「……ブラックトリガーを?!」
呆然とした呟き。
その思いがけない響きに風間が顔を向ければ、三雲の表情は驚愕に染まっていた。
「待ってください!風間先輩、今言った言葉は本当なんですか!?」
「なんだ、なにも知らないのか?」
風間は、必死なその問いに僅かに訝しみつつ、空閑を示して淡々と告げる。
「迅があいつの入隊と引き換えに、風刃を差し出したのは紛れも無い事実だ、お前たちの部隊をランク戦に参戦させるためだそうだが……」
言葉を切り、三雲へ向けられる視線は冷ややかだ。
「やはり、まったく理解できないな」
自分にとっての恩人、その人の師の形見が、自分たちのために手放された事実。
このブラックトリガーが
林藤の言葉が、重くのしかかる。
「風間先輩、すみません」
三雲が、踵を返した風間を呼び止める。
声音に気負いはあれど動揺はなく、かわりに確かな決意が覗く。
「もう一戦だけ、お願いします」
あんな話を聞かされて、このまま終われるはずがない、ただ引き下がれるわけがない!
「……ほう」
小さな変化に風間が声を漏らす。
結果を求める貪欲な目に、その口元が、ほんの僅かに弧を描いた。
*
「お?なんか、まだおわらんみたいだぞ?」
「なんで……!?これ以上なんになるっていうの……!?」
空閑の指摘に木虎が思わず声を上げる。
充分すぎるほど負けた今の現状。なおも挑む三雲の意図が分からなかった。
「なんになるのか、それはわかりませんが……」
徐に、来宮が口を開く。
「おそらく、ここからが見ものですよ、木虎さん」
「見もの?来宮さん、あなたは今の今まで、いったいなにを見ていたんですか!?彼に勝ち目がないのは分かり切ったことでしょう?」
思わず声を荒げた木虎へ、来宮は落ち着きはらった表情で返す。
「ないとは言い切れません、可能性は低くとも、ゼロではないはずですよ?」
「ですから、三雲くんに勝つ意思がなければ……」
「その意思が、今の修さんにはあります」
「……え?」
疑問符を浮かべた木虎から、ブースの三雲へと視線を移し、彼は続ける。
「俺の場合、ひとを見る時間は余るほどありましたから、確かなはずです、気持ちは勝敗に関係ないとは、慶さんの談ですが」
そこで来宮が笑みを浮かべる。
「他者のために向けるその気持ちこそが、彼の最大限、それを引き出す呼び水ですから」
横でその言葉を聴き、烏丸は眼差しを三雲へ向ける。
今はただ、静かに弟子を見守っていた。
*
「アステロイド」
「これは……!」
風間蒼也と三雲修、この日最後の2人の一戦。
目の前の光景に驚きを零したのは、はたして誰だったか。
三雲が名称を呟き、掌を起点に小さな光の粒が広がりを見せる。
それは徐々に、無機質な空間を満たしていく。
「低速の、いや、超低速の散弾か」
以前、来宮が見せたものと同等か、それ以下の速度。範囲はこちらが圧倒的に広いか……。
仮装戦闘であってもまず見ることのない一手、それにも風間は冷静に思考する。
カメレオンが無駄と見るや即座に解除、両手に刃を携え、無数に漂う散弾を的確かつ迅速に切り落とす。
それでも彼は確かに足を止め、姿を露わにした。
ここからだ!
自らを奮い立たせ、三雲がさらに動きを見せる。
シールドモードのレイガストをかざし、その影でアステロイドの大弾を構える。
明らかに決めにかかるその動作に、風間は当然備え注視した。
そのときだった。
「スラスターオン!」
想定外のシールドチャージ。
思考の外の突撃に、普段の無表情を崩し風間が目を剥く。
とっさにスコーピオンを交差させ受け止めるが、それで止どまる勢いではない。
やむなく片手の刃を納め、サブのトリガーから背にシールドを張る。
漂う散弾を幾度も爆ぜさせ、風間はそのまま壁際まで押しやられた。
一見追い詰められた状況下で、しかし冷静さは失われない。
「まだ、俺の間合いだ」
背面の盾はすでに消し、風間が無感動な声音を添えて、新たに刃を繰り出す。
その動作に合わせ、抑えのレイガストまでもが唐突に消された。
「!?」
拮抗した力を失い、崩れたバランスに剣筋が鈍る。
「アステロイド!」
ここにきて、漸く三雲が大弾を放つ。
至近距離から撃ち出される射撃、鈍りながらも既に振り出された斬撃。
双方へ浴びせられるのはほぼ同時。
『トリオン漏出甚大、風間ダウン!!』
告げられるコールは風間のみ。弾丸が胴を穿ったのに対し、首を刎ねるはずの刃は、薄皮一枚で止められていた。
「修さんには、やはり驚かされますね」
来宮が呟き、直後にアナウンスが響く。
『模擬戦終了!』
「風間さんから、勝ちを取るなんて……!」
「ああ、文句なしの大金星だな」
木虎の言葉に烏丸が頷く。
その場の殆どが予想し得なかった結果に、何度目かの驚きが周囲を包んだ。
*
「なるほどな、トリオン体の内側、それも首筋の一点に集中させたシールドか。レイガストを消したのもこのため……大した博打だな」
訓練室から2人が出る。
風間は敗因を分析し、呆れとも称賛ともつかない言葉を三雲へ送る。
狙いが首でないのなら、あるいは攻撃のタイミングがずれていたのなら、勝敗は逆転していたはずだ。
「けど、勝算はありました」
向き直り、三雲がそう返して続ける。
「来宮さんに勧められて、A級の人たちのログを閲覧したときも、風間先輩はここぞという場面、反撃の目を断つために、かなりの頻度で伝達系の通る首を狙っていましたから」
「……知識として知るの俺の動きと、これまでの20戦ですり合わせていたというわけか」
一度は固まりかけた評価が、風間の中で書き変えられる。
才覚も、脅威も、どこからも感じはしなかった。
しかし現実に読みは通され、メガネの少年に勝利は奪われた。
ふと、結果を映すモニターを見つめる。
画面に並ぶ変わらぬ勝敗。
厳然とした差を示す印の端に、逆転した組み合わせがただ一つ。
発想と工夫の可能性は、唯一の勝ち星が、確かにそれを証明していた。
原作を大事に書きたいと思う一方、それをしてしまえばオリジナル要素が薄れる現状。実力不足を感じる今日この頃です。