背後に佇む三日月と   作:303

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国近柚宇③

この日、雨取の壁ブチ抜き事件以降、流石にそうトラブルが起こるはずもなく、新人達への説明等の行程は、無事消化された。

 

玉狛第二の3人と別れた来宮は、スマホを手に連絡を入れようとするが思い留まる。

 

自身のシフトが差し迫っていた。

 

防衛シフト最初の交代から、ある程度経過した時間帯。いつもの通りならば、彼女はまた作戦室で趣味に興じている頃合いだろう。一日中作戦室に入り浸る図が、容易に想像できる。

同じ建物の中にいるのだから、やはり顔を出したほうがいいだろうと内心で呟き、来宮は防衛任務へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

『ミヤさん後ろだ!』

 

仁礼光の声に、来宮が真上に跳躍する。直後にモールモッドのブレードが空を切った。

 

「アステロイド」

 

落下の勢いはそのままに、がら空きの背中へアステロイドの掌底を叩き込み仕留める。

崩れ落ちた残骸の上で、来宮は再度通信を入れた。

 

「仁礼さん、次の標的は?」

 

『目の前のビルを挟んで向かいの更地、そこに2体だ』

 

「了解です」

 

『てか、ミヤさんもアタシがいなきゃ何にもできねーんだなー』

 

「あはは……。そうかもしれませんね」

 

仁礼の口癖に苦笑いを漏らしつつ、グラスホッパーで座標へと跳ね飛ぶ。

報告通り2体の敵を視界に収め、来宮はさらに加速する。

踏んだプレートが消えた瞬間、次のプレートを跳躍先に展開。単発故の高出力によって、縦横無尽に敵の周囲を跳び回る。

立体の高速機動。その鋭い動きにモールモッドが着いて行けるはずもなく、数瞬後にはアステロイドの掌底を受け、続けざまに地に沈んだ。

 

 

 

『いやー、あれ見るたんびに思うけど、ホントにミヤさんよくできるよなー』

 

先ほど技に、仁礼が感想を漏し、来宮はそれに肩をすくめる。

 

「分割展開の通常のピンボールでは、俺の体格の場合キレが出ませんから」

 

『来宮ピンボール。伊達じゃないねー』

 

落ち着き払った来宮が一転。妙な呼び名にがくりと躓く。

 

「なんです?その呼び方?」

 

『しらねーの?エンジニア連中がログ見てそんな呼び方してたぞ?』

 

初耳だった。

見た目こそピンボールに似ているが、単発のグラスホッパーを連続で展開し続けているだけなのだが……。

第一、区別をしやすくするための名称にしては、些か語呂が悪くはないだろうか?

 

「彼らのセンスが、時々わからなくなりますね」

 

思わず来宮が溜息を吐く。

 

『そういえば』

 

そんな彼に、仁礼の声がかかる。

 

『国近先輩とはどーなのよ?』

 

突然切り替わる話のタネに、努めて表情を抑え、来宮が返す。

 

「…………話す義理もないのですが」

 

『はは〜ん、あんま進展なさげだな〜?』

 

図星を突かれて、苦笑いが零れた。

 

「静観してもらえれば、ありがたいのですが?」

 

『そのかわり、くわしくきかせてもらおうか?』

 

ニヤニヤと笑いを堪えた仁礼の声音。

今回の質問責からは、どうやら逃げられないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やたらと疲れる防衛任務を終え、慣れ親しんだ太刀川隊の作戦室にたどり着く。

 

「来宮です、どなたかいらっしゃいますか?」

 

声をかければ、数秒後に扉が開かれる。

 

「キノさん、おかえり〜」

 

耳に馴染んだ緩やかな声で、国近が来宮を出迎えた。

 

「あのー、ユウさん?脱隊した俺にその言葉はどうなんでしょうか」

 

所属外の人間におかえりとは、果たして良いのだろうか?

 

「キノさんや」

 

「?……はい」

 

芝居掛かった彼女の呼びかけに、疑問符を浮かべながらも来宮が応える。

 

「君は、週に何日ここに来ているのかね?」

 

そんな問いに指を折り数えてみる。1日、2日、3日……。

 

「ただいま戻りました」

 

「ね?そうなるでしょ〜」

 

苦笑いを零して彼が返し、国近が笑みを浮かべて得意気になる。

来過ぎだろう。

内心で自身にツッコミを入れつつ、来宮はソファに腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 

話題は、空閑の叩き出した歴代最速記録からはじまり、対風間戦での三雲の大金星、そして雨取の壁抜きへと移っていった。

 

「なんというか……おつかれさまだね」

 

「いえ、実際苦労したのは、嵐山隊やスナイパーの方々ですから」

 

緩い表情からの労いに、彼らの方が大変だったろうと来宮は言う。

突然の予定変更や施設の修復。裏側で携わる人間の多忙さも想像に難くない。

 

「迅さんには報告したの?」

 

予知があっても、一応必要なのではと国近が問う。

 

「あちらは今頃准さんが連絡を入れているはずです、別れ際に仰っていましたから」

 

「気が利きくよね〜、嵐山さん……」

 

「あれで諸々のフォローまで涼しい顔でこなすんですから……」

 

「「流石、ボーダーの顔」」

 

なんとなくの言葉が被さる。互いにクスリと笑いが零れた。

 

「なんだか、懐かしいカンジだね」

 

「少し前まで、それらしい距離感だったんですがねぇ」

 

「遠征。黒トリ争奪戦の後からじゃないかな〜」

 

「ええ、確かにあの辺りですかね」

 

国近が携帯ゲームに勤しみながらも記憶を手繰り、それに来宮も頷く。

現オペレーターに元隊員。脱隊から親しいなりに割り引いた線は、あの一件でだいぶ薄らいだ。もはや無いと言っていいのかもしれない。

 

「キノさん」

 

僅かに変わる声色に眼を向ける。思いがけず視線が重なった。

 

「…………今のこの感じ、嫌い?」

 

彼女が眉尻を下げ、コテンと首を傾げる。それにユルリとかぶりを振り、穏やかな表情で彼が応えた。

 

「いえ、結構気に入っています」

 

いずれは辞める部隊。

所属する間付き纏ったそんな後ろめたさも、今は割り切った後だ。今のこの心情が、彼女と関わったなかで最も落ち着いていた。

 

「!…………そっか」

 

ポツリと囁きが零れる。聞き逃しそうな声量とは裏腹に、国近の表情に嬉しさが滲んだ。

 

目元を緩め、来宮が徐に立ち上がる。 その様子に国近が首を傾げれば、テーブル上にある2つのマグカップを彼が示す。

この時間帯。何も口にしないのは少々さみしい。

 

「マスター、いつものをたのむよ〜」

 

「はい、畏まりました」

 

喫茶店の店主と常連を真似る。いかにもなやり取りで淹れるのは、なんてことはないインスタントのコーヒーだ。

 

 

 

注いだカップの片方を国近に手渡し、自身もコーヒーで舌を湿らせる。

体に染みる温かさに、ホウ、と小さく息を吐いた。

カップに視線を落とし、ふと来宮は思考を巡らせる。

迅悠一に予知された大規模侵攻。ボーダーそのものの今後の展望。

数多の難題が、重要な選択が、近い未来に迫っている。

 

 

それでもほんの少しだけ、幾許かの穏やかな日々を……。

 

 

来宮が国近を盗み見る。

甘いコーヒーを幸せそうに口にする彼女を目に、彼は束の間の平穏を願った。

 

 

 

 

 

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