「これで満点かな?」
研ぎ澄まされた雰囲気を打ち消し、空閑が飄々と口にする。
順番待ちのC級たちが、モニタリングを行うB級2人が、その場に居合わせた殆どの人々が、その彼へ驚愕の視線を向けていた。
「いやいや、待て待て、こんな馬鹿げたタイムが出るわけないだろ」
先ほどまでトップタイムを保持していた少年が、そこで待ったをかける。
「計測機器の故障に決まってる!もう1回やり直せ!」
強者を自負する少年、甲田にとって、不正紛いの偶然で自分の上に立つ者がいることは、それだけで耐え難いことだった。
「ん?もう1回?いいよ」
対する空閑は軽く返して、そのままブースへ引き返す。
再びスタート位置につき、バムスターへと斬り掛かった。
一度めとは異なり緩い表情はそのままに、僅かにあった力みも抜け、斬撃はさらに洗練される。
『記録、0.4秒!』
「縮んでる!?」
C級たちの感想を代弁し、甲田の叫びが一つ響いた。
*
「さすがですね」
0.4秒の記録に動じないのは僅かに2人。その1人の来宮が穏やかに呟けば、残された三雲も1つ頷く。
「今、ようやくすべてが腑に落ちたわ」
続けて頷いた木虎は、しかし別の事実に意識が向いていたようだ。
「三雲くん、あなたの学校でのネイバー討伐、実際にそれをやったのはあいつね?」
「……ああ、そうだよ」
「そうだったのね!三雲くんにあんな真似、できるわけないと思ってたわ!」
ためらいがちな三雲の返答に、木虎が喜色を浮かべる。
なぜこうも嬉しそうなのか?
疑問符を浮かべる彼と、それに気づかずにいる彼女。
後輩2人のチグハグな様子に、来宮はこっそり苦笑いを零した。
「来宮さん」
そこにかけられたのは、落ち着きはらった声。自分よりやや低いそれに振り返る。
「バイト、お疲れ様です、京介さん」
「いえ、それよりすみません、また修たちが世話になっているようで」
無表情で、けれども、確かに申し訳なさを滲ませる烏丸京介に、来宮はユルリとかぶりを振る。
穏やかな表情はそのままに言葉を返す。
「とんでもありません、修さんと、いえ、この場合は遊真さんと千佳さんもですね、彼らと過ごす時間は、なかなかに有意義なものですから」
「そうっすか、それならよかったです」
そこそこ会話を交わしていけば、後輩たちもそれに気づく。
「あ、烏丸先輩」
「え!……かっ?!かかっか!?烏丸先輩?!」
「お、久しぶりだな、木虎」
「はい!お久しぶりです!」
烏丸は、浮き足立ち、頬を染める木虎をよそに、次いで三雲へも言葉をかける。
「悪い、バイトでいきなり欠員が出てな、予定より長引いた」
どんな感じだ?
その問いに三雲は淡々と答える。
「空閑が目立ってます、けど、問題らしいことはないです」
「そうか、まあ、あいつは目立つだろうな」
下で他のC級に囲まれる空閑に目を向ける。そこへ先ほど少年が手を差し出すが、その勧誘を空閑はあっさりと断った。
「三雲くんと組むんだろう?」
「うん、そう」
嵐山が問えばコクリと頷いた。
「なるほどな」
不意に硬質な声音が聞こえた。
その方向へ各々が顔を向ければ、小柄な体格の少年、いや、青年が1人佇む。
「風間さん、来てたんですか」
「なに、迅の後輩とやらに興味があってな」
A級3位を率いる隊長。新たに現れた実力者に場が騒つく。
「嵐山、訓練室をひとつ貸せ、実力を確かめておきたい」
「……ほう」
風間が戦闘体に換装し、表情を動かさずに目的を告げれば、空閑が好戦的な笑みを浮かべた。
「待ってください、風間さん!」
嵐山が厳しい表情で静止する。
「彼は今日入隊した訓練生ですよ?トリガーだって相応のものしかない!」
「いや、おれはやってもいいよ」
「違う」
風間が返したのは否定の言葉。
「早合点するな、俺が確かめたいのはお前じゃない」
乗り気な少年から視線を外し、彼の視線が観戦席へと向く。
「三雲修、おまえの実力を見せてもらおう」
*
『模擬戦、開始』
アナウンスと共に双方が構える。
「レイガストを盾として使う、防御寄りのシューターか」
三雲の装備から一目で見破り、言葉と共にカメレオンを起動、風間の姿が背景に溶ける。
シュドッ
すれ違い様に姿を現し、瞬電の刺突が決まる。
『三雲ダウン』
無機質な音を聞き、膝をつく三雲を一瞥。
「立て、ほんの小手調べだぞ」
暗にこれからが本番だと口にし、再び風間の姿が消える。
「くっ、落ち着け!」
速くとも
「アステロイド!!」
盾を前方へかざしつつ、散弾を放つ。
「ほう、カメレオンの特性は頭に入れてあるか、だが……」
背後からの声に振り向くが一歩遅い、二振りの刃が突き抜ける。
「その手は、飽きるほど相手にしてきた」
『三雲ダウン』
対処も虚しく三雲は再び膝をつく。
速すぎる。
理解していたつもりの圧倒的な差、しかし現実に目の当たりにし、一瞬動きが止まる。
『三雲ダウン』
甘いとばかりに容赦無く切り裂かれた。
ダウンのカウントだけが、淡々と積み重なっていく。
そんな相手の心中など頓着せず、風間はその実力に評価をくだしていた。
基礎能力は全てがギリギリ、それを自覚し、打開策を練る素振りは見られる。トリガーの特性。それぞれの立ち回りと、その対策。足らない実力を他の手札で補う姿勢。
それらには好感を持てるが、しかし、それだけだった。
……なぜだ……なぜだ迅?風刃はおまえにとって……。
『三雲ダウン』
剣閃が首を飛ばし、24度目のダウンのコール。
「…………もういい、ここまでだ」
疑問が募り、相手の体たらくに苛立ちが湧く。
「迅め、なにを考えている、こんなことのために、わざわざブラックトリガーを手放したのか……」
「え?」
風間が冷たく吐き捨てた言葉は、三雲には、けして無視できるものではなかった。