不定期更新になると思いますので、気長に待っていただけるとありがたいです。
異世界よりの帰還
薄暗い森の中を月明りだけを頼りに進む、一人の男の影。
男の進んできた方向にあるお城からは楽し気な音楽や笑い声が響いてくる。
それもそのはず、今その城では魔王討伐の成功を祝して大規模なパーティが開かれているのだ。
お城だけではない、町でも盛大なお祭り騒ぎが起きているだろう。
そんな浮かれた空気の中、人気のない森の中を迷いなく進んでいく男の姿は明らかに不自然に映った。
だがそんな男のことを気にする者はいるはずもなく、男は自身の目的地に対して迷いなく歩を進めていく。
やがて少し開けた場所に出たところで、男は歩を止めた。
目的の場所についたのだ。
そこにあるのは巨大な門であった。
それは、「異界の門」と呼ばれる異世界とつながっているとされる門であり、この男
そして誓哉が見つめる先、門を背に金髪の美女が寄りかかっていた。
すらりとした長身とメリハリのきいた体、傾国の美女というのがふさわしいような冷たさを感じさせるその美貌。
彼女こそは異世界ユーフォリアにある魔導大国シルフィードに君臨する若き女王アイリス・シルフィードである。
その姿に思わず苦笑を浮かべた誓哉は門に向かって歩みを再開した。
無言のまま通り過ぎようとしたとき、関心なさそうに目を閉じていたはずの彼女から声をかけられる。
「姿が見えないから何をしているのかと思えば、やはりこんなくだらないことを考えていたのですね」
あまり表情の変わらない彼女ではあるが、長い付き合いになる誓哉には彼女がものすごく不機嫌であることがはっきりと伝わった来た。
「おいおい宴の主賓がこんなとこにいていいのかよアイリ?」
「それはあなたも同じことでしょう? ねぇ、『原初の契約者』さん?」
それは、彼が持つ二つ銘であり。、彼女が彼をからかうときに呼ぶ名前でもあった。
誓哉はそのいかにも中二病チックな呼び名に思わず顔をしかめた。
「俺はいらないだろう。
なんせ会場には魔王討伐を成し遂げた『大英雄』様がいらっしゃるんだからな」
その言葉で少しだけ戻っていた彼女の機嫌が最底辺にまで落ち込んだ。
「違うッ! 彼がそんな人物じゃないことくらいあなたならッ・・・! それに実際魔王を打倒したのは・・・」
珍しく感情のままにまくしたてる彼女だったが、その言葉は途中で遮られる。
誓哉が彼女の唇に指をあてたからだ。
「その話はとっくに済んだだろう? あいつは皆が称える『大英雄』、俺は助けてもらったくせに一度は逃げ出した臆病者の『異端者』だ」
あいりは諭すような誠也の態度に、自分を見つめる優しい眼差しにそれ以上何も言えなくなってしまう。
「・・・もう行ってしまうのですか?」
「ああ、これ以上俺がここに残ってもいい影響はないだろうしな」
「そう・・・ですか」
知らぬうちに俯いていた彼女は頬を両側から押しつぶすようにして挟まれ強制的に上を向かされる。
「おいおいそんな顔すんなよ女王様。 これからはあいつとお前が中心になって国を盛り上げていくんだからよ」
「そ、そんなことわかっています! いいから早くこの手を放してください!」
顔を朱に染めながら背を向ける彼女をいとおしく思いながら、今まで経験した様々な記憶が蘇ってきた。
―回想―
彼がこの地にこの地に召喚されたのは今から約三年前、当時15歳の誓哉は高校進学前の春休みを何事もなく過ごしていた。
その日もそろそろ寝ようかとベッドに横になった直後ひどい船酔いのようなものに襲われ、気が付けばこのユーフォリアに召喚されていた。
事態が呑み込めず呆けていた彼のもとに門の起動を確認したシルフィードの騎士団が到着し、彼を保護してくれたのだ。
王城に連れていかれた彼は元の世界に帰る方法を探す間アイリスの世話係として王城で生活することになった。
といっても彼女専属のメイドは既に存在しており、彼がやることといえば彼女と話をしたり、一緒にお茶を楽しんだことくらいだ。
元々あまり人付き合いの得意ではない彼女だったが、誓哉とは妙に馬が合うのか打ち解けるのにそう時間はかからなかった。
性格に似合わず好奇心旺盛な彼女は、誓哉が話す地球の話をとても興味深く聞いていた。
いつか自分が王になったとき日本のように誰もが平等に学べる国にしたいと言っていたのがとても印象的だった。
だがそんな平穏は長くは続かなかった。
それまで小康状態を保っていた魔族との関係が魔王交代を機に劇的に悪化、ユーフォリア全土を巻き込んだ全面戦争に突入していく。
長い間平和に慣れてしまっていた人族は準備ができていなったこともあり高い戦闘能力を有する魔族に窮地に立たされていった。
魔族との国境近くに位置していたシルフィードは真っ先に魔族の進行を受けることになった。
当時の国王、アイリスの父親はシルフィードが長くはもたないことを早期に判断し、娘のアイリスと俺を隣国に預けることにした。
だが隣国に向かう途中アイリスは王から渡された当分の生活費を俺に押し付け、はるか遠方の戦火が当分及ばない地に俺を非難させた。
