「・・・・む、友里は?」
二課の地下駐車場。
公務などで
回収班を見渡した弦十郎は、先に出たはずの友里の姿が見当たらないことに気づく。
「すみません!こちらです!」
当の本人は、後ろからやってきた。
「ごめんなさい、もう一個のほうと間違えちゃって・・・・!」
「何をやっとるんだこんなときに・・・・」
確かに二課には、こことは別に職員用の駐車場がある。
非常時にらしくないうっかりを発動させた部下に、弦十郎はため息をついた。
「ひとまず説教は後だ、お前も早く乗り込め」
「はいっ」
汚名返上するべく、やる気たっぷりに返事をした友里。
弦十郎は、満足げに頷こうとして、
「・・・・?」
走り去っていく後ろ姿に、何となく違和感を覚えた。
◆ ◆ ◆
「―――――響!」
「あれ、未来?」
とりあえず気絶したクリスを膝枕し、迎えを待っていた響。
そこへ、二課のスタッフによって逃がされたはずの未来が駆け寄ってきた。
驚いて見上げてくる響を前に、一度呼吸を整える。
「それ、大丈夫?」
「ん?ああ、へーきへーき、大丈夫だよ」
仕切りなおした未来は負傷した肩に目をやり、気遣わしげに問いかける。
対する響は気の抜けた笑みを浮かべ、怪我した方の手をひらひらさせた。
無理をしているのではと心配したが、追及したところで誤魔化されるのは目に見えているので。
今のところは後回しにしてしまう。
「その子・・・・?」
「あー、うん、なんていうか・・・・」
続けてしゃがみ込み、制服の上着を掛け布団代わりに膝枕されているクリスを覗き込む。
銀色の髪が綺麗な、多分同い年くらいの少女。
未来が問いかけると、響は気まずそうに目を逸らして言葉を探す。
「・・・・ううん、何となく分かった」
「ごめん」
「いいよ」
あまり要領を得ない回答だったが、周囲の惨状と二人の状態を見て。
未来は何となく事情を察したのだった。
と、
「・・・・・ん」
二人の声に起こされたのか、クリスがうっすら目を開ける。
焦点の定まらない目は、ぼんやりと上を見上げていた。
「おっはよー!」
そこへ何を思ったのか、響が覗き込んで明るい声で挨拶する。
未来が呆れた顔で見ている中、クリスはなおぼんやりして。
「・・・・・・・~~~~ッ!!!!?」
「ぶへぁっ!?」
「響!?」
やがて、勢い良く飛び起きる。
速度が予想以上だったのか。
避け切れなかった響の顔面に、クリスの頭がクリーンヒット。
年頃の少女二人は、顔と頭をそれぞれ押さえて悶えていた。
「て、めぇ・・・・このっ・・・・!」
「いや、ごめん、ごめんって・・・・!」
涙目でねめつけ、小刻みに震えるクリス。
響もまた鼻先を押さえながら、手のひらを向けて震えていた。
その一方で、親しい幼馴染と見知らぬ少女を心配した未来がおろおろ見比べている。
「・・・・・・・お前」
互いの痛みが治まってきた頃、クリスは何かを言いかけて。
―――――言われたことも出来ないなんて、私をどこまで失望させれば気がすむのかしら?
響いた威厳のある声に、肩を跳ね上げた。
「誰ッ!?」
姿は見えない。
植え込みから、木々の陰から、街灯すらも発声しているような。
そんな感覚を覚える。
未来を後ろ手に庇い、響は周囲を警戒する。
―――――あなた、もういらないわ
上空に変化。
弾かれたように見上げれば、数体の飛行型ノイズが狙いを定めているのが見える。
(聖詠、間に合わない、詠唱もダメ、今の状態じゃシールドもバリアも論外!ああ、それよりも・・・・!)
「ックリスちゃん!!」
先の衝突で、距離が開いたのが仇となった。
呆然と見上げるクリスは、迫るノイズを凝視して。
「―――――っはぁ!!!」
飛び込む青い影。
彼女が一太刀振るえば、ノイズは一辺に炭となった。
「翼さん!」
「すまない、レコーディングを抜け出せなかった」
刃の炭を払い、納める翼。
よっぽど慌てて駆けつけたのか、うっすらとだが疲労の色が見えた。
「怪我は無い・・・・とは言いがたいが、無事なようだな」
「はい、ありがとうございます!」
「ありがとうございます、翼さん」
上着を拾いつつ、未来と一緒に頭を下げる響。
溌剌とした声に、本当に大丈夫だと判断した翼は。
少し真剣な顔になって、膝をついて崩れ落ちたクリスを見やった。
何かを言いたげにはらはらする響に、薄く笑って見せてから、翼はクリスに歩み寄る。
「・・・・お前には、重要参考人として同行してもらう。いいな?」
しゃがんで目線をあわせ、肩に手を置きながら問いかける。
「・・・・どうせ負けた側なんだ、好きにしやがれ」
対するクリスは、諦めた声色で俯いたのだった。
(聞ーぃちゃった聞ーぃちゃった!)
