願う声が、聞こえた。
切に求め、渇望する声が。
願いに答えるのが、課せられた定め。
だから、それに順じた。
◆ ◆ ◆
「オラオラオラオラオラァ!!」
引き金に指をかけ、鉛玉をばら撒いていく。
銃口が通り過ぎたところから順に、蜂の巣にされたノイズが塵と消えていった。
上空に陣取っている連中にもボウガンの矢をお見舞いし、次々針山にして撃墜していく。
炭が舞う中。
粗方の殲滅を確認したクリスは、どっとため息をついた。
「・・・・?」
次の敵を探そうとして、ふと。
視界の隅に何かが移る。
それは、人間だった炭だった。
体形から辛うじて女性だと判断でき、助けを求めるように伸ばされた手が痛々しい。
もはや塵も同然となった体は、風に吹かれて崩壊している最中だった。
「・・・・ッ」
隠そうともせず、盛大に舌打ち。
己の失態を恥じる。
―――――考えが甘かったのだ。
突然連れて行かれて、困惑もあった。
だが人の優しさに触れて、温もりを思い出して。
やっと地獄から抜け出せると、普通の女の子のようになれると。
淡い期待を抱いていた。
抱いてしまっていた。
その結果がコレだ。
自身の至らなさが、関係のない連中を巻き込んでしまった。
「・・・・分かっている。あたしにゃ
苦い顔で、言い聞かせる。
もう留まっている理由はない。
今度こそ、次の敵を求めて走り出した。
ほどなくして、新しい群れを発見する。
躊躇いなく銃口を向け、発砲。
あっという間に取り囲んだ群れを、あっという間に蹂躙していく。
「―――――ッ!?」
しかし、心のどこかに焦りがあったのだろう。
わずかばかりの隙が生まれてしまう。
そこに運悪くノイズが突っ込んできた。
咄嗟に身を翻し、ガトリングを押し当てて鉛玉を浴びせる。
それで終わったかと言えば、そうではなく。
「っは、ご・・・・げほッ!?」
至近距離でぶちまけられたからだろう。
粉末が喉に入り込み、盛大に咽るクリス。
歌が、途切れてしまった。
シンフォギアの調律機能が断たれ、攻撃無効の優位性を取り戻したノイズ達。
ここぞといわんばかりに、一斉にクリスに押し寄せて、
「―――――はあッ!!!」
衝撃。
隆起したアスファルトに阻まれる。
続けて来た第二陣も、同じように防がれた。
「二人とも伏せなァッ!!!」
鋭く響く、最近聞きなれた声。
刹那、クリスは庇うように引き倒される。
「―――――ボルク・レーゲンッ!!!」
空を裂く、一条の赤い光。
上空まで達した光は、夜明けのような紫の三角陣を展開する。
一拍沈黙、直後。
弾ける様に、赤い刃を雨あられと降り注がせた。
「な、何が・・・・!?」
「怪我は?」
「ね、ねえ、けど・・・・」
助け起こされながら、辺りを見渡すクリス。
見上げると、弦十郎がほっとした顔でこちらを見下ろしていた。
すぐ傍で物音。
着地した遥が、得物を納めているところだった。
彼女が振り返る。
血気迫った表情で、肩を怒らせながら歩み寄って、
「こ、んの・・・・バカッタレがッッ!!!!!!」
盛大に、頬を引っぱたいた。
地面に倒され、困惑するクリスの胸倉を掴み上げる。
「勝手に飛び出してって!勝手に危ない目にあって!死んだらどうするつもりだった!?」
優しさなんてほど遠い顔。
だけど、クリスを心から嫌っているわけではない声。
「せっかくあの女狐から逃げられたんだ!!もうちょい自分を大切にしろよ!!!」
肩を揺さぶり怒鳴りつける姿は、さながら懇願しているようで。
「・・・・~~~~~ッ」
だからこそ、
「ざっけんな!!」
「・・・・ッ」
クリスはその手を叩き落とす。
