「ちょっと、もう少しゆっくりしてけばいいじゃない!」
玉狛支部の門前、そこで小南が一つの抗議を上げる。
「まあまあ、来宮さんだって予定があるんだから」
「でも、模擬戦だってはんぱなのに、モヤモヤするでしょ!」
「そもそも、本人無視して引っ張り込んだのは誰だったかなー」
「むぐっ」
嗜める宇佐美の言葉になおも不満気な小南だが、自らの行動を指摘されて言葉に詰まる。
「……小南先輩は勝ち逃げされたくないだけだよね?」
「なっ!?」
追い打ちに緩い表情で弟子に図星を突かれれば、そこへ恥ずかしさまで追加され、彼女は来宮と空閑を慌てて見比べる。
見かねて来宮が言葉を挟む。
「2人とも、ひとまずそこまでで、すみません、小南さん、どうしても外せない予定でして」
彼に困った様な笑みを向けられ、小南も仕方ないわねと矛先をおさめる。その後ろでニヨニヨと笑う2人の様子に、また彼女は弄られるのだろうなと、内心で苦笑いしてその場をあとにするのだった。
*
『ゲート発生、ゲート発生』
ボーダー本部中央。そこにアナウンスと共に放電に似た音を鳴らし漆黒のゲートが開く。
『遠征艇が着艇します、付近の隊員は注意してください』
独特のフォルムの遠征艇が地に足を着け、城戸派一党が見守る中、トップチームが帰還を果たした。
*
「ん〜」
少し懐かしさを感じる作戦室。慣れ親しんだその空間で、国近柚宇はひと伸びした。
前回の遠征同様の任務報告、それにしては少し時間がかかっていることにふと気づき、時計を見つつ小首を傾げる。何か問題でもあったのかなと独り言ちたその時だった。
コンコンと軽やかなノックが響く。
不意のことに思わずビクリと肩を跳ねさせ、一呼吸おいてそれに応える。
「ほーい、どちらさまでしょうか?」
「今、大丈夫ですか?」
その緩やかな声に、落ち着きはらった声が返る。途端に彼女は扉へ駆け寄り顔を出す。
「おかえりなさい、ユウさん」
赤茶の髪を揺らす姿を視界に収め、黒髪から覗く瞳が緩められる。
「ただいま、キノさん」
そんな来宮の様子に、国近は眠た気な目を細めて笑みを咲かせた。
2人はそのまま作戦室に入り、隣り合ってソファに座る。
「……ここに来るのは、久しぶりな気がしますね」
「うん、ほんと、久しぶりだよねぇ」
いつかの様な冗談交じりなどではなく、ポツリ、ポツリと言葉が零れる。
そこから数秒か、はたまた十数秒か、心地よい沈黙が続くなか、それを振り切る様に来宮が口を開く。
「ユウさん」
変化は僅か。けれども確かに真剣味を帯びた声音に、国近は表情を改めて来宮へ顔を向ける。
「……お願いしたいことがあります」
ただならぬ予感、聞き逃してはならないと、彼女は耳を傾けた。
*
「ネイバーが玉狛支部に入隊!?なんだそりゃ!」
当真勇は困惑して声をあげる。
帰還報告後早々の新たな任務、こちら側へやってきたという人形ネイバー、それの所持するブラックトリガーの確保というのはまだいい。しかしそのターゲットがボーダーに入隊とは、聞き間違いかと思わず口を突いて出た。
それに対して、玉狛の技術者は元々ネイバー、あり得ることだろうと返した風間蒼也は続ける。
「今回の問題はネイバーがブラックトリガー持ちだということだな、玉狛にブラックトリガーが二つとなれば派閥間のパワーバランスが崩壊する」
顔の傷をなぞり城戸正宗がそれに頷き、太刀川、当真、風間を見据える。
「そうだ、それはけして許されない、お前たちには何としてもブラックトリガーを手に入れてもらう」
衝突がほぼ確定的な玉狛の面々、ボーダー最強の部隊に風刃と件のネイバー。トップチームといえども全て相手取るには現実的ではない戦力。
木戸の言葉を皮切りに、上層部、現状を知る三輪、奈良坂も加わり、作戦の大枠がまとまっていく。
そんななか、不意に太刀川が言葉を挟んだ。
「今夜にしましょう、今夜」
余裕のある笑みからの一言。目標の特性を考慮した判断に、城戸派の動きが加速する。
*
深夜の警戒区域。
虫の音さえ止むゴーストタウンをトップチーム、三輪隊の混成部隊が直走る。
「おいおい三輪、飛ばしすぎじゃないか?着く前に疲れちゃうぜ」
先導する三輪に、軽い調子で太刀川が声をかける。