別れ際、彼女は儚く微笑みながら俺にこう告げたのだ。
「私は王族の生き残りとして、シルフィードを奪還する義務があります。
ですがこの行動には間違いなく危険が伴います。
私はあなたを巻き込みたくない。
だからあなたは、元の世界に変える方法を探してください。
すいません、手伝うと言いながらこんな形であなたを放り出すことになってしまって」
その言葉を最後に俺は意識を失い、気が付けば見知らぬ土地にいた。
俺は恨んだ。
なぜ共に戦わせてくれないのかと、同じ道を歩ませてくれないのかと、どうして相談してくれなかったのかと。
なぜ俺はこんなにも無力なのかと。
世話になった恩も返せず、女の子に護られたままで引き下がることなどできるはずがなかった。
だから俺は一つの賭けに出ることにした。
俺がこの世界に来た時に得た唯一の力、それに賭けることにした。
以前アイリスから聞いたことがあった。
かつてこの地には神や魔神が存在していた時代があり、その頂点に君臨していた龍神がいた。
彼の龍は無限に近い魔力を有し、神や魔神とさえ一線を画す存在だったと。
だが彼は強すぎた。
異端者は排除されるのが世の常、彼は永遠に解けることのない封印によって閉じ込められた。
アイリス曰くこれは実話をもとにして書かれた伝承で、今でもその封印は解かれていないんだそうだ。
そしてその伝承の地っていうのが幸か不幸かこの場所って訳だ。
驚いたことに、伝説の龍神ってやつは本当に実在していた。
誰も近付かないような山奥の洞窟に。
俺はその力に賭けた。
アイリスが今から行動を起こすまで長く見ても二年。
俺のようにこれまでまともな訓練も受けたことのない奴が、二年で強さを手に入れるには普通の方法じゃ無理だ。
だからこれは賭け。
代価は俺の命。
結果は一国、いや一人の少女を救える力もしくは、死。
結果は―――――
―現実―
(おい相棒、何をセンチメンタルしていやがる)
と意識を引き戻したのは嫌にドスのきいた声。
それは俺の体の中、正確には頭に直接響いてきていた。
(いや、お前と自分を『合成』した時のことを思い出してな)
そういうと、懐かしそうに笑う声が聞こえる。
この声の主こそ
(あのときは驚かされたぞ。 何せ外に出してやる代わりにお前の力をよこせというんだからな)
そう、俺が手に入れたのは『合成』の力だ。
本来は物体同士を掛け合わせ一つの物体として再構築する力なのだが、俺はこれを自身とこの龍神に対して使用したのだ。
(しかし盲点だったな。 まさか解除できない封印を対象の存在を消すことで無効にするとはな)
要するにこの封印を施した神たちもこの絶対的存在が消滅することは想定していなかったのだ。
そこに俺が自分とこいつを分解して新たな存在として再構築するというでたらめをかましたおかげ(所為?)で対象不在となった封印は無効化されたわけだ。
(今更だが、よく成功したもんだよな。 あれ一歩間違えば俺もお前も死んでたんだろ?)
(というか普通は間違いなく死ぬな。
なぜだかはわからんがお前の魔力というか存在そのものが龍の力と異常に高い親和性を持っていなければ、成立しなかっただろうさ。
まぁそのおかげで俺は外の世界を見て回れるようになったわけだしな)
そうして話すヴェルはとても楽しそうに見えた。
まぁ長い間封印されて退屈だったんだろう。
それから約二年こいつと共に各地を旅して必要な準備をして、どうにかシルフィード奪還戦に間に合ったってわけだ。
と、丁度回想が一段落ついたところで、下から視線を感じた。
目を向ければこちらを見上げるアイリスの姿があった。
頬の赤みもとれて平常心を取り戻したようだ。
「じゃあ、俺は行くぜお前もそろそろ戻らねぇと係りの奴らが捜しに来ちまうぞ」
そう一声だけかけて再び門に向かって歩き出す誓哉だが、何歩いかないうちに踵を返しアイリスの目の前まで戻ってきた。
「な、なんですか? 何か忘れものでも?」
距離が近すぎて落ち着かない様子のアイリスを無視して誓哉がずいっと顔を近づけてくる。
「んー、まぁそんなとこ。 ちょっとしたおまじないみたいなもんかな」
そういうと、さらに顔を近づけ
チュッ
とアイリスのおでこのあたりに軽く口づけた。
そして今度は唇にするのではと思うほど顔をちかづけて、
「いいか? 本当に困ったときには俺の名を呼べ。 そうすれば俺はどんな時でもどんな所へでも駆けつける。
いいな? 忘れるな、お前は一人じゃない」
そう言い切ると再び踵を返し門に向かって歩き出した。
今度は立ち止まることはなく、そのまま揺らぎの中へと吸い込まれていった。
後に残されたのは門を見つめ立ち尽くす美貌の女王だけだった。
「なんなんですか、いったい・・・・・・バカ」
窓から差し込む朝日にまぶしさを感じて目が覚める。
「随分と懐かしい夢を見たな・・・」
あたりを確認するために周りを見回してみても、いつも通りの自分の部屋に間違いない。
「今更なんでこんな夢を・・・」
窓の外に目を向ければ、快晴の空が映る。
龍堂誓哉、高校二年の春。
異世界より帰還して約一年の月日が流れていた。