「一体どうなっとるんだ!!」
会議室に鬼怒田本吉の怒声が響く。
上層部が集うボーダー本部の中枢。
ガラス越しに望む三門の街を背に粛々と議題を論じるはずのそこは今、緊張につつまれていた。
「迅の妨害によるトップチームの潰走!由々しき事態だが今の問題はそんなものではない!」
荒げた声はそのままに机に手を叩きつけ、ことの元凶をこれでもかと睨みつける。
「嵐山隊、そして来宮が玉狛についたのはなぜだ?なぜネイバーを守ろうとする!?答えろ忍田本部長!!」
「なぜ?」
腕を組み、黙して語らなかった忍田が口を開く。
「それはこちらの台詞だ、なぜ論議を差し置いて強奪を強行した?私ははっきりと反対だと述べたはずだ」
静かな、それでいて重さのある声音。
「相手は有吾さんの子、今後もまた刺客を差し向けるならば嵐山隊や来宮ではなく、この私が相手になるぞ、城戸派一党」
明確な敵意を乗せた言葉に鬼怒田、そして根付がたじろぐ。
「なるほど……ならば仕方あるまい、次の刺客には天羽を出そう」
静かな怒りに冷淡に返す城戸。上げられた刺客の名に一様に目を剥く。
「まっ、待ってください城戸司令、彼を表にだすとボーダーのイメージが……戦闘時のあの姿は少々人間離れしておりますし、万が一人目に触れればどんな追求があるか……」
焦る根付が思わず声を上げる。
天羽月彦。今回城戸派に立ちはだかった迅悠一と双璧をなす、もう1人のブラックトリガー使い。
戦闘力のみならば迅を凌ぐというその隊員への抜擢は、素行、戦闘時の異形と破壊能力、それらが一般の目に触れるリスクを考えれば余りに危険な選択だった。
「トップチームを退ける迅の風刃にノーマルトリガー最強の忍田本部長が加わるとなれば、こちらも手段を選んでなどいられまい」
「城戸さん……街を破壊するつもりか」
街と市民の安全を第一とする忍田には受け入れがたい凶行。
一触即発の空気。
「失礼します」
唐突に開かれた扉がそれを断ち切った。
「いやー、会議中にすいませんねぇ、皆さん」
「迅!?きさまよくもぬけぬけと……」
捲したてる鬼怒田を城戸が手で制し、変わらぬ表情で見据える。
「何の用だ迅、我々に宣戦布告でもしに来たか?」
「いやいや、そんな物騒なことじゃないよ、もっと穏やかな交渉を一つね」
剣呑な城戸を飄々と受け流し迅が告げる。交渉の言葉に城戸は眉を顰める。
「交渉だと?」
「ああ、うちの後輩、空閑遊真のボーダーの入隊を認めていただきたい」
「何ぃ!?」
またも声を荒げる鬼怒田を横目にユルくため息を吐く。
「太刀川さんが言うには、本部が認めないことには正式な入隊にならないらしいんだよねぇ」
「私が、そんな要求を飲むと思うのか?」
「もちろんタダ入れてくださいじゃ、虫が良すぎるのは分かってるよ」
口にしながら、迅が徐にホルダーから懐刀に似たそれを取り出し机に置いた。
ゴトリという音がやけに響く。
かわりにこっちは
上層部の面々が驚きを露わにし、城戸でさえも表情を動かす。
備え伏せてきた第二の手札、そのための根回し、そのための争奪戦。
迅悠一がカードを切る。
*
「お、やっぱりここか、お二人さん」
自らの所属する作戦室に顔を出し、出水が先客へ声をかける。私服姿で横になる来宮と、その対面のソファでパーカー姿で携帯ゲームに勤しむ国近。はたと出水に気付いた彼女が応える。
「あ、出水くん、お疲れ様〜」
「さっきの今でも緩いねー、柚宇さん」
「およ?オペレートばれてた?」
「菊地原と歌川の奇襲で眉ひとつ動かさない、いくら来宮さんでも落ち着きすぎだって」
国近は出水の指摘に関心して声を漏らす。
「流石だね〜、でも出水くんも太刀川さんもあんまり驚いてなかったよね?」
自分以外に告げるはずのない参戦。経緯を聞き、彼を慕うからこそ国近は受け入れたが、何も聞かされず敵対した2人は、何の動揺も見せていなかった。
「ああ、それね、柚宇さんと似たようなところもあるけど、太刀川さんは同期で知ってたし、おれもそこから来宮さんのスタンスは聞いてたからね」
隣に座り出水が答える。
「忍田本部長派ってこと?」
眠る本人に視線を向けて彼が頷く。
「おれ達太刀川隊とはよくつるむし、あの境遇のこのひとだからね、おれも最近まで城戸司令派だと思ってたんだけど」
「ちょっと意外だよね〜」
引き継いだ国近の言葉に頷こうとして首を傾げる。
「ちょっとなんだ?」
ガチガチの復讐思考に向かっても違和感のない境遇。しかし彼女の印象はまた違うらしい。
「キノさんってやっぱりやさしいからね〜、復讐って感じじゃない気もするし、それにね?ネイバーを見るときに一瞬だけ苦しそうな顔するんだよ?」
もし復讐に燃えるなら、三輪の様にもっと鋭い雰囲気を纏うのではないかと言う国近。
よく見ている。
率直な出水の感想だった。
後半に関しては、隣に立つ機会の多い自分よりも画面越しの彼女の方が見えている。来宮のそんな表情など気づきもしなかった。
「それも最近は減ってきてるから、そんなに心配してなかったんだけとね〜」
下がる眉尻、 過去形の言葉。彼女の新たな心配事。
「あー、やっぱり使ったんだ」
「ん、それもギリギリで」
気持ちを察せない彼ではないだろうに。
出水は、土壇場の強情さと無茶さ加減に来宮は相変わらずなのだと、乾いた笑みを浮かべる。
「…………ますます目が離せないよ」
ポツリと零れた言葉を耳にし、出水がおや?と思う。以前なら緩い笑みでしょうがないな〜と許していた場面だ。
「?、どうしたの〜?出水くん」
視線を感じて小首を傾げる国近。
「いんや、なんでもないよ、柚宇さん」
そんな彼女に一言返して、出水が立ち上がる。
「もう行くの?」
「2人のお邪魔だろうからね〜」
「も〜、キノさんとはそんなんじゃないよ〜」
悪戯っぽく笑う彼に、返すのは緩く軽い普段の声色。しかし、スッと国近の頬に仄かな朱が差す。
「あはは、冗談だって、じゃあまたね」
それを目にして、ヒラヒラと手を振り出水は作戦室を後にした。
国近柚宇と来宮静間。自身の慕う2人のささやかな進展。
もしこれも実力派エリートの予知のうちだとするなら、今回の騒動は案外悪くないかもしれない。
思考を巡らせ、1人廊下を歩く出水公平。今の彼の足取りは、心なしか軽くみえた。