赤になった顔を誤魔化すように、
しかし――ゴロンゴロンと転がり回るその行為によって、彼女は今更ながら、ある事実に気付くことができた。
「……………………………………………………………、え?」
なんというか、その。
「……おはようお姉ちゃん、ってミサカはミサカは挨拶してみる」
「はい。おはようございます
「……今の、見てた? ってミサカはミサカは尋ねてみる」
「はい。何やら幸せそうな夢を見ているようだったので、しばらく静観していました」
「……なんでミサカのベッドにいるの? ってミサカはミサカは冷や汗ダラダラで当然の疑問を口にしてみる」
「はい。アラームが止まってて、そろそろ起こしてあげようかなと思ってたんですけど」
横倒しになった視界の中、鼻先の距離十センチのところでボソボソ呟く同居人の人類ふしぎ発見系少女フロイラインは、白いカブトムシのストラップがくっついた自前の携帯端末をスッと懐から取り出した。
『5/9(木) AM 8:15』
「そろそろ寮の皆さんが全員正門を通った頃、でしょうか」
「先に言えェェェェェェえええええええええええええええええええええええッッッ!! ってミサカはミサカはああああああああああああああああああああああああ!!」
言うなり飛び起きて洗面所に駆け込んでいった
4
まだ五月だというのに、空は台風のような暗雲に包まれていた。
ガタガタと窓を叩く風と雨に、気味悪そうに視線を寄越したふわふわ金髪の少女が眉間を寄せる。
「にあー、なんとなく嫌な予感がする……。具体的に言うとまた例の子供めが何かやらかしてくれそうなぁぁぁ……」
「ふ、フレメアちゃん?」
昼食を終えた昼休みの時間、ローテンションでブツブツ唸りながら机に突っ伏すフレメア=セイヴェルン。
そんな彼女に若干戸惑いながら声を掛けてきたのは、同居人にしておさげ髪&メガネのインテリ女子、アズミだった。
「その、なんだか疲れてるみたいだけど大丈夫? 早く着替えに行かないと、次の授業に遅れちゃうよ」
「にゃあ……大体五時間目は体育だったっけ。寝不足の上に足が痛いから今日はもう一切運動したくないぞ……」
「……? 昨日の夜中に帰ってきてたのは知ってるけど、怪我なんかしてたっけ?」
「……大体、尊きヒーロー活動の代償。白井のヤツに正座で二時間半も待機させられた、にゃあ」
「あ、あははは……」
浮かせた両足をブラブラと動かしながら不機嫌オーラ全開で唇を尖らせる金髪の少女に、アズミは苦く笑って見せる。
手にしていた文庫本を手提げに仕舞いこみ、彼女は困ったようにおさげの黒髪を揺らした。
「フレメアちゃん、あんまり無茶ばかりしてると皆に心配かけちゃうよ。あの、浜面さん? って人とか……御坂先輩たちだって」
「むっ。アズミ、大体私はそういう守られてばかりの弱虫にはなりたくないって――」
勢いよく身を起こして抗議するフレメアの声を遮ったのは、教室の引き戸が勢いよくガラリと開けられる音だった。
そこから入ってきたジャージ姿の見慣れない青年に、一同の視線が集中する。
「あー、突然で悪いんだけど、今日はみんなもう下校の準備をしてくれ。学園都市内で局地的な雨風がひどくなってて危険だから、生徒たちは寮で待機して自習してるようにって指示が……」
「……にゃあ?」
いや――訂正しよう。
少なくともこのフレメア=セイヴェルンにとっては、ソイツのツンツン頭はすこぶる見覚えのある物だった。
「上条当麻。大体なんでここにいるの?」
「ん? そっか、フレメアはここのクラスだったのか。なんかこうして顔見るのは久しぶりだな。他のヤツらは初めまして。今日からこの学校でお世話になる教育実習生こと上条さんですよー」
本当は六時間目の集会で紹介してもらう予定だったんだけどな、と疲れた笑みで付け加えた彼を前に、子供たちはにわかに騒ぎ出す。
「え!? 上条当麻って……!」
「あのヒーローが、俺らの先生になるの!?」
「なんで!? 大学生なんじゃないの!? ていうかヒーローなのに勉強できんのかよ!? すげー馬鹿だって噂聞いたぞ!!」
「うおっ!? だ、だから俺は先生じゃなくて教育実習生でだな!? 大学のカリキュラムで、一年間現地実習しないと単位貰えないの! あと俺は確かに勉強出来ねえがテメェらに指摘されるほど壊滅的なつもりもねぇよ! まぁ担当科目は体育なんですけどねちくしょう!!」
