とある科学の最終信号   作:icoi

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幕間 とある少年の流行り病

 

 ふと浮上した彼の意識を蝕んだものは、ひどい倦怠感と悪寒。

 昨日干されたばかりだというフカフカの毛布にくるまったまま、学園都市第一位の超能力者(レベル5)一方通行(アクセラレータ)は首筋のチョーカー型電極に指を当てる。

「……っ、」

 緩慢な動作でスイッチを弾き、自身のバイタルを計測する。

 三八度五分――速い脈拍、それに全身を苛む症状。これはどう考えても、親御さんが何より身内に降りかかることを恐れていた、あの災厄の襲来だった。

 

(――インフルエンザか……クソったれ、予想より早いじゃねェか……!!)

 

 ズキリと突き刺す頭痛を奥歯で噛み潰しながら、彼は上半身を緩慢に起こす。

 窓から外界を見やると、既に日はゆったりと昇っていた。冬らしく澄んだ青空に、絵に描いたような平和を謳うスズメのさえずり。廊下を隔てたリビングからは、同居人たちの喋り声が微かに聞こえてくる。朝の支度の真っ只中といったところだろうか。

(……免疫力の低いあのガキに罹患させねェよォに、シーズン前から苦労して予防しまくってたってのに……肝心の俺がぶっ倒れるたァ、笑い話にもならねェぞ)

 本人の意図しないままにすっかり保護者思考が板についてきてしまっている一方通行(アクセラレータ)は、ぼんやりと霞の掛かった頭で必死に思案する。

 お節介焼きな彼女らのことだ。自分の体調不良を悟られたら、おそらく無防備なまま看病しようとしてくるのだろう。それでもしあのガキ――ついでに番外個体(ミサカワースト)も――が感染した日には、彼の能力を支える代理演算に影響が出てくるかもしれない。そうなったら、いざというときに彼女達を守ることだってままならない。親船(おやふね)最中(もなか)統治下の学園都市の治安は今現在安定してはいるが、それは彼にとって油断を許す理由にはならないのだ。

「チッ……」

 ふらつく体でどうにかベッドから脱出し、クローゼットに手を伸ばす一方通行(アクセラレータ)

 背筋を走る寒気をこらえながらジーンズのベルトを締め、タートルネックのセーターを頭から被り、いつになく適当な着替えを済ませた彼がおもむろに操作しだしたのは、枕元に転がっていたスマートフォンだった。

 通話機能を起動し、機械的なコール音に耳を傾ける。 こんな時にコンタクトを取る相手は、かれこれ一年も前からお決まりの人物である。

『――やあ一方通行(アクセラレータ)。久しぶりだね? 今日はチョーカー型電極のメンテナンスでもお望みかな?』

「……生憎と、そっちは間に合ってる。病室に空きはあるか? それからノイラミニダーゼ阻害薬とアスピリンを用意しろ。……今から向かう」

『おやおや、学園都市第一位の君もさすがに流行り病には敵わないようだね? 声を聞く限り随分と苦しそうだが、ここまで自力で来られるかい? 君さえ良ければ、妹達(シスターズ)の一人にキットを持って行かせることもできるけれどね?』

「同居人どもに騒がれる前にカタァ付けてェンだよ。ちったァ黙って医者らしく診察室で待機してろよボンクラ老人が」

『ふむ、頭の回転はいつも通りのようで安心しているよ。しかし、君も相変わらず難儀な性格だね? 彼女らだって意地を張っている君の後ろ姿を黙って見ているよりも、君に子供らしく助けを求めてきてもらえるほうがずっと嬉しいだろうに』

「うるせェよ……」

 ぜーぜーと吐息を漏らしながらも、画面を苛立ち紛れに指で叩き、通話を終了させる。

 黒いコートを羽織り、もう一度電極のスイッチに触れた彼は少しだけ考えた後、枕元の大きな窓を勢い良く開け放した。

 廊下を通って玄関から出ると、面倒臭い連中に捕まって面倒臭い問答に巻き込まれることは目に見えていた。幸いというか何というか、先日「夜に靴を下ろしちゃ駄目なんだよ! ってミサカはミサカはヨシカワから最近教わった日本の古き良き慣習の知識をひけらかしてみたり!」などとやかましいテンションで阻止してきた打ち止め(ラストオーダー)のお陰で、彼の部屋には紙箱に入ったままの真新しいブーツが一揃い置いてある。