「何が大切にしろだ!!!恩着せがましく『逃げられた』何ていいやがって!誰が助けてくれって頼んだよ!?ええ!!?」
立ち上がり、後退して距離を取る。
反撃に少なからず驚いているらしい遥と、成り行きを見守っていた弦十郎を睨みつける。
「この際だから、はっきり言ってやる!!あたしは大人が嫌いだ!!死んだパパとママも大ッ嫌いだ!!」
頭を抱えて、喚き散らす。
「とんだ夢想家で臆病者!!あたしはあいつらと違うッ!!」
子どもっぽいのは重々承知している。
それでも、沸きあがる激情を止められそうにない。
「歌で世界を救うだァ!?いい大人が夢なんか見てんじゃねーよ!!!!」
「・・・・そいつがお前の言い分か」
頃合を見計らった弦十郎が、静かに問いかけた。
「おうとも!本当に戦争を無くしたいのなら、戦う意思と力を持った奴を片っ端から潰していけばいい!!その方が確実で効率的だろ!?」
「なら聞くが、お前はその方法で本当に争いを無くせたのか?」
さらに問われて、クリスは言葉を詰まらせた。
喉を鳴らして押し黙ると、静かに周囲を見渡す。
風に舞う炭の粉。
幸いここにあるものは全て、片付けられたノイズのものだが。
クリスは思い出す。
ついさっきの、黒い遺体を。
・・・・頭が冷えたことで、思考が上手く働くようになった。
そうだ、そうだった。
そもそも『あの女』が、ノイズを操る術を手に入れられた理由。
操るための完全聖異物を起動させた、歌。
歌ったのは誰か?
他でもない、クリス自身だ。
「いい大人は夢を見ないといったが、それは違うぞ」
俯いた彼女に歩み寄り、諭すように肩に手を置く弦十郎。
「大人だからこそ夢を見るんだ」
目を見開き、弾かれたように見上げるクリス。
瞳を真っ向から見つめ返しながら、彼は続ける。
「大人になりゃ力も着くし、財布の中の小遣いもちったぁ増える。子どもの頃見るだけだった夢も、かなえるチャンスが増える」
一呼吸、間を置いて。
「―――――夢を見る意味が、大きくなる」
はっきり、断言する。
「お前の両親は、ただ夢を見るためだけに戦場に行ったのか?違うさ、『歌で世界を平和にする』って夢を叶える為に、自らこの世の地獄に踏み込んだんだ」
「・・・・なんで、そんな」
呟くような疑問に答えたのは、遥だった。
「そんなん決まってるじゃない、あんたに見せたかったのよ・・・・『夢は叶う』っていう現実を」
束の間沈黙したことで、いくらか冷静になったらしい。
気まずそうに頭をかいてから、クリスの顔に手を添えた。
じんわり響くような温もりが灯り、痛みが退いた。
「子どもが自由に夢を見られない世界ってのは、案外大人も寂しいものよ?」
『ほっぺた、ごめんなさいね』と付け加えながら頭を撫でて、いたずらっぽくウィンク。
「・・・・あんたも、おっさんも、物好きだな。こんな奴に構うなんて」
「お生憎さま、もう性分だからねぇ。風鳴司令もそうでしょう?」
「ですな、甘いのはもうどうにもなりません」
遥の問いに、苦いながらも豪快に笑う弦十郎。
そんな二人のやり取りがなんだか面白くて、クリスも思わず笑みを浮かべた。
「しかし、『子どもが夢を見られない世界は、大人も寂しい』ですか。中々いいことをおっしゃる」
「友人の受け売りですから、褒め言葉は彼女に会えたときにでも言ってあげてください」
「なるほど、とてもお優しい方のようだ」
「ええ、自慢の幼馴染――――」
はにかんだ笑顔が、急に消えた。
続けて辺りを忙しなく見渡し始めた遥に、弦十郎が首をかしげる。
「・・・・まさか・・・・・・まだ来ようっての・・・・!?」
「お、おい・・・・?」
「司さん?」
二人分の訝しげな視線に気づくことなく。