なーなーゲンコロ見せてよゲンコロー、と必殺技をせがむ男子生徒たちにわらわらと囲まれながら平凡な大学生こと上条当麻が必死に吼える。
そんな光景をポカンと眺める女性陣の中で、フレメアとアズミだけは妙に達観した表情で暗雲立ち込める空を見ていた。
「えーと……実習初日にいきなり休校になるなんて、噂通りの不幸というかなんというか。でも本当にあの人の言う通り、風、強くなってきたね」
「にゃあ、竜巻でも起きそうな気持ち悪い空だな。気圧が低いせいか大体頭と目の奥が痛い」
「それは単に寝不足だからじゃないかな……とりあえず、帰り支度しよっか」
「にあー……緊急下校ってことは
ないぞ、と言葉を続けようとしたフレメアの瞳は、次の瞬間窓の外に写ったとある人物の姿をばっちりと捉えてしまう。
……にゃあ、おかしいよな。
大体校舎の壁というものは、一生徒があんな気軽に『駆け降りる』ものができるものだったっけ。
「……ぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! なんでっ! アイツがっ! 実習生なのよぉ!! ってミサカはミサカは絶叫しつつもパトロールに飛び入り参加してみるッッッ!!」
バチバチッ! と、風圧に靡く前髪から紫電が弾ける。
かっ飛びすぎて何やら宇宙的ですらあるような言語を叫び散らしながら、腕章を左腕に巻き付けて壁を垂直に走る
足で踏み込むたびに、小柄な体格を押し上げるように地面から噴き出す黒い物の正体を、フレメアは知っていた。
(……にゃあ、確かに普通に走るより砂鉄でブースターかけた方が速く移動できるのは分かるけどさ……いや、大体ありゃ無意識の放電だな)
後始末どーするつもりだ、と親友の暴走をうんざりした目付きで見守る彼女だったが、他の面子はそう落ち着いてもいられない。
柵川中一番の高レベル能力者の派手なパフォーマンスに『うおおヒーローだ! ヒーローの出動だぜ!』と歓喜する一部の少年たちと、ただただポカーンとしてしまうアズミ達常識人の姿はいっそコミカルなほどに好対照だった。
「……み、御坂、せんぱい?」
「あっ、アレ『あの子』か!? ちょっ、え、えええええー!? 何してんだよあんなド派手に散らかして!?」
「にゃあ、大体気にしなくていいぞ上条当麻、アイツ割と頻繁に壊れるし。始末書なんか慣れっこだろうな」
思わず窓に飛び付いて目を剥く上条に、フレメアがひらひらと手を振りながらそう諭す。
野暮ったいジャージ姿の彼は、暴風雨の中を身軽に飛び回りながら遠ざかっていく少女の影をしばらく呆然と眺めていたのだが、やがて彼女の暴走に思い当たる節でもあったのか、自らの掌で額を抱えてため息をついた。
「あー……やっぱあいつ実習のこと知らせてなかったのか……そりゃいきなり目の前に現れたらあの子も驚くって。後で文句言っとくか」
「あいつ……?」
可愛らしい仕草で首を傾げるフレメアの鞄の中で、突然、携帯電話が振動する。
『コラ、校内では電源切っとけよな』という上条のお小言に適当な調子で会釈しながら、アズミの傍らでメールを開いた彼女は、その文面を一目見ていっそうげんなりとした表情を浮かべた。
「……にゃあ、大体分かった。やっぱりアレは姉貴譲りのツンデレだ」
「フレメアちゃん……?」
「ごめんアズミ、今日も先に夕飯食べててほしい……大体、また色々と手間取りそうだから」
メールの送り主はお姉ちゃんことフロイライン=クロイトゥーネ。
いつも通り簡潔極まりない字体で綴られた文章は、フレメアが抱いていた『嫌な予感』を、これでもかという程に現実のものとしていた。
『From:お姉ちゃん
Title:無題
本文:
作戦会議をしましょう。
ライバル出現。捕食準備は万端です』
5
「にゃあにゃあ。……さて、事情は大体フロイラインのお姉ちゃんから聞いていたわけだが」
轟々と唸る夜空は、雨戸さえ閉め切った部屋の中からははるか遠く。
小中学生の集団下校に付き添ったり、暴風で飛んできた瓦礫やプロペラなんかを能力で弾いたりと、相も変わらず
とはいえ、それは寒さから来るものではない。
こたつテーブルを挟んであぐらをかくフレメアは、そんな彼女の恥辱にまみれた真っ赤な顔を見て、面倒臭いと言わんばかりに息を吐いた。
「……なんで、なんでなんであの人が」
「だからそれは、大体上条当麻が言ってただろ。あの大学独自の必須単位が、現地での能力開発の実習……つまりは『外』で言うところの、小中学校の教育実習なんだって」