 つまり、一方通行(アクセラレータ)はいつぞやの『グレムリン』襲撃の時と同じく――能力を使って窓から飛び出そうとしているのだ。

(……書き置きは……いらねェな。後で番外個体(ミサカワースト)のヤツにでもメールを入れときゃ問題ねェ。それよりも……今ここでこのザマを見つけられて、ウザったく世話ァ焼かれる方がよっぽどマズい)

 微妙にグラグラしている意識で精密な能力のコントロールを続けられるかは実はかなりの不安要素だったりするが、高熱に苦しむ一方通行(アクセラレータ)の思考は妙にクリアでなおかつ無謀だった。

 額から嫌な汗をだくだくと流しながら、虚ろな瞳で窓から真下を覗き込む。

 ひゅおおおお……と吹き上げる冷たいビル風をも計算に取り込みながら、彼は新品のブーツを履いた片足を窓枠に掛け――、

 

「グッモーニン寝坊常習犯、朝ごはん出来たじゃん――って何しやがってるじゃんよお前ーっ!? ここ十三階じゃん早まるなぁあああああああああああああああああ!!」

「ごっ、ふ……ッ!?」

 

 ノックも無しに飛び込んできたエプロン姿の黄泉川(よみかわ)愛穂(あいほ)に後ろからガッと羽交い絞めにされ、危うく胃液を口から噴出しかけていた。

 

 

 

 約三時間後。

 芳川(よしかわ)桔梗(ききょう)の車で冥土帰し(ヘブンキャンセラー)の病院に連行され、診察を終え無事に帰宅した一方通行(アクセラレータ)は、『大袈裟にしたくない』という当初の目的を大いに裏切られる形で、現在三人もの女たちに顔を覗き込まれていた。

「やれやれ、すっかり油断していたわね。能力のフィルターが無くなった影響でキミも最終信号(ラストオーダー)に負けず劣らず貧弱なのだから、彼女にばかりかまけていないで自分の体調管理もしっかり行うべきだったのよ」

「……」

「こら、そっぽ向かないでこちらを見なさいな」

 説教くさい口調で(しかしどこか楽しそうに)語りかけてくる芳川は、ほっそりした両の手で洗面器の中の濡れタオルを絞っている。めまいや頭痛に悩まされつつも、ベッドの中の一方通行(アクセラレータ)は顔をそらすことで彼女の甲斐甲斐しい汗拭き攻撃をひたすら拒んでいた。

 そんな彼を、じっとりと意味ありげな目で見つめる幼い少女がいた。

 打ち止め(ラストオーダー)である。

「……ミサカにあれだけ手洗いうがいを強制してた人がこの体たらくとは、ってミサカはミサカは大人の不合理さを再認識してみる」

「なーんて失望されちゃあ親御さんも形無しだねぇ。まぁ、ミサカ的には愉快な絵面が拝めてハッピーなことこの上無いんだけど?」

「……何でしれっとここに居るンだっつの……芳川のヤツはともかく、オマエらはマジで出てけ。死にたくねェならな」

「今にも死にそうな顔でそんなこと言われましても。ぎゃはは☆」

 割と本気で感染(うつ)ってしまうことを危惧している彼の言葉もどこ吹く風。『あなたの言うことなんか聞かないもん! ミサカも介抱するんだもん! ってミサカはミサカは最近忘れ去られつつある聖母スキルをここぞとばかりに発揮しようと躍起になってみたり!』とのたまう打ち止め(ラストオーダー)を中心にして、ここの住人たちは揃いも揃って彼を放っておく気はゼロであるようだった。

