所詮嵐の前の静けさというか、幕間というか。
「――――――なあ」
「なぁに?」
東京・律唱市、某マンション。
遥達魔導師が、拠点として使っている部屋。
昼食を終え、食器を片付けている中で、クリスが口を開いた。
「あの人は、何でこんなに・・・・その・・・・」
口ごもってしまったが、言いたいことは分かった。
彼女にとって大人とは、自分に危害を加える存在。
また、同年代(あるいは下の年代)の子どもは、同じ贄。
与えられるのは最低限生きられる水と食料、それからか弱い体に有り余る『痛み』。
だから、いまだに飲み込めないでいるのだろう。
躊躇いなく温もりを与える遥の存在を。
「そうねぇ」
吹き終えた皿を置き、アリアは束の間思案して。
「あの子も見たからかな・・・・『地獄』ってやつを」
少しだけ、話してしまうことにした。
今は主となっている、妹分の話を。
「『地獄』・・・・」
「そ、命を命と思わず、人を人と見なさず、心を心と受け取らない・・・・」
想起する、共に駆け抜けた現場の数々。
もはや法では裁けない悪人や、畜生扱いがまだ慈悲があると思われる『実験動物』達。
彼女自身が選んだのは分かっている、それらに遭遇する覚悟を持っていることも十分知っている。
それでも、否応なく見せ付けられる醜悪な存在の数々。
「そんな考えるだけで胸糞悪くなるようなバッドエンドを、あの子は何十も、何百も見てきているのさ」
「・・・・あたしも、その一つ?」
「そう、あの子が大ッ嫌いな奈落に、子どもが片足突っ込んでる・・・・ほっとく理由なんて、ないんだよ」
濡れた手をふきんで拭い、肩をすくめるアリア。
「あたしもロッテも、伊達に六十年生きてないからね。あの子の悔しさや慟哭は、痛いくらいに共感できるのさ」
「は?ろくじゅっ・・・・!?」
回答をそう纏めると、クリスが素っ頓狂な声を上げた。
一瞬わけが分からず、アリアは首を傾げたが。
「ああ、そういや言ってなかったね」
すぐに納得して、苦笑いを浮かべる。
「あたしら『使い魔』ってのは、本人、あるいは主の望んだ見た目で成長を止めることができるのさ」
「そ、そっか・・・・あ、いや、でもそしたらあの人と年齢があわねーし・・・・!?」
「姉妹そろって、所謂『中古品』ってやつでねぇ。少し前までは、別のご主人様に仕えていたんだよ」
ちなみに、自分達を生み出したのもその人物だ、と補足を付け加える。
女性にとってデリケートな話題とは言え、目の前の人物が見た目以上に年を食っていたのが、衝撃的だったようだ。
クリスの動揺は収まりきっていないようだった。
「ぃ、今、前のご主人ってのはどこに?」
「さて、ね。何せもうお星様になっちゃったし、今頃どうしているのやら」
暗に『この世にいない』と告げられ、急にクリスはバツの悪い表情になった。
思いやりや礼儀に疎くなってしまったとはいえ、触れてはならない話題と言うのは察したらしい。
一歩退いた後、静かに『ごめん』を口にした。
「いーのよ、
それに、と。
「あの人の心残りは、あたしらがしっかり受け取っている。遥は、そんな『後始末』に付き合ってくれているのさ」
茶目っ気交じりのウィンクには、欠片の憂いもない。
だからクリスも、それ以上は聞かなかった。
◆ ◆ ◆
%月@日
最近の朝練に、翼さんも参加するようになった。
ランニングの後、軽く打ち合って。
それから魔導師の戦い方について、出来る範囲でレクチャー。
どうやら、この間師匠に完敗だったのが相当悔しかったみたいで。
こっちも思わず本気になっちゃいそうだった。
翼さんやっぱり強いよぉ、師匠が規格外なんだよぉ・・・・。
%月Р日
翼さんとの朝練の噂を、司令さんが聞きつけたらしい。
というわけで、早速今日から司令さんがメンバーに追加。
こっちの練習法を教えたり、逆に司令さんの鍛錬を教えてもらったり。
なんだか充実してきた気がする。
それにしても、足を括りつけて逆さになるなんて。
しかもそのままで、穴の開いた桶に、おちょこで水を汲んでいくんだよ?
桶がいっぱいになるまでひたすら腹筋するとか・・・・。
誰が思いついたんだろうなぁ。
%月Ξ日
そういえば、あれからクリスちゃんの音沙汰がないけど。
一体どうしているんだろう。
いや、師匠が一緒にいるんだから、無事なのは間違いないんだけど・・・・。
だって、師匠だよ?
