光弾の雨が止み、次いで白煙が晴れていく。
執拗に浴びせられた射撃に、2体のラービットは装甲の大半に傷を負い、そのひび割れた身体を軋ませる。
「うわぁ、かったいなー。あの弾数浴びてまだ生きてるよ」
突撃銃を片手に、犬飼澄晴が軽い口調で感想を漏らす。そんなチームメイトを横目に、辻新之助は、諏訪隊の元へ降り立った。
「堤さん、日佐人くん、無事?」
「おれと堤さんはなんとか、ても、諏訪さんが……」
笹森が自身の不甲斐なさに俯き、堤は疲労を僅かに滲ませ、拳にギリリと力を入れた。
「……わかってる」
そんな2人を背に、辻はポツリと応え、目の前のラービットへ向けて、居合いの構えを取る。
「辻、犬飼」
二宮の声が届く。硬質な響きの呼びかけに、視線が集まる。
「組んで1体動きを止めろ、余りは俺が片付ける。来宮からの映像でわかる通り、堅いが動きは大味だ。機動力を奪えばこちらが勝つ。……前がかりになりすぎるな」
「辻、了解」
「犬飼、了解」
隊長の指示に淀みなく応え、部下はそれぞれの得物を構え直す。
その動作に合わせるように、漸くラービット達が身を起こす。
一時の停滞は解かれ、再び戦況は動き出した。
*
『さっきだけど、諏訪隊のところに、二宮隊が合流したみたいだねぇ』
「捕らえられたのは、諏訪さんだけなのですね?」
『だねぇ。堤さんと笹森くんは、どうにか間に合ったみたい。キノさんの情報も送信しといたから、あそこはひとまず大丈夫だよ』
「助かります」
屋根から屋根へ、軽快に飛び移り、直走る影が2つ。
来宮が国近との通信を交わすその隣で、ゴクリと少年の喉が鳴る。
「そこら中、トリオン兵だらけだ……」
唾を飲み込み三雲が独り言ちれば、零れ落ちたその呟きに、並び走る来宮も頷く。
「ボーダーが今の規模でなければと思うと、正直ゾッとしますね」
口にした彼の視線の先には、あちこちから煙をあげる街並みがある。
脳裏に浮かび重なるのは、すでに無い景色。
「……千佳」
「修さん、時間はありませんが、決して焦らないように」
そうだ。事を急いてはいけない。
三雲を嗜め、自らにも言い聞かせる。僅かな焦りに、来宮はそっと蓋をした。
「どこで何が起き、どう転がるか、それが分からない状況です。意識して、視野を広く持ちましょう」
「!……はい」
『妙だな』
妙に高い無機質な声。
目を向ければ、三雲の懐から、親指ほどのレプリカの子機が顔を出した。
「レプリカさん、何か腑に落ちない点が?」
『ああ』
来宮の問いに、レプリカは肯定で答える。
『これだけの戦力。いくらこちら側が広大とはいえ、ここまでの規模での侵攻は、他に類がない。加えて敵は戦力を分散させている。数の有利を殺す運用の意図が見えない』
「隊員の捕獲が目的じゃないのか?」
「……いえ、そうでもなさそうです」
「来宮さん?」
三雲が予想を口にするが、来宮がそれを否定する。レンズ越しの瞳に疑問が浮かび、それに応える。
「新型……ラービットと言いましたか。あの性能は確かに脅威ですが、ボーダーにはベイルアウトがあります」
その指摘に三雲があっ、と声を漏らす。思い当たった彼の様子に、来宮は一つ頷いた。
「ユウさん」
国近へ呼びかければ、彼女は更新され続けるディスプレイから、再び情報を伝えてくれる。
『ん、B級で何人かやられちゃってるけど、捕まったのはまだ諏訪さんだけだよぉ』
「ありがとうございます」
即座の返答に礼を言い、三雲へと言葉を続けた。
「現状、捕らえられた隊員は僅か1名。先のラッドによる偵察が、今回の敵によるものなら、駒の布陣が少々お粗末です。別の意図があると考えるのが妥当でしょう」
『……だが、敵の策を予測するには、まだ判断材料が足りない。まずはチカ達との合流を優先するべきだろう』
「ああ……!」
「ええ、まずそこからです」
レプリカの言葉に三雲と来宮は肯定を示す。
ドォオン
直後に轟いたのは、街を震わせる炸裂音。
ズシリと全身に響くその凄まじさに、3人は思わず足を止め、音の発生源へとバッと振り向く。
巨大な基地の一角に、球状の閃光が膨れ上がる。
「本部が!?」
視界に飛び込む光景に、三雲が叫ぶ。
「!……いえ、まだ持つはずです」
一瞬目を見開いた来宮は、努めて平静に三雲へ返す。言う通り、爆煙から覗く外壁は、その形を保っている。
しかし
「でもっ、来宮さん!イルガーがまだ3体も……!」
そう、敵の攻勢は終わってなどいない。
鯨にも似た、翠の巨躯が新たに3体。三雲がイルガーと呼んだトリオン兵は、基地へ向けて、自爆特攻の体制を見せる。
「…………ユウさん、そちらの状況は?」
右の耳に手をあてる。本部の状況を知るために、来宮が国近へ問うが、ノイズが激しく通信に混ざった。
砂嵐のようなそれに、彼女の声が遮られ、聞き取ることができない。
「通信障害ですか、ですが……」
来宮には確かに聞こえた。
太刀川。屋上。
千々になった言葉の切れ端に、確かに二つのワードがあった。
「修さん、行きましょう」
「え……?でも……」
通信を切り、来宮の発した言葉に、三雲は戸惑う。
「大丈夫です。本部にもカードは残されています。それにこの距離、何ができるわけでもありません。俺たちはやるべき事をやりましょう」
「!……わかりました」
躊躇う三雲を促し、再び雨取のもとへ走り出す。
「慶さん。頼みましたよ」
基地を一瞥した来宮は、一つ小さく言葉を零す。
風に掻き消された声音には、確かな信頼が込められていた。