朝、ミッドチルダ。
司邸の食卓には、響以外の全員が揃っていた。
響は試験の受付が早くにある上に、会場が遠くにあることもあり。
既に外出している。
なお出かける際、未来が『いってらっしゃい』のキスをした現場を。
ティアナに目撃されるという出来事があったが。
全くの余談である。
「そういえば」
談笑しつつの朝食。
その最中、チーズオムレツに舌鼓を打っていた翼が、ふとティアナに目をやる。
「昨日、一昨日と結局聞けず仕舞いでしたが、ランスター女史は何故、司女史に師事を?」
「あー・・・・やっぱり気になるか」
翼が質問したことで、他の二人も『そういえば』とティアナを注視する。
昨日の訓練でも見たが、そもそもティアナの武器は両手の拳銃と幻術。
遥仕込の体術も使って見せたが、ガンナーらしく射撃が目立った。
遠くから狙い撃つティアナと、突っ込んでド突き合う遥。
対極な二人の接点が、翼にはどうにも掴みづらかった。
ティアナも客観的にそう見られているのは自覚していたようで、苦笑い一つ。
そして、ぽつりと零す。
「恋人だったのよ、兄の」
――――時が、止まった。
特に気にしない様子のティアナは、何食わぬ顔でコーヒーを一口。
直後、
「な!?」
「えぇっ!?」
「はぁっ!?」
「予想通りのリアクションありがとう」
『恋人』だなんて予想外に甘い響きに、再起動した面々はぎょっとなったり立ち上がったり。
そんな子ども達を微笑ましげに見ながら、ティアナは続けた。
「まあ、実際のところは『両片思い』ってやつだったのかな。特に公言したわけでもないけど、周りが見て分かるくらいには意識してたと思う」
「な、何だか意外です・・・・」
「そりゃあ、『狂暴』だの『女帝』だの言われてるし、驚くのも無理ないけど」
『あの人だって女の子だった』と呟いて、サラダのプチトマトを食べた。
「まだ小さかったあたしのことも、邪見にせず可愛がってくれてね。『姉さん』と兄さんと、三人で出かけたことが多いくらいだった」
「なるほど、その頃から子どもには優しかったのですね」
懐かしそうに思い出を語るティアナの顔は、本当に幸せそうで。
だからこそ、危うく違和感を見逃すところだった。
「・・・・あ?でも『だった』って、何で過去形?」
「兄さん、亡くなってるのよ。十年以上前に」
特に隠すことでもなかったのか。
クリスの疑問に、こともなげに即答した。
『亡くなった』、つまりはもうこの世には・・・・。
「もう言ったでしょ?十年以上前の話なんだから、とっくに乗り越えてるわよ」
暗くなりかけた雰囲気を、ティアナが『そんなことより』と笑って吹き飛ばす。
「っていうかむしろ、その後の姉さんの暴れっぷりの方が印象強すぎるというか」
「また暴れたのか、あの人・・・・」
げんなりしたクリスに苦笑いで同意しながら、想起するように虚空を見つめた。
「そもそもの死因が、犯罪者に返り討ちにあったって奴でね。しかもそれが『海』・・・・実際に異世界に渡る連中の獲物だったから、葬式で罵られたのよ。『陸の面汚しだ』って」
「そんな・・・・!」
『海』。
時空管理局で言うところの『次元航行部隊』。
管理局の本部を中心とした『花形』とも言える部隊で、組織の中でも大きな力を持っている。
そのため、治安維持のための予算も人材も『海』が優先となり。
ミッドチルダを守る『地上部隊』は、少ない予算と人員で治安を守らねばならなかった。
今は大分改善されているらしいが、昔はそういった背景のある『溝』が深かったらしい。
「なるほど、それは司女史でなくても憤りますね」
「確かに、ブチ切れてもしゃーねぇ」
大切な存在を罵られれば、翼やクリスだって似た行動を取るだろう。
実際に家族や相棒を失っているからこそ、共感できる。
響を失いかけた未来もまた、力強く頷いていた。
「一応言っておくと、師匠も最初は堪えてたのよ?『墓前だし、騒がしくするのは』って。でも、耐えてたあの人にゴーサイン出したのが、葬式やってくれた神父様だったの」
曰く。
『神前で暴れるのは良くないが、人々を守るために倒れた者を罵るなど言語道断』
『一発くらいなら、神も目を閉じて許してくれることでしょう』
とのこと。
「なんつーか、その神父も大概だよな」
「両親がいないこともあって、兄さんが管理局に入るまでお世話になってた人でもあったから。神父様でも、頭に来るときはあるのよ」