(
あの後、二課の職員達が駆けつけ。
クリスの確保や今回の戦闘による被害の確認など。
各々与えられた役割をこなすべく、あちこち慌しく動き始めた。
響もまた、決して軽くない怪我を負ったため。
職員達が乗りつけたワゴン車の中で、応急処置を受けていた。
「はい、これでおしまい。やんちゃもほどほどにね?」
「すみません、ありがとうございます」
包帯を巻いてくれた友里にお礼を述べ、脱いでいた服を着込む。
一緒に連れ立って外に出ると、待っていた未来が駆け寄ってきた。
「どうだった?」
「戻ったらまた病院のお世話だけど、死にはしないから大丈夫でしょ」
「もう・・・・」
呑気に笑う響に、未来は苦笑いをこぼす。
危なっかしいが、頼もしくもある彼女。
心配でたまらない自分自身もまた、その笑顔に救われているのだと。
未来がしみじみ感じていると。
「・・・・?」
ふと、響が何かに気づいて、笑みをやめた。
気になった未来も倣って目を向けると、一点を凝視している弦十郎がいる。
不思議そうな顔で話しかける部下にも答えず、段々と険しい顔つきになった彼は。
徐に、飛び出していった。
「司令!?」
「司令!何を!?」
闘志を迸らせて駆け出す。
抉るように放たれた、拳の標的は。
クリスを護送車に乗せようとしていた――――
「友里さんッ!!!!」
唸りを上げて迫る拳を、『友里』は呆然と見つめ。
にやりと、ニヒルな笑みを浮かべる。
瞬間、衝撃波が走った。
暴風に混じって、ガラスが割れるような音。
「な、何が・・・・!?」
風がおさまった頃。
職員達や、未来を庇っていた響は、状況を確かめようとして。
「―――――どうして分かった?」
『友里』の腕が、砕けていた。
正確にはガラスのような殻が砕け、『中身』が見えている状態。
腕だけで衝撃を受け止め切れなかったのか、破損は顔にも及んでいた。
「歩き方だ。うちの友里はあくまでオペレーター、そんな修羅めいた足運びしねーよ・・・・!」
「部下をよく見ているのね?理想の上司だわぁ」
「お褒めに預かり光栄だ・・・・」
拳が押し込まれ、皹が広がっていく。
ぼろぼろと崩れていく『殻』。
むき出しになった『右腕の刺青』と『不敵な目元』。
「・・・・し」
見覚えしかなかった響は、再び未来を後ろ手に庇いながら叫ぶ。
「師匠!?」
タイミングよく、『殻』が完全に砕けた。
解き放たれる黒く長い髪と、黒いロングコート。
袖はまくられており、右腕の赤い刺青が誇らしげに自己主張していた。
「司、遥・・・・!」
「どーも、愛弟子がお世話に・・・・なってマスッ!!」
遥はわざと体勢を崩すと、一緒に傾いた弦十郎を弾き飛ばす。
「・・・・な・・・・な・・・・!?」
状況が飲み込めず、口をぱくぱくさせるクリスを一瞥し。
薄く微笑んでから、改めて弦十郎と向き合う。
「
「ちょっと小突いただけよ、今頃仮眠室で夢の中じゃない?」
片手をひらつかせ、やれやれと一息。
再起動したエージェント達に周囲を取り囲まれても、特に気にした素振りを見せない。
舐めているわけではないが、強がっているわけでもない。
『このくらいなら切り抜けられる』という自信に基づいているのが、ありありと読み取れた。
「その子に指示を出していたのはお前か!?」
「いーえ、私はただ、あんたらとこの子の小競り合いを見てただけよ?」
はぐらかしている、と真っ先に思いついたが。
軽率を気取っている顔でも、目元は真剣そのものだった。
根拠は無いが、確信めいたものを弦十郎は感じた。
「では何故、今になって!?」
今度は弦十郎の前に立つ翼が問いかける。
「いやよ、答える義理はないわ」
しかし対する遥は取り合わず、ニヒルな笑みを崩さない。
「それに――――」
声が、低くなる。
「――――私は別に、戦わなくたっていいんだからね?」
「うぉっ!?」
「何だぁ!?」
言葉の意味を重ねて問おうとしたとき、エージェント達の声が聞こえた。
動揺が伝染している一角。
二匹の猫が、飛び出してきた。
「リーゼ!!」
「はいはいッ!」
「んもー、無茶ぶりが多いなぁ!」
二匹は次の瞬間、一緒に宙返りしてなんと人間に変化。
猫の名残である耳と尻尾は残したまま、一方はクリスの傍に。
もう一方は、見覚えのある空色の光をチャージして。
翼に、叩き込もうとして。
