「
沢村響子は、加速度的に数を増す
巨大なメインモニターの端には、やや小さなウィンドウが開かれ、毎秒ごとになだれ込むトリオン兵の群れが映されていた。
数の暴力。
そんな言葉が浮かぶ映像に、周囲には緊張感が漂う。
前回の侵攻を退けた旧ボーダーの人間は僅か9人。戦況の中枢を司る本部作戦室とはいえ、これほどの規模の戦闘経験を持つ者は、1人を除いてこの場にはいなかった。
「任務中の部隊はオペレーターの指示に従い展開、トリオン兵を撃滅せよ!!1匹たりとも警戒区域から出すな!!非番の隊員達を直ちに緊急招集、全戦力で迎撃に当たる!!」
忍田真史から、迷いのない指示が飛ぶ。
欠片の動揺も見せぬ姿に、浮き足立った空気は打ち消され、指揮系統が淀みなく機能する。
4年半前の惨状など、決して繰り返させはしない。
決然とした思いを胸に、忍田が力強く告げる。
「戦闘開始だ!!」
彼の言葉に、抗戦の幕が上げられた。
*
「なんなんだよ……あれ」
「基地の方の空が真っ暗だ」
窓から見える光景に、中学校の一教室が騒めく。廊下からも別の騒めきが伝わることから、学校全体が似た様子であることがうかがえた。
3-3の担任である水沼も、四年半前を彷彿とさせる状況に、その表情を硬くする。
自分がしっかりしなければ。そう彼女が内心で言い聞かせるタイミングで、廊下から生徒に声をかけられる。
「先生!」
「三雲くん」
「呼び出しがあったので現場に向かいます。学校のみんなをなるべく基地から遠くへ避難させてください」
「わかったわ」
厳しい表情でなされるやり取りに、クラスメイトが堪らず口を開く。
「三雲、これってやっぱりヤバいのか……!」
「三雲!」
不安気な彼らに、三雲は、努めて落ち着いた声音で答える。
「警戒ラインを越えられるかもしれない。先生に協力して避難を進めてくれ、頼んだぞ」
「……わかった!」
「気をつけてね」
三雲はそれぞれの声に頷き返し、空閑を引き連れ教室を後にした。
*
一度雨取と夏目の2人と合流。2人を避難者に同行させ、三雲と空閑は警戒区域を直走る。
ボーダー本部を中心に広がる無人の街並み。普段から戦闘が頻発するその場所は今、異様な様相を呈していた。
宙に、地表すれすれに、あるいは家屋を食い潰し、無数の黒穴が展開され、そこから次々にトリオン兵が吐き出されていく。
「シールドモード!」
不意に襲いかかったモールモッドを三雲はレイガストで受け止め、スラスターの推進力で跳ね除ける。死に体となったその敵を、すかさず空閑がスコーピオンで一閃。一撃で沈黙させれば、彼の死角から迫るもう1体を三雲が目敏く見つけ、アステロイドで牽制する。
「おっ、助かるぜ、オサム」
気の利いた援護に空閑は笑みを浮かべて、振り向きざまに2体目を斬り伏せた。
「……数が多いな」
冷や汗を流し、三雲が呟きを零す。
「数は力だからな。アフトクラトルやキオンくらいの大国なら、物量でゴリ押すのも当然だな」
その言葉に空閑が冷静に返す。会話の最中でも、手を止めるなどという愚は犯さない。
三雲は守りに重点を置き、射程を使った牽制と援護に攻撃を割り切り、空閑は持ち前に身のこなしでもって、体制を崩した敵を狩り取る。
それなりの連携をみせる2人だが、それでもやはり多勢に無勢。訓練用の刃に、火力の足らない弾丸。押され気味の戦況に、後退を互いに思案し出したその時だった。
『空閑くん、三雲くん、聞こえる〜?』
緩やかな声音で通信が入る。
「この声、国近先輩ですか?」
『うん、そだよ〜』
戦場に似合わぬその声に、思わず三雲が脱力しかける。
「クニチカ先輩。またトウトツにどうしたの?」
三雲に対して緩い口調で応えた国近に、空閑が問いかける。
『あのね、ちょこっと下がってもらえないかな?今からザコ敵減らすから』
「えっと…………?」
「!……オサム、下がるぞ」
突然の指示に戸惑う三雲の横で、空閑が気づき、相棒を促してともに跳び退いた。
『キノさん。まかせたよ〜』
「任されました」
彼女の声に応えて、落ち着きはらった声が一つ。
返答と同時に、来宮がビルから飛び降りる。
落下しながら両の手を真下へかざす。
「アステロイド」
名称を呟き、光のキューブを作り出せば、弾けさせるように散弾を撃ち出した。
街を破壊し、歩みを進める異形達に、光の雨が降り注ぐ。
弾速と威力を重視したフルアタック。250にも及ぶ散弾は、1発1発の小ささもあり、半数ほどを仕留め損ねるが、その生き残りの殆どが、可動部を削られ動きを鈍らせる。
「グラスホッパー」
放った弾丸の成果を目に、来宮は光のプレートを踏み急降下。アステロイドの掌底で、手近にいたバムスターを打ち沈める。
『キノさん、あと30秒でトリオン兵の追加が来るよ。数はモールモッドが7体』
「了解です、ユウさん」
着地とともに国近の通信に応えて、来宮もまた、後方の2人へと指示を出す。
「修さん、遊真さん。鈍らせた敵を畳んでください。俺は後続を仕留めます」
「了解です」
「了解」
それぞれが返答し、攻撃に移るのを確認するや、来宮はグラスホッパーを起動。矢のような鋭さで、次の敵へと突撃を仕掛ける。
数瞬後、報告通り7つの敵影が眼前に迫る。
まず1体。すれ違い様に掌底を放ち、モールモッドを沈めれば、背後から迫る別の個体のブレードを身を伏せて回避。2撃目が繰り出される前に、背面にキューブを作り出し、振り向かぬまま蜂の巣にする。
背後の個体は、反動で別のモールモッドを巻き込み崩れ、来宮の周囲にポッカリと空間ができた。
ここぞとばかりに彼はグラスホッパーで跳躍。単発のそれを踏んでは作り出すことを繰り返し、加速するような機動力で、迫り来る5体を次々に仕留めていった。
*
「よし……これで最後の1体だな」
目の前のトリオン兵を狩り終え、ひとまず三雲が息を吐く。
「オサム、気を抜くなよ。まだ始まったばっかだぞ」
「まあ何にせよ、此処はひと段落です。手の足りない部隊に合流しましょう」
若干気の抜けた三雲に、空閑が注意を促し、そんなコンビに来宮が次の動きを示す。
特に異論もなく、3人が行動に移そうとする。
不意に背後の残骸から、ひび割れるような異音が零れた。
『キノさんっ!後ろ!!』
国近からの悲鳴じみた警告。
咄嗟に振り向いた来宮の視界を、巨大な拳が埋め尽くす。
ゴォオン
戦場に、重い衝撃音が鳴り響いた。