 だから知られたくなかったンだ……、と重い息を吐く少年。

 ちなみに出勤時間の直前まで、この騒動に黄泉川まで加わっていたのだから、状況はこれでもまだマシな方であると言える。

 手負いの猫よりも危うい感じに苛立っている一方通行(アクセラレータ)に、それでも臆することなくおでこに手を当てたりしながら微笑みを向ける芳川桔梗は、小型のテーブルの上に置いてあったレジ袋の中から数点のアイテムを取り出した。

「こうも熱が高いと苦しいでしょう、冷却シート貼ってあげるからおとなしくなさい。それと氷枕ね。愛穂が作って行ってくれたお粥も食べる?」

「自分でやる」

「意地っ張りな子ね、もう」

 クスリと笑みをこぼして市販品のシートをビニールから剥いて渡してあげている芳川。

 その様子を眺めていた二人のミサカは、しばしの間パチクリとまばたきしてお互いの顔を見合わせると――、

「……よしっ、ミサカも負けないぞ! ってミサカはミサカは対抗心を熱く燃やしながらもお財布を引っ掴んで買出しにダッシュしてみる!!」

「うおおおおおおおおおおおおおミサカまで最終信号(ラストオーダー)の嫉妬に引きずられてるーっ!? まーでもいいや楽しそうだし付き添い行ってきまーす!!」

 どたどたどたーっ!! と大慌てで駆けていった少女たちの後ろ姿に、残された第一位と元研究者は思い思いの反応を見せる。

「……、何がしてェンだ、あいつら」

「ふふふ、キミのことが心配なのよ。なんだかんだ言っても、あの子たちはキミにとても懐いているから」

 などと訳知り顔で笑っていた芳川だったが……ものの十五分もしないうちに帰ってきてしまった彼女らのフットワークの軽さには、さすがにほんのちょっぴり驚愕の表情を浮かべていた。

「じゃーん!! ゼリーと経口補水液! インフルエンザに罹ったときは水分補給が一番大事なんだって! ってミサカはミサカはネットワークから入手したての付け焼刃知識を全力でお披露目してみたり!!」

「ず、随分早かったのね……。近所のコンビニで買ってきたの?」

「上位個体特権で病院暮らしの個体たちにおつかいを依頼したのです! バケツリレーの要領でな! ってミサカはミサカは自らの高性能っぷりを誇ってみる!」

「そんな利用目的で貴女(あなた)を司令塔として製造したわけではないのだけど……。というか妹達(シスターズ)からは文句とか無いのかしら……」

「いやあ、別にそこは誰も気にしてないよ。ミサカネットワークの奴隷もといボディガードの第一位にいつまでもぶっ倒れられてるとミサカ全体の益にもならない訳だし、ぶっちゃけ『大きなミサカ』的にもさっさと回復してもらわなきゃ色々気が気じゃないんだろうさ」

「にゃわっ!? な……なんだかネットワーク全体に大きな信号が……!? 『余計なこと漏らしてんじゃねえぞこの覗き魔個体/return』……? ど、どういうことだろうこれ、ってミサカはミサカは混乱してみる……」

 ……何やらギャーギャーと口やかましく話し込んでいる女たちであったが、寒気頭痛咳喉の痛み鼻水腹痛と怒涛の連撃に苦しめられる一方通行(アクセラレータ)に、そちらへ関心を向ける余裕はまったく存在しない。今すぐ布団を引っかぶって全てをシャットアウトしてしまいたい衝動に駆られるものの、天井さえグルグルと回りだした今の最悪なコンディションの中では出来ることなどただただ虚空を見上げるのみ、この騒音をやりすごす術さえ無いのだ。

 しかし、人間というのはどうにも、聞きたくも無いような話に限って耳に入ってしまう生き物であるらしく。

「――そういえば、あなたの方も一九〇九〇号から何か受け取っていたみたいだけど? ってミサカはミサカは懐に抱えたその小包に関心を示してみたり」

「ああコレ? 別に大したモンじゃないって。第一位への贈り物としてはつまんなさすぎて及第点以下な代物だよ」

「??? なんだろう……なんか……筒みたいな、じょうろみたいな白い陶器だね、ってミサカはミサカは……かなり変わった形だけど、水差しの一種かな?」

「のんのん最終信号(ラストオーダー)、ネタバレしちゃうとこれはアレだ――()()()()()()()☆」

 