「ブレイクインパルスッ!」
「――――ウォール・アイアス!」
爆発。
辺りは煙に包まれるものの、遥は気を抜かない。
証拠に、目の前の煙が揺らいだ。
「はぁッ!!」
「ほいっ」
振り下ろされた刃を、半ば摘むように受け止める。
衝撃で煙が晴れ、見晴らしが良くなった。
まん前には、切羽詰った様子の翼。
彼女が元いた場所を見やれば、肩を抑える響とそれを気遣う弦十郎の姿。
攻撃を仕掛けたショートヘアの方が、大きく飛びのいたところだった。
「なるほど、本調子なら防ぎきっていたか」
「詠唱も早くなってた、こりゃそろそろ『アレ』を視野に入れるべきじゃない?」
日常会話をするように、響に評価を下す二人。
「・・・・無視を」
『お前など相手ではない』と言いたげな態度に、翼は一層顔をゆがめる。
「するなぁッ!!」
「うぉっと!」
拘束を解き、振り払われる刃。
体を傾けた遥の前髪を掠めていく。
「アリア!252は!?」
「ごめん、暴れたから気絶させた!」
「それくらいならちょうどいい、ロッテと先に戻ってな!」
軸を逸らし、顔を傾けながら、クリスの傍にいる猫耳に話しかける。
猫耳の言うとおり、クリスはぐったりしていた。
「マスターは!?」
「もうちょい遊んでから帰る!中々帰してくれそうにないからさー」
「っはあああああ!」
荒々しい猛攻を、鼻歌交じりに避け続ける遥。
小娘の斬撃など、大したことはないということだろう。
「了解っ、武運を!」
「こっちのお嬢さんに祈ってあげてー」
一閃を蹴り上げて跳ね返し、翼の胴体を蹴り飛ばした。
合流した猫耳二人は、足元に三角陣を展開。
翼もエージェント達も手出しできず、結局おめおめとクリスを連れ去られてしまった。
「ははっ」
遥は楽しそうに笑いながら、右腕を翳す。
刻まれた刺青が、彼女の高ぶりに呼応して、鮮やかに発光する。
そのまま腕を振るうと、なんと指先から這い出てきた。
一度解けた刺青は絡み合い、やがて一振りの槍が出現する。
「それは・・・・!?」
「翼さん!気をつけて!」
痛みを抑え、響が叫ぶ。
弟子であるが故に、その危険性を知っているのだろう。
「さあ、こっちの番だ。ついてこれるかな?」
考察する暇は与えないと、闘志を滾らせる遥。
翼も仕切りなおし、改めて構えようとして。
瞬きの間に、相手の姿を見失う。
「・・・・は」
背後に気配。
目を向けると、赤い切っ先が見えた。
「・・・・ッ」
「おぉー、反応した!」
咄嗟に首を傾けると、頬に鋭い痛みが走る。
我に返ると、獰猛な瞳に射抜かれていた。
鋭い光も束の間、一瞬で消え去り、楽しそうな声を上げる。
翼は槍を弾き飛ばし、距離を取る。
「じゃあこれは?」
もう一度構えると、今度は連続して突きを繰り出す。
翼ほどの実力者でも、煌きを捉えるのがやっとな速度。
顔や首など、急所狙いのものはどうにか防ぐが、それ以外は見切ることが出来ない。
「さすがにギリギリかぁ、じゃあこうしてみようか?」
「っは、ぐ・・・・!」
突然突きをやめると、大きく振り下ろす。
細身の刀身からは思いつかない、重い重い一撃。
ぱっと叩きつけをやめると、下から掬い上げるように一閃。
剣が跳ね上がり、翼の胴体ががら空きになる。
しかし絶好のチャンスをつく事はせず、翼が立ちなおるのをわざわざ待つ。
慌てて構える翼を見て、遥は笑みを崩さない。
「ッ舐めるなぁ!!」
感情が煮えたぎった翼。
刀を振りかぶって構え、突撃する。
簡単に受け止められるのは想定済み。
剣を滑らせて肉薄する。
遥は手首を捻って弾き飛ばすと、石突側でフルスイング。
翼はどうにか防ぎきり、後ろに飛んで衝撃波を殺す。
着地直後の硬直を狙い、踵落としが振ってくる。
咄嗟に刀を振るい、衝突。
足を封じられたはずの遥だが、そのまま押し込んで振り下ろす。
剣先が地面にのめりこみ、今度は翼の得物が封じられる。
しかし翼は怯むことなく、次の刀を手に取り、一閃。
これは予想外だったのか、遥の笑顔は初めて消えた。
「あっはは!すごいすごい!今のは上手いよ!」
直後に花の様な笑顔を浮かべ、心から嬉しそうな声を上げる。
実力差は火を見るより明らか、圧倒的にあちらが上。
恐らくその気になれば、翼など容易に潰せただろう。
響に、あれだけの武術を仕込んだだけはある。
(彼女は、強い・・・・!)