「じゃあそれがよりによってミサカ達の学校でなのはどうして!? ってミサカはミサカはにぎぃぃいいいいいいいっっ!!」
「大体そろそろウザいにゃあこのツンデレめ放電やめろぶっ飛ばすぞ」
クッションを抱き締めて上半身を暴れさせまくる
いい加減に慣れたとはいえ、高圧電流が目と鼻の先で生み出されているなどというのはあまり面白い光景ではない。なんせアレにうっかり触れようものなら、見た目以上に痛いのだ。つくづくやっかいな高位能力者である。
「だ、誰がツンデレだ誰がっ! ってミサカはミサカは訂正と謝罪を求めてみる! ミサカあんなファッションセンスもデリカシーも優しさも無い人のことなんてどうでも……! っていうかミサカのこと言ってる場合!? お子様だって最近ようやく浜面のお兄ちゃんの金魚のフンを卒業したと思ったら今度はカブトムシさんが――」
「にゃ、にゃあああああ!? だだだ大体それ以上は言わせねーぞ!!」
ふしゃー!! と爪を立てる猫みたいな威嚇と共に、そのまま取っ組みあいにまで発展しそうなテンションに入る似た者同士な二人だが――。
『……今の一連の流れで、どうして私の名前が引き合いに出されたのでしょうか……』
「そこのカブトムシ。あなたも私の友達を『不快』にする悪者ですか?」
『断言しますが違います。とりあえずフロイライン=クロイトゥーネ、私を捕食しても九分九厘
キッチンにてお夜食のふわとろオムライスを作っていたフロイラインと、彼女につまみ食い感覚で甘噛みされる白いカブトムシには、まぁ当然というかなんというか、乙女二名の甲高い声音など筒抜けだったりした。
……もっとも。
今現在この部屋に、そういう惚れた腫れただのという感情を正しく理解している者が誰一人として居ないということが唯一の救いか。
ツンデレ二人に天然ボケな人外二体の次世代ヒーロー四人衆――ツッコミ要員は、現在絶賛募集中である。
『そもそも、あなたは第一位に関して、何か誤解をしているのでは?』
「誤解……?」
小さな背中に不釣り合いなソースの容器を背負いつつ、カブトムシは羽をわずかに開いて器用に人工音声を紡ぐ。
『あなたは「快適」「不快」の指数に従い、〇と一の反応の連鎖で自らの思考を「人間らしく複雑に」コントロールする生き物です。だからこそ、そういう微妙な感情の機敏はあなたの思考には理解し難いものなのでしょうが……
まぁ私も時折そういうヒトの感情は解しがたいと思うのですが、と淡々と語る小動物に、長い髪のサイドを蝶のピンでまとめた少女はかくりと首を傾げる。
「……よく、分かりません。
『それは……』
「……私やフレメアの前では、絶対にあんな切なそうな顔はしません。不公平、です」
むす、と頬っぺたを膨らませながら、フロイラインは手に取った真っ赤なトマトソースを半熟卵の上にぶちまけた。
母親に構ってもらえないで拗(す)ねる子供のような表情の彼女を前に、カブトムシは無言で考える。
(……ふむ、困りましたね……)
偉そうなことを言った割に、カブトムシには思春期にまつわるアレコレについて語れるだけの経験値など、正直存在しなかったりする。
かつて『生身の
つまり。
カブトムシこと垣根帝督でさえ、
そんな男が目の前の子供にそういうアレの概念を教えるというのは、ある意味かなり難易度が高いミッションかもしれない。
うーん、とカブトムシは再度考え込む。
……そもそもフロイラインの情操教育は基本的に同居人である
朴念仁の自分や素直になれない
故にカブトムシは、解答をぶん投げることにした。
『……フロイライン=クロイトゥーネ、今度学校の図書館で恋愛小説でも借りて読んでみてください。少しは参考になるかもしれません』
「……? はい、分かりました」
多分、いやきっと。健全な知識さえ与えれば目の前の超人類もまた一歩、一般的な少女に近付くはずなのだ。
なにせ自分は常識が通用しないことでお馴染みの第二位だ。下手に情操教育に関わるとえらいことになるのは自明である。だから投げた。いや別に、五年近く関わってきた少女たちの無自覚なドロドロがいい加減に面倒臭くなってきたとかそういうわけではなく。
そんなことを言っているうちに、『友達』専属アイアンシェフことフロイラインお手製・家採りたまごの具だくさんオムライスが完成する。
ついでに家庭菜園のプランターから採ってきたトマトなどで生野菜サラダやスープを作って、リビングに運んでいくと、疲れて倒れ付していた腹ペコ少女たちがバッと顔を上げた。
