背後に佇む三日月と   作:303

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唯我尊②

息を殺し、足音を殺して、唯我は階段を駆け上る。

 

ロングコートを纏った彼の表情には緊張感が滲む。射撃等のリアクションがないことから、相手はこちらに気づいていない。

 

どうかこのまま気づきませんように。

 

力量差を考えれば、見つかれば終わり。そうでなければ千載一遇のチャンスが訪れる。

そしてついに、マンションの中程までたどり着いた。

唯我は斜め下を、恐る恐る覗き込む。こちらに背中を向けたダークブルーのロングコート姿。

来宮静間は、これまでになく無防備だった。

 

「いける!」

 

押し殺した言葉が零れ、口元が嬉しさに歪む。

バッと一瞬で立ち上がり、2丁の銃を照準。大きく息を吐き、そして引鉄を引いた。

 

 

 

瞬間、来宮の灰色の瞳が、肩越しに唯我へ向けられた。

 

 

 

半球状のシールドが、来宮の背面に張られる。

唯我の銃は近距離からの撃ち合いが前提のタイプ。この距離で抜くことは、トリオン能力を鑑みても難しい。

放った弾丸は敢え無く防がれ、その全てが無意味に消えた。

 

「グラスホッパー」

 

落ち着き払った声音が届く。

 

まずい!

 

一足跳びに来宮が唯我に迫る。

最高のチャンスが一転。窮地に立った唯我に余裕はない。冷や汗が噴き出し、思考が空回るなかで、どうにか防御を試みる。

 

「!?……シ、シール」

 

 

ドンッ

 

 

それさえも間に合わず、右の掌底に胴を撃ち抜かれた。

 

『戦闘体活動限界、ベイルアウト』

 

無機質な音声に、唯我はなぜか涙が滲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、尊さん。今回の敗因はなんでしょうか?」

 

模擬戦を終え、ソファに座り向かい合い、来宮が唯我へ問いかける。

 

「えっと、ですね…………」

 

言葉を途切れさせ考え込む唯我を、来宮が見つめる。

氷にも似た涼しげな灰色。見透かすようなその瞳の色が、唯我には苦手に感じられた。

そのまま落ち着かない様子で、唯我がゆっくりと来宮へ答えた。

 

「銃の射程を、考えなかったことでしょうか?」

当たっていてほしい、そんな願望をのせた言葉は、少したどたどしい。

 

「違います」

 

自信なさげに紡がれた答えは、案の定、スパリと切って捨てられる。

ショックを受け、ガクリと俯く唯我に、来宮は思わず苦笑いする。

 

射程を忘れるのも論外ですが。

苦笑いはそのままに、そう切り出して来宮が続けた。

 

「射撃で牽制しつつ、死角へ回り込み、高台を取ったうえで奇襲を仕掛ける。確かに最初に俺が言った言葉です。今回のあなたは、それができていました」

 

ダメ出しかと思いきや、まさかの褒められるような内容。唯我の表情に明るさが戻る。

 

ですが ……。

 

そこでそう言葉を切り、唯我へ再度問いかける。

 

「毎回都合良く、あんな場面が訪れるものでしょうか?」

 

「え?」

 

些か不穏な雲行きに、間の抜けた声が零れた。

 

「左右にはやや低めの家屋が並び、正面は広い道路。そして背後には、周囲より高いマンションが1つ」

 

来宮の言葉に、唯我は最後の場面を反芻する。

来宮の背後、それも後頭部の完全な死角が取れる場所。未熟な自分でも分かる絶好のポイントだった。

 

そこまで考え、まてよ、と首を傾げる。

自分で分かるなら、目の前の師が、果たして気づかないなどあるのだろうか?

 

…… 嫌な予感がした。

 

一度落ち込み、そこからの思考に俯いていた顔を、錆びついたようにぎこちなく持ち上げる。

なんとなく察した様子の弟子に、師は困ったような笑みで言う。

 

「単純な手に釣られすぎですよ、尊さん」

 

見え見えの罠に自ら飛び込む。

傍目から見れば、滑稽なことこの上ない。本人が真剣なだけ、なおさらだ。

 

「…………す、すみません」

 

自分の立ち回りの意味するところ自覚し、 唯我は、ただ謝るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「来週も、よろしくお願いします」

 

少々気落ちしながらも、唯我は殊勝な態度で作戦室を後にする。

 

その姿勢に、来宮がこっそり顔を綻ばせる。

 

一見脆いように見える彼は、その実、異様に立ち直りが早い。実力に釣り合わない不遜な振る舞いを続けようとするスタンスは、ある意味、精神的にタフに見える。

 

来宮は、言葉や普段の立ち振る舞いから、先達から甘いと言われることが度々あった。来宮自身、その自覚はある。しかし、戦闘の中でもそうなのかと問われれば、彼の答えは否だ。

弱者が相手であれば、容赦無くその隙を打ち抜き、強者が相手であれば、その隙を無理やり作り出し、そこへ叩き込む。

師弟の間でも、それは大して変わりはしない。

よくついてこれていると思う。

来宮と唯我の師弟は、週に一度、マンツーマンで20戦先取の模擬戦を交わす。

その戦闘で洗い出した課題の中で、優先度の高いものを来宮が取り上げ、それに合わせたノルマを唯我に提示するのだ。

力量に合わせたノルマであるので、唯我が達成できないことはあまりない。

たまに達成できずに、恐々として来宮の前に訪れることも、あるにはあるのだが……。

それでも、自身の成長を実感できるのが嬉しいのか、間に合わない事はあっても、途中で投げ出したり、バックレるなどということもなく、この師弟のやりとりは、今日まで継続され続けていた。

 

「さて」

 

弟子が頑張っているのだから、師がだらけるわけにはいかない。

そう内心で呟き、来宮は端末を取り出す。

軽快に画面をタップし、とある番号へとコールした。

 

 

 

「……もしもし…………ええ、静間です…………いえ、今回は彼らではなく、俺が教えられる立場になるかと…………はい」

 

 

侵攻がいつ起こるとも限らない。今やれることはやっておきたかった。

 

 

 

 

 

 

「林藤さん。久し振りに一戦、御指導願えますか?」

 

 

 

 

 

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