なのに。
圧倒はされていても、敵意も悪意も感じない。
余裕ではない、侮っているわけでもない。
ただただ、『遊ぶ』のが楽しくって仕方が無い。
そんな表情だった。
「調子が狂う・・・・!」
「だって敵対する気ないし?」
苦虫を潰した顔の翼に、やれやれと言いたげに肩をすくめる遥。
「たいだい、出来るだけ穏便に済ませようとしたのに、変身を見破られるわ、正体さらされるわ・・・・てゆーか」
げんなりした顔で、視線を滑らせる。
「ひーびーきー?あんたの上司って本当に人間ー?術式を素手でぶっ壊すって聞いたこと無いんだけどー?」
「わたしも聞いたことありませんし、司令さんは正真正銘人間ですッ!・・・・多分」
「響くんっ!?」
どうやら、先ほど弦十郎がやったことは、彼女等にとって非常識だったらしい。
響は一応フォローを入れたのだが、どこか自信無さげな様子だった。
「んー、まあいいか。目的は達したし、これ以上の長居は無用だし」
「っ逃げるのか?」
「うん、帰るよー?」
切っ先を向ける翼に、あくまで自然体で答える遥。
手を離せば槍はほつれ、右腕の刺青に戻った。
足元には三角陣。
どうやら本気で撤退するつもりらしい。
「ッ師匠!あの、結局何でクリスちゃんを!?」
「んー、まあ、結果的に楽しかったし、ヒントくらいならいいかしら」
響の問いに、悩む素振りを見せてから。
遥はいたずらっぽく笑う。
「一つは内通者、もう一つは――――」
瞳が、ぎらつく。
弦十郎や翼を始めとした職員達は、遥と初対面だったが。
その輝きだけは、見覚えがあった。
なぜなら、響がよくする目つきだったから。
「―――――私ね、バッドエンドが嫌いなの」
「バッド、エンド・・・・?」
遥は反芻する翼に笑みを向けると、徐に顔を上げる。
「ねえ!どうせどっかで見てるんでしょ!?」
声を張り上げ、『どこか』にいる『誰か』に話しかけ始めた。
「『いらない』っつったのはあんただ!言質はきっちりとってあるんだからね!?年増ァ!!」
まるで演劇でもするように一回転した彼女は、不適にそう締めくくって。
改めて、響や翼、そして弦十郎達二課職員を見渡す。
「それでは、特異災害対策機動部二課の皆様。お騒がせいたしましたー♪」
人懐っこい笑みを最後に、光と共に消えていった。
「本当に、いなくなったのか・・・・?」
『はい、付近に反応はありません』
「ッ友里!?無事だったか!!」
通信の向こう、沈んだ声の友里が、解析結果を報告してくれる。
『申し訳、ありません・・・・不覚を取りました』
「いや、相手は響くんを鍛えた相当の手練だ。とにかく無事でよかった!」
純粋に部下の無事を喜ぶ弦十郎に、友里もある種の安心を覚えたらしい。
かすかに聞こえた返事は、少し涙声だった。
「響!大丈夫!?」
「未来・・・・うん、平気」
状況が終わったと判断した未来が、一目散に響に駆け寄る。
「また無茶して・・・・っ肩は平気なの?」
「大丈夫、大丈夫・・・・だから」
――――師匠がやらかしたことに、責任を感じているのだろう。
眉をひそめる未来に、弱々しく返事しながら。
響は、自身を庇うように抱きしめた。
と、いうわけで。
師匠大暴れの回でした。