「にゃあ! 大体お姉ちゃんとカブトムシは何を仲良く内緒話していたんだ!」
「チーズの香ばしい匂いが……、ってミサカはミサカは薄れていた意識を回復させようと己を鼓舞してみる……!」
『いや、たまには手伝ったらどうなんですか
トレーを持って突っ立っているフロイラインの肩に留まっていたカブトムシが、やや呆れた調子で音声を発する。
思わず野暮な指摘をしてしまったものの、料理をさせられている当のフロイラインはというとあまり気にしていない様子だった。
「料理は好きですし、私一人で大丈夫です」
「み、ミサカは片付けとかお洗濯とか他の家事担当だもん、これも立派な分担作業なんだもん、ってミサカはミサカは反論して――」
「というかそっちは大体炊飯器が無いと何も作れないってだけだろ、にゃあにゃあ」
「ぎくっ」
言っとくけど私は家では普通に作ってるからな? というフレメアの追い討ちで、そっぽを向いた
「失敗を恐れてたって大体何も上達しないぞ。お姉ちゃんに教わって、少しはちゃんとした料理法を試してみるべき」
「そっ、そんな手軽な実験感覚で消し炭にしちゃったら折角身を捧げてくれた牛さんや豚さんが可哀想でしょ!? 美味しく料理できる人が美味しく作ってあげるのが一番の供養なの! ってミサカはミサカは――」
『あぁそういえば、第一位も料理が得意でしたね』
「ぎくうっ」
「……子供、まさかそんなくだらない意地で……」
「なっなな、何だお子様め! べっ別にミサカ、あの人に到底及ばない腕を披露して恥かくのが怖いだなんてことは絶対に無いんだからねっ! そもそも、ベクトルクッキングとかいう反則技使っちゃうあの人や学習能力天井知らずなお姉ちゃんが身近にいるっていうのに、どうして凡人のミサカにこれ以上を望むというの!? ってミサカはミサカはあぁもうチートってやだ!!」
再び興奮して頭をかきむしる茶髪の少女(メシマズ属性)。
情緒の不安定さは近頃ますます個性が乱立して際どくトンガってきたミサカネットワークの影響か、あるいは単に思春期ゆえなのか。彼女らとは異なる形で数の力を行使するカブトムシにとっては興味深い事例である。彼は基本、この手合いにおいては静観を好むのだが。
チーズがとろける美味しいオムライスをいただきまーすと言うが早いかむさぼり食いながら、フレメアは
「……でも真面目な話、大体ホントにそれでいいのか?」
「な、何が言いたい、ってミサカはミサカは」
「にゃあ、率直に言うぞ――料理のひとつも出来ないようでは圧倒的に女子力が足りない! そんなのは女じゃない、ただの安っぽい干物だ!!」
「はううっ!?」
ズギャーン! というサウンドエフェクトが似合いそうに大袈裟なリアクションで、少女は弾丸に貫かれたかのように自らの胸を押さえた。
「じょしりょく(物理)、ですか?」『括弧は要りませんよ』とまた一つ余計な言葉を覚えようとする銀髪娘とカブトムシを隅に置いて、口調はさておき見掛けにおいては問題なく完璧なモテかわ愛され美少女であろうフレメア=セイヴェルンは、スプーンを片手に持論を述べる。
「学園都市最強の『あの人』とて男だ、そして男というのは何だかんだ言って、大体家庭的で可愛い面構えの女の子というのが大好きなんだ。浜面だって結局は癒し系の
「う、確かにそれは……まぁ……」
「大体それだけじゃないぞ。これから約一年、あの人は少なくとも週三回は私達の学校に来るんだ。……その一年の間に、どれだけ『
上条当麻に劣らずあの人も大体人気者だろうし、と補足する彼女を前に、顔面蒼白な
「は、はははまさか……あんな無愛想で口汚い人が……大学でも孤高のぼっちだって妹から聞いてるのに……」
「にゃあ、大体切れるナイフみたくギラギラしてた昔ならともかく、今のあの人のポテンシャルならただ突っ立ってるだけでも十分女を惹き付けると思うぞ。
「うぐっ!?」
口の中のふわとろオムライスがいよいよ飲み込めなくなる
秋のハロウィン、クリスマスまで跨がる冬季補習、そしてバレンタイン――受験疲れのミーハーな女子たちが束の間のイベントに浮かれ、歳が近くて面倒見が良い『先生』へ我先にと群がる光景が、易々と
そこから先は、もはやフレメアに何も言われなくとも勝手に連想できてしまう。
つい最近までコミュ力ゼロに等しかった
……ひょっとしてひょっとすると、今までミサカ一筋でいてくれた『ミサカだけのヒーロー』も、うっかりほだされてしまうのでは?