そう、コーヒーを飲み干した。
「で、天涯孤独になったあたしを師匠が引き取って、今に至るってところかしら」
「そうだったんですか」
聞けば、一時期日本に住んでいたこともあるらしい。
そのため、ノイズの知識もある程度は持っているのだとか。
「兄さんから引き継いだ『ランスターの弾丸』と、師匠が教えてくれた『司の拳』。この二つで、あたしは強くなろうって決めたの」
もう二度と、兄のような悲劇を生まないために。
握った自らの手を見つめる眼差しは、優しさの中に確かな決意があった。
我に帰ったティアナは、恥ずかしそうに口に手を当てる。
「って、やだ。何だか語っちゃったわ」
「そんな、とても参考になるお話でした」
同じく『守ること』を役目にしている同士として、そしてその役目の先輩の体験談として。
翼は微笑みながら首を横に振り、素直な感想を口にした。
何だか照れくさくなったのか、ティアナは誤魔化すようにパンを頬張ると。
「ん?」
着信音が鳴る。
どうやらデバイスに通信が入ったらしい。
あとわずかだった朝食を急いで食べ切った彼女は、一言断って席を外した。
「・・・・響は」
食事を再開しようとしたところで、未来が呟く。
「響は、何で強くなろうと思ったのかな」
『誰かの涙を拭いたい』という信念は聞いている。
だが、その根源は何なのか?拭うだけなら戦わなくともいいのではないか?
ティアナの話は興味深いと同時に、未来に新たな疑問を抱かせた。
・・・・響が遥に出会ったのは、未来の許を去ることになった『あの日』。
はっきり聞いたわけではないが、話を聞く限りはそうであろうと推測出来る。
その時に何を思ったのか、何を願ったのか。
無邪気な笑顔に、清閑な顔つきに隠しながら。
響は『それまで』について、あまり語ってくれなかった。
「――――――ゴメン!」
暗い空気を払拭するように、ティアナの声がかかる。
「これから出勤しなきゃ行けなくなった、今手の開いてる人いないらしくって」
『ご勘弁!』だなんて両手を合わせ、言葉通り申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「それは構いませんが、一体何が?」
『―――――それでは、次のニュースです』
只ならぬ様子に、翼が思わず問いかければ。
ティアナの代わりに、テレビが答えてくれた。
『《黒炭事件》の、新たな犠牲者が発見されました。犯行は今日未明と見られ――――』
テレビ画面には、地球でもよく見る立ち入り禁止のテープと、何事かと集まる野次馬達。
そして現場検証を行う捜査官達で、物々しい雰囲気が漂っていた。
「これか?」
「そう・・・・こないだの騒ぎで、ミッドが今不安定なのを突かれててね。こういうのが増えてるのよ」
「それは・・・・」
幸い、翼達が今日訪れる予定の『八神家』とは反対方向らしいが。
物騒な話題に、顔をしかめざるを得ない。
「本当は、こういうときこそあたしみたいなのが同伴できたら良いんだけど・・・・」
「それなら問題はありません、私も雪音も腕は立ちますし、こちらでシンフォギアを扱う許可も得ています。そうそう危機的状況にはならないかと」
「だな、むしろこっちがぶっ飛ばしてやるさ!」
心配げなティアナに、頼もしく返事をする翼とクリス。
「それに、こういうときのために行き方も教えてもらってますから、大丈夫ですよ」
「・・・・ここまで来たら、心配するほうが野暮か」
未来にもダメ押しされたとあっては、折れるしかなかった。
「じゃあ、くれぐれも気をつけること、危なそうなとこには極力近づかないようにね」
「はい」
「心得ています」
「ま、覚えとくよ」
「うん、よろしい!」
素直な返事に満足げに頷いたティアナは、いそいそと出勤の準備に取り掛かった。
◆ ◆ ◆
昼時、魔導師試験場。
推薦状により筆記を免除された響は、代わりに午前・午後と実戦試験を課せられていた。
午前の内容はタイムアタック。
制限時間はもちろんのこと、破壊してはいけないターゲットや障害など、決められた条件を厳守しつつ。
ゴールを目指すというものだった。
日常的に民間人を助けている響は、これを難なくクリア。
文句なしの高得点を記録した。
「いっただっきまーす」
今は昼食休憩の最中である。