 とりあえず衝撃波をお見舞いしておいた。

 

「ひゃあああ!? バリーンって! 今ひとりでにバリーンって割れたよ!? ってミサカはミサカは呪いの陶器に恐れおののいてみる!」

「うん? あぁ、見たところ医療用の高級品のようだったのに、勿体無いことをしたわね」

「……チィッ。第一位さんよ、高熱で能力が暴走でもしちゃったかにゃーん? ならミサカここに丁度素敵な解熱剤を隠し持ってたりするんだけど」

「ッ!? そ、そんなものを持っていたのならなんで出し惜しみしてたの!? 早くあの人にそれを使ってあげて! ってミサカはミサカは何故だか怒りの表情でゆらりと起き上がるあの人を心配して泣き叫んでみる!!」

「オーケーオーケー。ただし効能は尻から出る」

「あらあら、まぁ。冥土帰し(ヘブンキャンセラー)ったら、坐薬までちゃんと処方してくれてたのね」

 のほほんとした表情で処方箋を広げる芳川の背後を、今度こそ突風をモロに浴びた番外個体(ミサカワースト)の身体がむき出しの坐薬と一緒にゴロゴロと転がっていく。

 

 結局。

 静養のせの字も無いまま、学園都市第一位の超能力者(レベル5)は同居人たちからの献身的(笑)な看病にもかかわらず、ほとんど自力でインフルエンザウィルスに打ち勝つことを余儀なくされてしまうのだった――。

 

 

 

 そして時は現代へ。

「ううううう……お仕事まで休むことになるなんて、今頃きっと白井(しらい)先輩の頭にツノが生えてるころだよぉ……、ってミサカはミサカはお姉ちゃんの美味しいお粥の味さえも分からなくさせるこの高熱を恨んでみたり……」

「インフルエンザは指定伝染病です。無理するとかえってみんなに迷惑になりますし、しっかり休んで早く治しましょう」

「ちゃんと予防接種してたのにこの有様なんてなあ。子供の病弱っぷりは大体どうにかしないとマズいぞ、にゃあ」

 ピンク色の冷却シートをおでこに貼り付けたパジャマ姿の打ち止め(ラストオーダー)の上半身を起こさせて、フロイラインとフレメアはごくごく一般的で健全な看病というヤツを実行してくれていた。

 小さな土鍋に収まった卵粥をふうふうと冷ましながら、銀髪の少女は匙を打ち止め(ラストオーダー)の口まで運ぶ。気のせいだろうか――彼女に限っては、打ち止め(ラストオーダー)が体調を崩した日のほうが普段よりよほどイキイキと世話を焼くのが常だった。ある意味、ヤンデレもしくは天然ダメンズとしての素質はバッチリかもしれない。

 感染予防にきっちりとマスクをつけたフレメアもフレメアで、親友の体調不良には慣れたものだった。小型の加湿器を部屋に持ち込み、その部屋は風邪っ引きの打ち止め(ラストオーダー)にとって最適な温度と湿度をキープしている。

 ……そして。

 打ち止め(ラストオーダー)が本当に弱り果ててしまったというベストタイミングで『彼』にこっそりと連絡を回すその手際もまた、フレメアの有能ぶりのひとつだった。

『ご到着のようですよ』

「ほあ? ってミサカはミサカは――」

 苦笑の声音をわざわざ再現した人工音声を薄い羽で響かせて、白いカブトムシが告げる。

 朦朧とした顔つきの打ち止め(ラストオーダー)が、それでもハッと反応して玄関に顔を向けたその時――いつも通り、ノックも無しでその扉は開かれるのだ。

 

「――よォハナ垂れガキ。買ってきてやったぞ、ゼリーと経口補水液」

「……、まさかシビンは持ってきてないよね、ってミサカはミサカは一応確認を取ってみたり……」

 

 

 

 

 

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