顎に手を当てて俯き、考え始めてしまった。
「・・・・ッ」
ほどなくして顔を跳ね上げる遥。
空の一点を、注意深く睨みつける。
―――――今の彼女には、彼女だけが感じ取れるものを感じていた。
邪な『力』の、はっきりした脈動が。
「なあってば、一体何が・・・・!?」
『――――――司令ッ!!!』
クリスが遥の背中を叩いたタイミングで、弦十郎に通信が。
「どうした?」
『今、響ちゃんの友達からSOSを受け取ったのですが、現場に高エネルギー反応が・・・・!!』
『ノイズともアウフヴァッヘンとも違う!!これは一体なんなの・・・・!?』
藤尭の困惑した声と、了子の悲鳴。
次の瞬間。
空高くを、青白い光が貫いた。
「な、んだ・・・・ありゃぁ・・・・!?」
荘厳なようでどこか恐ろしいそれに、クリスが釘付けになっている後ろ。
「ッ東方の王、西方の王、南方の王、北方の王」
遥が徐に陣を展開し、『力場』を発生させる。
「集いて閉じよ、永劫の監獄。余人は大いに嗤いながら去ね」
ゲイ=ボルグで地面をなぞって、石突で突く。
溢れるように広がる力は突風となり、街の隅々を駆け巡って。
やがて、沈黙を生み出した。
「い、今のは・・・・?」
「・・・・ここら一帯を切り離しました。すみません、事態が終息するまでは、通信が効かないと思います」
言われた弦十郎は、試しに二課へのコンタクトを試みる。
耳元の通信機は、だんまりを決め込んでいた。
「何が起こっているんです?あの光は一体・・・・?」
「・・・・端的に言うのなら、『こちらの案件』ですね」
光が昇った方向を見据える遥。
瞳は、鋭く研ぎ澄まされていた。
◆ ◆ ◆
「今のって、師匠の・・・・!?」
先ほどのタコも含め、ノイズを片付けきった響。
空気が変わり、人気のなくなった寂しい空間を見渡す。
「司、今のは・・・・?」
「師匠が張った人払いの結界です。多分、さっきの光が師匠の回収対象だったんだと思います」
問いかけた翼は、響の答えに納得する。
聖遺物の中でも、特に暴走の危険のあるものを優先的に確保・封印する。
それが響より聞かされた、魔導師の役割だったはずだ。
「しかし結界と来たか、大掛かりなことをする」
「一般人に騒がれないための処置というか、なんというか。人がいないので、割と遠慮なく暴れられるんですよ」
『そんなことより』と、響が眉をひそめる。
「こんなに広範囲に展開したってことは、よっぽどヤバい代物かも知れません」
「・・・・穏やかではないな、どういうことだ?」
首をかしげる翼に、響は再び説明する。
響が覚えている限りだが、遥は街一つを覆うほどの結界は苦手としていたはず。
展開出来なくはないが、どうしても一般人を一部取りこぼしてしまうため。
安全面の理由から、基本的人任せにしていたのだ。
「そんな司女史が、デメリットを承知で張ったということは・・・・なるほど、あまり気を抜いていられないということだな」
「はい、もうそろそろ避難の協力を要請されると思うんで、出来たら翼さんも手伝ってくれると助かります」
「ああ、分野が違うとは言え、同じく人の守護を目的とする同士。協力は―――――」
『惜しまんよ』と、続ける前に。
二人の視界に、何かが降り立つ。
「な、何・・・・?」
突然の来訪者に、響も翼も思わず身構える。
土煙が晴れた場所、立っていたのは。
「――――――みく?」
どこかシンフォギアに似た、尋常ではない装いの未来。
響に名前を呼ばれ、顔を綻ばせる。
「ひびき、みつけた」
大きく開いた胸元。
青い宝石が鼓動を刻んだ。
???「神獣鏡かと思ったかい?わしじゃよ」