遡ること数日。玉狛支部のとある一室。
雨取は、チームメイト2人と共に来宮を相手取る際、その参戦を断った。
「やはり、人を撃つのは気が引けますよね」
かぶりを振った後、申し訳なさそうに俯く彼女を見てとり、来宮が発した言葉がそれだった。
雨取は、ピンポイントな指摘にドキリと心臓を跳ねさせ、冷や汗を流す。恐る恐る顔を上げた目の前には、予想外に優しげな表情があった。
戦うことを望んだ自分なのに、それでも人を撃てない自分なのに、咎めないのはなぜなのか……。
疑問が顔に出ていたのだろう、穏やかな表情はそのままに、来宮が口を開く。
「人を撃てないのは自然なこと、むしろあなたのその考えが正常なんです、そうあなたの師匠もおっしゃっていましたよ?」
その言葉に雨取は、あっ、と声を漏らした。
「でも、わたしは…………」
言葉を飲んで、彼女はまた俯いてしまう。
それでも仲間の力になりたいのだと、その小さな体が全身で訴えていた。
「ふむ」
口元に拳を当て来宮は思案する。
有り余るトリオン、人を撃つことへの強い抵抗、狙撃向きの忍耐力。
「宇佐美さん」
「ハイハイ、なにかな?来宮さん」
思考を終えて肩越しに呼びかければ、宇佐美がデスクから歩み寄る。
「訓練用のアイビスを1つ、貸していただけますか?」
「アイビス?」
首を傾げる宇佐美に1つ頷く。
「ええ、千佳さんに試してもらえればと」
「ほう、なんか思いついたんだ」
彼女がメガネを光らせれば、来宮が返す。
「盤面そのものをひっくり返すのも、なかなかに痛快かと思いまして」
彼が言葉と共に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
その表情が、雨取には印象的だった。
*
「んじゃ、次はスナイパー用のトリガーの紹介ね」
気さくな声に、ハッと雨取は現実に戻る。
フルフルとかぶりを振り、記憶の海の残滓を払い、改めてその場を見渡した。
奥行き360メートル。屋内とは思えぬ広大なフロアに起伏に富んだ地形が広がっていた。
彼女を含めた新人スナイパー達は、現在基本的な訓練の流れを学び、声の主である佐鳥に狙撃用トリガーの説明を受けている最中だ。
「まっ、百聞は一見にしかず、女の子2人にさっそく試してもらっちゃおうか」
佐鳥の明るい声を聴き、そのまま試し撃ちへと移る。
「アイビスであの大型ネイバーの的を狙おう」
「はい」
彼の指示に従い雨取が無骨な銃身を構える。
アイビス。対物ライフルによく似た狙撃用のそのトリガーは、使用者のトリオン量に比例した威力を引き出す特性をもつ。
初めてその引鉄を引き、その威力を目の当たりにしたとき、雨取自身はもちろん、発案者の来宮さえ冷や汗を流していたのは記憶に新しい。
はじめはその破壊の有様に不安を抱いた彼女だったが、2度3度と模擬戦を繰り返すうちに慣れ、今では時折勝利に絡める程度には落ち着いて扱えるようになっていた。
玉狛のときと変わらない。
ただ落ち着いて、引鉄を引くだけ……。
慣れ始めていたが故に、雨取は失念していた。
アイビスを使用したのが仮想空間内だけだということを自分のトリオン能力が、どれだけ規格外かということを。
そして失念したまま、引鉄を引いた。
ドォオオン
咆哮が轟き、反動に巻き起こる風が乱暴に髪を撫でる。
背中越しに、いくつかの悲鳴と息を飲む気配を感じた。
ハタと気付けば、遥か正面に大穴が穿たれ青空が覗く。目の前の惨状に雨取の瞳が潤んで揺れる。
錆びついた人形のようにぎこちなく振り向いてみれば、驚き固まり、言葉を失っているスナイパーの面々が視界に入った。
「ぃや……その…………ご……ごめんなさい……」
涙に歪んだ視界の中で、自分の声が遠くに感じられた。
*
閑散とした訓練室で、小気味良いハイタッチが打ち鳴らされる。