『鬼子母神』『狂暴女帝』『グレアムの猛犬』『つーかあのねーちゃん飛び道具効かないんだけどマジで』なんて言われまくってる師匠だよ?
それに加えて、リーゼさんたちもいるんだし・・・・。
あれ?これ、最強のボディーガードじゃない?
クリスちゃん自身も遠距離攻撃のエキスパートっぽいし、最高の布陣だよ・・・・。
これでなのはさんやティア姉に稽古つけてもらったら、化けるんじゃないかなぁ。
ガン=カタとか習得したら、絶対強いって。
%月ゝ日
最近、未来の元気がないように思う。
なんか、なんというか。
何となく笑顔が物足りないというか、コレジャナイっていうか。
なんだか引っかかるんだよなぁ。
気のせいならいいんだけど・・・・。
◆ ◆ ◆
「二人とも、自重してください」
「ご、ごめんなさい・・・・」
早朝の弦十郎邸。
未来は朝練を共にするようになった響や翼、弦十郎のために、ここに通って朝食を準備するのが日課になりはじめた。
今日もまたいつも通り味噌汁をこさえていると、いつも以上にボロボロになって帰ってきた響と翼に仰天。
即行で砂だらけのジャージを引っぺがして泥汚れを拭い、傷の手当を行っていた。
「特に翼さんは人前に出ることが多いんですから」
「面目ない・・・・痛っ」
「我慢してください」
頬の擦り傷に消毒液をつければ、痛みで翼が跳ね上がった。
隣の響もまた、未来の威圧に萎縮しながら、自分でガーゼをつけている。
いくらストッパーになりえる弦十郎が、今日に限って仕事で不在だからとて、これは少々度が過ぎている。
努力家なのはいいことだが。
やはり怪我をされると、見ている側としては気が気ではない。
「心配させてごめんね、未来」
「だったら怪我しないでよ、もう・・・・」
口調は少し怒りっぽくなってしまったが、本当に怒っているわけではない。
先日、翼が遥に大敗した現場に、未来自身もいたのだ。
相手に敵意がなかったとは言え、終始遊ばれていたあの結果が悔しいだろうというのは容易に想像できた。
そんな翼のやる気に、響が応えないわけがないことも。
「ほら、ご飯はもう出来てるから食べちゃいましょう」
「はーい」
暴れまわっただけあって、二人ともしっかり腹を減らしているようだ。
手早く着替え終えると、一緒に卓に着く。
「いつもすまないな」
「いえ、好きでやってることですから」
労いの言葉をかけつつ、舌鼓をうつ翼。
未来としても、我ながらここまで上達したものだと思う。
昔は手際が良い悪い以前の問題で、一時期台所への立ち入りを禁じられていたくらいだ。
「未来っ、おかわり!」
「はいはい」
きっかけ、として思い浮かべるのは、やはり響。
あの日手を離してしまってから、彼女がいなくなってしまってから。
どうしようもない後悔と自責と、罪悪感に苛まれて。
あの頃はとにかく我武者羅に何かをしていた記憶しかない。
根拠もなしに、ただ努力だけが響への手向けになると信じていたらしい。
まあ、結局響は生きており、幾分か強くなって戻ってきたのだが。
こうやって響を笑顔に出来ている成果を目の当たりにすると、どうしようもなく嬉しくなるのだった。
「・・・・」
ただ、最近はまた不安になることが多い。
そもそも響が擦り傷をこさえることになった理由、翼とこうやって交流を深めることになった理由。
誰かが引き受けるべき『戦い』が、誰かが対処しなければならない『危機的状況』が。
再び響を脅かしている。
「未来ー?」
「え?」
「どうした小日向?顔色が優れないようだが・・・・?」
翼が傍にいても、師匠たる遥や上司の弦十郎が支えてくれていても、響自身が強くても。
何の力も無い、こうやってご飯を作ったりして、無事を祈ることしか出来ない未来は。
親友の周囲にちらつく『陰』に、どうしても不安を感じずにはいられなかった。
「やはり無理をさせていたか?私達につき合わせて、睡眠を削らせてしまっただろうか?」
「ああ、いえ!そんなことは全然!・・・・ちょっと、考え事です」
「そう、か・・・・」
暗い気持ちが顔に出てしまっていたらしい。
気遣わしげな翼に笑顔を取り繕って首を横に振れば、それ以上は追求されなかった。
響も未来が何も言わないのを察したのか、渋々引き下がってご飯を頬張る。
親友と先輩の思いやりに感謝しながら、未来も味噌汁を口にする。
今日の朝食も、我ながら良い出来だった。
牙が抜け始めたクリスちゃんと、明かされるお師匠のアレコレ。
そして、
おや ? みく さん の ようす が ・・・ ? ▼