未来が作ってくれたお弁当を、幸せそうに頬張る。
いつもながらおいしい料理に、一人舌鼓を打っていると。
「―――――うまそーだな」
「へ?あっ!!」
不意に声がかかったと思ったら、唐揚げがさらわれていった。
『愛妻弁当』を取る不届き物はどこのどいつだと、顔を上げれば。
半年振りに見る、快活な笑顔。
「モルド!」
「はは、実はオレも今日が試験。黙ってた甲斐があったぜ」
言うとおり、いたずらが成功したと笑う彼女は、『モルド・クラン・コールブランド』。
小麦のような金色の髪に翡翠の目。
青春を共にした、竹馬の友であると同時に。
互いを刺激し切磋琢磨する、良い
「っていうか、わたしのからあげー!」
「悪ぃって、代わりにオレのハンバーグやるから」
「むぐッ!?」
抗議の声を上げたが、口にハンバーグを放り込まれては黙らざるを得ない。
隣に座る友人をねめつけながらも、もらったハンバーグはしっかり味わう。
噛めば噛むほど広がる肉の旨みに、玉ねぎの甘さとケチャップベースのソースが、実にマッチしていた。
「メールは見た、一昨日はどっちもこれなくて悪かったな」
「んむ・・・・騎士団のお仕事に、その応援。忙しかったならしょうがないよ」
珍しく申し訳なさそうに眉をひそめるモルドに、首を横に振って許しを伝えた。
「さんきゅ・・・・でも、ま」
「な、何?」
薄く笑って受け入れた彼女は、感慨深そうに響を凝視する。
「お前、やっぱ変わったよな」
「それヴィヴィちゃん達にも散々言われてるよ、そんなに劇的なビフォーアフターなわけ?」
「あのなぁ・・・・」
不満そうにこぼす響にため息をついたモルドは、端末を操作して写真を表示。
「『これ』が『こう』なるって、誰も予想しねーっての!」
到着した日に送った写真と一緒に突きつけられた一枚には。
酷く落ち着いた、良くいえば大人っぽい控えめな笑みを浮かべる響の姿が。
未来達と一緒に写っている、弾ける様な明るさなど微塵も感じない。
対照的な表情だった。
――――モルドが覚えている限り。
隣に座る
失ったからこそ、これから手に入れるであろうものを守り抜くために。
『失う恐怖』に怯えなくていいように、まずは自分を叩き上げる。
そんな目標に突っ走っていたから、笑う余裕はあまりなかった。
だから今でも、物静かに強さを突き詰めていると思っていたのだが。
「別に悪いっつってるわけじゃねえけどさ、たった半年でこうなったら『何事か』ってなるもんさ」
肩をすくめながらおにぎりを頬張るモルドに、響は少し考えてから。
「んー、やっぱり未来のお陰かなぁ」
さほど迷わず、そう答えた。
「ミクってあれか、お前がよく話してくれた友達」
「今は恋人だよー」
「あー、そうだった」
・・・・普通に『同性愛』を肯定しているこの光景。
思いやりのある人間には心配されそうであるが、ミッドチルダではさほど問題は無い。
理由としては、やはり様々な文化が出入りしていることが大きいだろう。
『珍しいっちゃ珍しいけど、騒ぎ立てるほどじゃないよね』というのが、共通している認識だった。
「未来が覚えてくれたから、諦めずに待っててくれたから・・・・だからあっちをふるさとだって認識できたし、帰ってきたんだなぁって思えたんだ」
「惚気か?おあついこって」
「んふふー」
どこか自慢げに笑ってみせる響に、モルドは呆れた笑みを浮かべた。
「そういや、午後は一対一の試合だったな」
話題を切り替え、午後の課題のことを切り出す。
「うん、勝敗は関係ないみたいだけど・・・・やっぱり負けたくないよね」
「だよなぁ」
メインに見るのは戦闘技能のため、予め勝敗は関係ないと通達されている。
だが勝ち負けが生死に直結するような現場に居るものとして、敗北はあまりよろしくないというのが感想だった。
「あたったらどうする?」
「もちろんぶった斬る」
「ですよねー」
口調は軽かったが、浮かべた笑みは人斬りそのもの。
懐かしい表情を見た響の顔にも、獰猛な笑みが浮かぶ。
「精々斬られんなよ?」
「そっちもブチのめされないようにね?」
「ぬかせ」
食べ終えた弁当を包みなおした二人は、拳を付き合わせた。
やりすぎたスマンな要素第一弾、モルドの登場です。
持ってきたお弁当は妹さんお手製。
ビジュアルイメージは『CV沢城』と言えば、おそらく伝わるかと・・・・。