この日、雨取の壁ブチ抜き事件以降、流石にそうトラブルが起こるはずもなく、新人達への説明等の行程は、無事消化された。
玉狛第二の3人と別れた来宮は、スマホを手に連絡を入れようとするが思い留まる。
自身のシフトが差し迫っていた。
防衛シフト最初の交代から、ある程度経過した時間帯。いつもの通りならば、彼女はまた作戦室で趣味に興じている頃合いだろう。一日中作戦室に入り浸る図が、容易に想像できる。
同じ建物の中にいるのだから、やはり顔を出したほうがいいだろうと内心で呟き、来宮は防衛任務へと向かうのだった。
*
『ミヤさん後ろだ!』
仁礼光の声に、来宮が真上に跳躍する。直後にモールモッドのブレードが空を切った。
「アステロイド」
落下の勢いはそのままに、がら空きの背中へアステロイドの掌底を叩き込み仕留める。
崩れ落ちた残骸の上で、来宮は再度通信を入れた。
「仁礼さん、次の標的は?」
『目の前のビルを挟んで向かいの更地、そこに2体だ』
「了解です」
『てか、ミヤさんもアタシがいなきゃ何にもできねーんだなー』
「あはは……。そうかもしれませんね」
仁礼の口癖に苦笑いを漏らしつつ、グラスホッパーで座標へと跳ね飛ぶ。
報告通り2体の敵を視界に収め、来宮はさらに加速する。
踏んだプレートが消えた瞬間、次のプレートを跳躍先に展開。単発故の高出力によって、縦横無尽に敵の周囲を跳び回る。
立体の高速機動。その鋭い動きにモールモッドが着いて行けるはずもなく、数瞬後にはアステロイドの掌底を受け、続けざまに地に沈んだ。
『いやー、あれ見るたんびに思うけど、ホントにミヤさんよくできるよなー』
先ほど技に、仁礼が感想を漏し、来宮はそれに肩をすくめる。
「分割展開の通常のピンボールでは、俺の体格の場合キレが出ませんから」
『来宮ピンボール。伊達じゃないねー』
落ち着き払った来宮が一転。妙な呼び名にがくりと躓く。
「なんです?その呼び方?」
『しらねーの?エンジニア連中がログ見てそんな呼び方してたぞ?』
初耳だった。
見た目こそピンボールに似ているが、単発のグラスホッパーを連続で展開し続けているだけなのだが……。
第一、区別をしやすくするための名称にしては、些か語呂が悪くはないだろうか?
「彼らのセンスが、時々わからなくなりますね」
思わず来宮が溜息を吐く。
『そういえば』
そんな彼に、仁礼の声がかかる。
『国近先輩とはどーなのよ?』
突然切り替わる話のタネに、努めて表情を抑え、来宮が返す。
「…………話す義理もないのですが」
『はは〜ん、あんま進展なさげだな〜?』
図星を突かれて、苦笑いが零れた。
「静観してもらえれば、ありがたいのですが?」
『そのかわり、くわしくきかせてもらおうか?』
ニヤニヤと笑いを堪えた仁礼の声音。
今回の質問責からは、どうやら逃げられないらしい。
*
やたらと疲れる防衛任務を終え、慣れ親しんだ太刀川隊の作戦室にたどり着く。
「来宮です、どなたかいらっしゃいますか?」
声をかければ、数秒後に扉が開かれる。
「キノさん、おかえり〜」
耳に馴染んだ緩やかな声で、国近が来宮を出迎えた。
「あのー、ユウさん?脱隊した俺にその言葉はどうなんでしょうか」
所属外の人間におかえりとは、果たして良いのだろうか?
「キノさんや」
「?……はい」
芝居掛かった彼女の呼びかけに、疑問符を浮かべながらも来宮が応える。
「君は、週に何日ここに来ているのかね?」
そんな問いに指を折り数えてみる。1日、2日、3日……。
「ただいま戻りました」
「ね?そうなるでしょ〜」
苦笑いを零して彼が返し、国近が笑みを浮かべて得意気になる。
来過ぎだろう。
内心で自身にツッコミを入れつつ、来宮はソファに腰を下ろした。
話題は、空閑の叩き出した歴代最速記録からはじまり、対風間戦での三雲の大金星、そして雨取の壁抜きへと移っていった。
「なんというか……おつかれさまだね」
「いえ、実際苦労したのは、嵐山隊やスナイパーの方々ですから」
緩い表情からの労いに、彼らの方が大変だったろうと来宮は言う。
突然の予定変更や施設の修復。裏側で携わる人間の多忙さも想像に難くない。
「迅さんには報告したの?」
予知があっても、一応必要なのではと国近が問う。
「あちらは今頃准さんが連絡を入れているはずです、別れ際に仰っていましたから」
「気が利きくよね〜、嵐山さん……」
「あれで諸々のフォローまで涼しい顔でこなすんですから……」
「「流石、ボーダーの顔」」
なんとなくの言葉が被さる。互いにクスリと笑いが零れた。
「なんだか、懐かしいカンジだね」
「少し前まで、それらしい距離感だったんですがねぇ」
「遠征。黒トリ争奪戦の後からじゃないかな〜」
「ええ、確かにあの辺りですかね」
国近が携帯ゲームに勤しみながらも記憶を手繰り、それに来宮も頷く。
現オペレーターに元隊員。脱隊から親しいなりに割り引いた線は、あの一件でだいぶ薄らいだ。もはや無いと言っていいのかもしれない。
「キノさん」
僅かに変わる声色に眼を向ける。思いがけず視線が重なった。
「…………今のこの感じ、嫌い?」
彼女が眉尻を下げ、コテンと首を傾げる。それにユルリとかぶりを振り、穏やかな表情で彼が応えた。
「いえ、結構気に入っています」
いずれは辞める部隊。
所属する間付き纏ったそんな後ろめたさも、今は割り切った後だ。今のこの心情が、彼女と関わったなかで最も落ち着いていた。
「!…………そっか」
ポツリと囁きが零れる。聞き逃しそうな声量とは裏腹に、国近の表情に嬉しさが滲んだ。
目元を緩め、来宮が徐に立ち上がる。 その様子に国近が首を傾げれば、テーブル上にある2つのマグカップを彼が示す。
この時間帯。何も口にしないのは少々さみしい。
「マスター、いつものをたのむよ〜」
「はい、畏まりました」
喫茶店の店主と常連を真似る。いかにもなやり取りで淹れるのは、なんてことはないインスタントのコーヒーだ。
注いだカップの片方を国近に手渡し、自身もコーヒーで舌を湿らせる。
体に染みる温かさに、ホウ、と小さく息を吐いた。
カップに視線を落とし、ふと来宮は思考を巡らせる。
迅悠一に予知された大規模侵攻。ボーダーそのものの今後の展望。
数多の難題が、重要な選択が、近い未来に迫っている。
それでもほんの少しだけ、幾許かの穏やかな日々を……。
来宮が国近を盗み見る。
甘いコーヒーを幸せそうに口にする彼女を目に、彼は束の間の平穏を願った。