背後に佇む三日月と   作:303

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国近柚宇②

茜から紫紺へ。水彩が溶けるように変わりゆく夕空が広がる。

 

 

 

淡い三日月が見下ろす三門の街並み。そのなかを来宮と国近はゆったりと歩む。

 

見慣れたグリーンのモッズコートを纏う青年を、国近は隣から盗み見た。

黒髪から覗く瞳は夕陽に細められ、穏やかな表情に、数刻前に見せた影はない。

 

彼の過密な防衛シフトがよぎる。

イレギュラーゲートの一件では、非番のときでさえ撮影スポットの探索と称して、警戒区域周辺の巡回を行っていたと聞いた。

彼のゆったりとした立ち振る舞いと、マイペースな趣味の裏にあるその殆どが、こうした戦いの日々なのだろうと、今更ながらに国近は思う。

 

「キノさんは……」

 

かけられた声に、来宮が顔を向ける。

 

「守るってことに一生懸命だよねぇ」

 

「それが俺の義務ですから」

 

間を空けず、言い切る彼にフニャリと笑う。

 

「 ホントにブレないよね〜」

 

続けてそう言う国近に、来宮はユルリと首を振った。

 

「……いえ、ブレてばかりですよ」

 

いつも浮かべる苦笑いはない。

 

「世界を跨がなければ、固まり切らないくらいには…………」

 

淡々と語る口調は、只々事実を語るそれだ。

 

 

そんなことないよ

 

 

そう開こうとした口は閉じられる。

言ったところでこのひとは聞かない。そんな時の話し方。穏やかに振舞ってはいても、その根っこのところは張り詰め続ける。

 

「…………疲れちゃうよ?」

 

「俺自身が決めたことですから」

 

堪えきれずに零れた言葉。それに来宮は静かに返して、自身の首筋をひと撫でする。

 

 

 

今日はここまでかな。

 

 

 

彼の仕草に内心で呟く。

 

「……ねぇ、ところでキノさんや、玉狛第二はどうだった〜?」

 

普段の緩い口調でもって、彼女は話題を切り替える。

 

来宮は、はたと我に帰り、一瞬すまなそうに目を伏せた。

 

「彼らですか、そうですね……」

 

次の瞬間には、いつもの表情で応えて思案する。

礼は言わない。気にしないよ、といつもの調子で返されるだろう。彼女にこれ以上気を使わせるのは避けたかった。

 

流れる思考を一旦払い、本題の少年少女へとそれを向ける。

 

失礼な言い方でしょうが……

 

そう来宮が前置きをして言葉にする。

 

「一言で言えば、びっくり箱のようでしたね」

 

「びっくり箱?」

 

小さな少年と少女。そしてそれを見守るメガネの少年。

外見的には逆の印象を与えるだろうチーム。首を傾げる国近を見て、自らが抱いた印象に苦笑いを零す。

 

「ユウさんは、彼らをぱっと見てどう思いましたか?」

 

「?、ちっちゃいし、初々しいし、癒されるな〜ってかんじだったね〜」

 

国近の感想に頷き、来宮はですがと続ける。

 

「今日の模擬戦、蓋を開ければあれですよ?」

 

「……あ〜。たしかにあれはびっくり箱だね〜」

 

思わず納得する国近。

彼女の脳裏にも、今日の模擬戦の情景が浮かんだ。

 

幼い見た目からは想像もつかぬ熟達の剣技。小さな姿に反比例したモンスター級の大砲。素直そうな印象のリーダーは、知恵と工夫、抜け目のなさを端々に見せ、最後は戦力差を覆して勝ちをものにした。

 

見た目詐欺にも程がある。

 

「でも、応援したくなっちゃうよね〜」

 

「ええ、そうですね」

 

渇いた笑いをおさめて国近が返し、来宮もそれに賛同する。

 

「戦闘ではそれぞれのインパクトで霞みますが、あのなりふりの構わなさは、目指すものへの直向きさですからね」

 

攫われたひとを取り戻したい。

 

ボーダーでは、あまり珍しくないと言えてしまう境遇。似た理由でランク戦に臨むチームもあるだろう。しかしどれだけのチームが、あれだけ真直ぐにそれへと向かえるだろうか?

 

「クガくんやアマトリちゃんはモチロン凄かったけど、ミクモくんの作戦もおもしろかったよね〜」

 

「そうですね、修さんはB級としては非力ですが、決して無力なわけではありません」

 

寧ろ非力だからこそ、今の彼の強かさがあるのだろうと来宮は思う。弱さを自覚する客観性と、その事実に折れず打開策を摸索し続ける精神力。

 

「手持ちのカードで知略を巡らせる、もう少々勝ちへの執着が増せば、風間さんあたりに気に入られそうですね」

 

「相棒のクガくんの方は、太刀川さんがほっとかないよね」

 

どうでしょうか?そう国近の言葉に疑問を示す。

 

「慶さんは燃えるシュチュエーションを好みますから、A級に上がるまでは待つと思いますよ?その前にまず飛びつくのは米屋さんかと」

 

「あっ、米屋くんがいたっけ」

 

来宮の指摘に国近が手を打つ。

 

「ん〜、何戦かランク戦すれば、あとはカゲくんとか釣れそうだよね〜」

 

「ユウさん、その言い方はどうかと思いますが」

 

「キノさん、そんな君も笑ってるではないかね〜」

 

納得いく見解だが、彼女のあんまりな言い様にクスリと笑いが漏れた。指摘した国近も口に手を添えてコロコロと笑う。

 

「アマトリちゃんは……」

 

「言うまでもなく、といったところでしょう。遊真さんの技量もそうですが、千佳さんのあのトリオン量です、注目されないことがまずあり得ません」

 

「なんというか、改めて振り返ったらネタに困らなそうな子たちですなぁ」

 

しみじみと言う国近に頷く。

 

「ええ、今後は何かと話題を運んでくれますよ」

 

「およ?確定なんだ?」

 

他者に対しての決め切った言葉。彼には珍しい言い回し。

 

「悠一さんが、風刃を手離してまで動かした未来、その中心にある彼らですから」

 

「うわぁ、期待大。3人とも大変だねぇ……」

 

冗談交じりに溜息を吐く国近へ、来宮が笑みと共に言葉を返す。

 

「そのまま苦労を被せるつもりはありませんよ?彼が打ち明けた以上、俺もサポートしていくつもりです」

 

派閥も所属も違えど、やはりかわいい後輩だ。応援したいという気持ちを抱いたのも事実。

 

 

 

「そこはちょっとちがうんじゃない?」

 

「えっと……」

 

安心させようと発した答えに、彼女が小さな抗議をする。プクリと頬を膨らませた国近に、来宮は戸惑う。

 

「そこは俺たちも、って言うところだと思うんだけどな〜」

 

続く言葉に頬を掻き、困った笑みで言い直した。

 

「すいません。そうですね、俺たちもサポートしていきましょう」

 

「うん、もちろんだよ」

 

はっきりと応えた彼女は満面の笑み。

その様子に、少しの不安と心強さを感じつつ、変わらずゆったりと歩みを進める。

 

 

会話が途切れ、心地よい沈黙が続くなかで、ふと来宮は空を見上げた。

 

 

 

水彩の空は紫紺が染み渡り、青白く輝く三日月が、やわらかな光をふたりへ届けた。

 

 

 

 

 

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