やっぱりこの人は苦手だ。
日中のやり取りでも感じたものに、三輪は内心で呟く。飄々とした掴み所のない雰囲気。彼の醸し出すそれが、何故か昔から苦手だった。
「止まれ!!」
思考の最中、太刀川が突然静止を呼びかけた。
耳障りな摩擦音を鳴らし、全員が急制動をかける。そして向けた視線の先には、1人の青年の姿があった。
「やあ、皆さん、こんな夜中に精が出るねー」
迅悠一。ブラックトリガーを所有する、玉狛支部の最高戦力。
「なるほど、そう来るわけか」
静かに待ち受ける彼の様子に、太刀川は一つ頷き、その横で三輪が声を荒げる。
「迅っ!また性懲りも無く」
邪魔をするのか。
三輪がそう続けようとするのを太刀川が手で制し、迅に視線を向ける。
「今、俺たちの前に立ち塞がるってことは、その目的も、もちろんわかってるわけだ?」
「うちの後輩にちょっかい出そうっていうんだろ?生憎と、それをやらせるほど緩くはないつもりでね」
ニヤリと笑う太刀川に対して、迅は相変わらず飄々としたまま応える。続いてそこへ、徐に風間が歩み出た。
「模擬戦、ランク戦外の隊員同士の戦闘はボーダーでは禁止事項に当たる。厳罰を受けるその覚悟があると捉えていいんだな?」
冷淡な警告。
「風間さん達だってそうだろ?」
「なに?」
対する迅が問い返し、それに風間が眉を顰める。
「あいつは正式な手続きを踏んで入隊した、立派なおれ達玉狛の後輩だ、それでもこと構えるっていうならそっちこそ、その覚悟があるんだろう?」
排除するべき対象を擁護する言葉。三輪の憤りが一層深まり、叫ぶように吐き出された。
「ふざけるな!ネイバーを匿っている方便だろうが!!」
「ネイバーの入隊が不可能なら、そもそもうちにエンジニアはいない、それに今言ったはずだ、正式な手続きで入隊したってね」
「いいや、残念ながらそいつはまだ野良ネイバーだぞ?」
暖簾に腕押し。柳に風。そんな様相の問答に、太刀川の声が割って入る。
自然とそちらに視線が集まった。
「本部の正式入隊日は1月8日、それまでなら、俺たちがその後輩を狩ろうとなんら問題ないわけだ」
相手の正当性を示す言葉。しかし迅の表情は揺るがない。
「たとえそうだろうと、実力派エリートとして、渡すわけにはいかないな」
「あくまで抵抗を選ぶか、遠征部隊に選ばれる意味、それを理解していないおまえではないだろう、それでもなお勝てるつもりか?」
「いくらなんでもそこまで自惚れられないさ、トップチームにA級7位の三輪隊、おれが風刃を抜いてもいいとこ五分」
何度目かの風間の問いにかぶりを振り、そこで迅は笑みを浮かべた。
「けれどそれは、おれ1人の話だ」
敵はおれ1人ではない。
暗にそう告げたタイミングで、3つの影が廃屋に降り立つ。赤の隊服を纏う黒髪の青年が、爽やかな声音で名乗りを上げる。
「嵐山隊、現着した。忍田本部長の命により、玉狛支部に加勢する!」
「嵐山隊だと!?」
嵐山、時枝、木虎の3人を目に、三輪が驚愕を見せる。
「すまないな迅、遅くなった」
「いや、いいタイミングだ、嵐山」
「…………嵐山隊、忍田本部長派と手を組んだか」
迅と嵐山、二人のやり取りを目に太刀川が呟く。
派閥間のパワーバランスは完全に覆り、城戸派にもはや猶予はない。風間が焦りを滲ませる。
「おれと嵐山隊が組めば、はっきり言ってこっちが勝つ、おれのサイドエフェクトがそう言ってる」
一転して不利となった戦力差。迅の通告に、しかし太刀川は好戦的な笑みを見せる。
「おもしろい、久々の本気ってわけか」
かつて渡り合った好敵手。降って湧いた再戦の機会。逆境という燃える展開も手伝い、太刀川の感情が昂る。
「…………おまえの予知、覆したくなった」
戦意の滲むその言葉を皮切りに、各々に武器に手をかける。一様に臨戦態勢に入ったその時だった。
「今回ばかりは、覆されては困るんですよ」
レーダーに映る新たな影。
風に乗り、一つの呟きが耳を振るわせる。
それにつられて見上げた先には、腰だめにキューブを構え、宙を舞う来宮の姿。
「回避!!」
風間が叫ぶとほぼ同時。
「ギムレット」
光の雨が降り注ぎ、その咆哮が開戦を告げた。