「やったな、オサム」
空閑の気の抜けた顔に三雲の緊張が和らぐ。
「なんとか、1勝だけだけど」
少し肩の力が抜け、三雲の顔に笑みが浮かんだ。
「うちの弟子がお世話になりました」
そのやり取りを眺めていた風間に上から声がかけられる。
「烏丸か」
観戦席の相手を見やり、相変わらずの無感動な声音で続ける。
「そうか、お前の弟子か、最後の戦法はお前の入れ知恵か?それとも……」
言葉を切り、その後ろの青年へと視線を移す。
「来宮、お前の入れ知恵か?」
風間の問いに、来宮が首を横に振る。
「俺はせいぜい、ログを見るように勧めた程度です、烏丸さんにしても、戦法にはノータッチなはずです」
その言葉を肯定し烏丸が引き継ぐ。
「ええ、俺が教えたのはキューブの分割と射撃だけ、ほかは全部、あいつ自身のアイデアですよ」
模擬戦を見守っていた嵐山、木虎も交え会話する弟子に目をやり、再び風間に顔を向ける。
「うちの三雲はどうでしたか?」
「……弱いな」
換装を解きながら風間は淡々と返した。
「総合的に見てもB級下位レベル、迅が推すほどの資質は感じられない」
辛辣な評価に身を硬くする本人を一瞥し、だが、と前置きしてそのまま続ける。
「その弱さをよく自覚できていて、そこからくる発想と相手を読む頭も面白くはある、知恵と工夫を使う立ち回りは、俺は嫌いじゃない」
意外な高評価に、冷や汗を流しながらも三雲に嬉しさが滲んだ。
「邪魔したな、三雲」
「あれ?おれとは勝負してくんないの?」
こんどこそ立ち去ろうとする風間を空閑が呼び止める。
「勝負?おまえは訓練生だろう、勝負したければ、こちらまで上がってこい」
好戦的な新人にそう言い残し、風間蒼也はその場が後にした。
誰かがホッと息を吐き、場の空気が弛緩したその時だった。
端末を片手に嵐山が三雲達へ駆け寄る。
「三雲くん大変だ、きみ達のチームメイトが!」
「え……!?」
ただならぬ彼の様子に、三雲達は急ぎ狙撃訓練場へ向かった。
*
「そうかそうか、千佳ちゃんというのか」
焦り駆け込んだ狙撃訓練フロア。一行を迎えたのは、鬼怒田の柔らかな笑顔と言う予想外の光景だった。
「すごいトリオンの才能だねえ、ご両親に感謝しなきゃあかんよ」
「?、は、はい」
「あの壁もトリオン製だ、簡単に直せるから気にせんでいい」
あまりに朗らかなその様子に、雨取も戸惑いを隠せないようだ。
「鬼怒田開発室長!?これは、一体??」
「鬼怒田室長がいらしていましたか、無用な心配でしたね」
状況を飲み込めぬ三雲が困惑し、来宮は相手の人柄を知るがためにホッと息を吐く。
「あ、修くん、遊真くん、来宮さんも!」
雨取が声に気づき3人に呼びかける。
「三雲?……そうか玉狛に転属しおったか」
いうが早いか歩み寄り、バシリと三雲の背中を叩いた。
「メガネ!同じ所属なら、ちゃんとこの子の面倒を見んか!」
「はい!?すみません」
予想通りの鬼怒田と三雲のやり取りに、来宮は1人苦笑いを浮かべる。
「来宮、珍しいな」
深みのある声に来宮が振り向く。
「東さん、お疲れ様です」
東春秋を視界に入れて、来宮が返す。
「友人がお騒がせしまして、申し訳ありません」
「玉狛とは、仲がいいのか?」
東の疑問に、少し楽し気に頷く。
「ええ、最近は模擬戦の相手なりさせてもらっています」
「そうか」
後輩の様子に目を細め、そういえばと東が問う。
「彼女、雨取ちゃんだったか?トリオン量の測定値の届けがなかったようだが……」
察したであろう彼の様子に、来宮は頬を掻く。
「ええ、師と親友の仕業でしょうね」
「…………ド派手なデビュー、あの2人らしいサプライズだな」
やられる方は、たまったものではないだろう。 東の視線をたどれば、大穴の空いた壁が目に入る。
呆れたような彼の感想に、来宮は苦笑いで返すしかなかった。