茜から紫紺へ。水彩が溶けるように変わりゆく夕空が広がる。
淡い三日月が見下ろす三門の街並み。そのなかを来宮と国近はゆったりと歩む。
見慣れたグリーンのモッズコートを纏う青年を、国近は隣から盗み見た。
黒髪から覗く瞳は夕陽に細められ、穏やかな表情に、数刻前に見せた影はない。
彼の過密な防衛シフトがよぎる。
イレギュラーゲートの一件では、非番のときでさえ撮影スポットの探索と称して、警戒区域周辺の巡回を行っていたと聞いた。
彼のゆったりとした立ち振る舞いと、マイペースな趣味の裏にあるその殆どが、こうした戦いの日々なのだろうと、今更ながらに国近は思う。
「キノさんは……」
かけられた声に、来宮が顔を向ける。
「守るってことに一生懸命だよねぇ」
「それが俺の義務ですから」
間を空けず、言い切る彼にフニャリと笑う。
「 ホントにブレないよね〜」
続けてそう言う国近に、来宮はユルリと首を振った。
「……いえ、ブレてばかりですよ」
いつも浮かべる苦笑いはない。
「世界を跨がなければ、固まり切らないくらいには…………」
淡々と語る口調は、只々事実を語るそれだ。
そんなことないよ
そう開こうとした口は閉じられる。
言ったところでこのひとは聞かない。そんな時の話し方。穏やかに振舞ってはいても、その根っこのところは張り詰め続ける。
「…………疲れちゃうよ?」
「俺自身が決めたことですから」
堪えきれずに零れた言葉。それに来宮は静かに返して、自身の首筋をひと撫でする。
今日はここまでかな。
彼の仕草に内心で呟く。
「……ねぇ、ところでキノさんや、玉狛第二はどうだった〜?」
普段の緩い口調でもって、彼女は話題を切り替える。
来宮は、はたと我に帰り、一瞬すまなそうに目を伏せた。
「彼らですか、そうですね……」
次の瞬間には、いつもの表情で応えて思案する。
礼は言わない。気にしないよ、といつもの調子で返されるだろう。彼女にこれ以上気を使わせるのは避けたかった。
流れる思考を一旦払い、本題の少年少女へとそれを向ける。
失礼な言い方でしょうが……
そう来宮が前置きをして言葉にする。
「一言で言えば、びっくり箱のようでしたね」
「びっくり箱?」
小さな少年と少女。そしてそれを見守るメガネの少年。
外見的には逆の印象を与えるだろうチーム。首を傾げる国近を見て、自らが抱いた印象に苦笑いを零す。
「ユウさんは、彼らをぱっと見てどう思いましたか?」
「?、ちっちゃいし、初々しいし、癒されるな〜ってかんじだったね〜」
国近の感想に頷き、来宮はですがと続ける。
「今日の模擬戦、蓋を開ければあれですよ?」
「……あ〜。たしかにあれはびっくり箱だね〜」
思わず納得する国近。
彼女の脳裏にも、今日の模擬戦の情景が浮かんだ。
幼い見た目からは想像もつかぬ熟達の剣技。小さな姿に反比例したモンスター級の大砲。素直そうな印象のリーダーは、知恵と工夫、抜け目のなさを端々に見せ、最後は戦力差を覆して勝ちをものにした。
見た目詐欺にも程がある。
「でも、応援したくなっちゃうよね〜」
「ええ、そうですね」
渇いた笑いをおさめて国近が返し、来宮もそれに賛同する。
「戦闘ではそれぞれのインパクトで霞みますが、あのなりふりの構わなさは、目指すものへの直向きさですからね」
攫われたひとを取り戻したい。
ボーダーでは、あまり珍しくないと言えてしまう境遇。似た理由でランク戦に臨むチームもあるだろう。しかしどれだけのチームが、あれだけ真直ぐにそれへと向かえるだろうか?
「クガくんやアマトリちゃんはモチロン凄かったけど、ミクモくんの作戦もおもしろかったよね〜」
「そうですね、修さんはB級としては非力ですが、決して無力なわけではありません」
寧ろ非力だからこそ、今の彼の強かさがあるのだろうと来宮は思う。弱さを自覚する客観性と、その事実に折れず打開策を摸索し続ける精神力。
「手持ちのカードで知略を巡らせる、もう少々勝ちへの執着が増せば、風間さんあたりに気に入られそうですね」
「相棒のクガくんの方は、太刀川さんがほっとかないよね」
どうでしょうか?そう国近の言葉に疑問を示す。
「慶さんは燃えるシュチュエーションを好みますから、A級に上がるまでは待つと思いますよ?その前にまず飛びつくのは米屋さんかと」
「あっ、米屋くんがいたっけ」
来宮の指摘に国近が手を打つ。
「ん〜、何戦かランク戦すれば、あとはカゲくんとか釣れそうだよね〜」
「ユウさん、その言い方はどうかと思いますが」
「キノさん、そんな君も笑ってるではないかね〜」
納得いく見解だが、彼女のあんまりな言い様にクスリと笑いが漏れた。指摘した国近も口に手を添えてコロコロと笑う。
「アマトリちゃんは……」
「言うまでもなく、といったところでしょう。遊真さんの技量もそうですが、千佳さんのあのトリオン量です、注目されないことがまずあり得ません」
「なんというか、改めて振り返ったらネタに困らなそうな子たちですなぁ」
しみじみと言う国近に頷く。
「ええ、今後は何かと話題を運んでくれますよ」
「およ?確定なんだ?」
他者に対しての決め切った言葉。彼には珍しい言い回し。
「悠一さんが、風刃を手離してまで動かした未来、その中心にある彼らですから」
「うわぁ、期待大。3人とも大変だねぇ……」
冗談交じりに溜息を吐く国近へ、来宮が笑みと共に言葉を返す。
「そのまま苦労を被せるつもりはありませんよ?彼が打ち明けた以上、俺もサポートしていくつもりです」
派閥も所属も違えど、やはりかわいい後輩だ。応援したいという気持ちを抱いたのも事実。
「そこはちょっとちがうんじゃない?」
「えっと……」
安心させようと発した答えに、彼女が小さな抗議をする。プクリと頬を膨らませた国近に、来宮は戸惑う。
「そこは俺たちも、って言うところだと思うんだけどな〜」
続く言葉に頬を掻き、困った笑みで言い直した。
「すいません。そうですね、俺たちもサポートしていきましょう」
「うん、もちろんだよ」
はっきりと応えた彼女は満面の笑み。
その様子に、少しの不安と心強さを感じつつ、変わらずゆったりと歩みを進める。
会話が途切れ、心地よい沈黙が続くなかで、ふと来宮は空を見上げた。
水彩の空は紫紺が染み渡り、青白く輝く三日月が、やわらかな光をふたりへ届けた。