「あ、あう……ってミサカはミサカは……」
全身から汗がどっと溢れる。
今更のように底冷えから来る震えを自覚して、彼女は両手でぐしゃりと前髪を握り潰した。
そして、最悪の可能性が頭をよぎる。
何だかんだと今までずっと
――
「だだだだだだ駄目っ! そこはミサカの陣地なんだから!! ってミサカはミサカは憤慨してみる!!」
「にゃあっ!? だ、大体いきなりうるさいぞ子供め! えーとつまり結論はだな!? ツンデレに甘えて尖った自分ばかり演出してても男としてはぶっちゃけウザいだけだから、せめて女子力でも磨けばどうなんだって事だ!」
「な、なるほど……! ってミサカはミサカは地獄に垂れてきた蜘蛛の糸にしがみついてみたり!」
そういう問題ですかね……、と事の成り行きを無言で見守るカブトムシだが、少女の暴走はなおも止まらない。
「お姉ちゃんっ! あなたの手際を見込んでお願いがあるの、ってミサカはミサカは勢いに任せて振り返ってみる!!」
「はい。あなたが望むことなら、私は全て従います」
両手を取り懇願する
一途と言うには若干病みすぎな彼女の発言にカブトムシとフレメアが密かに戦慄していたところで、しかしその異常性に気がつかない
「ミサカを……、
「「……………………………………………………………………………、」」
いやーその発言はちょっと、と制止できる良識ある者がもしこの場にいたならば、それはどれほど幸福だったことだろう。
悲しきかな――ツッコミ不在という無情な真実が、このパーティで一番の欠点なのだ。
「……私、は」
しばし氷漬けされたように固まっていたフロイラインの唇が、長い沈黙を破って動き出す。
いやに澄んだ声音だった。
遠くからの雨風の音ばかりが轟いていた一室にて、フロイライン=クロイトゥーネの小さな声が滔々と響く。
「私はあの時、『友達』に救われました。だから少しでも、その恩を返したい。料理も、勉強も、『友達』の喜ぶ顔が見たくて、そのためだけに取り込んだ経験値です。今までは、私が料理を担当することは、あなたのためになると思っていました。あなたが苦手な分、私が『学習』すればいいだけだと。……けれど、本当は違ったのですね。
「『ッッ!?』」
笑っている。
神の愛に触れた聖女のそれと同じ、あるいはそれ以上の慈しみを湛えて、フロイライン=クロイトゥーネはうっすらと微笑んでいる。
平素の死んだ目からは想像もできないような抑揚に溢れた声で、彼女は流暢にこう宣言した。
「……
「……お姉ちゃん……ううん、お師匠さま……! ってミサカはミサカは母性の象徴に飛び込んでみる!!」
そして。
えんだああいやあああああああああとかいう出所不明のBGMと共に。
完全に二人きりの世界にログインした少女たちは、食べ掛けのオムライスを後ろ足で蹴飛ばす勢いで、そのまま熱いハグを決め込んだ。
「…………………………どうしてこうなった……」
一方で、微妙な顔になったのはフレメア=セイヴェルンだった。
カレのハートを掴むべく少しは料理を覚えるべき、とハッパを掛けたのは確かに自分であるのだが、あの二人の熱の入りようだと、なんというかこう、莫大な不安しか感じられない。
(大体、しばらくは電撃と炭ばかりを食わされる生活になりそうだ……にゃあ)
気落ちしつつフロイライン
その傍らで、マスコットキャラクター枠の白いカブトムシはもはや我関せずといった体で窓際までよじ登り、百合百合しい桃色空間から意識をそらすように、緑色の虚ろな瞳で濁った空を見上げていた。
『はぁ……いつまでも止みませんね。……